異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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異世界人こと僕氏の驚天動地(善)
第七十話


 

 

別にさっきの神々の話を引っ張るわけではないが、"韋駄天"。

涼宮さんはまさに韋駄天、神速といった勢いで往来を闊歩する。

それは縦横無尽ですらない。

目的地まで、一直線なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在のメンバについての運動性を今更語る必要はないが、触れておこう。

涼宮ハルヒ、前述の通り俺たち団員を先導している。彼女は汗すら感じさせない。

朝倉涼子、ともすれば男の俺よりデフォルトの身体能力は高い。説明不要だね。

古泉一樹、間違いなく運動神経は高い方だろう。ルックスもイケメンだ。

しかし、流石の彼も額の汗を拭う事は避けられないらしい。

キョン、朝比奈さんと一緒に最後尾で俺たちの後を追っている。

彼女のフォローもあるだろうが、キョン自体もきつそうだ。

そして俺である。平気かどうかで言われると古泉と似たようなものだ。

大体これで汗をかかないってのがハッキリ言えばもうおかしい。

朝比奈さんなんか「ひぃひぃ」言ってるんだぞ。おい、そこの女二人はどうなってやがる?

俺が普段行使出来る身体強化など未だに限定的なものだ。

まさかここで"ブレイド"を具現化する訳にはいかない、何故かあれは"隠"で隠せないし。

つまり、いつも俺が朝倉さんを送り迎えしている道の終着を祈るばかりであった。

 

 

「休んでるヒマなんかないわよ! さっさとしなさい!」

 

涼宮さんは距離が離れつつあるキョンと朝比奈さんに対して喝を入れた。

こればかりは日ごろの行い――早朝ランニング――が功を奏したと言える。

そうでなければ坂道を下り終えて平地を進んでいく内にアップアップになっていただろう。

俺含め涼宮さん先導隊が分譲マンションに到着したその数分後に、キョンと朝比奈さんもようやく追いついた。

この間に呼吸を整えたが、季節が春なのが幸いだった。

誰しもしんどいのは嫌いなのさ。俺だって、例外ではないのだ。

 

 

「行くわよ」

 

さっさとマンションのエントランスまで行くと、7、0、8とキーを押す。

ここに住人の朝倉さんが居る以上、わざわざ長門さんにロックを解除してもらう必要はない。

だけど涼宮さんは心配しているのだ。野暮な事は言うものではない。

 

 

「有希、あたしよ。お見舞いに来たの、みんな一緒よ」

 

『…………』

 

インターホン越しでは長門さんの安否は不明だった。

確かなのは彼女がマンションのロックを解除できるくらいには判断力が残されていると言う事。

しかし、いくら分譲マンションと言えどエレベーターの広さなどタカが知れている。

六人全員など入る訳がない。

無難に女子を先行させ、男子三人はエレベーターが戻ってくるまでの一二分、待機となった。

するとキョンはふと思い出したかのように。

 

 

「……佐藤の事なんだがな」

 

「まだ何かあったとはね」

 

「去り際に何か呟いていた気がする」

 

「覚えていないのかよ。……なら、あいつの名前なんて出さないでほしいな」

 

そもそも"佐藤"が本名なわけがない。

"ジョン・スミス"に対する当てつけでしかないのだから。

と、思っているとキョンは。

 

 

「そうだ、確か十一月がどうとか……他にも多分何か言っていただろうが、俺には聞き取れなかった」

 

「十一月ですか? 明智さん、それに心当たりは?」

 

「あるわけないだろ――」

 

文化祭じゃああるまいし、と言おうとした時だった。

……いや、無いわけではなかった。

それが佐藤の、ジェイの発言ならば。

 

 

「先月、河原で見つけたあの紙だ……」

 

「……そういやそんなのあったな」

 

「おや、僕は見ていませんね。それはどういったものですか?」

 

「暗号文さ。意味は十一月十三日、カイザーの死を忘れるな。……だってさ」

 

未だに真の意味が解らない。

佐藤の発言が全て真実だとしても、だ。

もしかしなくてもカイザーとは皇帝を意味する。

そして十一月十三日って、いつの話なんだ?

 

 

「カイザーって、オレの事なんじゃあないのか? あれを書いたのはオレじゃあない。なら、多分あいつなんだ」

 

「だが彼女は元の世界のお前を救うのが目的なんだろ。その内容だと、既に明智が死んでるみたいじゃないか」

 

そうだ、彼女の発言と矛盾してしまう。

元々信用できるかは別問題だが。

 

 

「いつもながら、わからないね……」

 

「もちろん明智さんにそのような心当たりは」

 

「それこそあるわけないさ」

 

俺が持つ最後の"切り札"に成り得る"違和感"。

それとこの内容は無関係なのだろうか?

やがてエレベーターが降りてきた。俺たち三人は無言で乗り込んだ。

箱舟に揺られる事数十秒、7階へ到着。

キョンが代表として708号室のドアホンを押す。

直ぐにドアが開かれた。朝倉さんだ。

 

 

「入って大丈夫よ」

 

正直な所、俺は長門さんが抜き差しならない状況だとばかり考えていた。

キョンも、古泉も、涼宮さんだってそうだろう。

朝比奈さんに関して言うなら、それがどんな悪人であれど心を痛めてしまう。

だからこそ。

 

 

「……」

 

「あら、やっと来たの? この場合はエレベーターに文句を言えばいいのかしら」

 

寝室で寝かしつけられている寝巻き姿の長門さんが普段と変わらぬ表情に見えた俺は、たいそう驚いた。

いや、よく見れば少々ぼーっとしている感じがする。普段からそうなのでわかりにくいが。

原作では違うが、現実に眼鏡をかけていない長門さんを見る機会はなかなか無かった。

しかし彼女の焦点がぼやけているように見られるのはきっと眼鏡が無いせいではない。

とりあえずこっそり寝室を後にする。

長門さんの家の冷蔵庫を漁る朝倉さんに小声で。

 

 

「これのどこが一部負担だって……?」

 

確かに戦闘までは無理だろうが、自力で行動する余力はありそうじゃあないか。

 

 

「私のおかげよ?」

 

「それは知っているよ。朝倉さんが緊急事態とか言うから、オレは瀕死寸前だと思ったんだよ」

 

「そこは価値観の差、かしら。今の私はさておき、長門さんにとってはやっぱり任務が全てだもの。眼の前の価値観が一瞬にして崩壊させられる、明智君にはわかるかしら」

 

「……そんな無茶言うなよ。どうもこうもないじゃあないか」

 

情報統合思念体も、佐藤も、適当ばかり言うじゃあないか。

それでこっちに迷惑をかけるのか。

何様なんだ、お前達は。

渦中の佐々木さんは何を考えているんだ?

本当の囚われのお姫様は、どっちなんだ?

ともすれば古泉も寝室から出てきたらしく、俺と朝倉さんが居るキッチンの方までやって来て。

 

 

「これから僕は買い出しに行ってきますよ。彼女は微熱ではありましたが、やはり涼宮さんも心配なのでしょう」

 

地球式看病が通用するとは思えないが、長門さんが少しでも楽になるならそれでいい。

別に俺の方からは注文なんてないさ。おやつの買い出しじゃあないんだから。

ちなみに。

 

 

「その予算はどこから出るのかな?」

 

「僕のお小遣い、とでもしておきますよ。経費で落ちるかはわかりませんので」

 

「難儀なことだね」

 

「では」

 

とだけ言って消えてしまった。

さっさとコンビニにでも行ってくるのだろうか。

いや、駅前付近の薬局まで行くだろうな。あいつなら。

現状の分析も大体完了した。

とにかく朝倉さん様様だ。

この件が片付いたら何でも言う事を聞いてあげようじゃあないか。

……いつも聞いてる気はするんだけどね?

 

 

「朝倉さん。二三割の性能ダウンってのは、具体的に言うと?」

 

「接近戦で宇宙人やあなたが相手ならまず負けるでしょうね。情報操作も精度だけじゃなくて処理速度も落ちるわ」

 

「いいさ、別に」

 

大体からして原作が無茶なのだ。

女の子ばかり戦っているじゃあないか。

ポンコツの橘京子だって超能力者なんだから、無茶だ。

俺の役割はむしろこっちなのさ。勘違いするな。

 

 

「オレがみんなを護る」

 

「いざと言う時は私だって戦うわよ」

 

「その時が来ないのが一番さ」

 

「あなた一人で大丈夫かしら」

 

そうじゃあないさ。

俺はいつだって一人ぼっちではない。

勝利の女神は常にそこに居る。

 

 

「とりあえずは長門さんをどうにかしてあげたい。あいつらの掃除はそれからだ」

 

「何か作戦があるの?」

 

「一つ、周防を叩く」

 

「でもそれで天蓋領域はひっくり返らないと思うわよ?」

 

「……ああ」

 

もう一つだけ、作戦はある。

だけどそれに頼るべきじゃあない。

それは、今日ではない。

 

 

「それでもオレは彼女に会う必要がある」

 

何故だかはわからない。

根拠もなかった。

やっぱり俺はあいつを他人とは思えなかった。

だからこそ、間違った道に居てほしくはないんだ。

何だかんだで周防も利用されている。

これだけは確かだった。

 

 

「だからこれから――」

 

とりあえず市内でも回ろうか、と言おうとした時だった。

涼宮さんが呆れた様子でこっちに向かってきた。

仕方ないが話は中断せざるを得ない。

 

 

「どう? 何か使えそうな食材はあったかしら」

 

「オレも料理は出来るけど餅は餅屋さ。炒飯なら絶対に負けないけどね」

 

「長門さんも、ああ見えて意外に自分で料理するのよ。だいたいのものはあるわね」

 

この様子だと米も充分にあるだろう。

何でも、とはいかないが余り物にしては冷蔵庫の食材は豊富だった。

 

 

「そ。まったくキョンの奴、呆れちゃうわね」

 

「どうかしたのかな?」

 

「せっかく有希に美味しい料理を作ってあげるんだから、毒見ぐらいすればいいのに」

 

毒見も何もキョンは涼宮さんが完璧超人なのを理解している。

きっと料理だって上手だ。喜んで味見すると思うんだけど……?

 

 

「有希と何か話してたと思ったら、どこか行っちゃった」

 

「……えっ?」

 

どこか、ってどこだ。

トイレに籠った程度で『どこか』とは言うまい。

……おい、まさか。

 

 

「涼宮さん、キョンはどこへ行ったんだ」

 

「知らないわよ。急に出て行ったんだから」

 

「この家から……?」

 

「多分ね」

 

――嘘だろ。

あの馬鹿野郎。

とにかく、このままじゃあマズい。

宣戦布告がそのまま開戦になってしまう。収拾がつかなくなる。

詳しい話を長門さんから聞いて、我を忘れたのか?

俺の仕事が増えちまった。

 

 

「……そうか。わかった。オレ、ちょっと今日は帰るよ。何かあったら朝倉さん経由で教えてほしい」

 

「そうね。有希はもう寝ちゃったみたいだし」

 

「じゃ」

 

朝倉さんにアイコンタクトをする。

ここは俺に任せてくれ、って訳だ。

とにかく。

 

 

「行かなくっちゃあな……」

 

アテは無い。

強いて言えば光陽園学院付近。

これがただの、周防九曜の攻撃ならば問題はなかった。

実際にはそうではない。もっと事態は、状況は複雑なんだ。

その不条理をあいつも知ってしまった。

キョン相手にそんな事を、言えるわけないだろ。

俺と違って正義感溢れる主人公なんだからさ。

 

 

「……やれやれ」

 

なら、思い出せる範囲の事を思い出してやろうではないか。

誰かわからん、俺の友人さんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――僕の事をどう呼ぶかは君の自由だ。

 

 

 

苗字、名前、フルネーム……。

それと呼びたいものがあるのなら、あだ名でも構わないさ。

とにかく、好きにするといい。

 

 

「で、アタシの名前は覚えている訳?」

 

「知らないな。そう言う君は誰だ?」

 

「……正気かしらね」

 

彼女が言う所によると、どうやら僕は彼女と半ば幼なじみだと言う。

僕の方は顔も覚えちゃいないんだけど。

 

 

「  の言う通りじゃない」

 

「何の話だよ」

 

「オマエは人格が破綻してるって事。流石、"皇帝"と呼ばれてるだけある」

 

そのあだ名で呼びたいのか。

構わないが、発祥はちゃんと知っているんだろうな。

まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

 

「それは誰を基準に話しているんだ? もしかして君は、自分が世界の中心……だとか、思ってるんじゃあないのか?」

 

それでも構わないと思うさ。

君がそれで満足するなら、それでいいのだろうさ。

僕はこんな世界になんか満足してはいない。

世界の中心を見つける事は、例え世界中を旅したとしても不可能だ。

何故なら、見分けがつかないからだ。

 

 

「一般論よ」

 

「ふっ。そう来たか。"一般論"ね」

 

「何よ、文句あんの」

 

「大有りだ」

 

僕はそういう思想が大嫌いなんだ。

波風を立てないのと、自分を殺すのは別の事だ。

妥協と逃避が別であるのと同じだ。

僕はそのどちらをするつもりもないがね。

 

 

「その一般は、誰が決めたかわかるか?」

 

「そりゃあみんなでしょ」

 

「違う。正義が決めたんだ。その正義とは歴史的勝者に他ならない。敗者の思想は葬られる」

 

「どういうことよ?」

 

何で僕が歴史の先生をやらなきゃいけないんだ。

少し考えただけでも思いつくだろう。

ふざけた女だ。あいつと同じで、面白いがな。

 

 

「日本は戦敗国だ。それくらいわかるだろう?」

 

「オマエは、アメリカだとか勝戦国がそれを決めたって言いたいの……?」

 

「少なくとも昔の日本人には、美学があった。哲学があった。無論、全員が全員そうとは言わないが今よりは多かっただろうさ。そしてオマケに教えてやろう。勝戦国じゃあない、戦勝国の方が正しい」

 

「はいはいそーですか。まるで観てきたかのように言うのね」

 

「史実だ。僕が決めた事ではない」

 

どこかの誰かの情けでその記録が残されているに過ぎない。

ならば、本当に貴重なものを見分ける力を付けるべきなんじゃあないのか?

教科書が全てだとしても、そこを掘り下げる必要があるんじゃあないのか?

 

 

「それが、"勉強"だ。知識ではない、それにどう向き合うかが大切なんだ」

 

「……オマエはいい先生に成れるわよ」

 

「馬鹿言え。僕が成りたい先生は教師なんかじゃあない。作家だ」

 

「作家? それって、小説家とか、漫画家とかの?」

 

「そうだ。僕の場合は前者。君は、どうすれば面白い小説が書けるか考えたことはあるか?」

 

「あるわけないじゃない」

 

ふっ。

期待してなかったさ。

歴史に興味がないのに本を好きだと言える奴なんて限られている。

何故ならそこには作家の人生という歴史があるからだ。

史実だけが歴史ではない。

歴史とは精神の成長、その記録に他ならない。

大仏建立も、火縄銃も、大政奉還も、歴史の影には全て絶え間ない血が流されている。

精神という名の血が。

 

 

「僕にもわからない」

 

「……は?」

 

「何故なら僕は他人が書いた本を読まない。基本的にな。他人の感情に惑わされたくないんだ」

 

「期待して損しちゃったわ」

 

勝手にしろ。

そういや、君はあいつと知り合いなのか?

さっき名前を出していたが。

 

 

「  と私は親友だから」

 

「ふっ。僕も彼女を――長い付き合いのせいだが――友人だと思っているが、親友ときたか」

 

「何よ」

 

「いや、君もあいつの読書好きは知っているだろう? 節操なしなまでにラノベだとか程度の低いものを漁り続ける。アニメだって見ているらしい」

 

果たして君は強要されちゃあいないのか。

 

 

「知ってるけど、遊ぶときは遊ぶときでしょ」

 

「……そうか」

 

なら僕の場合は何なんだろうな。

他に行くところがないのか、家に押しかけてくる。

ネットカフェにでも行けばいいだろうさ。

 

 

「オマエさ、それ、本気で言ってるの?」

 

「僕はいつでも本気で生きているつもりだぜ」

 

「はぁ……」

 

何を呆れているんだかな。

するとその女は僕の後ろの方を気にし始めた。

 

 

「あ、  。遅かったわね」

 

後ろを振り向く前にこれだけは言わせてくれないか。

余計なお世話かもしれないが、友人はしっかり選ぶべきだと僕は思う。

 

 

 


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