異世界人こと俺氏の憂鬱   作:魚乃眼

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異世界人こと俺氏の憂鬱
第一話


 

 

俺はサンタクロースをいつまで信じていたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なぁんてことを話すのはそもそも世間話としてどうなのか。

だって聞くだけ野暮だし話して何が楽しいのかが俺にはわからない。

別に信心深い人間でなくても赤福もとい赤服じーさんの存在を疑わない奴は多いはずだ。

つまり、存在の有無は各々の意識であって、最初から信じないかどうかなんて別の問題なのだ。

何故ならば、最初から信じていない人にとってはサンタの有無という概念すら無いのだろう。

ただ、無が有るだけだ。

二元論でさえない。

マイナスでもプラスでもゼロでもないのさ。

スタートラインに立っていないんだから。

 

――では俺の場合はどうなのか?

と、尋ねられると実のところサンタクロース氏を長い間信じていた。

だが、中学時代のアホどものせいでそれも終わった

それこそたわいもない世間話のおかげでサンタクロースの不在を俺は聞きつけたのだ。

サンタクロースという存在は人の夢のように儚い幻想。

それが砕け散ったガラスとして俺の胸に突き刺さるように大変ショッキングな思いをしてしまった。

 

 

 

しかしながら今も尚俺はサンタクロースの存在を心のどこかで信じている。

……数字にすれば1桁程度の思いだが。

そして捻くれた考え方をすればその考えは神や悪魔の存在を証明したがる数学者と同じなのかもしれない。

そうさ、まるで雲を掴むような話だ。

けれど俺は全知ではない。

自分の目と耳で全てを確かめたわけではない俺からすると無知こそが希望となるのだ。

 

――要するに俺もどうしようもなく憧れていたのだ。

アニメ的で特撮的な漫画的物語。幻想の世界とやらに。

サンタクロースの不在証明に限った話じゃないのさ。

俺が考えたシナリオとしてはこうである。

ある日突然別の世界へ飛ばされて、そこで自分に眠っていた魔法のようなファンタジー的な能力に目覚める俺。

仲間とともにそのスーパーパワーでもって様々な事件を解決していく。

主人公に憧れてはいるが、俺はそこまでの優待は望まない。

俺にとってのヒロインが居てくれればそれで満足だ。

ま、そんな幻想も現実問題あり得ないと心のどこかでは諦めていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現実ってのは何があるかわからない。

世界の物理法則とやらと会話ができるのなら言ってやりたい。

 

 

「お前さん、実は何も考えてないんじゃあないのか」

 

と。

 

――中学一年生のある時に『俺は前世の記憶を思い出した』。

何を言ってるのかわからないと思うが俺も何があったのかわからなかった。

いや、正確には某ひみつ道具のタマシイムマシン的な体験をしたと言うべきか。

俺の記憶では少なくとも2000年は10の桁に差し掛かっていたし、そもそも死んだ覚えがない。

最後の記憶はしがない会社で働いている俺が残業を終え、やっとの思いで眠れるというものだ。

もしかしたら夢なのかもしれないが、現在はその説を棄却している。

俺は生まれてこのかた自由に思考や行動ができる夢を見たことがないからだ。

そして鏡に映る自分は忌々しい中学時代のそれであった。

家族構成や容姿といったコアとでも言うべき部分はかつての俺と変わらないのだ。

しかしながら、記憶が正しければ住所は昔俺が住んでいた地域と違う上に、あろうことか姓名さえ変わっていたのだ。

加えて今日までの記憶も混在しているというのだから頭が痛い、頭が破裂してしまいそうだ。

 

 

「フゥーハハハ!」

 

という具合に俺がなるのも仕方ないだろう?

おかげさまで学校以外の時間は殆ど自室に引きこもる事になったのは黒歴史だ。

でもその内勉強に困らないからいいだろうと思考を放棄するようにもなった。

 

 

 

――だが、俺はある時に理解した。何故タマシイムマシン的な体験を俺がしてしまったのかを。

不思議体験をしたその日は七月七日だったのだ。

そして現在、俺が延々と続く坂道を上った山にある学校。

今日からこの"世界"で俺の新しい学校生活が始まる。

……らしい。

某県立北高校、校門には間違いなくそう書いてあった。

さあ、ここはどこなんだろうな。

俺はとっくに知っていたさ。

 

 

――この物語は、俺が謎を解かない物語だ。

何事もなく入学式を終え、今はクラスでホームルームを行っている。

期待半分ではあったのだが、初登校の折に見たクラス分けの張り紙には俺の心を動かすには充分な情報が載っていた

 

 

「1年5組、ね」

 

入学式とだけあって授業自体のガイダンスは科目の初めにそれぞれ行うのだろう。

ホームルームに充てられた時間は式が終わってから1時限だけである。

担任教師の若い青年が自身のスポーツ経歴を一通り話し終わった後、クラスメートそれぞれに自己紹介の時間が設けられた。

実のところ、今日は俺が何を言おうと後々にある女子生徒の自己紹介に持っていかれてしまうのだ。

独壇場に食い掛かる勇気を持ち合わせてはいない、考えただけでも恐ろしいね。

俺は趣味である読書とパソコン弄りについて一通り話した後、ゆっくりと着席した。

 

 

 

××県立北高校、俺がこの高校を進学先に決めた理由。

つまり今この高校に行く事に意味があるという訳で。

この高校に何があるのか、それはこの有名な口上を聞けば嫌でも解るさ。

男子生徒の平凡な自己紹介が終わり、後ろの女子生徒が勢いよく立ち上がった。

その様子を横目で見つつ、後に"伝説"とも言われるこの光景を俺は目に焼き付けよう。

 

 

「東中学出身、涼宮ハルヒ――」

 

俺はその涼やかな声を聞いた途端、つい抑えていた興奮が高まるのを自覚した。

だが、今日の主役は俺ではない、ポーカーフェイスを徹底するよ。

 

 

「――ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上!」

 

――さて、教室内の空気が凍り付いている間に説明をさせていただこう。

今の一言でとっくにご存じなんだと思うが、ここは【涼宮ハルヒシリーズ】の世界である。

不思議体験をしてから俺がその事に気づいたのは、中学のクラスメートの会話。

その中で"涼宮ハルヒ"の名前が出たからだ。

その時はオタクどものたわいもないアニメの話だろうと思ったのだ。

まぁ、しがない会社員だった俺も学生時代は創作活動にハマっていた。

"ハルヒ"という懐かしい単語を耳に入れた俺は久々に原作が読みたくなったので買おうとした。

だが、どこの本屋でも見つからないと来たのだから可笑しな話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――【涼宮ハルヒシリーズ】が世間で有名になったのはアニメ化してからの話である。

後日、話をしていたクラスの男子生徒に聞いたところ、ゆかいな仲間たちが中心となるライトノベルの話ではなく中学校の校庭に地上絵を描いたアホ女の話をしていたと言うのだから文字通り俺は凍り付いた。

……では、何故俺がこの世界に迷い込んだのか?

これは時間をかけずにわかった。つまり涼宮ハルヒが無意識の内に俺を呼び寄せたのだ。

遊び相手の一人、"異世界人"として。

原作開始三年前の中学時代、いつ涼宮ハルヒの能力が覚醒したか詳細は本編でも不明だったはずだ。

しかしながら7月7日が重要な分岐点だったのは確かだ。そ

の日に何らかの世界改変があっても不思議ではないし、それを確認することが出来る存在など一握りのはずだ。

涼宮ハルヒシリーズで異世界人は登場しておらず、一説には第四の壁を超えた観客達ではないかと言われていた。

なるほど谷川大先生、確かにそれなら涼宮ハルヒと言えど異世界人を呼び寄せるのは難しい。

その手の二次創作も存在したはずだ。

だが、紛れもないイレギュラーである俺を呼び寄せてしまった以上、異世界人の役割は俺が担当するのだろう。

もしかすると原作の本編でも異世界人は居たのかも知れないが。

 

――と、まぁ、俺が異世界人だ。

こう自称自覚する以上は、恐らく受動的に生活していても某団体に引きずり込まれるはずだ。

しかしながらこのままぼーっとしていても原作+俺の流れにしかならない事は明白だろう。

間違ってもハルヒの方から勧誘されればこちらの立場は低くなると考えられる。

原作主人公君は奴隷さながらだったが、流石にそれ以下の扱いにはならないだろうが……

とは言え先手を打つにこしたこともない、その点はアテもあるから大丈夫さ、多分。

もっとも、この思考そのものが涼宮ハルヒによるアブダクションの一環なのかも知れない。

俺の目的は多少の原作ブレイクである。

何も主人公勢力とケンカがしたい訳ではない、そういうライバルポジションは原作通りコンピ研や未来の生徒会長に任せるとする。

だが能動的にならない限り、このままでは原作をなぞるだけなので俺の目的は達成できない。

俺の目的とは、つまり、助けたい人が居る。

たったそれだけだ。

リスクも覚悟の上だが、こちらがカードの切り方を間違えるとあっという間に詰んでしまうのはかなりのプレッシャー。

涼宮ハルヒが俺に異世界、それも二次元への介入というチャンスを与えてくれた訳だが、彼女は腫れ物でもある。

まったく、どうもこうもないね。

 

 

 

――そんなこんなでいつの間にか、俺が今後を考えている間だが……

教室に張りつめていた空気は見事に立ち消え、自己紹介は無事に再開していた。

今日から数日は原作での描写もなく、俺としても動く必要はないと判断している。

入学式当日は、あらかじめ述べた通り涼宮ハルヒの独壇場で一日を終えた。

この世界の主人公も当たり前だけど動きそうにはなかったよ。

 

 

 


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