魔法少女リリカルはにゃーん様   作:沢村十兵衛

7 / 13
第7話 はにゃーん様、御入浴

我が高町家の誇るべき店、翠屋は年中無休の人気店である。

しかし、そんな翠屋にもただ一つだけ、連休時のみは店の切り盛りを店員に任せて、私達一家は旅行へ出掛ける。

そして今日はその待ちに待った連休である。

二泊三日の温泉旅行である!

しかも今回は、我が親友アリサとすずかも同行する。

……我が兄恭也もさぞかし嬉しいだろうよ、想い人と水入らずの温泉旅行だもんなぁ……

と、はにゃーん様は御両親が運転なさっている御車のバックミラーをチラリと御覧になる、そのバックミラーには御両親が運転なさっている御車の真後ろを走る車、兄恭也とその想い人忍が運転している車が映っていた。

車を運転中にも関わらず、恭也と忍の間には笑顔が絶えない……

しかしながら、今回は思いっ切り羽目を外すと決めた温泉旅行、つまらぬ嫉妬心などは温泉で流してしまうとしよう。

* * *

温泉旅館に到着して、ユーノはこの短い人生の中で最大のチャンスを目の前にして身震いをしていた。

畏れ半分、好奇心や自分の欲望半分……

それは、とてつもなく微妙な、繊細なバランスをこれまで保ってきていたものだった。

しかし今回、その拮抗状態は撃ち破られつつある。

そのきっかけはアリサの何気ない一言が、全てだった。

「温泉に入るなら、なのはんトコのフェレットも入れましょうよ」

『神よ……いや違うな、なのは様が神だから……女神?いやそれもなのは様じゃないか……まぁいいや』

ユーノは考えるのを止めた、この暖簾の先には桃源郷がある、そこには赤裸々になって御戯れなさっているなのは様が……

つまりは現世からかけ離れた神の世界だ、楽園なのだ。

今ボクはその神の世界へ反逆を起こそうというのだ、その楽園へこの不肖ユーノ・スクライアは足を踏み入れようというのだ!

ならば考える事はない、心を無にしなければ……!

ユーノは女湯の前で瞑想を始めた。

「……めてよー……」

「……じゃないの、女同士……むむむ……じゃない……」

「……り、お姉さんには…………ごく大きいし……」

『うぅぅおぉぉ!心頭滅却すれば火もまた涼し!これしきの雑念如きで!!』

「ふふん、…………にはまだまだね……はもっと……ないと……こうはならないわよ」

「うわー…………がお姉ちゃん、凄いんだねー」

「こういうの、グラマーって…………ない?」

『むふーっ!こ、これ以上は……!なのは様!バンザーイ!!』

すっかり雑念に踊らされ、顔中真っ赤にしたイタチ少年ユーノは、意を決し桃源郷への特攻をしかけた。

しかし暖簾の下を潜ろうとした瞬間、ユーノは動きを止めた……いや止められたのだ。

何者かに、精神的に、強制的に。

そしてユーノは見た、見せられたのだ………

暖簾の僅か布一枚の向こう側から発せられる強烈な思念が集まり、密を濃くし、はにゃーん様のお姿を形作るその光景を……

『貴様……ユーノ・スクライア、私がこちらにいると知っての謀反か?』

「あ、ああああ……お、お許し下さい……!つ、つい魔が差して……」

『お前はもっと賢いヤツだと思っていたが……失望させられたよユーノ・スクライア』

「ああ、お待ちを!なのは様!なのは様ーーっ!!」

はにゃーん様の思念から、ユーノは己のしたことの浅はかさ、そしてはにゃーん様のご期待を損ねた計り知れない失望感を感じ取り、涙した。

『ああ……ボクは……取り返しの付かないことをしてしまった……』

煩悩如きに犯された自分が余りに情けない、こんな事ではにゃーん様に御仕えしようなどよくも考えられたものだ。

ユーノはクルリと向きを変えて、トボトボともと来た道を辿る。

今はどうすればこの汚名を濯ぐ事ができるか、それだけを考えよう……

* * *

「楽しかったねー」

「ねー」

「……」

温泉へ御入浴なされたはにゃーん様とご友人お二人は、温泉に浸かった余韻を楽しみながら、はにゃーん様達の御部屋へとお戻りになられていた。

アリサとすずか両名は、ユーノが居なかったことに少しばかり残念がられていらっしゃった、そしてはにゃーん様は、己の素性が隠れているからとお二人の無垢なご好意を巧みに利用しようとした鬼畜ユーノに深い失望感をお感じになられていた。

『さて……謀反を起こした罪、どの様に償って貰おうか……ユーノ・スクライア』

「はぁーい!おチビちゃん達」

「え?」

「は?」

「ン?」

邪魔が入り、一旦思慮をお止めになってはにゃーん様は声を掛けてきた女性を見やる。

凡庸な女性、ただしさっきのテンションといい、体型といい、どこかキャラ・スーンのヤツと似通った雰囲気のある女。

というのがはにゃーん様の初見の印象だ。

そのキャラ・スーンと似た雰囲気の女は、ご友人お二人の後ろに立つはにゃーん様を見定めるとツカツカとはにゃーん様に近寄り、あろう事か「君かね、ウチの子をアレしちゃってくれたのは」などという酔っぱらいの様な因縁をはにゃーん様に付けた。

勿論、頭脳明晰で気高さとお可愛らしさを兼ね備えているはにゃーん様は俗物の女になどとうに興味は失せて、本日のディナーのメインディッシュは何だろう、とお考えなさっていた。

「聞いてんの?キミだよキミ!」

俗物の女改め低俗で愚かな女は、自分が身分が低く下賤な人種であるにも関わらず、話を取り合わないはにゃーん様のお顔を掴み、無理やり自分の方へ向けさせた。

「あっ!?」

「なのはちゃん!」

「おチビちゃんのクセに、生意気だねぇ……。フェイトを傷モンにしてその上私まで無視しようっての?」

「……フッ」

鋭く尖った犬歯を覗かせながら低俗で愚かな女ははにゃーん様を睨み付ける。

強く気高いはにゃーん様は低俗で愚かな女の睨みなどに一切退かず、その低俗な愚かな女の醜態を御覧になってお笑いになった。

絶対的弱者が強がりで絶対的強者に挑みかかっている、それは幼子の御戯れより滑稽でみっともない、恥ずべき行為である。

この下賤な女はそれを自ら進んで実行した、その有り様はまさしく滑稽の一言、温泉旅館へ来てわざわざこの様な余興をやった下賤な女に、はにゃーん様は先程の不快感など忘れて愉快になられたのだ。

「アンタ……あんまり調子乗ってるとガブッと……」

「身分を弁えろ……俗物……」

しかし滑稽で愉快な余興も、度を過ぎれば不愉快になる。

この下賤な女はその一線を越えてしまった。

その瞬間、はにゃーん様と下賤な女との間だけの、とても小さな空間のみ絶対零度の温度となった。

「何……?」

「つけ上がるなよ?人でもない使い魔如きが……」

アルフは背骨辺りでゾクリと冷たいモノを感じた。

何故素性を知っているのかはこの際どうだっていい、この得体のしれないおチビ……人間は何者なんだ?

子供にしては余りに大人びて、そして"器"を持っている。

常人の絶対的強者である器だ……

そしてこの人から感じる並々ならぬオーラ……

もしかすると、とんでもない相手に私は喧嘩をふっかけたのかもしれない……

「ねぇ、なのは?」

「大丈夫だよ、人違いだってさ。行こ?」

「なら……良いけど……フンッ!」

見逃してくれた……?

小さい足音が遠ざかっていきアルフはホッと息を吐く。

『次は無いと思え……お前の主人にそう伝えろ……』

その瞬間、アルフの頭の中は真っ白になった。

フェイトの事がバレている……!?

マズい、このままじゃフェイトがやられる!

浴衣の動き辛さを無視してアルフは人気の無いところへ駆け込むと森の中で探索を行っているフェイトへ念話を送った。

《フェイト!アンタが言ってたあのガキンチョ!アイツヤバいよ!》

《アイツ……?あの白いヤツの事?》

《ああそうだ……アイツ何者なんだい!?とてもガキンチョに見えやしない!》

《落ち着いてアルフ……ジュエル・シードの在処は絞れてきた……封印して早く帰れば白いヤツとはかち合わない……》

《流石フェイト!私の御主人様!》

《アルフはもう一度、温泉にでも入って汗を流すといい……》

《じゃ、そうさせて貰うかね!》

念話が終わるなり、アルフは重くのしかかっていたモノが綺麗に無くなったようで清々しい気持ちになり、もう一度女湯の暖簾を潜り、温泉へ浸かった。

「ふー極楽極楽……」

温泉に浸かり、すっかり気分の良くなったアルフは、浴衣を脱いだ際に見た異常な冷や汗の量など温泉で流して綺麗さっぱり忘れているのであった……

* * *

一方、御自分の御部屋へお戻りになられたはにゃーん様は、早速大罪人ユーノ・スクライアを呼び出し「汚名返上のチャンスをくれてやる」と、あろう事か極悪人ユーノ・スクライアに慈悲深い御言葉を仰られた。

これには極悪人ユーノ・スクライア、感涙の極みと大粒の涙を幾つも零して頭を垂れる。

《この辺りに先日無礼を働いた小娘がいる》

《はっ!このユーノ・スクライア、必ずや憎き小娘の首級献上してみせましょう!》

《いや、違う。小娘がいるということはこの辺りにジュエル・シードがあるということだ》

《申し訳御座いません!一度ならず二度もこのような失態を……!》

《貴様の使命は、あの小娘よりも先にジュエル・シードを見つけ出し、確保する事だ……よいな?》

《ははーっ!仰せの通りに!なのは様!》

今一度ユーノは深く頭を垂れ、はにゃーん様がお与えになった使命を必ずや遂行して見せましょう、と誓い窓の外へ飛び出していった。

『フフフフフ……小娘の使い魔、か……あの様な者がいるとは世の中捨てたものでないな……』

はにゃーん様は御部屋から望める河原を御覧になって妖美な微笑みを湛えつつ、牛乳をお飲みになるのであった……

* * *

憎き狼畜生がはにゃーん様にとんだ無礼を働いた日の深夜のことだ。

その日は何時もより月が明るく、大きな夜だった。

その月明かりの下、海鳴温泉の側を流れる川の真ん中で、コソコソと動く影が二つあった。

「うーん、おっかしいなぁ……」

そうしきりに呟きながら、小さい方の影は長い棒の様なもので川底を突っついて何かを探しているようである。

「ホントしっかりしとくれ、もう真夜中じゃないかい。ジュエル・シードはホントにここらなのかい?」

そう言いながら、大きい方の影も何かを探して川底を攫っている。

月に掛かっていた雲が流れ、深夜にコソコソ何かを探している人物像がくっきりと晒された、フェイトとアルフだ。

「おかしいなぁ……」

「ホント、シャレになんないよ?早いとこ見つけて……!?」

アルフの耳がピクリと反応した、ヤツだ。

ヤツが来たんだ……

「こんな夜更けに労働とはご苦労」

「!お前は!」

後ろに掛かる橋の上から可愛らしくも気品に溢れるお声が河原に響き、フェイトは振り返った。

「今晩は、小娘と……小娘の使い魔」

そのお姿はそう、まさしく満月の月夜に降り立った天女のよう。

月明かりを浴びて更に神々しいお姿となったはにゃーん様が、そこにおられた。

そしてその斜め後ろには、ちょこんと座りつつも二人に対し憎しみを込めた目線を送るはにゃーん様の手足、この度はにゃーん様の御慈悲によってその罪を赦されたユーノ・スクライアが、いつ何時命令が下されてもいいよう控えている。

「ジュエル・シードはどうした!」

「あれかい?アレは貰ったよ、コイツがやってくれた」

「光栄の至りに御座います、なのは様」

「フフフフフ……どうする?ここにはもうジュエル・シードは無いぞ?それともまだ川底を攫い足りないか?」

「くぅ……!」

悔しさ滲ませて歯を食いしばるフェイト、白いヤツの恐ろしさはこの間身に染みて思い知らされたので、奪おうものなら忽ち返り討ちがオチだ。

ならばここは逃げた方が良いのか……しかしまだ集めたジュエル・シードは一個も無い、これでは母親に顔向けできない……

フェイトは覚悟を決めた。

その意志は魔力を通してアルフにも伝わり、アルフは狼型へと変身を遂げ、はにゃーん様達に襲いかかる。

「ユーノ」

「はっ!お任せを!この犬畜生めっ!なのは様に楯突こうなど!」

「な、何だコイツ!?このパワーは……しまった!」

狼へと変貌を遂げたアルフの突進をユーノは魔法の壁で受け止め、はにゃーん様へご迷惑が掛からないようアルフごと強制転移魔法で姿を消した。

ユーノの意外な活躍ぶりには、はにゃーん様も御満足戴けたようで感心なさり、ユーノを褒め讃えなさった。

「あやつめ、私にあの様な能力を隠していたとは……驚かせてくれる」

「やるね、君の使い魔……」

「ああ、チッとばかし……まぁいい。一つ訊くが、お前はこの宝石、ジュエル・シードを集めどうしようというのだ?」

「……答える義理なんて無い……」

気丈に私が答えると、白いヤツは可笑しそうに笑った。

だが同時に白いヤツから感じる魔力が一気に膨れ上がり、収まりきれない魔力がオーラのように白いヤツから溢れ出る。

そして可笑しそうに笑っていた顔から目つきが鋭くなって、キレイだけど冷たい目が私の体を射抜いた。

「フェイト、お前にはチャンスをやろう」

「チャンス?」

脈絡のない言葉に思わず聞き返すと、白いヤツはそうだ、と言った。

「私の攻撃を掠めることなく、全て回避しきったらジュエル・シードをやろう」

《Master!》

「いいんだ、コイツがどれ程のものか試してみたい」

《Understand》

ヤツのデバイスの先端が輝き、青い宝石ジュエル・シードが白いヤツの手に握られた。

「行くぞ……ファンネル!」

《Funnel Shutter》

「バルディッシュ!」

《Yes Sir》

白いヤツの手からおよそ三十余りの魔力弾が放出され、それぞれが意志を持って私へ襲い掛かる。

宙へ舞い上がり、まずは正面から来る魔力弾を回避、しかし回避行動をとるや後ろから迫っていた魔力弾に足を掠められた。

「目先のことしか考えられぬ……か。やはり貴様も俗物か」

「くっ!ならぁ!」

直ぐにターンを切って白いヤツへバルディッシュの鎌で切りかかる、が、これもコースを魔力弾に邪魔されて、一旦空へ逃げ、魔力のチャージを始める。

「バルディッシュ!」

《Yes Sir Thunder Smasher》

「偶には真似てみるのも一興か……レイジングハート!」

《Understand! Mega Divine Buster Launcher》

サンダースマッシャーの発射態勢に入っていたフェイトは驚いた。

白いヤツのデバイスが変形したのだ、傍目に見てもかなり威力のありそうな魔砲だ……

「むぅ……プレッシャーは無いが、目標が小さいと狙い辛い……シャアもよくもこんなモノ使おうと考えたものだ……」

そう呟きながら長く伸びたレイジングハートをステップとサブ・グリップでしっかりと保持なさって、はにゃーん様は宙で発射態勢に入っているフェイトに狙いを付けた。

「ええぃ!サンダー・スマッシャー!!」

「メガ・ディバイン・バスター・ランチャー、発射」

威力の差は歴然、そもそも庶民たるフェイトが高貴なるお方であるはにゃーん様に楯突こう事自体おかしいのである。

しかしながら、思慮深いはにゃーん様は発射するやすぐに外れたとお感じなさって、レイジングハートをメガ・ディバイン・バスター・ランチャー専用の形態から、それよりか幾らか威力を落とした反面連射が出来るディバイン・バスターのシューティング・モードへと変更なさり、後ろから迫る"鋭く速いモノ"目掛けてレイジングハートを突き出した。

「がっ!」

「残念だったな……俗物……」

ビーム・サイズのようなデバイスを振りかぶって、お可愛らしいはにゃーん様を後ろから斬りつけようとした下郎フェイトは、振り始めた瞬間に喉元にレイジングハートによる突きを食らい、そのままだらしなく宙ぶらりんの状態になった。

「このまま貴様の首を跳ねてやるのも悪く無いが……時間だな。ユーノ!」

「はっ!なのは様、ここに!」

「引き上げだ、折角の温泉旅行を初日から血生臭くしたらアリサやすずかに申し訳ない」

「御意」

「アルフとやら、そこで伸びてる俗物は任せたぞ」

はにゃーん様は茂みの辺りに身を潜める犬畜生アルフへ御言葉をお掛けになって、温泉旅館へと飛び去りなさったのであった。

残された犬畜生アルフは、圧倒的強さを持つはにゃーん様に恐れをなして、はにゃーん様が旅館の御部屋で御就寝なさるまで一歩も動けないのであった。

 

はにゃーん様の強さはますます磨きがかかるのであった……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。