魔法少女リリカルはにゃーん様   作:沢村十兵衛

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第6話 はにゃーん様、御嘲笑

はにゃーん様が、お若いアベックに直々の御説教をなさった日の夜のことだ。

その日は雲が少なく、月や星々が一段と綺麗だった。

そんな気持ちの良い夜なので、海鳴市全体がすやすやと眠っているようで人通りも、そして騒音すらも全く無くとても静かな夜だ。

その真夜中の海鳴市のビルの屋上に、彼女はいた。

「形状は……青い宝石……必ず集めてみせる……!」

狼の遠吠えが市内に木霊し、海鳴にもう一人の魔法少女が降りたったことを伝えた。

* * *

友人関係でみると、月村家と高町家はアリサの家よりも親密な関係といえる。

それは単にはにゃーん様が月村家を贔屓目にしているとかそういうのではなく、高町家には私以外にも月村家と親密な関係を持つ人物がいるということ、即ち兄恭也のことだ。

兄恭也と月村すずかの姉とは高校からの付き合いで、その親密さはアクシズにいた頃のシャアと私と引けを取らないほど、何時籍を入れるかはカウントダウン間近といっていい。

今回、私が兄と共にバスに揺られているのも、二人そろって月村家から誘いが来たからだ。

はにゃーん様等を乗せたバスは市内を抜けて海沿いの道を走る、さすが"海鳴"という名前が付くだけに視野一杯に広がる海は宝石の様で美しい、夏が好きなはにゃーん様にとっては見る以外にも楽しめるのでこれほど良い所はない。

バスはそのまま海岸線を走り抜け、とうとう二人は月村家邸宅へと足を踏み入れることとなった。

『遂に来たか……』

ここへ足を踏み入れる度、私は迷路へ足を踏み入れた、と考えるようにしている。

何故なら、今いる門から屋敷の玄関まで徒歩では優に三十分は掛かる、視界が悪い日に入ろうものなら忽ち迷うだろう、いやほぼ間違いなく迷う。

地下にMSでも隠してるわけじゃあるまいに、これほど広くする必要が何処にあるのか……

流石のこの私でさえ初見の日は遭難してしまい、兄恭也が来なければ今頃ミイラ化していたかもしれぬ……

ともかく、月村家は魔性の家だ。

油断一つすれば命を吸われる。

「なのは、何やってんだ。行くぞ」

「はーい」

はにゃーん様のお心を知らぬ恭也は月村家邸宅へとずんずん進んでゆく、こんな時ほどキュベレイが恋しくなるのもバカバカしいモノだが、コロニー一つ分とほぼ等しい月村家を知ると、そう笑ってもいられないのだ。

およそ三十分後、二人は月村家の屋敷の巨大な玄関前までやってきた、恭也は鍛えているため涼しい顔をしてインターフォンに手を伸ばすが、通常の三倍運動神経のないはにゃーん様は既に死にかけていた。

「いらっしゃいませ……担架をお持ちしましたので、なのはお嬢様どうぞ」

「ありがとうございます……ノエルさん……」

「おいおい、少し大袈裟過ぎやしないか?」

流石メイド長行動が早い、褒めてやるぞ。

担架にお乗りになったはにゃーん様は、そのまますずか等がお茶してる部屋へと運ばれた。

子猫等とお戯れになりながらティータイムをなさっていたはにゃーん様のご友人二人は、担架の上から「おはよー」と手を振って挨拶なさるはにゃーん様を見て最初は呆然と、そして次には腹を抱えてお笑いになる。

それを見て、はにゃーん様はお怒りになるが、かえって友人お二人は更に笑い出す一方。

運んでくれたノエルさえクスクスと笑っている。

「ちょっと笑わないでよ!これでもこっちは真剣なんだから!」

「来る度担架乗ってりゃ笑うわよ」

「大丈夫?なのはちゃん?」

「うん、栄養ドリンク二三本飲んだから大丈夫だよ」

徹夜明けのサラリーマンのような事を仰りながら、はにゃーん様は担架からお降りになって椅子へ座った、とするとはにゃーん様のお肩に乗っていたユーノが床へ駆け降り、子猫と格闘を始める。

恭也はもうすずかの姉と部屋へ行ったらしい。

「なのはのお兄さんとすずかのお姉さんは相変わらずねー」

「うん」

「まぁ、何時もああされるとこっちも気を使うけどね。それよりすずかちゃん、また猫増えた?」

「ははは、まあね」

そう笑うすずかを聞き流しながら、はにゃーん様は手近の子猫をお抱えになる。

子猫は気持ちよさそうに鳴き声を上げ、はにゃーん様のお手の中でもぞもぞと動いた。

「キュー!!」

「ん?」

「ありゃ、アンタんとこのフェレットも元気ねぇ」

見れば足元でユーノが猫相手に敗走しているではないか。

必死になってチョコマカと逃げ回るユーノを、猫は猫じゃらしを追っかけているつもりなのかのそのそと追い掛けてユーノを弄ぶ。

逃げ回るユーノは部屋を走り回った挙げ句廊下へと逃げ出すが、そこにはお盆を持ったメイド、ファリンの姿が。

「ああっ!?」

「マズいっ!?」

目を回したファリンはお盆を持ったままフラフラと、すずかとはにゃーん様が後ろから支えなければお盆ごとダウンしていたこと間違いなし。

何はともあれ、はにゃーん様とご友人二人は場所を移して庭でお茶をする事にする。

『子猫が戯れるのを眺めながら飲む茶も悪くはないな……』

すっかりほんわかしながら、はにゃーん様がクッキーに白磁のような白いお手を伸ばされたその時、はにゃーん様の絶大なるニュータイプのお力が、近くの森から凄まじきプレッシャーを感じ取った。

『こんな時に無礼な事を……ユーノ!』

優雅にカップを傾けながら、足元で転げ回るユーノに精神的なへ御言葉を走らせる。

するとはにゃーん様の御意志を感じ取ったユーノ、森を一瞥すると一目散に森の中へ駆け出した。

当然、ペットが逃げ出したのではにゃーん様はお立ちになってご友人二人にペットを捕まえてくる旨をお伝えしてから森の中へお入りになる。

残されたお二人は、「最近何か変わったわよねー」「ねー」と、少しはにゃーん様のお変わり様に心を痛めるのであった。

* * *

《いやまさかこんなトコから反応があったなんて……》

《私の手を煩わせるとは……随分と調子がいいな?》

《お、お許し下さい!ど、どうか命ばかりは……!》

一体この一週間、二人の間に何が有ったのか……

はにゃーん様のお手を煩わせてしまったイタチ、ユーノはこれ以上はにゃーん様のお気を悪くさせる事は出来ないと足を速め、その後ろをはにゃーん様はスィーっと宙を浮いて追い掛ける。

この一週間の間に何があったのかはご想像にお任せしよう。

「あっ、この地響きは……!?」

ズシン……ズシン……

森を揺るがせ、木々を薙ぎ倒す音が、イタチ少年ユーノと幼年ながらも聡明でお可愛いらしいはにゃーん様に近付く。

その正体は…………

「にゃーん」

「……ね、猫……」

「ほぉう……これはまた随分と成長したじゃないか」

木々を薙ぎ倒しながら現れたは巨大化した子猫……いや猫だ。

呆然とするイタチ少年と、可愛らしいヤツだと微笑みなさるはにゃーん様をよそに、巨大化した猫はのそのそと歩き回りながら可愛らしい鳴き声を上げる。

「たぶん……大きくなりたいって思いが、猫を……」

「フフン、私はコレよりもっと大きな犬を見たことがあるし、コレよりもっと大きな狼を飼っていた事もある……案ずるな」

「ええ!?それは本当ですか!?」

「私はウソは言わんよ。まっ、こやつ程可愛げはなかったがな……レイジングハート!!」

《Yes MyMaster》

桃色のオーラに包まれ、はにゃーん様は一瞬の内に魔法少女へと変身なさる。

レイジングハートの杖をお手に、はにゃーん様は猫の頭の上に飛び乗ると、耳の裏を軽く掻いてやった。

なんということだろう、猫は「にゃーん」、と眠たげな鳴き声を上げてその場に寝転んだではないか。

「さ、流石なのは様……一瞬の内に猫を手懐けるとは……!!」

「この程度、造作もない……それそれ」

「にゃーんにゃーん、ゴロゴロ……」

「おぉぉ……猫が眠った!!眠ったぞぉぉ!!」

ユーノは歓声を上げた。

お可愛らしいはにゃーん様がフッと笑ったとき、左から鋭いモノを感じ取り、はにゃーん様は杖を持つ手を上げた。

《Protection》

「フッ、この私に牙を剥こうとは……どんな俗物だ?ユーノ、邪魔が入らぬよう見張っておけ」

「はっ!なのは様!」

左から来る"鋭いモノ"は、はにゃーん様が作り出す鉄壁の障壁に阻まれて爆散する。

俗物の健気な奇襲を無慈悲にも防ぎなさったはにゃーん様は、それが来た遥か遠くを見据えて薄ら笑いをお浮かべなさった。

* * *

巨大化した猫を狙ったはずが、どうやら見くびっていたようで狙撃は防がれたようだ。

彼女は僅かに首を傾げて、今一度デバイスを遥か遠くで眠っている猫へ向けた。

「効いていない……防がれた?フォトンランサー、連撃」

《PhotonLancer FullAutoFire》

バルディッシュの先端から無数の槍が放たれ、今度こそ攻撃は命中し猫は悲鳴を上げ爆炎の中に消える。

「決まった……」

《Warning!》

「何が……?」

「何だろうなぁ……」

「!?」

あったのと言う前に、背後から声が聞こえた。

直ぐに振り返りバルディッシュを向けるが、そこには誰もいない……

「か弱い猫一匹に何を……」

「クッ!」

また後ろから声。

しかし当然ながら誰もいない……いや、少し離れた所の茂みに誰かが入っていった。

彼女は電柱から飛び降り、茂みの中へ飛び込んだ。

《Scythe Form》

「そこかっ!」

白いスカートが消えた樹木へ魔法の鎌を一閃。

逆袈裟に切り裂かれた樹木はずり落ちて轟音を轟かせる、だがその向こうには誰もいない……

「まさか……勘違い?」

「私はここだ……小娘」

「なぬ奴!?」

振り返り、バルディッシュを構える。

奴は居た……私の真後ろの木の枝に立っていた。

白いスカートを履いた私と同じくらいの奴。

左手に杖、インテリジェント・デバイスを持った白いヤツ!

「アナタが防いだの……あの攻撃……」

「フッ、フフフフフ……ああ、そうだ。私だよ、なぁ?」

《Yes》

さも可笑しそうに肩を揺らして笑いながら白いヤツは杖に話し掛ける、すると杖もそうだと言った。

「アナタも……ジュエル・シードを……」

「ああ、マニアでな。かれこれコイツで十二個目か?」

《Yes》

「だそうだ」

私の目的を知っているのか……

白いヤツめ、私を見て愉快そうに笑っている。

「どうする?」

「無理矢理でも……頂きます!」

喋りながら溜めていた甲斐があった。

言い終えると同時に地面を蹴って、一瞬の内に距離を詰めて一閃。

今度こそヤツは逆袈裟に切り裂かれて、地面へ落ちた。

「ごめんなさい……」

「ああ全くだ。せっかくのスカートが台無しだ、クリーニング代を弁償して貰おうか?」

落ちたはずが少女はむくりと起き上がってまた笑う。

逆袈裟に切り裂いた所為でスカートはざっくりと切り裂かれて、チラリとそこから下着が見えた。

「ほぉう……お前、そんな趣味か」

「!?」

私の中を読んだ!?

いや……偶然だ。

いやでも、さっきのは……

「か弱い猫を襲い、あまつさえ私に刃向かうヤツは……どうしてやろうか?」

《Surch and Destroy!》

「そうだレイジングハート、私からのオーダーはオンリーワン、見敵必殺サーチアンドデストロイだ!」

《Understand MyMaster!》

「来るかっ!」

正面にバルディッシュを構えて、白いヤツの出方を窺う。

あの一閃を耐えきった程の大物だ、油断は出来ない。

スィーっと白いヤツは宙を浮かび、私に向けてデバイスではなく人差し指を向ける、私は瞬時に正面に障壁を展開させた。

「見くびるなよ?小娘」

《Funnel shutter》

「あっ、こ、これは一体……!?」

指先からピンク色の魔力弾が綺麗な弧を描きながら放出される……その数およそ二十。

その魔力弾は、個々に意思を持っているように、独立して俊敏に動き回りながら私へ迫る。

「このっ!」

《Arc Saber》

対抗してバルディッシュから魔力刃を五つ程射出して幾つかを撃ち落とす事に成功する、しかしまだ大多数が健在だ。

大地を蹴って宙へ舞い上がり、バルディッシュを振って叩き落とす。

それを他人事のように傍観する白いヤツはせせ笑っていた。

「それなりにはやるようだ。では少しレベルを上げようか」

「何をっ!なっ!?」

ふざけたことを、という前に驚嘆した。

生き残った魔力弾が、先程の動きはただの準備運動に過ぎなかったと思えるほど高速で動き回り、私へ突貫してきたのだ。

体を反らし、腰を捻って魔力弾を回避するも掠め、そこから鮮血が吹き出した。

「うっ!殺傷設定!?」

「サーチアンドデストロイと言ったろ?それに……私は非殺傷設定などという馬鹿らしい仕組みは嫌いでな」

白いヤツから笑みが消える。

私は死を覚悟した。

それでも、とせめてもの抵抗で障壁を張り巡らすも、白いヤツの攻撃は全て、障壁をかい潜って私の体を切り裂いた。

次の瞬間には、私の目の前には青い空が広がっていた。

全身が灼けるように痛い……

側で小枝の折れる音がして、首だけそっちの方に向けるとあの白いヤツが私の側に立って、私を見下ろしていた。

自然と、恐怖は感じなかった。

「私に感謝するのだな。致命傷は避けてやった」

「え?」

「だが、小娘といえど傷だらけで帰してやるわけにもいかんな。どれ……」

「うっ!」

白いヤツはそう言って屈み、ポケットから取り出した消毒液を私の傷口へ垂らした。

走る激痛に目を瞑った。

痛みが引いて、目を開けるとそこにはもう白いヤツの姿はなかった。

体を見てみると傷口全てに某赤い彗星の絆創膏が余すことなく貼られていて驚いた。

「あの人は、一体……」

何者なんだろう……

ただ、あの白いヤツには同性ながら何か惹かれるモノがある。

というのはわかった。

 

はにゃーん様の戦いはまだ始まったばかりだ……


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