アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~   作:猫かぶり

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Accel-7:The stormy princess of red-Curse

 

 

 

赤の王〈スカーレット・レイン〉のひと言に自らの心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じるが、予想より大きな反応を見せたのは黒雪姫だった。

 

「馬鹿な!あの〈鎧〉は……すでに消滅したはずだ!!」

 

激しく動揺し顔を蒼白にした黒雪姫に春雪君が恐る恐る問いかける。

 

「あ……あの。何なんですか、その……サイカのヨロイ、って?人じゃなくて、モノなんですか?」

 

沈黙する黒雪姫の代わりに口を開く。

 

「それを知るには、まず〈強化外装〉(エンハスト・アーマメント)を説明しておこうか」

 

「強化……外装」

 

「アバターの武器や防具などの外部アイテム、僕の銃や拓武君の杭打ち機をブレイン・バーストのシステム上では〈強化外装〉と呼ぶんだ」

 

「あたしの火力コンテナや拳銃もそれだ」

 

「〈強化外装〉を手に入れる手段は様々で、初期装備として最初から持っている場合、レベルアップボーナスとして獲得できる場合、〈ショップ〉でポイント消費して購入する場合、拾う場合、バーストリンカー同士で譲渡する場合、そして最後に……殺してでも奪い取る場合」

 

「こ……ころっ……」

 

瞠目する春雪君に説明を加える。

 

「最後の、殺してでもっていうのは、まだ完全に解明されてはないんだけど、強化外装を持ったバーストリンカーに対戦し、ポイントをゼロにしたとき、つまりは相手を永久退場させたとき、敗者の強化外装の所有権が勝者に移動することがあるんだ」

 

「低確率でランダムに発生するイベント、っつーのが今の定説だな」

 

赤の王がそう言葉を挟み、頭の後ろで両手を組んだ。

 

「だけど、〈災禍の鎧〉に関しちゃその限りじゃねーな……移動率百パー、まさしく呪いのアイテムだぜ……」

 

「だが……しかし」

 

押し黙っていた黒雪姫が呟く。

 

「有り得ん。破壊されたはずだ。二年半前、私は確かに〈鎧〉の……〈クロム・ディザスター〉の最後を目撃し、その消滅を確認したのだ!」

 

クロム・ディザスターは元々は加速世界の黎明期、七年前に存在した伝説のバーストリンカーの名前だ。

 

黒雪姫が語り出したストーリーは、そんな言葉から始まった。

その戦い方は苛烈、あるいは残忍の一言で凄まじい戦闘能力で暴虐の限りを尽くした。しかし、そんな彼にも最後の時はやってきた。当時、最高レベルであったバーストリンカーたちが結集し、これを打ち倒した。加速世界での〈死〉を迎えた瞬間、彼は叫んだという。

 

『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも蘇る』。

 

その言葉は真実だった。彼は加速世界から消滅したがその強化外装である鎧だけは消えなかった。討伐に参加していた一人のバーストリンカーに取り憑いた鎧は、彼の精神を乗っ取り、一夜にして残虐な殺戮者へと変貌させてしまったのだ。

 

そこで言葉を止め、コーヒーで喉を湿らせてから、黒雪姫は低い声で続ける。

 

「その後、同じことが三度繰り返された。取り憑かれた者が討伐されても、災禍の鎧だけは消えず、また別のバーストリンカーに取り憑いて人格を変貌させる。二年半前、すでに〈純色の七王〉の一席を占めていた私は、他の王たちとともに四人目のクロム・ディザスターの討伐に参加した。その戦いの凄まじさは……今も肌で覚えている。到底言葉では伝えきれないがね……」

 

カップを戻し、制服越しにそっと二の腕を撫でてから、黒雪姫は突然口調を切り替える。

 

「そこでだ、ハルユキ君。悪いが直結用ケーブルを三本用意してくれないか」

 

「え……け、ケーブルを!?しかも三本……?」

 

「一本は私が持っているからな。長さは、まあ、一メートルあればいい。足りなかったらユー、キミの家から持ってきてくれ」

 

「いや、常に一本携帯しているから用意するのは二本でいい」

 

制服のポケットから一メートルのケーブルを差し出す。春雪君はリビングから自室へ行き、ケーブルを持って戻ってくる。

 

五十センチと一メートルのケーブルを由仁子と黒雪姫が取り合っている中、自分で携帯していたケーブルを拓武君へと渡し、黒雪姫のケーブルともども外部接続端子へと挿入する。

 

「先輩、いいんですか。放っておいて」

 

「暴れ馬に蹴られたくなかったら……離れるのが一番だよ」

 

この場にいる五人でニューロリンカーを数珠繋ぎにし、リビングの床に座る。

 

「マスター、〈加速〉するですか?」

 

「いや、それには及ばない。全感覚モードにした後、表示されたアクセスゲートに飛び込め。では、行くぞ……〈ダイレクト・リンク〉」

 

 

 

VRムービー、つまり脳内で直接再生されている記録映像が視界に映し出される。

黒雪姫が見せているのは〈純色の七王〉VS〈四代目クロム・ディザスター〉戦のリプレイ映像だった。

黒の王ブラック・ロータスと緑の王グリーン・グランデが待ち伏せ、四代目クロム・ディザスターが現れる。巨大な体躯で蛇腹状の金属装甲に覆われた胴は異様に細く、それを鎌首をもたげる蛇のように前傾させ、左右の腕もまた有り得ないほど長く、無骨な大斧を携えている。頭部は、巨大な蚯蚓を思わせる滑らかな円筒状で、その先端の二つの黒い穴からは赤く光る眼が盛んに瞬きを繰り返していた。どす黒い銀色の装甲で陽光を反射させながら緑の王と黒の王、二人を相手にしながら肉食獣のような咆哮を上げ大斧を振り回し戦う姿に過去の映像が重なる。

 

 

 

リンク・アウトと小さく呟き、完全ダイブから復帰する。

 

「彼奴はあの状態から更に二分戦い続け、ようやく果てた。そして、その後私を含め他の王たちのストレージに〈鎧〉は存在しない事を確認した。呪いはあの時断ち切られたはずだ」

 

漆黒の瞳から発せられる圧力を赤の王は堂々受け止め、鋭く言い返す。

 

「なら、今の状況をどう説明するんだ!五代目が現れて、暴れまわっているっつうこの事実をよ!」

 

「……五代目の名前は何だ。いったい王の誰が?」

 

「……王じゃねえ。五人目は、うちの……赤のレギオン、〈プロミネンス〉のメンバーだ。元の名前は〈チェリー・ルーク〉。チェリーはいい奴だったんだ。派手な能力とかはねぇけど、こつこつ頑張ってレベル6まで上げて、これからが楽しいとこだったんだ!なのに……くそっ!!」

 

震える声で続く言葉を絞り出す。

 

「……あいつは、赤のレギオンに所属したまま、他の王のレギオンメンバーを片っ端から襲ってる。不可侵条約を破ってな。だからあたしは……あいつを粛清しなくちゃならねえ」

 

「……断罪の一撃」

 

「ああ。だがそいつが当たらねえ。〈断罪の一撃〉は、射程距離ほぼゼロの近接技だ。だがあいつは、化物並みの跳躍力と空中での機動制御でもって軽々と躱しやがる。ほとんど、飛んでるみてえなもんだ」

 

「そうか。ようやく貴様の目的が解ってきたぞ」

 

赤の王の言葉で理解できた。シルバー・クロウを、他のレギオンのメンバーを使わせてまでさせたい何かが。

 

「な……なんなんです?目的って?」

 

「決まってるじゃない、おにーちゃん♪」

 

突然雰囲気を激変させ、愛らしい笑顔と甘い声で春雪君に言った。

 

「ハルユキお兄ちゃんに、クロム・ディザスターを捕まえてもらうんだよっ」

 

たっぷり五秒近い放心から絶叫する春雪君だったが、黒雪姫がにっこりと笑みを浮かべてささやく。

 

「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くないと思うが」

 

「え……ええ!?」

 

「危険です、マスター。罠という可能性もあります」

 

眼鏡のブリッジに右手の指先を触れさせながら続ける。

 

「我々の目的はレベル10を目指す事。つまり、他のレギオンの王はすべて敵。いつかは倒さなければならない存在です」

 

「何だテメーは。メガネ君キャラか。あだ名はハカセか」

 

ぐさっ、と言葉の刃が拓武君に刺さったように感じたがすぐに立てなおし拓武君が反駁する。

 

「何か証拠を見せてくれ、って話をしてるんです、赤の王。ぼくらはたった四人だけのレギオンなんだ、危険を冒して〈上〉にダイブさせるなら何がしかの根拠をあなたも」

 

続くであろう言葉を遮り、口を開く。

 

「熱くなり過ぎだよ、拓武君。……赤の王、一つ聞きたい。王自ら他のレギオンに、生身でコンタクトしてきたからには覚悟がないわけじゃないだろ?」

 

「わかってるじゃねえか、バレット。リアルサイドのあたしは、腕力も経済力も組織力もねえ小学生のガキだ。もしあたしが裏切ったら、いつでもリアルでケジメ取りに来りゃいい」

 

言い放った赤の王の両眼が赤々と燃え上がり、いっそ自暴自棄と思えるほどの、凄まじい覚悟がそこにはあった。

 

「ユニコ……ちゃん」

 

「言いてえことは解る。でもな……あんたもいつかここまで上がって来りゃ気付くだろうが、このゲームは〈加速〉っつーテクノロジーのせいでリアルサイドを果てしなく薄めんだよ。あたしやそこの女、バレットが、これまでいったいどんぐれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら、あんたきっとブッ倒れるよ」

 

「え……累計プレイ時間……?……三千……時間くらい?」

 

春雪君の答えに思わず笑ってしまう。黒雪姫たちも苦笑する。

 

「え、違うの?ユニコちゃんは、じゃあ累計何時間くらい……?」

 

「教えねー。その答えは、あんたが自分で決めな。それとな……そのユニコちゃんての止めろ。背中がカユくなるだろ。……ニコでいいよ。あたしのことはニコと呼べ、ちゃんとかタンとか絶対ぇつけんなよ」

 

「えーっと……それじゃ結局、〈ネガ・ネビュラス〉としてはニコちゃ……赤の王に協力する、ってことでいいんですか?」

 

「……うむ。リスクは多少あるが、メッリトもある。当然交換条件も用意しているのだろうからな」

 

「ちっ」

 

小さく舌打ちし、赤の王が軽く右手を振った。

 

「わーったよ。うちの奴らには、杉並には当面手ぇ出すなっつっとく」

 

「これで決まりだ。それで、奴が出現する時間と場所は?」

 

「それはこっちで特定してみせる。……恐らく明日の夕方」

 

「わかった。では明日の放課後、再びここに集合しよう」

 

 

 

話し合いが終わり玄関まで春雪君が見送りに来る。

 

「じゃあハル、また明日学校で。うわっ、もうこんな時間か」

 

拓武君が別棟への空中連絡通路を目指し駆けていく。

 

「黒ちゃん、どうする。バイクで送って行くけど」

 

「心配無用だ。じゃあ、お邪魔しました。また明日な」

 

出て行く黒雪姫の背に、赤の王が間延びした声を投げた。

 

「ほんじゃな、黒いの。明日遅れんなよー。さって、続き続き」

 

その言葉に黒雪姫が物凄い速さで振り向き叫ぶ。

 

「おい待て、ちょっと待て赤いの!」

 

「ンだよ?」

 

「まさか貴様、今日もここに泊まる気なのか」

 

「たりめーじゃん。いちいち帰ってられっかよ面倒くせえ。あたしンとこ全寮制なんだよ。三日分の外泊許可でっち上げてきたから帰ってもメシがねえ……さてとぉ、おにーちゃん、今日の晩御飯なんにしよっか♪」

 

そう言ってのけ、ぴゅるっとリビングに消えていった。

 

「なっ……な……」

 

大激発寸前の顔でわなわなと両拳を震わせた黒雪姫が、唖然と立ち尽くす春雪君を横目で睨み。

 

「……『また明日』は取り消す。私も今日は泊まっていく」

 

一度履いたローファーを脱ぎ、どすどすとリビングへ戻っていった。

 

「あぁ……って、春雪君?」

 

脳が完全にフリーズし再起動させるまでの春雪君を約一分待った。

黒雪姫の突如の宣言のあと、様子見のつもりで残り、四人でマンション下部のショッピングモールに買い物にいき、協力して夕食を作り、洗い物をしたりと様々なイベントを消化し、今現在はZ指定レトロゲーム大会に興じていた。

 

「それじゃあ、この辺で俺は自分ちに戻るよ。また明日」

 

時間も遅くなり、自宅へ戻ろうと玄関で靴を履いていると、赤の王が玄関までやってきて呼び止められる。

 

「おい待て、バレット」

 

「何か用かい?」

 

「パドからの伝言を頼まれてんの忘れてたぜ」

 

「……」

 

「『お帰り、白金の流星』だと」

 

「それじゃあこっちも頼まれてくれるかな、赤の王。『ありがとう。次はICBMも連れて来る』って」

 

「わーったよ。言伝は頼まれてやる。あとニコでいい。現実でそう呼ばれっと面倒くせえ」

 

「はいはい。おやすみ、ニコ君」

 

そう言い残して玄関扉をパタンと閉じたのだった。

 


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