アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~   作:猫かぶり

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Accel-10:The stormy princess of red-Preparedness

 

 

 

その場にいた全バーストリンカーの時が止まってしまったかのようだった。

レベル9同士の戦闘に割り込み、黄の王を背後から一刺ししたアバターがゆらりと、その姿を現した。黒ずんだ銀色の装甲が鈍く輝きを放つ。重量感のある中世の騎士型アバターで右手に両刃の長大な剣を携え、極端に先細りになった切っ先がレディオを背後から貫いている。

 

「〈災禍の鎧〉……。〈クロム・ディザスター〉」

 

掠れ声を漏らしてから、レインがいっそう密やかに続ける。

 

「なんでだ。早すぎる。丸一日は余裕があったはずなのに」

 

「まさか、電車の中で加速したのか!?」

 

フィールドには異様とも言える静寂さがあった。その静寂を一瞬で壊す者がいた。それは突如として現れた災厄クロム・ディザスターだ。

 

「ユルオオオオオ……!」

 

異様な絶叫。人間が放つことのない異質な咆哮が空気を伝わり、ここまで響き渡ってくる。突き刺したレディオを自然に、突き刺したまま持ち上げ、自身の顎を大きく開き、喰らおうとする。

 

「……〈詐欺師の癇癪玉〉(デシート・ファイアクラッカー)!!」

 

レディオがもがきながらも高い声で叫び、煙を上げて爆発、消滅した。その直後、五メートルほど離れた場所に煙が湧き上がり、その中からレディオが飛び出してくる。

 

「飢えた犬めが、飼い犬の恩も忘れて、演目を邪魔する気ですか。……いいでしょう、それほど腹が減っているなら、目の前の〈黒〉を喰らうがいい!食欲はそそらない色ですがね!!」

 

レディオが笑い声を上げているがいつもの余裕のある声ではない。張り詰めた緊張感のある声が響く。黒いあぎとを開閉させながらロータスとレディオの双方を順に見る動作は獣。どちらを先に喰らうか見定める野生の仕草だった。

 

「ルゥオオ……オオオオオオ!!」

 

獰猛に吠え、右手の大剣を肩へ担ぎ、巨大な鉤爪状の五指が生える左手をまっすぐに伸ばす。その瞬間に左手から何かがまっすぐ発射されるのが微かに確認できた。何かが黄のレギオンメンバーへと当たり、次の瞬間、猛烈な速度でクロム・ディザスターの左手へ吸い寄せられた。

 

「ルゥゥッ!!」

 

一声叫ぶと同時に、黒いあぎとがぐわっと開かれ、吸い寄せられたアバターを無残に喰らった。装甲など初めからないようにあっけなく身体が喰いちぎられ、最後には頭部を喰らわれ、残ったアバターの残骸が無情に光柱に溶けて分解された。

 

「ルウゥゥゥゥ……」

 

「狂犬めが……仕方ない、惜しいですが演目中断ですね。皆さん、池袋駅のリーブポイントまで撤退しなさい!!」

 

レディオが叫び、同時に幻惑系の必殺技でも使ったのであろう、残存するメンバーの姿が半透明に薄れ、北西の方向へと離脱していく。

 

「くくく……赤、そして黒、我がサーカスの楽しいカーニバルに、またいずれご招待しますよ!その犬に喰われてなお、あなたたちに戦意が残っていれば……ですがね!くくく……くふふふふ……」

 

遠ざかるレディオの嘲笑がフィールドに広がる中、クロム・ディザスターがすっと体を沈める。散るように逃げる黄のレギオンの構成員たちを追いかけようとする動きを見せようとしたその刹那。

 

「……〈デス・バイ・ピアージング〉!!」

 

ロータスの必殺技の発声が響いた。左腕につがえられた右腕の剣が、ヴァイオレットの輝きで膨れ上がり、一直線上に五メートルほど伸長し、その圧倒的な攻撃力が空気を歪ませた。甲高い破壊音が響いたが断ち切られたのはクロム・ディザスターのヘルメットから伸びる右側の角だけだった。

 

「……ほう、今のを躱すかよ」

 

ロータスが感心したように言い放つ。

 

「ユルルルゥゥゥ……」

 

それに対し、クロム・ディザスターが明確な怒りの唸り声を上げ、大剣を右肩に担ぎロータスを正面から、深紅の眼光を激しく瞬かせ睨みつけた。

 

「……まったく、これだから黒ちゃんのお守りは」

 

文句を言いつつも自分の口端が釣り上がるのを自覚した。重たく感じる腰を上げ、両手に持つ愛銃のグリップを強く握り直す。

 

「先輩行く気ですか!?」

 

驚きの声を上げたのはパイルだった。

 

「流石にロータス一人でディザスター相手は無理だよ」

 

「そんな、あなただってボロボロじゃないですか!」

 

「心配してくれてありがとう。でも、ここで座って見物しているなんて真似は俺の性分じゃないんだ。それと……シルバー・クロウ」

 

「え……」

 

「いつまで、下を見ている気だい?猛獣を前に怖気づくのもわかるけどね、彼女の傍に君がいないでどうする!」

 

びくつくクロウに言葉を続ける。

 

「ロータスが零化現象を引き起こしたのは、彼女がまだ二年前の裏切りを悔いているからだ。許せない罪と感じて彼女の闘志、勝利を求める闘争心を心の底で恐れているから」

 

遠くで両腕の剣を構えるロータスへ視線を向ける。

 

「でも、君が恐れているのは対戦で負けてしまうことだ。負けることで自分の価値が損なわれてロータスに見放せられると思い込んで。俺と対戦した時を思い出せ!敗北を恐れずにまっすぐに向かってきた君はどこへいった!!」

 

「やれやれ、バレット。私のセリフを取るなよ。だけど、これだけは私の口から言わせてもらうぞ、ハルユキ君!」

 

「キミと私を繋ぐ絆が、たかがその程度のものだと……本気で思っているのかッ!!」

 

その直後、自らクロム・ディザスターに斬りかかる。真っ向上段から撃ち降ろされたロータスの左腕の剣を、ディザスターの大剣が迎え撃ち、凄まじい衝撃を発生させる。両者は互角の戦いを眼前で繰り広げる。

深紅と青紫のエフェクト光が激しく迸り、今も互のHPゲージを徐々に削って合っている。だが、ディザスター共通の能力〈体力吸収〉がある五代目のほうが、アドバンテージは高い。

 

「なんで……逃げないんです!」

 

クロウから嗄れた叫び声が漏れる。

 

「逃げてください、先輩!」

 

もう一度叫ぶ。

だが、ロータスは引かない。巨剣を正面から受け、弾き返すこともできずに、地面に片膝を突く。雷鳴のような激突音とロータスの周りの地面に生じた放射状のひび割れがその攻撃力の高さを物語る。

 

「ユルルルォォォォォォ!!」

 

ディザスターが高く吼える。まるで勝利を確信したかのように。

 

「これはな……、私の意地だよ、ハルユキ君」

 

小さく、しかし重みのある声でロータスが口を開く。

 

「今回、私はキミの前で無様を晒したからな。キミの師として……また〈親〉として、あのままでは現実世界で会わせる顔がない」

 

「い……意地……?でも……負けたら、なんの……意味も……」

 

「それがキミの勘違いだというのだ。〈クレバーな撤退〉なんぞ犬にでも喰わせろ!そんなもの何の価値もない!いちど戦場にダイブしたならば……相手が誰だろうとひたすら戦闘あるのみだ!!」

 

ロータスの叫びが響き渡る。戦場に。そして彼の心にも。

彼に一歩踏み出させるために問いかける。

 

「さぁ、クロウ。君の翼は何のためにある」

 

「……大馬鹿野郎だ、僕は」

 

小さく吐き出された言葉。しかしそれには大きな決意が秘められていた。

 

「クロウ、先に行け」

 

クロウがその翼を広げ、思いきり飛び出した。

 

「レイン、援護射撃を頼む。隙ができたらでかいの一発お見舞いしてくれ」

 

「……なんでだよ」

 

「レイン?」

 

「なんで、てめぇらは他のレギオンの問題事に……そこまで命を掛けられる!!バーストリンカーにとって、自分以外は敵だろ。加速世界に信じるべき何ものも存在しやしねえ!!仲間、友達、軍団……そして〈親子〉の絆すら、幻想でしかねえんだよ!!」

 

「……それは君の本音かい、赤の王」

 

「な……んだと」

 

「君は知っているはずだ、仲間、友達、軍団……〈親子〉の絆を。なぜなら、君はディザスターを、チェリー・ルークをいいやつだったって言った。それに事前に行動が把握できたのも、君とチェリー・ルークが〈親子〉だからだろ?」

 

レインは黙ったままだった。その沈黙は肯定だろう。いくら同じレギオンでもリアルの情報はわからない。だがその関係がレギオンだけでなく〈親子〉ならば話は違ってくる。

 

「君と俺は似ているよ。自分じゃ何もできなくて、一人になるのが寂しくて、辛くて苦しい。〈親子〉を、絆を壊すことになってしまうことにある種の恐怖を感じてしまってる」

 

「……たった一人の〈親〉だ。この世界へ連れてきてくれた、大切な奴だからこそ、あたしはあたし自身の手で呪いから、救いたいと思ってる」

 

「なら、救おう。チェリー・ルークを。君は一人じゃない。ここには、仲間がいるんだ。領土に帰ればレギオンのメンバーもいる。その気になれば〈子〉だって作れる。君は独りかい?」

 

その問にスカーレット・レインは小さく、吹っ切れたように言葉を返した。

 

「……へっ!あたしを……誰だと思ってる?赤の王スカーレット・レイン様だぜ。……バレット、てめぇの強化外装でディザスターを上空に吹き飛ばせ!そこに必殺技を一発ぶち込んでやる!」

 

「ここまできたら行くところまで行きますよ」

 

「パイル、二人で挟むぞ。吹き飛ばしたら逃げられないように杭で貫け!」

 

「はい!」

 

二人で駆け出す。片脚といってもパイルより速くロータスとクロウ、そしてディザスターがいる場所へと着く。

 

「随分熱心にあの小娘と話していたじゃないか」

 

「皮肉と苦情は後にしてくれ、ロータス」

 

「ならば、現実世界に帰ってからだ。そうだな……シュークリームでもご馳走になろうかな」

 

「はいはい。ロータスとクロウはあいつの注意を集めろ。隙を突いたらパイルと俺が奴を捕獲する。逃亡したらクロウ頼む」

 

「解りました!」

 

「では、各自……いくぞ!!」

 

ロータスが掛け声とともに駆け出す。姿はボロボロだがその闘志が衰えている様子はない。ダッシュからの両腕による凄まじい斬撃がディザスターに襲いかかる。それに危険を感じたのか、大剣を振るいながらもディザスターが少しずつ押され始める。そこへ空中からクロウが高速で飛来し、ディザスターへダイブ大剣を盾にダイブを防ごうとするが激しい轟音と銀と深紅のエフェクト光とともに大剣がひび割れ、砕け散った。ダイブの衝撃によりディザスターの体がゴロゴロと地面を抉りながら転がっていく。

 

「今!」

 

握り締めた双銃を弓を引くように構えディザスターへ向ける。転がりながらもこちらに視線を向け今にも飛びかかって来る勢いのディザスターへトリガーを引く。

 

「吹き飛べっ〈エア・バレル・アロー〉!!」

 

銃口から放たれた空気の矢が銀色のエフェクト光を輝かせ、ディザスターを宙へと浮き上がらせた。

 

「〈ライトニング・シアン・スパイク〉!!」

 

ディザスターの浮き上がった黒銀の装甲にパイルの杭が深く突き刺さり、宙に固定された。

 

「ルオォォォォォォ!!」

 

獣の声が響き渡る中、真紅の巨体を持つレインの両脇の長大な主砲がガキンっと音を立てて狙いをつけた。

 

「〈ヒートブラスト・サチュレーション〉!!」

 

ぎゅああっと聴覚につんざくような共鳴音を轟かせ、真紅の火線が伸び上がりディザスターをパイルの杭ごと焼き尽くす。固定されていた体が杭がなくなったことで宙からガシャンっと金属音を響かせ地面へと落ちた。それでもなお、血の色のような光を全身から零し、四肢を動かしているのを見ると耐久力は計り知れない。

 

「これで……終わりにしよう、チェリー」

 

全身の強化外装を外したレインが自身の拳銃を携え、こちらへとよって来る。

 

ロータスとクロウ、パイルも警戒しながら歩みより完全にディザスターを包囲する。

それを見てなのかディザスターの地面に突かれていた左腕がよろよろと持ち上がり、許しを請うかのように掌がレインへ向けられた。

だが、それは間違いだということに気付く。掌からチカっと赤い線が瞬き伸びていくのを認識してしまったからだ。

 

「ちっ!」

 

レインにそれが届ききる前になんとかステップし、タックルでレインを軌道上から外す。

 

「っ!?何すんだバレッ」

 

レインの言葉が詰まる。それもそうだろう。今、俺のアバターは瀕死状態だったディザスターに片脚を掴まれ逆さ吊りにされている。

 

「ルオォォォォォォ!!」

 

大きく開かれた顎が咆哮とともに身体を喰らおうと迫る。

 

「片脚はくれてやる!」

 

掴まれている脚のつけ根目掛けてジェミニーズのトリガーを引く。高い金属音と自分の体が地面に転がる音が鳴り響く。

 

「ぐぅ!」

 

流石に痛覚二倍の無制限フィールドだけあり意識を失いそうになる。

 

「先輩!」

 

「構うな!!奴が逃げるぞ!」

 

掴んだ片脚を貪り、ディザスターが片手を上げ、驚異的なスピードで斜め上方向に舞い上がった。ほとんど倒壊しかけたビルの上部から突き出した鉄骨に、がしっとディザスターが取り付き、もう一度、高く跳ね上がり、その姿を小さくさせていく。

 

「っ!サンシャインシティのリーブポイントからログアウトする気だ。ここで逃したら……もう次のチャンスはねぇ……」

 

「なら……ニコが追いつくまで、ディザスターはオレが押さえる」

 

クロウが覚悟を決めたように声を出した。

 

「ハル……」

 

「一人じゃ無理だ!傷ついてると言ってもまだあれだけ動けるんだ。掴まれたら逆に喰われるぞ!」

 

「その時は喰われるまでだ!それに少しでも時間が稼げればニコも、いやみんなも来てくれるって信じてるから」

 

「よく言った、ハルユキ君。さあ行くんだ。私達もすぐに追いつく」

 

「はい!」

 

白銀の翼が広がり、クロウが一直線に離陸する。建ち並ぶビルの群れの合間をすり抜けて。

 


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