カンピオーネ!~旅行好きの魔王~   作:首吊男

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八話

 目の前でお茶をすする男性。そろそろ三十路にも近い年齢で、体つきは服の上からでもよく鍛えられているのが窺える。昨日の夜、電話で話があると言われ、本当は家でゆっくり過ごしたかったのだが、この人には色々お世話になっているので、仕方なく今日、指定の店で待ち合わせをした。

 

「いや~すみませんね。わざわざお休みの日に呼び出してしまって」

「それは別にいいんですけど、何かあったんですか?」

「実は、天童さんにお願いがありまして。・・・清秋院恵那を監視していただけませんか?勿論タダでとは言いません、然るべき謝礼を払わせていただきますので」

 

 ん?清秋院は正史編纂委員会の人間ではないのか?

 

「清秋院は、そちら側の人間じゃないんですか?」

「おや?知っていらしたしたんですか、なら話は早いですね。実は彼女はこちらが抱えている媛巫女の一人なんですが、最近なにやら不穏な動きをしていましてね。彼女のバックには大物がいるので、私のような下っ端ではあまり手を出せないんですよ」

「はぁ・・・」

 

 社会の厳しさをこんなところで目の当たりにするとは・・・

 だけど、謝礼も嬉しいがここで借りを作っておくのも悪くない。

 

「分かりましたが、清秋院について詳しく教えてくれませんか?」

「ええ、それは勿論。年齢15歳。身長―――。バスト―――。ウエスト―――。ヒップ―――。あだ名はえっちゃん。特技は剣術。趣味は散歩。身分は生粋のお嬢様で、見ての通り美少女と言って過言ではない顔立ち。武術に関しては、もはや天才ですね」

「・・・そういうプライバシー的なことではなくて・・・」

 

 そもそもなんで知っているのかが疑問だ。こういう所がなければ、頼れる人なのにと思う。

 

「知りたいのはですね、どういった魔術を使うのとか、どういった立ち位置にいるのか、監視をする理由とかですよ」

「ふふふ・・・、まぁそう言わないで下さい。知っていて損はありませんよ」

 

 得もないと思うけど・・・。

 コーヒーを啜りながら、少し眉間にしわをよせる。苦くてそうしたのではなく、話を進めるためだ。

 

「そうですね、では順を追って説明しましょう。まず、正史編纂委員会についてどこまで知っていますか?」

「・・・いや、全く」

「では正史編纂委員会の役割についてお教えしましょうか。まぁ平たく言えば、国内の呪術師や霊能者を総括し、彼らの関わった事件などの情報操作ですかね。天童さんの時は骨が折れましたよ。何と言ったって範囲が広かったですからね」

 

 大物主の時か。確かにあれだけ大きな神様人目にもつくし、被害が尋常じゃなかったしな。それは俺が直したけど。

 

「秘密組織ではありますが、政府直属ですから一応国家公務員なんですよ。媛巫女というのは日本の呪術界の女性の呪術師であり、高位の巫女に与えられた称号みたいなものです。媛巫女は正史編纂委員会に協力する義務があるんですが、貴重な存在ですし伝統もあるんで、こちらとしては下手にでることの方が多いですかねェ。恵那さん、それと万里谷さんも媛巫女ですよ。その中でも恵那さんは媛巫女筆頭。加え四家の令嬢。私などとは比べ物にならない位の方です」

「四家と言うのは?」

「古来より呪力を以て帝に仕えてきた名家です。清秋院、九法塚、連城、沙耶宮の一族。恵那さんは清秋院家の一人娘なんですよ。清秋院家は武力と政治に物凄い権力を持ってまして、現在その四家で勢力争いが絶えない状況なんです」

「だから俺に頼みに来たと?」

「ええ。貴方は一夜で世界中の人間の頂点に立ちましたからね。どんなに偉いと言ってもカンピオーネには頭が上がりません。こんなに最適な人選はないですよ」

 

 そう言ってうすら笑いを浮かべる。「ちょっと失礼」と断りを入れてからタバコを吸い始めた。

 カンピオーネに頭は上がらないなどと言いながら、その目の前でタバコを吸うのもふてぶてしい。

 

「つっても、監視とかやったことないですし、どうすればいいとかも全くもって検討がつかないんですけど」

「それは簡単です。用はバレずに見てればいいんですよ」

 

 簡単に言われてしまった。

 

「いや、でもちょっと待ってください。確かカンピオーネって、持ってる魔力が大きいから魔術師なんかにはバレるとかって聞いたんすけど」

「ええ。その通りです」

 

 え?どこが最適な人選なのか一から説明していただきたい。

 

「ですから私がサポートしますよ」

 

 そこで甘粕の思考が何となく読めた。読めてしまった。だが、あえて質問する。

 

「甘粕さんほどの実力があれば俺はいらないと思うんすけど。実際、大物主と戦った時も気づかれなかったし、俺がいたら足で纏の何者でもないでしょ」

「いやいや、そんなことないですよ。確かに天童さんを連れて行くのはかなりの負担です。ですが、それ以上のプラスアルファがあるということです」

「つまり、俺をダシに使って、うまくごまかそうとしているんですよね?」

「はは、天童さんには感服ですよ」

 

 まさか、最初からカンピオーネを利用するつもりでいたのか。ふてぶてしいと言うより、むしろ甲斐甲斐しい。

 甘粕さんほどの実力があれば、気づかれることの方が難しい。それは分かる。だが、もしもの場合を想定して、保険の為に俺を連れて行くのだろう。そうすればバレた時、俺も一緒に監視していたとなれば、あちらも強くでれない。そう考えているのだろう。用意周到な。

 

「これは相当な貸しになりそうですね甘粕さん?」

 

 そう言った俺の言葉に、甘粕さんは引きつった苦笑いを作るしかない様子だった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「監視って、思ったよりすることないですねー。つまらないですし」

「おや、天童さんはラッキースケベをご所望ですか?」

 

 気だるけに吐き出した俺の言葉を、やはりこういったことには慣れてるのか、普段の調子のいい口調で甘粕さんが返す。

 文句の一つや二つ言ってやりたいところだが、いかんせん、怒る気力も湧いてこない。

 

「俺、こういうのって普通アンパンと牛乳だと思うんですよ。やっぱしそこは譲れない」

 

 右手に収まるひんやりとしたものを見つめながら、昔みた刑事モノのドラマを思い出す。張り込みの時はやはりアンパンと牛乳が鉄板だ。好きか嫌いかは置いといて。

 

「時代錯誤・・と言うか、別にそれだけしか食べたらいけないってことはないですよ・・・。刑事も張り込み中は好きなものを食べていると聞きますし。ですが、今日の相手はそこらの犯罪者と一緒にくくると痛い目みそうですからね。なるべくゴミや音がでないものを選びました」

 

 甘粕さんは俺と同じ容器のフタを開けると、ものの数秒で完食した。視線を落とし、右手のソレを見る。マスカット味。これよりグレープ味の方がよかったな。そう思いながらウィダーゼリーをすすった。

 

「んぁにしてうんすかえー?」

 

 口を容器につけながら、遠くにいる人物を注視する。一人で誰かに話しかけるような素振りを見せながら、ふらふらと歩いている。場所は俺が通っている学校。

 

「何か確かめているようにも見えますが、魔力は何も感じませんね」

 

 男ふたり肩を並べながらひとりの少女を遠くから見つめる。そんな状況を半日行ってるのだ。流石にそろそろ限界だ。

 

「俺トイレ行きたいんすけど」

「もう少し踏ん張ってください。今動くと気づかれますよ」

 

 自由にトイレにもいけない。理由は俺がカンピオーネだから。以上。

 今、俺と甘粕さんの周囲には結界が張ってある。これは、内部の魔力を外に漏らさない上位魔術らしい。周囲に張っているために、魔術が効かないカンピオーネでも効果はあるとのこと。それに幾重の隠蔽の術を重ねて気づかれないようにしている。

 もしここで俺が動けば、その術をカンピオーネであるこの体が打ち消し、そうなればバレるのは必然だ。この術は甘粕さんの半径五メートルまで効果が及び、甘粕さんが動けば術も動く。トイレに行くにはふたりで行くしかない。だが、そうすると監視する者がいなくなる。そんな状況。ふたりは一心同体。

 

「絶対刑事にはならないって決心がつきましたよ」

「何かと公務員は不自由ですからねェ」

 

 妙に実感の隠った口調だった。

 

「ん?あれは」

 

 今まで監視していた清秋院がいる場所とは違う方向、校庭で男女二人組が歩いている。

 

「草薙さんとエリカさんですか。タイミングが悪いですね、天童さんも気を張ってください」

「あいつら、確か今日デートとか言ってたけど・・・。休日にお忍びで学校とか卑猥だな」

 

 傍らにおっさん。対してあっちはパツキンの美女。同じ魔王だというのに、この差はいったい。

 ふたりは校庭をあちこち散策して回っていたが、お目当てのものがないのか、そこらへんを行ったり来たりだ。数分、そうしていたかと思うと、草薙がある校舎の壁を一点眺める。

 

「あそこに何かあるんですかね?」

「ここからじゃなにも・・・って、マズイ。恵那さんが二人に近づいてます」

 

 草薙たちも清秋院の接近に気づいたようだ。

 

「な!いきなり学校で何始めてんだよ!」

 

 話し始めたと思った途端、急に清秋院とエリカが斬り合いを始めた。

 

「ヤベ、止めなきゃ!」

「待ってください!今出て行くと色々と面倒な展開になりますよ。それにほら、草薙さんが身を呈して止めていますし」

 

 甘粕さんが言った通り、エリカの剣と清秋院の刀の間に、草薙が身を投げ出している。ふたりとも咄嗟に止めていなければもう少しで切り刻まれるところだ。

 

「カンピオーネだからって無茶するなあいつ」

「自分の女に手出しさせねぇ的なやつじゃないんですか?ああやって女の子を惚れさせてるんでしょうねェ」

 

 でも、おかげで学校で流血沙汰にならなくてよかった。そう思ってたのも束の間。辺りが急に暗くなる。反射的に空を見上げて仰天した。――何だこれは!

 太陽が黒い。真っ黒に染まっている。

 

「この感じ、神がすぐ近くにいるような。それも七箇所も!」

 

 とてつもない量の神力。草薙がみていたあの壁からも感じ取れる。ヤバイ。何かがヤバイ。

 草薙の足元に底なし沼のような黒い渦が出現した。ずぶずぶと草薙が沈んでいく。草薙は懸命に出ようともがくがどこも掴めず踏ん張りも効かない。

 

「あの黒い渦。草薙を飲み込んでる。甘粕さん、あれは!?」

「多分、恵那さんの仕業です。いや、御老公の方ですか」

 

 誰だ御老公ってのは?そんな疑問を聞く時間も無かった。草薙が完全に消え去ったあと、それに続いてエリカ、そして清秋院までもあの黒い渦に飛び込んでいったのだ。最早考える時間ももったいない。

 

「時よ!」

 

 権能を駆使した瞬間移動で、まだ微かに残る闇へと飛び込んだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 どこだここは?

 意識が覚醒しだす。暗い。けど、あの黒い渦のせいじゃない。目を瞑ってるからか。

 

「暑い。頭も痛ぇ」

 

 ムクリと体を起す。それだけでグワングワン頭の中で鐘が鳴り響く。

 そこはまるでこの世の終わり。いや、始まりのような場所だった。

 数キロ先では火山からマグマが流れ出ており、霧のような雨が辺りを包む。草木といった類が見当たらず、地面は岩盤がせせりでている。所々で水溜まりができており、まさしく、地球が出来始めた頃を見ている感じだ。勿論生物の気配は皆無だ。

 

「ここに草薙たちもいるのか?」

 

 数分ほど頭痛や吐き気を堪えて、だいぶ体調がマシになってきた。歩くぐらいなら問題なさそうだ。

 右も左も霧のせいでよく見えない。マグマが光っているのだけは遠くからでも分かった。それ以前にマグマ以外なにもないのかもしれない。

 数十分歩き通す。何もない。

 気づけば喉がカラカラだった。お腹も空いている。やはり育ち盛りな体が、昼にゼリーだけでは持たない。

 

「ここらに一つコンビニでもあれば…」

 

 ここが日本かも怪しいのにあるはずが無いけどな。

 流石にそこらの水溜まりを飲むのは躊躇われる。実際は飲もうと思ったけどすっごい熱くて無理だった。

 

「なにもないなほんと。さっき感じた神の気配も消えてるし、もし帰れなくなったら飢え死にするぞこんなとこ」

 

 最初はひどく頭痛や吐き気がしたが、命の危険ってほどではなかった。今のところ異変はないし、早く草薙たちを探さなければ。

 

「どうやって探す?クロノスの権能じゃ、人探しに向いていないし、大物主も使えそうにない気がするんだよな」

 

 一度だけ使ったことがある。一瞬だったが、大物主の力はどっちかって言うと、戦闘向きな感覚があった。

 八方塞がり。連絡先も知らないし、そもそも携帯自体が使えなかった。本当にここに草薙たちはいるのだろうか?

 

ドゴォン!

 

「何だ!?」

 

 とてつもない爆音が響く。噴火だ!

 ここから見える範囲で、一番大きな山が噴火した。一気に周りの温度が上がる。風が熱い!焼かれる!

 

「嘘だろ・・・」

 

 この場所は危険だ。カンピオーネだからといって、火山弾やマグマは普通に命の危険だ。けど、動けない。俺の目はもうそいつに釘付けだった、

 火山から吹き出すマグマの中に、巨大な人型のシルエット。間違いなく神だ!

 巻き上げられた火山灰などが雲と混ざり、灰色だったのが黒くくすんでいく。熱風が霧を飛ばして視界を鮮明にする。

 

『よく来た。現存する最も新しき魔王よ』

 

 頭の中に直接響くような声。大気が震え、一層噴火が強まる。

 

「・・・あんたは?」

『そう警戒を強めるな。今すぐ戦うつもりはない。・・・最終的にはそうなるであろうがな』

 

 びりびりと声に体が反応する。決して敵意を向けてきている訳ではないのに何たるプレッシャー。

 

『少しばかり会話を弾ませようではないか。こうやって誰かと言葉を交わせるのは久しぶりでの。柄にもなく心を弾ませておる』

「悪いけど、俺は今人探し中でそんな暇はないんだ。また今度にしてくれ」

『案ずるな。お前の探してる人物ならここにはいない。・・・いや、ここではないこの場所にいる。が、今のお前にそこへ行く手段はない』

「何でそんなこと知ってるんだ?」

『無論、全て見てたからだ。他の魔王を助けにくるなど、随分と変わっている』

 

 くくく、と炎の揺らめきの中で苦笑する。俺からすると、こいつも随分変わっている。今までの神とはえらい違いだ。

 

「あんたは何者だ?」

『アグニ。それが私の名だ。お前の名前は知っているから名乗らなくてもいいぞ。歓迎しよう。天童竜司』

「分かったアグニ。俺が知っている神とあんたは違う。それで頼みがある。どうすれば草薙たちのところへ行けるか教えてくれ」

『簡単なこと。私を倒せばいい』

「・・・それ以外には」

『ほう。神殺しならそれでいきなり襲いかかるのが普通だがな。まぁ他にも手段がないことはない。だが、それを教える義理も道理もない』

 

 アグニがマグマの中から姿をあらわし、ふっと消えたかと思うと、一瞬で目の前に顕現する。

 大きい。炎に身を包んだ巨漢。

 

『本当のことを言えば、私にはその場所を教えられない。少し恥ずかしい話。私は今スサノオとケンカしていてな。互いに不可侵条約を結んでいるのだ。お前はスサノオが意図的に連れてきたのではないから、私がこの場所にお前を連れてきた』

 

 スサノオ?それぐらいなら俺でも知ってる。連れてくるってことは、そんな神が草薙をここへ?ってことは、清秋院の後ろ盾はスサノオってことか。それなら正史編纂委員会も手出しできないな。相手は神様なんだから。

 

「なんで俺をここに連れてきたんだ?」

『何百年も一人でいると流石に暇でな。生まれ落ちた神としての本分。神殺しと一戦やりたくなったのだ』

「あんた、何百年もそのスサノオとケンカしてるのか?」

『ああ、私などは、半永久的に生きられるからな。寿命で死ぬことはまずない。それを考えればたかだか数百年ぐらいと思っていたが、何もすることがないとここまで退屈とわ』

 

 そう言って笑うアグニからは、悲しむような感情は感じられなかった。本当に暇だったのだろう。不老不死も考えものだ。

 

「じゃあ、なんであんたを倒せば草薙たちのところへ行けるんだよ?」

『それは倒してみれば自ずと分かる。簡単には倒される気はないがな』

 

 さっき簡単だって言っていたのは聞き間違いだろうか。ふんぞり返って見下ろしてくるアグニ。後ろで火山が吹き出し妙に決まった感がある。なんだろう、苛立ちしか湧いてこない。

 

「ここはどこなんだ?何もないし、何ていうかここはそもそも現実なのか?」

『感がいいな。ここは幽世。お前が住む場所は現世。分かりやすく言えば、幽世は天。現世は地』

「死後の世界なのかここは?」

『そういった見解で間違いはない。違う言い方をすればアストラル界とも言う。幽世と現世は互いにあいまみえておるが、時間軸が異なるため、普通は気づくこともない』

「時間軸・・・。ならクロノスの権能で重ね合わせれば帰られるのか・・・?」

 

 カンピオーネになる前、俺はクロノスに違う世界で殺されている。クロノスは時間軸を重ねて、その映像や感覚を共有させたと言っていた。

 

『辞めておけ。それは反発しあう磁石を無理やり合わせるようなことだ。どんな天変地異が起こるかも分からん。ここに迷い込む人間も出るかもしれん。ここでは普通の人間は生きられないぞ』

 

 アグニが親切に教えてくれる。驚いた。そんなことになるかも知れないのは勿論のこと、それ以上に神様が人間の心配をするのが異常に思えた。

 

『それに最悪、まつろわぬ神が地上に顕現するかもな』

「なんだって!?」

 

 これまで以上の驚愕。思わず声が裏返る。まつろわぬ神が現れる!?

 

『可能性の話だがな。幽世は生と不死の境界。不死の領域にいる神がここで肉体が形作られ、現世に出現してまつろわぬ神になるそうだ。お前が言ったことはそれを後押しするような形になる。神はどんな天変地異よりも厄介だぞ』

 

 可能性の話・・・。それでもやろうという気持ちはおきない。

 

「アグニ。あんたも昔はまつろわぬ神だったのか?」

『そうだ。色々あって今は暇を持て余した老人だ』

「老人か。見た目じゃ判断できないけどな」

 

 軽口を叩いてはいるが、内心では意気消沈していた。どうすればここから出られる。草薙たちの方はどういう状況だ。甘粕さんは今頃どうしているのか。焦りや不安が心の中で渦巻く。

 

『私と戦え。天童竜司。お前との会話は楽しかったぞ。次は男同士、拳で語ろうではないか』

 

 そうだ。それが一番の最善策だ。勝てばここから出られる。アグニも嘘を言ってる感じはしなかった。

 けど、戦うということはどちらかが死ぬということだ。俺はこの気のいい神と戦いたくないと思っている。

 

『お前には私と戦う権利と義務がある』

 

 勝手なことだ。考えればこいつがここに俺を連れてこなければ、こんな状況にはなっていなかったのかもしれないのに。

 

『さあ、構えろ。お前とは全力で殺り合いたい』

 

 憤然としてアグニが大地を踏み鳴らす。

 

「あんたとは出来ればもう少しちゃんとした形で会いたかったよ。せめて俺があんたの数百年の暇を解消して、引導を渡してやる」

『ふはは。それは楽しみだ』

 

 悔いのないよう全力で倒す。決心を決めたと同時に、最大限の呪力を込め始める。

 開始の合図のように、噴火の物凄い爆音が鳴り響いた。


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