女幹部はアパート暮らし   作:ガスキン

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第六話 不思議な出会い

月曜日。麗奈は上機嫌で仕事場へ向かう準備を進めていた。

 

本日は十一時から撮影が入っている。あのスタジオのカメラマンは細かく注文をつけてきて中々OKを出さない人物だが、今日はどんな注文が来てもこなせそうな気分だった。

 

「ふふ、これも恭介君のおかげかしら」

 

思い出すのは昨日の事。久しぶりの休日に、あんな楽しい買い物が出来たのはいつ以来だっただろうか。

 

おかげで気力も十分、今日はいい仕事が出来そうだ。そんなテンションのまま、麗奈は仕事場へと出かけた。スタジオは電車で二駅先の所にある。今から出れば余裕を持って到着出来る。

 

そして一時間後。電車を降り、スタジオまで残り後数分の所まで来たその時、向かいのビルに設置された大型ビジョンに映し出されたニュースが彼女の足を止めた。

 

『昨夜、八時二十分頃に起きた、八神製鉄所における謎の発光ですが、“ダーク・ゾディアック幹部”シルヴァーナと、“シャイニング・ナイツ”のシャイニング・グリーンによる戦闘が原因だと判明いたしました』

 

「な、何ですって…!?」

 

 絶句する麗奈に答える様にキャスターが説明を続ける。

 

『昨夜、八神製鉄所が光ったと通報を受けた警察や消防が駆けつけると、製鉄所内に気絶した大勢の警察官と、シャイニング・グリーンの姿を発見。怪我人はいましたが、重傷者はいなかったとの事です。目覚めたシャイニング・グリーンに話を聞いた所、この製鉄所にシルヴァーナを追い詰め捕縛しようとした所、返り討ちにあってしまったようです。幸い、今回戦闘の場所となった八神製鉄所ですが……』

 

「そう……あなたもこの街にいたのですね」

 

シャイニング・ナイツ襲撃から散り散りになった幹部達。てっきり遠くに逃げているのかと思ったら、まさかその一人がこんな近くに潜んでいたとは……。

 

「近い内にシルヴァーナさんと合流出来る様、わたくしも動くべきですわね」

 

険しい表情を見せる麗奈。既にキャスターは次の話題に移っており、これ以上の情報は期待出来ないと、麗奈も止めていた足を再び進ませるのだった。

 

 

 

 

「げっ、冷蔵庫がスッカラカンじゃないか……」

 

平穏無事に学校生活を終え、冷蔵庫内の惨状に目を丸くした。

 

「……そういや、朝弁当作る時に今日は帰る前に買い物して帰ろうって決めてたのに……すっかり忘れてたわ」

 

 仕方無い。面倒だがもう一度出かけよう。そう決めて、恭介は素早く制服から着替え、財布を持って玄関を出るのだった。

 

「今日はヤケに人が多いな」

 

 やって来た商店街を歩く大勢の人達に若干驚きつつ、何を買うか計画を練る恭介。

 

「まずはもちろん肉だよな。卵も買っときたいし……そういや米も微妙だった気が……」

 

 悩む恭介。その所為で前方不注意となっており、ついには前から歩いて来た女性とぶつかってしまった。

 

「あ、す、すみません!」

 

「……」

 

慌てて謝る恭介。だが、女性は無言で俯いていた。正確には地面に落ちたある物を見つめていた。恭介もそれに目を遣る。

 

「……たい焼き?」

 

それは潰れたたい焼きだった。察するに、ぶつかった衝撃で女性が落としてしまったのだろう。

 

「うわ! か、重ね重ねすみません!」

 

もう一度深々と頭を下げる恭介。すると、女性は小さな声で答えた。

 

「大丈夫。まだ食べられる」

 

「え? けど、地面に落ちちゃったら……」

 

「……三秒ルール」

 

「地面に落ちた時点で滅茶苦茶ばい菌がつくってこの前テレビで……」

 

「……洗う?」

 

「絶対止めた方がいいです」

 

「……どうしたらいい?」

 

若干タレ気味の目で恭介を見つめてくる女性。どこか小動物を連想させるその目に、恭介は即決した。

 

「弁償します。元はといえば俺の所為ですから」

 

「いいの?」

 

「はい。場所がわからないんで、たい焼き屋まで案内してもらえますか」

 

すると、女性はおもむろに腕を伸ばし、恭介の頭を撫で始めた。あまりに突然の事に恭介は固まってしまう。

 

「な、何ですか?」

 

「ん……キミは優しい。だから撫でたくなった」

 

(いや、その理由は色々おかしい気が……)

 

「いい子いい子……」

 

(というか、何この羞恥プレイ)

 

人前で頭を撫でられるのがどれほど恥ずかしい事か、恭介は今身を以て知った。

 

「あ、あの、そろそろ行きませんか?」

 

「わかった。案内するからついて来て」

 

歩き始める女性。恭介はその後について行った。

 

 

 

 

大勢の人々が行き交う商店街の中を、女性はスイスイと歩いて行く。そのやや後ろを、恭介は追いかけていた。

 

(この近くにたい焼き屋なんてあったっけ?)

 

そのまま女性の後について歩く事数分、商店街の端に目的の店はあった。店内では年老いた女性が一人でたい焼きを焼いており、辺りには香ばしい香りが漂っていた。

 

「いらっしゃ……あら、イリアちゃんじゃない」

 

(この人、イリアさんっていうんだ)

 

「どうしたの? さっき買って行ってくれたばかりなのにまた来るなんて」

 

そう聞かれ、恭介を連れて来た女性……イリアはシュンとした顔で答えた。

 

「……落とした」

 

「あらまあ、それは残念だったわねぇ。あ、だからもう一度買いに来てくれたのね?」

 

「うん。この男の子が弁償してくれるって」

 

二人の視線が恭介に注がれる。

 

「あなたは?」

 

「えっと、実は俺が考え事しながら歩いてた所為でぶつかっちゃって。その所為で落としたから俺が弁償しようと思って案内してもらったんです」

 

「そうだったの。自分の非をすぐに認めるなんて、若いのに関心な子ねぇ」

 

「うん。この子はいい子」

 

何故か褒められ、妙に気恥ずかしくなった恭介はイリアに促した。

 

「じゃ、じゃあ、何にするか選んでください」

 

「うん」

 

イリアは頷き、もの凄く真剣な表情で看板のメニューを睨み始めた。タレ目が若干つり上がっているように見えるのは恭介の気の所為だろうか。

 

「ふふ、イリアちゃんはいっつもこうやって悩むのよね。長い時は一時間以上お店の前で悩み続けていた事もあったわ」

 

「い、一時間!?」

 

女性のその言葉は誇張でも何でもなかった。イリアはそのまま三十分近く看板を睨み続けていた。

 

「あんこもいい……けどカスタードクリームも美味しい……チョコレートだって捨てがたい……キャラメルも最高……」

 

「イリアちゃん、そろそろ決めないと。その男の子にも予定があるでしょうし」

 

「むむむ」

 

(あ、この人、横○版三国志読んだ事あるな)

 

などと下らない事を考えていると、ふと、イリアが恭介の方へ振り向いた。

 

「どうしました?」

 

「……ダメ。決められないからキミが決めて」

 

「え? お、俺がですか?」

 

「うん。キミが買ってくれるんだからキミが選んだ方がいいと思う」

 

期待を込めて見つめてくるイリアに、恭介は改めて看板のメニューを見る。種類はあんこ、カスタードクリーム、チョコレート、キャラメルの四つ。値段はあんこが七十、他が八十円となっている。

 

「よかったら一つずつ買いましょうか?」

 

「ッ!? い、いいの……?」

 

恭介の提案に、女性は信じられないとばかりに目を見開き、声を震わせながらそう尋ねる。

 

全部買っても五百円にもならない。大した出費にはならないと、恭介は結論づけた。

 

「まあ、これくらいしないとお詫びにならないというか―――」

 

次の瞬間、恭介はイリアに抱きしめられていた。再びの不意打ちに、恭介はまたしても固まる。

 

「な、何ですか!?」

 

「ん……嬉しすぎてつい……」

 

たかがたい焼き四つで嬉しすぎて抱きつく……過去、恭介はこんな女性を見た事が無かった。

 

「ふふ、イリアちゃん、その子困ってるみたいよ」

 

女性に指摘され、ようやくイリアは恭介から離れた。

 

「ゴメンなさい。食べ物の事になるとつい……」

 

「そ、そうですか。じゃ、じゃあ、とりあえず買いましょう。あんことカスタードクリームとチョコレートとキャラメルを一つずつお願いします」

 

「はいはい。ちょっと待っててね」

 

微笑ましそうな表情を浮かべながら、慣れた手つきで生地を焼型に流し入れる女性。

 

待つ事数分、完成したたい焼きが紙袋に入れられて恭介に手渡される。中を見ると、たい焼きが八つ入っていた。

 

「あれ、数が……」

 

「ふふ、サービスよ。どこかで一緒に食べてちょうだいね」

 

「そんな、悪いですよ」

 

代金を払おうとする恭介に、女性は「楽しいものを見せてもらったお礼よ」と言って微笑むだけだった。

 

「……じゃあ行こう」

 

「行くって……どこへですか?」

 

「近くに公園があるの。そこで一緒に食べよう」

 

「え、あの、俺は買い物に……」

 

「……行こ?」

 

恭介の手を取り、可愛らしく小首を傾げるイリア。それを正面から目にしてしまった恭介の中で、抗う気力が瞬く間に萎んでいった。

 

(……後でコンビニで弁当と明日のパン買って帰ろ)

 

「キミ……名前は?」

 

「高木恭介ですけど」

 

「恭介……うん、素敵な名前」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「私はイリア。じゃあ恭介、ついて来て」

 

こうして、恭介は何故かイリアと一緒にたい焼きを食べるために公園へと向かう事になったのだった。

 

 

 

 

その少し前、恭介のクラスメイトである霧原翔子も、商店街の中にいた。

 

「全く、相変わらずこっちの都合もお構いなしに急に呼び出すんだから」

 

翔子はとある場所に向かっていた。その為にはこの商店街を通るのが近道なのだが、その道中、翔子は人ごみの中にある人物を見つけた。

 

「あ、高木君……!」

 

顔をほころばせ、恭介の元に向かおうとした翔子だったが、突如その動きが止まる。

 

「……誰?」

 

恭介の前には見知らぬ女性が立っていた。恭介は女性と何やら言葉を交わすと、そのまま一緒に歩き始めた。

 

「彼女? い、いやいや! そんなハズないわ!」

 

とにかく確かめなければ! そう結論づけるのに一秒もかからなかった。翔子はすぐに二人の後を追い、そうしてたどり着いたのは一件の店だった。

 

「たい焼き屋さん?」

 

少し離れた場所から様子を伺う翔子。二人は三十分近く店前に佇んでいたが、突然女性が恭介に抱きついた。

 

「んなあっ!?」

 

限界まで目を見開き、茫然自失となる翔子。そんな彼女を正気に戻したのは、ポケットから鳴り響く携帯の着信音だった。翔子は無視を決めたが、何度も何度もかけてくる相手に、とうとう携帯を手に取った。

 

ボタンを押した途端、相手の大声が翔子の耳をつんざいた。

 

『おい翔子! お前今どこにいるんだ! 『カース・グランドル』のアジトが見つかったから直ちに基地に集合だと言っただろ―――』

 

「こっちはそれどころじゃないのよ! そんなのお兄ちゃん達だけでなんとかすればいいでしょ!」

 

『おいコラ! お兄ちゃんじゃなくてレッドと呼べと言って―――』

 

翔子は携帯を切った。通話している間に、恭介と女性は再び歩き始めた。

 

(今度はどこに行くつもりなの)

 

自身の使命を全力で放り投げ、翔子は追跡を再開するのだった。

 

 

 

 

その公園は、商店街を抜けて歩く事約五分の所にあった。遊具は少なく、広さもそれほどではなかったが、園内の中央に立っている立派な桜の樹は密かな名物となっていた。雲一つない快晴である休日という事で、親子連れの姿もそれなりに見える。

 

そんな公園に新たにやって来たのは、真っ直ぐに揃えた銀髪のロングヘアの女性と、その女性に手を引かれる少年だった。園内にいた男達が例外無く彼女に視線を向ける。

 

「とうちゃ~く」

 

そんな視線など全く気にもせず、抑揚のない声でそう言った女性ことイリアは、園内を見渡し、何かを探し始めた。

 

「……あそこのベンチが空いてる。行こ、恭介」

 

返事も待たずに再び手を引くイリア。マイペースな彼女に連れられるまま、恭介はすべり台近くのベンチに、イリアから少し離れて座った。

 

「どうしてそんなに離れるの?」

 

「え? いや、イリアさんが嫌かな……と」

 

「嫌じゃない。だからもっと近くに来て」

 

「わ、わかりました」

 

恭介は座ったままイリアに少し近づくが、イリアは不満そうに顔を曇らせる。

 

「そんなのじゃダメ。もっと」

 

さらに近づく恭介。首を振るイリア。そんなやり取りを数回繰り返し、イリアがようやく頷いた時には、互いの腕がピッタリ密着するくらいの距離になっていた。

 

「うん……これでいい」

 

(こっちはよくないんですけどぉ!)

 

満足げなイリアとは対照的に、恭介は内心焦りまくっていた。何せ、イリアは掛け値なしの美人だったからだ。彼女いない歴=今まで生きてきた年数の恭介には難易度が高すぎた。

 

力の入っていない自然体なぼうっとした雰囲気は、どこか神秘的な感じがしたし、特徴的なタレ目も、その雰囲気にどこか合っているような気がした。やや太めも眉も十分魅力的に恭介には見えた。

 

だが、何よりも恭介の目を惹いたのは、彼女の腰元まで伸びる銀色の髪だった。太陽の光を反射してキラキラと輝くそれを見て恭介は、麗奈と並んだらさぞかし画になるだろうと思ったりしていた。

 

「? 私の頭に何かついてる?」

 

無意識に向けていた視線にイリアが反応する。不快な気分にさせてしまったかと思い、恭介は慌てて答えた。

 

「い、いや、違うんです。銀髪の人なんて初めて見たから……」

 

「変……?」

 

「と、とんでもない! 凄く綺麗です!」

 

「……ありがとう」

 

はにかむイリアに、恭介の心臓が激しく鼓動する。

 

(やばい……。何かわからんがやばい!)

 

自分の顔が赤くなっている事に恭介は気づいていなかった。

 

 

 

 

そんな二人の様子を、ここまでストーキング……もとい、追跡して来た翔子は、二人に気づかれない位置から、某家政婦のごとくジッと見つめていた。ただでさえ不審感全開な上、それを行っているのが美少女という事で、人目につきまくっていた。

 

「ママー。あのお姉ちゃん何してるのー?」

 

「シッ! 見ちゃいけません!」

 

背後から聞こえる声もガン無視する。何が彼女にそこまでさせるのか、それは翔子にしかわからない。

 

「ここからじゃ声が聞こえないわ。もう少し近づかないと」

 

霧原翔子……色々と残念な少女である。

 

 

 

 

「あ、そ、そうだ。たい焼き食べましょうたい焼き」

 

変な空気を払拭しようと、やや早口で言いながら、袋からたい焼きを取り出す恭介。イリアも一つ取り、同時に口を開く。

 

「……お、美味い!」

 

恭介の取った中身はカスタードクリームだった。もう一口食べた所で、イリアの方に顔を向ける。

 

「イリアさん、これ凄く美味―――」

 

「ほむほむ」

 

「ッ!?」

 

イリアは両手でたい焼きを持ち、とろけるような表情でハムスターを連想させるように小さな口で何度も何度もたい焼きを頬張っていた。

 

「ほむ……何、恭介?」

 

「何でも無いです! どうぞそのまま食べてください!」

 

「ん……ほむほむ」

 

彼女の幸せな時間を邪魔してはならない。何より、もっと見ていたい! 恭介は己の心に従って、彼女が食べ終わるまで絶対に話しかけないように決めた。

 

「……美味しかった」

 

数分後、全て食べ終えたイリアが満足そうにお腹をさする。恭介は、最初の一つを除き、自分の分もイリアに食べさせた。

 

「よかったですね」

 

「けど、本当に私が食べてもよかったの?」

 

「はい。俺は“アレ”を見れただけで腹いっぱいですから」

 

「アレ?」

 

「何でも無いです。それにしても、イリアさんって本当にたい焼きが好きなんですね。凄く幸せそうでしたよ」

 

恭介がそう言うと、イリアは人差し指をあごに当てて何やら考える仕草を見せた。

 

「……ん、ちょっと違う。私にとって、“食べる”というのは特別な事だから」

 

「特別?」

 

「……私が生まれたのは、小さな小さな国だった。その国では、私が生まれる少し前から西と東で争いが起こってた」

 

何が原因で争うようになったのかはわからない。ただ、その争いは国民の生活を苦しめるには十分すぎるものだった。元々貧困層で溢れる国だった事もあり、イリアも家族と共に辛い暮らしを余儀なくされた。

 

「食べ物なんて、三日に一度食べられればいい方。水だけはあったから、毎日水だけを飲んで生きてた」

 

だが、そんな暮らしをいつまでも続けられる訳はない。イリアとイリアの家族は日に日に飢えに苦しめられた。そして、悲劇が起きた。

 

「軍の施設に食べ物を盗みに入って、私の父と母は殺された」

 

「ッ!?」

 

「残されたのは私と弟だけ。その弟も、栄養失調で死んでしまった。私も死ぬと思ってた。……そんな私を、あの人が救ってくれた」

 

“あの人”はイリアに見た事もないようなご馳走を食べさせこう言った。「もう二度と飢えに苦しむ事はない。子ども一人養えないほど、アタシの組織は貧乏じゃないよ」と。

 

イリアはそのご馳走に手を伸ばし、泣きながら食べた。父の、母の、弟の分まで食べて食べて食べ続けた。

 

「食べられない辛さを私は知ってる。だから、私にとって食べる事は特別で、大切で……幸せな事」

 

何故落ちたたい焼きにあれほど執着したのか。何故たい焼き屋で恭介に抱きついたのか。何故あんなにも幸せそうにたい焼きを食べていたのか、その理由は全て、幼少期の辛い経験からのものだった。話し終えたイリアは大きく息を吐いた。

 

「……すみません。辛い事を話させてしまって」

 

後悔の念が滲む。恭介は俯きながら謝った。そんな恭介の頭を、イリアは優しく撫でた。

 

「謝らないで。私が勝手に話したんだから」

 

「でも……」

 

「本当に気にしないで。ほら、顔を上げて」

 

ゆっくりと恭介が顔を上げると、微笑んだイリアの顔が目の前にあった。その微笑みに、恭介は目を奪われる。

 

「さてと、たい焼きも食べたし、そろそろお別れだね」

 

「あ、そ、そうですね。俺も買い物に戻らないと」

 

「……そういうわけだから、そろそろ出て来たら」

 

イリアが唐突に後ろに振り返る。途端、ベンチの後ろの草むらがガサッと動いた。

 

(嘘、バレた!?)

 

「な、何かいるのか?」

 

恭介も身構える。やがて、そこから出て来たのは……。

 

「き、霧原さん!?」

 

顔に葉っぱをつけた翔子だった。

 

「ご、ごめんなさい! 商店街であなたを見かけたから、話しかけようと思ったら、その女の人と一緒にどこかに行っちゃうから、つい気になっちゃって!」

 

「へ、へえ……」

 

微妙に顔を引き攣らせる恭介。

 

「そ、それで、その人は……高木君の彼女なの?」

 

判決を待つ被告のような顔で恭介に尋ねる翔子。そんな彼女の勘違いに気づいた恭介は苦笑いで答えた。

 

「違う違う。イリアさんのたい焼きを俺がダメにしちゃったから弁償しただけだよ」

 

「本当? 本当に彼女じゃないの?」

 

「本当だって。第一、こんな綺麗な人と俺なんかじゃ釣り合わないって」

 

「そんな事―――」

 

翔子の言葉を遮るようにイリアが横から口を開く。

 

「そんな事無い。恭介だってカッコイイ」

 

「え? あ、あはは、ありがとうございます」

 

(わ、私のセリフが……)

 

心の中で崩れ落ちる翔子。そんな翔子を尻目に、二人は別れの挨拶を交わしていた。

 

「それじゃ……バイバイ、恭介」

 

「はい、さよなら」

 

イリアはのんびりした歩調で公園を出て行った。

 

「それじゃ、霧原さん。俺も行くから。また学校で」

 

「う、うん……また学校で」

 

恭介も公園を去り、その場には翔子だけが残される。唐突に翔子は携帯を取り出し、ある人物に電話をかけた。

 

「……もしもし、お兄ちゃん? 『カース・グランドル』は?」

 

『翔子か! 幹部は全員捕まえたが、首領が逃げやがった! 今、全員で追ってる!』

 

「そう……。なら、今から私もそっちに行くから」

 

『今から? お前、さっき俺達だけで何とかしろとか言って……』

 

「気が変わったの。首領ですって? 上等じゃない……」

 

翔子は恐ろしいオーラを撒き散らしながら短く続けた。

 

「・・・ぶっ潰してやるわ」

 

この瞬間、『カース・グランドル』首領の命運が尽きたのだった。


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