女幹部はアパート暮らし   作:ガスキン

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書き直す前と大筋は変わりません。文章のつけたしや適当になっていた説明や設定を加えていきます。


第二話 初めての相手

女性を背負い部屋の扉を開ける恭介。常時であれば背中に密着する柔らかな感触にどぎまぎしていただろうが、緊急事態である今はそんな事に意識が回っていない。

 

ひとまず布団に女性を横たわらせた。女性は白のブラウスに黄色いロングスカートという出で立ちで、何故か全身に擦り傷や切り傷を負っていた。

 

「こんなに傷だらけで……一体何があったんだ……」

 

とにかく手当てをしようと、恭介は棚から救急箱を取り出した。ガーゼに消毒液を吹き付け、なるべく痛くならない様に祈りつつそっと傷口にそれを当てた。

 

「ん……!」

 

 わずかに呻き声を上げる女性。やはり痛かったのかと心の中で謝りつつ恭介は救急箱に目を遣る。

 

「ええっと、次は包帯と……」

 

恭介が女性の右手を取った瞬間、彼女の目がゆっくりと開いた。

 

「……わたくしは……」

 

「あ、よかった。目が覚めたんで―――」

 

安堵の息を吐こうと思った次の瞬間、恭介の視界がくるりと一回転した。何が起きたのか理解出来ていない恭介の頭上から女性の怒鳴り声が浴びせられる。

 

「何者です! ここはどこです! わたくしに何をしようとしたのですか!」

 

「痛たたたた! ちょっ! 何この展開!?」

 

右腕に激痛が走る。恭介は完全に女性に押さえ込まれていた。何とか抜けだそうと体をよじらせるが、その度に痛みがさらに激しくなる。

 

「答えなさい。答えないのなら実力行使に出ますわよ!」

 

「今まさに行使されてるんですけどぉぉぉぉぉぉ! ちゃんと説明しますから腕離して! 骨が逝く! 逝ってしまうぅぅぅぅぅぅ!!」

 

涙目でそう訴えかけると痛みがスッと消えた。右腕をさすりながら恭介が起き上がると、腕を組んだ女性が目の前に立っていた。

 

「では答えなさい。言っておきますけど、嘘をつこうとしても無駄ですからね」

 

「はい……」

 

「まず最初に、あなたのお名前は?」

 

「高木恭介です」

 

「次に、ここはどこですか?」

 

「ここは俺が管理人をやっている博愛荘っていうアパートです」

 

そう言うと女性の目が細くなる。

 

「管理人? あなたのような若い子が……?」

 

「元々は祖父母が管理人だったんです。二人が亡くなって、親が仕事人間なんで、俺がやる事にしたんです」

 

「そうでしたの。なら最後に、わたくしは何故この部屋にいますの?」

 

「ええっと……。俺が帰って来たらあなたがこの部屋の前に倒れてたんですけど……」

 

「わたくしが倒れていた?」

 

「それで、部屋に運んで、傷だらけだったんで手当てしようとしたら目を覚まして、気付いたら腕を決められてました」

 

女性が口元に手を当て、考えるような仕草を見せた。それから、ふと思い出したかのように小さく呟いた。

 

「……そうでしたわ。ブルーから逃げ切った後、このアパートを見つけて……」

 

「え?」

 

「何でもありませんわ。では、あなたは気を失ったわたくしを手当てしようとこの部屋に運んだ……そういう事ですのね」

 

恭介が頷く。すると、女性は再び思案顔になった。

 

「……何故見ず知らずのわたくしを助けてくれたんですの?」

 

「あの状況で放っておいたら祖父ちゃんに怒られますから」

 

「お祖父様?」

 

「祖父ちゃんよく言ってました。『困っている相手に知人も他人も無い。後の事は助けて考えろ』って」

 

「……」

 

「ま、まだ何か……?」

 

無言で見つめられ、恭介は居心地悪そうに尋ねた。

 

「あなたのおっしゃる事はわかりました。そこに落ちている包帯もわたくしの為に出してくださったのかもしれません。……ですが、あなたと違って、わたくしは初対面の相手を信じきるほどお人好しではありませんの。あなたが本当の事を言っているかどうか、今から確かめさせて頂きます」

 

「確かめるって……」

 

女性が恭介の前に座り込む。そして、両手で恭介の顔を包むと、そのまま自分の顔を近づけた。

 

「な、何ですか?」

 

美女の顔が至近距離に近づき、恭介の顔が赤くなる。女性は恭介の目をジッと見つめる。すると、女性の瞳の中心にハートマークが浮かびあがった。

 

「え、ハートマーク……」

 

そのハートマークを見た瞬間、恭介は意識を失った……。

 

 

 

 

「……どうやら、『スレイブ・アイ』が効いたようですわね」

 

虚ろな目をする少年を見て、女性……ファサリナは警戒を解いた。

 

昨夜、シャイニング・ブルーとの戦闘で、黒仙山から街に追い詰められた彼女は逃走を試みた。街中に身を隠し『ファサリナ』という裏の人間から、世界にも名を響かせるスーパーモデルである『神宮寺麗奈』という表の人間へとその姿を変えて。

 

おかげでなんとかシャイニング・ブルーから逃げおおせたのだが、前日ずっと山にこもっていたのと、戦闘の疲れで、偶然辿りついた博愛荘の前で倒れてしまった。これが、真実である。

 

「わたくしが“あの方”から授かったこの力……『スレイブ・アイ』に見つめられれば最後、意識の失いわたくしの操り人形となる。さあ、真実を話して頂きますわ」

 

「……はい」

 

(どうせ、この子も下心を抱いているに決まっていますわ)

 

悪の組織の幹部であるファサリナがこの世で一番信用していないもの。それは、人間の“純粋な善意”というものであった。その善意の所為で、自分の両親は死んだのだから。

 

無償の愛など存在しない。人は見返りを求めて他者に優しくするのだ。モデルとして活動している時も、自分に近づいてくるのは世界的に有名な自分にくっついておこぼれをもらおうとする下らない連中ばかりだった。だからファサリナは、自分を助けたこの少年も、きっと何か企んでいるのだと確信していた。

 

しかし、その確信はすぐに砕かれる事となった。ファサリナの持つ能力『スレイブ・アイ』は、見つめた相手を自分の思い通りに操るものだった。この能力を使えば、本音を聞き出す事も造作も無い。その能力を使った上で、ファサリナは改めて少年に尋ねた。

 

「何故わたくしを助けたのです? 恩に着せてわたくしの体でも求めるつもりだったのですか?」

 

「……違う」

 

「ならどうして。不審者ともとれるわたくしを助ける理由があるのです」

 

「……理由は無い。ただ助けたかったから助けた。じゃないと天国の祖父ちゃんと祖母ちゃんに笑われる」

 

その答えにファサリナは驚愕した。この少年は下心など抱いていない。ただ倒れていたから助けてくれただけなのだ。打算も何も無い。自分が信用していない“純粋な善意”というもので。

 

「な、なんですの、この少年は……」

 

ファサリナは目の前の少年に得体の知れない感情を抱いた。それは、人が自分の理解を超えたものに出会った時に抱く、恐怖に似た感情と同じものであった。同時に、今まで自分の周りにいなかったタイプのこの少年に対して小さな興味が湧いてきた。

 

「信じて……いいのかしら」

 

囁くようにファサリナはそう漏らした。何しろ初めての事なので、どうすればいいのかわからなかったのだ。

 

だが、とりあえず聞きたい事は聞いた。ファサリナが指をパチンと鳴らすと、少年の目に光が戻った。

 

「あ、あれ……?」

 

「どうしましたの? 何だかボーっとしていましたけど」

 

操り人形になっている間の記憶は無い。ファサリナは適当にはぐらかした。

 

「あ、す、すみません。それで、どうやって確かめて……」

 

「それはもういいですわ。わたくしはあなたの言う事を信じます」

 

「え?」

 

「改めてお礼を申し上げますわ。わたくしを助けてくださってありがとうございました」

 

「え、あ、は、はい。どういたしまして」

 

「ふふ」

 

しどろもどろに応える少年に、ファサリナは小さく笑みを浮かべた。自身は気づいてはいなかったが、ここ数年の内で組織以外の者に対し、作り笑いではない本当の笑みを見せたのはこれが初めてだった。

 

 

 

 

ようやく信じてもらえた所で、今度は恭介が尋ねる番になった。

 

「ところで、あなたのお名前は?」

 

「あら、そういえばあなたに名乗らせておきながらこちらはまだでしたわね。わたくしは神宮寺麗奈と申します」

 

「神宮寺麗奈さん。……ん? どこかで聞いた事あるような……」

 

麗奈の顔を見つめ、恭介は思いついたように声をあげた。

 

「も、もしかして、モデルの神宮寺麗奈さん!?」

 

「わたくしをご存知ですの?」

 

「と、当然ですよ! 世界中で活躍してて、テレビでも特集される様な人を知らないわけないじゃないですか!」

 

「ふふ、嬉しいですわ」

 

「何でこんな有名人がアパートの前に……」

 

「それは……」

 

麗奈はふと表情を曇らせた。その憂いのある表情も美しく、恭介は見惚れそうになったがそんな空気では無いので小さく頭を振った。

 

「実は……わたくし、ストーカーがいますの」

 

「ストーカー!?」

 

「ええ。少し前からずっとつきまとわれていますの。この前なんて住んでいるマンションの前までつけられて……」

 

「警察には相談したんですか?」

 

「もちろんしましたわ。けど、悪の組織の対応で忙しいからと取り合ってくれなくて……」

 

「そんな……」

 

「そして昨日の夜、仕事帰りのわたくしを、そのストーカーが襲いかかって来たんですの。刃物を持って、わたくしを自分の物にしてやるって」

 

「じゃ、じゃあ、その腕とかの傷って……」

 

「ええ、そのストーカーの所為ですわ。わたくし、必死で逃げましたわ。逃げて逃げて逃げ続けて、気づいたらこのアパートに辿り着いていましたの。その時には、ストーカーも諦めていたようで。気が抜けた所為かそのまま気を失ってしまって……」

 

(キメられた身としては、逃げずに捕まえる事も出来たんじゃないかと思うけど……)

 

喋りながら、麗奈は恭介の顔を伺った。もちろん、今話したのはでっちあげだ。一般人である恭介に本当の事を話すわけにはいかない。

 

(我ながら無理のある設定ですわね。流石にそうやすやすと信じは……)

 

「そうですか……。大変だったんですね」

 

(信じちゃってますわ!?)

 

「? どうかしましたか?」

 

「い、いえ、何でもありませんわ」

 

「あ、そうだ。傷で思い出したけど、手当ての続きしないと……」

 

恭介は慣れた手つきで麗奈に包帯を巻いた。

 

「これでよし。ちょっと大げさですけど」

 

「あ、ありがとうございます」

 

腕に巻かれた包帯をそっと撫でる麗奈。ダーク・ゾディアックにはピュリアの開発した治療用ポッドがあり、いつもそれを利用していた。なので、こんな風に他人に手当てをされたのも初めての事だった。

 

「いえ、どういたしまして。けど、これからどうするんですか? ストーカーって自宅も知ってるんでしょ? もしかしたら待ち伏せしてるかもしれないですよ」

 

「え? あ、え、ええ、そうですわね。どうしましょう」

 

と、ここでまたしても恭介が思いついたように口を開いた。

 

「……そうだ! 麗奈さんさえよければ、しばらくここを使ってもらっていいですよ」

 

「え?」

 

「実は、今ここ入居者がゼロなんです。部屋は有り余ってますから、このアパートに隠れておけば、ストーカーも気づかないと思うんです。襲われたのなら警察だって動くでしょうし、捕まるまでの辛抱ですよ」

 

「ですが、それではあなたに迷惑を……」

 

「困った時はお互い様ですよ。それに、祖父ちゃんや祖母ちゃんが生きていたらきっと同じ事を言ってるはずですから」

 

麗奈の言葉に被せるように恭介はそう言った。麗奈はスレイブ・アイを使おうと一瞬だけ考え、小さく首を振った。

 

(何故でしょう。スレイブ・アイを使わずとも、この少年がわたくしの為を思ってくれているのがわかりますわ)

 

全ては嘘。自分を追っているのはストーカーなどではなく、正義の味方。こんな場所などすぐに去るべきである。……にも関わらず、麗奈は恭介の提案を受け入れた。

 

「そうですわね……。では、少しだけお世話になりますわ」

 

自分でもわからない、初めての感情に従って。

 

 

 

 

麗奈に用意された部屋は、恭介の部屋のすぐ隣だった。最低限の家具だけが設置された部屋の真ん中に、恭介の部屋から運んだ布団だけが敷かれている。

 

麗奈は座ったまま、両腕に視線を移した。そこには、白い包帯が巻かれている。

 

「……男の方の手って、ゴツゴツしてますのね」

 

ふと、自分に包帯を巻いていた時の恭介を思い出す。真剣な顔で、丁寧に包帯を巻いてくれた。その時に触れた彼の手が、自分と違ってゴツゴツしていた。

 

「……な、何でしょう。頬が熱いですわ」

 

おかしい。恭介の事を考えるとムズムズする。まさか、あの少年も“能力”持ちで、自分に何かしたのか?

 

「麗奈さーん」

 

「ひゃい!?」

 

突然、玄関からたった今まで思い浮かべていた相手の声が聞こえたので麗奈は大いに焦った。声が裏返ってしまったのも仕方が無い。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いえ! それよりご用件は!」

 

「夕飯なんですけど、よかったら一緒に食べませんか? 昨日のカレーがまだたくさんあるんですよ」

 

「そ、そうですわね。何もありませんし、ご馳走になりますわ」

 

玄関に向いながら、麗奈は思った。

 

やはり、自分の調子を狂わせるこの少年には気をつけておいた方がいいかもしれない……と。


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