とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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もう、雪はいいよ……



084 蝗王―アバドン―

 

 現実での戦況は、一進一退の攻防を見せていた。当初こそ、キースシリーズの力を受け継いだ御坂たちにキース・ホワイトが押される展開となっていたが、ホワイトがモデュレイテッドへの細かな制御を放棄して大量生産のみを重視した結果、殲滅力よりも新たに生み出される数の方が上回る結果となり、戦線を立て直されてしまったのだ。

 

「ああ、もう! キリがないわね!」

「文字通りゴキブリですわ!」

 

 周囲の異形を粗方殲滅し、御坂と白井が一息つく。視線を少し上げて見ると、宙の満月に届きそうなほど屹立した暗闇の巨体からは、相変わらず夥しい量の異形が降り注いでいた。

 

 視線を横に流すと、モデュレイテッドが密集した一角では、背中から黒い翼を発生させた一方通行が紙でも千切るみたいに周囲の敵を蹂躙している。その向こうでは、何かよく分からない八俣のドラゴンを腕から生やした上条が暴れまわっている。他にも反対側へと視線を巡らせると掌から破壊の振動を迸らせた初春が近づくものを粉砕しているし、とんでもない速度で戦場を駆け抜け異形を細切れにしているミコもいる。

 

 ……けれど。

 

 今は拮抗出来ているが、このままではジリ貧だ。現に最初に参戦した四人のARMSの周辺には、自分たちの周辺の数よりも軽く五倍はいる軍勢が足止めし、満足に動くことも出来ないでいる。数の暴力という言葉の意味を存分に味わっている最中だ。

 

「まだまだ負けるとは思わないけど……」

「私たちには、体力(スタミナ)というものがございますから。長引けば不利になるのはこちらですわね」

 

 学園都市の能力者は、能力を無限に使える訳ではない。使いすぎれば負荷はかかるし、時々倒れる人間もいる。しかも今は、普段慣れない使い方を行い続けているのだ。それが徐々に疲労と言う形になって彼らを苛んできていた。

 

 そして、それを見透かしたように、ホワイトは動く。天を覆う巨体が腕を一振りすると、さらに数を増した異形が舞い降りてくるのが見えた。

 

「はー、ったく! 次来るわよ、黒子!!」

「お任せくださいお姉様! 露払いの役、立派に成し遂げて見せますわ!」

 

 そうして、互いに奮い立たせあう二人の遥か後方から――――。

 

 

『オ――――――――――――――――』

 

 

 最初は小さく、かすかに。だけどそれは段々と力強く、確かに。

 

 

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!』

 

 

 待ち望んでいた、懐かしい咆哮が聞こえてきた。

 

 その声に、その叫びに、最も近くにいた初春が振り返る。彼女が見たのは、以前にも見た氷水晶(アイスクリスタル)のような幻想的な異形。だけど、違う。以前とは、はるかに違いすぎる。その四肢を形作る結晶の透明度が違う。その裡に内包した、青い光の輝きが違う。何より、その存在から感じる威圧感が遥かに異なっていた。

 

「……佐天さん?」

 

 思わず呟いたそんな問い掛けに、僅かも時間を置かず返事が返った。

 

「――ただいま、初春」

 

 声自体は、何時もの彼女の声。だけど、やはり違う。その声に感じたのは圧倒的な包容力。何もかも包み込むような底知れない優しさ。そして、そこに感じる確かな意志だった。

 

「もう、大丈夫だから」

 

 ほんの僅かな呟き。それに呼応するかのように、水晶の中に内包された光が、明滅を始めた。それははじめはゆっくり、徐々に光を強め、より早く。

 

「バンちゃんの想い……ユーゴーさんの想い……」

 

 光と共に、周囲に音が響き渡る。それはARMSの叫び。世界を揺るがし、席巻するかのように吠え立てる『共振』。

 

「カツミさんの想い……アリス達の想い……全部、全部受け止めたから」

 

 全ての光は集約し、佐天の右腕に宿ったのは、この世の全ての”青”をまとめ上げたかのような美しい光球。まるで青い太陽がこの世に誕生したかのような光景だった。

 

 そんな光景に、最も不快感を露わにしたのは、天高くから見下ろしていたこの男。

 

「……フン。悲しみの色。嘆きの色。相も変わらず下らぬ色だ」

 

 キース・ホワイトは、断じて”青”という色を認めない。そのため彼が生み出したキースシリーズには、オーソドックスな色なのに『ブルー』というカラーネームを唯一採用しなかったほどだ。

 

「所詮、子供の夢見た夢想の色などで…………世界は変えられぬ!!」

 

 ――それが、アリスが最も愛した”希望”の色だったからだ、などとは決して認めようとはしない。

 

 天を衝く巨体が、文字通り山となってバンダースナッチへと迫り、無数の異形は津波となって殺到する。常人であれば絶望するような戦力差、圧倒的な光景。それに対して佐天は、決して曲げることのない視線でホワイトを見据え――。

 

 

「――――これが、私たちの想い」

『――滅ぼすがいい、『アバドンの魔軍』よ』

 

 

 静かな言葉と共に、青い光球は空へと解き放たれ――――爆散した。瞬間、その場にいた者たちは皆、空が鮮やかな青空へと変わる光景を目撃した。そして、猛烈な爆風が周囲に一気に拡散していくのを確認した。

 

「な――――」

 

 最初に異変が起こったのは、青い光を全身に浴びたキース・ホワイト。見ると、輪郭さえおぼろげだった≪ハンプティ・ダンプティ≫の身体中に、僅かに白いものが混ざり始めている。それは、確かに『霜』だった。

 

「馬鹿な!? ≪ハンプティ・ダンプティ≫が、神の卵が凍り付くなど!?」

 

 そんなことを叫び、霜を擦って削り落とす。しかし、足りない。身体中あちこちに、まるで飛び火したように発生した『霜』は、徐々に徐々に、だが確実にその範囲を広げていく。

 

 異変は、周囲でも起こっていた。先程の爆風にその身を晒していたモデュレイテッド達が、その身体の彼方此方に生じた『霜』によって確実に動きを阻害され、少しずつではあるがその活動が鈍っていく。

 

 当然その現象は、御坂たちがいた現場だけにとどまらない。

 

「こ、これって……?」

「……一体何じゃん?」

「……(御坂さんや、佐天さんたちが何かしたかしら?)」

 

 警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)たちは、目の前で霜に浸食されていき、確実に氷像へと変わっていく異形達を目撃した。

 

「おいおい、これだけで動けなくなるなんて根性が足んねぇな!」

「うるせぇ! こっちは暴れ足りねえんだよ!!」

「全くだな。こんなところで足止めされた俺様の憂さ晴らしに、もう少し付き合っても良かっただろうに」

 

 そんなことを言い合う超能力者(レベル5)どもを尻目に、それぞれの同僚たちは、強制的に巻き込まれてつい先ほどようやく終わった無限湧きの無双ゲーみたいな戦闘に、疲弊しきりだった。

 

「……すごいわねぇ☆」

「うん、きれいだねー」

「アレとやり合わなくて、ホント良かった……」

 

 一面に広がる少々不細工な氷像を目にし、食蜂らは呑気な言葉を交わしていた。

 

「ぐっ! くそぉ! くそぉぉぉ!」

 

 そして、キース・ホワイトも、少しずつではあるが、動きが鈍くなっていた。今や『霜』は身体のあちこちにまだらのように広がっており、擦っても擦ってもまるで落ち切らない量だ。それでもあきらめず、少しでも落とそうと身体の彼方此方を擦る。

 

『――――無駄だ、キース・ホワイト』

 

 ホワイトのそんな行動の一切を眺めながら、バンダースナッチが静かにそんなことを言った。

 

「っ、何を、した?! 貴様がさっき撃ち放ったのは、一体なんだ!?」

『…………ただの、ナノマシンだ』

 

 その言葉に、思わずホワイトがこすり合わせていた両手を止めた。

 

「何……?」

『あれは、ARMSにとってもっともありふれたナノマシンだ。栄養や”力”を吸収し、生物的な恒常性まで保有し、繁栄のためにその数を増やしていく、最も単純な”生命”としての在り方』

 

 しかし、とバンダースナッチは告げる。アリスの絶望を体現し、神獣の具現となった存在は言う。

 

『あれを生み出す段階で、『想い』を込めたのは我と佐天涙子だけではない! ユーゴー・ギルバートが、かつての赤木カツミが、その娘が! そして何より、二人に分かたれたアリスもまた、全身全霊で想いを込めた!!』

 

 だからこそ、あのナノマシンはおおよそ通常では有り得ない進化を遂げた。絶望に決して足を止めない彼女らの願いが、一つの形へと昇華した。

 

『あのナノマシンは、行く手を阻む絶望を、決して許しはしない……! 標的となった対象のありとあらゆる”力”を吸収し、喰らい尽くし! 熱を、電流を、魔力を、能力を、エネルギーを奪い尽くし! その”力”を以て、爆発的にその数を増やしていく!! あらゆる食物を喰らい尽くす、飛蝗のように! 故に名付けたのだ、『アバドンの魔軍』と!!』

 

 この世界に存在するものは、どんなものであれ何らかの”力”の作用によって存在している。生物が放つ体温は、熱エネルギーだし、神経伝達は物質の移動と電気エネルギーだ。”力”を用いないで存在できるものなど居はしないし、それを奪い尽くされたら滅びるしか道はない。

 

 『アバドンの魔軍』とは、あらゆる”絶望”を喰い尽くし、”希望”を生み出す無限の萌芽。追いつかれ、喰いつかれたら、後は滅びが待つだけの文字通りの魔の軍勢。

 

 しかし、そんな運命など、この男が納得できようはずもない。

 

「っ………………!」

 

 くぐもったような呻きがわずかに漏れた。見ると、≪ハンプティ・ダンプティ≫の巨体は、九割がた『霜』が降りていた。動くことはすでに叶わず、見る見るうちに氷像へと姿を変えていく。

 

「………………ぉおおおおおおおおおおっ!!」

 

 そんな氷像と化した≪ハンプティ・ダンプティ≫の眉間から、一つの小さな姿が飛び出した。針金のような細い体躯。その中心に据えられた、ずんぐりとした楕円形の不格好な本体。神の卵が割れた≪ハンプティ・ダンプティ≫、その真の姿だった。よく見ると、その両腕だけが、≪ハンプティ・ダンプティ≫本来の物とは違っていた。右腕は逞しく力に満ちた『ジャバウォックの爪』、左腕は光り輝く『ミストルテインの槍』。その二種類の『ARMS殺し』で周囲の殻ごとナノマシンを引き裂いて、本体だけ脱出してきたのだ。

 

「お前たちのような、子供に何が分かる……!」

 

 命からがら脱出してきたというのに、その声には微塵も疲れを感じさせない。その声から感じるのは、妄執。ARMS計画に生涯を捧げ、幾千もの生命を奪ってきた一人の男の怨念。

 

「人類には、今こそ『王』が!! 『神の代弁者』が、必要なのだ!! それこそが人類の『運命』なのだ! それが分からぬ子供の夢想など、この≪ハンプティ・ダンプティ≫が、粉微塵に引き裂いてくれる!!」

「そんな『運命』なんて! 私が、私たちが! 殴りつけてでも変えてやるわ!!」

 

 夥しい氷像が立ち並ぶ大地の上空。”絶望の根源”と、”絶望を滅ぼす者”の両者は、遂に正面から対峙したのだった。

 




と、いうわけで、モデュレイテッド全滅、キース・ホワイト真の姿を現す!の回でした。アザゼルを根こそぎ剝がされてるから、ホワイトは一気に弱体化です♪

アバドンの魔軍。アバドンは黙示録に出てくる悪魔の名前で、蝗を率いる奈落の王だそうです。おまけにヘブライ語で「滅ぼす者」の意味もあるそうで、ピッタリなので持ってきました。

原理としては単純。エネルギーを根こそぎ奪って、それを使って数を増やし、また奪うを繰り返すだけ……最も、対象からすれば、熱エネルギーはその場で凍り付くまで、他のエネルギーも活動不可能まで喰い尽くされるので、恐怖以外の何物でもありませんがw何らかの副次効果による温度低下や冷却とも違うので、神の卵の殻でも防げません。

ARMSではエネルギー反射力場の『アイギスの鏡』とか、吸収効果付きの『神の卵』とか普通にあるので、同じような効果をナノマシンに付けただけです。単純故に、ARMS殺し以外に対処できませんが……ちなみに対象が『地球』や『生命』になった途端、マジで世界滅びます(笑)

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