とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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077 魔眼―バロール―

 

「……………………ッ!」

 

 周囲360度から飛来した閃光に身体を幾度も貫かれ、それまで傷一つなかった幻獣(ユニコーン)の眩い肢体がガクリと膝をついた。

 

「ふむ、いくら君が早かろうと、全方位から迫る光学兵器からは逃れられまい? この空間に飛び込んだ瞬間に、君の命運は尽きていたのだよ」

「っ、グッ!」

 

 いまや周囲を取り囲むように存在する白衣の人物。その足元では彼らの像がわずかに歪み、元の通りの砂利の地面が見えていた。しかしそれらが見えるのも、ほんの一瞬。たった一度瞬きした次の瞬間には、リノリウムの硬質の床が重なって見えていた。

 

「周辺の光を屈折させ……視覚から入る映像を捻じ曲げた幻影、ですね。とミコは、偉そうな金髪男の『安い手品』を看破します」

「正解だ。しかし……安い手品、か」

 

 ミコの酷評を受けても、白衣の男、キース・ホワイトの余裕じみた笑みは崩せない。むしろより一層笑みが深まったような気さえする。

 

「確かにこれは、『安い手品』だ。所詮は自然に存在する光を捻じ曲げて、立体映像を作り出しているに過ぎんからな」

「…………」

「しかし、ここでもし――――全ての光の位相を揃え(・・・・・・・・・・)増幅して撃ち出す(・・・・・・・・)ことが出来たとしたら?」

「ッ!?」

 

 ホワイトの言葉の意味を悟り、すぐさまその場から飛び退る。電磁加速を最大限で使い、最高速度でそこからの離脱を試みた。

 

「無駄なことだ。この『瞳』に一度魅入られた以上、何人も逃れることは決して出来ん」

 

 不意に、彼女の周囲の景色が歪む。それはほんのわずかだった筈の光を束ね、揃え、強め。

 

 

「この――――『バロールの魔眼』からは、な」

 

 

 ホワイトの言葉と共に、再度ミコの身体を閃光が撃ち抜いていった。

 

「……っ、こんのぉっ!!」

 

 自身の妹が閃光に貫かれたのを目の当たりにした御坂が、周辺に散らばる陰険そうな金髪眼鏡に電撃を飛ばす。しかし、それも暖簾に腕押し。ただの映像に過ぎないホワイトたちは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるだけだ。

 

「おやおや。映像だと分かっている私を攻撃するとは、些か知性が足りないんじゃぁないかい? それでも学園都市屈指の実力者なのかな?」

「黙りなさいよ!」

「それに、君の相手は後ろの彼ら(・・)だったはずだ。先約は守り給え」

「?!」

 

 ホワイトの言葉に息を呑み、その場から全力で飛び退く。丁度自分の心臓があった位置を、鋭い触手が通り過ぎ、どっと汗が出る。改めて周囲を見ると、ミコや御坂によって倒されたはずのモデュレイテッドたちが復活しつつあった。

 

「なんで……! コイツ等、倒したはずなのに!」

「ARMSの最たる特徴は、再生に等しい回復力だ。あれだけ時間を置けば、動けるようになるのは道理さ」

 

 ホワイトのそんな言葉を余所に、御坂は懸命に周囲に電撃をぶつけていく。生命の無い人形のような敵、一切遠慮はいらないとばかり、普段人間相手には使うことも無い高電圧を手当たり次第に放って行くが、それでも数が減らない。全壊した個体は流石に回復しないようだが、半壊に留まる個体は、再生が済み次第戦線に復帰してくる。

 

(これじゃ、イタチごっこじゃない! 何とか切り抜ける方法を――)

 

 周囲の敵に痛打を与えつつ、突破口を模索している時、彼女の耳に声が聞こえた。

 

 

『お姉様、全力でコンテナ車へダッシュしてください。と、ミサカは要請します』

「――――、ッ!!?」

 

 

 耳に届いた艶消しの声に、反射的に従う。次の瞬間、彼女の頭上スレスレを幾百もの雷撃が駆け巡った。

 

「きゃあ?!」

 

 普段電撃に慣れている彼女にしてはらしくない悲鳴をあげつつ、転がるようにコンテナ車へとたどり着く。そこには、自分に無機質な視線を投げかけてくる複数の瞳があった。

 

「……Good.何とか、間に合ったようね」

 

 そう言ってくるのは、コンソール近くに脱力して腰かける布束。どうやら治療用カプセルで眠っていた妹達(シスターズ)の覚醒に成功したようで、さっきの雷撃は彼女らの攻撃だったらしい。グレイの計画で重傷を負っていた彼女らの無事な姿に、御坂もほっと胸をなでおろす。

 

「……しかも、ただ目覚めただけじゃないわ。彼女らに投与されている『メディカライズARMS』は確かに他のARMSのように変形も出来ないし、完全体になることも出来ないものだけど……どうやら、休眠状態へと移行する24時間後までは、本人があらかじめ持つ『能力の増幅効果』だけは保有しているらしいわね」

 

 本来、妹達(シスターズ)の能力は異能力者(レベル2)から強能力者(レベル3)の間程度の電撃使い(エレクトロマスター)、『欠陥電気(レディオノイズ)』。その能力の分類はどれだけ調整を施そうとも超能力者(レベル5)には届かないものであったが、ARMSが保有する『能力の増幅効果』はこの前提を覆す。概算ではあるが、今の妹達(シスターズ)大能力者(レベル4)相当の力量を持つだろう。それほどの実力を感じさせる規模の雷撃だった。

 

 しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 ガシャ、という硬質音に、御坂が後ろを振り向く。そこに広がっていた光景に、思わず息を呑む。そこには身体のあちこちが崩れ、焦げ付いてはいたものの、五体満足なまま彼女らを取り囲むモデュレイテッドたちの姿があったのだ。

 

「ククク……、いや、実に惜しかった。君らの雷撃にもう少し威力があれば、彼らはコアを砕かれ戦闘不能に陥っていただろう。いや、実に見事な雷撃だった」

 

 そう言いながらも、ホワイトの口が三日月の形の笑みを浮かべていく。まるで『悪魔』が、人間にさらなる『絶望』を与えようとするかのように。

 

「しかしながら、君らは実に愚かな行いをしてしまった。私を含め、ARMSは一度味わった攻撃には『耐性』が生まれ、次は同じ轍を踏まぬよう『進化』する性質がある。さて、ここで問題だ。先程から君らの姉は、『モデュレイテッドどもに何度電撃を浴びせていたかな』?」

 

 それは、彼女らに絶望を生み出す種子(タネ)。電撃を一番の武器とし拠り所とする彼女らから、その武器自体を奪う行為。さらに絶望を煽るかのように、意志を見せないモデュレイテッドどもが徐々に徐々に、輪を狭めていく。

 

「お姉様!」

 

 白井が、空間移動(テレポート)で再びバリケードを作る。しかし、それも気休め程度。迫る大群は、無造作にバリケードとなった鉄板や鉄骨を引き倒し始めた。

 

 ――と。いよいよ迫って来たモデュレイテッド達に、全員が身体を硬くする中、不意に後ろで、ゴン、と金属を叩く音が聞こえた。

 

 次の瞬間、モデュレイテッドの足元の砂利が爆発し、接近して来ていた個体を全員後退らせた。

 

「……ッ、チィッ、クソが……!」

 

 それを見て悪態をついたのは、意識がようやく戻った一方通行(アクセラレータ)。未だふらつくのか、頭を振って意識をはっきりさせようとしていた。

 

 さらに、輪の一方で爆炎と電撃が舞い上がる。そこからモデュレイテッドたちを、文字通りの意味で切り抜けてきたのは、ステイル=マグヌスと神裂火織。未だあちこちから白煙を上げつつも、モデュレイテッドを轢き潰してきた幻獣(ユニコーン)。全ての戦力が、御坂達がいるコンテナ車周辺に集結した。

 

「……ここが正念場ね。全員気合入れなさい!!」

 

 御坂の号令に、集ったすべての者たちの瞳に力が籠る。あまりにか弱く、それでいて中々折れぬ『意志』に、ホワイトは口角を吊り上げるのだった。

 




ようやく、全戦力が集結。同時に完全包囲、完了。周囲を囲うのは電撃に耐性つけたARMS、とかなり劣勢の状態。この後戦い続ければ、炎熱にも耐性がつくというヒド過ぎる状況……。それでも、人間の『意志』は消えない!

次回は、どんどん進む絶望的な戦況。『意志』は折れるのか?『奇跡』は起こるのか?全ては、次回以降です。

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