とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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070 俯瞰―オーバールック―

 

 点在するコンテナ群を、飛び越えた先。コンテナ運搬用のクレーンの先に、その少年は佇んでいた。眼下にはついに戦闘状態へと移行した三か所の戦場が余すところなく見て取れる。

 

 用意された、極上の観覧席。繰り広げられる一大決戦に頬を緩め、その少年は待ち人がやって来るのをただ待っていた。やがて、彼の座るアーム部分を地上に繋ぐクレーンの基部へと、カンカンと金属製の階段を走り上がる音が聞こえてきた。振り返っていないために未だ顔は見えない。しかし、後ろから伝わってくる『共振』に少年はほくそ笑み、アームの上で勢いよく立ち上がると、そのまま満員の舞台を仰ぐかのように両手を広げて振り返った。

 

「やあ、佐天涙子。『招待状』に応えてくれたこと、心から感謝するよ」

「――――キース・グレイ」

 

 かくして、この世界における二人のARMS適合者は、再び対峙した。

 

 佐天の背筋に、嫌な汗が流れる。自分に向けて放たれた『共振』に従ってここまで来たものの、ここからどうすればいいのか。結局今まで、目の前の人物がどうしてこんな実験に協力しているのか、その『動機』が分からなかったのだ。『未知』のものは、『不安』の要因になる。ここに彼女が来たのも、そんな不確定要素によって、実験を止めようと奮闘している上条を邪魔されたくないため。この相手に対抗出来るのが自分だけだったからに過ぎない。他の誰であっても、少年のARMSをただ進化させるだけに終わる可能性があるのだから。

 

 そのまま険しい表情で拳を握り締めている佐天に、やがてキースはふぅと息を吐いた。

 

「そんなに決死の表情を浮かべなくても、今のところ僕にはあの戦闘を止めるつもりはないよ。むしろ上条当麻(カレ)が止めてくれるなら大歓迎さ」

「……信じられると思う?」

「いや、無理だろうね。けれど、見てごらん」

 

 そう言ってあっさりとキースは佐天に背中を向けて眼下の戦場へと注目した。不意打ちを仕掛けるなら、絶好の好機ではある。しかしどうにも卑怯な気がしたし、それにどんな攻撃を仕掛けても、今この状況なら容易く反撃に移られそうな気がしたので、佐天もまた戦場の方へと視線を移した。

 

 そこでは、上条当麻の渾身の右拳が、一方通行(アクセラレータ)の顔面へと突き刺さっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おー♪ さっすがカミヤン。さしもの第一位様も、一発でグロッキーだぜい」

 

 そんな軽薄な声が積み上がったコンテナの上部から聞こえてくる。果たしてそこには、アロハシャツにサングラスをかけた金髪という、どこからどう見ても色々チャラ過ぎる格好をした少年がいた。サングラスをかけたままなのに何故か双眼鏡を覗いていて、口に当てたハンカチ越しに傍らの無線機に話しかけている。

 

『――やはり幻想殺し(イマジンブレイカー)は、実験中止のために動いていたか。まあ、ここで潰されるようならそれもまた良い。以降は隠蔽と、事態の収拾に動いてくれたまえ』

「よく言うな、アレイスター(・・・・・・)? どうせここで実験が潰れることすら、アンタの計画(プラン)通りなんだろうに」

 

 その少年――土御門元春が会話をしているのは、学園都市の頂点にして統括理事長を務める人物、アレイスター=クロウリー。当然今回の実験についても知っており、最終的なゴーサインを出した人物でもある。

 

『さて、どうだろうな。それより、君から連絡があったということは――』

「ああ、案の定だぜい」

 

 そう返しながら、土御門が視線を移していく。双眼鏡を向けていた先ではなく、自分の腹の下。足場としているコンテナの下側へと。

 

「――予想通り、本実験の監視のために派遣されていた『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』は、全員が殺されていた(・・・・・・・・・)。死因は鋭利な刃物による斬殺だが、生きてるうちにバラバラのブロック状に刻まれたのか、血だまりが凄いことになってるぜい」

 

 彼が乗っているコンテナは、下半分が真っ赤に染まっていた。そして周辺にはもはや人の形をしていないものがゴロゴロと転がっている。土御門が口元にハンカチを当てているのも、ここでは血臭が強すぎて、喋るだけでも臭いがきついためだ。

 

『……同様に、キース・グレイの足取りを追っていた部隊も、惨殺死体が見つかった。やはり、これは――』

「ああ、アイツもこの戦場のどこかにいるぜい」

 

 アレイスターにとって、キース・グレイは何をしでかすのか分からない存在だ。全く異なる世界の概念・科学力を持っているので重宝してきたが、こと計画(プラン)に悪影響を及ぼすというのであればその限りではない。即座に排除すべしとして、部隊も差し向けたのだ。

 

 土御門にしてみても、それは同様。この学園都市に来た当初の彼とは繋がりがそれなりにあるが、キースの行い次第でこの都市全体が危ぶまれるのだ。愛すべき義妹(まいか)の安全と比較すれば、考えるまでもなかった。アレイスターから彼の離反を聞いて、土御門もまたキース・グレイを排除すべく動いていた。

 

 しかし、結果は失敗。アレイスターの送り込んだ部隊は空振りに終わるか、物言わぬ死体となって帰還し、土御門は彼に接触することすら出来なかった。キース・グレイは今や彼らにとって共通の敵である。

 

『土御門。幻想殺し(イマジンブレイカー)と第一位の戦いは、捨て置いて構わない。君にはキース・グレイの暗殺を依頼したい』

「……了解だぜい」

 

 無線はそこで切れ、少年はコンテナの上でゆっくりと起き上がった。サングラスの中、少年の刃のような瞳が、周囲を鋭く射抜いていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……素晴らしいじゃないか」

 

 眼下の戦場を見下ろす特等席で、キース・グレイは嘯く。その視線の先では、上条がその右の拳一つで、あらゆるベクトルを操る最強の能力者を相手に果敢に攻め立てていた。

 

「誰かが決めた『計画』という名の実験場(ケージ)の中で、人間の”意志”を貫き徹し、決められたレールを破壊するために只々足掻き続ける――まさに彼のあの姿は、君の『先輩たち』を彷彿とさせるよ」

「…………」

 

 キース・グレイの言葉に、佐天はただ沈黙をもって返す。本来の意味からすれば、彼の語る『先輩たち』は、キースシリーズにとっても仇敵のはずだ。それなのに、出てくるのは賞賛の言葉。胡散臭いにも程がある。

 

 そうして佐天が沈黙する中でも、事態は進む。上条は一方通行(アクセラレータ)が伸ばす魔手を右手一本で捌き、その拳を真っ直ぐに顔面に打ち付けるという一方的な展開を繰り広げていた。

 

『――――ザッ、が、あ――ザザ――――……』

 

 不意に、クレーンに設えられた無線機から、人の声が聞こえ始めた。雑音が酷いが、どうやら眼下の戦場の音声を拾っているようだ。

 

「おや、ようやく盗聴器で拾える範囲に入ったか。少し、彼らの声を聞いてみようじゃないか」

 

 キース・グレイは、相変わらず読めない笑みを浮かべている。決して彼から意識を逸らすことなく、佐天も無線機から聞こえる声に注目した。

 

 肉を打つ鈍い音、砂利を蹴り立てる耳障りな音、そして、上条当麻の言葉が響いた。

 

『――アイツらだってな、一生懸命生きてたんだぞ――――……』

 

 バチン、と恐らくは相手の腕をはたきおとす音。そのままジャリッと大きく踏み込むような音が聞こえてきた。

 

『なんでテメエみてえな奴の、食い物にされなきゃいけねえんだ!!』

 

 ガゴン!と、もはや打撃の音には聞こえないような衝撃音が響き渡った。会心の一撃。それが無線機越しであろうと伝わって来て、佐天もまたぐっとガッツポーズをとった。

 

 そこへ、パチパチ、と空々しい拍手の音が聞こえてきた。

 

「……全くもって素晴らしい。例え作られた生命だろうと、生きる権利は平等に存在する――上条当麻が出した結論は、まさに僕が望み描いた答えだ」

「…………」

 

 相変わらず、キース・グレイの内心は分からない。何を目的としているのか、何をしようとしているのかも。けれど佐天は、今この場で言っている彼の言葉に、嘘偽りを感じなかった。少なくとも、さっきの言葉は、本心からの賞賛であるように感じられた。

 

 だから、彼女はこう尋ねてみた。

 

「…………貴方は、何がしたいの」

 

 その質問に、僅かに笑みを深くした少年は応える。彼の目的、その終着点を。

 

「――僕達キースシリーズの目的は、いつだって同じ。愚かな『父』の作り上げた試験管から飛び出して、自らの生を謳歌すること。そのために――――全ての人類に僕という存在を認めさせる、絶大な『力』を手に入れることさ」

 

 暗闇の中、誇らしげに笑みを浮かべる少年。けれどもその少年の瞳の奥、彼ではない何か(・・)が嘲るように蠢いていた。

 




露骨なフラグ立て回、終了。前回戦闘に突入したのに、ほとんど描写がありません。まあ、原作と大体同じになってしまうせいですがw

クレーンの先から、高みの見物決め込んでるキース・グレイ。キースシリーズは、何か高いところ好きですよね。ブラック、シルバー、グリーン、バイオレットたちの初登場もヘリの上からでしたし。そういやコイツ等の父も、すぐビルの上とか登りたがる人だったか。

そしてキース・グレイの目的。自らの存在確立のために『力』を求める……ARMSでもとあるでも、その道を選んだ人間は、碌なことになりません。

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