その少女が立ち上がった時、空間の全てが変わった。圧倒的な存在感を放つ垣根と、何処か清々しさを感じさせる削板の二人のせいで、落ち着きがなく忙しなかった周囲の
「これは……」
研究施設上層、白井との交戦中だった絹旗は、周囲の急激な変化に顔を上げた。
「研究施設内の空気を、誰かが『
不意に彼女の目の前で、崩れた瓦礫の小山が動き出した。その中から、彼方此方服が破れ、ボロボロの姿となった黒子が現れる。
「佐天さん……ですわね。根拠など何もありませんのに、この『風』に包まれていると、不思議と力が湧いてきますわ」
そして、施設から遠く離れた場所、『窓のないビル』と呼ばれる場所でも。
『――およそ有り得ん話だな。彼女には、ここまで圧倒的な能力の素養など無かったはずだが』
その眼に映るのは、一つの映像データ。今現在戦いの続く研究施設を俯瞰して捉えた映像。そこに映し出されていたのは、余りに巨大なもの。ゆっくりと、悠然と、施設を中心としてまるで球体を描くように循環する大気の『渦』だった。それを能力で、映像で、捉えることの出来た二人が、同時に答えへと至った。
『超絶的な大気への支配力で――施設内どころか、周辺数百mすべての大気を支配下に置いた。これは、およそ『
そしてその答えに至った絹旗は、自身の身を包む
絹旗にとっては幸いにも、件の『
「それにしても…………八人目の
舞台は再び、研究施設下層へと移る。
彼女の変化は、その場にいる二人が直に肌で感じていた。彼女は見た目においては、あまり変わってはいない。精々その髪が純白へと変化しただけで、その不敵な笑みを見ても、人が変わったわけでもないのは見ればわかる。
だが、違う。その雰囲気が、存在感が、先程までとは余りにも違う。垣根も、削板も、無意識に悟っているのだ。目の前にいる相手が、間違いなく『同格』だと。
その本能に蓋をし、あくまで傲然とした態度を崩さない者がいた。
「オイオイ、オマエはさっきボロ負けしたろうが。まだやる気なのかよ?」
垣根のそんな分かり切った問いに、佐天はほんの少し微笑み、肥大化していた右腕の変化を解くと――――
――――次の瞬間には、垣根の懐にいた。
「!?!!! が――――!!」
問答無用で、殴られた。垣根の腹に、佐天の華奢な左拳が容赦なくめり込んでいく。次の瞬間には、打撃の衝撃によって、きりもみ状態で吹き飛んでいく。
「ぐ……!」
衝撃で肺から根こそぎ空気を吐き出し、混乱する頭の中、どうにか背中の翼で態勢を立て直す。空中で静止し、攻撃してきたターゲットを探す。いない。元の場所にいない。敵を探して目まぐるしく動く両目が、左の視界の端に、尾のように流れる純白の髪の影を捉えた。
「……!」
翼を左側にありったけ展開して、全力で防御する。伝わって来た衝撃と感触に、空中で回し蹴りを決められたことを認識した。大体の位置を定め、余った右の翼をターゲットがいると思しき場所へと殺到させる。
しかし、いない。視界が開けた時、もうそこには彼女の姿は無くなっていた。再び所在を探すも、そこに声が響いた。
「すっげえ根性入った拳だな! お前、やるじゃねえか!!」
「あー、はい? いや、どうも? あの、ところで、貴方はどちら様で……」
「そんなことはどうでもいいんだ! いや、それよりよ、アイツは俺が相手するとこだったんだ。
「え。あー、でも悪いんだけど、私もアイツにしこたま殴られた後だから、きっちりお返ししないと――」
声の方に視線を向けると、さっきの男の横に、ターゲットが降り立ち、普通に談笑していた。まるで日常のように。まるで、垣根など眼中にない様に。
瞬間、意識が沸騰した。
ふざけるな。目の前にいる相手は、誰だと思っている。この学園都市にいる270万人の能力者の頂点、七人しかいない
殺す。先鋭化した意識は、最も単純な思考へと至る。その余りに短絡的な未来を実行に移すため、翼をさらに展開し、一瞬で彼女に近寄り、その華奢な身体を翼で引き裂き蹂躙せんとした。
その時の垣根帝督は、ある意味幸運だったのかも知れない。迅速かつ一瞬で攻撃に移るため、気流操作の翼と、気流感知に長けた翼を同時に展開していたのだから。
周囲を探る気流感知が、突如として自分の目の前に発生した大気の空隙を察知した。何の前触れもなく、突然現れた大気のトンネル。それはまるで、『道』のように彼女へと繋がっていた。
振り向いた彼女が、口元に笑みを浮かべる。そして、たん、と余りにも軽々と空中へと跳び上がった。
『道』の中を、彼女が突き進んでくる。発生した真空の空間によって、空気抵抗が完全にゼロとなったトンネルをまるで弾丸のように進んでくる。引き延ばされた意識の中で、垣根は彼女の背中に大気が集っているのも感じた。まるで彼女が前に進むのを手助けするように、大気は背中で弾け飛び、『槍』のような爆風を形成して彼女を押し出していた。
「…………!」
瞬間、背中に奔った悪寒に従い、再び翼を前面に多重展開する。それは垣根の信じる鉄壁の防御であった。まるで繭のようになった翼の塊に、佐天の左手がそっと触れた。
ブヂリ、と軽く音を立てて、翼が引き千切られた。見た目にも余りに華奢な腕が、手が、指が、無造作に翼の防壁を掻き分けたのだ。だが、それは見かけだけ。垣根の気流感知が、彼女の肢体の異変を最大級の警戒と共に感知する。
(大気そのものを、
それこそが、彼女の膂力の正体。彼女は今、大気の密度の違いで屈折率が変わり、背景が歪む程の暴虐な大気を自分の表面に『膜』のように纏っていた。垣根の翼も、その膜越しに触り、掻き分けただけだ。
彼女は、知らない。彼女が今身に纏う鎧と、よく似た能力を使う少女の事を。彼女は、知らない。自身を押し出す『爆風の槍』によく似た能力の少女の事を。本来有り得ない能力を、
ARMSの最大限の能力強化によって本来の彼女のレベルを超越した能力は、今再び彼女の手の中へと戻った。更なる飛躍を遂げて。大気の全てを掌握し、大気中のあらゆる現象を感知し、変幻自在の力を振るう更に強力な牙となって。『
そして、彼女が振るうことのできる力は、それだけではない。
佐天の右腕が、再び固く硬く握り締められる。その表面に幾何学紋様が浮かび、質量が肥大化していく。佐天が託された力。バンダースナッチが託してくれた力。それは彼女が強化した
全身のARMSが、一斉に励起する。佐天の意志に従って、全身のARMSが連動し、その右腕に爆発的なまでの膂力を与えようとする。引き絞る筋肉は、まるで弓の弦のように、強靭な
音は、無かった。
佐天の意志を余すことなく伝えたARMSの一撃は、音すら置き去りにして、垣根の身体へと突き刺さった。垣根が展開した『
学園都市第二位、垣根帝督との戦いは、こうして幕を閉じたのだった。
垣根戦、これにて終了!天敵だったはずの垣根が、あっさりとやられましたが、覚醒佐天はレベル5にARMSが加わるという壊れ性能(チート)なのである意味仕方ない……。
覚醒佐天の能力ですが、まず最初に全身のARMSの完全掌握。これは高槻と同様の高速移動・膂力強化・感覚強化(高槻は明らかに動体視力も上がってました)があります。
次に佐天独自の能力として、元々生まれ持った空力使い(エアロハンド)の最大限強化・能力完全把握があります。ARMSは完全に能力のサポートに回りますので、演算に専念したARMSによって、効果範囲内の大気の状態『全て』を認識し、また操ることが可能になります。範囲内限定ですが、佐天にも窒素装甲や窒素爆槍が使えるようになります。範囲がバカでかいので、間違いなくレベル5認定受けるという何かの間違い(バグ)みたいな能力です。
ちなみに佐天の能力は、広域散布と空間認識が真骨頂なところもあるので、名前は空力探査(エアロソナー)のままです。
次回は、白井黒子VS絹旗最愛のチビッ子バトル(ヲイ)!余裕があれば、御坂側も少し触れるかも?
―6月27日22時追記―
次回投稿についてですが、今週土日に急きょ仕事が入り、7月9日投稿予定となりました。読んでくれてる方、申し訳ないです!