「――よし、こんなもんね」
それまで目の前の彼女に跪いていた御坂が、体勢を起こした。そうして改めて先程までとは様変わりした『妹』を見つめる。
佐天によって名付けられた御坂ミコは、御坂本人との見分けを付けるため、とりあえず手元にあった小物で差異を付けることになった。その頭には変わらず軍用のゴツいゴーグルが付けられているが、それとは別に佐天が持っていた予備のヘアピンをこめかみのすぐ横に差している。雪の結晶を象ったソレは、彼女の静謐な表情も相まって程よいアクセントとなっていた。またそれとは別に、御坂が先程ガチャガチャで獲得した羽根付きのカエルの缶バッジも腰のところに付けたため、遠目でも御坂と見分けがつくようになった。
……ただ。
「いやいや、ねーだろ。と、ミサカは
「な、なんだとう!!」
姉妹仲は、著しく悪くなった気がするが。
「しっかし、どうすんだ、これから? 本当に一万人単位で姉妹がいるんなら、一日二日じゃ終わらないぜ?」
「どうしましょうかね……」
姉妹で仲良く喧嘩している御坂とミコを視界に収めつつ、上条が佐天へと話しかける。ミコが言っていた個体番号は『9982号』。単純に姉だけでも9000人はいるという事だ。全員保護しようにも当てなどありはしない。
「仮にアイツに、『生まれ故郷を潰すから、施設に案内してくれ』なんて話したとしても素直に案内してくれるか分からねえし……それに首謀者が誰なのかすら分からないしな」
もし仮に、彼女を作った『計画者』がいるのなら、突き止めて叩き潰せば済む話だ。けれど一万人単位で人間のクローンを作り上げるとなると、大規模な組織が関わっていることが考えられる。一人二人潰しても、焼け石に水だろう。
戦うべきだと分かっているのに、戦うべき『敵』が見えない。此処にいる三人の間には、言いようのない不安がこみ上げていた。
不安を紛らわせるためか、それとも本気で妹相手にムキになっていたのか不明な御坂は、地べたに寝転がって呼吸を整えていた。
「ハァ――ハァ――……話、変わるんだけど。アンタ今から、私たちをアンタが生み出された研究機関に連れていきなさいよ。勝手にヒトの妹を大量生産するなんて、叩き潰してやるから」
「…………」
御坂の急な要求に、ミコは答えずに御坂の表情を無感情に見つめ続けた。御坂はあえてその視線を避けずに、真っ向から受け止める。
「……申し訳ありませんが、それは出来ない相談です。と、ミサカは謝意を表します」
「ッ、なんでよ!」
「先程ミサカが提示したコードについても、お姉様は反応を示されませんでした。そのためお姉様は、『計画』に無関係な状況にあると判断いたします。『計画』に無関係な人員を巻き込むことは許されておりません。と、ミサカは状況を説明します」
「『計画』とかどんなモンだか知らないけど、関係ないって言ってんのよ! 私がその『計画』も叩き潰して、アンタ達を自由にしてやるんだから!!」
その御坂の言葉を聞いても、ミコの表情に変化はない。ただ、ほんの少しだけ、その瞳が揺れたようにも見えた。
「…………お姉様もそうですが、そちらの長髪の御友人の方も、どうして私に名前を与え、ヘアピンや缶バッジを与えてくれるのでしょう? と、ミサカは疑問を口にします」
本気で分からない、とミコは首を傾げていた。その邪気のない言動に、思わず御坂は溜息を漏らす。佐天の表情にも苦笑が浮かんでいた。
「……妹だからに、決まってんでしょうが」
「ミコちゃんは御坂さんの妹で、私の親友候補だからね!」
二人の返答に、それでもミコは首を傾げる。いや、むしろさらに困惑したようだった。
「ですがミサカは、お姉様のクローンであり、ボタン一つでその身を形作ることが――」
「あー、もー、生まれがどうとか関係ないでしょ? ミコちゃんは、今この場で私が名付けて、御坂さんが缶バッジをあげた、目の前にいる一人しかいないんだから。姉妹が何万人いたってそれは変わらないって」
そう言ってニコッとした笑みを浮かべてくる佐天に、ミコの困惑は極まったようだった。怪訝に眉を顰めつつ、再び佐天にその心中を尋ねようとして。
「――――そこまでだ」
突如として現れた、背広姿の十歳前後の少年によって、その疑問は永遠に失われた。
「これは……」
突然切り替わった風景に、ミコは空間系能力の行使を察した。そして、その能力者が目の前の少年であろうとも。
「……先程の邂逅は、実験に支障をきたす可能性ありと上層部が判断。急きょ君を引き離すようにと、天井研究員からの命令だ。まあ、
「…………」
「僕の目的からすれば、もう少し彼らと一緒にいてくれても問題はないんだが。上の判断だ。予定を変更して、君はここから実験場所に向かってくれ」
「……了解しました」
キース・グレイが手に持っていた大型のキャリーケースを受け取る。一見すると楽器のケースにも見えるが、その実その中身は、それとは似ても似つかない凶悪な兵器だ。
ケースを手に取り、キース・グレイから歩いて離れてしばらく、彼から挙動が見えない角を曲がったところで、ミコが不意に立ち止まった。そうして上げた視線、顔を向けたのは、多数のビルに阻まれて見えはしない更にその先。自分と同じ電磁波を発生させる
「――――アイス、美味しかったです。と、ミサ――――……いえ、『ミコ』は聞こえないと知りつつ、感想を呟きます」
◇ ◇ ◇
「…………は?」
突然ミコがかき消えた空間を見つめ、上条は間抜けた声を上げた。
「今のって……?!」
「キース・グレイ!?」
御坂も佐天も、状況が全く分からない。今回、ミコとの邂逅を果たせたのは、キース・グレイの情報によるものだ。だと言うのにそのキースが、どうしてミコを連れ去るのか。
思わず止まっていた彼らを動かしたのは、御坂の携帯から鳴り響いた着信音だった。慌てて御坂がそれを手に取り、着信が
「黒子、どうしたの? そっちの仕事は終わ――」
『それどころじゃありませんの、お姉様!! 妹様の一大事ですわ!!』
御坂の問いを、白井の大声が遮った。思わず端末から耳を放しつつ、その場の全員が白井の声音から尋常ならざる事態を察する。端末の通話をハンズフリーにしつつ、三人全員でその端末を囲むように近づいた。
「落ち着いて、黒子。とりあえず皆もいるから、そっちで分かったことを順を追って説明して」
『先程
続いた白井の言葉に、その場にいた三人全員は一様に絶句した。
『妹様は――――……たった一人を『
というわけで、ミコは実験場所へとボッシュート。次回は、アニメでも衝撃的だったあのシーンへと繋がります。
今回のサブタイトルは『感想―インプレッション―』。日本語だと大したことない単語ですが、英語だと『感動』の意味もあるそうです。情動の振れ幅が大きくなれば、いずれは彼女の人格(アイデンティティ)にも繋がります。ミコの人格の芽生えという良い傾向を表現したくてこうしましたが……キースめ!御坂どころか、佐天まで雪の結晶のヘアピン贈ったのに!
キース・グレイが今回、意味不明な行動を起こしてます。一方でミコを実験場所近くまで連れ去り、また一方で計画の詳細な内容を白井宛に送ってます。一見矛盾した行動ですが、実は『キース』にとってはちゃんと意図があっての行動です。多分明らかになるのは、ラスボス戦の辺りでしょう。