とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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ドリー姉妹編、今回で完結です!



051 四重奏―カルテット―

 

 ピピッ、と特徴的な電子音が部屋の内部に響いていた。音の発信源は部屋の中央、カプセル型の培養層に入れられたドリーの妹であり、彼女の肢体にはいくつものコードやセンサーがくっ付いていた。

 

 ここは第七学区のカエル顔の先生がいる病院。カプセルに入れられた彼女の容態を確認するために、あの施設の崩壊後ここに身を寄せたのだ。

 

「――まずは、結論から言おうか」

 

 そう言って顔を上げたのは、木山春生。彼女はあの『幻想御手(レベルアッパー)』事件の責任や、テレスティーナとの一件もあって、情状酌量の余地ありとされ釈放はされたものの、学園都市内で統括理事会から指定された機関で研究に勤しむこととなった。もっとも彼女自身非人道的な実験や統括理事会に関わるつもりは無かった為、カエル顔の医者が身元引受人となって、この病院で医療分野の研究に従事する運びとなった。

 

 ……どうして一介の医者の我が儘とも言える要望が、統括理事会にほぼ無条件で受け入れられたのかは疑問が尽きなかったが。

 

「こちらの機器で確認したところ、彼女の容態は一般的な健康体へと変化している。お前たちが研究所から持ってきたデータを信じるなら、テロメアが極端に短く、何時死んでもおかしくなかったにも関わらず、だ。これは明らかに、移植されていたARMSによるものだろうな」

「ソレ、本当?」

「ああ。今後も定期的に健康状態の検査は必要になるものの、問題はないよ。彼女はお前たちと、同じ時間を生きていける」

 

 木山のそんな言葉に問いかけた警策は、心底から安堵した表情を見せた。

 

 あの時、キース・グレイの『魔剣アンサラー』によって倒壊した施設によって、地下にいた佐天・警策・食蜂の三人は圧倒的な質量のコンクリートに押しつぶされるところだった。それを助けたのはARMS解放状態だったドリーの妹で、自分の液状の身体を変化させて、三人全員を覆い尽くす銀色のドームへと変化したのだ。その後、御坂達が上の瓦礫を吹き飛ばして全員を掘り起こしたあと、彼女はまるで糸が切れるかのように意識を失った。

 

 それを見て一番慌て、彼女のそばをひと時も離れなかったのは警策であり、彼女とドリーの間に確かに存在する絆が窺えた。

 

 ……そして、もう一人、ドリーとの間に絆を感じる食蜂はと言うと。

 

「……………………そろそろこれ、解いてくれないかしらぁ?」

 

 ドリーを見守る検査室の壁際に、両手を後ろ手に縛られ、能力の媒介となるリモコンを取り上げられた状態で転がされていた。

 

「そう言われても、ね。アンタがいきなり能力を使おうとしなきゃこんなことにはならなかったのよ」

「……ふぅん」

 

 御坂からの指摘にそっぽを向く彼女は、皆を庇って目の前で倒れたドリーの妹に、なんとリモコンを向けて『心理掌握(メンタルアウト)』を行使しようとしたのだ。すんでのところで周り皆が止めに入り事なきを得たが、もう一度同じことをされてはたまらない為、現在能力を使わないよう拘束しているという訳だ。

 

「で、なんであんなことしたのよ」

「…………」

 

 沈黙。彼女はここに至るまで、何度も理由を聞かれているが、一向に答えようとはしない。ずっと視線を逸らし、口を開こうとしないのだ。

 

 痺れを切らした御坂が、更に追及を強めようとしたところ、横合いから違う声が響いた。

 

『……話してみては、いかがですか?』

 

 食蜂に話しかけたのは、ユーゴー。思えば彼女だけは、食蜂がこんな行動に出た理由を知っていてもおかしくはない。だと言うのに、彼女もまたこの病院に着くまで一言も発せず、まるで食蜂が自ら話すことを待っているかのようだった。

 

 そんな彼女の、全てを見透かし、身体の強張りを溶かすような笑みに、食蜂は一度舌打ちし、ばつが悪そうに語りだした。

 

「……全部、私が悪いのよぉ」

 

 かつて、食蜂は能力開発のために所属していた施設の中で、ドリーに出会った。最初は自分の能力の向上に努めている研究員からの打診だった。自身の向上に特に寄与しないドリーとの関わりは、当初こそわずらわしさを感じる程度のものであり、特に思うことも無かった。

 

 だから、研究員に指定された『やり方』で、彼女と接することに何の疑問も抱かなかった。

 

ドリー(あのコ)に取り付けられた器具を見て、彼女の元を去って行ったっていう『みーちゃん』に成りすましたのよぉ……」

 

 その行いにも、特に思う事は無かった。ドリーの事を見捨てたと言う『みーちゃん』に少し憤りを覚えていたくらいだった。『みーちゃん』に成りきって、食蜂はドリーと接し、まるで以前からの友人であるかのように振る舞った。

 

 けれど、その行動自体が間違いだったとは、最後のそのときまで気付かなかった。

 

 彼女の臨終の時まで、食蜂はドリーと自分自身として向き合う事が出来なかった。他の誰かが築き上げたドリーとの友情に縋って、心地よい嘘に酔った。だからこそ、彼女との別れの時、ドリーが本当は自分が『みーちゃん』ではないことに気付いていたと知った時、どうしようもない程に打ちのめされた。

 

 ドリーと過ごす時間に、誰よりも救われていたのは、食蜂自身だったのだから。

 

「ごめんなさい…………」

 

 救われてしまったから。ドリーと過ごした時間は、何にも代えられない時間だったから。彼女は自分の罪を吐露する。

 

「心地よい嘘に酔って、ごめんなさい……二人の間に割り込んで、ごめんなさい……そんな資格なんてないのに友達面してて、ごめんなさい……ぜんぶ、全部私が悪いの! だから、そんな記憶、これからのドリーにはいらないって、そう思って――――!」

 

 だからこそ、彼女はドリー姉妹から記憶を奪おうとした。ドリー姉妹は優しいと、臨終の時ですら、長年友人のふりをした見知らぬ誰かを許してしまえるほどに優しいと知っていたからこそ、自分のことなど消してしまおうと考えた。

 

 彼女の慟哭を、彼女の懺悔を、その場の全員はただ黙って聞いていた。誰も言葉を発し得なかった。だからそれを止めたのは、この場で唯一彼女を裁く権利のある者だけだった。

 

 

『――――――――だめだよ、みさきちゃん』

 

 

 その響いた声に全員が振り向く。部屋の中央、カプセルの中で先程まで意識を失っていたドリーの妹が薄目を開けていた。そのカプセルの周りに食蜂を除く全員が駆け寄る。中でも未だに不安を露わにした警策の青い顔に、ほんの少し彼女が苦笑していた。

 

「……大丈夫なの?」

『うん、もうだいじょうぶ』

「バカ……心配させて……」

 

 彼女の答えに、警策が思わず潤んだ瞳を拳でゴシゴシ擦った。それを少し微笑みながら見ていた彼女は、今度は食蜂へと向き直った。

 

『あのね、みさきちゃん……』

「…………」

私達(・・)にとって……私とドリーにとって、みーちゃんとみさきちゃんと一緒に過ごした時間だけが、全部だったんだよ』

「…………っ!」

『二人と一緒に過ごして、うれしくて、たのしくって……私達二人の、一番大切な思い出(たからもの)。だから、消してほしくないんだ』

「でも……!」

『だから、さ。みさきちゃん。その代わり――』

 

 彼女はカプセルの中で、子供の頃にしか出来ない本当に透明な笑みを浮かべた。

 

『――うみに、連れてって』

 

 御坂たちがいる検査室の外。少女の治療のため、廊下のベンチで上条当麻はただ待ち続けていた。その耳にわずかに届いた嗚咽の声と、周囲の安堵するような声。

 

 その声たちを聞いて彼は、どこかホッとして缶コーヒーを煽っていた。

 




ドリー姉妹編、終了!食蜂の葛藤を解消して、終了と相成りました。大覇星祭の真ヒロインぶりは健在です。

ドリー妹は、このまま検査入院の予定ですので戦線離脱です。食蜂と警策もそれの付き添いの予定。そろそろ妹呼びもアレですので、次回辺りに正式な名前を付けようと思っています。ただ路地裏の作者に、ネーミングセンスないんだよな……

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