とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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最初は警策視点からの開始。アニメのみ視聴者への補完になれば……!



047 変貌―トランスフォーム―

 ――最初は、ただメンドくさくて、バカな子って印象だった。

 

 幼少期、警策看取(こうざくみとり)才人工房(クローンドリー)で能力開発に勤しむただの少女だった。親の顔もまともに覚えておらず、顔を合わせるのは自分の能力をのみ評価する大人たち。自然と幼い警策は、大人たちの前で表面上の笑顔を浮かべて日々を過ごす子供になって行った。

 

 そんな時、実験の一環で引き合わされたのが、同じ施設にいたドリー。小学校高学年から中学生くらいの容姿なのに、全然それっぽくなくて、むしろ小さな子供を見ているようだった。日々の様々な出来事に、大げさに一喜一憂するおバカな子。そんな第一印象だった。

 

 けど、次第にその子の存在が、自分の中で大きくなっていった。周囲の大人の印象を良くするために、作り笑いを浮かべる日々。そんな中で無邪気で裏表のないドリーと過ごした日々。いつしかあの子の前でだけは、本当に心の底から笑っているような気がしていた。

 

 そんな日々も、あの日、全てが変わってしまった。きっかけは、少しだけ早く終わった一日一度の能力開発と測定。いつもより少しだけ早く到着したドリーの部屋で、警策は見てしまった。ドリーの身体に埋め込まれた、無骨な『金属製の器具』の存在を。

 

 そのことがきっかけでドリーの存在と実験の内容に疑問を抱き、独自に調べたところわかったのは、あまりにも残酷な真実。ドリーが『ある人物』のクローンで、余り長くは生きられないこと。そしてただでさえ短い寿命を、度重なる実験ですり減らされていることだった。

 

 すぐに上にかけあったものの、取り合ってもらえず殴り倒されて監禁された。どんな幸運が働いたのか、施設が放棄され解放された後は、実験を指示した統括理事会への憎悪のみで動いて来た。大体一年ほど前に、テロ未遂を起こすも失敗。送られた施設で死亡したことにされて、今は学園都市の『暗部』に身を置いている――。

 

 自分の半生を頭の中で振り返り、警策は何度目かになる溜息を吐いた。今、彼女がいるのは食蜂が実質支配する研究所の室内。仮にも敵だった自分を入れるような場所ではないと考えるのだが、勝利者側である食蜂・御坂一行は現在警策に一切の注意を払っていない。精々申し訳程度の手錠をはめているだけ。さっきから一心不乱に、御坂美琴の『電撃使い(エレクトロマスター)』の能力で、過去の研究所のデータベースをさらっている。話に出てきた『ドリーの妹』を探すために。……ここまで警戒されないのは、やっぱり不用心すぎるだろう。

 だから、少しだけかき混ぜてやるつもりだった。

 

「――チョット。アンタら私が暴れたらどうしようとか、考えないワケ? 御坂美琴や噂のARMS相手はともかく、そっちの食蜂操祈なら肉弾戦に持ち込めば一矢報いるくらい出来るわよ?」

 

 その言葉に視線を向け、溜息を漏らしたのは食蜂のみ。他は今も凄まじい速度でデータを漁る御坂にくぎ付けだ。

 

「大丈夫よぉ。そっちの彼女のお墨付きだものぉ」

 

 食蜂が水を向けたのは、部屋の片隅で佇む服や手足の先がほんの少し透けた妙な女性だった。

 

「ユーゴーって言ったかしらぁ? 『精神感応(テレパス)』の能力者で、私と同格かそれ以上の『力』の持ち主。私が常に自分に張っている防壁力も察知してるみたいだしぃ。多分貴女の能力じゃあ、もうとっくに表層の思考も深層の記憶も覗かれてるわよぉ」

 

 その言葉を聞いて、警策の顔に嫌悪が浮かぶ。目の前の金髪の女は、他人の心という不可侵領域を侵す最悪の能力者だ。自分の憎悪も、ドリーとの記憶も何もかも覗かれたなど嫌悪感しか感じない。だというのに、この女はこちらの嫌悪の表情を真っ向から受け止め、なお柔らかく笑む。

 

『…………やっぱり、こんな能力、他人から見たら嫌ですよね……』

「当たり前でしょ。最悪の覗き魔(ピーピング・トム)じゃない」

『そうですね…………けれど』

 

 柔らかく微笑んでいた彼女の瞳に、強い光が宿る。その光に、姿に、一瞬警策も食蜂も気圧され後退った。

 

『私は、もうこの能力を使う事を躊躇ったりしません。私と共にバンダースナッチを宿した、佐天さんが前に進むために必要なら。この学園都市(まち)が、かつてのエグリゴリと同じ『闇』を抱えているというのなら。それこそが、私がここに至る道程で倒れていった多くの仲間と、共に戦い抜いたかけがえのない友人たちのために、私が出来る精一杯の事ですから』

 

 言葉の意味は半分も分からない。けれど、確かに警策は目の前の女性に否定できない何かを感じた。問い詰めようか迷っていると、部屋の中に御坂美琴の歓喜に満ちた声が響いた。

 

「見つけた!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 『才人工房(クローンドリー)』からほど近いとある研究施設。表向きは薬学・理化学の研究施設となっているそこが、現在ドリーの妹が眠る場所だった。

 

 元々ドリーは、クローンの短すぎる寿命の改善だけではなく、同一脳波・同一能力を持つ個体同士で形成される情報共有化ネットワークの試験体でもあった。日常生活を送り、外的要因から記憶を増やしていくのがドリー。その情報を蓄積し、共有化できるか試すのがその妹。ドリーの死亡後、妹の方は長期に渡って記憶を確認するため、この研究所に運び込まれ培養カプセルの中で眠り続けている。

 

 当然施設側の警備も万全で、相当の抵抗が予想されたのだが…………。

 

「……なぁんで、誰もいないのよぉ?」

「妙ですね……」

 

 食蜂のぼやきに、佐天も同意する。研究施設に入ったと言うのに、未だに人っ子一人見当たらない。そもそも施設の入り口に見張り一人いなかったのも奇妙だった。

 

「……もしや、既に放棄された後では?」

「いや、それは無いわね。施設の管制システムでも電力供給でも地下の培養カプセルは変わらず稼働中になってるわ。一番重要な研究対象を放棄はしないでしょ?」

 

 白井の言葉が、いいようのない不安を煽る。御坂の精査はあくまで電力とシステムから確認したもの。どうなっているのかは、やはり直接行くしかない。

 

 全員が地下へのエレベーターに乗り込む直前、ほんのわずか、食蜂が乗り込むのを躊躇った。御坂が訝し気な視線を向けるが、それより早く、ユーゴーが彼女へと話しかけた。

 

『大丈夫ですよ…………ドリーさんは、きっと貴女のことも、受け入れてくれます』

「…………」

 

 ユーゴーの言葉には答えず、食蜂は足音高くエレベーターへと乗り込んだ。……ここに来るまでの間に、警策は自分の身の上を噛み砕いて話した。もちろん触れたくないことは飛ばしたけれど、ドリーと過ごした日々については、正直に。しかし、食蜂だけは、一向にドリーとどんなかかわりがあったのか話そうとはしなかった。御坂達はそんな彼女の様子に何度も問い詰めていたけれど、彼女自身に話す意志はなさそうだった。彼女の真意を理解している者がいるとすれば、先程からいるユーゴーという女性だけだろう。

 

 なんとも微妙な空気の中、エレベーターはやがて地下の最深部で止まり、全員がそこから駆け出す。薄暗い廊下を駆け抜け、突き当たりのドアを開き、器具に埋め尽くされた部屋を横切った。

 

 彼女は――――ドリーの妹は、其処にいた。

 

 すぐに備え付けの機器で確認するが、彼女自身に特に問題は無さそうだった。そのことに安堵しながら、すぐに彼女を出す為、機械を確認していく。しかし、何故かどのスイッチも変化が無い。疑問に思っていると、部屋に備え付けられていたスピーカーから声が響いた。

 

『――あー、やれやれ困るねえ、警策クン。君にはワシの(・・・)研究施設に来ないよう、そいつらの足止めを命じたはずだけどね』

 

 聞こえてきたのは、かなりの年配の男性の声。その声に聞き覚えがあったのは、この中では警策一人だった。

 

「木原、幻生…………ッ!」

『うん、その通り。いやー、今まで黙っていたけれど、ドリーの妹君は、ワシの方で随分前から『保護』していたんだよ、忘れてた忘れてた』

 

 怒りを発する警策に対し、声の主はあくまで自然体。声にはむしろ軽々しい響きがあった。その声に、むしろ寒気が走る。

 

「ちょっと! 木原幻生ってまさか……!」

「学園都市の能力開発部門の重鎮、絶対能力者の存在やSYSTEM研究分野の元老、結構色々呼び名のあるジジイよぉ……ああ、御坂さん相手なら、こう言えば一番分かりやすいかしらぁ?」

 

 御坂の問いに答える食蜂の声にも隠し切れない嫌悪が見える。それだけこの声の主は学園都市でも有名なのだ。研究の為なら悪魔に魂を売るどころか、平然と悪魔以上の所業もやるマッドサイエンティストとして。

 

「かつて木山春生の生徒を昏睡状態に陥らせた、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の主催者よぉ」

 

 食蜂の言葉と共に、部屋の中央に備え付けられたドリーの妹を包み込んだカプセルが、突如として動き出す。ゴウンゴウンという音と共に、内部の液体が排出され、内部に空気が満たされていく。そして、プシッと空気が抜ける音と共に、前側のハッチがゆっくりと開き出した。

 

 ハッチが完全に開いた時、支えを失くした彼女の身体が倒れ掛かり、すぐ横で控えていた警策が支える。その一歩後ろで、食蜂は踏み出すか留まるか、迷うように立ち尽くしていた。やがて、ゆっくりと彼女の瞼が上がった。

 

「…………みー、ちゃん? それに、みさき、ちゃん、なの…………?」

 

 その言葉に、声に、どうしようもなく二人の顔が歪む。そして彼女が手を伸ばし、警策が彼女に巻き付かせたタオルがはらりと落ちた。

 

 それ(・・)を見た瞬間に、周囲の人間は全員が息を呑んだ。上条と御坂と白井は、その埋め込まれた器具の痛々しさに。かつてドリーにも埋め込まれていた器具を知る警策と食蜂は、そのやりきれなさに。

 

 それに対して、全く違う感想を抱いたのは三人。佐天は知っていた。アリスの記憶の中で、その器具を知っていた。ユーゴーも知っていた。かつてエグリゴリで見て、知っていた。そして、最後の一人、バンダースナッチが虚空にその姿を生じさせ、その器具の名称を呼んだ。

 

 

『なんでこの子に――――――『リミッター』なんか仕掛けられているのよ?』

 

 

 バンダースナッチが確認した、ドリーの妹の胸に取り付けられた金属板。その中央には同心円状に配置されたコアチップが取り付けられており、間違いなくARMSを制御・抑制するための信号が発信されている。これが取り付けられている以上、答えは一つしか無い。

 

 

『ひょひょひょ…………それでは≪プログラム――トゥイードルダム・トゥイードルディ≫を開幕しようか』

 

 

 幻生の声がスピーカーより響き、部屋の中央でボン、と何かが破裂するような音を立てた。音の源は、全員の視線の中心、ドリーの妹。信じられなかった。信じたくなかった。全員の視線が集中する中、彼女の胸に取り付けられた金属板は、圧縮された空気の破裂で粉々に吹き飛び、癒着した傷口から鮮血が迸ったのだから。

 

「ドリー!!」

 

 彼女を抱きかかえていた警策が、必死になって傷口を押さえる。だが、その手をドリーの妹が優しく押さえた。

 

「みーちゃん…………だいじょぶ、だから……」

「大丈夫なわけないでしょ! いいから、わかったから! 今、病院に連れて行ってあげるから――」

「ちが……うよ…………? ………みー、ちゃん……………みさ、きちゃん………………」

 

 ハンカチで傷口を押さえていた警策の両手をドリーの妹がどかす。そこにあったのは、傷口などどこにもない、きれいな肌(・・・・・)。代わりに、その腕に、手に、幾何学的な紋様が浮かび上がる。

 

「あの『紋様』…………ドリーが死んだ時にも、確か……」

 

 食蜂のうわ言のような声が聞こえる。その頃には、部屋の中は高音の『共振』で満たされていた。既に一度経験した上条と白井が、未だに動こうとしない警策の腕を引っ張って連れていく。必死になって伸ばした手の先、彼女は確かにその言葉を聞いた。

 

「……………………にげ、て……」

 

 解放され、変貌していく彼女の姿。ドリーの名を呼び、泣き叫ぶ警策。幻生の悪意に彩られたARMSは、こうして産声をあげた。

 




ドリー(妹)、ARMS覚醒!彼女が初のオリジナルARMSになります。幻生のジジイのフラグは回避できず……!

トゥイードルダム・トゥイードルディ。元々は『鏡の国のアリス』の登場人物で、『トゥイードルダムとトゥイードルディ』が正式名称。原典はマザーグースで、『見分けのつかないそっくりな双子』として物語に登場します。ドリー姉妹のARMSとして相応しいと思い、採用になりました。解放状態の姿は次回です!

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