「それでぇ、御坂さん達は、本当に何をしに来たのかしらぁ?」
あくまで優雅に、少女は語る。
しかし、たった今、食蜂の目の前に立っている御坂の怒りはそれだけではなかった。
「…………アンタがなんでこんなところにいるのか知らないけど、あの研究所に近づいた途端に出てきたってことは、『
バチリ、と空中に放電しながら尋ねる。それ自体が御坂の感情を表しているような気がした。
「――そうよぉ。 むしろ私は、御坂さんがなんであそこを知っているのか聞きたいんだけど?」
その返事を聞いた途端、御坂からいくつもの電撃が奔り、周囲の電灯を破壊した。ガラス片が降る中、御坂はバキリと歯を鳴らす。
「アンタ――――!!」
「ストップ! 御坂さん、一旦ストップです!!」
更なる電撃を浴びせようとした御坂の手を、佐天が握る。そちらに視線を向けると、宙に漂うようにユーゴーが出現しており、彼女の精神感応能力で精神拘束を解いたとわかった。
「なんで止めんのよ、佐天さん! コイツ、よりにもよって……!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないでしょう! 詳しい話、聞いてみないと!」
佐天に止まるよう懇願され、ようやく御坂が電撃を収める。もっともその眼は相変わらず食蜂を鋭く睨んだままだった。そんな視線を向けられる食蜂はと言うと、今まさに上条と白井の精神拘束を解いたユーゴーを興味深げに眺めていた。
「――実物と見紛うばかりの幻影と、それを構成する精神系能力ぅ? 学園都市にこんな高レベルの能力者がいたなんて、聞いたコトないんだけどぉ?」
「ユーゴーさんのことはひとまず置いときなさいよ。それよりアンタに聞きたいことがあるんだけど」
「あらぁ☆ 御坂さんが私にお願いなんて、槍でも降るのかしらぁ☆」
その口調と余裕に、またもや御坂の怒りが募るが、それをあえて呑み込んで聞きたかった問いを投げかけた。
「――数年前に、あの研究所に収容されていた『ドリー』と呼ばれるコはどこ?」
「…………」
投げかけられた問いに、食蜂の雰囲気が一変する。余裕の色を絶やさなかった瞳は細められ、今はまるで溢れそうになる
「……どこで知ったのか知らないけど、ドリーは随分前に研究所で死亡が確認されてるわぁ。こっちも聞きたいんだけど? 一体どういう経緯で、あの娘のこと知ったのかしらぁ?」
最後の問いは、もはや詰問だった。隠そうとしていた敵意も、今は隠そうともしていない。いや、『敵意』よりも一段上の『殺意』へと変わろうとしていた。
そんな食蜂の『殺意』を受けた御坂は一瞬言い淀んだが、やがて素直に経緯を話すことにした。
「…………私のDNAマップを手に入れた奴らが、体細胞クローンを生み出してたってことを最近知ったのよ。それで――」
「ああ――それでドリーと御坂さんがそっくりなのねぇ。それで? 『今さらになって』止めに来たってワケぇ? あの娘が死んでから? いくらなんでも遅すぎるんじゃないかしらぁ?」
「…………ッ!」
その通りだ。時間は巻き戻せない。死んだ人間は生き返らない。それが当たり前の摂理。だけど。だけど、今は。
「……遅すぎた、って分かってる。今さらだ、ってことも分かってる」
「……ふぅん?」
「けど! 間に合うコが、いるかも知れないの! だから私は――――」
御坂と食蜂の議論が続く中、上条が
「っ、あぶねえッ!!」
咄嗟に飛び出し、水溜りに近かった食蜂を左手で抱きかかえる。まるでそれを合図にしたかのように、水溜りが変化し、いくつものトゲへと変化した。
「う、おおおおおおおおおっ!!」
迫りくるトゲに対して、握り締めた右手の拳を叩きつける。バキン!と甲高い音を立てて、銀色のトゲは液体へと戻り、いくつもの飛沫となって飛び散った。
「なによ、今の!?」
「研究所側の刺客でしょうか?」
「いや、でもさ、今の攻撃食蜂にも当てるつもりだったみたいじゃないか? 俺が助けなかったらどうなってたか」
「そうですね。食蜂さん、でしたっけ? さっきの奴がなんなのか、とか――――……食蜂さん?」
いきなりの攻撃に全員が戦闘態勢に移行するものの、肝心の食蜂からの反応がない。怪訝に思って佐天が覗き込んでみると、彼女は上条に横抱きにされた体勢のまま、耳まで真っ赤になって胸板に顔を埋めていた。呼びかけられても反応を示さない。
「……………………えっと。食蜂、さん?」
「……………………はっ!! ななななななな何かしらぁ?!」
ようやく顔を上げても相変わらず耳も赤く、なにより顔の赤みが引いていない。その反応で、なんとなーく佐天が『色々』悟った。
「あ~、また今度じっっくりとお話しましょう。それでどうなんです? さっき襲ってきた相手に心当たりは?」
「そ、そんなのないわよぉ。そもそもあの研究所はドリーの死後、研究員全員
「アンタ、相変わらずやり方がえげつないわね。要は、多すぎて特定できないってことか」
そうこうするうちに、飛び散った銀色の飛沫が寄り集まり、やがて一つのヒトガタを為す。ソレはまるで小柄な少女を象ったかのようなのっぺりとした塊だった。その両手を、頭の横から生えたおさげのような部分を、それぞれ刃の形状へと変えてぐっと力を溜めるように腰を屈めた。
その体勢を見て、全員が再び戦闘態勢を整える中、ヒトガタの後ろ、路地の向こうから進み出た人影があった。
奇妙な出で立ちだった。素肌に直接タイツ状の衣服をまとい、その上に黒一色に統一した改造制服を身に着けていた。頭の両側で結わえた長いツインテール、銀色のヒトガタと共通する輪郭から、彼女こそが銀色の液体を操る能力者本人だと悟る。
しかし、どうにも様子がおかしかった。遠隔操作型の能力を持っているにも関わらず、なぜ能力者本体が姿を見せたのか。なぜ攻撃態勢を整えながら攻撃してこないのか。全員が疑問を持っていると、目の前の少女が不意に声を出した。
「――――なんなのよ、アンタ」
無機質な、艶消しな、感情を抑えるような声音が響いた。路地の暗がりで顔を俯けているため、表情は見えない。しかし、なによりもその声音が、全てを語っているような気がした。
「今になって? 今更になって? 止めに来た? 助けに来た? あの娘が死んで? 遅すぎたってわかって?」
路地に響く、御坂への罵倒。それが何よりも、なによりも、目の前の彼女の心情を表した。
「――――――――フザけんな」
――――激情。ソレを表すかのように、銀色のヒトガタが形を変え、身体のありとあらゆるところから、刃を、トゲを、ありとあらゆる『殺意』を生やした。より鋭く、より凶悪に、獲物を刻む存在へと変貌したヒトガタは、下半身の形だけを流動化させると、水面をまるで泳ぐかのように地面の上を俊敏に蠢いた。
「死ぃ、ねええええええええぇぇぇっ!!」
ヒトガタは他には目もくれず、一直線に御坂の方へと突進した。とっさに電撃を飛ばすも、機敏に動くヒトガタに一発も当たらない。
「や、ば……!」
思わず身構えるも、その前に滑り込むように立ちはだかった影があった。
「お姉様に、手出しはさせませんわ!」
白井が近場の車のドアをテレポートさせ、御坂の前にバリケードとして置く。あまりに突然に生じた障壁に、方向転換の出来なかったヒトガタがドアにぶつかり、再びその形状を崩れさせる。そこにさらに襲い掛かる者がいた。
「でぇいっ!!」
空中から躍りかかった佐天が、開放したARMSで液体窒素の斬撃を叩き込む。いくら能力に操られていても、所詮は『液体』。絶対零度に近い極低温ではたちまち凝固し、その動きを停止させた。
「っ、ぐ! この…………!! ――――ッ?!」
懐からナイフを取り出し、戦闘を継続しようとしていた少女の動きが、一瞬で止まる。目を向けると、上条に抱き留められたままの食蜂が、懐のリモコンで彼女を指していた。
「……なんだか、アンタもドリーに関係あるみたいね」
「…………っ!」
「……だったらさ、お願いだから、アンタも、食蜂もさ…………」
彼女の睨みを受けながら御坂は歩み寄り――――――その頭を下げた。
「……ドリーの『妹』を助けるのに、力貸してくれない?」
◇ ◇ ◇
「あー…………やっぱり警策君じゃ勝てなかったね……」
画面の中、高空から撮られた彼女らの映像を見ながら老人が呟く。その後ろでは、多くの研究員が施設内のめぼしい資料を運び出すため慌ただしく動き続けていた。
「ま、ここの資料も順調に運び出せそうだし、彼女らが来るなら最後に興味深い実験が出来そうだし……これならワシらにとって十分にプラスになりそうだね」
そう呟く老人。禿げ上がった頭に、悪魔のような頭脳を収めた男。古くは木山春生を、テレスティーナ=木原=ライフラインを、地獄へと叩き落した張本人。
「キース君の提唱した――『ARMSによる能力者の人工進化』。たっぷり見せてもらうとしようか。ひょひょひょ」
老人の名は、木原幻生。学園都市で『最悪』をぶっちぎる、屈指のマッドサイエンティストだった。
接触編、終了。そして木原のクソジジイ登場。嫌なフラグが立ってます。
原作読んでいくと、食蜂は当初『妹達』の事を知らず、実験が上条に潰された前後で知った様子でした。知ってたら彼女ら全員もドリーの『妹』なので、動いていた可能性もあったんですよね……
唐突にネタ。
インデックス「思い描きなさい!思わぬハプニングでとうまの胸に顔を埋めてしまったみさきちを!嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて、だけどもとうまの服をギュッとつかんだみさきちを!」
佐天「みさきちに萌えるか、上条さんに殺意持つかはご自由にってこと?」