とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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佐天がいると、結構色々なところが変わっていきます……



043 潜入―スニ―キング―

 

「――――……あなた達、『オリジナル』と『バンダースナッチ』ね」

「「え?」」

 

 スキルアウトを追って入った廃ビルの中で出会った、白衣の少女はそう言った。二人には目の前の少女に、面識など一切ない。それでも言われた単語が、些か聞き捨てならない代物だった。

 

(……なんで『バンダースナッチ』の名前を?)

 

 佐天の中に宿るARMSの名前を知る相手は、それほど多くは無い。学園都市の書庫(バンク)にも『武器変化(ARMS)』という名称で登録してあるし、そちらから調べるのは不可能だ。それに一緒にいる御坂の方を見て呟いた単語も単語だ。

 

「…………『オリジナル』?」

 

 自分に向けて投げかけられた単語を、御坂が反芻する。都市伝説であったはずの『レベル5クローン計画』。それを調べていた矢先のこの邂逅。そして、御坂を指した『オリジナル』の単語。彼女の中で疑念が一本に繋がろうとしていた。

 

「アンタ、あの噂について知ってんの!?」

 

 そう叫んで詰め寄っていく御坂の脳天に――――カバンが縦に落とされた。

 

「はぐッ!!?」

 

 いきなりの衝撃に蹲る御坂の頭上から、白衣の少女の言葉が響く。

 

「……貴女たちは、中学生。私、高校生。長幼の序は守りなさい。In brief,タメ口禁止」

 

 そう言って胸を張る少女に、横から見ていた佐天は何となく悟った。目の前の人は、こっちが退かないと、延々と話が通じないヒトだと。そう結論付けたため、隣の御坂がこれ以上目の前の少女の機嫌を損ねない内に割って入ることにした。

 

「今それどころじゃ――」

「まー、まー、御坂さん! とりあえず抑えて抑えて!」

「っ、なんでよ、佐天さん! コイツ、今明らかに何か知ってる風だったじゃない!!」

「確かに気になりますけど、この先輩の言うことも一理あるんだし、ここはこっちが退きましょうよ! 話が先に進みませんし!」

 

 そう言って何とかかんとか御坂を抑えるのに成功すると、改めて白衣の少女に向き直った。

 

「お願いします、先輩。さっき御坂さんに向けて言った『オリジナル』って言葉の意味、教えて貰えないでしょうか!」

 

 そう言って頭を下げる。それをじっと見ていた少女は、少しだけ間を空け、やがて口を開いた。

 

「…………貴女を『バンダースナッチ』と呼んだことについては、いいのかしら?」

「えっと……正直知りたくないって言ったら嘘になります。けど、急がなきゃいけないのは、御坂さんの方なんじゃないかって思うんです。お願いです、教えてください!」

 

 ただひたすら頭を下げる佐天の姿に、やがて隣にいた御坂も黙って頭を下げた。しばらくの間、沈黙だけが部屋の中を支配した。

 

 やがて、白衣の少女の口から、は、とわずかに溜息が漏れた。

 

「……今の私の権限じゃ全容を把握しているわけでもないわ。私が関わっていた頃と比べれば、研究の目的も内容も変わってしまっている。でも、一つ教えてあげられるとすれば、私が過去に研究協力を行ったとある製薬会社が関わっているということだけよ。…………そこから辿れば、まだ『糸』は切れていないかも知れない」

 

 そうして教えられた製薬会社の名前を記憶し、御坂と共に佐天はその部屋を後にすることにした。すぐさま今聞いた製薬会社について初春に調べてもらわなければならないからだ。

 

 二人が去ったビルの一室で、白衣の少女――布束砥信は、そっと部屋に置かれていた机の引き出しから一束の書類を取り出した。

 

(……本当は、ここでこの書類を彼女らに見せてしまえば、彼女たちは全てを知ったかもしれない。けど、それも無理ね)

 

 布束は『オリジナル』と『バンダースナッチ』の性能(スペック)を、データ上では知っていた。けれど、駄目だ。あの性能(スペック)シートのデータからは、とても『計画』を潰せるとは思えなかった。

 

 なぜならこの『計画』に今もっとも深くかかわり、中心となっている人物は、学園都市の頂点なのだから。

 

「(あのコたちが不用意に『計画』を追いかけ、結果として無関係の警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の耳目を集めれば、『計画』を間接的に潰せる可能性が高まる。これは、一種の賭けね)……せめて、最後まで『第一位』に捕まらないことを祈ってあげるわ」

 

 そう言って持っていた書類の端に火を点け、部屋から退散する。金属製のデスクの上で、端から燃え落ち、この世から消えていく書類の一番上。最後の最後に燃え落ちた書類の表題(タイトル)は――――『量産型能力者計画』と銘打たれていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『えっと、つまりは『樋口製薬』という会社の過去の研究を洗えばいいんですね?』

「うん、初春お願い!」

 

 先程のビルから少し離れたネット接続可能な公衆電話の中。佐天は自分の携帯で177支部に残っていた初春に連絡を取っていた。布束から聞いた製薬会社を調べるためだ。

 

「ゴメンね、佐天さん、初春さん。それで黒子はちゃんと寮に戻ってくれた?」

『はい、最後まで渋りましたけど。『寮監への誤魔化しはやっておきますので、お姉様はどうかご自分のなさりたいように』だそうです』

「白井さんには悪いことしちゃいましたね。それで、インデックスは?」

『姫神さんが、下宿先の先生にお願いするって言ってましたよ。今晩は佐天さんが戻れるかどうか分からないので、そちらに泊まるそうです。上条さんはそっちに合流したかったみたいですが、もし研究所に潜入するってなったら人数を絞った方がいいので、今日のところは帰ってもらいました』

「……姫神さんにも、お礼言わないとなー」

 

 そうして待つこと数分、電話の間も調べ続けていた御坂と初春がついに目的の情報にヒットした。

 

「――あった! さっきのアイツの名前は、布束砥信。長点上機学園の3年生! 幼少期から生物学的精神医学の分野で頭角を現し、その関係で『山下大学附属病院』や『樋口製薬・第7薬学研究センター』での研究機関を経て、本校に復学、ってなってる」

『こっちも見つかりました。確かに樋口製薬では一時期外部から年少の研究員を二名(・・)招聘しています。その招聘先が、今御坂さんが言っていた『第7薬学研究センター』ですね』

 

 御坂が探っていたのは、長点上機学園の教師用の学生名簿。ネット端末セキュリティはBとそれなりに高いものだが、『電撃使い(エレクトロマスター)』の頂点に位置する御坂には大した障害でも無い。そして、初春が探っていたのは製薬会社内の研究テーマと人員の出入り。布束が製薬会社の専任研究員であろうと、外部研究員であろうと、データ上にはきちんと残っている可能性があったのだ。もちろん製薬会社の重要機密情報に当たるため、外部の人間が気軽に見られるものでも無い。

 

「そっかー……でも、二人(・・)? 布束先輩の他に誰か招かれてたの?」

『あっ…………はい』

 

 佐天の言葉に、初春は一度言葉を詰まらせた。やがて彼女の中で決心がついたのか、その名前を告げた。

 

『研究センターのデータに記載された名前は――――――キース・グレイです』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それからしばらく後。佐天と御坂の姿は、件の『樋口製薬・第7薬学研究センター』の内部にあった。

 

「(ったく、セキュリティのオンパレードじゃない)」

「(それは仕方ないですよ、御坂さん。ここって一応、企業の中でも機密性の高い研究を行う研究所みたいですから)」

「(分かってはいるけどねー……)」

 

 監視カメラや警備ロボットに注意しつつ、廊下の片隅の暗がりで小声でやり取りを交わす。御坂によるハッキングの結果、怪しいのは電源が来ているのに、他部署とネットワークでつながっていない研究スペースであると判明した。

 

「(なら、行きましょうか、御坂さん。ユーゴーさんや、バンちゃんが調べて欲しいって言ってた内容から言っても、ここは黒の可能性高いですし)」

「(……私まだ、その内容聞いても半信半疑なんだけど……二人が頼んだのって、研究所で取引されるブドウ糖やらカルシウムやら特定物質の出納記録よね? なんでそれで、この研究所が怪しいってことになるのよ?)」

 

 佐天が初春に頼んだのは、カルシウムやナトリウム、アンモニアなど特定物質の取引記録だった。中でもブドウ糖などは医療用の薬液の形が多かったが、それでもあくまで『表』に出てきているもの。企業の裏帳簿などではないために、はるかにセキュリティレベルも低いものだった。

 

「(二人曰く、『人間は(かすみ)で出来てるわけじゃない』だそうですよ)」

 

 人間とは、多種多様な元素の集合体だ。一般的な男性の構成成分は、水35リットル、炭素20kg……などと列挙することが可能である。しかしそれらの元素は決して元素そのままの姿で存在しているわけではなく、何らかのイオンや化合物として、肉体に留まるにふさわしい形で存在している。これが『栄養素』であるわけだ。

 

『人間を人工的に形成しようと思ったらね、必ずクローン元の細胞を、大量の栄養素で培養する必要が出てくるわ。たとえ乳幼児までで培養促進をやめて、そこからは栄養素の経口摂取に切り替えたとしても、初期は同じよ』

『乳幼児であっても、身体を形成する栄養素は膨大で、誤魔化すことは難しいんです。エグリゴリでも、表向きの研究内容をつけた上で、表側の企業取引で堂々と入手していました。もっともエグリゴリ自体が異業種企業の複合企業体(コングロマリット)で、ほとんど内部取引でしたから、外部から調べるのは難しかったですが』

 

 エグリゴリで生み出された天才児を母体とするARMSと、同じくエグリゴリの無菌室で生まれ育った超能力者。だからこそ、二人は企業が取引する栄養素の『材料』に目を付けた。企業内で精製しようが薬液同士を混合しようが、企業が必要とした栄養素の()だけは誤魔化せない。

 

「(初春の調べによれば、布束先輩の招聘と前後して、一般的な女子中学生なら数人分の『栄養素』がこの研究センターに納品されています。それが多分……)」

「(成程ね……)」

 

 納得し、二人そろって暗がりから身を起こす。セキュリティは電子機器によるもの。後は内部の警備員だけ何とかやり過ごそう、と考えていた時だった。

 

 突如として、施設内に警報が鳴り響いた。

 

「ッ、なに!? 私たちなんかヘマした!?」

「マズッ、御坂さん、行きましょう!」

 

 警報が鳴り響いたことで二人揃って動揺したが、見つかるようなことをした覚えもないので、この混乱に乗じる方向で切り替える。警備員がこの警報の大元を探るために、人員を割く必要が出るからだ。

 

 そうして御坂の能力で監視カメラを無効化しつつ、問題の研究スペースへとたどり着いた。

 

「……ネットワークが繋がってないのに、研究機器は全部生きてるわね」

「床に埃も積もってないですし、機器も同様……清掃も行き届いてますよ」

 

 研究機器の奥に備え付けられたガラス窓から内部を覗く。今いる場所は中二階に設けられた研究機器の設置場所のようなところで、ガラス窓から見える天井の高い一室には、人間が(・・・)入れるほどの(・・・・・・)培養器が置かれていた。

 

「………………」

 

 培養器を見てわずかに歯噛みした後、御坂は近くの機器からデータをさらって行く。やがて、消去されていたデータの復元が終わり、この研究スペースで行われた研究計画が、メインモニターに映し出された。

 

 

 計画名は、『超電磁砲量産(レディオノイズ)計画』――『妹達(シスターズ)』といった。

 




とうとう布束が関わった初期の計画が明らかに。キース・グレイがどう関わったかは、次回ですね。

バンダースナッチとユーゴーの頼み事。人間を培養するなら、当然元になる栄養素は誤魔化しようがないんですよね。単純な元素で購入して、タンパク質や脂質に加工するにも限界ありますし。加工をすっ飛ばして、両手をパァン!と合わせて錬成出来たりはしません(笑)

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