とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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新年最初の投稿になります!



第三部 再誕編
041 糸口―マネーカード―


 

 ピピッ、と特徴的な音を立てて、施設を区切る近代的な電子施錠(ロック)が解除されていく。完全に開錠され、シュッと空気が抜けるような音がすると、開いたドアの隙間からボディアーマーを着込んだ金属の四肢を持つ兵隊が飛び込んだ。

 

 施設中央、部屋の中心部で煙を出し続ける閃光弾の名残を横目に、彼ら『黒犬部隊(グリム)』の面々は、どこにも人気のない研究施設の完全制圧に成功していた。

 

「…………とはいえ、一足遅かったみたいだな。(やっこ)さん、既に消えた後だ」

『――構わんよ。私もとうに想定していた事態だ』

 

 部屋の入り口付近でこの部隊の指揮官である木原数多が連絡を取る人物は、アレイスター=クロウリー。この学園都市を統べる権力の頂点にして、科学勢力の首魁と言える人物だ。

 

『それで、その研究施設に運び込まれていた謎の試料(サンプル)群の確保も芳しくないのかね? 都市内への搬入時には、『鉱物試料とするための隕石』であると記されていたが』

「地下に存在していた外部と隔絶した地下空間にも、既に部下が潜入済みだ。もっともサンプルの保管だけならあそこまで大げさな機器を取りそろえる訳がねえな」

『既に挙がっている見解からすると、まるで爆発寸前の火薬庫を保管するためであるかのような、制御・抑止用の機器が主だったようだな――』

 

 アレイスターが『黒犬部隊(グリム)』に潜入させ制圧した施設、それは今日の未明までキース・グレイに与えていた研究施設だった。キース・グレイは現在、元ローマ正教所属の錬金術師アウレオルス=イザードを殺害し、行方をくらましている。その為、アレイスターはそれを口実にキース・グレイの研究内容を手中に収めるべく行動へと移したのだ。もっとも、こう(・・)なることも半ば想定してはいたが。

 

『……まあ、彼の残したサンプルを得られないのは少々残念だが。大局としてはほぼ変化が無い。君らにはその施設から引き出せるだけのデータを引き出してもらった後、例の実験の監視に移ってもらいたい』

「……監視だけで、いいのかい? 例の実験には奴さんも顔を出してるって話だし、その場なら確保できるんじゃねえか?」

 

 木原が懸念したのは、アレイスターから示唆された『例の実験』の監視任務。実のところ、この研究施設の主を捕らえるのならば、その実験中を強襲するのが一番手っ取り早い。こともあろうにキース・グレイは行方をくらましておきながら、その実験には当初から(・・・・・・・・・・)かかわっており(・・・・・・・)、頻繁に実験にも顔を出していると言うのだ。施設を引き払っておきながら、午前中の実験も一時見学していったらしいので、今後もそうする公算が高い。

 

『強襲したところで、彼自身が空間系能力者である以上、逃走される可能性は高い。それにこちらが興味があるのは、彼の身柄でも能力でもなく、あくまで彼の研究テーマだ』

「ARMS――だったか。どこをどうすりゃ、炭素系有機生命と珪素系金属生命のハイブリッドなんて生み出せるんだか。確かに面白えテーマではあるな」

 

 アレイスターも学園都市も、未だにARMSを生み出すノウハウについては知り得ない。アザゼルと呼ばれる隕石から生み出すことは知っているが、そのアザゼルと思しき隕石をキース・グレイが片端から確保し続け、仮に横流しで奪っても、『空間移動(テレポート)』で奪い返されている。ARMSを生み出す過程は電子戦でのハッキングでも、滞空回線によるミクロ単位の監視でも得られていないと言うのだから徹底的だ。

 

 ……それでも、アレイスターにとって、これしきの事態ではまだまだ大局は揺らがないと確信する。

 

『……彼がこの先どう動くのか、静かに見せてもらうとしようじゃないか』

 

 フラスコに浮かぶ学園都市の頂点は、変わらず艶然と笑みを浮かべた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……駄目ですね」

 

 キース・グレイの施設への強襲があったちょうど同じ時刻、昼前の風紀委員(ジャッジメント)177支部にて。頭を花で彩った少女は、お手上げといった感じで画面に向けていた顔を上げた。

 

「上条さんの情報にあった都市伝説『レベル5クローン計画』は、ネット上ではそこそこ有名な話みたいですけど、それにつながる手がかりなんて見つかりませんよ」

「そうか……なにかある感じはしたんだけどな……」

 

 パソコンに向かっていた少女、初春の言葉を受けて、件の伝言を伝えた上条が嘆息する。彼が此処にいる理由は、本日の未明に起きた錬金術師の事件の際、正体不明の人物からの伝言を佐天に伝えに来た所、ここを待ち合わせの場所に指定された為。なお、インデックスまで付いて来た為、現在177支部のお茶請け用クッキーは絶滅の危機にあった。

 

「そもそもいきなり目の前でヒト一人殺害するような人物が、そんな怪しげな都市伝説をほのめかすと言う時点でおかしいですわね。聞き間違いの類ではありませんの?」

「いや、はっきりと言われた。それになんていうか、場の雰囲気がな……」

「嘘やデマの類とも思えなかった、か……」

 

 白井も御坂も、上条が聞き間違えたとは思っていない。だがそれにしても突拍子の無い話でもある。そのため多少懐疑的になるのも無理はないことだ。

 

「にしても、固法先輩がいない時で良かったよね。流石に殺人事件にかかわるような話、先輩まで巻き込みたくないし」

 

 佐天がそう嘯き、空の席を見やる。現在固法は支部の月間報告をまとめて本部に提出中。おかげで内緒話が出来るという訳だ。

 

「明らかに事件どころではありませんが……統括理事会と魔術師側の裏取引が考えられる以上、歯痒いですが、私たちに手出しできる範囲を超えてしまいますわ。誠に、歯痒いですが」

「あー……白井さん? だからって、個人で捕まえようとしないでくださいね? 組織性がみられ、オマケに規模が大きいことも加味すると、とてもじゃありませんが太刀打ちできませんよ」

 

 初春が諌めるが、正義感の強い白井にどこまで効果が見込めるか、非常に危ういところでもあった。そこまで話をしたところで、上条やインデックスに同行し、この支部に来たはいいが、それまで一度も口を開かなかった少女が、不意に口を開いた。

 

「……あの。」

 

 少女の名は、姫神秋沙。三沢塾にて起きた事件で、中心であった少女だ。

 

「あの人を。殺した人って。捕まえられるんでしょうか。」

「……正直、かなり難しいです。魔術勢力の事件に介入出来るほど、風紀委員(ジャッジメント)は――」

「初春! 何を言いますの!」

 

 彼女の疑問に弱気に答えた初春の言葉を、同じ風紀委員(ジャッジメント)である白井が遮った。そして、そのまま胸を張って言う。

 

「確かに組織として手を出すのは難しいかもしれませんの! それでも善悪を明らかにし、罪責を問うのも私たち風紀委員(ジャッジメント)の仕事ですわ! 今すぐには無理でも、何時かは必ず白日の下に晒して見せますの!!」

 

 それは、ある意味根拠の無い言葉だ。それでも、真実に立ち向かおうとする人はいる。その事実が、何より姫神には嬉しかった。

 

「……よろしく。お願いします。」

 

 彼女にとって、アウレオルスは確かに生命を奪おうとした相手だ。だけど、それと同時に自分を軟禁していた三沢塾を壊してくれた人間でもある。結局のところ、彼女にはアウレオルスを憎み切ることが出来なかった。だからこそ、彼を殺した人物が白日の下で裁かれることを望んでいた。

 

「モグモグモグ、大丈夫だよ、あいさ! かざりもくろこも、バクバクゴクン、皆すごく頼りになるから!!」

「その賞賛は素直に受け取っておきますが、まずは口の中の食べ物を飲み込んでからにしてほしいですの」

「あああああ……貰い物の高級クッキーが……」

 

 テーブルの上に散乱する、ゼリーのカップ、ケーキの包み紙、そして、クッキーの食べかす。ついに177支部のお茶請けは、インデックスの胃袋の前に全滅した。

 

「とにかくキース・グレイの居場所や、伝言の都市伝説のことは、こっちでも調べておきますね。何か意味があるんだろうし」

「そうね……その都市伝説については、私も少し気になるし」

 

 佐天の言葉に続けて、顔を曇らせたのは、御坂。レベル5。クローン。都市伝説。そこまで聞いたところで、彼女の心に蘇ったのは、まだ幼い日の掠れた記憶。

 

『――君の遺伝子情報があれば、筋ジストロフィに苦しむ子供たちが――――』

(………………まさか、ね)

 

 軽く首を振り、澱のような暗い懸念を振り払った。

 

「さて。ともあれ、私たちも午後には春上さんや枝先さんの収容先の病院へお見舞いに行かなければなりません。そろそろ片付けて撤収しますわよ」

「あ、そうですね、白井さん」

 

 そうしてそれぞれに食べかすや包み紙などを手分けして片付けだす。初春も立ち上げていた端末を落とし、席を立ちあがったところで、備え付けの電話が鳴り響いた。

 

「はい。風紀委員(ジャッジメント)177支部です。――――え?」

 

 この電話が、最初の糸口だった。時に事件は、思わぬ方向から動くこともある。

 

「――マネーカードの、落とし物?」

 




導入部分、終了。ようやく姫神、喋らせることが出来た……!もっとも今後の事件に関わりそうもないですがw

上条含め、絶対能力進化実験には、ここに集まったフルメンバー(姫神以外)で動くことになるかと。下手したら上条の遭遇と同時に、そげぶで終わりと言う難しい状況になりました(笑)

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