とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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さあ、ベルを鳴らせ。緞帳を上げよ。めくるめく舞台劇(ステージ)の、はじまりはじまり――



040 開幕―オープニング―

 

 『はじまり』は、いつだっただろう?

 

 この世のすべての物事には、必ず始点が存在する。それはどんな事柄であれ、物事であれ、欠かすことの出来ない要素だ。

 

「――そういう意味で言えば、君の『はじまり』は、禁書目録(インデックス)に出会い、そして『人間として助ける』ことを諦めた時点で、間違い(・・・)のはじまりだったのかも知れないね?」

「っ、が、ぐ、ぁあ……ああ…………」

 

 時間は8月8日の深夜。いや、既に翌日の9日に日付が変わった後。場所は学園都市でも珍しいマンモス予備校、三沢塾の最上階。その中で最も豪華な塾長の執務室。通常であれば何事もない塾の運営が話し合われる程度の部屋は、今現在明らかな異常事態に見舞われていた。

 

 まず、この塾を占拠していたアウレオルス=イザードと言う名の錬金術師が、塾そのものを魔術的な要塞と化し、外部からの攻撃を一切遮断する結界としてしまったこと。

 

 次に、件の錬金術師を確保すべく、イギリス清教第零聖堂区必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師であるステイル=マグヌスと、その案内役である上条当麻が潜入してきていたこと。

 

 最後に、アウレオルスの協力者であり、ここ三沢塾に長い間軟禁されていた『吸血殺し(ディープブラッド)』姫神秋沙が、先程逆上したアウレオルスに殺されかけ、上条の右手『幻想殺し(イマジンブレイカー)』で一命を取り留めたこと。

 

 どれもこれも異常を形作る要素ではあったが、今この時、現在進行形で起こっている異常事態にはどの事柄も及びもつかなかった。

 

 

 なにせ、姫神に攻撃したはずの錬金術師が、パラケルススの再来ともいえる天才アウレオルス=イザードが、百舌の早贄のように後ろから腹を突き破られているのだから。

 

 

「が、ぐ、おのれぇぇぇ、侵入者ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 激昂と共に、懐からまさぐった鍼を自分の首筋に突き刺す。その途端アウレオルスの腹を突き刺していた鋭利な刃は粉々になり、砂のように空気に散った。さらにアウレオルスは二本目の鍼を突き刺し、自身の腹の傷を再生させる。

 

「おや。僕もまだまだ甘いね。今の一撃ですべて終わらせるべきだったと言うのに」

 

 たった今、アウレオルスの腹を貫いた少年はこともなげに言う。異常な少年だった。顔立ちは西欧系。鮮やかなブロンドを持ち、それを後ろで束ねている。そして、何より異常なのは、その『左腕』。その腕は全体の色が鉛色に変わり、先程腹を突き刺した剣のような刃に変わっていたのだ。しかもそれが半ば折れたというのに、まるで意に介していない。眼前の少年、キース・グレイは、ただただ得体の知れない笑みを浮かべるだけだ。

 

(必然。目の前の容姿になどとらわれん。この少年こそが最大の敵性戦力だ!)

 

 もはやアウレオルスに、後ろのステイル達のことなど頭にない。目の前の少年は、『黄金錬成(アルス=マグナ)』によって魔城と化した三沢塾に難なく侵入し、気付く間もなく背中から貫いたのだ。誰が危険かなど一目瞭然だろう。

 

「――銃をこの手に。弾丸は魔弾。人間の反応を超える速度にて射出せよ!」

 

 アウレオルスが放ったのは、回避・防御不能の魔弾。彼が信頼を置く攻撃の一つ。侵入者の少年は、全く反応する事も、避けることも出来ず――。

 

 ――――ただ、その身体をすり抜ける(・・・・・)ように、弾丸が後ろのガラスに突き刺さる、という結果に終わった。

 

「な――――」

 

 なにが、起きたのか。分からない。理解できない。一瞬呆然としたアウレオルスは、巻き戻る窓ガラスを背に、笑みを深める少年の表情で我に返った。

 

「――! 直前の工程を再生! 数は一度で十二弾! 工程を再生し続け連続して射出せよ!!」

 

 前よりもはるかに超える魔弾の飽和射撃。これならば、大丈夫。確実に仕留められるであろう攻撃。さらに。

 

「圧死せよ! 焼死せよ! 凍死せよ! 轢死、感電死、斬首! ありとあらゆる死を以てその生命を停止させよ!」

 

 考え得る限りの死の宣告。避けようがない、防ぎようがない。目の前の少年には、死という絶対の結末が待っている。

 

 だと言うのに。

 

 キース・グレイは、静かに笑っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 『はじまり』は、いつだっただろう?

 

『――まもなく、全ては終わり、全ては始まる』

 

 キース・グレイの『はじまり』は、そんな言葉だった。それは、本来彼が知るはずもない言葉だった。何故ならその言葉は、自分のARMSに刻まれていただけで、自分が生まれてくるより以前の言葉だったから。

 

『見給え、この美しい光景を。雪と氷に閉ざされた、滅びゆく人類の文明の最期を。間もなくバンダースナッチはここに至り、この大樹と――『アザゼル―Ω』と一体となり、世界にはびこる人類という旧世代の種族を一掃するだろう。そしてその後にこそ真に進化した新たな種族、ARMSの歴史が始まる。素晴らしいとは思わないかね?』

 

 聴衆がいない中、その男の声は朗々と響き渡る。聞こえるのは、男の声。そして、轟々と吹き付ける極寒の吹雪のみ。

 

『――だが、その新たな世界において。バンダースナッチの中に巣食っているアリスの、あの愚かな娘の残滓は、正直不要なのだよ』

 

 そうして、その男の手が伸びる。自分(・・)に。生まれる前から共にあったARMSに。

 

『聞こえているか――――私の最後の息子よ』

 

 男がつかんだのは、円盤状の金属製器具。ARMSの研究の中で、いくつも試行錯誤され、進化していったもの――リミッター。

 

『お前は私が最後に生み出した、完全なる体細胞クローン。私自身(・・・)だ。そして、その横で眠っているコアもまた、『アザゼル―Ω』と我がARMSによって生み出された私自身(・・・)だ。『受精卵』と『ARMSコア』、ARMS移植者に必要な最低限の条件を満たしている』

 

 そこまで呟き男は、受精卵とARMSコアを内包するその特殊なリミッターを、解放の時を待つ『アザゼル―Ω』の根元へと取り付けた。

 

『バンダースナッチが融合し、アザゼルが変貌すれば封は自然と解けるだろう。お前はアザゼルによって肉体を形成し、内部からアリスの意志を引き裂き、バンダースナッチの主導権を握るのだ』

 

 そう言って、その男は――『進化』という妄執に取り憑かれたキース・ホワイトという愚かな男は、戦場へと旅立って行った。

 

『最後に……息子よ、お前のカラーネームは――――』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 死んだ。

 

 目の前の少年は、間違いなく死んだ。魔弾に四肢を引き裂かれ、押しつぶされ、焼けただれ、凍てつき、轢き潰され、雷に打たれ、首を討たれた。どれ一つとっても致命的であるはずだった。

 

 だと言うのに。

 

 キース・グレイは、静かに笑っていた。ただただ、静かに笑っていた。

 

 がくんと、アウレオルスの膝が落ちた。何を見ている?自分は一体何を見ている?目の前の存在は、一体なんだ(・・・・・)

 

 その心を表すように、罅が、広がっていく。何をしても死なない、悪夢のような少年の顔に、首に、腕に。

 

「――まちがい続きだったとは言え、中々の攻撃だったよ。素晴らしい”意志”が籠っていた」

 

 広がる。広がる。分からないもの、正体不明なもの。悪夢が。絶望が。

 

「だから――――これは、ご褒美だよ」

 

 目の前に現れたのは、何も見えない、何も分からない代物。ただただ”闇”が凝ったもの。辛うじてヒトのような輪郭を得ているもの。あってはならない、覗き込んではいけない、『深淵』そのもの。

 

(ああ――――そうか)

 

 だからか、アウレオルスは最後にすんなりと納得した。してしまえた。

 

(私は……やり方を間違えたのだな――――……)

 

 『深淵』に沈み込む前。最期に彼が想ったのは、救いたかった真っ白な少女の笑顔だった。

 

 誰も、動けなかった。誰も、分からなかった。目の前の存在は、なんなのか。どうして、アウレオルスが、目の前の暗闇のような輪郭に呑み込まれるように消えたのか。一切合切なんにも分からなかったのだ。

 

 

「アウレオルス=イザード、君のその意志とチカラ。キース・グレイと――――――我がARMS≪ハンプティ(・・・・・)ダンプティ(・・・・・)≫が、確かに頂いた」

 

 

 パチンと、指を鳴らす音がした。その途端、三沢塾を取り巻いていた違和感が雲散霧消した。アウレオルスが消えても、残り続けていた違和感が。目の前のヒト形の輪郭の軽い合図で。それはつまり、この場の主導権が誰に移ったか如実に示していた。

 

「――さて、上条当麻」

 

 だからか、上条は、目の前の存在に話しかけられた時、思わず肩を強張らせていた。背中に冷や汗を滴らせ、唾を飲み込んで。

 

「この場にいない佐天涙子に、伝言をお願いしたい。――――都市伝説『レベル5クローン計画』を追え、と」

 

 上条が呑んでいた息を再び吐き出せたのは、その言葉を最後にキース・グレイが去ってからしばらくしてのことだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 『はじまり』は、いつだっただろう?

 

 金属製のリノリウムを歩きながら、キース・グレイは自らに問う。

 

 この世界に意図せず来てしまって以来、キース・グレイは力を求め続けていた。妄執に囚われて生涯を終えた父が、自らに遺したアドバンストARMS≪ハンプティ・ダンプティ≫は、所詮父のARMSをアザゼルの断片に写し取った、コアのコピーに過ぎない。

 

 父から与えられた命令は、バンダースナッチと融合したアザゼルの乗っ取りであったが、事態がそんな風に遷移しなかった以上、守る道理も無い。

 

 だから。彼はこの世界で、父とは全く違う、自分の”道”を自分の”意志”で歩こうとしたのだ。そのために彼は、学園都市(このまち)にやって来た。

 

「――けれど、まさか君まで来ているとは思いもしなかったんだよ? バンダースナッチ」

 

 話しながら進めていた足を、不意に止める。そこは彼の保有する研究施設の奥の奥。彼以外誰一人立ち入れない場所の扉を、懐からだしたデータスティックで開いた。

 

 そこには、何も無かった。机の一つ、椅子の一つも無い場所で、キース・グレイはただ笑みを深める。そして、次の瞬間には、その場所から消失した。

 

 彼が次に現れたのは、先程の場所の数百メートル下。通路などなく、通風孔の一つも繋がっていない、ただ地底にあるだけの虚ろな空間。金属板に鋳込まれた電源によって、供給される電力だけが、この空間に繋がるもの。彼もまた、先程の部屋の座標から位置を計測しなければ正確に中に飛ぶことも出来ない場所。

 

 彼は、この日、この部屋での作業時以外、一度として点けたことのない電灯を点けた。

 

 

 その部屋には、いくつものケーブルに繋がれた、大小さまざまな『石』があった。

 

 

「――『はじまり』は、いつだっただろう? 僕の『はじまり』は、あの日だ。愚かな父によって生み出され、アザゼルと共に世界を渡ったあの日」

 

 カツカツと、硬質な音を立てて、彼は歩く。『石』の横を。全ての『はじまり』の近くを。

 

「では、ARMSの『はじまり』とは? 二つの世界で、なにが違ったのか? 簡単だよ、アレイスター。1946年、アリゾナ州で発掘された最初の『彼』に、サミュエル・ティリングハーストが、キース・ホワイトが、出会えたか、出会えなかったかだ」

 

 不意に、足を止める。そして彼は、周囲に語り掛ける。言葉はいらない。合図もいらない。響くは、『共振』。それのみが部屋いっぱいに、全ての『石』に伝わり、膨れ上がって、際限なく高まっていく。

 

 

「誰にも出会えず、この世界の各地で眠り続けた『彼』ら――――『アザゼル・アナザー』。『彼』らと、科学と魔術を取り込んだ僕。そして、佐天涙子とバンダースナッチ。そのすべてを、一つと成す。さあ、佐天涙子! ≪プログラム・新たなる母(アナザーアリス)≫、その本当の幕開けだよ。は、はは、はははははははは――――……!!」

 

 

 はじまる。『共振』は、『産声』に。『哄笑』は、『祝福』に。全ては、ここから始まるのだ。

 




黄金錬成編、終了。余りにもあっさりした終わりで、しかも姫神に至っては、一言も喋っていない……。ステイルも空気だしw
これにて第二部も終了。そしてここまでが、佐天にとってのプロローグ。

キース・グレイ。彼はホワイトが最後に生み出してアザゼルに仕掛けておいたスペアという存在です。巨大バンダースナッチが生まれてたら、中から奪い取る算段でした。もっともその後の育ちが『とある』の世界なので、ホワイトとはだいぶ性格が違います。他の兄弟同様、父は嫌悪してますし。コアと同じくらいの大きさの欠片なら世界を超えられるので、受精卵スタートです。

キース・グレイのARMSは大方の予想通り『神の卵』、≪ハンプティ・ダンプティ≫!コピー品でありながら、以前の能力にプラスして学園都市の能力者一万人分と、黄金錬成まで取り込んだチート仕様。ボスキャラに相応しい性能と相成りました。アナザー版のアザゼルもあるしねぇ……

次の第三部、時系列では妹達編となりますが、キース・グレイとの対決も同時進行で行われ、実質この物語の最終章となります。副題は、『再誕編』!乞うご期待!

最後に投稿予定について。正月は投稿できそうに無いので、次回投稿は1月9日か16日を予定しています。

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