――それは、今から45億年は昔の話。かつて地球と分かたれた星の”兄弟”が、再び地球に帰り着き、地球で生まれた『人類』の”意志”に惹かれる物語――。
『そんな”兄弟”を研究する目的で生まれたのが、『エグリゴリ』――巨大な軍産複合体を背景とする秘密結社で、様々な非人道的な実験を行ってきた最悪の組織よ』
バンダースナッチから明かされたそもそもの始まりに、その場に集まった皆が思わず溜息を漏らす。第二次世界大戦時には既に存在していた秘密結社。そこで研究されていた珪素系地球外生命体の話に、既にグロッキーになりかけていた。
「ウチの親が生まれるよりもはるか前に、そんな組織があったとか……」
「未だに学園都市でも地球外生命体の確認はされておりませんのよ? それを……」
「SF小説を読んでる気分です……」
「にしても、変わった名前の組織じゃない?」
「旧約聖書エノク書に出てくる堕天使の名前だよ。人間に禁断の知識と技術を授けた堕ちた天使」
なお、彼女らに説明するにあたりバンダースナッチは、かつてエグリゴリが存在した世界と、この学園都市が存在する世界が異なっていることは明かしていない。『言わなかった』だけではあるが、頭がパンクしかけている彼女らに一度に言っても混乱するだけだと考えていた。
『……皆さん、信じられないかも知れませんが、全て事実です』
『まあ、混乱は当然だと思うけど、まだ序の口よ。そんな組織の中で、ある日珪素系生命体を形成するナノマシンと人類を融合させた存在を生み出すと言う計画が持ち上がった。それこそが……』
ユーゴーの言葉を受け、再び語りだしたバンダースナッチが、一度言葉を切り、少しだけ息を整え、その言葉を呟いた。
『……プロジェクト・ARMS』
◇ ◇ ◇
「当初は、そんな言葉も無かったけどね。単純に人類の次なる進化とか、その可能性の模索として行われていたわけだ」
『成程……』
窓のないビルの中。ただモニターの明かりだけが周囲を照らす中、同じ内容をキース・グレイも語り続ける。彼の幼い外見も手伝って、それはまるでお気に入りの玩具を見せびらかすようにも見えた。
『そんな研究と実験の中で、珪素系生命である『アザゼル』の移植に成功した者がいたのだな。最初の成功者であり、特殊な投薬で脳細胞を肥大化させた人工的な天才児。当時の研究成果の結晶にして、後に続くすべての者たちの『母』と言えるわけだ』
「ふふ……上の兄弟たちにとっては、『呪い』かも知れないけどね」
キース・グレイはそう嘯く。其は、全てのARMSにとって、『母』であり運命を決定する『呪い』。後に続くすべてのARMSを産み落とした偉大な母――――『アリス』。
エグリゴリによって生み出された彼女は、同胞を喪う深い悲しみの中、アザゼルとの完全な融合を果たした。そしてすべてのARMSの前身となる『オリジナルARMS』を産み落としたのだ。そして、四つのオリジナルARMSは、アリスの子であると同時にアリスの一部でもあった。
互いに矛盾しきった四体のARMSと、それを移植された四人の少年少女。『日常』に戻るために、叩き込まれた『非日常』から這い上がって抜け出すために、エグリゴリという巨大組織と戦い続けた数か月。ただの伝聞として聞くアレイスター=クロウリーにとっても、壮大かつ圧巻の冒険譚と言えた。
そんな話の中、余りに軽く触れられた情報こそが、最も重要と言えた。
「――彼らオリジナルの四人の行く手を阻んだ者たちこそ、僕の兄弟たち。プロジェクト・ARMSの提唱者であり、全ての悲劇を生み出した父が、自らの遺伝子情報で生み出した忌み子……『キースシリーズ』だよ」
◇ ◇ ◇
「同一人物の体細胞クローンって……!」
キースシリーズの『正体』に、御坂が思わず立ち上がる。秘密結社がかつて行ったこととは言え、それは余りに人道的にも倫理的にも逸脱した行い。彼女が嫌悪感を抱くのは無理も無かった。
『…………少なくとも、エグリゴリではそうした実験も当たり前のように行っていたんですよ。私もかつてエグリゴリによって生み出された
御坂をなだめつつ、ユーゴーが告げる。サイボーグ、遺伝子改造、薬物強化。ありとあらゆる手段を使って、エグリゴリは人間という存在そのものをズタズタに斬り刻んだ。決して許してはならない組織、それがエグリゴリ。
『……話を続けるわ。エグリゴリの生み出した最高傑作であり、最高意思決定機関を兼務していたのが、さっき述べた『キースシリーズ』。長兄のキース・ブラックを筆頭に、シルバー、バイオレット、グリーンの四人が所属していたわ。他には移植には成功したけど幹部になれなかったレッドとか、組織を抜けて反エグリゴリ組織『ブルーメン』を立ち上げたブルーがいた。移植に耐えられず死亡した者もいたけど、シリーズに数えられるのはこの6人ね』
たったの6人。バンダースナッチが明かした情報によれば、キースシリーズはARMSの移植に成功しなければカラーネームを与えられない。つまり名前を得られないまま、番号で呼ばれたまま死んでいった子供たちは無数にいる。キースシリーズだけでこれなのだから、サイボーグや他の実験で死んでいった人々は本当に夥しい数に上るだろう。それだけの犠牲者を出して、出た結果がたった6人を生み出すこと。魔術が時に陰惨であることを知るインデックス以外の四人は、やり切れない思いを抱いていた。
『生みの親であるキース・ホワイトを含めると、カラーネームを持つ者は7人しかいないのよ。だからこそ、分からない。
その問いに、答える者はいなかった。
◇ ◇ ◇
沈黙が場を支配する中、やはりキース・グレイは答えない。あくまで問いを受け流すだけだ。
『……そもそも、君が私に接触してきたのは数年前のことだったな。ARMSの研究について当たり障りのないところまでを公開し、私に学園都市内での活動の自由を認めさせた』
「必要となる施設の手配や研究資金の提供、各地から資料を集めたりと言った細々したことまで世話になったからね。本当に感謝しているよ」
実際彼の研究は、学園都市に多大な利益を生み出してもいる。かつてエグリゴリで得られた人体への薬物投与の詳細な実験データや、神経系と機械部品の直接電気的接続など、人倫に反する覚悟が無ければ絶対に得られぬ技術が無数に与えられた。
その一方で、彼が行うARMSの研究についてだけは、アレイスターも詳細を知ることが出来なかったのだ。
『こちらに知られても構わぬ技術は湯水のように渡し、その一方で研究所内は完全にシャットアウトされ研究の仔細はおろか断片すらもつかめない。そうなると、君に直接尋ねるしかなくなるという訳だ』
アレイスターがキース・グレイの研究を知ろうとしたのは今に始まったことではない。空中に散布した『滞空回線』で内部を探ろうともしたが、研究所内に侵入した瞬間に反応が完全に消失した。だからこそ彼は、この状況に一石を投じる目的でこんな問いを投げかけているのだ。
「…………まあ、僕の計画も最後の準備が整えば、いよいよ最終段階だからね。これまで世話になったアレイスターになら、正体くらいは明かしてもいいよ」
そう言いつつも、グレイはその場で椅子にしていた器具から立ち上がる。それがいつものように彼がこの部屋から退出する仕草だと、アレイスターには分かった。
「ただ、まあ今この場では何も言わないでおこうかな。それよりも、これから起こる錬金術師の牙城での戦いを、よく見ておくようおすすめするよ。もしも介入するのならば、そこで少しだけ明かすつもりでいるから」
そう言ってキース・グレイは踵を返した。その背に、アレイスターはこの場における最後の問いを投げかけた。
『――最後に一つ、私が常々疑問に思っていたことについて、君の見解を教えてくれ。君の話したかつてエグリゴリの存在した世界とこの学園都市の存在する世界は、時代こそ十年前後のずれはあったが、
その問いは、キース・グレイの興を刺激したのか、歩んでいた足を止めさせた。そうして彼は口元に笑みを浮かべながら、最後の問いに答えた。
「愚問だね――――――――『出会えたか、出会えなかったか』。違いなど、それだけだよ」
その答えは、存在など跡形もなく消失した空間に、残響のように漂っていた。
次回は、恐らく黄金錬成本編。しかし、たった一話で終わりそうです。本編ではグレイの正体の一端が出てくる予定。
グレイの言う『出会えなかった』存在……実はARMS世界では最重要ともいえる存在です。ただ、『出会えなかった』だけだと言うのなら……?