とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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今回は、日付が重要です。時系列調べるのに苦労しました……



038 茶会―マッドティーパーティー―

 

 『乱雑開放(ポルターガイスト)』に関する一連の事件が終わり、長く昏睡していた生徒たちも目覚め、事件は一応のハッピーエンドを迎えた。もっとも主犯のテレスティーナは未だに警備員(アンチスキル)が手配した病院に意識不明のまま収容中であるし、全容解明にはもう少し時間がかかりそうではあった。

 

 ともあれ事件解決から数日経った8月7日、佐天はいつものメンバーと一緒にいつものファミレスでお茶をしに行くことになった。いつも通りの席に着く4人の中学生女子と一人のシスター。そしてそんな少女たちの輪の中に、本日は少々異質な人物が『二名』混ざっていた。

 

 一人は、柔らかな雰囲気を全体に纏わせた女性。二十代前半くらいの容姿に、一般的なブラウスにスカート。西欧人特有の白い肌と彫りの深い顔立ち、セミロングのブロンドを後ろで一度縛った髪型。全体的な雰囲気といい、その整った顔立ちといい、御坂や初春からすれば『大人の女性』のイメージそのままの人物と言えた。

 

 もう一人は、明らかにローティーンの少女。ギャザーやフリルの多いドレス姿ではあったが、色は『白』。髪は全体にウェーブがかかっており、顔立ちそのものは以前にも見た(・・・・・・)西洋人形のような整ったものだったが、雰囲気は全く違っていた。以前はもっと穏やかな印象だったにも関わらず、今現在目の前にいる少女は、どこか刺々しい印象を受けるのだ。

 

 そんな二人を連れてきた張本人であり、ここまで強引に質問を断ち切っていた佐天は、全員に飲み物が回って来たのを見ると、徐に口を開いた。

 

「……えっと、それじゃあ、何か質問がある人?」

「いや、質問っていうか、疑問しかないわよ」

「お姉様の言う通りですわ」

「アリスさん、今日は機嫌悪いんですか?」

「なんかこの二人、妙な違和感があるんだよ」

 

 途端に全員の言葉が佐天に集中した。まあ、断りも何もなく、いきなりお茶に見ず知らずの人間を連れてきたらこうなりそうなものだが。

 

 全員の追及に目を回す佐天に、白井が代表して、最初の疑問を解決することにした。

 

「そもそもこのお二人の紹介がまだですの。まずは自己紹介からではありませんこと?」

 

 それを聞いて佐天も「そうですね!」と元気よく返し、まずは、と女性の方から自己紹介することとなった。

 

『――以前皆さんには、お会いしてます(・・・・・・・)ね。改めて自己紹介します。私の名前は『ユーゴー・ギルバート』。以前出てきた時は、『”青”のアリス』を名乗っていました』

「「「「…………は?」」」」

 

 その言葉に、全員が頭の中を疑問符で一杯にする中、続いて傍らの少女が自己紹介を始めた。

 

『…………私は、『バンダースナッチ』よ。よろしくはしなくていいわ』

 

 二人そろって予想外の自己紹介。両方に一応面識があった御坂・白井・初春の三人は、ファミレスの窓がビリビリと震えるほどの大声で叫びを上げるのだった。

 

 一通り混乱が収まると、脱力してテーブルに突っ伏す御坂たち三人と、その横で何か考えているインデックスの姿があった。

 

「…………はは、はははは……」

「驚きすぎて、疲れましたの……」

「アリスさんがユーゴーさんで、バンダースナッチさんがアリスさんで……?」

「アリスにバンダースナッチ……やっぱりルイス・キャロルの創作物の概念を核としてるんだね。伝承をモチーフにする魔術に通ずるところがあるんだよ」

 

 四人がそれぞれの感想を口にする中、佐天が二人について一応の説明をした。朝になっていつものファミレスへ向かおうと身支度を整えていると、二人が佐天に話しかけてきた。ユーゴーの自己紹介には佐天も驚いたものの、以前の事件で関わった四人の友人には、一度ちゃんと顔を合わせて挨拶しておきたいという話を聞き、ここに連れてきたという訳だ。ちなみに二人の身体は、『精神感応(テレパス)』で形作った幻影である。

 

「でも、私だって意外でしたよ。”青”のアリスが実はこんな美人なおねーさんだったなんて」

『あ、ありがとうございます……』

『私を止めるためにアリスの外見を使っていたから、意外なのも無理はないわ』

 

 バンダースナッチはそんなことを言いながら、目の前に置かれた紅茶のティーカップの縁を軽く撫でる。もちろん実際には触れることも飲むことも出来ないから、そういう仕草をしているだけだ。

 

『まあ、貴女達は佐天涙子の事を心配してくれていたし……挨拶の一つもしておくのが礼儀かと思っただけよ。別に仲良くなるつもりもないわ』

 

 バンダースナッチの物言いに、思わずムッとする四人。中でも少々短気な御坂が口を開こうとした刹那、横合いから思わぬ攻撃が入った。

 

『そんなこと言って……本当は、佐天さんの友人に嫌われっぱなしなのも嫌だからって、出てきたんですよね』

 

 ユーゴーのそんな言葉に、バンダースナッチが思わず固まる。そして、必死になって反論した。

 

『ユーゴー・ギルバート、貴女なに出鱈目言ってるの?! わ、私は別にこんな奴らに嫌われたって――』

『え、でもどんな風に挨拶するか悩んでたじゃないですか。それに今だって、不器用にしか接することが出来なくて後悔していますよね。よく分かります』

『すぐに表層の思考を読むのをやめなさい! だから違うって!』

 

 真っ赤になって否定するバンダースナッチ。そんな様子に御坂たちは呆気にとられ、佐天は苦笑しながらも仲裁に乗り出した。

 

「まあまあ。ユーゴーさんも、バンちゃんもそこまでにしなって」

『待ちなさい、佐天涙子。その『バンちゃん』って言うのは、何かしら?』

 

 ぴたりと口論をやめ、佐天の方に向き直るバンダースナッチ。その視線を正面から受け止め、あっけらかんと言い募った。

 

「いやー、バンダースナッチって名前、やっぱり長いでしょ? それに人前で呼ぶと、ルイス・キャロルの小説そのままだし、ここは一つニックネームで呼ぼうかな!って」

『だからって、どんなネーミングセンスよ。即刻改めなさい。この私に相応しい威厳と畏怖を呼び起こさせる名前に!』

「えー、でもな~。良いの他に思いつかないし。デザイン的にもかわいい名前の方が合いそうだし。あの姿になってる時は本来の名前で呼ぶからいいでしょ?」

『これは、外で動くのにちょうどいい外見が無かっただけよ! 大体ちゃん付けって、私を『妹』かなにかと勘違いしてない?! 私が『姉』で、貴女が『妹』よ!』

『あれ? でもバンダースナッチって、約十年前に生み出されてますから、年齢的には『妹』ですよね?』

『ユーゴー・ギルバート! 貴女はまず、そのいらない所を追及する性格を改めなさい!』

 

 そのままぎゃーぎゃーと口論を続ける三者を見て、バンダースナッチに対しどこか緊張した気持ちだった御坂達は、肩から力が抜けていくのを感じるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その日、外が一切見えない科学機具の魔城において。『窓のないビル』と揶揄されるその場所において、学園都市の主たる統括理事長は、無機質なガラスの中から目の前の赤髪の神父に同じく無機質な視線を投げかけていた。

 

「――――では、『吸血殺し(ディープブラッド)』の件は、そのような形で?」

『ああ。その条件で頼みたい』

 

 赤髪の神父――ステイル=マグヌスは、目の前の人物から先程出された『条件』を訝しんだ。まさか人間的な心情でこのような条件が出されたとも考えにくいし、どんな意図があるのか理解しがたい条件だったのだ。

 

「上条当麻をホスト役に――そして、『佐天涙子』を今回の件に関わらせるな、という事ですね」

『そうだ。くれぐれも佐天涙子を巻き込まないように気を付けてくれ』

「……わかりました。では、失礼します」

 

 一応は了承の言葉を告げて神父が立ち去った後の、静謐な空間。突如として統括理事長は虚空へと呟いた。

 

『――これで良かったかね? キース・グレイ』

「……ああ。充分だよ」

 

 突如として暗闇から返事が返り、誰もいなかったはずのその場所から一人の少年が現れる。灰色のスーツを着こなし、天然のブロンドをひとくくりにする者。アレイスターの『客人(ゲスト)』、キース・グレイという少年だった。

 

『しかし、あのような条件を出したのはどんな意味があるのかな? 私にも内緒となると好奇心をそそられるね』

「いや何、彼女は先日大変な経験をしたばかりだからね。少しばかり休みを与えてあげようというだけだよ」

『ほお……』

 

 逆さまな視界の中で、アレイスターは考える。そんなわけはない、と。目の前のこの少年は、自分と同じ『実験』を粛々と遂行する『研究者』だ。ならばその行動に、意図が隠れていない訳がないのだ。

 

 

『それでは、今回の『吸血殺し(ディープブラッド)』の件……もしも稀少な能力者に損失の危機が迫った場合は、君がフォローに入る(・・・・・・・・・)と言う話は、一体どんな意図があるのかな?』

 

 

 そう言いながらも、アレイスターはある程度の確信を得ていた。恐らく佐天涙子を関わらせないのは、おまけに過ぎない。どちらかと言えば、自分が関わる形を作ることがこの少年の望みだと。

 

 もっとも目の前の少年は、答えることはなく、曖昧な笑みを浮かべるだけでもあった。

 

『…………まあ、それはいいだろう。こちらとしても稀少なサンプルが失われるのは損失だ。君の条件を呑むことに否は無い。その代わり、一つ私の疑問に答えてくれないか?』

「へえ……なんです?」

 

 お互いに、笑みを浮かべる者同士。だが、違う。この二人の笑みは違う。この二人の笑みは、互いに己が目的のため、いかなる犠牲をも許容した酷薄な笑み。その穏やかな顔の下には、獰猛かつ冷酷な牙が隠されている。

 

 その牙を今は出すことも無く、柔和とも言える笑みを浮かべたアレイスターは、この少年と出会ってから、ずっと抱いていたただ一つの疑問を口にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 場面は戻り、佐天たちのいるファミレスにて。口論の影響か少しくたびれた様子のバンダースナッチがテーブルに突っ伏していた。流石に弄りすぎたかとちょっぴり悪く思った佐天が慰めようと手を伸ばすと、バンダースナッチがぐりんと首だけを動かし、ゆっくりと姿勢を直した。

 

『まったくこんなことしてる場合じゃないのよ……こっちは大事な用事があったんだから』

「ん? バンちゃんの大事な用事って?」

『……その呼び方を変えさせることも重要になったけど。それより急いで警告しておきたいことがあったのよ。ここにいる中では、御坂や初春が顔を合わせたことがある『キース・グレイ』という人物について』

 

 キース・グレイ。それは『幻想御手(レベルアッパー)』事件で関わって来た謎の人物。そしてARMSの詳細な情報を知っていると思しき唯一の人物。そこまでは佐天も知っていた。

 しかし、『アリス』の絶望の一端を知った今、可能性として考えられることがあった。

 

「……もしかして、『アリス』の記憶にあった科学者とかに関わってるとか?」

『…………』

 

 佐天の推測通りなら、色々なことのつじつまが合う。そう考えればバンダースナッチが警戒するのも当然と言えた。

 

 しかし、だからこそ、沈黙の後に告げられたバンダースナッチの言葉は予想だにしない言葉だった。

 

『――――存在しないわ』

「え?」

『貴女の言う科学者の集団――エグリゴリの中に、『キースシリーズ』と呼ばれる者たちがいたけど、その中に『灰色(グレイ)』なんて名前(カラーネーム)、存在しない』

 

 その言葉にただただ場の空気が凍り付く。いないはずの人間。だけど彼は、確かにいた。

 

 

『キース・グレイ――――――君は、『誰』だ?』

 

キース・グレイ(アレ)は――――一体、『誰』なの?』

 

 

 違う場所、違う時間に呟かれた一つの疑問。その疑問を受けた一人の少年は、ただただ暗闇の中、口元に微笑みを浮かべるだけだった。

 




『乱雑開放』編エピローグと、『黄金錬成』編プロローグ終了!とは言え『黄金錬成』は佐天が関わりませんので、さらっと終わらせる予定です。ゴメンよ、姫神……。

バンダースナッチ改めバンちゃんは、ツンデレ。はっきり分かんだね。ジャバウォックも、今の価値基準から言うとツンデレですから!(力説)そして、ユーゴーは少し天然。

キースシリーズは、原作でもほとんど処分されていました。幹部に入れなかった者で生き残ったのはキース・レッドくらいですし、005記載の通り『十歳前後』のキースがいるはずがない。彼の正体と共に、この作品は一気に佳境へと突入します!

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