とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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このサブタイも、ある意味ARMSで一人を連想させるものですね



033 薔薇―ローズ―

 

 絶叫が、響き渡った。その絶叫を放つのは、白き滅びの獣、バンダースナッチ。だがその姿には常にある威圧感などどこにもなく、全身を駆け巡る苦しみに叫喚を上げる様は、余りに哀れなものだった。

 

 そんな姿を目にして、テレスティーナは予想以上の結末にほくそ笑む。

 

「は、ハハ、アーッハハハッ、ハハハハハ!! どうだよ、私が独自に入手した特殊弾頭『ヴェノム』の味は?」

 

 嘲笑を浮かべながら、駆動鎧(パワードスーツ)の脚を動かし、バンダースナッチの胴体を蹴り飛ばし、踏みつけにした。たったそれだけの衝撃で、バンダースナッチの強靭だった左腕がぼろりと崩れ、その断面から佐天の顔が浮かび上がった。

 

「アンタ……一体何したのよ……!」

「んー? おーおー、知りてえのか? 頭の足りねえ馬鹿な化け物でも、一丁前に知りてえのか? いいぜぇ、教えてやる。さっき撃ち込んだ弾頭は、ナノマシンで作られた特殊弾頭『ヴェノム』だ」

 

 地面に転がった薬莢を拾い上げ、佐天の顔面近くまで持って行く。佐天は何とか目の前の女に反撃しようと試みるが、身体全体に入った罅と猛烈な激痛で、顔を顰め身悶えるのが精一杯だった。

 

「コイツは他のナノマシンに撃ち込まれると一気に増殖し、浸食を始めごく小さなプログラムを発信する。そしてARMSを統括するコアチップに侵入し、人工知能プログラムを徹底的に破壊しちまうのさ。ARMS研究の第一人者が生み出した、ARMSを殺すコンピューターウイルス、それがこの『ヴェノム』よ」

 

 勝ち誇った笑みと共に薬莢を投げ捨て、佐天の顔面に蹴りを一発入れてから上からどく。視線の先には既に運搬用のカーゴを持ってきた駆動鎧(パワードスーツ)が控えていた。

 

「よし、撤収だ。別室のガキども収容したら、そこのARMSと超電磁砲(レールガン)も回収だ。ARMSの方は数時間もしないでくたばるだろうが、それまでにデータを少しは採取しないといけないからな。とっとと積み込め」

『了解』

 

 部下に指示を出し、部屋の壁側へと移動する。圧倒的な勝利。絶対的な優越感。胸を満たす心地よい感触に身を浸し、さらにはまもなくやって来る悲願達成の瞬間を思い浮かべて、振り向いた。床に這いつくばり、呪うように睨んでくるARMSと超電磁砲(レールガン)を視界に収めると、敗北を刻み付けるようにもう一度笑みを浮かべた。

 

 

 不意に、何の前触れもなく、ふ、と四人の姿が消えた。

 

 

「――――――――あ?」

 

 状況が理解できず、テレスティーナの口からそんな声が出た。視界をずらすと、彼らを回収する予定だった部下二人も固まっている。特に崩れかけたARMSの肩を掴んだところだった部下の一人は、その手の中にいたはずの標的を求めて虚空を両手で掻き分けている。光学迷彩のような透明化でもないようだ。

 

(幻覚系の能力でも、科学技術でも無えな…………第一)

 

 視界を再び後ろに戻すと、そこにはスピーカーを持たせた部下の一人が、相変わらず大音量で耳障りな高音を流している。キャパシティダウンに異常は見られない。とは言え、目の前からいきなり標的が消えるなど、能力以外考えられない現象だった。

 

(そういや、超電磁砲(レールガン)とコンビ組んでる奴は空間移動能力者(テレポーター)だったか。現場の状況を察して音に影響を受けない一瞬で全員を回収したとかか? ……だとすると、面倒くせえな)

 

 既に全員が回収されたのであれば、ここでモタモタしているメリットはない。その上、万が一警備員(アンチスキル)に連絡が行くと、ここに出張って来る可能性はあった。最終的に統括理事会から圧力をかければ問題ないとはいえ、手続きが煩雑になることは充分考えられた。

 

「……チッ。いないモンはしょうがねえ。残りの奴らでガキどもの収容・搬送を速やかに終わらせろ。回収に失敗したそこの二人は、どっかその辺で死んでろ。オラ、急げ!!」

 

 テレスティーナの怒声に従い、部下たちの駆動鎧(パワードスーツ)が忙しなく動き回り、次々と子供たちを収めたカプセル型ベッドを運び出していく。その扱い方は、およそ人間に対してのものではなく、正しく『物』として扱うやり方だった。

 

 そうして、その光景を、御坂と木山は、その部屋の壁際(・・・・・・・)で歯を食いしばりながら見ていた。

 

「――――ッ」

「ぐ、くそおっ!」

 

 思わず木山が罵声を出すも、どういう訳か、目の前のテレスティーナ達はこちらに気付かない。彼らはまるでこちらに気付かない。

 

『――――少しの間、静かにしていて下さい』

 

 木山を止めたのは、青い服を纏った小さな少女。彼女こそが、この不可思議な現象を引き起こした張本人。

 

「…………アンタ、”青”のアリスって言ったかしら? この現象って……」

『ええ。空間移動(テレポート)でも、光学迷彩でもありません。私たちがいないように見せかけ、彼ら全員の認識をずらしました(・・・・・・・・・)。その後は私たちを踏みつぶさないよう思考を少しだけ誘導して、網から抜け出したお医者さんの先生に、全員を壁まで移動してもらっただけです』

 

 つまり、彼女たち四人は、最初から一切動いてはいなかった。テレスティーナ達が御坂達を見失っただけで、変わらず佐天は肩を掴まれたままだったし、御坂も目の前に駆動鎧(パワードスーツ)が佇んだままだった。だと言うのに、目の前の少女はあそこにいる全員の認識をいとも簡単にずらし、こうして四人全員テレスティーナ達に収容される未来を事前に防いだ。並大抵の手腕ではない。

 

「……どうにかできないの? このまま黙って、あの子たちが連れ去られるのを見ているだけなんて――!」

『駄目です。バンダースナッチは撃ち込まれたナノマシンで完全に機能不全に陥っていますし、それにあの音はまだ鳴っています』

 

 視線を向けると、確かにキャパシティダウンは相変わらずスピーカーから流れっぱなしだ。オマケに用心したのか、護衛役に新たに駆動鎧(パワードスーツ)が二体付いている。

 

『能力なしにあのスピーカーを破壊するのは危険すぎますし、第一やった途端に向こうも私たちの存在に気づきます。虚空に向かって機銃の一斉掃射でもされたら、一溜まりもありませんよ』

 

 例え見えなくても存在さえ分かれば、向こうも攻撃に移るだろう。そう言われれば御坂にも返す言葉は無かった。

 

 ……約一時間後、子供たちがいなくなった部屋を見つめ、木山はただただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「…………また、なのか」

 

 彼女のその呟きは、とても微かで、感情が抜けきったかのように空虚なものだった。

 

「また、学園都市は、あの子たちを奪っていくのか……? あの子たちが、なにをしたって言うんだ…………!」

 

 ガラスに這わせていた手を拳の形に変え、力のまま叩きつけた。それも次第にやみ、やがて力が抜けたように膝を床につけた。後ろから見た彼女の肩は、震えているかのようだった。

 

『――まだ、終わりじゃありません』

 

 そう言い放ったのは、”青”のアリス。その視線の先、何も無かった部屋の中心に、突然二人の人物が現れた。言うまでもなく、風紀委員(ジャッジメント)177支部所属の空間移動能力者(テレポーター)、白井黒子と初春飾利。

 

「黒子ッ?!」

「お姉様、アリスさんから連絡を受けて応援に参りましたわ。まずは状況の確認から始めましょう!」

「佐天さん?! しっかりしてください、佐天さん!!」

 

 黒子が御坂へと駆け寄り、無事を確かめていると、その横を通り抜けて初春が佐天の傍へと駆け寄った。その佐天はバンダースナッチの姿のままで、今も苦し気に蠢き、地面に無数の爪痕を残していた。その叫び声も以前とは比べ物にならない程に、か細いものだった。

 

『白井さん達には、前もってある程度説明しておきました。至急子供たちの足取りを追って下さい。あのキャパシティダウンは脅威ですが、能力者ではない警備員(アンチスキル)と連絡を取り合えば対処自体は可能と思います。どうか皆さんで、あの子たちを取り返してください』

 

 そう言って、彼女はこの場にいる二人の『医者』と『教師』の方へと振り向いた。その顔には状況への焦燥も怒りも見受けられず、ただ己が意思を貫く強い瞳だけがあった。

 

『……先生には、佐天涙子のとりあえずの保護を。そして、木山先生には、御坂さん達について行ってもらいます』

 

 その言葉に木山春生は、ゆっくりと顔を上げる。その顔には困惑するような、意図を問うかのような色が浮かんでいた。

 

『木山先生、私には貴女がどれほど苦しいのか……よく、分かります。だけど、だからこそ言います。貴女が子供たちを、諦めないでください。足を止めなければ――――”意志”を、捨てなければ。未来は何時だって、”前”に進んだ先にあるものですから』

 

 アリスのその言葉に、木山は一度だけ顔を伏せ、肩を震わせた後、涙を振り切って立ち上がった。強い瞳。確かな”意志”を感じさせる瞳に、アリスは口元を緩ませた。

 

『……佐天涙子(かのじょ)のことは任せてください。私が必ず助けて見せますから――――』

 

 そう言ってアリスは佐天のちょうど頭の近くでその存在を霞ませ、やがて空気に溶けるようにいなくなった。

 

「…………彼女は、何者なんだ?」

「詳細は分かりませんが、悪い方ではありませんわ。以前も助けて下さいましたし、よくわからない能力をお持ちのようですし」

「……いや、黒子? 少なくともあの子の能力は、私たちにも分かる能力よ」

 

 そう言うのは、御坂。彼女はこれまで見た”青”のアリスの能力で、思い当たるものがあった。認識の誤認、距離が離れた相手への意思の伝達、そして木山春生の気持ちがわかると言った彼女の能力は――――

 

「――『精神感応(テレパス)』。それも相当高レベルの能力者よ」

 

 そう言う彼女の頭の中にあるのは、同じ常盤台に所属する精神系能力の最高峰。アリスは、彼女と比肩しうる存在ではないかという考えが、頭から離れなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、崩壊しかけたバンダースナッチの内面においては。一面の『猛吹雪』と『暴風』の中を佐天涙子が必死になって走っていた。

 

「あ~、もう! 早いとこウイルスとかって言うのを見つけないといけないのに! なんでこんな走りにくいのよーッ!!」

 

 彼女はずっと、バンダースナッチの内部を走り回っていた。体内に入り込んだというコンピューターウイルスを探すために。そして何とかそれを倒すために。そのためにあっちこっちに走り回ったのだが、視界は一面白一色。どっちが前なのかもわからない状態だった。

 

『――そっちじゃありませんよ』

 

 そんな彼女の目の前に、ほんのりと輝く一人の少女が舞い降りた。

 

「うわっ! えっと……?」

『私は”青”のアリスと言います。恐らく御坂さんたちから聞いているはずですが』

「あ! インデックスの時に助けてくれた子!? あの時は本当にありがとうね!」

 

 吹雪の中で声を届かせるために、半ば怒鳴るような声だったが、それでも彼女の感謝の気持ちを受け取り、アリスも口元を綻ばせる。

 

『今はそれよりも、こちらに。この先に、バンダースナッチの本当の真実があります』

「本当の、真実?」

『はい…………彼女が抱えてきた絶望が、悲嘆が。全てはこの先にあるのです』

「…………」

 

 指し示された先にあるのは、本当にわずかな光。その光こそがアリスの言う『本当の真実』なのだろう。

 

『……貴女には、進む以外の選択肢は無いのかも知れない。けれど、忘れないで。どんなに選択肢が乏しくても、道は一つしか無くても、最後に「進む」という選択をするのは、貴女自身の”意志”なのだという事を。だから、最後に尋ねます――――――――進みますか?』

 

 その問いに、佐天は一度瞑目し、しばらくそのままの姿勢で考え……やがて頷いた。その返答を受け取り、”青”のアリスは佐天の手を取り、光に向かって走り出した。

 

「う――――――――ッ!――――――――わぁあああぁあぁぁぁ?!」

 

 進んで行く途中で何か落ちるような感覚と、人間の脳神経に似た光景を見た気がしたが、それらは本当に一瞬だった。やがて佐天は、両脚が柔らかい地面を踏みしめる感触を感じ、知らず閉じていた瞼を精一杯こじ開けた。

 

「――――――――え?」

 

 佐天と”青”のアリスは、見たことも無い鮮やかな『青い薔薇』の園の中にいた。

 




前回のヴェノム投与から、いよいよバンダースナッチの内面世界へ。次回はジャバウォックとは違う彼女の絶望の話になります。

そして、”青”のアリスもいよいよ次回以降明らかに。まあ、前回と今回でほぼバレバレなんですが(笑)

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