とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

32 / 91
今回、佐天は原作御坂と別ルートへ。原作とのずれが徐々に徐々に……



031 嫌悪―ヘイトレッド―

 

 ――枝先(えださき)絆理(ばんり)。学園都市に幼い子供を預けた後、親権を持つ者が行方をくらました場合に生まれる身寄りのない子供、『置き去り(チャイルドエラー)』の一人。そして、木山春生の教え子であり、木原幻生の行った『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の被験者となった少女だ。

 

 春上が皆に告げた時折彼女の『声』が聞こえるという事実。そして、彼女の能力が受信専門の『精神感応(テレパス)』だったことから、話を聞いたテレスティーナや白井などは枝先が『乱雑開放(ポルターガイスト)』の原因ではないかと疑った。そのため、帰りのモノレールの中でも初春は白井と冷戦状態となっていた。

 

「…………」

「……あ、あのさー、初春? そろそろ機嫌治しなよ、ね?」

「だって! 白井さんは、春上さんの次に、その友達まで犯人扱いして! こんなの、とても納得できるわけ無いじゃないですか!」

 

 何とか初春の怒りを鎮火しようと佐天も頑張っているが、余り効果が無い。理屈は分かっても、心情的に納得できないようだ。

 

「別に私は、風紀委員(ジャッジメント)として、間違ったことを言った覚えはありませんわ。初春に理解されなかったとしても」

「……ッ!」

「ちょ、ちょっと! 白井さんまで火に油注ぐような発言、やめてください!」

 

 そりゃ風紀委員(ジャッジメント)としては、間違っていないのかも知れないが、わざわざ言ったら余計に感情的になると分かっている筈だ。このあたり、白井も少しばかり感情的になっているのかと、佐天は溜息の出る思いだった。

 

「佐天さんはどうなんですか! 佐天さんだって、枝先さんがそんなことするわけないって思いますよね?!」

「え? えーと……」

 

 佐天は少しばかり言葉に詰まる。果たしてここで、自分の推論を述べるべきか。というのも、佐天は春上と違い精神感応(テレパス)の能力者ではない。それなのに、何故か『声』が聞こえているという事実を話すべきかどうか。少しだけ迷うように答えに窮したが。

 

「……枝先さんが、今回の『乱雑開放(ポルターガイスト)』の『原因』なのは、間違いないと思う。だけど、『犯人』じゃない」

 

 結局は全てを話すことにした。その言葉からそう思う根拠として、一連の『乱雑開放(ポルターガイスト)』事件の前兆として聞こえる『声』についてを説明する。その『声』の内容と、そこから推測される事柄を全て。そうして一連の話を終えたところ……何故かジト目でこちらをにらむ三人がいた。

 

「「「………………」」」

「……え? な、なに?」

「…………佐天さん」

「は、はい!」

 

 とんでもない迫力を伴って投げられた御坂の言葉に、思わず背筋が伸びる。何というか有無を言わせぬ迫力があった。

 

「……つまり、佐天さんは、最初の『乱雑開放(ポルターガイスト)』の辺りから、その『声』が原因かもとは思っていたわけよね?」

「え? い、いやー、あの時は、正直何かの聞き間違いかなー、と……」

「しかし、その時点で『声』との何らかの因果関係は察してしかるべきでしょうに」

「は、はあ……」

「しかも『声』が助けを求めるものだって言うんなら、その『声』の主に何か異変が起こっているとも考えられたわけですよね……」

「…………」

 

 御坂、白井、初春と、ここまで話を聞いて佐天は察する。目の前の三人は、自分が秘密にしていたことに対して、かなりご立腹であると。

 

 それを裏付けるように、次の瞬間三人は同時に爆発した。

 

「なぁんで、それを早く言いませんのッ!! 初春、今の話が本当なら、枝先さんはあくまでSOSを求める要救助者の可能性が高いですわ。『乱雑開放(ポルターガイスト)』との因果関係はひとまず置いておいて、支部に戻り次第、彼女と他の被験者の収容先を確認。警備員(アンチスキル)にも応援要請を出し、至急身柄を確保ですわ」

「いえ、支部に戻る時間も惜しいです! 今このモノレール内から、辿れるだけの情報を辿ってみます! 助けを求めてたって言うんなら、急いで枝先さんを助けないといけませんから!」

「枝先さん達の収容先が分かったら、あの木山春生の所在も確認してくれない? AIM拡散力場との関係といい、今回の事件といい何かひっかかるのよ」

 

 忙しく動き出した三人の横で、佐天は少しだけ手持ち無沙汰な感じだった。とは言え、佐天自身もこのことに確証を持ったのはつい数時間前だったし、何よりテレスティーナという女性の前で、この推測を口にしたくなかったのだ。

 

(……あの女にあった時から、ARMSがほんの少しだけ震えてる。これは…………『嫌悪』?)

 

 そう。ARMSが、あの女性の何か(・・)に反応し続けている。何故かはわからないが、あのどこか無機質で爬虫類じみた瞳を見た瞬間から、ARMSはずっと一人の女性に最大限の警戒をしている。あの瞳は、まるで。

 

 飼育檻(ケージ)の中の、実験動物(モルモット)を見るような。

 

(……まさかね)

 

 自分の飛躍した考えに自嘲しても、不安は消えない。佐天の心の中に、漠然とした黒雲は残ったままだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 後日、風紀委員(ジャッジメント)177支部にて。初春の調査によれば、既に枝先を始めとするかつて人体実験の被験者となった少年少女は、搬送予定の各施設から他の施設に運ばれており、その後の足取りが不明。それどころか警備員(アンチスキル)に捕らわれたはずの木山もまた、既に保釈が成立して行方が分からなくなっていた。

 

 このあたりで、何故かテレスティーナと『先進状況救助隊』が出張って来て、木山の確保と被験者たちの発見も自分たちがやると言ってきた。初春経由でそれを知った佐天は、余計にテレスティーナへの警戒を強めたが、以前の『声』よりも確証の無い話なので、それを口にするのも憚られた。

 

 結局その日は177支部でも大した成果を上げられず、その場はお開きとなったわけだが。

 

「――――で? なーんで、お前さんは私の前にいるじゃんよ?」

「いやー、警備員(アンチスキル)の知り合いって、黄泉川先生しかいなくて……」

 

 ある高校の職員室。警備員(アンチスキル)の支部が併設されたその場所に、佐天は特別講習で知り合った黄泉川愛穂という警備員(アンチスキル)に会いに来ていた。黄泉川は一つ溜息を吐いた後、眼鏡をかけてオドオドしている同僚からお茶を受け取り、一口啜った後本題を口にする。

 

「……捜査情報はあまり口に出来ないが、あのテレスティーナは確かに怪しい。それでも現段階で実際の犯罪に手を染めているという確証も無い以上、手を出すわけにもいかないじゃんよ」

「それなら……木山先生の方については?」

「木山春生の保釈の件についてだな? そっちは確かに私らも掴んでいるが、それを部外者のお前さんに言う訳にもいかないじゃん」

 

 黄泉川の正論に、思わず歯噛みする。風紀委員(ジャッジメント)ならば分かるが、佐天は所詮一般の学生でしかない。完全な部外者であると言われても反論出来なかった。

 

「でも……今回の事件、木山先生も関わっているかも知れないんです。木山先生を保釈した人間が真犯人かも知れないですし。せめて木山先生を保釈した人が、何を目的として彼女の保釈金を支払ったのかとか分かりませんか?」

「…………そこまで心配する必要は無いと思うじゃんよ。保釈金を支払った人間は言えないが、あくまで人体実験の被験者を救うため、当時の研究内容についての意見聴取が目的らしい。人物的にも信頼できるし、純然たる医療目的じゃんよ」

「医療…………」

 

 そこまで聞いて佐天は思考を開始する。黄泉川先生からこれ以上詳しい情報を聞くのは不可能だろう。そうなると別ルートで木山先生の所在を調べる必要がある。医療と聞いて彼女の脳裏に、次に接触すべきカエル顔の医者の顔が浮かんだ。

 

「さ、そろそろ私も仕事に戻らなきゃな。被験者の子供たちが心配なのは私も分かったから、無事が確認できたら連絡してやるじゃんよ」

「――はい。わかりました」

 

 少しだけ生返事で返して、部屋を後にする。その足で向かうのは、第七学区のとある病院。いつも彼女が利用する主治医の元だった。

 

(……でも、どうやって聞き出せばいいんだろ?)

 

 病院に向かう道すがら、佐天はいつも世話になっている主治医の顔を思い浮かべる。あの先生は何より『医者』であるという事を本分としている以上、患者の情報などそうそう簡単に教えてくれないだろう。

 

「やっぱ、正面きって頼むしか――――ん?」

 

 そんな風に頭を悩ませていたところ、視界の奥に気になるものを見つけた。病院横の駐車場の角に差し掛かった時、駐車場の入り口を通った青いスポーツカーの助手席に、友人の姿が見えたのだ。

 

「御坂さん? それに…………」

 

 運転席側は影になって良く見えなかったが、何となく妙な雰囲気を感じ、駐車場の塀へと身を隠す。しばらく様子を窺うと、出てきた人物に驚愕することとなった。

 

「…………木山先生ッ!?」

 

 まさに探していた当人が目の前に現れ動揺したが、すぐにもう一度塀の影に身を潜めた。幸い見つかってはいないのか、車から降りた二人は、そのままカエル顔の先生の病院へと入っていった。

 

(……まさか、ここだったのかー。――――それに)

 

 塀の影から再度様子を窺う。木山先生が乗って来たスポーツカーのさらに奥。駐車場の入り口が見える角に、まるで隠れるように駐車した一台の車が目に入ったのだ。その車に刻印されたのは、『MAR』。『先進状況救助隊』の車だった。

 

(この分だと、御坂さん達を尾行してきたのかな? やっぱりきな臭いか……)

 

 救助隊なのに明らかな越権行為。佐天の視線はこれ以上ない程細められ、その右腕はわずかに『共振』してすらいた。

 

 これから起こる『戦い』を、予見するかのように。

 




迷探偵サテン、終了。佐天は見た目通りの中学生なので、足を使う捜査が基本です。進学校でお嬢様な白井や御坂みたいに成績も良くありませんし……もっとも『超電磁砲』なら交友関係が広いのも彼女ですが。

佐天がテレスティーナを警戒してる理由……彼女はエグリゴリの科学者どもと完全に同類なんですよね。そりゃARMSだって警戒します。正確には『中の人』がですが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。