夏休みのある日、初春は担任の大圄先生から学校に呼び出されていた。
「転校生ですか?」
「そうなんだ。実際の転入は二学期からなんだけどね」
呼び出しの用件は、二学期から転入してくる生徒がいるとのことだった。その生徒は初春が暮らす女子寮に入ることになっているので、現在二人部屋を一人で使っている初春の部屋に彼女を住まわせ、慣れない彼女の力になってやってほしいと言うのだ。
「わかりました。そういうことでしたら、引き受けます」
「頼むよ。それじゃあ紹介しようか。入っておいで」
大圄先生の合図と共に、一人の少女が部屋へと入って来た。その少女は色素の薄い茶髪を短く揃え、左側で一房まとめた髪型をしていた。全体的にのんびりとしていながら、どこか虚空を見ているような不思議な雰囲気の少女だった。
「『春上衿衣』さんだ。二人とも仲良くな」
「は、はい! 任せて下さい!」
自己紹介の前に、若干食い気味に了承した初春の様子に、少しばかり苦笑し、胸の前で右手をほんの少し握り締め、その少女は自分の名前を告げた。
「――春上衿衣なの。よろしくなの」
◇ ◇ ◇
「第十九学区からの転入生かー。でも、この時期に珍しくない?」
「普通は、新学期のはじまりに合わせそうなものですのにね」
「そうなの? 私は学校行ったことないから、分からないんだよ」
第七学区、学生寮が並び建つ通りを御坂、白井、インデックス、佐天の四人は歩いていた。初春の住む女子寮に、新学期からのクラスメート兼ルームメートが引っ越してくると言うので、今日は全員でその娘との顔合わせと引っ越しの手伝いだ。
「あー、それじゃインデックスは新学期から初の学校かー。確か、教会系神学校の留学特待生扱いなんだっけ。授業はどうなるの?」
「通常はどんな特待生でも高レベル能力者でも、一部分までは授業やカリキュラムを受ける必要がありますが……そのあたりの取り扱いについては、魔術師連中はなんと言ってましたの?」
「ステイルとかおりは、学園都市のカリキュラムで私に万が一でも能力が宿ると、身体的に不具合が出るかも知れないからくれぐれも出ないように、って言ってたんだよ」
「てことは、授業完全免除かー……ちょっと残念だったわね。新しいクラスメートと友達になれたかもしれないのに」
「大丈夫なんだよ。今はるいこやかざりに、みこともくろこもいるから寂しくないんだよ! それにとうまも、この間みこと達の学校で会ったまいかも友達なんだよ」
インデックスのその言葉に、御坂も白井も自然と頬を緩ませる。終始和やかな空気で一同は歩いていた。いつもならここで、佐天が明るく場を賑わすのだが……。
「……えっと、佐天さん? さっきからどうしたの?」
「少しばかり……いえ、ものすごく挙動不審ですわよ」
「るいこ……また悩み事?」
問われた佐天が何をしているかと言うと、何故か両手の拳を身体の前で軽く握り、所謂ファイティング・ポーズを取ったまま、あっちへ振り向き、こっちをにらみ、ババッっと音が出そうな勢いで周囲を警戒しているのだ。これを見れば、十人中十人何かあったと悟るくらいに。
(この間の奴ら……ずっと何もしてこないなんて、どういう事なの!?)
彼女がこうも挙動不審なのには、
もちろん彼女もそれに対し、何もしなかったわけではない。予め同居していたインデックスを上条の家に避難させた上で、再度の襲撃に備えていた。ネットで得た半端な知識で、寝込みを襲われないよう、ダミーを仕込んでベッドの下に眠ったり、釣り糸を買ってきて下手なりに罠を仕掛けたりもした。向こうからの襲撃を誘発させるため、一斉摘発が入って住人を極端に見かけなくなった第十学区まで行って、しばらく待ち伏せしたりもした。
それでも、何も起きなかったのだ。とは言え、油断させて襲ってくるかもしれないと思うと、佐天は一切気が抜けない。現状、彼女の精神は色々と限界だった。
「……はあ。まあ、いいわ。ちゃんと話してくれるまで、待つって決めたもんね」
「それでもこの不審な動きだけは、止めてほしいのですが……」
「まあ、るいこもその内飽きて止めるんだよ。それより早く、かざりの家に行こう!」
三人揃って、佐天のことは放っておくことになったようだ。そのまま歩くことしばし、やがて初春の住む女子寮が見え始めた。
「――あ! 佐天さーん!」
「……ん?」
女子寮の前でこちらへ呼びかける初春の声に、ようやく佐天は現実へと回帰した。
◇ ◇ ◇
初春の暮らすアパートの玄関前。そこでとりあえず互いの自己紹介が行われることになった。
「――えっと、春上衿衣さんです。で、こっちが常盤台中学の白井黒子さんと、その先輩の御坂美琴さん。それから私たちと同じクラスになる佐天涙子さんと、そのルームメートのインデックスさん」
「よろしく! て、それはいいんだけど――――どうしてこういう事になってるワケ?」
佐天が困惑したように、初春の部屋の玄関先で鎮座する物を見つめる。そこには大小さまざまな大きさの段ボール箱が山積みされていた。
「えぇと、その……春上さんを駅まで迎えに行っている時に、引っ越し屋さんが到着したって連絡が来て……」
玄関の鍵が閉まっていたので、やむなくその場に置いて行ったということだった。
「つーか、引っ越し屋も少しは考えればいいのにね」
「とにかく、どうにかしないと……」
「私はあんまり重い物は持てないんだよ」
とは言え、これを一つ一つ部屋に入れていくのは、さすがに骨だった。佐天自身は、ARMSもあるので力仕事はお手の物だが、割れ物もあるだろうし、何度も往復することになるだろう。
「――ハア。仕方ありませんわね」
一度嘆息し、白井が山積みされた箱へと手を伸ばす。ヒュパッと、軽い音がしてそこにあった段ボール箱がいくつか姿を消した。そのまま次々と白井が手を触れた箱が空間を飛び越え、室内へと転移する。
「――すごいの。『
一連の出来事を見ていた春上が呆然としたように声を上げる。それを聞き、白井が若干誇らしげに胸を張った。
「そりゃそうでしょうとも。私ほどのチカラを持った『
「ほー……」
「前も思ったけど、これって道教の縮地法かな? 確か記述が……」
自慢げにしている白井に春上とインデックスは感心しているが、作業をしなければいつまでも片付かない。その後全員で部屋へと入り、引っ越し荷物を次々と開け、家具のあちこちへと収納していった。全ての作業が終わったのは、それからしばらくの後だった。
「――ふぅ、こんなところかね」
佐天が最後の段ボール箱を畳んで一か所にまとめたところで、春上が改めてお礼を言った。
「皆さん、ありがとうございましたなの」
「気にしない、気にしない。それより、思ったより早く終わったし、どっか遊びに行こっか!」
御坂が言ったその一言に、佐天の表情が一瞬曇る。先日も警戒しながらとは言え遊びに行ったが、本当に大丈夫なのか。もう襲われたりしないのか。そして、なにより――――。
皆とは違って血に汚れた自分が、遊びに行ったりして、日常を楽しんでもいいのか。
そんな拘泥が彼女の中で渦巻き、咄嗟に御坂の言葉に答えることが出来なかった。だけど、本当に一瞬のこと。佐天が顔を上げると、佐天の反応より先に答えていた初春を、
「かざり、くろこ、後で合流するんだよー」
「あうううう……」
「しょぼくれてないで行きますわよ」
ぶんぶんと手を振るインデックスと、ショボンと落ち込んだ初春とそれを引きずる白井。その様子を見ていた春上がくすりと微笑んだ。それは本当に、平和な日常。
「ホラ、行きましょ」
ぽん、と叩かれた肩を見ると、いつの間にか後ろに回っていた御坂が佐天に笑いかけていた。きっちり待っているから、気にするなと言わんばかりに。
「――――ハイ!」
佐天が浮かべた笑み。それは事件後久しぶりの、向日葵のような笑みだった。
春上初登場回、終了です。今回で佐天の心情も少しだけ上向きになりました。気分が落ち込んでるときに、周りが普段通りで自然に明るくしてくれてると、上向きになることあるんですよね……逆に下向きになることもありますが。
作者が佐天を主人公にした理由の一つが、彼女の浮かべる向日葵のような満面の笑み。無能力者だとか、学園都市の様々な事情だとか、笑い飛ばしてくれるような彼女の笑顔は、彼女の魅力の一つだと思ってます。