『それ』が現れたことは、確実に学園都市へと波紋を投げかけた。第十学区の掃討作戦についていた
「おい、何だあれ……」
一人の隊員が気が付いたのは偶然だった。突然発生した轟々たる風の音に、ふと視線を投げてみると、今いる地点とそこまで離れていない路地に突如竜巻が発生したのだ。しかもその竜巻は、見る見るうちに辺りの物を巻き上げ、成長していく。
「スキルアウトの回収を急ぐじゃん! このままじゃ、あの竜巻の巻き添えになる!」
「で、でも有り得ませんよ!? さっきまで強風も一切吹いてなかったのに!」
その呟きに全隊員が反応する。自然の竜巻ではない。ならばこの学園都市で有り得るのは……。
「……発生地点に何人か向かわせろ。能力者による無差別攻撃の可能性もある」
「了解。もし能力者なら、少しキツイお仕置きが必要じゃんよ」
そうして慌ただしく動き始める現場。その横で先程まで『ビッグスパイダー』の者たちの顛末を最後まで見届けた御坂は、天衝くほどに大きくなった竜巻を見つめ、呆然とした声を上げた。
「佐天さん……?」
竜巻と共に、成長し続ける『磁気嵐』。彼女だけに感じ取れるそれが、何よりも彼女の友人の存在を証明していた。
◇ ◇ ◇
「やべえな、オイ……」
一方そのころ、竜巻の根元ではその原因となった存在を見て、歯噛みする木原の姿があった。
(てっきり、あの『冷気発生』は変身してる時だけのもんだと思ってたが。こりゃあ、『情報源』が事前に情報を隠してやがったな……)
今回の襲撃にしても、統括理事会にある一定の情報が開示された為、その情報を元に編成したものだ。前提となる情報に齟齬があれば、襲撃自体おぼつかなくなる。
そのことは周囲の部下も良く分かっているのだろう。先程まで彼女を拘束していた『
「――よーし、お前ら。ちぃと予定は狂ったが、再度攻撃だ。今度こそ確実に女を捕らえろ」
上司のその命令に、部下たちが一斉に振り返る。そして、部下の一人が目の前の白髪の少女を指して言う。
「隊長! 見えていないんですか!? 俺達の同僚が簡単に凍らされたんですよ! 俺達で彼女を一時拘束しても、もう一度凍結させられたら終わりだ! こんなの自殺するようなもんじゃないですか!!」
その部下の瞳は、一瞬で氷像と化し、地面に倒れて粉々に砕けた同僚の死体にくぎ付けだった。その光景に削り取られた感情が刺激されたのだろう。他の部下もそいつのヒステリックな声に、一斉に同調する。
しかし木原はそんな空気を鼻で笑い飛ばす。分かっていないのは、お前らの方だと。
「んー、わかってねえな。ここで突っ込まなかったら、後でお前らは電源永久に切られてお陀仏だ。後で確実に死ぬのと、今攻撃して生きる可能性残すのと、どっちがいいんだ、つー話だ」
その言葉に、全員が一瞬立ち尽くす。彼らは一度死んだ人間だ。手足が1ミリも動かない身体でベッドの上で腐っていたか、戦場で、事故現場で日光を浴びて腐っていたかの違いはあるが。
再度訪れようとしている『死』の恐怖に、全員が覚悟を決めた。回収すべき少女のデータは、全員が全てを読んだ。あの『能力』じみたものは、極めて特殊な『ナノマシン』によるものだ。ならばやり様はある。
『レトリバーより秘匿通信で、全員へ伝達。上層部から支給された『超振動ナイフ』は、先程対象にも有効だった。そのナイフを軸に攻撃を組み立てることを上申する』
『こちらハスキー。それだけでは、現在発生している竜巻で被害が拡大することが予想される。確実に意識を奪い、ナノマシンの停止を促すため、高電圧の『
『狙撃班所属、プードルより各員へ。狙撃班は竜巻の影響を考え、距離を詰めて配置に着いたわ。万一を考え、手足を撃ち抜いて捕獲しましょう』
各部隊員の通信はそれで済んだ。その後の連絡も全て、脳内に直接インプラントされた通信用端末で行い、目配せも合図もなく再度の攻撃は始まった。
「おーし! ホラ、いけえ!」
後ろからかかるそんな声を無視して、全員が四方八方に散らばり、頭上から、地面すれすれから、背後から、まるで一つの生き物のように一斉に襲い掛かった。
「――――くす」
ほんの少し漏れた微笑とともに、『超振動ナイフ』で襲い掛かった二名が顔面を砕かれた。その傷口からは、急速に凍らされたために一滴の血も出ない。科学の粋を集めた襲撃者への反撃は、なんてことの無いただの『平手打ち』。ただそれだけで、触れた箇所が凍り付き、ガラスのように砕けたのだ。
「――ッ! 撃て、撃てぇっ!!」
この光景に『
「無駄よ」
切り捨てるような言葉と共に、白い少女はただ一歩前へと踏み出す。それだけですべての弾丸は、まるで彼女を避けるかのように外れた。
「は……?」
『
もっとも、予想していた者もいた。
「あー……やっぱ、そうか」
木原は部下に聞こえないよう、小さく嘆息する。目の前の少女について、彼が一つだけ抱いていた懸念が現実となったからだ。
そもそもの疑念は、自分たちの前に馬場と言う少年がロボットを使って彼女を襲った時だった。あの時、襲ったロボットは猟犬型と昆虫型の二種類。猟犬型の大きなロボットならば避けるのも可能だろうが、昆虫型の小型ロボットとなると、避けるためにはそれを認識しなければ無理だ。だと言うのに、あの時この少女は後ろからの攻撃も確実に避けていた。
答えは、一つ。彼女はあの時、周囲に広がる『目』を持っていたという事。あの時と、現在の共通点はただ一つ。あの時は足元で僅かに渦巻くにとどめ、今は『竜巻』にまで成長した『つむじ風』だ。
閲覧出来た、彼女の個人データ。そして現在の状況。学園都市で、『
「面白え答えを出しやがったな、バケモン……差し詰め『
今目の前で起こっている現象は、彼女の中で眠り続けていた『
そして彼女の能力は、『感知』の頂点。恐らく『
まあ、だから、仮説が正しければ、周囲360°どこから攻撃されても、迎撃さえ間に合えば攻撃は通じないということだろう。今もなお彼女へ通じない攻撃を繰り返しては、身体の一部や胴体を砕かれ悲鳴を上げる部下を見ながら、木原は溜息を吐いていた。
(駄目だな、こりゃあ……)
現場の
唇を歪ませながら、部下へと『最後』の指示を出した。
「――――全員、一斉に突っ込め」
その指示に、一瞬部下は躊躇した。今なお攻撃が通じないのに、なぜそんな指示なのか。もっとも躊躇は一瞬のことで、生命を握られた愚かな黒犬は、指示の通りに一斉攻撃を仕掛けた。
「なんのつもりかしら?」
捨て身の特攻も、通じなければ意味も無い。そう言わんばかりに、白い少女は襲撃者全員を一瞬で凍り付かせた。そして、視線を指示を出した木原に向け、少しだけ目を瞠った。そいつの手に、押し込み式のボタンが付いた端末が握られていたから。
「まあ、こういうつもりだ」
ボタンとともに、少女の周りの襲撃者が一度に『起爆』した。さらに周囲のビルからも、同様の爆発音が響く。潜んでいた狙撃班も、区別なく爆破されたのだ。
「じゃあな、バケモン。その『
「! 待ちなさい!!」
周囲の爆風を氷雪の竜巻が引き裂く。中からは爆炎に焙られたと言うのに、全くの無傷な少女が出てきた。もっともその白磁のような皮膚には全体に『霜』が降りており、まるで雪の中から生まれ落ちたかのようだった。
既にいない人影を探して周囲を見回し、溜息を吐いた。咄嗟に空気を凍てつかせて『防御膜』にしたは良いが、全くの失敗だった。爆炎は防げたが、その後動きが固くて追うことが出来なかったのだから。
近づいてくる
「泣いても、叫んでも…………ARMSを宿す貴方は、その時点でいくつもの屍の上に立っているのよ。
風が一つ、彼女の髪を撫でる。その風が吹くに任せ、空を見上げた。
「――――――――……変えられる、『人間』なんて、いるわけないじゃない。『
白い雪が一片、空へと舞い上がっていった。
黒犬部隊、終了!やっぱ雑魚キャラにしかならなかった……。スプリガンの機械化小隊(マシンナーズプラトゥーン)とか大好きなのにwちなみに一番好きなボーは書く機会が無いww
佐天の能力は、木原数多が命名した『空力探査(エアロソナー)』。能力規模は、ARMSの能力増強ありで『大能力者(レベル4)』相当。周囲にばら撒いた気流に触れた物体の動きや速度などを感知します。将来的には、散布したナノマシンで得られるデータと組み合わせて、更に詳細な分析まで可能になる予定……。多分そこまで書きませんが。
能力の元ネタは、『HUNTER×HUNTER』の応用版四大行、『円(エン)』。オーラを空気に変えただけですが、一般人でしかない佐天にどうしても感知系能力が必要だったので、採用となりました。