とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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原作とほぼ同じところは一気に飛ばし……さあ、始まります!



017 記憶―メモリー―

 

 第七学区のとある病院。面会時間の過ぎた夜、ある病室から、そろりそろり、と出ていこうとする人影があった。病院内で用いられる患者衣ではなく、ラフな街着を纏ったその少女は、病室の扉を後ろ手に閉め、誰とはなしに呟いた。

 

「スイマセン、先生。全部終わったら戻ってきますから――」

「何が全部終わるんですの?」

「――うひゃい!?」

 

 突然予想もしていなかった返答を投げかけられて、奇声を上げながら飛び上がった。少女が目を向けると、廊下のベンチに見知った顔が三人、揃っていた。

 

「なにか、様子がおかしいと思いましたら……」

「昨日の今日で、黙って抜け出そうなんて、いい度胸してるわね? 佐天さん」

「どこ行く気なんですか? 佐天さん」

 

 白井黒子、御坂美琴、初春飾利。病室から抜け出そうとした、佐天涙子のかけがえのない友人がそろい踏みだった。

 

「あ、はは、ははは……」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「学園都市外の『能力者』か……」

 

 三人がかりの詰問で、数日前に起こった『魔術師』を名乗る炎使いの神父との顛末を話した佐天。三人は『魔術』なんていうオカルトは信じていなかったが、外で能力を開発した集団が使った別名だろうと解釈して、起こった事件については信じてくれた。その上で、全員でその事件の解決のため、動こうとしてくれている。

 

「その、佐天さんが崩壊させたという学生男子寮なら存じてますわ。初春」

「はい。確かに佐天さんが話してくれた日付で、アパートの崩壊が一時期事件として取りざたされています。……ただし、その後すぐに、『ガス爆発』による事故と処理され、以降この事故の再調査は、禁止されています」

「やっぱり、かあ……」

 

 佐天にとってみれば、それは別におかしいことではなかった。本来あれだけの崩壊を引き起こした自分は、病院収容中に身柄を拘束、そのまま施設送りになっていてもおかしくなかったはずだ。それなのに、今もこうして自由であるということは。

 

「それで、初春、その再調査を禁止したのは、どこなの?」

「えっと、統括理事会の権限によるものですね……」

「それはまた、随分と大物ですわね」

「向こうは組織を匂わせる発言だったのよね? てことは、学園都市の上層部とつながりでもあるのかしら」

「いや、つながりどころか、多分『取引』だと思います……」

 

 本来学園都市内部に、都市外から侵入者が入ってくること自体有り得ない。その上インデックスは、お世辞にもそうした裏工作に長けている感じには見えなかった。考えられるのは、あの二人は堂々とこの学園都市に入ってきた『客人』なんだろう。恐らく、あの二人に関わる『事件』を統括理事会が黙認する密約まであるのだ。

 

「それで結局、佐天さんは、あのインデックスの件で出かけようとしてたのよね」

「ええ……なんでもあの後、別の奴にインデックスを預かってた人が襲われたみたいで」

 

 昼間の内に、男子寮崩壊の時に交換していた連絡先に連絡してみたところ、本人ではなく彼の担任を名乗る女性が出た。詳しく話を聞いてみると、上条は未だ意識不明で、インデックスは何故か無事のまま彼の看病をしているという。ちなみに逃走の時に斬られた背中も今は治ったとのことだった。

 

「なんでさっさとインデックスを連れて行かないのかしら……?」

「そこなんですよね。なんでわざわざ時間を空けたのか、全くわからないんです」

「組織のしがらみかもしれませんわよ」

「あ、着きましたよ。ここがその小萌先生のご自宅です」

 

 着いたのは、何と言うか貧乏な独身男性が住んでいそうなボロいアパート。少しばかり困惑しつつ、その中の一室の呼び鈴を鳴らした。

 

『こもえは留守なんだよ。せーるす、お断り、なんだよ?』

「インデックスね? 開けてちょうだい」

『るいこ!?』

 

 ガチャガチャというチェーンを外す音の後、扉が開いて中から変わらない様子のインデックスが出てきた。

 

「インデックス……元気になってホント良かった……」

「るいここそ大丈夫?! あの時るいこは戦ってくれたけど、魔術師相手に素人が戦ったりなんかしちゃ本当はダメなんだよ!」

「佐天さんか? よくここが――――」

 

 インデックスの後ろから、上条さんが顔を出した途端、後ろで待っていた御坂さんが硬直した。

 

「あー! アンタは!」

「ん? ってビリビリ!? 何でお前がここに!」

「ビリビリって、言うなあぁぁぁぁっ!!」

 

 ……そこで初めて、インデックスを保護していたのが上条さんだと伝えていなかったことに気が付いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 意識を取り戻していた上条さんによれば、インデックスは完全記憶能力を持っており、その記憶の中に十万三千冊の『魔道書』を保有しており、その負担で一年おきに記憶を消さなければならないと言う。『魔術師』たちが退いたのは、最後の別れをさせるためだと言うのだ。そして、その期限は、『今夜』らしい。

 

「…………」

 

 話を全部聞いて、佐天はやりきれなかった。インデックスが脳の85%をそんな本に圧迫されているなんてことも、そのせいで記憶を消さなきゃならないなんてことも、全部。

 

 インデックスも、これらの事情は『忘れていた』のか初めて聞いたようで、ずっと俯いていた。動いているのは、何処かに連絡している白井さんと、何か調べている御坂さんと初春だけだった。

 

「――そろそろ別れの挨拶はすんだかい?」

 

 佐天とインデックスが動けない中、遂に時間が来たのか、以前出会った二人の魔術師が現れた。赤髪の神父はステイル・マグヌス、黒髪の方は神裂火織というらしく、どちらも過去にインデックスの友人だったことがあるらしかった。

 

 インデックスは何も語らず、ただ二人の魔術師の後に従おうと――

 

「アンタたちね? 1年ごとに記憶を消さなきゃいけないなんて、ホラ話信じてた奴らって」

 

 御坂の言葉が全てを切り裂いた。

 

「なにを――私たちがどんな思いで!」

「人間の脳味噌は、高々本の内容を十万も二十万も詰め込んだくらいでパンクなんてしないわよ。それがどんなに分厚くて内容が濃い書物だってね」

「そもそも人間の脳は生涯全ての出来事を記憶したとしても、丸々140年分の記憶が可能ですわ。その上最新の脳医学では、『知識』と『経験』の記憶は入れ物そのものが異なるとされています。『知識』の書物で、『経験』の記憶が圧迫されることなんて有り得ませんわ。完全記憶能力者の症例も、医学界にはちゃんと存在しますの。初春、出せますわね?」

「はい、同一の症例に関する医学論文と、後は『高齢』の完全記憶能力者の管理するブログです。中には70代の人もいるみたいですね。もちろんこれらの人達は、一度も記憶を消す処置なんて受けてません」

 

 全ての前提が、覆った瞬間だった。

 

「……………………そんな、ハズはない。現にインデックスは前の時も1年の期限が来るにつれ、頭痛をこらえ、苦しんでいた! あの症状が幻だったとでも言うつもりか!?」

 

 確かに、ステイルが言うそれは事実なのだろう。けど、それが記憶のせいだとは限らない。

 

「……もしかして、『魔術』?」

「学園都市にも精神系能力者がいるし、その最高峰が常盤台にいるけど、そいつはやろうと思えば、予め仕込んでおいたタネを、特定のタイミングや時間差で発動させることが出来たわ。その類だと思えば、別に珍しくもない能力よ」

 

 つまり1年の期限は、魔術で設定されたもの。彼女はイギリス清教の所属で、魔道書は爆弾や兵器のようなものという話だったから、保有しているソレを逃がさないようにするのが教会の判断だったのだろう。記憶消去の処置は教会の人間が行うらしいから、必ず1年ごとに教会に戻させるための足かせだったのだ。

 

 ……そこまで論破され、二人の魔術師が呆然とする中、インデックスが突如青白い顔をして倒れた。

 

「インデックス?! くそっ、しっかりしろ!」

「……! どけ、能力者! 彼女はもう限界だ。今記憶を消しておけば、とりあえず(・・・・・)命は助けることが出来る」

 

 インデックスを抱き留めた上条に、ステイルが詰め寄る。その言葉を聞いたとき、遂に彼が吼えた。

 

とりあえず(・・・・・)……? いい加減にしやがれ、魔術師! お前はインデックスを助けたかったんじゃねえのかよ!」

 

 その言葉に、動こうとしていたステイルの動きが止まる。動けない。動けるはずは無かった。彼自身、かつてはそうだったのだから。

 

「俺達はインデックスを助ける! その気が無いなら、黙ってみてろ!」

 

 そう言って、彼女を地面に横たえ、右手で髪をかき上げる。髪は冷や汗で額に張り付いていた。

 

「御坂! お前が言ってた、時限式の能力だか魔術だかってどこに仕掛けられてるんだ!?」

「え? うーん、精神系の能力者なら、脳ね。そうでなくても、これだけ頭痛を訴えてるんだから、多分頭のどっかだと――」

「さっきから頭をあちこち触ってるけど何の反応も無いんだ。頭に仕掛けられてるなら、これで壊せるはずなんだけど」

「は? 壊せるってなに? もしかして、アンタのその変な右手のこと?」

 

 その言葉に、上条は頷き、右手を前に差し出した。

 

「俺の生まれつきの能力なんだ。この右手で触れさえすれば、『神様の奇跡』ですら打ち消せる。能力だろうが、魔術だろうが、所詮ただの異能だからな」

「「「「………………」」」」

 

 それを聞いた学園都市の住人は、全員が絶句した。この少年の能力は、学園都市中の能力者にとって、完全なる上位にある。レベル判定など意味なく打ち消せるというのであれば、切り札(ジョーカー)とでも言うべき能力。

 

「とうま……」

 

 上条が魔術の痕跡を探す中、朦朧とした意識の中で、インデックスがうっすらと目を開け、呟いた。

 

「忘れたく、ないんだよ…………とうまの事も、るいこの事も……もう一回会えたみことも、かざりも、それに…………」

 

 言葉の途中で、二人の魔術師を見る。

 

「わたしが、忘れちゃって……すごく悲しませちゃった、二人の事も……二度も(・・・)忘れたく、ないんだよ……」

 

 その言葉に、神裂は、持っていた日本刀をバキリと音が鳴るほど握り締め、ステイルは口元の火のついた煙草を握りつぶした。そんな中、インデックスを離れた位置から見ていた初春が叫んだ。

 

「上条さん! 今インデックスの口の中に、何か光るものが見えました!」

 

 その言葉に、全員がインデックスを振り返る。そうか、『口』。確かにそこも脳に近い。普段隠す目的なら、確かに理にかなった場所だ。

 

「インデックス。少し口を開けてくれる?」

「ん…………あー……」

 

 開かれた口の中。上あご、喉の辺り。確かにそこに、文字とも紋様ともつかない模様が浮かんでいた。少し我慢してくれ、と断って、上条がそこへと指先を伸ばす。

 

 バギン(・・・)、と言う音は、戦いの号砲だった。

 

 風が捲き、力が唸る。禍々しい光がインデックスへとまとわりつき、空中に浮かび上がらせた。

 

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum(禁書目録)の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認」

 

 少女の瞳は、得体の知れない何かに縛られ、その声は無機質で機械的。それは明らかな異常の顕現。

 

「再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能。現状、十万三千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 記憶に縛られた一人の少女を救う戦いが、始まった。

 




と、言うわけで、神裂戦を丸々飛ばして、一気に『首輪』戦です!初めて見た時は、その結末といい、衝撃受けたなあ……

ちなみに超電磁砲側の四人がいるから楽だと思った読者様、禁書目録編は『ハードモード(ムズイ)』だと言っておきましょう。およそ本来は起きなかったことが起きます。ちなみに今のところ、一方通行編が『ルナティック(地獄級)』になる予定……

来週の投稿なんですが、またもや土日返上出勤。ストックが間に合えば投稿しますが、もしかしたら再来週かもしれません。

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