とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

17 / 91
半年もほっといて申し訳ありませんでした!

連載作品の一つが完結したので、こちらを投稿します!


016 親友―ベストフレンド―

――力が、欲しいか?

 

 ……イヤ、私は…………

 

――力が、欲しいのなら……

 

 …………私は、力なんて……

 

――”力”が欲しいなら、くれてやろう!

 

 ……”力”なんて、いらないっ!!

 

 ◇ ◇ ◇

 

 暗い路地裏、辺りに立ち込めた淀んだ空気。そして、下卑た笑みを浮かべる少年たち。そんなあまりにも場違いな場所に、現在の佐天はいた。その場にいることが場違いなら、彼女の衣服もまた場違い。なにせ身に纏っているのは病院で用いられるガウンタイプの患者衣一枚で、下着も何もつけていないのだから。

 

「なあなあ、お嬢ちゃん。随分寒そうな格好だな」

「……」

「なんなら今からオレらの行きつけのトコ行かね? あったまるぜ?」

「…………」

「まあ、お嬢ちゃんは食われちゃうかもしれねえけどな! ぎゃはは!」

「………………」

 

 反応は、無い。どんな下卑た言動にも、今の彼女は反応しない。そんな彼女の様子にふといぶかしんだように、一人の少年が手を伸ばした。

 

「オイオイ、怖くて声も出ねえんじゃ――――」

 

 肩に置かれたその手を、少女の細い右手が、ふと掴んだ。

 

「――あん?」

 

 次第に、その右手に力がこもっていく。最初は少女にしては少し強いくらいの力だったが、徐々に、徐々に肩を掴んでいた少年の顔に動揺が浮かんでいく。

 

「――っ――――お、おい? 一体なに――――ぎゃああああ?!」

 

 べきり、と乾いた音を立てて、少年の手首が砕かれた(・・・・)。転げまわる少年の姿を、少女はただ冷たく見下ろしている。

 

 たちまち場が、殺気立つ。今までタダの獲物でしかなかった少女を、周りの少年全員が、その手に武器を持ち、一斉に襲い掛かった。

 

 ……それからしばらく後、辺り一面に鉄臭い匂いと、ひっひっとしゃくり上げるような僅かな呼吸音、そしてぴちゃぴちゃと滴が落ちる音だけが残っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 血にまみれた患者衣に頓着せず、佐天涙子はぺたぺたと病院のスリッパで路地裏を歩いていた。

 

「………………」

 

 その視線がふと、自分の脇腹へと下がる。そこには衣服の下から今なお広がる、赤いシミが存在していた。先程の少年の一人に、脇腹を『刺された』のだ。

 

 

 だというのに、目の前の傷口は蒸気のような煙を上げ、今まさにその痕を消そうとしていた。

 

 

「ははっ…………」

 

 不意に口から洩れるのは、空虚な笑い声。だって目の前の傷口は、あのカエル顔の医者(せんせい)の言葉を証明していて。

 

 ――君の身体には、現在ありとあらゆる場所に、ナノマシンが散らばっている

 

「ははは……」

 

 ――このナノマシンが、君の身に起きた数々の変身能力の根源だとは分かっている。問題はそこからだ

 

「あははは」

 

 ――ナノマシンは、心臓はおろか、脳の一部にも擬態して潜んでいる。そして現在の僕の技術では、すべてのナノマシンの除去は出来ない

 

「あはは、はははは」

 

 ――…………すまない、佐天君

 

「っ―――」

 

 ――君を治すことが、出来ない…………

 

「あはははははははははははははははははは!」

 

 哄笑は、やがて、辺りに響く泣き声となった。笑いながら彼女は涙を流し、もう戻れぬ自分の身体を思った。欲しく、なかった。こんな力など、欲しくはなかった。自分が欲しかったのは、ただ…………

 

 

「佐天さんッ!!」

 

 

 後ろから、聞きたくなかった声が、響いた。

 

「佐天さん、探しましたよ! どうして病院から抜け出したりしたんですか!!」

 

 彼女が助かったことは、病室で目覚めた時、自分に付き添っていた御坂さんから聞いた。無事だったことは嬉しかったし、話もしたかった。でも、駄目だ。

 

 

 ――――自分は、もう人間じゃないのだから

 

 

「こっち向いて下さい、佐天さ――――」

「来ないで、初春ッ!!」

 

 決して振り向くことなく、拒絶の言葉を口にした。

 

「来ないで、絶対に来ちゃ駄目……」

「何を、言ってるんですか、佐天さん?」

「私は、『化け物』なの!!」

 

 そうだ、自分は化け物なんだ。もう彼女とは一緒にいちゃいけないんだ。

 

「笑っちゃうよね……私の身体、あんなにとんでもない戦いがあったのに、もう傷一つないんだよ?」

「……」

「さっきだって、路地にいた不良に刺されたのに、もう傷口もなければ、痛くもないの……それ位の化け物なの」

「…………」

「こんな、こんな身体を持った…………化け物、なんか、初春や、白井さんや、御坂さん、とは…………」

「………………」

 

 きっと、拒絶される。化け物、と拒まれる。親友だった初春から、そんな扱いを受けるのは、今の自分には耐えられない。だからこそ、佐天は自ら離れるつもりだった。もう関わらないつもりだった。しゃくり上げる喉も、鼻を啜る音も、流れてくる涙も、隠したつもりだった。

 

 

 ――――けれど。

 

 

「馬鹿じゃないんですか?」

 

 いきなりの罵倒とともに、左耳を引っ張られ、ぐるりと強制的に振り向かされた。

 

「い、痛っ!?」

「ほら、帰りますよ佐天さん。病院抜け出したことで、私も白井さんも、御坂さんだって、佐天さんのこと心配してたんですから」

「痛い、痛い! ちょ、ちょっと初春! なんで手じゃなくて、耳を引っ張ってるの!?」

 

 そのままズルズルと、路地を引っ張られる。その間一向に耳を放してくれないので、遂には悲しみじゃなく痛みで涙が出てきた。

 

「ちょっと初春! 人の話聞いてた?! 私は、人間じゃないんだって!!」

 

 その言葉にズンズンと進んでいた初春の足が、ピタリと止まった。

 

「――それが、どうしたって言うんですか?」

 

 それは、とんでもなく低い、初めて聞く初春の声。

 

「化け物だの、人間だの…………そんなどうでもいい『線引き』で、私たちが怖がるとでも思ったんですか!!?」

 

 初めて聞く、彼女の純粋な『怒り』だった。

 

「レベルだとか、能力だとか! 人間だとか、化け物だとか! そんなことで、私も皆も、友達を決めたりしません!!」

 

 その言葉は彼女の本当の本音だと分かった。そして、だからこそ。

 

 

「佐天さんは、何があったって、私の親友です!!」

 

 

 ――佐天(かのじょ)が、本当に言って欲しかった言葉だった。

 

「……っ、ぅ、ふ、ぇ…………」

 

 途端にしゃくり上げる少女と、その背中をあやすように叩く少女。路地にはしばらくの間、静かな泣き声だけが響いていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 病院に戻ってみると、散々だった。

 

 初春は佐天を見つけたはいいものの、連絡を入れ忘れたらしく、運よく戻っていた御坂と、携帯で連絡を受け空間移動(テレポート)で戻ってきた白井から、こっぴどく怒られた。佐天は病院を抜け出したことについて、初春は連絡を入れ忘れたことについてである。説教の間中、二人は病院の玄関先で正座して、怒鳴り声を聞くこととなった。

 

「――そろそろ戻ろっか、黒子」

「そうですわね、お姉様」

 

 一時間ほどしてようやく解放された時、二人の足の感覚は無かった。

 

「あ、足が~~……」

「あう、ううう……」

 

 足をもみほぐしながら立ち上がったが、それでも足元はフラフラとおぼつかなかった。

 

「自業自得よ。ホントに心配したんだから……」

「佐天さんについては、これから主治医の方からも有り難いお説教がありますの」

 

 目の前の二人に、慈悲は無かった。

 

 重い足取りをフラフラと動かしていると、横から肩を持ち上げられる感覚を持った。そこにいたのは、一緒に怒られ、一緒に泣いてくれた、掛け替えのない友達。

 

「――――アリガトね、初春」

 

 視線を外し、前へと向き直ったその瞳には、すでに迷いはなかった。

 




再開第一回は、佐天の『再起』!この話でようやく次回以降の『禁書目録』編に移れます。前回までの話、忘れてる人もたくさんいると思いますが……本当にスイマセンでした。

予定としては、この連載は、このままこの土曜連載の時間に持って来ようかな、と思ってます。ただ来週については、仕事の予定が入っているので、ストックの作成が間に合わなければ、次回更新は再来週に持越しですがw

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。