無口なレッドの世界旅行記   作:duyaku

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19 ジュースと火

カランカラン。

 

自動販売機が、音を立てて缶ジュースを吐き出す。空は雲に覆われ月を見ることもできず、辺りを照らすのは切れかけた街灯だけであった。時折風が強く吹き、寝間着を着ている綾瀬 夕映の肌は寒さ故に逆立つ。手で腕を擦りつつも、自販機から先程購入した缶ジュースを取り出す。冷えた缶ジュースを手に取り、夕映は「あたたかい」を押さなかったことを若干後悔した。

 

突然、雷が落ちる音が響く。この辺りは曇ってはいるが雨など降っていないのに、どこかでは頻繁に雷が落ちているようで、何度も大気を揺らす音が聞こえる。

 

早めに寮に戻ったほうがよさそうです……。

 

不思議な天気になんだか不安を感じつつ、夕映は寮へと足を向けた。その時、寮の方向からこちらに向かってくる影が見えた。段々と近付いてくるその影は、街灯に照らされると見たことのある顔に変わった。

 

「…………千雨さん。一体どうしたんです?」

 

全力で走ってきたようで、吐息を激しくもらし、両手を膝に置いて汗を流す千雨を見る。夕映は、教室では普段冷めた表情をしている彼女のこんな姿を見れるのを珍しく感じた。

 

「はぁ、はぁ。どうしたんです?じゃねーよ。綾瀬こそ何してんだよ」

 

千雨は未だに呼吸が落ち着かないようで、あまり上手く喋れていない。街灯に照らされた千雨の額は汗で濡れているのが分かる。この人は何しに来たのだろう、と夕映は疑問に思いながらも答える。

 

「無性にここのジュースが飲みたくなりまして…………飲みます?」

 

缶のタブを開け、千雨に渡す。相当喉が渇いていたのだろうか、ああ悪い、と返事をした後受け取った缶ジュースに口をつける。

 

「…………ぶぅーーー!ゲホッゲホ!」

 

千雨の口からせっかくあげたジュースが霧状になって飛び出し、盛大にむせる。それを見た夕映が、もったいないです…………と小さく呟いた。

 

 

ひとしきり咳をした後、涙目で夕映を見上げて千雨は聞く。

 

「え?嫌がらせ?」

 

「失礼ですね。まごう事なく善意です」

 

「…………ちなみに何のジュースだこれ」

 

「『抹茶コーラ』です」

 

「嫌がらせだった」

 

「美味しいのに」

 

千雨は受け取った缶ジュースの表記を見て険しい顔をしてから、夕映に返す。夕映は一口缶ジュースに口をつけ、満足そうな顔をし、それを見た千雨の顔はひきつる。

 

「それで?千雨さんは何か用があったんですか?」

 

夕映が缶ジュース片手に尋ねる。千雨はあー、そのー、と前置きしてから若干恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。

 

「い、いや、ほら。天気がちょっと変だろ?そんな中綾瀬が外に出たっていうから、し、心配になってだな…………」

 

外には危ない化け物がいるかもしれないから、とは言えなかった。しかし、普段周りと関わらないくせにいきなり走ってやってきて、心配になった、などと言う自分に羞恥心が芽生え、千雨の言葉の尻すぼみに小さくなっていく。

 

夕映は当然それで話が終わるとは思っていなかった。いつもの千雨の様子から、わざわざここまで走ってくる時点で相当な出来事があったと予想し、夕映は少し身構えていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

しかし、千雨はなかなか口を開かない。夕映は話の続きを待つが、千雨はそのまま黙ってしまっているため、沈黙だけが二人の間を流れる。それでもしばらく応答のない千雨をみて、夕映は、ん?と頭に疑問符を浮かべて聞いた。

 

 

「…………え?それだけですか?」

 

「……………………それだけ」

 

「……………………ほんとにですか?」

 

「………………………………ほんとに」

 

目をぱちくりしながら聞き返す夕映に対して、未だに照れながら千雨はコクりと頷く。

 

「―――っぷ!くくく!あはは!」

 

周りに誰もいないせいか、笑い声が響いて聞こえる。それが千雨を更に恥ずかしくさせた。

 

「な、なんだよ」

 

千雨は頬を赤くしながら睨むようにして夕映を見る。

 

「いえ、あの、すいません。ちょっと千雨さんらしくなさすぎて可笑しくて」

 

まだ笑いが冷めないのか、片手でお腹を抑え、笑い声を出すのを堪えながら言う。それを見てますます千雨は赤くなり、来なきゃよかった、と小声でぼやく。

 

 

 

「千雨さん、変わったです」

 

「そーかよ」

 

千雨は照れ隠しにぶっきらぼう返事をする。

 

 

 

「前までは、誰にも関わらない。みたいな雰囲気だしてたです」

 

 

「…………」

 

 

「私は今の千雨さんの方が好きかもです」

 

 

「……そーかよ」

 

 

「…………それじゃあ。せっかく千雨さんが迎えに来てくれたことですし、一緒に戻りますか」

 

また一口、缶ジュースに口をつけ、後ろを向きながら夕映が言って、そのまま寮の方向に歩き出す。

 

行きますよ、と声をかけられた千雨は、自分でもらしくない事をしたと頭を掻きながら夕映の後ろについて行こうとする。

 

 

 

 

 

そのとき、後ろから、言い表せぬ恐怖が、千雨を襲った。

 

 

 

 

 

 

千雨は、訳もわからないまま、ただがむしゃらに駆け出した。声も出さず、振り替えることなく夕映を勢いよく後ろから押す。

 

夕映は、振り向く間もなく前のめりに体が傾き自販機に頭をぶつけ、千雨は自らの勢いそのままにうつ伏せに倒れこんだ。

 

手に持っていたはずの缶ジュースが中身をぶちまけながら宙を舞う。

 

後ろから、千雨と夕映が倒れ混む前に頭があったはずの位置を、棍棒が回転しながら通過して、自販機におもいっきりぶつかった。

 

夕映は頭を打った衝撃で、目を回しながら気を失っており、その横で飛来した棍棒により壊れた自販機からジュースが漏れる。

 

 

…………くそっ!ほんとに………っ!ほんとにきやがった………っ!何でこのタイミングなんだよ!どんだけ運が悪いんだ!

 

千雨の頭の中でぐるぐると考えが廻る。見たくない、逃げ出したい。そんな想いを頭で抱え混乱しながらも、千雨はゆっくりと後ろを向いた。

 

 

 

視線の先には、片手に棍棒を持つ鬼がいた。

 

二本の角は禍々しさを放ち、腰に巻いているぼろぼろの布と薄暗い肌が、気味悪さを際立ていた。

 

鬼は無表情のまま、ゆっくりと千雨と夕映の元へと近付いてくる。

 

 

………どうすりゃいい!どうすりゃいい!!逃げるか!?無理だ!綾瀬を背負って逃げても絶対追い付かれる!助けを呼ぶ?!そんな都合よくいくか!フィー達は今あそこで闘ってるじゃねーか!大体危ないから夜は寮の中にいろって言われたのに何してんだよ私は!

 

急な襲撃に混乱したが、自分達が襲われそうになっているということは理解できていた。先程とは違う意味で、大量の汗が流れる。歩みを止めない鬼を前にして、体が震える。非現実が、目の前に迫りつつあり、どうしようもない現実となっている。近寄る鬼に威圧されて、体が後ろに下がる。

 

 

 

コンっと、背負った卵が音を鳴らした。

 

 

 

その音を聴いて、千雨の表情は変わる。

 

…………何してんだ私は。かっこ悪いとこ見せないって、いったじゃねーか。

 

そこからの千雨の行動は、早かった。卵を入れたリュックを手に持つようにして、すぐに気絶している夕映を背負う。勿論千雨が簡単に持てるような重さではない。しかし、それでも、力を振り絞り無理矢理背負う。

 

「―――んぐぐ…………っ!」

 

足を震わせながらも、千雨は立ち上がる。汗は止まらずとも、鬼をしっかりと見る。恐怖はある。だが、立ち止まる訳にはいかない。

 

夕映を背負ったまま、千雨は寮に向かって駆け出す。当然1人で走るよりずっと遅い。千雨の体力では、歩くのと大差ない速さだ。それを見て走るまでもないと思ったのか、鬼は歩きながらついてくる。

 

…………とりあえず!寮まで!寮まで行けば関係者の誰かが気付くだろ!

 

千雨は激しく呼吸をもらし、必死に足を動かしながら考える。街灯の光が僅かに届く程度の道を、ふらふらになりながらも走る。

 

鬼は相も変わらず、大股でゆっくりとついてくる。必死になって逃げる千雨と、余裕をもって歩く鬼が対称的に映った。

 

そのうち追いかけるのが面倒になったのか、鬼は地面に落ちる石を拾った。そのまま、軽く勢いつけて千雨に向かって投げつける。

 

「―――つっ!」

 

石は千雨の足に当たり、千雨は倒れるように転ぶ。すぐに立ち上がろうとするのだが、足が痛み起き上がれない。

 

――せめて、せめて綾瀬だけは!

 

思いっきり足に力を入れる。しかし、夕映を背負ったまま立ち上がることなど出来なかった。

 

気がつくと、鬼がすぐそばまで近寄っていた。自分より大きかった鬼が、千雨が倒れていることでより大きく感じた。鬼がゆっくりと棍棒を振り上げるのが千雨には分かった。

 

 

―――くそっ!くそっ!くそっ!何も出来ない!私は!私は!!

 

目に、涙が溜まる。ここで終わるのか、と言うことよりも、何も出来ない自分が嫌だった。

 

フィーが守ってくれるといった言葉に甘えて、何の力もないくせにでしゃばって、誰も守れずに終わる。ならば、私がここに来たことは無駄だったのか。

 

鬼が振り上げた腕が、千雨を襲おうと迫る。

 

千雨は、最後まで夕映だけはどうにか守ろうと、夕映に覆い被さるようにして、目を積むった。

 

 

 

 

―――――――――。

 

 

 

 

 

 

振り下ろした棍棒は、千雨に届かなかった。鬼がいたはずの場所から、凄まじい熱気と光を感じる。

 

――――――火…………?でも…………暑くない………。

 

千雨はゆっくりと目を開ける。目の前にいたのは、鬼などではなかった。

 

真っ赤な体と、6本の尻尾。四足を地につけて、狐のような愛らしい顔の上にも更に赤い毛が生えている。

 

その生き物が口から放射した炎が壁のようになり、鬼は後ろに下がっているようだ。

 

 

炎が成す明かりが、千雨を照らす。炎を吐いていた生き物が、ゆっくりとこちらを振り向き、トコトコと千雨に近付いて、千雨の顔をしっかりと見つめた。

 

 

千雨は、手に持っていたはずのリュックが軽くなったのを感じて、中身を覗く。中には、卵の殻だけが残っていた。

 

 

「…………コン!」

 

 

―――――ロコンが、短く吠えたのが耳に届いた。

 

卵が生まれた嬉しさからか、助かった安心感からかは分からないが、胸の中で様々な感情が芽生え、千雨は涙を流しながら少し笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 




ポケモン図鑑(クリスタル版)

№37 ロコン

あたたかい 6ぽんの しっぽは からだが そだつごとに けなみが よくなり うつくしく なっていく。


どーも、19話です。少し短いですが…。
ついに千雨のポケモンが誕生しました。
ポケモン図鑑の設定では、ロコンは生まれた時は尻尾が一本で体は白いらしいのですが、皆がいつもみる赤いロコンが生まれています。…ゲームだとそうだしね…。いいよね…?

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