無口なレッドの世界旅行記   作:duyaku

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18 決着と心配

 

(…………っ!はぁ!はぁ!)

 

サンダーにボルテッカーを直撃させたピカが俺の元に着地し、激しく呼吸をした。ピカが電気を纏って進んだ道は、地面は削れ、焼けるような臭いを漂わせた。

 

ピカは信じられないほど発汗し、顔には疲労がまざまざと見えた。

 

ピカがこれほど疲れを見せるのは、当然の事である。サンダーに追い付けないほどのスピードを出すために絶えず電光石火をし、とどめには自身にも大きな反動をくらうボルテッカーまで使った。

 

伝説のポケモンを相手するためには、ここまでしないといけなかったとは言え、余りに無理をさせすぎてしまった。

 

レッドがピカの健闘を称え、激励を送ろうとした後、僅かな違和感に気付く。威圧感が辺りを締め付け、背筋に電気が走ったような気がした。

 

「…………」

 

 

 

 

 

…………そうだな。これで終わったら、伝説になぞならねーか。

 

サンダーがいた場所を覆っている煙が少しずつ晴れ始める。煙が晴れ相手の視界が開ける前に追い討ちを掛けようと、ピカに攻撃を命じた。

 

しかし、ピカは首を横に降った。

 

先ほど迄、明らかに限界を迎えていたピカの表情に、綻びが見えた。

 

「…………」

 

 

レッドはピカの思惑を察して、命じた攻撃を取り消す。徐々にサンダーを囲っていた煙が散在し始め、姿を現す。そこには、大きくダメージを負いながらも、凛々しく羽を広げ宙を浮く、伝説のポケモンの姿があった。

 

 

 

「…………ガャァァアッッッ!!!!!!」

 

サンダーが、喉を潰すような声で盛大に吠える。咆哮の勢いでサンダーを中心に風が流れ込むみ、地面の雑草が大きく傾く。サンダーは上空を睨み付けた後、翼を畳み夜空に向かい急上昇し、ずぼっという音を立てて雷雲の中に突入した。

 

サンダーが侵入した雷雲の周りに渦巻くように電気が廻る。弾ける音を大きくしながら、電気の勢いは増していく。

 

ピカとレッドは、地面に足をつけながらその様子を見ていた。

 

突然、雷雲の中でサンダーが翼を激烈に開いたのだろう。翼の開く勢いでサンダーを囲っていた雷雲は一斉に拡散し、空を覆っていた雲が全て無くなった。

 

 

 

 

 

雲が一つもない暗黒の空で月と対称的に位置し、月と同様に金色に光るサンダーの姿は、美しかった。

 

 

サンダーがもう一度吼えると、サンダーの両翼に激しい光が集まっていく。真っ暗な空の上で光を収束し続け、煌めきは膨張を止めない。

 

 

…………ゴッドバードか。

 

 

力を溜め続けるサンダーを前に、レッドは若干の冷や汗をかく。神の鳥という名の攻撃に相応しいほどの圧力を肌に感じる。

 

 

 

(…………逃げないよ)

 

退避や回避を命じると思ったのか、ピカが釘を刺すように告げる。

ピカは煌めきを増し続けるサンダーを真剣な表情でしっかりと見つめていた。

 

「…………」

 

レッドはゆっくりとピカに近づき、口元を緩めながらピカの側で片膝をつける。そのまま手をピカの頭にのせてわしゃわしゃとを撫でた。

 

 

 

 

…………当たり前だ。全力でぶつかってこい。

 

 

レッドは鞄から金色に光る玉を取り出す。その玉の中心には電流が廻り続け、傍目からでも分かるようなエネルギーを放っていた。取り出した「電気玉」をピカの口にくわえさせ、もう一度頭をなぞる。

 

レッドは、ピカがサンダーのゴッドバードに打ち勝てるかどうかは、もはや分からなかった。ただ、ピカの思いに応えて、全力でサポートする。

 

(……にひひっ!)

 

電気玉をくわえたピカが笑い声を溢す。

 

ピカは前方に移動し、レッドから少し離れる。

 

爪を地面に食い込ませるようにして体を支え、再び体に青白い電気を駆け巡らせ、ボルテッカーの準備を始めた。

サンダーが光を集めるのと呼応するように、ピカも急速に電撃を溜める。先ほどのボルテッカーとは比べ物にならないほどの青い稲妻が激しく散りばめられ、辺りに拡散し続ける。

ピカが上空に顔を向けると、サンダーも此方に顔を向ける。顔を合わせた二匹が、同時に笑ったように見えた。

 

どちらも技を放つ準備が整ったのか、笑みを浮かべたまま静かに見つめ合う。

 

ついさっきまで雨と雷の音で騒がしかった夜が嘘のように静寂に包まれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………勝負は一瞬だった。

 

 

 

どちらが先、ということはなかった。対面する二匹だけに伝わる合図が、あったのだろう。

両者が急に姿を消したかと思うと、その中央で激しい火花が散った。一度だけ、雷が怒号するような音を立て、両者は行き違う。

 

サンダーは地面に降り立ち、両の足で体を支える。ピカも同様にサンダーに背を向けるようにして、四つ足で自らの体制を維持していた。

 

レッドは、サンダーの横を通りすぎて、ゆっくり歩いてピカの元まで向かう。ピカの側まで着くと、屈んでまたピカの頭を撫でた。

 

 

 

 

…………よく頑張った。

 

 

ピカは一瞬悔しそうな顔をして、横に倒れた。

 

目を瞑り、疲労感を漂わせるピカを丁寧に抱き上げると、後ろにはサンダーの姿があった。

あちこちにダメージを受けボロボロのサンダーだったが、優しい目をしていた。サンダーはピカにそっと嘴を当て、パチっと電気を一線走らす。

 

きっとそれは、サンダーがピカに敬意と健闘を称えた印なのだろう。レッドは、サンダーにもお疲れと告げるように撫でると、高い声で気持ち良さそうに鳴いた。

 

 

 

(…………終わったようね)

 

フィー達がぞろぞろと向かってくる。俺が頷くと、ゼニはピカに目をやり、辛そうに顔を歪ませた。

 

 

(…………負けちまったのかよ)

 

「…………」

 

ゼニは、他の誰よりも悔しそうな顔をした。仲間思いでピカと仲が良いゼニは、ピカの勝利を一番信じていたのだろう。

 

最後のゴッドバード、あれをうまく対処すればピカにも勝ちの目はあった。しかし、正面から全力で技をぶつけようとしたサンダーの想いを、ピカは無視することなどできなかった。ピカにとってあの技をいなして得る勝利は勝利ではなかったのだ。

俺にとっての勝ちと、ポケモンにとっての勝ちが違うことは少なくない。戦術的に勝つことが俺のやり方ならば、相手の全力を突破することがピカのやり方であり、どちらも同価値である。ポケモンは、トレーナーの道具などではないのだ。ポケモンの想いを蔑ろにしてまで勝利して何がポケモントレーナーだ。そこまで考えて俺がピカの正面衝突を許した事は、ピカをよく知るゼニなれば分かっているのだろう。

 

しかし、だからこそゼニは悔しいのだ。仲間が正面から闘って負けたことが。

 

 

 

サンダーはもう一度俺に目配せした後、ゆっくりと翼を広げ、飛び立つ準備をした。翼を上下させ風をお越し自らの体を浮かそうとする。

 

ひゅっと何かが風を切る音がした。レッドは後方から一本のナイフが飛んでくるのを視線の端にわずかに捉え、ソウに指示してナイフを弾かせる。

 

「…………!…………なんのつもりだ」

 

ガンドルフィーニと呼ばれていた男性が俺に敵意を向ける。だが…………

 

 

なんのつもりだ、はこちらのセリフだ。

 

 

レッドはサンダーを守るようにガンドルフィーニとサンダーの間に入り、じっとガンドルフィーニを見つめる。

 

「まさかこのまま逃がすつもりですか」

 

もう一人の女性教師、葛葉が腰に差した刀に手を乗せながら言う。

 

「…………」

 

「ここでこの怪鳥を逃がして、また暴れらたらどうするんだ!弱っている今!倒してしまうのがベストだろう!」

 

「…………」

 

叫ぶガンドルフィーニを前にしても、俺は退くことなく立つ。

 

ピカとサンダーは、真剣にポケモンバトルをした。放っておいたらサンダーが被害を出すからではない。単純に、自分の力でサンダーを倒したいと思ったからだ。その戦いが終った後、弱った所を他のものに倒させるのは、お互いのプライドを傷つける行為以外の何者でもない。

 

サンダーはしばらくその様子を見つめた後、再び飛び立とうとした。二人がまたそれを止めようと追撃準備に入るが、そこに制止の声をかけたのはレッドたちではなかった。

 

「…………先生方。ここは行かせてあげましょう」

 

「高音くん。本気で言っているのかい?」

 

「…………おそらくこれだけ弱っていても、私たちではこの鳥さんを止められないと思います。その上この子たちまで敵に回るとなると…………」

 

愛依も高音に助け船を出し応援する。

 

「だが、ここで逃がしてまた暴れられたら…………」

 

「…………それは、大丈夫なのでしょう?」

 

高音がレッド達に顔を向けて問いかける。フィーがそれに堂々と応える。

 

(ええ。伝説のポケモンが人や街を襲う例は少ないわ。こちらから手出ししなければね。……そうでしょう?)

 

フィーがサンダーに念話で語りかける。サンダーは了承の意を示すように小さく喉を鳴らす。全てのポケモンが念話に応じて返してくれるわけではないし、伝説のポケモンとなると尚更だ。返事をしてくれただけ良しとした。

 

(…………気付いてるかも知れないけれど、ここは別世界よ。何かあったら私たちの所にきなさいね)

 

サンダーが再びこくりと頷く。

 

ガンドルフィーニと葛葉がレッド達をじっと見つめる。

この二人の言いたいこともわかる。別世界の産物であるポケモンを自分たちの手の届かない場所にやっていいのか。レッド達がいつか元の世界に帰ったとき、サンダーはどうするのか。どうせなら仕留めるか捕獲するべきなのではないかと。

しかし、レッドはそう考えない。ポケモンがいる世界で過ごしたレッドといない世界で過ごしたものたちの認識には差がある。

 

彼らにとってポケモンとは力をもつモンスターと変わりがないのだろう。だがレッドからしたらポケモンと人間に大きな違いはない。ポケモンも人間と同じように思考し、自分の問題は自分で解決できる。

 

空間の歪みからこちらに移動させられた認識があれば、サンダーがここを別世界と察するのは難しくないだろう。上空に飛び上がったときに、元の世界とは程遠いこの世界を見ているはずだ。サンダーが元の世界に帰りたがっているかどうかは分からないが、そこからはわざわざ此方が干渉することではない。ただの獣とは違うのだ 。レッドたちの手持ちになる気もないのなら当然一匹でも生きていけるだろうし、サンダーも帰りたければレッドたちと同じように帰り方を自分で探すだろう。必要だと思った時に、レッドたちに頼りに来れば良い。役に立てるかはまた別の話だが。

 

サンダーが地面を蹴り、翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。今度は誰もそれを止めることなく見守る。サンダーが此方を一瞥し、ゆっくりと飛び去っていった。

 

「…………君達には、話がある。学園長の所まできてもらいたい」

 

 

またか…………。と思いつつもレッドはこくりと頷く。フィーを残して他のポケモン達をボールに戻し、レッドは二人の教師についていった。

 

 

 

 

 

レッドは、この時はまだ知らない。

どんな理由があろうと、ガンドルフィーニ達が正解だったということを。

無理矢理でも、サンダーを捕まえておくべきだったということを。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

雷の音が、窓を揺らす。

 

パソコンを使い、自身のブログを更新させている千雨は、停電が起きてパソコンが落ちるのではとハラハラしていた。

 

なんで急にこんな雷が鳴るんだよ…………!

 

カタカタとキーボードを叩きながら千雨は苛立つ。万が一にでもデータが飛ぶ恐れがあると思うと気が気ではいられなかった。

 

そこに、女子寮の廊下でガヤガヤと生徒達が集まり騒ぐ気配がした。

度々騒ぎを起こす同級生達だが、深夜にまで煩くすることは稀であった。いつもなら気にせずひっそりと睡眠に入るのだが、この雷の中廊下でも騒がれたら眠れる自信がなかった。

 

さっさとブログを更新させ、おもむろに椅子から立ち上がり部屋の外に向かう。あいつらを静かにすることなどできないが、騒ぐ理由ぐらい知っておこうと部屋のドアを開けると、案の定、2-Aの生徒達が群がっていた。

 

「あ!千雨ちゃん!千雨ちゃんもこの雷で眠れなかったの?」

 

佐々木 まき絵が下から覗き込むようにしながら千雨を見る。千雨の背には、もはや背負うのが習慣になった卵があるのだが、桜子はそれを気にせず言う。

寧ろお前らのせいで眠れなくなるかが心配だった、などとは言える筈もなく、適当に返事をした。

 

「でもねー。なんか変な天気なんだよ。さっきまで晴れてたのに急に曇ってるし。あの辺の場所ばっかすっごい雨と雷落ちてるんだよ?」

 

対して親しくもないのだが、桜子は仲良さげに話しかけてくる。こんな性格ならば、自分も小学校時代に苦労しなかっただろうな、と関係ないことを考えながら千雨は話を聞いていた。

 

この天気について、千雨は自分のなかで答えを出していた。恐らく、魔法使いやフィー達ポケモンが暴れているのだろう、と。前まではこのような異常気象も、また麻帆良の非日常の一つかと呆れていたかもしれないが、魔法使いが存在することを知ってから大体のことは納得がいくようになった。

 

あれほどの雷雨が集中しているのだ。さぞかし激しく戦っているのだろうと他人事のように考える。

こんな中、外に出る気もないし、闘いならそのうち天気も戻るだろう。そしたらこいつらも部屋に戻ってまた寝てくれる。

 

そんな風に推測して、千雨は桜子に投げやりに返答をして部屋に戻ろうとした。

 

「えええ?ゆえ吉今外に出てるの?」

 

「う、うん。なんか急によくわかんないジュース飲みたくなったって…………」

 

早乙女ハルナと宮崎のどかの会話が、千雨に耳に入り、千雨は足を止める。

 

「あちゃー。こんな天気なのにゆえ吉大丈夫かなー」

 

「局所的に降ってるみたいだから大丈夫だとは思うけど…………」

 

そこまで聞くと、千雨は開きかけたドアを閉めた。

 

「…千雨ちゃん?」

 

千雨の行動を不思議に思ったまき絵が首をかしげる。千雨は答えることなく、一度深呼吸をしてから突然走り出した。

 

「ちょ、ちょっと千雨ちゃん!どこいくの!」

 

まき絵が駆け出した千雨に再び声をかけるが返事もせず、階段を下り玄関に向かっていった。

 

 

あそこで戦闘が起こってるってことは、よく分からんけど敵がいるってことじゃねーか!

 

千雨は勢いよく外に飛び出しながら、思考する。闘いの場所は雷雨が集中している場所だとしても、敵が来ているというだけで外は危険度が高いはずだ。そんな中うろちょろしていたら、最悪の可能性もある。

 

会話から聞こえた、変なジュースがあるという噂の自販機に向かい、千雨は走る。

 

 

前までは、こんなに活動的ではなかった。誰かのピンチを助けるなんてキャラではないし、誰かのために走ることすら面倒だった筈だ。

 

だが、背中の卵の存在が、千雨を変えた。この卵を背負っている内は、格好悪いところを見せたくないと思わせた。

 

 

 

…………大丈夫だ。綾瀬にあって、早く戻れと言うだけだ。大丈夫。なんも危険なんてない。

そう思いながらも、千雨は胸に何か詰まるような悪い予感がしていた。

 

 

背中に卵を背負ったまま、千雨はゆえのもとへ向かった。

 

 




どーも。18話です。



いまさらですけど文で伝えたいことを伝えるのは難しいですね。

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