セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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一日送れてしまいましたが投稿します。
沢山チョコを貰うせいでいまだに誰か忘れてるんじゃないかという気がしてなりませんが、今回は大丈夫だと思います。思いたい。
ここに書かれていなくても貰ったんだと脳内補完してくださいますと幸いです。


番外編
番外編1 中学二年のバレンタイン


 

 

 

 

 

 

 その日の朝は、いつにも増してすっきりと目覚めることができた。

 

 カレンダーを見る。二月十四日。男子にとっても女子にとっても特別な日。そして男子にとって男としての名誉に関わる大事な日だ。ベッドの上で伸びをする。普通の男子ならば『一個ももらえなかったらどうしよう』と緊張でもしているのだろう。

 

 しかし幸福なことに、京太郎は今までの人生で一度もそういう不安を抱いたことはなかった。気にしているのは、ホワイトデーのお返しをどうしようかということばかりである。

 

 沢山貰うということは、沢山返さなければならないということでもある。出来合いのものを買っているとそれだけでお年玉が吹っ飛ぶことにもなりかねないので、最近は全員分纏めてお菓子を作り、それを振舞うことにしている。全員一緒だと味気がないかとも思ったが、これで全員別にすると金もかかるし時間もかかって本末転倒となる。

 

 一度友達にそういう環境であると口を滑らせた時にはタコ殴りにされかかったが、沢山貰う人間にはそれなりの苦労があるのだった。

 

 すぱっと起きて朝食の準備をする。

 

 2013年2月14日。この日は木曜日、平日である。父親は一昨日から出張に出ており、母親はそれについていった。父親のお世話という名目であるが、これを機会にいちゃつく算段だろう。結婚して随分になるが、あの二人は仲が良い。

 

 朝食を一人で済ませ、飼っているペットのカピバラに餌をやる。ゴハンだぞー、と声を挙げると彼女らは駆け寄ってきた。名前は『ウタサン』と『エイスリン』である。買ってきたのは母親だ。昔からカピバラを飼うのが夢だったらしい。

 

 きゅーきゅー言いながらご飯を食べるかわいいペットをもふもふしてから、戸締りをして家を出る。

 

 ここから合流地点までは、一人の登校だ。雪の残る道を寒さに凍えながら歩く。

 

「京ちゃん、おはよう!」

「おはよう咲」

 

 遅刻したことはないが、ここで咲を待ったという記憶もない。咲は必ずここで待っていて、京太郎はいつも迎えられていた。子犬のような童顔に、今日はもこもこした耳当てが乗っている。子供っぽい趣味であるが、顔の造りが幼い咲には良く似合っていた。

 

「はい、京ちゃん。今年もチョコレート」

「今年もありがとうな、咲」

「お姉ちゃんからも預かってるよ。京ちゃんにちゃんと渡しておいてね、って昨日何回も念を押されたんだから」

「俺から電話して御礼を言っておくよ」

「お返しは手作りお菓子が良いって」

「腕によりをかけて作ると伝えておこう」

 

 入学前の宣言通りインターハイで優勝し、最強の女子高生の名前を欲しいままにしている照は『おかしがあればそれで良い』という特殊な感性をしている人だった。毎年手作り菓子を喜んで食べてくれる人でもある。男としては何となく物足りないと思わないこともないが、美味しく食べてくれるのならばそれ以上のことはない。

 

 何より毎年チョコをくれる。お菓子大好きの照にとって、他人にお菓子をあげるというのは、最上級の親愛の証なのだ。

 

「一応紙袋持ってきたけど、いる?」

「お前俺をどんだけモテキャラにしたいんだよ。学校でそんなに貰う訳ないだろ?」

「そうだよね。京ちゃんのチョコはおうちに沢山送られてくるもんね……全国から」

「頼むから、あまり言いふらさないでくれよ?」

「そんなことしないよ。京ちゃんが凄いモテるなんて言いふらしても、私は何にも嬉しくないもん」

「お返しは奮発するから、許してくれ」

「お姉ちゃんの分もね。一緒じゃないと、私はやだよ」

「解ったよ、お姫様」

「よきにはからえー」

 

 軽口を叩きあいながら、学校につく。

 

 下駄箱を空けたらチョコが、とか、机の引き出しにはチョコが満載ということはなかった。中学校では須賀京太郎は意外な程にモテない。照が在学していた時は照が。照が卒業してからは咲が京太郎の隣にべったりであるので、女子が近づく隙がないのだ。いつも隣に女子がいるのにチョコを渡せるような肝の太い女子は中々いない。精々クラス全員に義理チョコを渡すというタイプの、顔の広い女子から貰うくらいである。

 

 そんな訳で、中学校での獲得数は義理チョコが2つという実に普通な成果だった。

 

 卒業するまで学校ではこんな風になるのだろう、と何となく思っている京太郎だったがこの翌年、隣のクラスにいる『美少女だけど騒々しく、人気投票をやれば上位だけど彼女にするのはちょっと……』という男子からの評価は微妙な中学100年生からチョコを貰うようになるのだが、それはまた別の話である。

 

 何処そこで告白されていた、というクラスメートの話を遠くに聞きながら、だらだらと授業を受け、咲と一緒に帰路に着く。

 

「それじゃあ京ちゃん、モモちゃんによろしくね?」

 

 今朝合流した場所で、咲と別れる。咲の背中が見えなくなるまで見送ってから、そこでずっと待っていたモモに向き直る。モモも、咲が消えた方を気にしていた。二人は親友であるが、今日は言葉どころか視線も交わさなかった。無視をされた、とはモモも思っていないだろう。気を使われた形になったモモは、咲が消えた方にいまだに気遣わしげな視線を向けている。

 

「咲ちゃんには悪いことをしたっすね……」

「あいつ、とっぽいくせにこういう所は気を回せるのが凄いよな」

「私のこと見えてたんすかね?」

「見えちゃいないけど、解ってはいたみたいだな」

「……今日、帰ったらお礼の電話を入れておくっすよ。そんな訳で京さん、バレンタインのチョコっすよ! 手作りっすよ!」

「毎年ありがとう。今年も味わって食べさせてもらおう」

「今年は京さんの好みを考えて甘さ控えめにしておいたっす。と言っても、京さんが自分で作るチョコよりはアレだと思うっすけど」

「女の子から貰えるってことに価値があるんだよ。味なんて気にしないぞ俺は」

「そう言ってもらえると助かるっすよ。例え京さんが貰うチョコが十個や二十個もあると知っていても……」

 

 モモの言葉がちくりと胸に刺さる。全国に『女友達』がいることは、モモも知っている。何処に誰がいる、とまで話したことはないが、会話の端々から察せられてしまったのだ。今は東京にいる照もこれを知っていた。チームメイトの菫が実は昔馴染みだと知った時には『どういうことだ』と詰め寄られもしたが、今はあの二人もルームメイトとして仲良くやっているという。

 

「それじゃあ私は行くっすよ」

「お茶くらい出すぞ」

 

 モモは県北にすんでおり、ここまで来るにもかなりの時間がかかっている。咲に無駄に連れまわされて家に着くまでに時間がかかったのは、モモがこちらに来るまでの時間を稼ぐためだった。遠くから来てくれた友人に対して『お茶くらいは』と思うのは男として当然のことであるが、モモは笑顔で首を横に振った。

 

「咲ちゃんが帰ったのに私だけお家に上がるのは、ルール違反っすからね。今日は遠慮させてもらうっす」

「そうか。それは残念」

「でも今日じゃなければ遠慮なく上がるっすよ。今回のパスは、その時に上乗せしておいてほしいっす」

「解ったよ。次に来た時には、茶菓子のグレードを上げさせてもらおう」

「咲ちゃんの分もっすからね? 期待してるっすよ!」

 

 言って、モモは手を振りながら帰っていった。何の未練もないといった背中には、京太郎の方が名残惜しさを感じてしまう程である。こんなに女々しい性格だったかと自分について考えながら、家の門を潜る直前、ポストに溜まっていた不在通知をとりあげる。

 

 荷物の個数を確認してげんなりとしながらも、今日中に届かないと意味はないのだと思いなおして、運送屋さんに電話。二十分の後には全国からの荷物が全て京太郎の手元に揃っていた。居間のテーブルに積み上げると、中々壮観である。これが全てチョコか、と思うと男として嬉しくなると同時に、想像しただけで胃がもたれてきた。

 

 さてどうしようか、と思っていた矢先、携帯電話に着信があった。ディスプレイを見ると『衣姉さん』とある。

 

「もしもし、姉さんですか?」

『京太郎! 今日はバレンタインだな!』

 

 耳元で元気印の声が聞こえる。年上の小さな姉は、今日も元気だった。

 

『衣の弟でかっこいいお前のことだから沢山貰っているとは思うが、衣たちからも用意させてもらった。本当は直接渡しに行きたかったのだが、透華の都合がつかなかったので郵送ということにさせてもらったぞ』

 

 透華の都合が悪くても衣はこれるはずだが、衣はそれをしなかった。行動するなら全員で、というのは衣たちの不文律である。自分達は一人じゃないということを、彼女らは全員が理解していて、全員がそのように行動する。友情という目に見えないものが、衣たちの間には確かにあるのだと京太郎も実感することができた。そんな彼女らに身内と思ってもらえているのは、やはり幸せなことなのだろう。

 

「さっきポストを開けたんだけどさ、中の不在表には姉さんたちの名前はなかったぞ?」

『当然だ。郵送を頼んだのは今さっきだからな。そろそろついている頃だ。ポストを見てくると良い』

 

 衣の言葉には色々とおかしなところがあった。さっき頼んだばかりのものが、今ついているはずがない。衣が住んでいる龍門渕の屋敷と須賀家の間には、距離が大分あった。お金持ち御用達の特急便があったとしても、もっと時間がかかるだろう。

 

 しかし、衣の声は確信に満ちている。願望を口にしたというのではない。訝しく思いながらリビングを出て、ポストを開ける。

 

 そこには紙袋が納まっていた。市販のチョコで言うなら、六個くらいは入りそうな大きさである。間違いなく、さっきポストを開けた時にはなかったものだ、不在表を確認している間に、誰かが届けにきたのだろう。

 

 その『誰か』が誰なのか。考えるのはやめにした。あくまで執事なあの人ならば、不可能くらいは可能にしてくれるだろう。何しろ不可能はここにある。

 

『あゆむとともきは手作りで用意したようだ。心して食すが良いぞ』

「きちんと味わって食べさせてもらうよ。皆にはよろしく伝えておいてくれ」

『わかった。ではな!』

 

 電話を切り、居間に戻る。紙袋の中には歩の分も含めて6個のチョコがある。その全てにメッセージカードが添えられていた。だから開けなくても、どれが誰のものかはすぐに解った。

 

 

『最愛の弟に! 天江衣』

『日頃の感謝を込めて 龍門渕透華』

『いつもありがとう 国広一』

『たまにはこういうのもアリだな 井上純』

『愛しの京太郎くんへ 杉乃歩より』

『私を食べて 沢村智紀』

 

 

 誰とは言わないが、一つだけ食べて良いものか判断に困るものがあった。中身は後で纏めてみようと、袋ごとテーブルの上に載せる。

 さて、と京太郎が最初に手に取ったのは、奈良からの荷物だった。

 

 差出人は連名で五人分。高鴨穏乃、新子憧、松実玄、松実宥、鷺森灼。

 

 最後まで読んで、京太郎は首を傾げる。最初の四人はすぐに顔が浮かんだ。奈良に住んでいた時に一緒につるんでいた同級生二人と、世話になった上級生の姉妹である。

 

 しかし、最後の一人が浮かばない。そもそも『灼』というのが何と読むのかも、京太郎には良く解らなかった。

 

 その一文字だけを打ち込んで、携帯で検索してみる。しゃく、やけつく、あらたか……

 

 そこまで読んで京太郎は『あぁ』と声を漏らした。

 

 思い出した。ボーリング場の女の子だ。一つ年上の小さい先輩で灼の一文字で『あらた』と読んだはずである。小学生の時から付き合いのある他の四人と違って、会話をしたのもあの日だけ。メールアドレスの交換もしていないから、連絡も取れない。

 

 そんな関係の薄い人間のために、少なからず手間をかけてくれた。何と律儀な人なのだろうと感動しながら、別の荷物を手に取る。

 

 今度は鹿児島である。

 

 これも毎年恒例で、神代の姫君である小蒔の名前を筆頭に、六女仙の名前が続いている。都合七人の連名だ。中身もチョコではあるが、何だか上品だった。

 

 上品でありつつも、手作りである。そうであるが故に個性も出ていた。

 

 小蒔はあくまでチョコレートを作ろうとしているため、良くも悪くも普通のチョコレートができあがっている。それでも姫様と持ち上げられるだけあって、あれで家事は万能なのだ。小蒔のことを知っている人間は、まず最初にその事実で驚く。

 

 霞や春の作るチョコはこちらの好みを優先してくれるので、甘さ控えめだ。日々研究もしているのだろう。こちらを飽きさせないよう、ビターチョコでありながらも味は毎回変わっている。受け取る側としては嬉しい演出だった。

 

 明星と湧は大抵合作である。今回もその例に漏れなかった。名家の子女らしく料理も学んでいるようだが、年長の五人に比べるとその腕はイマイチだった。

 

 合作にしているのも、人数を増やすことで腕をカバーしようという意図があるが、毎年そうしているだけあって今年のチョコは中々のデキだった。ラッピングもチョコの見栄えも申し分なく、一片齧ってみれば、味も中々である。来年からは別々に作ります! と可愛らしいメッセージカードも添えられていた。今から来年が楽しみである。

 

 巴は真面目そうな印象とは裏腹に、奇をてらったチョコを用意してくる。どこから調べてくるのか『これはちょっと……』と思う素材であることが多いのだが、それでも毎回美味しく仕上げてくるのは、彼女の料理の腕に寄るものだろう。小蒔たち七人の中では、おそらく巴が一番料理が上手い。

 

 初美はこちらのことなど考えずに、自分の好みを優先した甘ったるいチョコを送ってくることが多い。今年も例に漏れず、とにかく甘い。これはこれで美味しいが、一つ食べただけで胸焼けがしそうだった。これはお供が必要になるな、とコーヒーの用意をしながら、次の包みに手を伸ばす。

 

 遥々大阪からやってきたのは怜の荷物だった。毎年恒例の手作りチョコである。病弱であることに胡坐をかいて、全てを他人任せにすることを怜はよしとしない。自分でできることは自分で、というのが彼女のポリシーだ。

 

 だから一通りの家事はできるし、料理もそれなりに得意だと本人から聞いている。その腕を見る機会は、残念なことにほとんど恵まれていない。年一回のこのチョコが、怜の腕を知るほとんど唯一の機会だった。

 

 今年のチョコは……と、口に運ぶ。甘さ控えめの、上品な味だった。怜の好みはもっと甘いチョコレートであるが、これは京太郎自身の好みに合わせて、甘さを調節してある。思わず美味い……と口にすると『どやっ!』とキメ顔をする怜の顔が脳裏に浮かんだ。デコピンしたいくらいに憎らしい顔だが、悔しいことにチョコは本当に美味しい。好みはしっかりと把握されていた。恐るべきは幼馴染である。

 

 大阪からやってきた荷物は、もう一つあった。差出人は清水谷竜華とある。持ち上げてみると異様に柔らかく、そして軽い。手触りからして毛糸のようだ。期待と困惑で胸を膨らませながら梱包用紙を取ると、中から出てきたのはシックな色合いの手編みマフラーが出てきた。

 

 持ち上げて、広げて見る。大きさ的に男性が使うことを想定しているようだ。怜や竜華くらいの女性が使うには大きすぎるし、色も地味すぎる。純辺りならば好んで使いそうであるが、普通の女子はこのマフラーを使ったりはしないだろう。

 

 デザインも凝ったものだ。少なくとも、昨日今日編み物を始めた人間には編めそうにもない。齧ったことがあるから解るが、なれた人間でもこれを編むのに、一ヶ月はかかるだろう。

 

 マフラーには手紙が添えてあった。女の子らしい可愛らしい字で曰く。

 

『怜にあげるものの練習用に編みました。捨てるのも勿体無いので差し上げます。ハッピーバレンタイン』

 

 簡素にも程がある文言だった。くれるというのなら貰うが……こんな良いものをもらっても良いのだろうか、と困惑する。手作り菓子に手間がかかっていないとは言わないが、このマフラーは練習用とは言え物凄い手間がかかっていた。しかも食べればなくなるものではなく、形として残るものである。

 

 ここまでのものを貰ったからには、お返しにも気を使わなければならないだろう。特に仲良くもない人間に、ここまでの物を送ってくれるのだ。きっと根は凄く礼儀正しく、優しい人に違いない。

 

「出会いは良かったんだけどなぁ……」

 

 こんな人が彼女になってくれたら、と思ったのを思い出す。今もその気持ちは変わっていないが、邪険にされている現状に変わりはない。それでも、バレンタインに贈り物をしてくれる程度には打ち解けたのだと思うと、素直な気持ちでマフラーを巻けるような気がした。

 

 室内ではあるが早速マフラーを巻き、次の包みに。

 

 愛媛からやってきたのは、良子のものだった。高校最後のインターハイでは決勝まで無事に駒を進めたが、『新星』宮永照に阻まれ、二位に終わった。あの時はどうやって声をかけたものか迷ったものだが、そんな良子も地元のチームにスカウトされ、年が変わる前に就職が決まった。就職祝いということで遊びにきた良子にご馳走してもらったから、良く覚えている。

 

 今は引越しだ研修だと卒業を前に忙しいはずだったが、それでも、バレンタインのことを忘れていなかったことに、内心で感謝を捧げる。

 

 中身は京太郎でも名前を知っている、高級チョコだった。パッケージには日本語が一切なく、良子のセンスの良さが光っている。女子高生のうちにはあまり英会話を使う機会はなかったらしいが、プロになれば使う機会もあるだろう。海外を転戦して腕を磨きたいと言っていた、あの日の良子の夢が叶う時がすぐそこまで来ている。友人の一人として、世話になった後輩として、良子が活躍できることは素直に嬉しかった。

 

 後で激励の電話でもしようと思いながら、更に次の包みに。

 

 宮守女子一同とあった。塞たち岩手の面々である。三人は同じ女子高に入学し、麻雀部を結成したという。三人だけで団体戦には参加できないが、個人戦に参加するために特訓をしているとのことだった。

 

 包みを開けてみる。転校してからこっち、毎年連名でチョコをくれる三人だ。そろそろ他に部員が欲しいとよく連絡を貰うが、勧誘は芳しくないらしい。岩手の山間にある女子高となれば、それも無理からぬことかもしれない。京太郎が岩手にいた時も、男子も女子も違うものが流行していた。転校してから麻雀ブームが来たというが、ブームというのは往々にして一過性のものである。小学生の時から競技として麻雀に打ち込んでいるあの三人の方が、あの辺りではレアなのだろう。

 

 見た目の通りに可愛らしい胡桃のチョコに、美味しく見た目も綺麗なのだけれどどこか和風なイメージが残り、個性の出ている塞のチョコ。その二つと一緒に並んでいるのは、信じられないくらいきっちりとしたラッピングのチョコだった。包装紙は茶色の混ざった黒という、男性向けの色合いである。市販のものではない。包装紙もどこかから買ってきて、自分で包んだのだろう。

 

 手仕事というのは、その人間の器用さが出るものである。材料だけを買ってきて、最初から自分でやるとなれば、その人間のスキルが全て出ると言っても過言ではない。胡桃のものも塞のものも、上手いなりに素人がやったんだろうな、という味が出ているが、シロのものにはそれがまるでなかった。

 

 ラッピングにもチョコの造形にも全く隙がない。普段はダルダル言っているシロの実力を垣間見る瞬間である。本当はSだけどダルいからBを地で行くのが小瀬川白望という少女だった。普段からこうならと思わずにはいられないが、そうなるとすぐにガス欠になってしまうのだろう。年に一度出す本気だからこそこれくらいのものができるのだ。

 

 その本気を自分のために使ってくれていることに、京太郎は嬉しくなった。

 

 今年も美味しくいただこうと、チョコの前で手を合わせた所で、呼び鈴が鳴った。出鼻を挫かれた京太郎は、ぶつぶつ文句を言いながら玄関へ向かう。不在表は全て確認したし、来客という時間でもない。一体誰だと特に確認せずドアを開けた先にいたのは、

 

「おーっす、遊びに来てやったぜ、京太郎」

 

 この世で最も敬愛する小さな師匠だった。

 

「咏さん!? どうして長野に」

「遊びに来てやったって今言っただろ?」

 

 からからと笑う咏は和装ではなく、洋服だった。いつかはそれで小学生のふりをしていたが、今日はもう少し年上に見える。それでも二十歳を越えた大人には見えないのは、外見に合わせてキャラを作れる咏の演技力の成せる技……ということに、京太郎の立場ではしなければならない。

 

 靴を脱ぎ、スタスタと先を行く咏の小さな背中を見ながら、考える。

 

 遊びに来てくれたというのは素直に嬉しい。咏とは積もる話もあるし、聞きたいことは山ほどある。

 

 だがここは長野だ。実家は神奈川、自宅は都内にある咏がこの時間に長野にいるということは泊まりである可能性が高い。程よく田舎である須賀邸がある地域から、ホテルがある場所までは歩いて行くには時間がかかる。両親が今日帰ってくるか解らない現状では、咏を送るとも言えない。

 

 最悪、この家に泊めることになるだろう。咏とは知らない仲ではない。神奈川の実家に泊めてもらったこともあるし、泊めることそのものは別に嫌ではないが、ただの中学生である須賀京太郎と違って、咏には立場がある。売れっ子のプロ雀士が、中学生の家にお泊りというのは如何にも外聞が悪い。

 

「咏さん、今日はどうするんですか? 近くに泊まる場所でも?」

「今日はここに泊まるつもりで来たぜ? 荷物もついでに持ってきた」

「すいません。今両親がいないんで、確認が取れないんですが……」

「それは私がやっておいた。息子をよろしくって頼まれちゃったぜ?」

 

 知らんけどー、と言いながら、咏はカピバラ二匹と戯れていた。顔を合わせるのは今回が初めてのはずだが、二匹とも咏にしっかりと懐いている。特にウタサンの懐きっぷりが半端ではない。名前が同じだけあって、波長が合うのだろうか。顔を摺り寄せてくるウタサンをあやす咏の目が、テーブルの上のチョコの山に向いた。にやりと笑った咏の口の端が上がる。これは、こちらをからかう時の顔だと直感した京太郎は、思わず身構えた。

 

「そういや、今日はバレンタインだったなぁ。大漁なようで何よりだねぃ」

「おすそ分けしたいところですが、物が物なので……すいません」

「男として当然の心がけだ。一つどうです? とか言われた日にゃ、贈り主に代わって私が制裁を加えてたところだよ」

 

 からからと咏は笑う。彼女の場合、やると言ったらやる。別に武道を学んでいた訳ではない咏の攻撃力はそれほどでもないが、小さい身体を存分に使って容赦なく蹴飛ばしてくるので、覚悟と勢いが違う。はやりんの件で口を利いてもらえなくなった時の蹴りは、京太郎が今まで喰らった中でも五指に入る痛さだった。

 

「ま、そんな私からもあるんだけどね。頑張って麻雀の勉強してるかわいい弟子に、師匠からチョコのプレゼントだ」

「ありがたく頂戴します」

「お返しは別に期待してないが、実は夕飯がまだなんだよねぃ。ご両親にはよろしくされた訳だし、そっちは期待しても構わないかい?」

「構いませんよ。じゃあ、俺はこれから準備にかかりますから、咏さんはウタサンとエイスリンと一緒に遊んでてください」

「りょーかい。しっかしウタサンはかわいいね。やっぱ名前が良いんだな!」

 

 笑顔でカピーズと戯れる咏を見て、京太郎は安堵の溜息を漏らした。エイスリンの名前を決めたのは母親だが、ウタサンにしようと決めたのは京太郎だった。尊敬する師匠の名前をつけたい、と敬意を持った発想でもって命名したのだが、ペットのげっ歯類に師匠の名前をつけるのはどうなのかと思い至ったのは、ウタサンが自分の名前をしっかり覚えた後だった。

 

 そういう名前をつけたということは、カピーズが落ち着いた時に知らせてあるのだが、実は怒っているのではないかと気にしていたのだ。

 

 だが、この様子を見る限り、名前の件はそれ程でもないようだった。少なくとも即座に蹴りが飛んでくるほどではない。

 

 カピーズと戯れる咏を微笑ましく眺めながら、夕食の準備に取り掛かる。咏と一緒に一晩過ごすのは、小学生の時以来。こちらの家でというのは、神奈川の時も含めて初めてだ。差し入れとバレンタインのお返しということでお菓子を振舞ったことはあるが、食事のお世話をするのは、今回が初めてである。

 

 腕によりをかけてつくろう。そう思って準備をするのは、久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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