フェイト達と知り合って数ヶ月。
彼女は未だ裁判中の身で、アーベルの店に来る時はアルフと共に誰がしかをお供にやってくる。
フェイトは変わらずアースラ預かりとあって、巡航パトロール時も乗艦して艦内に留め置かれていた。事件の規模や背景を考えると、今はまだ誰かに預けるわけにもいかないと判断された様子である。
そのうちに付いたあだ名が『アースラのお姫様』とは言い得て妙だが、アースラのスタッフ───『従者』達も進んで傅いている有様だった。
フェイトはまだ9歳、素直で可愛い上にどことなく頼りない。
皆が気持ちよく世話を引き受けていることも知っていたから、リンディ提督もそのようなあだ名がついても放置しているのだろう。……いや、彼女はアースラを城に喩えれば『女王様』で、聞いた話を総合すると誰よりも率先して猫かわいがりしている様子だった。
……今もアルフを対面に押しやってフェイトの隣に座っているが、アーベルには愛娘の世話を焼きたくてしょうがないお母さんという風に見える。
「何か言いたそうね、アーベルくん?」
「いいえ、何でもありませんよ、リンディさん。
……それでフェイトちゃん、さっきの続きだけど、嘱託魔導師試験が近いんだっけ?」
「うん。
クロノに模擬戦の相手を頼んで訓練してるんだけど、一昨日なんか、いつの間にかバインドがそこら中に仕掛けてあって……」
フェイトは最近、控え目な性格は相変わらずだが少しづつ年頃の少女らしい明るさが見え始め、関係者となったアーベルも皆と同様にほっと一息をついていた。
「ディレイド・バインドはクロノの得意技だもんなあ」
「フェイトがぐるぐる巻きにされちゃったよ」
「試験のとき慌てないようにって色々教えてくれるんだけど、ぜんぜん勝てないんだ」
アーベルの煎れたミルクティーを飲みながらぷくーと膨れている様子は、確かに可愛い。妹が出来たようで、保護欲もそそられる。……その向かいで、クッキーの代わりにドライタイプのペットフードを齧っているアルフは、少しシュールだが。
「周りにも気を付けるようにって、注意されちゃった。
ね、今度アーベルにも訓練してほしいんだけど、いいかな?
クロノに聞いたんだけど、アーベルは士官学校の先生なんだよね?」
「あー……先生と言えば先生なんだけど、僕は戦技教官じゃなくてデバイスの先生だよ」
「えっ!?
そうなんだ……」
「もちろん、フェイトちゃんのデバイス───バルディッシュのことなら相談に乗るよ。
マリー……ああ、マリエル・アテンザ技官と違って正規の局員じゃないから技術部には週に一回ぐらいしか行かないけど、あっちにも一応籍を置いてるし」
「あれ!?
でもヘンだねえ。
あたしゃクロノがこてんぱんにされたって聞いたよ?」
「……えっ!?」
そちらは聞いていなかったらしい。
点目になったフェイトも可愛いなと、お兄ちゃん気分でほっこりとする。
「せいぜい相打ちだよ。それに今はもう何やっても勝てないだろうなあ。
そうですよね、リンディさん?」
「ふふ、せっかくだから、見せてあげたら?」
「えーっと……」
「アーベル、見てみたいけど……だめかな?」
お姫様にねだられては仕方ない。
クララから記録を呼びだし、画面をフェイトに向けてやる。アーベルも十分にフェイトの従者を自任していた。
「アーベルちっちゃい……」
「もう4年も前だからね。
まだ身長が伸びる前だったかな」
「そう言えばアーベルって幾つなのかな?」
「今16歳だよ。
エイミィと同い年でクロノの2つ上だから、フェイトちゃんの7歳年上になるのかな」
「クロノも今よりちょっとちびっこかね?」
「クロノはまだまだ伸びるはずだよ。
身長の割に、今でも僕と手の大きさが変わらないんだ」
「へえ……」
「そうねえ、クロノのお父さんも背が高かったわ」
「そうなんですか?
あ、スティンガーレイだ!」
小さな手をぎゅっと握って画面に見入る少女に、笑みを向ける。
『アーベル君』
『なんですか?』
『フェイトさんね、事件の最中にお友達が出来たの。たぶん、フェイトさんにとって人生で最初のお友達でしょうね』
『なのはちゃん……でしたっけ?』
『ええ、そうよ。
でもなのはさんは管理外世界の在住で、今の状況だと裏技的な小細工をしないと手紙のやり取りも出来ないわ』
『……』
『嘱託魔導師になれば、反省および奉仕の意志有りと見なされて裁判が結審するまでの時間も短縮できるし、その後は保護観察処分を受けていても、申請を出せば管理外世界への渡航……そうね、迷惑を掛けた人達への謝罪とでも理由を立てれば、出来無くはないかしら。
だからフェイトさんは、本気で頑張っているのよ』
合間に届いたリンディからの念話に、ふむと頷く。
フェイトを取り巻く複雑な状況は、更正協力者が把握すべき事柄としてアーベルにも知らされていた。
フェイト・テスタロッサは表向き、希代の大魔導師にして研究者であったプレシア・テスタロッサの『娘』であったとされている。
『産みの親』という言葉は間違ってこそいないが、正しくはない。プレシアがプロジェクトF.A.T.E.と呼ばれる記憶転写型クローン生産技術───違法研究によって作り出した実の娘アリシア・テスタロッサのクローンこそが、フェイトなのである。
その上で彼女は、植え付けられたアリシアの記憶を『産みの親』から逆用されて歪んだ忠誠心を引き出され、手駒のように扱われて虐待を受けつつもPT事件の実行犯として活動をさせられてきたと言う。
首謀者であるプレシアは死亡しているが、フェイトが自分の行動の全責任を負うべきとは思えなかった。無罪とは言えないだろうが、何も知らずに親の言葉が正しいと思いこまされ犯罪の片棒を担がされていた子供がいたとして、その罪を果たしてどこまで追求すべきかはアーベルにもわからない。
だが法律に詳しくないアーベルでも、これは流石に情状酌量の余地はあるだろうと思うのに十分だった。
『もちろん、応援はしますよ。
フェイトちゃんほんとに一所懸命だし、クロノが本気で入れ込んでますからね。
……職務に忠実な振りして取り組んでるけど、案外あいつ、妹が出来たみたいで喜んでやってるんじゃないかなって思うんです』
『あら、アーベル君はフェイトさんのお兄ちゃんになってあげないの?』
『お兄ちゃんだと、躾や教育にまで気を配らないといけませんからね。
真面目で口うるさい兄貴が二人もいたら、フェイトちゃんが可哀想ですよ。
僕はまあ、親友の妹分として甘やかすつもりです』
『……そうね。
恋愛はもう少し先でしょうけど、今のフェイトさんには家族愛と友愛が大量に必要よね』
リンディは執務官経験を持つ提督でもあるが、成熟した女性、そして子を育て上げた母親でもあった。
意味深な溜息が、念話越しにも聞こえてきそうだ。
画面に視線を向ければ、両者ノックアウトで墜ちていくアーベルとクロノが映っていた。
「どうだった?
クロノはともかく、僕の方は参考になったかどうか微妙だけど……」
「ありがと、アーベル。
クロノもすごかったけど、アーベルもすごいんだね。
知らない魔法がいっぱいだった。
……もっといっぱい勉強しなきゃ」
「しっかし……アンタも割とえげつないんだね?」
「この模擬戦、二人とも正真正銘の本気だったんだよ。
似たもの同士気にくわなかったのかなって今は思うけど、完全に頭に血が上ってたっけ」
「この時ね、ほんっとに面白かったのよ」
「ちょっ、リンディさん!?」
若気の至りとは言わないが、児戯じみた行動を大人───それも親たちに見られていたという点では、恥ずかしさも倍増する。結果はともかく、その経緯はどう言い繕っても子供の喧嘩としか言い様がなかった。
「あら、いいじゃないの。
フェイトさんも聞きたいでしょ?」
「はいっ!」
「……」
「あれはちょうどクロノのデバイスを新調しようかしらって、技術部に出向いた時ね。
アーベル君のお父さんはクライド……クロノのお父さんと仲が良くて、クロノとアーベル君も仲良くなるかなって思っていたんだけれど、気が付いた時には殴り合いの喧嘩になるんじゃないかってぐらい二人とも睨みあってたの。
でもね、一緒にいたアーベル君のお父さんといつ止めに入ろうか念話してたのに、この二人ったら、口論しながら書式も手続きも完璧にこなして試射場の予約とって模擬戦の準備を始めだして……喧嘩してるのに、そんなところは二人とも冷静なのよ。
しばらくしたら、そのちぐはぐさが、すごくおかしく思えて……。
模擬戦のあと、すぐに喧嘩友達から親友になっていたのもちょっと面白かったかしら」
「アーベルとクロノは、喧嘩して友だちになったの?」
「……結果だけ見れば、そんなところかな」
「うふふ、その辺はやっぱり男の子よねえ……。
でもバインドして砲撃してその後仲良くなってって、誰かさんみたいよね、フェイトさん?」
「あう……」
フェイト・テスタロッサの大事な友達、高町なのは。
名前だけは幾度も聞かされているので、既に覚えている。
バインドして砲撃……彼女たちの友情はそんな漢らしいきっかけで始まったのかと、今度はアーベルの方が目を丸くする番だった。
ちなみに数日後行われた嘱託魔導師試験では、クロノが模擬戦の相手を勤めたようである。
フェイトの実力はAAAランク、それに合わせた高ランク魔導師をそうそう呼びつけるわけにはいかないともっともらしい理由が付けられていたが、アーベルは単なる過保護だろクロノお兄ちゃんと口にして少々重い拳骨を貰う羽目になった。
しばらくして聞いた話だが、クロノらの勧めで基礎教育と社会勉強を兼ねてなのはと共に陸士訓練校に放り込まれたフェイトは、色々と厳しい現実を学んだという。
「アーベル、訓練校の先生ってすっごく強いんだよ。
なのはと二人でも全然勝てないんだ……」
それは仕方ないよと、アーベルは頷いた。
管理局は、慢性的な人材難に喘いでいる。
次代の戦力育成に力を入れるのは当たり前で、その要である訓練校の指導陣に優秀な人材が投入されていることもまた、必然であった。