「クロノ、久しぶりだね。
そして何より、執務官試験合格おめでとう。
史上最年少とは恐れ入ったよ」
「ありがとうございます、提督もお元気そうで何よりです。
改めてご指導よろしくお願いします」
士官学校卒業より半年、二度目の受験で執務官試験に合格した報告を兼ねて、クロノ・ハラオウンはギル・グレアム提督の元を訪ねていた。
「そう言えば、配置はリンディ君のアースラにすんなり決まりそうだね」
「はい。
流石に11歳の執務官を取りたがるような提督は少ないでしょうし、横槍も大してなかったと聞いています」
亡き父クライドの上司でもあり有形無形の支援や気遣いをクロノは受けていたが、何よりもグレアムの使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテを幼少のクロノに宛ってくれたことには感謝してもしきれない。
受けた恩は手土産の茶菓子などで返しきれるはずもなく、執務官としての職務を全うすることこそが本当の礼となるだろう。
「リーゼたちも居れば良かったんだが、別世界まで短期の教導に出ていてね。
彼女たちも喜んでいたよ」
会えばからかわれるのはわかっていたが、それでも師匠たる二人にもありがとうは言いたいところである。まあ、そちらは少し先に延びても構うまい。
「しかし、訪ねてくれた事は嬉しいが、配属前で忙しいだろうに……何か頼み事かな?
合格祝いなら、ねだってくれて構わないよ」
「はい、真面目な話が半分、残りは僕の意地……でしょうか。
もちろん、提督にご迷惑が掛かるようなことはないのですが、お力添えを頂戴したいのです」
「ほう!?
君もようやく冗談を口にするようになったか。
気付いているかい? 君が私にその様な提案を行ったのは、この十年でこれが初めてだよ!
うん、何でも言いなさい。
かなう限りの力添えをすると約束しよう!」
合格の祝いを述べたときよりもなお上機嫌になったグレアムに、クロノはたじろいだ。そう言えばこの御仁、回りくどい冗句が好きだっただろうか……。
それでも何とか自分を取り戻し、持ち込んだデータを表示させる。
「ふむ?」
「彼は……なんというか、士官学校時代に母を通して知り合った友人なんですが……」
ウインドウを手元に寄せたグレアムは、略歴をスクロールさせて唸った。
アーベル・マイバッハ。
新暦49年生まれの13歳、出身は第一管理世界ミッドチルダ、ベルカ自治区の生まれ。
St.ヒルデ魔法学院初等部在学中にデバイスマイスターA級を取得、卒業後は当時本局技術本部に在籍していた父の元で嘱託技官に採用。
現在は第四技術部機材管理第二課にデバイスマイスターとして在籍。
魔力ランクAA+(60年度認定)、魔導師ランク総合E(55年取得)。
追記。
現在は本局内民間居住区に在住、マイバッハ工房本局支店の店長も兼ねる。
デバイス作成はミッドチルダ式のみならず、現在実地試験が進められている近代ベルカ式についても高いレベルでまとめあげることが出来る。
古代ベルカ式デバイスについても造詣は深いが、父ほどの適正はない。だが僅かながら資質を持ち(非公式の検査では古代ベルカ式B-ランク出力)、時に技術部で重宝されている。
デバイスプログラミングとも関連し、魔法術式開発も非凡、使用魔法は500種以上に及ぶ。
「……500種!?」
「はい。
希少技能が行使要件に入るものは除きますが、驚くことに教科書通りながら『使いこなせて』いるんです。
ただ、本人は戦闘訓練などを受けていないので、実力としては履歴書通りの魔導師ランクEかそれに近いことも間違いありません。
ですが提督、これを見ていただけますか?」
映像ファイルの検索ワードによれば、対戦者は士官学校本局校指揮官養成コース在籍中のクロノ・ハラオウン候補生と、第四技術部機材管理第二課所属の嘱託技官アーベル・マイバッハ。
場所は第四技術部第二試射場、日時は一年ほど前であった。
クロノがグレアムの眼前に浮かべた映像は、まだ彼が士官学校に在籍していた頃に録られた模擬戦の様子である。
クロノにとっては懐かしくもあり、暖かくもあり、苦くもある思い出だった。
▽▽▽
『少しでも処理速度を上げられないか?
正直言って、僕の魔力はそれほど高くない。
高速詠唱と発動速度の確保は、僕の魔導師としての生命線なんだ』
『だめだ。負荷がプロセッサどころかコアの処理に影響する。
……それ以上にこんなバランスの崩れた調整は、使用者である君の魔導師生命を削りかねないよ』
『だが……』
お互いその日が初対面、その上親同士が友人とあって遠慮気味だったが、一方は10歳の士官学校生と聞いて、一方は12歳のA級デバイスマイスターと知らされて、それぞれに驚いていた。
最初の内は相手を立てて、クロノの母親が発注したという彼専用のストレージ・デバイス『S2U』の仕様書を前に、デバイスや魔法について話していただろうか。
喧嘩になりかけた正確な理由はもう覚えていないが、1%、2%といった小さな数字の違いについて譲らなかったことがきっかけだったような気もする。
だが歳の近さとお互いのプライドもあって、持論の展開からディベートを通り抜けた感情論のぶつけ合いへと発展するのにそう時間は掛からなかった。
『いいだろう。
現場を知らない君のその口、黙らせてやる!』
『僕も一度、自分の実力を知りたかったんだ。
君が進んで的になってくれると言うのなら、喜んで相手になる!』
ハラオウン家は代々執務官や提督を輩出してきた魔導師エリートの家系、一方マイバッハ家はベルカ自治区に於いてデバイスマイスターの総元締めとも言える旧家で、それぞれの長子たる彼らはどちらかと言えば品行方正な少年として周囲には知られていたから、双方の親は驚いて顔を見合わせた。
だが、少年達が感情をむき出しにしつつも、ある意味冷静に───技術本部の管理下にある試射場の予約を取りつけ、模擬戦のレギュレーションを決め、双方で以後遺恨無しと覚書にサインをした───対処している。親たちはそれを受けて、第二次成長期や反抗期……あるいは青春と言われるような子供の成長に必要な一場面かと気付き、見守ることにしたようだ。
場所はそのまま試射場へと移り、親のみならず手すきの技術部員が見守る中での模擬戦が始まった。
先手はアーベルが取った。
頭に血が上っていたとは言え、数発飛んできた魔力弾を高威力誘導型かと誤認して回避したところが、実は射撃型のビット・スフィアで容赦なく至近距離から連射を浴びてクロノがダウン。
この一撃で少し冷静になったクロノは、動かなかったアーベルを機動が苦手と見てディレイド・バインドをあちこちに仕掛けつつスティンガー・ブレイドで軽く揺さぶった。しかしアーベルはデバイスを杖からライフルに変えて、射撃魔法を連射してくる。
クロノはセンサーの数値から連射するために威力を削り速度と誘導にリソースを割り振った小威力高速誘導弾と判断、これなら十分耐えるなとシールドで受けて肉薄したところが術式を分割したシールド・ブレイカーで、その合間に混じっていたスタン・ショットで動きを止められ本命のペネトレ-ターを食らって再び墜落。
クロノはリカバリーを掛けつつ一旦距離をとり、得意の射撃魔法スティンガー・レイを数発放った。
牽制にもなっていないのか、アーベルはプロテクション系のやたら堅固な防御魔法を発動し、棒立ちのまま光弾を防いでいる。
これだから魔力に恵まれた奴は!!
クロノはこちらを見下ろして射撃を続けるアーベルに舌打ちしつつ、予備詠唱を悟られないように官給品の杖を掲げて高度を回復した。
▽▽▽
「ほう、防御面が自律制御で動いているな。
ふむ、フローティング・プロテクションか?」
「はい。
続いて僕が近づいたところでアーベルは開始位置を放棄、ディレイド・バインドの設置には気付いていましたがバインド・ブレイクにて破壊……」
画面ではブレイクされたディレイド・バインドの反応を受けて、新たな設置魔法が起動した。
エリア・バインド。
薄く広げた魔力を急激に収縮させ、目標に網状のバインドを形成する捕縛魔法の一種だ。
周囲に放散されていた魔力とディレイドバインドに隠されていたおかげでそれに気付けなかったクロノは、二つ目の仕掛けに囚われた。
だが同時に、クロノが予備詠唱を終えて待機させていたスフィアよりスティンガーブレイドがラッシュ・シフト───クロノが当時持っていた最強の攻撃魔法で威力と連射にリソースを割り振った強火力攻撃───で起動し、アーベルを襲う。
しかし、それはほんの一瞬遅かった。
アーベルは既に、砲撃魔法のトリガーを引いていたのだ。
爆煙が晴れると同時に、落ちて行く二人が画面を流れていく。
射線が交わらなかったお陰で、両者の攻撃はそのまま相手に届いていた。
「ほう、相打ちだね」
「……はい」
クロノは映像を打ち切った。
思い出せば未だに腸が煮えくり返りそうになるが、相手は二歳年上とは言え嘱託技官、魔力こそ高いが訓練を受けた戦闘魔導師ではない。
対してこちらは対人主体の魔法戦闘が本業の士官学校生、それも模擬戦成績なら学年で五指に入る自分が相打ちとは、士官学校の教育成果が疑われるほどの問題である。
「この後、間を置いて三ヶ月で二戦ほど行いましたが、やはり勝てませんでした。
その彼は三戦目の相打ちが決まった後、手札はあっても僕に勝つ遣り口が思いつかないと、所持する魔法を見せてくれたんです。……その頃にはもう、その、『友達』……になっていましたから」
「ふむ……」
「デバイスの調整やパーツの試験に必要なので真面目に訓練したが、戦術という意味での使い方はほぼ知らないと、彼ははっきり口にしました。
正直呆れましたが、同時にこれを活かさない手はないと思いました」
振り返ってみればいわゆる『初見殺し』の典型例で、彼が犯罪魔導師でなかったことにクロノは心底感謝した。研修を兼ねて現場で過ごした半年間でさえ、あれほど迷惑な使い手には出会ったことがない。
しかしながら、彼の『初見殺し』のおかげでクロノは救われてもいた。
アーベルの使ったとあるマイナーな魔法の組み合わせと同様の手を犯罪者に使われ、上官が不予に陥って部隊が崩壊しかけたところを対アーベル用に練っていた秘策で無力化することに成功、犯人は逮捕され部隊も無事帰還できたのである。
……彼は面倒くさがるだろうが、せめて後輩達にはあのような酷い目にあって欲しくはなかった。
一度でも実際に目にしていれば、現場で解決策に繋がることもあるだろうし、それはクロノの場合と同様に自身を救い仲間を救うことに直結する。同じ痛い目に遭うなら学生でいるうちに遭っておくべきで、それは将来確実に糧となるだろう。
模擬戦ならば反省もできるが、現場では葬式に繋がるのだ。
世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだと口にしたクロノに、彼は言う。
『たまには世界の方に、こんなはずじゃないって言わせてみてもいいんじゃない?』
悪影響かはたまた人間的成長か、アーベルと知り合ってからのクロノは、エイミィによればずいぶん人間が丸くなったらしい。そこにヴェロッサが加わって、多角的な視点を持てるようになり柔軟性も増した。クロノ本人は気付いていないが、元から強かった正義感に程良い人間味が加わって、リンディらを喜ばせたようである。
「ふむ……。
もしかしてクロノ、彼を士官学校に推薦せよと?
しかしこれだけの実力があれば、私が推薦しなくとも、受験に必要な座学と戦術の駆け引きあたりを詰め込めば放っておいても合格すると思うが……ああ、リーゼ達を彼の教育に?」
「いいえ、提督。
僕は彼を生徒としてではなく、教官に据えたいのです」
「教官?」
「はい。
デバイスの知識についてはそれこそ本業で、僕も信頼しています。
彼には授業の一環として、デバイスの活用を通して各種魔法の実演をして貰いたいと考えています。
既に嘱託技官として管理局に籍を置いていますから身元の信用は置けますし、戦技教官ではなく座学を教える講師なら魔導師ランクは問題になりません」
顎に手を当ててしばらく考えていたグレアムは、推薦状はクロノ自身が書くべきだと結論を出した。
「提督……?」
「考えてごらん、クロノ。
私はもうすぐ引退の身だし、今更点数を稼いでも仕方ないだろう。
それよりはだ、新進気鋭の執務官が推薦したその彼が実績を上げれば、君の地歩固めにも繋がると思うのだが……。
君はまだ気付いていないかも知れないが、執務官と云う立場は結構なものなんだよ。
無論、口添えぐらいはさせて貰おう。
一度私のところに連れてきなさい」
能力や人柄云々を確かめるよりは、部下の忘れ形見である彼が『友達』と口にした少年を見てみたいという気分が先に立ったグレアムであった。
さいどめにゅー
《魔導師ランク》
魔導師としての能力評価の判断基準となる魔導師ランクは、目的達成能力や魔導技能を評価する局規定の試験に合格することでSSS~Fのランク指標が付与される
『空戦』『陸戦』『総合』など幾つかの種別があるが、魔力ランクは純粋な魔力量、魔導師ランクは魔導師としての技量を示すもので、必ずしも魔力ランクAの魔導師=魔導師ランクAとは限らない