クロノと二人現場に到着した時には、既に闇の書の騎士───いや、夜天の守護騎士ヴォルケン・リッターだけでなく、主である八神はやても脱出し、戦列に加わっていた。
『あと15分ないよー!』
はやてと管制人格によって切り離された闇の書防衛プログラムの暴走を止める手だては、現在二つ。
一つはアースラに装備された魔導砲アルカンシェルを使い、消滅させること。
もう一つは、クロノがグレアム提督から借り受けたデュランダルで凍結封印すること。
だがこの地上に向けてアルカンシェルを放てば付近一帯は消滅、推定数十万人の被害が出ることは間違いなかった。
対して凍結封印ならば被害は少ないが、八神はやても同時に封印され闇の書防衛プログラムは『一時的に』止まる。だがそれは、問題の先送りにしかならなかった。
『あと10分!』
アーベルはクロノの『オプション』として、軽く挨拶をしただけで後は黙っていたが、何故か守護騎士たちはアーベルに微妙な視線を送っていた。
動きやすさと丈夫さを考慮された訓練着に、着慣れている分扱いやすくて防御力も十分に与えた白衣は非常に便利なのだが……。この戦いが終わったらバリアジャケットはデザインを変更しようと、心の片隅で考える。
『暴走開始まで、あと2分!』
「……で、結局力押しか」
「言うな。
僕も無茶苦茶だとは思うが、これが一番成功率が高い」
作戦を受け入れ承認はしたが、クロノは今ひとつ納得していない様子だった。
▽▽▽
作戦は、素人のアーベルにも分かり易い単純なものだった。
力任せに防衛プログラムをぶちのめして本体コアを露出させ、アースラのいる軌道上に強制転送、魔導砲アルカンシェルにて消滅させる。
八神はやてと守護騎士は既に防衛プログラムから切り離されており、同時に消滅してしまうことも封印されてしまうこともない。
だから───。
「来るぞ……」
防衛プログラムの起動が合図となり、戦いは始まった。
恐怖は……無いわけではないが、ここには親友がいて、フェイトがいて───逃げるという選択肢は選べない。
「アーベル、君は……いや、君だけではないが、この戦いは火力勝負だ。
固定砲台になったつもりでいい、最高の攻撃力をたたき込んでくれ」
「了解。
クララ、コンバット・モード」
“Combat mode, Type Cannon.”
クララは砲身長が2メートルはある太くて長い本体と後方に突き出した反動吸収部に、照準器と持ち手とショルダーパッドを取り付けた姿に変形した。旧暦時代の質量兵器に喩えれば、個人携行兵器でも最大級の火力を持つ化学反応型の反動相殺砲や対装甲兵器に若干似ているだろうか。
「……なんだその奇怪な仕様は!?」
「クロノが『万が一』って言うからわざわざ作ったのに、その言い方は酷い……」
バインドで拘束された防衛プログラムが味方の攻撃で怯んでいる隙に、準備を整える。このコンバット・モード・タイプ・キャノンには、先日のレイジング・ハート試射時のデータもフィードバックしてあった。
「チャージ開始」
“Charge start.”
反動の相殺こそ考慮したが、術式は極端な威力偏重、貫通重視で組んでいる。
クロノのおまけで戦場に出るなら、機動力と手数が武器の彼を補う立ち位置こそが自分には求められると出した答えがこれだった。
“Charge 40%, Second magic-amplifier drive ignition(魔力充足率40%、副共振器起動)”
「クララ、カートリッジ・ロード」
「おい!?」
“Load cartridge.”
先日、レイジング・ハートとバルディッシュの改造時に見つけた単発式カートリッジシステムCVK-792Sは、目を付けていたアーベルによってクララに組み込まれた。ほぼ使われなかった大容量ストレージが対無限書庫用の切り札だったとすれば、こちらは対闇の書用の切り札である。
「バレル展開、後方確認」
“Barrel open, Safety system stand-by.(バレル展開、安全機構作動)”
クララの前方に弾殻形成用、精密照準用、魔力圧縮用、加速用と4つの大型円環魔法陣が展開され、同時にアーベルの背中から緩衝用の三対六翼の羽根が、後方にも反動吸収用の円形魔法陣が広がる。
……特に白衣から広がる天使の翼は、見た目こそ滑稽だが効果は高い。ありものの流用でデザインを触っている暇がなかったのは、まあ仕方がないだろう。
“Charge 100%, All O.K. ”
「はあ……。
次に攻撃が途切れたら、すかさず撃ってくれ」
「了解」
フェイトとシグナムの連撃を受けて、一瞬防衛プログラムが動きを鈍らせ、再生に入る。
あんなものを受けて、『一瞬』。
それが闇の書の、闇の書たる由縁。まともではない。
「……今だ、アーベル!」
ザフィーラが砲撃しようとする触腕を切り裂いた。
その間隙を使わせて貰う。
「貫通の強撃、ピアシング・ストライク!」
“Piercing Strike.”
アーベルの発したトリガー・ワードによってクララの前方で紫紺の魔力球が急速収縮、そのまま一直線に防衛プログラムに向けて発射された。
同時にアーベルは展開した翼で衝撃を吸収発散、それでも相殺しきれなかった反動で数メートルを後退させられる。
発射された魔力球は紡錘状の先端を形成し、紫色の光槍となって防衛プログラム本体を貫いた。
また一瞬、動きが止まる。
中枢を貫く槍に、防衛プログラムの動きは更に鈍った。
「はやてちゃん!」
「狙いが着けやすなったな……。
石化の槍、ミストルティン!」
本命のコアには届かないが、防衛プログラムが再生に使う『間』は連続攻撃を受けて確実に長くなっていた。
『ダメージ入れた側から再生されちゃう!』
「だが攻撃は通ってる。
……悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ。
凍てつけ!」
“Eternal Coffin.”
反動を受けた身体を労りながらクロノに目を向ければ、しばらく前に聞いたような名の術式に驚く。
彼が手にしているのは、間違いなくデュランダルだ。グレアム提督から拝借……いや、託されたのだろう。
凍結したのを幸い、間を空けずになのは、フェイト、はやてによる三重強火力攻撃が決まり、目的の本体コアが露出した。
「つかまえ……た!」
「長距離転送!」
ユーノらによる転送後、アルカンシェルが地球軌道上で放たれた。
重い沈黙と焦燥感の後、エイミィから通信が入る。
『防衛プログラムの消滅を確認!
お疲れさまでした!』
アーベルは、大きく息を吐いた。
勢いに飲まれたまま戦場に出たが、足を引っ張らなかっただけで充分だと自画自賛しておく。
「……いつの間にあんなもの仕込んでたんだ?」
「無限書庫に行く直前かな。
君が意味ありげに『万が一の時は頼む』って言ってたからね。
これはちょっとまずい事態だと思ったんだ」
「……相変わらず君は出鱈目だな」
「君ほどじゃないよ。
ね、デュランダル?」
“Hello meister. And, I'm good condition.”
「……おい。
何故デュランダルが君を知っている!?」
「リンディさんには話したけどね、一部パーツの設計製造と最終組立は僕がやった」
「……まあいい。
そのあたりは後で聞く」
「あ!」
「はやて!?」
魔力切れを起こしたのか、ユニゾンを解除して倒れ込んだはやてに、アーベルらも駆け寄った。
▽▽▽
防衛プログラムは消滅、最終戦闘での犠牲者ゼロ。
持てる力を全て出し切り、健闘したと言えるだろう。
気が抜けていたのは、はやてだけではなかった。
あれだけの戦闘の後だ、皆も疲れ切っている。
「遠からず、私は再び主はやてを食い殺そうとするだろう」
だからこそ。
夜天の魔導書の管制人格───リインフォースの発言は、皆の心を打ちのめした。
場所をはやての病室から会議室に移し、対策が練られる。流石に疲れたなどと口にする者はいない。
「防衛プログラムの無限再生能力が問題か……」
「書の完成後に主が意志を保ち、同時に、その声に応える魔導師と騎士が揃っていたなど、僥倖だったとしか言い様がない。
二度はなかろう」
先ほど対防衛プログラム戦に参加したメンバー以外に、はやてとのユニゾンを解いたリインフォース当人とリンディ、エイミィがその話し合いに加わっていた。
だが淡々としたものだ。
リインフォースは消滅を望み、その方法も皆に示した。
「時間も大して残っていないのだ。
……本体が防衛プログラムを再生する前に、何とか頼みたい。
今ならば簡単に消滅できる。
主はやての無事が、私の何よりの願いだ」
「シグナムたちも……その、消えてしまうの?」
「いや、私たちは残る。
防衛プログラムを切り離したとき、リインフォースが侵蝕を警戒して守護騎士システムも切り離したそうだ」
だが闇の書改め夜天の魔導書の破損部分は致命的、本来の姿は既に管制人格からも喪われているので修復のしようもないという。
「元がなければ、あるべき姿に戻しようもないか……」
「消えずに済むならそれに越したことはないが、消滅することで主を救えるのなら、融合騎たる私にはそれも一つの幸福だ」
「ユーノ、無限書庫で夜天の魔導書の原型プログラムを捜索できないか?」
「出来る……とは思う。
ただ……情報量から考えて、必要な要素が揃うまでに何日かかるか何ヶ月かかるか、想像もつかない」
「間に合わないな。
防衛プログラムの復活まで、どれほど遅くとも数日かからないはずだ」
達観した様子で否定するリインフォースに、何とも言えない空気が漂う。
アーベルも、彼女を救えればとは考えていた。
悪意ある改変に、心を縛り付ける鎖。
望まれてこの世に生まれ、望まぬ生を送らされた哀しきデバイス。
戦争という背景があったとて、同じデバイスマイスターとしては彼ら改変者たちを怒鳴りつけたい気分だ。
だが、あまりにも時間がなさすぎる。
「なんとかならないのか?
その、休眠させるとか」
「無理だ。
防衛プログラムの復活後は繰り返しになる。下手を打てばリンクの切れた主を死亡状態と認識し、そのまま手順通り吸収して転生するぞ。
……主はやてを巻き込んでは同じことだろう。
それに書の完全破壊は、防衛プログラムの消えた今しかない」
『“......Master.”』
『ああ、ごめん。
クララ、戦闘状態解除』
『“……通常状態に復帰します。
マスター”』
『なに?』
『“リインフォースを助けてあげられないのですか?”』
『……時間さえあれば、何とかなるとは思う。
でも、ユーノくんじゃないけど、本当に時間が足りないんだ』
時間があれば、そしてある程度の情報があれば、本当に何とか出来るだろう。
それこそ祖父や父を頼ってもいい。場合によっては管理局だけでなく、聖王教会の力も借りられるだろう。
『“……レイジング・ハートやバルディッシュの願いには応えてあげたのに、消えずに済むならそれに越したことはないという彼女の願いには、応えてあげないのですか?”』
『クララ、でもね……』
『“時間がないと理由を付けて、諦めてしまうのですか?”』
「クララ!」
思わず声を上げてしまい、アーベルは注目を浴びた。
「どうしたんだ、アーベル!?」
「アーベルくん、クララに何かあったの?」
「あ、いや……ごめん」
“レイジング・ハートやバルディッシュの願いには応えてあげたのに、リインフォースの願いには応えてあげないのですかと、マスターに聞いただけです”
しれっと許可無く発言をするクララに、アーベルは溜息をついた。
だが。
アーベルの想いもクララとそう変わるものではない。
ふむと微苦笑したリインフォースは、クララに目を向けた。
「お前は心優しいデバイスだな、クラーラマリア」
“マスターほどではありません”
「……そうか。
だが先達として言わせて貰えば、デバイスが主を悩ませては本末転倒だぞ?」
“マスターの後悔を少しでも減らす努力を行うことも、相棒たるデバイスの務めです”
「フフ、それを言われると立つ瀬がないな」
自分には何が出来る?
使える手札は何がある?
本当に必要なことはなんだ?
アーベルは悩み抜いた。
自分はデバイスマイスターだ。
そしてクララだけでなく、リインフォース本人、彼女のマスターはやて、守護騎士達、そして彼らをとりまく人々の協力も間違いなく得られる。
本当に必要なことは、『彼女』を残すこと。
夜天の魔導書に、過去の能力を取り戻させることではない。
つまり、夜天の魔導書を残す必要は……ない!
……何とかなるか?
いや、なんとかする!!
「……ねえ、リインフォース」
「なんだ?」
「……時間はどのぐらい残っているかな?
最低限の確定した時間が知りたい」
「少しぐらいは過ぎてもいいが、安全圏は翌朝から昼前というところだな」
駄目で元々。
だが、今はもう、最初からごめん無理などとは言いたくない気分だ。
アーベルはリインフォースも含めた全員に、概案を並べ立てていった。