或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 お久しぶりです。長らく更新が滞り申し訳ありませんでした。
 短いながらも何とか一つ仕上がりましたので更新です。

 今回はそれほど大きく動くような話ではないので、次回をなるべく早くお届けできるようにしたい次第です。


第八十三話:隙間の一時

 倉持技研製作、日本製新型IS『紫電』――そのIS学園生からのテスター選抜の最終候補者は8人まで絞られていた。内訳は三年生は五人、二年生が三人となる。最終試験は候補者が交代で紫電を操作しての模擬戦となるが、ここで異例とも言えたのは模擬戦において相手を務めるのが一年生、それも織斑一夏であるということ。

 紫電の開発担当者曰く、紫電の設計ベースには白式のデータを基とした部分が多い、故に白式相手の模擬戦でこそ乗り手と紫電の相性がより鮮明に計れる――理屈としては理解はできた。しかし納得できたかと言えばまた別であった。決して彼を見下しているわけではない。特例による専用機持ちとは言え、数カ月で同級の各国候補生たちと鎬を削れるほどだ。むしろ評価していると言っても良い。

 だがそれはあくまで上級生が下級生に向けるもの。彼女らとて狭き門を潜り抜け入学し、一年あるいは二年と研鑽を積んできた。そして新型機テスターの最終候補となるだけの実績も積んだ。それらの自負がある。そのために、彼女たちにとって重要な場に置いて、彼が自分たちを評価する側の人間であるということに個々人程度の差はあれど不満、それに類するものを胸中に抱えていた。

 しかし連続で行われる模擬戦の内、過半となる5戦目を終えて長めの休憩時間に入った段階で彼女らの感想は別のものへと転じていた。

 

「まさかここまでとはね……」

 

 模擬戦を控える残り三人の内の一人である三年生が驚きを隠しきれない様子で呟いた。

 5戦3勝0敗2分、それがここまでの成績だ。二年生を二人、三年生を一人相手に勝利。そして残る2引き分けは両方とも三年生相手だ。しかしその二戦にしても、三連戦での勝利の後に流石に疲労の色を見せた一夏に対し、三年生の一人がISを用いた戦闘機動における経験の長を活かしたうえで防戦に持ち込んだことで時間一杯となったことによる引き分け。更に次の一戦についても、もう一人の三年生が前戦を参考として防戦に持ち込み、今度は一夏の方も勝負を決めんと攻め込んできた中で互いに有効打を与えあい、結果的に規定数に満たないまま時間一杯となったもの。ある程度条件が定められていたとは言え、それでも選りすぐられた上級生を相手に明確な敗北を喫さなかった決して見過ごせることではなかった。 

 

「この際ぶっちゃければ総合的な戦闘機動って点じゃまだ未熟よ。一年にしてはよくやるとは思うけど、それだけ。多分、他の候補生連中の方がずっと上手いわ。だからそこならこっちから攻める隙はある」

 

 会話に参加する者達、既に模擬戦を終えた者、これから模擬戦を控える者、全員の共通見解とも言える評価に一様に首を縦に振る。けど――そう前置きして評価を口にする三年生は苦々しげに口元を歪めた。

 

「こっちから仕掛けることはできる。けど、その先を許してくれない(・・・・・・・・・・)

 

 確かに戦闘機動の未熟による隙を突いて攻め入ることはできた。しかし機体特性上、主だった攻撃手段は近接戦闘のそれとなる。つまりは自ら一夏の間合いに飛び込むものであり、彼の間合いに入ったが最後、どのように剣を振るい攻めようが全て見切られいなされ、躱され、そして反撃を受ける。そうして気が付けば完全に流れの主導権を奪われ、本人すら自覚しているかも怪しい僅かな隙から一気に突き崩される。最初の三連戦で敗北した――最初の一人を除く――二人はまさにこの流れで敗れた。どうにか引き分けた二人もほんの僅かに何か狂いがあれば同じ末路となっていただろう。

 仮に一夏に挑む機体が射撃による中・遠距離戦を主体とする機体であれば話はまた変わっていたはずだ。事実、一夏の日頃の模擬戦戦績を見ても彼に対する勝率で上位に入るのはセシリア、シャルロット、簪の三人である。しかしその三人でも、時に一夏に敗れることがある。そして敗れる時は決まって彼の間合いに捉えられた時だ。一夏に対し優位を取れる三人も、主体にしてこそいないものの代表候補生たる必須技能としてクロスレンジでの戦闘技能は相応のレベルで修めている。それを以ってなお一夏の剣戟は上回ってくる。そも、一夏の学園入学から今日に至るまで近接戦闘――早い話が斬り合いにおいて一夏が手傷を受けた回数それ自体が数えるほど。そして敗北した際の決定打が近接での一撃であったことは皆無(・・)である。

 話には聞いていた。実際に戦っているところを見たこともある。だが聞いただけ、見ただけで得た認識は実際に相対してみれば実にちっぽけなものであったことを彼女たちは認識させられた。

 

「機体の性能とかそんなんじゃないわ。根本的に技術の差がありすぎる。確かにISを動かす、その点なら私たちの殆どがあいつより上よ。けど、倒すために剣を取って斬り合って戦う、そうなるともうどうしようもないくらいにあいつが上よ。5番目に相手をして、あいつは間違いなく疲弊してた。どう動けば攻め入れるのかも分かってた。だから一発は入れられた。けどそこまでよ」

 

 休憩に入る前の最後の一戦である5戦目に戦った三年の彼女は悔しげに、そして僅かな恐れを交えて語る。

 

「こういう言い方するのもダメって分かってるけど、それでも一気に攻め落とされた方がまだ気が楽だったかもしれないわ。一撃私が先に入れて、その後はとにかく必死だったもの。これは模擬戦でしょ? なのに本気過ぎるのよ。一撃入れ返された時、首に食らったけどそのまま刎ねられるかと思ったわ。何なのよ一体……」

 

 ここまで一夏と戦ってきた中で最も長く持ち堪えた彼女だからこその感想だろう。噂に聞く以上、傍から見た以上であった一夏の剣戟もさることながら、相対した時に叩きつけられるブレッシャー、こと今回に限っては本気の殺意すら混じるような打倒を超える殲滅の意思を前にもはや必死で守りに入って嵐のごとき怒涛の猛攻が過ぎ去るのを堪えるのが精一杯であったと。

 

「やっぱり、血なのかな……」

 

 別の一人の言葉に一同は揃って同じ人物を思い浮かべる。織斑千冬、彼の実姉にして誰もが認める最強(ブリュンヒルデ)。かの姉弟を比較して所詮は、と彼を揶揄する声も未だに学園内の一部にはあるが、少なくともこの場にいる面々においては紛れも無い姉弟の血というものを感じ取っていた。もっとも、それを当の本人(イチカ)が聞けば忌々しげな表情と共に舌打ちを鳴らしていたであろうことは確実であったが。

 やがて会話にはこの後に模擬戦を控える残りの三年生2人も加わり、ここまでの結果を基とした一夏への対策の議論で会話の花を咲かせる。そして議論の輪から少し離れた場所、待機スペースの奥まった場所で斎藤 初音はただ一人、腕を組みながら影の中に立ち続けていた。

 

(ダメ……ダメ……これでも、やはりダメ……)

 

 一見すればただ押し黙って考え事をしているように見えるだろう。それは間違いではない。事実、今の初音は思考を巡らせている状態と言って良い。だが、ごく普通の大人しい考え事かと問われれば答えは否である。彼女の思考の内で繰り広げられているもの、それは修羅の巷だ。これまで直接に一夏と剣を交えた経験、彼が剣を振るっていた姿、ISを纏い戦う姿、およそ記憶にある彼に関する剣の記憶を全て引き出し脳裏に投影する。そしてそこに相対させるのは全て自分だ。

 思考の内に生み出した無数の一夏、その全てを己と戦わせる。彼の攻め手に対して如何に対処するか、彼の守りに対して如何に攻めて崩すか。前頭葉のあたりに熱を感じるほどの勢いで思考が巡り続け、やがてパッと弾けるように思い浮かべていた無数の剣戟が泡沫のように消え去る。気が付けば額から大粒の汗を幾つも流していた。

 

(切れたか……)

 

 短時間に思考と集中を加速させ過ぎたのかだろう。限界を迎え集中が途切れたと自己診断をする。そのことに珍しく初音は嘆息を漏らした。己の未熟、その呆れへだ。あるいは自分以上に深い追及を、更に長く、織斑一夏ならできたかもしれない。そう考えるだけで初音の胸中にはまだ足りないと乾きに等しい感覚が襲い掛かってくる。

 いずれにせよ、集中が切れた以上は一息くらいは入れておいた方が良い。その判断の下、未だ残っている休憩時間を活用すべく他に誰もいなくなった待機スペースから立ち去っていった。

 

 

 

 同じように一連の模擬戦を観客席で見ていた生徒たちも各々に感想を言い合う。その中にはもはやお馴染みのものとなった一年専用機所持者たちの姿もあった。ただ一人、簪のみ姿が見えないが特別な理由があるわけではない。簪もまた倉持技研の関係者と言って良い立場だ。故に観客席ではなくアリーナピットの関係者サイドの一団に混じっているだけのことである。

 

「さて、倉持技研の――日本の新型IS、どう見る?」

 

 切り出したのはラウラだ。既に眼下のアリーナからは全てのISが引き上げているが、眼帯に覆われていない瞳は未だ脳裏に先ほどまで連戦を繰り返していた新型ISの姿を思い浮かばせ映していた。

 

「凡その概要はすでに日本側から各国に公表されていますが、その説明通りですわね。まさに打鉄の発展形、そう形容して相応しいでしょう。ですがどちらかと言えば守りに主眼を置いていた打鉄に対して今回の新型、確かシデンでしたか。こちらは攻めの意思を感じますわ」

「敢えて言うなら2.5世代ってところかな。第三世代にあたる特殊装備を搭載してはいないけど、機体の基本スペックは今の時点で確認されている第三世代機と大差は無いんじゃないかな。ただ、良くも悪くも装備や使い手の得意に合わせている第三世代に比べると、オールラウンダーって印象だね。これは打鉄の頃から変わらないと思うよ」

 

 即答したセシリアとシャルロットの言葉に概ね同意見なのかラウラは無言のまま首肯する。様々な状況に対応が可能な汎用性高さという打鉄の元々の特性は残したまま基本スペックという機体としての基部を向上させた。配備が進めば日本国におけるISの総合的な質の底上げを見込めるだろう。派手さこそないがそれ故に堅実と評価できる、ある意味では新型のお手本と言っても良い。

 

「まぁ良い機体なのは認めるし、日本政府も倉持技研もよー頑張ったわって言いたいとこだけど。あ~これまぁた本国(ムコウ)がギャースカ騒ぐわ。でもってやれ中国の優位を示せだなんだで小うるさい指示のお鉢があたしに回ってくるのよねぇ」

「ふむ、鈴よ。これは友人としての忠告だが、その手の発言は気を付けた方が良いぞ。我々(ドイツ)ならば……まぁ、その、熱気に塗れた厳しいシゴキになるだろうが、中国(そちら)はそうはいくまい」

「大丈夫よ。普段は会話のログなんて残さないようにしてるから。最低限、稼働してる時のデータだけありゃ良いのよ。そりゃ給料貰ってるからそれだけの仕事はするし義理も果たすけど、生憎あたしのプライベートまではそこに含まれないわ」

「なるほど。まぁそのあたり切替ができているなら良いだろう。が、ヘマはするなよ?」

「そりゃモチロンよ」

 

 紫電を開発した日本の意図にはそこまで興味はないが、それに対する自国の反応を想像してあからさまに表情を歪めた鈴にラウラが茶化すように、しかし至って真面目に忠告を送る。それを軽口と共に受け入れながら鈴は先ほどから黙ってアリーナを見続けていた箒へと水を向けた。

 

「箒、アンタはどう思った?」

「え? あ、いや、そうだな。いや、すまない。皆の言葉を聞いていたら言えることは無いよ。機体のことも、政治のことも、恥ずかしながら私にはな。ただ、気になったと言うか感じたと言うか……。確かあの紫電は開発にあたって一夏の白式も参考としていただろう?」

 

 そのことを日本政府が発表した時、各国は僅かに色めきたった。白式が現在世界唯一の男性IS操縦者である一夏の愛機であることは周知の事実だ。その機体のデータが使用されている、すわ男性IS操縦適合者の要因が発見されるかと各国の注目が集まったものだ。しかし蓋を開けてみれば男性IS適合者の要因は未だ欠片も見つからず、単に際立って高い近接戦闘(クロスレンジ)技能を持つ乗り手による近接機体の稼働データのみを参照したと発表され、注目した者達が一様に小さくない落胆を見せたのは比較的最近のことである。

 

「近接主体の機体だからと言ってしまえばそれだけかもしれないし、何なら普通に銃を持たせればいいと言われるかもしれないが。単にISを動かすのが上手い、それだけではダメな機体だと感じたよ」

「つまり箒さんが仰りたいのは、操縦技能は無論のこと織斑さんのように――彼の場合ちょっと度が過ぎてますが、そうですわね。言うなれば"戦士"としての技量も求められている機体だと。それでよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだそれだよ。その通りだ」

 

 箒の言わんとすることを解釈し、分かりやすく表現したセシリアの言葉に他の面々も納得する。そうして周囲が理解したことを確認してから、この模擬戦において最も気にかけていることを口にした。

 

「だから、私は気になるんだ。この模擬戦の参加者には斎藤先輩、親しくして貰っている優れた先輩がいる。学園祭の時に一夏と切り結んでいた人だ。あの人があの機体を操縦して一夏とどう戦うのか。それは、とても気になっている」

 

 

 

 

 

「……」

 

 自身の控室として割り当てられている更衣室で一人、一夏はベンチに腰掛けて虚空を見つめていた。しかし彼の意識は瞳に映る更衣室の景色を欠片も認識していない。己の内側に向けられた意識は記憶を辿り、これまでに行われた五つの模擬戦を反芻する。

 まず、負けを刻まなかったことは上々と言える。だがそれでハイ良かったですねで終わらせるほど腑抜けてはいない。そもそも、彼我の剣技を鑑みれば自身の間合いで戦った以上、勝って当然(・・・・・)のはずだ。だが結果は二つの引き分けを喫した。原因は分かっている。剣技とは別の要素、ISを纏っての立ち回りという尋常ならざる要素が足かせとなり彼から勝利を奪った。ISを纏っての戦闘機動の未熟は重々に承知している。加えて相手は殆どが最上級生であり、この選抜の最終候補に選ばれた選りすぐりだ。ISを動かす、その点については彼女らに軍配が挙がっても仕方ないだろう。だがその上で勝利という結果を欲したのだ。

 新型機テスターのためのアグレッサーという点で見れば決して正しいとは言えない考え方だろう。だがそれは一夏の知ったことではない。元よりこのつもりで志願し、承諾を貰ったのだ。選考の権限を持っているわけではないのだし、好きにやらせてもらうだけだ。

 ここまでの5戦で見たものは全て頭に叩き込んである。その動き、立ち回りを自身が再現する様をイメージして、実際に動いてこそいないが8割は再現できるくらいには反映できた自信がある。

 

「残りは3つ、か……」

 

 おそらくは候補者たちも今までの試合から自分への対策を何かしら立てているはずだろう。だがそうはいかない。逆に喰らわせてもらう。

 再開までの時間、沈黙が包み込む室内で一夏はただひたすらに心という刃を研ぎ澄ませ続けていた。

 

 

 

 

 

 遥か下に雲海を見下ろす蒼穹の中、その一つに留まらないその影はただ一ヵ所に向けて空を駆けていた。

 創造主より与えられた指令は一つ。主がこの世でその存在を認める桜、紅、そして白の三柱。その内の一柱を模した醜悪な粗悪品の排斥。疑問は無い。躊躇も無い。そんな感情(イブツ)を元より与えられていない。

 かつて、同じかの地に向かった同胞を屠った魔女の刃も今回は届きようが無いことは確かだ。故にソレらを阻むものは存在せず、ただ邂逅の時が刻々と迫りつつあるのみであった。

 

 

 

 

「さぁて、お片づけの時間だよ~☆」

 

 暗闇の中、無邪気な哄笑が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最後の部分で何となく察せる方は多いかと思います。
 原作での登場タイミングを見事に潰されてから早数年。ようやくアレらが一夏たちの前に姿を現します。
 もう後二話くらいで今の話もボチボチ終わりにして、次の展開へ進めたいところです。ついでに次回だか次々回あたり、個人的に一つの見せ場になるかなとも思っているので、何とか自分で自分のケツを蹴り上げて書き進めたい所存。

 個人的な話ですが、私は書いていますし逆に他の方の作品も多数読んでいます。本当に素晴らしい作品が多く日々更新されるのが楽しみで。そんな中、自分が書く上で何かしらの影響を受けると言いますか、「自分もこんな風に」と思ってしまうことが多々あるわけです。
 そんな中、最近思ってしまうのです。自分ももっと、ハーブをキメた感じで書ければな、と。ただの戯言ですので寛大なお心で流して頂ければ幸いです。

 とにもかくにも、次回の話を頑張って書きますのでどうか気長にお待ちいただければと存じます。


 ちょっとした思い付き短編ですが、リリカルなのはViViDでも書かせて頂きました。
 https://syosetu.org/novel/104033/
 お時間のある時に暇つぶし間隔でもお読み頂ければ幸いです。

 感想、随時受け付けております。
 どうぞお気軽に書き込んで頂ければ幸いです。

 それではまた次回の

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