或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 およそ二カ月近く。だいぶ間隔が空いてしまい申し訳ありませんでした。
 そこそこ仕事というものも覚えてきて、簡単な内容なら任せてもらえるようにもなって、それは非常に嬉しいことですが、同時に執筆の時間も中々取れず。
 仕事やって終わって帰って色々片づけたり準備したりとかしてるとあっという間に時間なくなるんですよねぇ。

何気にですが、ネタを除く本編話数としてはにじファン時代の旧作に殆ど並びました。一話当たりの文字数を考えるととっくに総文字数は超えており、総文字数にしてもこのハーメルンのIS二次作品の中では上位に入っておりました。我ながらよくやってこれているものだと思います。

 貯蓄石30コ、課金9400円ほどの石を突っ込んで水着モーさん&玉藻を引きました。
 おかしい、きよひーが出ない……
 あと10連はクソ。10連回すくらいなら単発ブン回しの方が圧倒的に良いですね。

 それでは、どうぞ。


第七十六話:戦い、終えて――

 気が付けば状況は終わっていた。学園に侵入した敵組織の構成員の二人、片方は逃走し片方は死亡。字面だけ見ればありふれていると思えるようなことだが、目の当たりにした三人の候補生は一様に茫然としていた。

 ゆっくりと黒のISが地上へと降りてくる。ただの降下という、それこそISに乗るならばペーペーの初心者ですらごく普通に行うような動作だが、そんな当たり前の動作一つとっても目を奪われる優美さがあり、一部の隙も存在しない。余人であればそのまま目を奪われ続けていただろう。しかしそこは経験に優れる候補生の面目躍如と言うべきか、一番にラウラが、続けてセシリアとシャルロットがほぼ同時に我へと帰り次にどうすべきかを模索する。

 いや、何をすべきかは決まっている。言うまでも無く、戦闘に介入してきた黒いISへの対応だ。問題は、それをどのように行うかだ。

 

(二人とも、すまないが私に任せて欲しい)

 

 通信でそう切り出したのはラウラだ。通信越し故に声を大にする必要はない。しかし何とか聞こえる程度の小声になっているのはそれだけの緊張状態にあるということだ。

 

(見て分かった。あれは、万が一にも敵に回してはならない)

 

 言葉少ないが言わんとすることは二人もすぐに察した。やり方こそ問題があるものの、結果だけを見れば謎の介入者は敵から学園を守ったということになる。であれば、味方の可能性もあるということだ。だが下手に対応を誤り敵となってしまえば、その結果は既に示されている。

 ラウラはレーゲンを解除し、続くようにと背後の二人に目配せをする。セシリアとシャルロットも一瞬目を合わせるが、すぐにラウラに倣い各々のISを解除した。状況としては未だ非常時だが、もはやこれ以上の襲撃は無い。仮に眼前の乱入者が敵に回ったとしても、もはやISのある無しは意味を成さない。それが理由だ。

 

 ISを解除し応対のために歩いて向かってくるラウラに乱入者もまたISを解除した。ISスーツを着用してからの展開では無かったのか、現れたのはスーツ姿の女性だ。

 その姿を見た瞬間、三人は揃って一瞬目を奪われた。日本人、女性としてはやや長身であること、年は千冬より少し上くらいに見えること、見受けられる点は幾つかあるが、それ以上にその容姿全体そのものが目を引いた。美女、これ以外に言い表す言葉が無い。

 三人共に西洋の生まれ育ちだ。日本人とは人種が違うし、同じ西洋出身といえど三人の間でもそれについては違いがある。女性の、器量の良し悪しの評価にも国柄というものがあるが、今回はそんな基準を遥かに飛び抜けている。日ごろ教師生徒として接している千冬も美人と言えるが、研ぎ澄まされた刀のような雰囲気を纏う彼女と異なり、これが大和撫子と言われるものだろうか包容力を感じる穏やかさを放つ眼前の女性の方が万人受けをしやすいだろう。

 だがその親しみやすさが逆に恐ろしい。国家代表クラスの敵ISとその乗り手を一方的に下した圧倒的実力、そして敵の工作員への容赦のない処断、それらを続けざまに目の当たりにしてなお、その親しみやすさは感じ取っている。人との心的な距離をあっさりと近づける気質、そして容赦なく冷酷な処断を下せる実力と精神性。それらを両立するとはどういうことか。

 

(これが殺しの天性というものかっ……)

 

 考え、ラウラは戦慄する。だが歩みを止めることはできない。最終的には学園側に応対を任せることになるとはいえ、現状ではこの場にいる彼女たちこそが窓口だ。失敗は、許されない。

 

 乱入者である女の前に立ったラウラはもはや骨身に染みついたともいえる敬礼の動作を行う。相手もまた敬礼を返し、ラウラは口を開き名乗る。

 

「IS学園第1学年所属、ラウラ・ボーデヴィッヒです。帰属元はドイツ連邦軍シュヴァルツェ・ハーゼ、国家代表候補生であります」

「日本国防衛省航空機動強化外骨格管理局所属、浅間美咲です。日本国のIS運用官として特等を拝命しています」

 

 ラウラの名乗りに対し乱入者――美咲もまた名乗りを返す。そして自身の立場を明かす美咲の言葉にラウラは目を見開き驚愕を露わにした。

 

「特等、ですか……!?」

「あら、日本(ウチ)の方式は知っているのですね。なら話は早いのでしょうか。フフッ、そう緊張しなくても良いですよ。私は味方の側ですから」

「それは、恐縮です。それと、先ほどの助力はありがとうございました。この場を担当した者を代表して感謝を申し上げます」

「いいえ、そこまで畏まったお礼を言われることではありません。このIS学園は日本国にとっても多くの面で重要な場所。そこに不埒な輩の手が及ぶのであれば、これを跳ね除けるのは私の責務です。それに、少々手荒な結果になってしまったことにこちらが申し訳なく思っているくらいですから」

 

 言うまでもなくオータムへの処断のことだ。それが本音なのか、聞こえの言い建前なのか、ラウラやその後ろに控える二人に親身さを振りまく美咲の表情から推し量ることはできない。だがそのことは問い詰めるだけ無駄というものだ。それを分かっているからラウラはそれ以上を問わず、また後ろの二人も何も言わなかった。

 

「ご配慮、ありがとうございます。それで、助力を頂いた立場で恐縮な申し出ですが、私どもにご同行を願えますか? 学園側、本件の対策部門の人間への事情説明を願いたいのです」

「えぇ、それはもちろん構いません。もとより私もそのつもりですから。あぁ、そうですね。連絡を入れるなら千冬にするのが話が早いでしょう。彼女ならすぐに理解してくれるはずです」

「っ! 織斑教官をご存知で!?」

「えぇ、古い友人ですよ。千冬の方にはちょっと避けられがちで寂しいですけど」

 

 そうして千冬のことで二言三言、言葉を交わしてラウラ達と美咲は各々で必要な連絡を取り始める。

 

 通信を千冬に繋ぎラウラは状況報告を始める。いつもの様に冷静沈着な様を崩さず報告を聞いていた千冬だが、美咲の件を報告した途端に驚愕が表情を彩った。

 

『浅間だと!? 奴が出張ったのか!? それでお前たちは――いや、その様子だと無事か。それで、敵の工作員はどうした。……そうか。ご苦労だった、ボーデヴィッヒ。オルコットにデュノアもだ。以後の対応は我々が引き継ぐ』

 

 既に同行を申し入れ承諾してもらったという旨も伝えると千冬はラウラたちに美咲を連れてくる場所を指定する。それで連絡を終え通信を切ったラウラは少し離れた場所で自身の連絡作業を行っている美咲を見た。

 事切れ、地に落ちたままの姿を晒し続けているオータムの傍に立つ美咲は携帯で何者かとやり取りを行っている。おそらくは自身の所属先への報告だろう。ラウラが通信を終えて程なくして美咲も連絡を終え、携帯をしまうと再びラウラ達に向き直った。

 

「さぁ、案内をお願いします」

 

 ニッコリと、親愛に満ちた笑顔で言った。そうして未だ緊張を解けることのできないラウラ達の案内で移動を始め、同時に現場へと駆けつけた学園側の人員によるオータムの遺体の収容も開始した。

 

 

 

「ラウラ、さっきの話はどういう意味なの? 特等って……」

 

 美咲を先導する三人は並んで歩き、その少し後ろを美咲がついていくという形で四人は歩いている。その最中だ。一夏への簡単な状況説明を通信で終えたシャルロットがラウラに尋ねたのは。ラウラと美咲の会話で出てきた「特等」という単語、その意味についてだ。

 

「私も教官――織斑先生について自分なりに知ろうと調べた中で知ったことだがな」

 

 そう前置きしてラウラは説明を始める。

 先進諸国が保有するISは開発者である篠ノ之束によって宇宙空間、あるいは地球上の極めて苛烈な環境や危険な状況下での作業を行うためのパワードスーツと定義している。

 だが現在各国で運用されている実態は兵器のソレだ。或いは先の定義も束にとっては欠片も心にない方便であり、紅椿のような存在を鑑みれば今現在の運用実態こそが本質なのかもしれない。

 そのような存在であるISは軍部による運用、管理が行われているのが保有各国の共通だ。それは日本国も例外では無く、ISの管理運用は防衛省の下で行われている。それはIS本体のみならず、その操縦者も当てはまる。

 

 自衛隊に所属している操縦者は当然として、技術面での関連企業におけるテスターも操縦資格保有者としての申請、登録管理がされている。

 そして日本国の操縦資格保有者の全てが持つ肩書、それが操縦者としてのランクだ。これは純粋な操縦者としての技量や知識、更に上位のものとなると人格面なども考慮されて割り当てられる。このランクが所属する組織内、特に自衛隊もしくは省内での階級やキャリアに絶対的な影響を与えるということは無いが、上位のランクの保持者が階級やキャリア的に上位にありやすい、若年の者であればそれを上る早さが他と比べて早いという傾向が一部に見受けられている。

 そして日本国内当局が定めるランクは計四つ。下位より「二等」「一等」「上等」そして最上位の「特等」。

 

「だが解せんのだ。必ずしも絶対とは限らないが各国のIS操縦者の最上位は国家代表。そして公表されている日本の国家代表は"上等"と位置づけられている。そもそも特等というのは名誉職に近い扱いと聞いた。操縦資格を保有するも、年齢や役職の面から実際に操縦することは殆ど無く、現在公表されている資格保持者は総じて指揮側の者だ」

 

 そしてその特等の資格を有しながらも実際にISを運用した者はラウラの知る限りただ一人。かつての千冬その人だ。

 

「現に教官の実力、知識の深さ、そして人格。いずれも相応しいと納得できるものだ。だが、教官だけだったはずなのだ。その特等資格の保有者は」

 

 かつてドイツで千冬から学んでいた折に寸暇を惜しんで調べていたことの一つだから間違いない。公表されている特等資格保有者で実際にIS操縦を行ったのは千冬のみ。彼女が一線を退いて数年経つが、未だに新たな特等資格保有者が出たとは聞いていない。

 

「私が知っているのはこのくらいだ。だから、解せない。あの浅間美咲という者が何者なのか。少なくとも敵では無いかもしれない。しかしあれほどの実力を保有しながらまるで存在を知られていなかった。警戒もするし、何より不気味でしょうがないよ」

「確かに。それはラウラの言う通りだね」

「ですがそれだけではありません。そのような方がこうして目立つことも厭わず表舞台に介入をした。わたくしにはそれが何かの予兆に思えてきますわ」

 

 セシリアの言うこともまた道理である。そのまま三人は固い表情のまま歩みを進め、その後ろを美咲は穏やかな笑顔を浮かべたままついていった。

 

 

 

 

 

 

「――ざっと説明すると、逃げようとしたオータムをラウラ達が追い詰めて、出てきた増援がまたまた出てきた乱入者にフルボッコにされて、増援は逃走、オータムはお陀仏ってことらしいです」

「どういう状況なのよそれ……。しかもなに? イギリスの新型が敵に渡っていて、候補生三人がかりを余裕であしらえて、乱入者二号はそれを一方的に嬲れる? そりゃこっちの見通しの甘さもあるけど、ちょっと訳わかんないわ」

 

 シャルロットから聞いた凡その事情を一夏が説明するも、こめかみをヒクつかせながら楯無は状況の不測ぶりに困惑を隠しきれずにいた。

 

「浅間美咲――それが敵を一方的に叩きのめした人の名前らしいです。少なくとも敵でないことは確実みたいですけど。会長、知ってます? なんか日本のIS乗りらしいですけど」

 

 ちなみに一夏は美咲のことなど欠片も知らない。だが状況を聞いた限りでは国家代表クラスの相手を文字通りに完封した、隔絶した実力の持ち主らしい。IS乗りとしてまず間違いない最古参の実姉なら確実に知っているだろうが、その手の事情に詳しそうな人物が目の前にいるのだ。聞かない手はない。

 

「……名前は、初耳よ」

 

 だが返ってきた返事は予想外のものだった。とはいえそれで落胆したりはしない。別に楯無とて全知というわけではない。いくら裏事情に詳しいとはいえ、知らないことくらいはあるだろう。

 仕方ない、そう言って切り上げようとした一夏だが、それに先んじて口を開いた楯無が言葉を続けた。

 

「ただ、噂レベルでは聞いたことがあるわ。ISの誕生当時から今に至るまで。肩書の上ではIS発祥の国である日本は水面下で諸外国からの機密やら何やらを奪われる恐れに晒されていた。それを阻む切り札、誤魔化しようのない国家の暴力装置、その極致とも言える存在のことはね」

「暴力装置の極致……また物騒な」

「けど、その存在があったから守られた国益も膨大だわ。……全部受け売りだけどね。その謎の味方がその内の一人、可能性はあるわ」

 

 内の一人、つまり件の人間は複数いるのかと問うた一夏に楯無はやや言葉を濁しながら視線を逸らす。お家柄もあって物凄く身近に、それに深く関わる人がいる。答えたのはそれだけだった。

 

「なんにせよ、話を聞かなきゃどうしようもなさそうっすね。いつまでもこんなガレキの山に囲まれてるのもつまらないし、移動しますか。その浅間さんとやら、それに姉さんや他の皆が集まる部屋もわかってるわけですし」

「そうね。そうしましょ」

 

 この場にいても話は進まない。そう意見を一致させた二人は移動しようとする。荒れに荒れつくした更衣室跡は、学園側でどうにかしてくれるだろう。もはやこの場に用は無いと二人は揃って歩き出し――

 

「あれ――?」

 

 不意に一夏は自分の視界がブレたのを感じた。咄嗟にすぐ隣にあった半壊したロッカーに手をかけ、膝から崩れ落ちることは何とか避ける。

 殆ど経験した記憶はないが貧血や立ち眩みの類か、思いのほか疲労が溜まっていたのが原因かと考えるも、視界が霞むだけで意識は実にはっきりしている。それこそ推しの声優アイドルの歌をフリコピしながらこの場で歌えるくらいだ。

 

「一夏くん!?」

 

 すぐに気づいた楯無が慌てた様子で一夏の側に寄ってくる。隣を歩いていた人間がいきなり崩れ落ちかければ心配するのは当然だろう。それも先ほどのような激しい交戦の後となれば尚更だ。

 

「あぁいや、大丈夫です。ちっと疲れてますけどピンピンしてるんで。なんか急に目がボヤけちゃって」

「……無理は、してないわよね?」

「まぁ変に気を張る性質な自覚はありますけどね。この状況で無駄に虚勢を張ったりはしませんよ。マジでちょいと目が霞んだだけなんで」

「ならいいけど……」

 

 心配してくれるのはありがたいが、あまり気を使われすぎるのもむず痒い。少しずつ視界は回復しているが、まだもう少しかかるだろう。その間も楯無をこの場に留まらせるのは時間の無駄か。そう判断して楯無を先に行かせることにする。

 

「とりあえずもうちょいこの場で休むんで、会長は先に行っていてください」

 

 そう言って一夏は空いた手を伸ばして楯無に先へ行くよう促す。促すために楯無の方を見ないまま手を伸ばし――

 

 ムニュッ

 

「ヒャアッ!?」

「えっ?」

 

 左手に突然感じた柔らかな感触。不意を突かれて驚くような楯無の甲高い声に一夏も一瞬思考が止まり、反射的に掴んだものを握ってしまう。仄かな温かさを持った弾力と共に楯無が僅かに熱っぽい吐息を漏らし、思考が再起動した一夏は状況を把握して背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 何が起こったか、端的に説明しよう。一夏が手を伸ばした。楯無の胸に当たった。そのまま揉んだ。以上。

 

「……」

 

 やっべぇ、どうしよう、そんな考えが一夏の思考を埋める。とりあえずはさっさと手を離せばいいだけの話なのだが、それも思いつかないくらいには一夏も混乱状態にはあった。

 

「あ、あの、一夏くん……?」

 

 互いに固まること数秒、ようやく口を開いた楯無が恥ずかしげに言うとそこで一夏も我に返り、慌てて手を放しその場でキレのある土下座を見せた。

 

「ほんっと~~~にスンマセンっしたー!!」

 

 これでもかと平伏しきったDOGEZAスタイルである。無論、一夏に非があるのは明らかであるため彼が詫びるのは道理なのは確かだが、そこまでのことなのか。問われれば彼はこう言うだろう。そこまでだよ、と。

 

「え、えっと……大丈夫よ、大丈夫。うん、ちょっとびっくりしちゃったけど、私が近過ぎたのもあるし……。えっと、立って大丈夫だから」

「いや、マジですいません……」

 

 尚も謝りながら一夏は立ち上がる。そして両者再び無言。一夏は気まずそうに後頭部を掻きながら視線を明後日の方向に飛ばし、楯無も同じように視線をあっちこっちへ散らしている。

 

「あー、とりあえず会長。先行ってて下さい。オレも、もうちょい具合が落ち着いたら向かいますんで」

「そ、そうね。じゃあ、お先に行かせてもらうわ」

 

 そう言うと楯無はやや足早に更衣室跡から出ていく。一人残った一夏はしばしその場で立ち尽くすが、やがて転がっていた適当な椅子を置き直し座ると、ハァ~と大きく息を吐いた。

 

「まったく、色々ありすぎて流石に疲れたわ……」

 

 体力には自信があるが、それでも限界というのは確かにあるのだ。もしかしたらこの掠れ目も無理はし過ぎるなという体からの警告かもしれない。であるならば、その辺は今後の鍛錬に活かすし、同時に良い教訓にもなる。

 そのまま一夏は黙り込み、何かを考えるように座り続ける。程なくして左腕を動かし、つい先ほど楯無に触れていた自分の左手を見つめた。

 

「あれが……おっぱいか……!」

 

 なんかもう色々台無しだった。

 

「やっべぇよ、謝ったけどさ、思い出したらぶっちゃけ最高だったよ。やべぇよ、マジっべーわ。おっぱい揉んじゃうとか初めてだよ。あんなに柔らかいのかよ、あったかいのかよ。あれが女子かぁ。はぁ……」

 

 仕方ない、一夏とて根っこの部分は健全な普通の男子高校生だ。年相応に色ボケた思考回路も持っている。そも彼の私物のPC、その中の数馬の手による厳重なセキュリティが施された秘蔵フォルダの中は煩悩が結構なデータ量で集約されていたりする。さらに余談だが彼の同級生であるメガネっ子Kがちょっと気合を入れればそのフォルダの存在に感づいた上に、ハッキングであっさりと暴かれるため、その気になればメガネっ子Kは一夏を手玉に取るのは割と容易かったりする。そうしないのはせめてもの慈悲だ。

 

「はぁぁぁぁぁ……はぁ……おっぱい……」

 

 完全に語彙力が喪失しているが、これも致し方のないこと。重ねて言うが内面的には一夏とて普通の男子高校生。そこまで語彙力に秀でているわけではない。そもこの手のことはあぁだこうだと言葉を飾るだけ無粋というものである。

 そのまま「あ~」だの「う~」だのとぼやきながら頭をぶらぶらと左右に振る。異性の胸を触ったという体験は思春期真っ只中の男子高校生にはそれだけ衝撃が大きいことだ。一応フェチとしては尻及び太ももを自認している一夏だが、あくまで拘らないだけであってなんだかんだでおっぱいは好きなのだ。

 ちなみにスタイルの良い女性と言えば千冬という見事なまでの好例がごく身近に存在しているわけだが、それに対して彼がどう考えているかというと、これが実は割とどうでもいいだったりする。そも生まれてこの方の付きあい故に慣れ切っているのもあるし、家での干物ぶりを目の当たりにすればもはや萎えるどころか「ハッ、ねーよww」と語尾に草を生やす勢いだ。

 

「……いや待てよ、地味にやばくない?」

 

 合流場所に指定されたのは学内に複数ある会議室の一つだ。普段の学園生活では一夏らの生徒の立場にある者は必要がないゆえに殆ど立ち入ることの無い、教師陣などが主な使用者となる棟にある。しかし今回の件に際してブリーフィングのために使うかもしれないということで関係する生徒には場所の説明がされていた。一夏もその一人であるし、毎度おなじみ一年専用機持ちズもそうだ。

 それなり以上の人数が入る部屋の広さを鑑みるに、おそらくは関わったほぼ全員が招集されると見て良い。直接侵入者の迎撃に関わり、役割的に既にやることの殆ど無くなった級友たちは確実だろう。楯無が向かったのはそんな中だ。不注意による不慮の事故とはいえ一夏がおっぱいを鷲掴みにしてしまった楯無が、彼の級友たちが集まる場所に行くのだ。

 

「……これはマズイ」

 

 楯無的にも多分、いや確実に恥ずかしい事案だから流石に可能性は低いと思うが、仮に先ほどのことをばらされでもしたらどうなるか。余裕で死ねる。

 HAHAHAと自分を誤魔化すように笑ってみるものの、出てくる笑いは乾ききっている。いや、別に級友たちならまだ良い。やらかした事が事だ。鉄拳の一つや二つは甘んじざるを得ないにしても、彼女らだけならまだどうとでもできる。室内のような閉所空間であればいかにその方面でもエリートとはいえ、十代の少女数人程度を一人で封殺するのは十分に可能だ。問題は千冬(ラスボス)だ。

 ぶっぱなしてきたとしても気合の入った一発で済むだろう。だが、その一発がきついのだ。食らっても文句は言えない立場だが、できることなら避けたいのも事実だ。誰だって痛いのは御免被りたい。

 

「……行くか」

 

 目も殆ど回復した。既に行動に支障は一切ない。おっぱいの余韻に浸るのも悪くないが、それは今の優先事項ではないのだ。もっとも重要視すべきことは何か、それは片時も忘れたりはしていない。

 ふと、自分がこんな考え方をできるようになったのはいつからかと思う。時に数馬や弾と居る時のような砕けた気分でありながら、思考の内では常に冷静に状況を見据え、それへの対応を考えるクレバーな部分が存在する。思い当たる節があるとすれば夏の一件だが、存外に影響はあったらしい。それが良い方向に向いているというのであれば、それは歓迎すべきことだろう。

 椅子から立ち上がり歩き出した一夏の目は既に鋭い光を宿していた。亡国機業、その名を知ることができた明確な敵。分からないことばかりということが分かった敵を如何に斬るべきか、その方策を求めて一夏の足は動いていた。

 

 

 

 

 

「すみません、遅れました」

 

 詫びの言葉と共に一夏は集合場所である部屋に入る。それなりの広さを持つ会議室には既に今回の学園祭防衛に関わった主だった面子が集まっており、中央のスクリーンにはいくつかのモニターが展開されている。

 どうやら一夏が最後だったらしい。専用機持ちの級友を始め、千冬や真耶などの教師陣も揃っている。学園祭本番前にも何度か見た光景だ。だがこれまでとは違う点もある。その最たるが、この場にいるのを初めて見る二つの顔だ。

 

 一つは見慣れた親友の顔。隣に簪がいるからとはいえ、周囲の教師陣からどこか警戒するような意識を向けられているにも関わらず、まるで気にしていないという風に涼しい顔をする数馬だ。一夏が入ってきたのを見て、片手をあげた彼に一夏も軽く頷きで返す。

 そしてもう一人、初めて見る女性の姿。間違いない、彼女こそが件の浅間美咲なる人物だろう。なるほど、確かにどえらい美人だというのが最初の感想だった。身内びいきになるが、実姉の千冬も相当な美人の部類だ。だがベクトルが違うのだろう。率直な感想として、浅間女史の方が男受けは良いなというのが一夏の偽らざる本音だ。

 

「来たか。不調を訴えたらしいが、無事か」

「ご覧の通り、ピンピンでござい。織斑先生」

 

 おそらくは楯無が先行して伝えておいてくれたのだろう。千冬は事情を把握しているらしく、遅れたことについても珍しく咎める言葉は無かった。

 簡潔に無事のみを伝え、室内を見回して楯無を見つけると目線で謝意を伝える。だが当の楯無はと言えば、目が合った瞬間に僅かに狼狽え、やや恥ずかしそうに視線をそらしてしまう。それを見て一夏も先ほどの一幕を思い出して思わず視線を上にずらしてしまう。微妙に顔に熱を感じるのは……気のせいだろう。直後、何やら妙な視線を感じたのでその方を向いてみれば、何やら察したらしい数馬と簪が揃って面白そうと言いたげな視線を向けている。"うるせー放っておけ"と視線で返して、再度千冬の方を向く。

 

「すいません、先にお客さんへの挨拶をしても?」

「……まぁ、良いだろう」

 

 どのみち改めて全員に紹介はするがなと言いつつ、千冬は一夏が美咲へと挨拶をすることを承諾する。心なしか言葉に苦いものが混じっていたと一夏は感じたが、気にせず向かうことにする。

 

「あ~、というわけでどうもッス。浅間さん、ですよね? 挨拶が遅れまして。オレが織斑一夏です。助太刀、ありがとうございました」

「まぁまぁ、これはご丁寧に。後ほど改めて紹介されるとは思いますが、浅間美咲です。初めまして、織斑一夏くん。貴方のこと、それに関わること。色々と聞いていますよ」

「いやぁ、下世話なマスコミが一時期騒いでくれましたからねぇ。けど、知ってもつまらないでしょう? 実物のオレなんて、ただの高校生だっていうのに」

 

 割と本気で思っている本音を言う一夏に美咲はそんなことは無いと首を横に振る。

 

「いいえ、少なくとも私は貴方のことをとても評価しています。けれど、そう言われても貴方は納得しないでしょうから、ちょっとだけお時間を貰って証拠を見せましょう。貴方にとっても分かりやすい、剣士としての面で」

「……それは」

 

「ちょっとだけ下がって貰えます?」 そう言って美咲は一夏に少し離れるように促す。別に断る理由も無いため一夏は数歩下がり2mほどの距離を空ける。そして美咲を改めて見て、次の瞬間にはすぐ眼前に迫っていた美咲の手刀が首筋に添えられていた。

 

「……え?」

 

 1秒、それが状況を認識するのに一夏が要した時間だ。2mを一息に詰める、それ自体は良い。別に一夏にも(・・)普通にできることだ。問題なのはその過程を認識できなかったこと。

 美咲が速過ぎたのではない。人の脳の信号伝達の関係上、絶対に生じるとされている意識の空白、それを完全に突かれたことによるもの。その数瞬、一夏の中の時は完全に静止し、美咲の存在が消えていたのだ。

 

「なん、で……」

 

 周囲の面々は二人のやり取りの意味を理解できず怪訝そうな顔を浮かべている。だが一夏は、美咲は分かっていた。分かるからこそ、一夏の漏らした声には疑問と戦慄が共に含まれているのだ。

 

「なんで、貴女がその技を……」

 

 仮に美咲の手に刃が握られていれば、一夏は何が起きたのかを理解できぬまま首を絶たれていた。意識の間隙を突くことにより相手の"時"を制し"戒"める一"太刀"を振るう。その技を彼は知っている。

 奥伝"時戒の太刀"、夏休み中の師との修行により会得した奥義の一つ。少し前のアリーナでの初音との一対一で決め手となった技だ。

 

「"何故私がこの技を使えるのか"、貴方が抱く疑問はそれでしょう」

 

 その通りだ。一夏の答えなどお見通しなのだろう。美咲は言葉を続ける。

 

「理由は簡単です。私もまた、この技を学んだからですよ」

 

 そんな馬鹿な。何故なら()の太刀は一夏が修める流派のみが伝える奥義だ。そして一夏の知る限り、その使い手は一夏と師の二人しかいない。

 

「貴方が知らない理由は簡単ですよ。単に貴方が私と言う存在を知らされていなかった、それだけのことです。

 ――私の師は祖父でした。けれど、祖父には私を弟子とするより先に弟子としていた人が居た。その人物こそが流派の跡を継いだ後継者であり、私にとっては兄弟子でもあった。その人の名前は――」

 

 もしやと思った。確証は無い。だが、既に一夏の内では一つの解を見出していた。そして美咲は言った。

 

「海堂宗一郎」

 

 一夏がこの世で絶対の存在と最大の信頼を置く師の名を。

 

「マジ、かよ……」

 

 唐突に知った事実に一夏は驚きにより呆ける。未だ話を理解できていない他の面々だが、ある程度事情に通じている千冬だけは一夏同様に驚愕を露わにしていた。

 

「宗一郎兄さんは考えがあって私の事を話さなかったのでしょう。そこは責めないであげて下さい。ですが、こうして縁が出来た以上は隠し立ても無用。改めて、よろしくお願いしますね。同じ流派を学んだ者同士、私は是非貴方と仲良くなりたいですから」

 

 そうは言うものの、一夏にとっては割と衝撃が大きく未だに話を飲み込み切れずにいたりする。そんな彼の様子を敢えて気にしないのか、美咲はポンと手を叩き「そうそう」と言いながら言葉を続けた。

 

「いえ、確かに私と宗一郎兄さんが兄妹弟子なのは確かなのですが、私と兄さんにとってはそれ以上に大事なことがあるんです。これは是非一夏くんに、後は千冬にも聞いてほしいですね」

「え?」

「む?」

 

 まだ何かあるのか、そんな考えが一夏の表情に表れ、いきなり話を向けられた千冬も怪訝そうな顔をする。それを見て美咲はどこか悪戯っ子めいた笑みを浮かべる。

 

「少なくとも私にとっては兄妹弟子以上の重要な関係性ですよ。端的に言うとですね、私、宗一郎兄さんの元カノというやつなんです」

 

 そうニッコリとした満面の笑みで爆弾を投下した。

 

「は?」

「な?」

 

 聞いた瞬間、一夏と千冬は揃って我が耳を疑うような顔になった。だが宗一郎の元カノ、その意味するところを理解し飲み込むと――

 

『なにぃいいいいいいいいいいいいいい!!!??』

 

 姉弟揃って驚愕の声を張り上げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 戦闘が終わって事後処理やら色々情報交換やらの前にクッションとしての一幕でした。まーた何かよく分からん設定が出ましたね、ハイ。ぶっちゃけ今回のはそこまで気にしないでくれて大丈夫です。何となく話の下地を整えるための土台素材の一つ、あるいはちょっとした舞台背景に過ぎないものなので。

 前半真面目、後半ちょっとギャグになりました。割と珍しい一夏のラッキースケベ。いや、本当にこの作品書いていて初めてなような……。あと最近、わざわざ楯無ルートなんての作らなくても、拙作に関しちゃ楯無さんのヒロイン素養高いよなとも思ったりしてます。なんか最近、原作ヒロインズの大半がバトル脳になってきてるんですもの。
 一夏の目がぼやけた理由は何故か。こちらも追々明かしますが、原因となった点は既に描写しています。気づいて貰えたら幸いです。

 次回は……いつ更新となるかは分かりませんが、色々お話的なやつになると思われます。さて、また外道節が炸裂するのか。私自身、気になってはいるところです。




 ……新人というのは理不尽に見舞われるものです。何が悲しくて上司の道楽に高い金払って巻き込まれなきゃならんのか。道楽は所詮個人単位。本人がどれだけ好きだろうが万人がそうとは限らないもの。よりによって配属先の上司が道楽への熱心さが強いばかりに、さして興味も無い釣りなんぞに時間と金を使わされて。コミケもいけないし無駄に金が減るし……なんかシーズンの度に道楽者同士で集まってるみたいだけど、もう二度と行くものか。んなの行くくらいなら休日出勤の方がはるかにマシだ。
 とまぁこのように、何かと社会人になっての大変さを噛み締めている今日この頃であります。

 それでは、また次回更新の折に。


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