或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 vs斎藤先輩、続きです。
勝負の行方については本編をば。

 そしていよいよ五巻編の原作における山場にも突入します。
……にじファン時代に最後に書いたところまで着々と近づいてきましたが、我ながら本当によく続けられたものと思っています。

 それでは、どうぞ。


第六十九話:剣戟の行方 動き出す舞台裏

「ぐっ!?」

 

 セットの中の小部屋、そこに置かれた長机の上で続けられた二人の斬り合いは不意にその流れを変える。

何度目になったかも分からない鍔迫り合いが再び始まった瞬間、初音は右手を動かし一夏の刀を流しながら空いた利き手である左手で一夏の首を鷲掴みにしていた。

並の相手であれば難なく対処はしていただろう。だが文字通りの目の前にいるという距離の近さ、初音の太刀筋への対処、そして行動に転じた彼女の動きのキレ、それらの要素が重なった結果、反応できこそすれ対応は間に合わないという状況に陥ったのだ。

 

「っ……!」

 

 一夏の首を絞めながら初音は体重をかけて一夏を背中から押し倒そうとしてくる。

足に力を込めてそれに抵抗しながら一夏は次の手を考える。

呼吸ができないくらいはなんてことは無い。首が締まって苦しい理由の一つは無理に呼吸をしようとするからだ。人間、頑張れば一分くらいは息を止めていられるし、一夏にとってはそのくらいは余裕。まず第一に呼吸という行為を切り捨てた。

だがこのままを放置するわけにもいかない。気道が締まるのはともかく、頸部の血管まで締められるのはよろしくない。それで意識を落とされたらアウトだ。

 

(生憎、オレに首絞められて悦ぶ趣味は無いんでね)

 

 本気の殺意が乗せられた首絞めを冷静に受け止めながら一夏は重心を変え、左足に体重をかける。

そして――

 

「らぁっ!」

 

 右足を振り上げて初音の腰に蹴りを叩き込む。

体勢的に無理のある一撃だったために威力こそ不十分だったが、初音の体勢を崩して首から手を離させることはできた。

 

「チッ!」

 

 だが初音はダメ押しとばかりに一夏を突き飛ばす。

首を絞められていたことも耐えてはいたが全くのノーダメージというわけでもなく、せき込みながら足をもつれさせ初音同様に一夏も体勢を立て直すのに手間取ることになった。

その隙を見逃すほど初音も愚鈍ではない。体勢の崩れにしても初音の方が軽微であり立ち直りは早かった。一夏が体勢をようやく――それでも客観的に見れば十分に早いが――立て直した時、先ほどの返しとばかりに初音は一夏の胴にドロップキックを叩き込んでいた。

 

「うおっ!」

 

 再び仰向けに倒されるも、そのまま後転して立ち上がる。追撃のために迫ってきた初音に足払いをかけて、今度は一夏が初音を転ばせる。

仰向けに倒れた初音は背中を思い切り机に打ち付けるも、それで手心を加えるほど一夏も甘くは無い。倒れた初音の上に仁王立ち、両手で柄を握った刀を一気に振り下ろす。だが初音もそこまでは想定しており、すぐに腕を動かして自分の前に刀を滑り込ませ、一夏の上段からの振り下ろしを受け止める。

だが上段からの振り下ろし、それも鍛えた男の両腕によってのソレを片手のみで受け止めるのは初音にも物理的な無理があり、一夏の刀が動きを止めたのも一瞬のこと、すぐに初音の刀を押し込みながら動き始める。

 

「チィッ……!」

 

 苛立たしげに舌打ちをしながら初音は一夏の押し込みに抗しながら身を捻る。

細長いだけあって初音の体はそのまま机から転げ落ちるが、あのまま押し込まれるよりはまだマシだ。

転げ落ちてから初音が体勢を整え直すのと、不意に押し込んでいた相手が居なくなったことによって勢い余った一夏が体勢を直したのは同時だ。

見上げる初音と見下ろす一夏、睨み合ったのも僅かな間だ。机から飛び降りながら一夏は初音に斬りかかり、それを下がって躱すと再び斬り合いが繰り返される。

 

 小部屋に入るまでと同じように斬り合いながら二人は移動をする。先ほどまでとの違いを挙げるとすれば今度は一夏が前へと攻め立てる側に回っていることだが、勝負の本質的には大きな差は無い。

入ってきた場所とは別の出入り口から部屋を出て、狭い通路の中をもつれあうように斬り合いつつも二人は進む。

 狭い中での斬り合いもすぐに終わる。通路を抜けると再び薄暗い室内に躍り出る。だが今度は天上の方から日の光が差し込んでいる。

円柱の形となっている石造りの塔、それが二人のいる場所の外観だ。中からでもそのことは容易に分かるが、その直後の予想外の出来事に二人の動きは一瞬止まらざるを得なくなった。

 

「むっ!」

「これは……」

 

 一瞬床が揺れた、そう思った次の瞬間には周囲の石壁が下に沈み込むように動き出していた。

否、これは石壁が沈んでいるのではない。自分たちが上っているのだとすぐに察する。同時に二人は今立っている場所がアリーナの可動式のタワーだと理解する。

 

 再び金属音の二重奏が響き渡る。周囲の壁に反響した音は徐々に塔の中を昇っていく二人の勝負を彩るBGMの如きだ。

元々そこまで広くは無い足場の上、下手に壁にぶつかれば動くソレに巻き込まれて大怪我をする可能性もある。必然、二人の斬り合いは先ほどと同じように距離を詰めたまま行われるが、それでも通路や机の上でのものとは違う。

決して広くは無いが、狭すぎるわけでもない。初音の動きはそれを活かしたものだった。

 

 距離は近いながらも、その中で跳躍からの斬りかかり、大きく体ごと回転しながら膂力の差を補うような横薙ぎ、ちょうど一夏が鈴と箒の二人を相手にしていた時と同じような、彼ほどではないとは言え躍動感を伴った攻めを繰り出す。

それを捌く一夏の動きもまた同様。一撃一撃、全て受け止める必要な無いと言うように身を捻りながら躱し、逆に反撃を仕掛ける。だが初音の流れに合わせるように動いているためか自然と彼の動きも大振りとなり、結果としてこの場の戦いはタワーの上で二人が目まぐるしく躍動しながら切り結ぶという構図になっている。

 

 吹き抜けになっている石塔の頂点に達するまでさほど時間は掛からない。

そしてタワーが頂点に達しきるより早く石塔の構造と客席の位置の関係上、二人の苛烈なやり取りはさながら仕掛け舞台の演出に彩られたかのように観客の目に飛び込み、どよめきと共に興奮が客席から湧き上がる。

だが観客にどのような感想を抱かれるか、それは今の二人にとってはどうでも良かった。斬り合いは続き、一夏が振り下ろした一撃を初音は切り上げで受け止め、そのまま僅かに鍔迫り合うと再び跳躍を交えた斬り合いに移る。

 

 タワーの上昇が完全に止まった所で二人は更に移動をする。

足場の縁に移動した一夏は躊躇なくそこから飛び降り、二メートルほど下の別のセットの屋根に飛び移る。無論初音もその後を追って飛び降り屋根の上で斬り合いを再開する。

だがこの勝負は一夏にしては珍しく立ち位置の大きな移動を積極的に行っており、屋根から再びセットを飛び移りながらアリーナの地面まで降りると、逃がさぬとばかりに追ってきた初音を迎え撃つ。

 

 今度の場所はセットの裏側、全方位に存在する観客席の一部からは無論見えるが、セット用の資材やら証明その他諸々の配線などが置かれた目立たない場所だった。

先ほどの石塔の中ほどではないにしろ、あれやこれと者が置かれているせいでやや手狭なこの空間で、今度は殆ど移動の無い斬り合いが始まる。

互いに至近距離で向き合ったまま、両手で握った刀を肘から先の稼働を駆使しながら斬りかかり、弾き合う。動きも小振りゆえに手数が増えたからか、カンカンという金属音が小気味よさを感じさせる早いテンポで打ち鳴らされる。

 

 小突き合いのような斬り合いは徐々に牽制の動きへとシフトしていき、刀身同士が当たる回数も減っていく。

そして好機と見たのは二人同時、勢いよく相手に向けて刀を振るい、当然の帰結として刀同士がぶつかり合う。

 鍔迫り合いも束の間。どちらが先か分からない、ほぼ同時と言って良いタイミングで一夏の左腕と初音の右腕が動き、刀と同じように相手に向かう。

ガシリと二人の掌がぶつかり、そのままつかみ合う。互いの利き手で刀を、空いた手で相手の手を、押し込もうとして力を込めあう。

 

「せいっ!」

「くっ!」

 

 行動に移ったのは一夏だ。

押し込もうとしていた左手の力を抜き、逆に腕を引く。不意な力の流れの変化に初音も対応しきれず、半身を投げ出すようにして前に倒れそうになる。

だが一夏の左手は依然として初音の右手を掴んだままで、結果として一夏が初音を引き寄せた形になり、そのまま懐に潜り込むと身を捻り初音の体を背に当てるようにして一気に投げ飛ばそうとする。

 

「くそっ!」

 

 悪態が出たのは反射的なものだったのだろう。

吐き捨てると初音はせめてものとばかりに一夏を蹴り飛ばすようにして足を伸ばし、それは一夏の左肩に直撃する。

 

「ぐおっ!」

「くぅっ!」

 

 肩とは言え蹴りをモロに受けたことで一夏は倒れまいと後ろ向きに動くも、足がもつれたことでそのまま背中から倒れ込み、初音も一夏に投げ飛ばされたことで、二人はそれぞれ荷物やら配線やらが纏まった場所に突っ込む。

僅差とはいえ先に立ちあがったのは初音。一夏が完全に体勢を立て直す前にとばかりに駆け出し、間合いを近づけたところで走り幅跳びの要領で跳躍し、一夏に斬りかかる。

 その頃には一夏も立ち上がり体勢を立て直しており、身を翻して初音の一撃を回避するとともに振り下ろされた刀の上から自分の刀を叩きつけ抑え込もうとする。

そして振り下ろされた初音の刀と、更に上から叩きつけられた一夏の刀によって二人の刀の下にあった配線の幾つかが火花を上げながら断ち切られた。

 

 

 

 

 

「あ、これいけない」

「問題かい?」

 

 口調こそいつも通りに淡々としているものの、明らかに問題が起きたと認識している簪の言葉に隣の数馬も僅かに眉を顰めながら状況を聞く。

 

「さっき二人が配線を斬ったせいでセットの装置の一部が誤作動を起こした」

「というと?」

「端的に言うなら……自爆装置?」

「……はい?」

 

 予想だにしていなかった答えにさしもの数馬も呆けたような顔になる。

 

「正確に言えばセット撤去用の自壊装置。本当に小型の発破装置だけど、セットを崩すのは確かだからセットの大きさによっては巻き込まれると危ない」

「それは、どのくらいの範囲で起こるんだい?」

 

 簪はコンソールを操作すると舞台のマップを示し、その中の一部を自壊装置が作動した範囲として赤枠で囲む。

 

「このあたりのエリア。ちょうど、二人が中心地点。

 あと、誤作動だからどう壊れるか分からない。セットの建物が丸々崩れるかもしれないし、一部が壊れるだけかもしれない」

「それは、ちょっと不味いね」

 

 自分がロクな思考回路をしていないと自覚している数馬だが、ごくごく客観的な考え方も普通にできる。

今の状況が、その真っ只中にいる一夏と初音の二人にとって危ないものであることは彼にも理解することは容易い。

 

「一応、近くのスピーカーにアクセスして二人だけに聞こえるように状況は伝えるよ」

 

 数馬は早くも手慣れたと言わんばかりに自分でコンソールを操作して二人に状況を伝えようとする。

 

「けど、言って聞いてくれるかねぇ。あの二人が」

「……ううん」

 

 今度は簪が返答に困って首を横に振る番だった。

同じ学び舎に通う者として簪は二人のことをそれなりに知っているし、数馬も数馬で一夏はともかく、初音についてもこの短時間でどんな性格かはある程度分かった。

その上で簪も数馬も、あの二人が周りが危ないからという理由で勝負を途中で切り上げることなど有り得ないと結論づけた。

 

「見守るしか、無いようだね」

「うん」

 

 こうなってしまえばもうどうにでもなれの精神だ。

二人の身に問題が起きなければそれで良いと思いながら、簪と数馬は黙って勝負の行方を見守ることにした。

 

 

 

 

 管制室の二人の見越した通り、状況を伝えられても二人が勝負を切り上げることは無かった。

あれから更に二人は移動を重ね、何をトチ狂ったかと言われてもおかしくない、崩れるかもしれないセットの中へ戦いの場を再び映していた。

 中で斬り合い、移動し、二人がやってきたのは建物の屋根の上だ。平均台のように細い足場の上でフェンシングのような突き合いを交わし、より安定した足場を求めて飛び降りた結果だ。

切り結ぶ二人の耳には遠くでセットが崩れる音が聞こえている。それを認識しながらも互いの意識は目の前の相手に集中している。

 

 だがその集中も強制的に途絶えさせられる。

最初に小規模な火薬の爆発音、そして何かが崩れるような音、それが二人のすぐ近くからした。

 気付いて二人は揃って音のした方を見る。そして二人が今立っているセットの屋根が少しずつ崩壊しているのを見た。

 

 動き出したのは一夏が先だった。

突き飛ばすように初音を押し退けながら崩れる方とは真逆に走り出す、その直後に初音も一夏を追って走り出す。

文字通り全力で駆け、一夏の目に映ったのは屋根のすぐ隣にある、内部で斬り合いを繰り広げたのとは別の石塔だ。

配線か、それとも建造の過程で生じたのか石塔には頂上から一夏の足の少し下ほどにまで伸びているケーブルが二本ぶら下がっている。

迷うこと無く一夏は飛ぶとケーブルの一本を掴み、片手と足を使ってゆっくりと登っていく。

 

 一夏がケーブルに飛び移ったすぐ後に初音も同じように屋根から飛び、一夏が掴んだものとは別のケーブルに捕まる。

その直後に二人が立っていた屋根は完全に崩落するが、離れた以上二人の意識は既に崩れた屋根には無く、相手のみに向けられている。

 

 ゆっくりと上へと進む一夏に、初音もまたケーブルを昇って追う。

追いながら初音は一撃でも良いから当てるとばかりに刀を上に伸ばしながら振り、逆に一夏が下に伸ばした刀で応戦する。

 徐々に上に進みながらの斬り合いだが、その最中に今度は二人が掴むケーブルの取りつけられた石塔、その根本部分から破砕音が鳴った。

石塔の根本近くの一部から発破により生じた煙が上がる。それを見て嫌な予感を感じた一夏はすぐさま周囲を見回し、あるものを見つけるとすぐに次の行動に移る。

 

 姿勢を整え、ケーブルを掴み直し、一夏は石塔の壁を蹴ると振り子の要領で勢いをつけ初音めがけターザンよろしく迫る。

無論、初音も指をくわえたままそれを待ち受けるなどということはせず、一夏がそうしたように自身もケーブルを掴み、石塔の壁を蹴って一夏を迎え撃つ。

二人の刀が空中でぶつかり合い、一際大きな金属音が鳴り響く。

 

 交差は一瞬、互いに互いの横をすり抜け、振り子の要領で再び戻るかと思われたが、一夏が取った行動はケーブルが端に達しかけたところでケーブルを掴んでいた手を離すというものだった。

小規模な建造物だったとしても建物三階分はありそうな高さで飛び出したことに客席から再度悲鳴が上がるが、一夏の中に不安の類は一切無かった。

彼の視線の先にあるのは射撃訓練用の的を固定する浮遊台、その本来であれば的を取り付ける場所に設けられた簡素な足場だ。

勢いを付けて宙を舞った一夏の体はどんどん前へと進みながら落ち、どんぴしゃりで宙に浮かぶ足場へと降り立つ。

 

「先輩は……」

 

 足場に降り立ち、体勢を整えながら一夏は背後の石塔に振り向く。

完全にとまではいかずも、根本部分の一部が崩壊したことで石塔は徐々に傾き倒れていく。

巻き込まれれば流石に冗談では済まない危険な状況にさしもの一夏も表情が強張り、たとえ初音がそれを望まなかったとしてもISを展開して助けに向かうべきかと足を踏み出しかける。

だが、直後に石塔から発せられた強烈な殺気にその足は強制的に止められた。そして見えた光景に今度は目を見開かされた。

 

 再び石塔の傍まで初音の体が戻った時、既に石塔は崩落を始めていた。

既に一夏が安全な空中の足場に移動していることは分かった。そしてもう一つ、別の足場が一夏のいる足場とは反対の方向、石塔が倒れる過程で頂上部分に近くなる場所にあることも初音は見て理解していた。

何とか体勢を立て直して身を石塔に張り付けると、垂直から徐々に水平へと傾く石塔に足をつけ、その上に立つ。

そして倒れていく頂点の方まで一気に駆け出し、あと数秒もせずに石塔が完全に地面に叩きつけられるというタイミングで頂上部分の足場を蹴った初音は、一夏がそうしたようにその身を宙に躍らせ狙いを定めていた足場の上に立った。

 

「マジかよ……」

 

 僅かに驚きを込めて小さく呟くと、一夏は表情を引き締め直す。

ここからが正念場だ。そう遠くない内に決着はつく、その予感があった。

 足場を支える浮遊台に予めそうプログラムされているのか、それとも管制室あたりが手動で動かしているのかは知らないが二人の乗る足場は徐々に近づき、ついに足場の端がもう少しで接するかという距離まで近づいた。

 

「……」

「……」

 

 互いに刀を構えたまま無言で睨み合う。

 

「織斑。そろそろ――終わらせる」

「えぇ」

 

 その言葉を皮切りに初音は足場を蹴って一夏の乗る足場へと飛び移る。

着地と同時に身を屈めた初音はそのまま一夏の足を切り払おうとし、僅かに後退して躱した一夏とすぐに斬り合いを再開する。

渾身の力を込めて初音が繰り出す、絶え間のない重い一撃一撃を一夏は全て捌く。そんな斬り合いの最中にも二人の立つ足場は固定する浮遊台と共に宙を動き回り、やがて少し高めの足場程度の高さになるほどに地面に近づく。

瞬間、二人は揃って足場から飛び降り地面に着地し、再び刀を構える。

 

 今度こそ正真正銘、決着の時であると共に理解していた。

初音は目線の高さまで持ち上げた刀の切っ先を一夏に向け、弓を引くように肘を曲げることで最も得意とする突き技の構えをとる。対する一夏はシンプルな八双の構えだ。

今度こそ決める、そう決意し初音は隠していた手札を切った。

 

(う、嘘だろオイ……)

 

 それを見た瞬間、一夏が感じたのは純粋な驚愕だ。

勿論、驚きを感じたということは今までに幾度もあるが、他の考えが全て吹き飛ぶほどというのは早々無い。

だが奇しくも、一夏はごく最近に同様の驚きを感じていた。それは過日の楯無との勝負の時、己と師のみしか使わないと思っていた奥義を楯無が使った時だ。

そう、今の一夏が感じている驚きはあの時と全く同じものだ。なぜなら――

 

(なんで、斎藤先輩が――)

 

 楯無が使ったものと同様に師より奥義の一つとして伝授された切り札、その一つであり禁忌とも言われた技法。

相反する気力を併せ使うことにより爆発的な身体出力を可能とするその技を、形としては未だ未熟な部分が見えるとは言え、初音は使って見せたのだ。

 

「行くぞ――!」

 

 初音が掛けだす。その初速、加速ともに先ほどまでの比では無い。

考えている時間は無い。詳細を聞くのも、その危険性やら諸々説明するのも全て後だ。

即座に一夏も決心した。迫る上級生を――本気で潰すと。

 

 高まる殺気に反して一夏の思考はよりクリアに研ぎ澄まされていく。

身を包む制空圏が収束していき、迫る初音の目を通じて彼女の動きを予測する。

意識を一秒に、一瞬に集中させ、徐々に周りの景色がモノクロじみていく。

 

 ただ構えたまま一夏はジッと初音を待つ。

そしてあと一歩で初音が一夏を間合いに捉えるという瞬間の、更に刻んだ最中に一夏は一歩を踏み出すと同時に刀を振るっていた。

 

「がっ――!?」

 

 気が付けば首に衝撃を感じると共に初音は刀を振るうことなく一夏の横をすり抜け、そのまま地面に倒れ伏していた。

やられた――そう理解した初音は徐々に暗くなっていく意識の狭間で呟くような一夏の声を聞いていた。

 

 ――奥伝・時戒ノ太刀――

 

「次は……」

 

 それ以上を言うことは叶わず、初音の意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「っぜぇ! はぁ、はっ……!」

 

 今度こそ完全に勝負を決めたことで荒い息を吐き出す。

正直、結構な疲労も感じてはいる。だが泣き言を言っている暇は無い。これでようやく()()が終了したのだ。

まだ、本番が残っている。それこそが己の真の責務である以上、まだ疲れに阻まれている場合では無い。

 

「簪、人を寄越せ。斎藤先輩を回収させろ。

 劇の進行は数馬のアドリブナレにでも任せろ。適当に治めとけ。そしたら数馬のことは頼む。どっかで適当に放り出して良い。

 オレは、行くぞ」

『……大丈夫なの?』

 

 純粋に案じてか、それともこの後のことを考えてか、インカム越しの簪の声は気遣うような色がある。

 

「この程度で泣き言なんざ言えないさ。

 それに疲れがあるのは確かだけど、まだ余裕があるのも確かだ。

 場所と、()()()の方は良いな?」

『うん』

「ならオレは行くぞ。他の連中にもよろしく伝えとけ」

『了解。……気を付けて』

「あぁ。織斑オーバー」

 

 インカムの通信を切り、一夏は次の目的に向けて動き出す。

既に場内には数馬のアドリブによるナレーションが流れており、この分ならばお題目の舞台も丸く収まるだろう。

すっかり手に馴染んだ模擬刀を初音の横にそっと置くと、一夏は目的の場所までまっすぐに歩いていく。

 

 

 

「ここか」

 

 ついたのは崩落していない無事なセットの裏手、やはり観客席からは目につかないポシションだ。

その地面には細長い穴が開いており、そこに指を突っ込むと裏側に指をかけ、一気に跳ね上げた。

ガタンと音を立てて地面の一部が天窓のように開き、その下の空間に一夏は迷うこと無く飛び込む。

 

 飛び降りた先はアリーナ地下の更衣室だ。普段はあまり使われることのない空間であり、一夏も訪れたのは片手で数える程度の回数しかない。

上からぶら下がっている鎖を引いて開いた天窓を閉じる。そして無言のまま室内を歩いていく。

 

 

 

 

「あら、織斑さん?」

「ん? あぁ、貴女は――」

 

 不意に掛けられた女性の声に一瞬首を傾げるも、現れた姿を見てすぐに合点がいったというように頷く。

 

「確か、巻紙さんでしたよね。

 どうしてこんなところに?」

 

 ほんの数時間前にも会った女性だ。

主に一部のISパーツを扱う機械メーカーの営業担当で、一組で接客中の一夏にセールスをしてきた剛の者でもある。

 

 

「いえ、お恥ずかしい話ですが少々道に迷ってしまいまして」

「あぁ、そういうことですか。ならちょうどいいや。

 オレもついさっき一仕事終えたばかりでしてね。戻るがてら、道案内をしますよ。

 ついて来て下さい」

 

 そう言って一夏は巻紙と呼んだ女性を手招きし、ついてくるように促す。

 

「しかし大変でしたね、迷うなんて。

 まぁここは広いですからね。オレも入学したばかりの頃はちょっと大変でしたよ」

「本当ですね。聞きしに勝る規模の施設で驚きましたよ」

 

 いや全くと一夏は軽く笑う。

そんな風に歩き出した二人だが、歩き出して直後に巻紙が一夏に声を掛ける。

 

「そうそう織斑さん。少々よろしいでしょうか?

 実は大事なお話がありまして」

「いや、流石にセールスは無理ですよ?

 ちゃんと学園や先生を通してくれないと」

「いえ、今度のはセールスとは別なのですが――」

 

 言いかけたところで背を向けたまま一夏が手で制する。

 

「話の途中ですいません、巻紙さん。ちょうどオレも用事を思い出したんですわ。

 いや、これが結構大事なことなんですけどね、むしろ貴女だからこそと言うべきか」

 

 クルクルと手首を回し、左手で右手首にある白式の待機形態の腕輪を弄りながら一夏は言葉を続ける。

 

「失礼とは分かっちゃいるんですがね――捕えさせて頂く」

 

 刹那、白式の主武装である蒼月を腕部装甲の部分展開と共に展開し、背後の巻紙目がけて容赦なく振り抜いていた。

 

 

 

 

 

 




 今回のvs斎藤先輩、戦闘描写そのものがある種のネタだったりします。
ピンと来る方はすぐに分かるかもしれません。

 そして次回はいよいよ連中と本格的に一戦交えます。
何気に今回の引き、にじファン時代の同様のシーンと殆ど一緒だったりします。
何だかんだでしっくり来るs-ンだったもので。

 そして、学園祭終わってもまだ五巻編は終わらないんですよねぇ。
一つ、終えていない大事なオリイベントがあるもので。

 次回更新はおそらく二月十四日、バレンタインデーの午前零時に投稿するバレンタイン短編となります。
まぁ青春らしさの欠片も無い、色々な意味でおかしな代物になりましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 それでは、また次回更新の折に。
感想、ご意見は随時募集中です。些細な一言でも構いませんので、お気軽に書き込み下さい。


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