或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 書きたかったところだからか、スイスイ筆が進みました。
一週間足らずでの更新が続くとか超久しぶりじゃないか……

 いよいよ五巻の目玉とも言えるあの場面に入ります。
久しぶりに真面目モード入りますよ、話が。その中でもしつこくネタはぶちこまれますけど、多分。
なんだか真面目モード書くのが久しぶりなせいか、ちょっと文章構成のやりづらさもあったような気もしますが、頑張ります。


第六十五話:仕掛けられた戦舞台

「さてさて、お着替えお着替えっと……」

 

 更衣室を一人で独占しながら一夏は制服を脱ぐ。鍛え抜かれた半身が晒され、気づけば反射的にポーズを取っていた。数秒してからハッと気付きイカンイカンと自分に言い聞かせながら一夏は予め指定されているロッカーを開ける。

 

「ほ?」

 

 中に入っている着替えを見た瞬間、一夏は一瞬だが固まる。そして取り出しじっくりと見る。やがてその顔にはニンマリとした笑みが広がっていった。

 

「クックック、分かってるじゃねぇの……!」

 

 これからやることは、はっきり言ってお遊び気分になれるものでは無いのだが、やはり心にゆとりは欲しいものだ。

そういう意味でこれは一夏にとって嬉しい計らいだった。

 

「よしっと、んじゃあ行きますか」

 

 パンと拳と掌を打ち鳴らして一夏は意気揚々と歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ISの実技訓練用に用いられるアリーナは学園祭においては約半数が用途無しということで閉鎖されている。用いられるにしてもある程度スペースが要求される屋外展示や、それこそ備品その他諸々の置場だ。

その中にあって丸一日、一つのアリーナを完全に独占して出展を行うという大胆な行動に出る団体があった。それを聞いた時、誰もが「マジかよ?」というような感想を抱くと同時に、「もしや……」という疑問を浮かべた。そしてその疑問は件の団体の名を聞いた瞬間に「やっぱりな」という納得に変わった。

広大なアリーナを丸ごと使い、更にはその内部に大掛かりなセットを用意するという大胆不敵な学内団体、その名をIS学園生徒会と言った。

 

 

 

 ……ザワ……ザワ……

   ……ザワ……ザワ……

 

 

 満員御礼、とまでは生憎ながらやや達しないものの、アリーナの観客席の大部分は観客で埋まっている。言うまでも無く彼ら彼女らの目的はこれからこのアリーナで行われる催しだ。

生徒、来場者双方に配布されている学園祭案内にも現在の時刻からもうすぐの時間で、このアリーナにおいて生徒会主導の出し物があると明記されている。だがその仔細は伏せられたままであり、紹介ページには決め顔の自撮り写真と共に楯無の「乞うご期待」という旨のコメントがあるだけだ。

とはいえ曲がりなりにも生徒会、それも敏腕として内外に知れる楯無がここまで大胆な取り掛かりで行う出し物だ。何かしらの目玉があるのだろうとは誰もが思っていたが、そろそろ時間も近づいてこようかという頃合いになってそれはアナウンス放送で唐突に伝えられた。

 

「男性IS操縦者、織斑一夏を始めとして第一学年専用機保持者が参加をする」

 

 早い話が学内の有名人の多くが纏めて出張ってくるということだ。これが効果覿面、あっという間に一同の関心はそちらへと向いていった。

かくしてあれよあれよという間に人は集まっていき、後は本番の開始を待つのみとなっていた。そしてガヤガヤという喧騒も、観客席に流れるアナウンスを告げる電子音で一気に鳴りを顰める。

 

『大変長らくお待たせ致しました。只今より本校生徒会主催、生徒参加型舞台を開始致します』

 

 生徒会の一員、布仏 虚の場内アナウンスと共に拍手が巻き起こり、同時にアリーナのそこかしこから白煙が勢いよく噴き出す。そしてその奥から幾つかの人影が出てくる。

 

 織斑一夏

 篠ノ之箒

 セシリア・オルコット

 凰鈴音

 シャルロット・デュノア

 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 今現在のIS学園内でも特に注目の的とされている面々の登場に客席からは拍手が沸き起こる。

よく見れば装いも変わっている。制服の上から飾りを付け足しただけだが、少女たちの服はいずれもドレスと見えるように手が加えられているし、一夏に至っては青い上着に白のズボンと完全に王子様ルックだ。

 

 

「なぁ一夏」

 

 颯爽と前を歩く一夏に箒が声を掛ける。

 

「ん? どした?」

「その衣装はなんだ?」

「いや、なんかオレ用だって。まぁオレ的にはめっちゃテンション上がるけどな」

「そうなのか?」

「そうだよ。だってこれ、B○itの鷹○恭二くんのCDジャケの衣装だぜ?」

「誰だそれは」

「オレのお気に入りのゲームキャラ。マジで王子様だから、曲最高だから。オレだってお姫様もとい雄姫様になりそうだったし……」

「……一応確認するが、お前まさか男色の気など無かろうな?」

「オレはノーマルだ、安心しろ。ほらアレだよ、男のアイドルでも熱心に追っかけるオッサンとかいるだろ? アレに近い感じ」

 

 そんな取り留めも無い会話をしながらも一同は歩き続け、アリーナの中心で立ち止まる。360度全方位からの視線が集まるが、この六人にとってそれは今更萎縮するようなことでは無い。

堂々と構え、自分たちが動く出すべきその時を待つ。そして――

 

 

 

『それでは皆様。一つ、我らが歌劇をご観覧あれ。

 その筋書はありきたりだが、役者が良い珠玉と信ずる。

 

 故に、面白くなると思われますぞ』

 

「んなぁ!?」

 

 どこかネットリとした声音で語られ出した前振りに一夏は思わず前につんのめる。その後ろで箒たちもどういうことかと首を捻っている。

何せ流れてきたナレーションの声は、それをやるかと思われた楯無では無く少年の声、それもこの場の六人が皆聞き覚えのあるものだからだ。

 

「なんでお前がやっとるんじゃ、数馬」

 

 

 

 

「とりあえずこんなもので良いかな? 簪さん」

「オッケー。そのままよろしく」

 

 予想だにしていなかった親友の声の登場に一夏が疑問を露わにするのと同時に、放送席を兼ねたアリーナ管制室ではマイクの前に座った数馬が後ろに立つ簪とサムズアップを交わしていた。

その横で虚が「良いんでしょうか、こんなことして……」という顔をしているが、言ったところでもう後の祭りなので意味を為さない。

 

 何故数馬がこんなところに居て、あまつさえ出し物のナレーションまでしているか。その理由は少々時を遡り、一夏が屋上から立ち去った後にある。

 

 

『数馬くん、お願いがあるんだけど。――この後、生徒会主催で織斑君や他の専用機持ちのみんなが参加するオリジナル劇をやるの。ナレーション、やらない?』

『おk』

 

 以上、回想終了。そして今に至る。妙に芝居がかったウザイ台詞回しにウザイ口調、それにしてもこいつノリノリであるというやつである。

 

 

 

「というより皆さん、これから何をなさるかご存じでして?」

「いや、あたしは知らないわよ? 出てくれって頼まれて、理由が理由だから承諾したけどさ」

「いきなりこんな風に飾り付けられてこれ、だもんねぇ?」

「むぅ、このような恰好は不慣れなのだが、似合っているかな?」

 

 実のところ、このセットが整えられたアリーナで具体的にどのようなことをするかは彼女たちも知らされていない。

ただ理由だけは聞いており、その内容が内容だけに承諾はしたというのが現状だ。

 

『それではこれより、IS学園生徒会主催"シンデレラの武闘会"を開幕と致します』

 

 相変わらずのネットリとするような口調で放送される数馬のナレーション、その単語の一つに「ん?」と一夏が首を傾げた瞬間、アリーナ中に響き渡るほどの壮大な音楽が流れ始め、各所の電光掲示板に舞台背景のナレーションと思しき文章が流れ始める。

 

 

 

 遠い昔、はるか彼方の王国で……

 

 王国連合の危機!

 世界は緊迫に包まれていた。

 連合を構成する諸王国、中でもとりわけ強大な力を持っていたオストガロア王国は周辺諸国を支配下に置かんと軍備拡張を進めていた。

 これを止めるには中心人物を叩くより他ない。

 しかし件の敵は強力無比、打ち倒すには精鋭の戦士が結集せねばならない。

 

 そんな時、立ち上がる者達が居た。

 愛する祖国を守らんと、可憐な身に勇猛を備えた各国の姫が次々と立ち上がったのだ。

 最終目的は敵の首領の打破! 更にはオストガロア王国の国力も削がねばならない!

 艱難辛苦が待ち受けることは百も承知、それでも進まなければならない。

 平和な未来のために立ち上がった少女たち、その名を人は「シンデレラ」と呼んだ……

 

 

 宇宙のような黒い背景に、黄色い文字のバックストーリーが上に上にと流れていく。挙句この壮大なオーケストラBGMだ。もう既視感ありまくりだが、ここでようやく一同はこの出し物が「シンデレラ」の舞台なのだと、一応は理解した。

ただそれにしても、アレは無いというのが大多数の感想であったりもした。そりゃ悪くないものだが、何せ今の版権元は名前を言ってはいけない例のアレだし、下手なことすればアレがあぁなってオワタになる。取り扱いは慎重にやらねばならない。

 

『それではルール説明です』

 

 見たことありまくりな展開に観客席が何とも言えない反応をしているのを尻目に、打って変わって事務的な口調で数馬が説明を開始する。

彼の言葉に合わせ電光掲示板には再度文字が並び、この舞台の概要を観客に分かりやすく伝えていく。

 

 ・この舞台は一種のバトルロワイヤル形式です。

 ・初期参加者は現在アリーナに居る六人ですが、希望者(学内生のみ)は飛び入り参加ができます。

 ・舞台の最終目標は後述ですが、参加者各位にはそれ以外のおまけがあります。

 ・アリーナのステージセット各所に食堂優待券、クオカードなどの景品が隠されています。ゲットした方の物となるのでどんどん探しましょう。

 ・最終目標達成者の所属クラス、及び所属部活動には生徒会より豪華景品をプレゼント!

 ・安全に、楽しく舞台に参加しましょう。

 

  最終目標「奴を倒せ」

 

 

「奴とは、誰のことだ?」

 

 一応はルールも分かった。要するにシンデレラの劇という体裁を取ってこのアリーナで好き放題暴れろということだ。

だが分からないのはこの最終目標とされている"奴"。何か知らないかと箒は一夏に訪ね、そこで一夏がただ無言のまま電光掲示板を見ていることに気付いた。

 

「思い……出した……!」

 

 その言葉に何事かと五人の目が向けられる。

 

「お前たちが戦う相手。それは……僕だ!」

「お前だったのか、一夏!」

『そこの二人、みんな大好きブルーノちゃんごっことかやらない。篠ノ之さんは、知らないし素で言った?』

 

 六人に予め渡されているインカムから簪の呆れ気味なツッコミが入る。多分つい自然とそういうフレーズを口走ってしまったのだろう箒に対し、さっきの花京院コラ漫才と言い、一夏は絶対意図的に言ったに違いないと簪はあたりを付ける。

そんな漫才はさておき、最終目標である「奴を倒せ」が「織斑一夏を倒せ」であると判明した以上、更なる説明の必要が出てくる。そこで今度は一夏が一歩前に出て、ピンマイクを通して会場中に伝わるように説明を引き継いだ。

 

「説明を続けよう! この舞台の真の姿、それは『織斑一夏vs挑戦者全て』だ! 今、オレの後ろにいる五人もそうだ。そしてこれから参加してくれるみんなもそうだ。

 この舞台に参加する、それすなわちこのオレに挑むチャンスが与えられるということだ! 勿論、オレをガン無視して宝さがしに従事してくれても結構! だが、その意気のあるやつは――オレを倒しに来いッッ!!」

 

 その言葉に観客席のところどころから闘志が沸き立つ。形の違いはあれ、IS学園は紛れも無く戦いの場に立つ者を育成する機関だ。その中において一夏は既に一角の強者として名を馳せている。

そんな彼に公の場で面と向かって好き勝手に挑むことができる。そこに魅力を感じる者は確かに存在するのだ。

 

「無論、ルールはある! 今オレの後ろにいる六人もだが、参加者には各自生徒会の用意したティアラを付けてもらう! それをオレに奪取された時点で敗退と見なす!

 安心しろ、こっちも楽しみたい。寸止めや組技で安全に配慮した上で制圧してから奪取させてもらう。逆に、皆がオレに対して挑むのは何でもありだ。やれるもんなら殴ろうが蹴ろうが、どう仕掛けてこようと構わん。

 最終的にオレが続行不可能と判断された時点でオレの敗退決定だ。更に言えば、安全に配慮した仕様になっているが、各種武器もアリーナセット内の各所に配置してある。好きにつかえ!

 そして、敗退かどうかの判断は管制室に控えている生徒会メンバーによってされる。

 

 さぁ! オレと勝負したくて、ついでにちょっと儲けたいって奴はこぞってここまで降りて来い! 纏めて相手をしてやる!!」

 

 上等、やってやる、そんな勢いのいい気勢が観客席のそこかしこから上がった。その様子に満足げに頷き、一夏は後ろを振り向く。

 

「ま、そういうわけだ。騙して悪いがこれも仕事なんでな。オレは、初めから全部知ってたんだわ」

 

 悪戯が成功した悪童のような笑みを浮かべながら一夏は五人に言う。

 

「なぁ一夏よ。ならば一つ確認したい」

「なんだ、箒。言ってみろよ」

「お前然り、少なくともこの場の六人はこの舞台の事情は聞き及んでいる。

 私たちは皆、その事情に従って動くことは吝かでは無いが、それでも一応は参加者だ。

 ということはだ、我々もお前に挑んで、勝った暁にはその栄冠を勝ち取る権利はあると見て良いのだな?」

 

 マイクを通さない、この場の六人だけに伝わる会話。そして箒が投げ掛けた問いに、一夏が返す答えは一つだけだ。

 

「無論。お前らも楽しめよ、この祭りをよ」

 

 アリーナに繋がるゲートの各所が開き、希望した参加者たちが一斉にアリーアへと入ってきたのが電光掲示板の映像に映る。

それを見て舞台の開催が近いことを悟った五人は、自然と各々の距離を開け、半円を描くように一夏を囲む。

 

 

「あぁ、良いねぇ。この感覚」

 

 自分を狙う気配がヒシヒシと伝わってくるのを一夏は感じていた。

すっかりISにも慣れ、ISを纏っての戦いというのも気に入ってはいるが、やはりこうやって生身でぶつかり合うのが一番良い。そういえば今回は普段の護身術の授業などとは違い、加減は一切せずにやるつもりであるということを言い忘れていたが、まぁ良いかと思考の中で流す。それでやられたら所詮はそれまでだ。

 

 これで舞台は整った。そして釣り堀に餌も放り込まれた。あとは食い付くまでの間を、存分に楽しむだけだ。

 

「さぁ、始めようか」

 

 

『では、諸君の健闘を祈るよ。シンデレラの武闘会、いざ幕開けの時!』

 

 そして仕掛けられた舞台の幕開けを告げるブザーがアリーナ中に響き渡った。

 

 

 

「なっ……!」

 

 ラウラにとってそれは一瞬の出来事だった。

舞台の開始を告げるブザー。だがラウラの、一夏を囲む五人の意識は舞台が始まったという点に向けられてはいなかった。

ブザーが鳴ると同時に一夏から発せられた濃密な殺気が五人の意識を惹いた。そしてそれを最も強く向けられていたのはセシリア。おそらくは遠距離から攻めてくるだろう彼女を先に封じておこうという魂胆と見て誰が何を言うまでも無く、自然とセシリアを庇う様にフォーメーションを変えていた。

 

 だが現実は違った。僅か一息で一夏は、ラウラ(・・・)との距離を詰めていた。そして目の前に迫った一夏はラウラの視界から掻き消え、次の瞬間には背後から襟を掴まれ投げられ、地に組み伏せられると同時にティアラを奪われていた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、リタイア』

 

 一夏の友人であるという男の無慈悲なアナウンスがラウラの耳朶を打つ。天を仰ぎながらラウラは呆然と、得意げな顔と共に先ほどまで自分の頭に乗っていたティアラを弄ぶ一夏を見上げていた。

 

「悪いな、ラウラ。一番厄介なのはお前でな、真っ先に潰させて貰ったよ」

「っ! みんな散開しろぉ!!」

 

 倒れたまま反射的にラウラは仲間たちに警告を発し、それに従った残る四人が各々散らばっていく。

それを見届けるとラウラは差し出された一夏の手を素直に取りながら立ち上がり、服に着いた土汚れを払う。

 

「不覚を取ったな。まさか一番にこちらを狙って来るとは。しかも先ほどの動き、キレといい、もしや今のがお前の本気か?」

「まぁな。オレも、こんな機会は滅多に無いからな。気合いも入るってやつさ」

「フッ、やり過ぎてどやされんようにしろよ。全く、やはりお前は底が知れんよ」

 

 何だかんだで通じ合う部分があるのだろう。二人の会話はごく穏やかなものだ。だが、そうもやってられないと言うように一夏の表情が険しくなる。

 

「後はアレだ。お前にはできる限り万全でいてほしいってのもあるな。

 ラウラ、とりあえずオレはこの舞台を上手いこと流れに乗せるから、その間に準備頼むぜ。多分、指示は会長が出してくれるだろうさ」

「心得ている。お前も、気を付けろ」

「安心しろ、精々活きの良い踊りをやってみせるさ」

 

 余裕の笑みを浮かべる一夏だが、ラウラの表情に晴れやかなものはない。真剣な表情のまま、案じるような視線を一夏に向けている。

 

「どうしたよ」

「いや、いつもながら大した自信だと思ったまでだ。だからこそ、心配にもなる。

 他の皆がそうであるように、今やお前も私にとっては大事な友だ。心配の一つもするさ」

「……参ったな。全く、本当に良い奴だよお前は」

 

 ポンと軽くラウラの肩を叩くと一夏はクルリと背を向ける。

 

「安心しろよ。こっちも酷い目には遭いたくないからさ、上手くやるって。だから――任せたぞ」

 

 そのまま歩き去っていく一夏にラウラはコクリと頷くと、同じように後ろを向き一夏とは逆方向に歩いていく。

共に己が為すべきことは理解している。であればそれを全うするのみだ。互いに友であると思っているが故に、気持ちもまた同じものであった。

 

 

 

 

 

 教育機関としては極めて特殊な形だが、IS学園が『学校』であるのは紛れも無い事実だ。

今更言うことでも無いが、生徒たちの普段の生活はカリキュラムの特殊性を除けば同年代の高校生が送るものと何ら変わりは無い。

それは部活においても同様である。

 

 IS学園の部活動は本質的には同好会と言った方が当てはまり、活動内容や規模、顧問の有無なども部によって異なる。

だが学園関係者の凡その共通認識としてあるのは、武道系の部活が最大手であるということだ。その中身も剣道や空手、ボクシング他諸々だが、学園の性質を考えればそれも何ら不思議な話では無い。

 そしてそういった武道系の部活に所属している生徒には、過去に大会で賞を取ったなどの同年代と比しても競技のエリート格が属しているというのもザラだ。中学時代に剣道で全国出場をしている箒など良い例だ。

IS学園の入学は狭き門、"受験"という関門に対してより有利になるようにと少女達が研鑽に励んだ結果だ。そしてそうした過程を経て入学した生徒は以後も研鑽を怠ることは無く、ISとなると流石に他の要素による有利不利も出てくるが、続けてきたその競技においては紛れも無いエース格となっていた。

 

「なんなのよ、これ……」

 

 だが、そうした自負はもはや理不尽と言っても良い自分たちを上回る実力者に突き崩されかけていた。

アリーナの中央で高々と己への挑戦を求めた少年、学内で知らない者がいない彼は所謂"腕利き"の生徒たちにとってはただ男性のIS適合者であるというだけが興味の理由では無かった。

二、三年には一度で良いから勝負をしてみたいと言う者もいるし、一部には実際に仕掛けに行った者もいる。そしてその結果は彼の無敗。名実ともに生徒の頂点に君臨する生徒会長ですら引き分けに追い込まれたという報は間違いなくここ最近のビッグニュースの一つだ。

 

 そんな話題の中心とも言える彼が向こうから持ちかけてきた機会だ。乗らないわけがない。おまけじみた景品は拾ったら儲け物程度、いざと意気込んで舞台に躍り出た。

同じように彼に挑むべく躍り出た学友は決して少なくは無い。そんな彼女たちを迎え撃ったのは、文字通りの蹂躙であった。

 

 一夏に挑んだ者は決して少なくは無い。数にして二桁は軽く行っているし、同時に挑みかかる人数も三人以上はいる。

外部の観客はどうか知らないが、生徒の側にはそれを指して卑怯と言う者は殆ど居ない。挑んだ者はいずれも耳聡く過日の一夏と楯無の一戦の顛末を耳にしている。

あの楯無から余裕を消し、その上で引き分けに持ち込むような相手だ。単騎で挑む方がそもそも無謀、挑むなら複数でようやくまともな勝負になる。それが挑んだ一同の暗黙の了解であった。

かくして四方から取り囲むように一夏へと戦いを挑み、そして為す術なく最初に挑んだ五人がリアイア判定を受けた。

 

 拳も、蹴りも、使ってくださいと言わんばかりに置いてあった木刀やら練習用の槍やらも、全方位が見えているように躱し、あるいは受け流し、時に払い落としていく。

挑んできた以上は反撃を受ける覚悟アリとでも見做されたのか、五人の初撃をいなしたと同時に一夏も動き出し、二人の襟首を掴んで一気に床に倒すと、屈んだまま足払いで一人の体勢を崩し、その手首を握り合気の要領によるものだろうか、ガクリと膝から崩れ落ちさせる。そのまま残る二人の顎に鉤爪のように曲げた指を掠らせ、軽度の脳震盪によって先ほどと同じように崩れ落ちさせる。後は消化作業のように五人分のティアラを奪取しリタイア判定を与え、お終いだ。

 

「さて、次は?」

 

 この程度ならば大したことは無いと言うような余裕を見せつけながら睥睨してくる。集まった少女たちは自然と顔を見合わせ頷き合い、第二陣として再び一夏へと挑みかかって行った。

 

 

 完全に遊ばれている、挑んだ少女の一人はそう思わずには居られなかった。いや、ふざけているというわけではない。一夏の表情を見れば一目瞭然、緩んだ雰囲気は欠片も無い。彼は大真面目に自分への挑戦者の相手をしている。

ここで言う遊びとはそういった緩みとは違う余裕だ。こちらは全員が全員、文字通りの本気になって向かっている。あの生徒会長が掲げる"挑戦者随時募集"に従い挑むのと同じように、そうしなければ勝てないからこそもしも直撃したとしても相手の安全は二の次レベルの勢いで攻めている。だが向こうが行っているのは殆どがこちら側の攻めの防御や回避、その合間にリタイア判定を決めるティアラを最小限の動作で叩き落し、可能な限り安全に配慮した動きだ。完全に生殺与奪を握られた上で弄ばれている。余裕に振舞うのも悔しいが頷ける話だ。

 

 強いとは散々に聞いていた、楯無と引き分けたと聞いた時点で評判はハッタリでも何でもないと分かっていた。だがそれでもまだ認識が甘すぎた。少女たちは内心で自分たちが考え足らずだったことを身を以って思い知らされる。相手はその気になればこちらに何もさせず一方的に叩きのめせるだろうに、確実に手心を加えている。

認めるしかない。彼は――強過ぎる。

 

「ハァッ!」

 

 拾ったのだろう木刀を勢いよく突き出す剣道部の少女がいた。だがその腕は伸び着る前に動きを強制的に止められる。

 

「……」

 

 木刀を握る少女の視線の先には、彼女が突き出した木刀を何てことないように横から掴み取り無言で見下ろす一夏の姿がある。

反射的にヒッ、と小さな悲鳴と共に臆し柄を握る手が僅かに緩んだと同時にその手から勢いよく木刀が引き抜かれ、木刀を奪い去った一夏は握り直しながら先ほどまで木刀の持ち主だった少女の足を払い、そのまま身を捻り背後から迫っていた弓を拾ったらしい生徒が放った矢(鏃は安全処理済み)を難なく払い落とす。

 

「ふむ、ステゴロも悪くはないけど、やっぱオレはこっちの方がしっくり来るな」

 

 ヒョイヒョイと奪い取った木刀を弄り、うんうんと心なしか満足そうに一夏は頷く。そのまま一回二回とその場で軽く振り、それでもう感触を確かめ終えたのか、ヒュッと風を斬りながら切っ先を下に向け、残る挑戦者たちを改めて見回した。

 

「で、後何人くらい残ってるのかな? いやね、こっちの挑戦を受けて挑んで来てくれたのは素直に嬉しいんだよ。

 ――けどさぁ……もうちょいオレを追い詰められないもんかね?」

 

 息が詰まった。足が一歩引いていた。

一部の者は背中に嫌な汗が流れるのを感じている。この感覚には覚えがあるからだ。先の彼と楯無の一戦、その折に垣間見せたあの殺気と同じもの。意図的に発したからか、あの時よりも抑えられているとは言え、それに近いものが明確に自分に、自分たちに向けられているという事実は心中穏やかでいられるものではない。

 

「悪いな。あんたたちにしてみればこの舞台は、なんだ? イベントの一環で、オレと乱痴気騒ぎのできる絶好の機会だったのかもしれない。

 けどな、オレに、この舞台にハナから関わってたやつにとっちゃあ、こいつはただの茶番に過ぎないんだ。だから、長引かせるつもりもそこまでは無い。

 

 ――終わらせるぞ。ちょいとばかし、本気(マジ)だ」

 

 来る、そう察して残る挑戦者たちは警戒するが、その時点で遅すぎた。

 

「え――?」

 

 一夏から最も近い位置に居た少女はいつの間にか一夏が自分の横を通り去っていたことに気付く。

一瞬呆け、カランという音と共に少し前の方へ落ちたティアラを見て、そこで彼女はようやく自分の頭に乗っていたティアラが既に叩き落されリタイアとなっていたことに気付いた。

そして一人目の彼女が自分がやられたということに気付いた時には既に別の三人が同じ終わり方を迎え、結果として十数人残っていた挑戦者は10秒あるかどうかで全員がリタイア判定を受けることで終わりを迎えていた。

 希望参加の一般生徒の全員リタイアが数馬のナレーションにより告げられる。

淡々とした無情さを感じる口調には、この程度の結果は当然という数馬の意思が込められているようだった。

 

 

 

 

「これで、残ってるのはお馴染みの四人、か……」

 

 リタイア判定を受けた希望参加者たちが引き上げたのを確認し、一夏は一人ごちる。

先ほどの彼女らに言ったように、この舞台は結局茶番でしかない。少なくとも今現在、この舞台に残っている人間は総じて共通の理解としていることだ。

だが、曲がりなりにも舞台の体裁を取って観客への見世物にしている以上はきっちり締めるところは締めなければならない。故に、まだ一夏にはもう一仕事残っているのだ。

 

「なぁ、そろそろお前らもかかってきたらどうだよ? なぁ、箒。そして鈴」

 

 茶番と分かっていても楽しみだからこそ隠せない高揚を含ませながら一夏は言う。

その後方には二振りの模擬刀を携えた箒と、同じように二振りの模擬柳葉刀を携えた鈴が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと靴音を立てながら彼女は歩いている。口を真一文字に結ぶ無言のまま、感情の波を見せない硬質な輝きを瞳に宿しながら歩く。

学園祭という行事が、今も続く舞台の熱気が、誰も彼も巻き込んだ興奮となってあちこちに伝わっているも、彼女はその一切に感心を示さない。 

 そういう人間なのだ、彼女は。己がここと見据えた目的に向かってただ愚直に進む。脇目を振ることなど殆ど無い。

今もそうだ。彼女の目に映るのはただ一人のみ、それ以外に用は無い。故に彼女は歩き続ける。ただ無言で、ただひたすらに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 一夏無双。
割とマジな話、生身のぶつかり合いで一夏をどうこうしようとするのは非常に困難です。そこへ果敢に挑むことを決めた箒と鈴、果たして彼女たちは一夏に勝つことができるのか!
 二人の勇気が世界を救うと信じて――!

 



 というわけで次回、一夏くん大暴れ第二幕です。乞うご期待。

 最後に出てきた人、一体誰なんでしょうねー(棒読み


 感想ご意見、随時受け付けております。
些細な一言でも構いませんので、お気軽にドシドシ書いていって下さい。
頂ければ頂けるほど、テンションがアップします。

 ではまた次回更新の折に。

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