或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 見直してみると前回(notネタ回)がいっぴーの紹介含めで意外に量があったんで、また別枠という感じで立てました。

 これと、次の話あたりは夏休み編と同じく小話詰め合わせ、次の話が出来次第付けたしという感じでやろうと思います。
更新方法としては、活動報告やツイッターで連絡しつつ、続きを組み込んだものを再投稿する感じでやろうかなと考えております。
 今回は一組喫茶のちょっとした一幕です。

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 夏休み編の一部同様、前回投稿分に継ぎ足す形で投稿しました。
更新分のみお読みになられる方は、お手数ですが該当箇所まで下スクロールをお願いします。
 
 前回がちょっとだけ真面目だったので今回はおふざけというかネタ。まぁここ最近そんなんばっかりですが。
まさか思いついただけで殆どお蔵入りだったネタを引っ張ることになるとは思っていませんでした。


第六十三話:学園祭小話詰め合わせ2

「CASE 2:傑物の系譜」

 

「ふぅ……」

 

 裏方に入った一夏は一息つく。別に賢者タイムに入ったわけではない。そういうのは夜中に一人でコッソリだ。

既に弾も数馬の追いつつ見物に出ている。こうなれば後は普通に接客をしていれば良いだけである。一夏を一目見ようと者も多いのか、客入りは安定している。だからと言って特別なことをするつもりも無い。弾の店やかつての鈴の家の店で飲食店における接客というのは多少なりとも見てきた。それをベースに普通にしていれば良いのだ。何事もシンプルイズベストである。

 

「織斑君、織斑君」

 

 チョイチョイと後ろから肩を突いてきたクラスメイトに何事かと振り返る。

 

「ちょっと飲み物持って行くの、お願いしたいお客さんいるんだけど良いかな?」

 

 小声でそう頼んできた彼女曰く、雰囲気が厳しそうでちょっと近寄りがたい初老の男性とのこと。別に迷惑な客というわけではなく、単に女子である他の面々が近寄りがたい苦手な雰囲気というだけである。

 

「どんなオッサンだよ……」

 

 他の女子が、それも日頃から千冬と教師生徒の関係で接している面々が、口を揃えて厳しそうで近寄りがたいなどと評するとは如何ほどの人物か。気になった一夏は仕切りの隙間からコッソリと様子を伺う。

件の人物はすぐに見つかった。やや細身と分かるが、キッチリと背広を着込み背筋を伸ばしたまま腕を組み瞑目している。なるほど、これは確かに近寄りがたいと一夏は皆の感想も尤もだと思う。

 

「良いよ、オレが行くから。注文の品は?」

「これ、コーヒーだけだって」

「あいよ」

 

 受け取り、一夏はコーヒーを男性の下へと運んでいく。

 

「お待たせしました、コーヒーでございます」

「あぁ、ありがとう」

 

 コーヒーを男性の前に置くと、一礼して一夏は戻ろうとする。だが頭を上げた段階で男性の方から声が掛けられる。

 

「失礼、君が織斑一夏君で相違ないかな」

 

 質問という形を取ったのはどちらかと言えば形式的な意味が殆どだろう。そも、この学園の男子生徒など一夏一人しかいないのだ。問われたことに対し一夏も素直にそうですと答えながら頷く。

 

「そうか。君のことは色々と聞き及んでいたが、一度直に見ようとは思っていた。些か、意外な形ではあったが」

 

 コーヒーを飲みながら語る男性、その平静なのだろうが厳格さが滲み出ているような姿に一夏はふと既視感のようなものを覚える。痩せてこそいるが、綺麗に伸びた背筋からはそれなり以上に鍛えられていることが伺える。むしろその鋭さに僅かの陰りも見られない眼光も相俟って古強者の猛禽類を想起させる。

間違いなく初対面のはずだ。だがクラスメイトたちが語った厳しそう、近寄りがたいといった感想とは違う、しかと感じる只者ならざる雰囲気はどうにも一夏の記憶を刺激して止まない。

 

「なるほど、若さゆえの活力や剛毅さに加えて、相応に腹も座っている。気骨というものでは十分といったところか」

「それは、どうも」

 

 明らかに上から評価されているような言葉だが不満の類は感じない。この男はそれができる人間だと、諸々の要素を鑑みた上での総合という点で今の一夏よりずっと格上の人間なのだと既に一夏自身悟っていたからだ。

 

「良いコーヒーだ。必ずしも極上というわけでは無い、だが良いものを淹れようという熱意が伝わってくるものだった」

 

 語るうちに男性はコーヒーを飲み終えていた。おそらく目的は一夏だったのだろう。そしてそれが今こうして果たされている以上、コーヒーだけで長居をするのも不要として早々に飲み終えたということだろう。そうした行動の割り切りや、品への評価も欠かさないあたり男の律義さが伺える。

 

「君の本意では無かろうが、何かと特異な身上だ。苦労も多かろうが、それを乗り越えることを期待している。馳走になった」

 

 これ以上は無用と言うように男は席を立つと会計に向かおうとする。だが、先ほどとは逆に今度は一夏が男を呼び止める。

 

「あの、貴方は……?」

 

 この男から感じる既視感、実のところもしやというものは脳裏に浮かんでいるのだが確証を持てずにいた。

 

「あぁ、確かにこちらだけが君を知っているというのも礼を書いていたか。こういうものだ」

 

 男は懐から出した手帳を縦に開く。それはドラマなどで飽きるほど見慣れた光景、警察手帳を見せる動作だ。

 

『警視監 海堂 正宗』と記され、所属は警察庁とある。

警察庁の所属であり階級は警視総監に次ぐ警視監、つまりは警察官僚、それもかなり上位の立場だ。そして警察官僚であると同時に"海堂"という名字、これらの情報が一気に脳内を駆け巡り一夏の脳裏に電流のような閃きが走る。

 

「まさか、あなたは……」

「不肖の倅だが、剣の腕は一級品と私も認めている。君がその跡を継げること、そして躍進を期待するとしよう」

 

 そうして今度こそ去っていく。会計を済ませ教室を出る、その姿が完全に見えなくなるまで一夏はただ黙って頭を下げ続けていた。

 

 

 

 

「一夏、先の御仁はお前の知己か?」

「いいや、初対面だよ。ただ、赤の他人ってわけでも無かったけどな」

 

 再び奥に戻ってきた一夏に箒が聞いてくる。自分でも何となく半分上の空になりつつあると思いつつも、一夏はとりあえずと返しておく。

 

「ま、これから縁が無いってわけじゃなさそうだけどな」

「……そうか」

 

 気になると言えば気になるのだが、どうにも一夏も未だに先の男性とのやり取りを自分の中で噛み砕いているらしい。ならば今これ以上を問うのも無粋かと箒はそれ以上を聞かないことにする。

 

「ただまぁ、一つ分かったことがあるな」

「ん?」

 

 一夏としては半分くらい独り言のつもりなのだろうが、誰かに語るような言い方に箒は耳を傾ける。

 

「何をやろうが何を言おうが、オレらは所詮十五、十六のガキだ。そんなガキじゃまるっきし想像できねぇ経験ってやつをあの人はしてるんだろう。そういうのを人生で積み重ねると、自然と人ってのは大物感が出るもんだなってさ」

「あぁ、それは分かるな」

 

 世界を相手取れる能力を持ちながらも威厳もへったくれも感じない姉を思い浮かべ、箒は頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「CASE 3:食戟のダン」

 

 一般の学校に家庭科授業用の調理教室があるように、IS学園にもそういった教室はあるにはある。だがそれを使うのは料理系の同好会やら、仲間内でちょっと集まってなどという場合のみであり、生徒寮の各部屋にキッチン設備があることもあってそこまで利用者は少ない。

そんなわけで意外にもそうしたISとは無縁そうな設備もきっちり整っているIS学園だが、この"料理"という点でおいて最も設備が整っている場所はどこか、およそ学園に携わるものならば誰もが口を揃えて寮の食堂と答えるだろう。三つの学年と教職員用、計四つの寮施設にそれぞれ食堂はある。仲の良い先輩後輩が一緒になどというのもザラなため、特に学年での食堂の使用制限の類は無く好きな所で食事ができるわけだが、それは今は置いておく。

 普段ならば土日すらも稼働している食堂だが、この学園祭の日に限っては例外が適用される。職員寮の食堂は完全休業、二年三年の寮食堂は休憩・談話スペースとして場所のみ開放されている。では一年生寮はといえば? 通常営業はしていない。だが、別の目的での稼働はしていた。

 

「注文入ったよ! 炒飯、特製酢豚、あと卵スープが二人前ずつ!」

「オーケー! 任せなさい!」

 

 食堂の厨房では鈴が小柄な体躯に比してやや大きく見える中華鍋を豪快に振るっている。特徴かつ自他共に認めるチャームポイントのツインテールも料理の邪魔にならないように、解いた髪を纏めて結い上げている。

一年生寮の食堂、その一角を利用した「中華食事処 二組飯店」が一年二組の出展である。なお、厨房スペースは余剰があり、他にも飲食物系の出展をするクラスの生徒が代わる代わるに、その余剰スペースを使っていたりする。そしてこの二組飯店で調理の主軸となっているのが他ならぬ鈴であった。

 

「凰さん、織斑君来たよ。あとなんか友達っぽい男子二人も」

「あっそう、あいつらね。野郎二人は一夏とあたしの共通の知り合いよ。オッケー、とりあえず三人もあんないしといて、あとオーダーもね」

「あ、うん。いや、四人なんだけどね」

「ふーん、箒とか簪あたりでも連れてきたのかしら?」

「ううん、知らないおじさん。でも織斑君や、後の二人とも仲良さそうに話してるけど」

「……」

 

 その四人目に何か思い当たる節があるのか、鈴は僅かに口を噤むと取りかかっている料理を一気に仕上げる。そしてすぐに一段落したところで他の厨房担当のクラスメイトにしばし後を任せると、厨房から出て一夏らの方に向かう。すぐに一夏たちは見つかった。だが一夏におまけの野郎二人なぞ今の鈴にはどうでも良かった。彼らと共にいるもう一人、それを見た瞬間に考えるより早く鈴は駆けていた。

 

 

 

「やー、会うのは随分と久しぶりだけど元気そうで何よりだ、鈴音」

「お父さんこそ。結構バリバリやってるみたいじゃない」

 

 鈴と男性は朗らかな様子で会話をしている。そしてそれを半ば蚊帳の外状態で見るだけの野郎三人。男性の名は凰 燕青(エンセイ)、姓から分かる通り鈴の実父である。一夏らは凰 大人(ターレン)と呼ぶことも多く、親しい友人の父親というだけでなく馴染みの深い店の店主ということもあり親交の深い人物である。

 

 

「鈴のやつ、完全にオレら放置だな」

「ま、しょうがないだろ。大人(ターレン)と直に会うのって確か中国(ムコウ)に行って以来だろ?」

「鈴の家の場合、両親の離婚も家庭の事情で已む無くで、別に夫婦仲の破綻とかじゃないからねぇ。まぁ、久方ぶりに会う身内の特別感は察するよ」

 

 鈴が中国へと戻ることになった一連の事情はある程度把握しているだけに、その気になれば会うことも容易い自分たちよりは優先度も高くなるだろう。ただ、このままでいるわけにもいかない。一応はここに来た目的もある。

 

「あー、鈴。水差すつもりはないけどさ、オーダー良い?」

 

 元よりここに来た理由は二組の出し物見物兼腹ごしらえだ。燕青とはその道中でたまたま出会ったために同道していたのであり、親子の再会を邪魔するのは気が進まないものもあるが鈴にこのまま厨房から離れられ続けるのも問題なのだ。

 

「あ、ごめん」

 

 鈴としても言われて自分のミスに気付いたのだろう。素直に謝ると再び燕青を方を向いて一言二言交わし、一夏たちから注文を聞くと厨房へと戻っていく。そんな様を苦笑しつつ見送り、しばらくして運ばれてきた料理をクラスメイトの厚意で一時的にシフトから外れられることができた鈴も交えた五人で囲む。かつての鈴の家の店でそうだったように、仲の良い面子が集まって食事を楽しむという以前は当たり前だった光景が再び訪れたことに、食事は終始和やかに進む――はずだった。

 

 

 

 

「なぁんでこんなことになってるんだかな」

「良いじゃないか一夏。面白そうだし」

 

 腕を組みつつ首を傾げる一夏に、横に座る数馬は面白いと言うように含み笑いを漏らしながら言う。二人の視線の先、厨房の中では弾と鈴が向かい合っている。年頃の少年少女が見つめ合う、などと書けば甘酸っぱさを感じる青春劇の一幕のようだがそんなことはない。互いを見据える目の奥には明確な闘志が燃えたぎっている。

 

 事の発端はこうだ。

野郎三人、ちっぱいとオッサンが一人ずつという組み合わせでテーブルを囲み、鈴の得意料理でありこの二組飯店の目玉でもある酢豚や他の料理に舌鼓を打っていた五人だが、やはり久しぶりに会ったということで話題は燕青に合わせて料理のことがメインだった。

燕青が今は都内の高級ホテルの厨房で腕を振るっていること、実はそれくらいに凄腕の中華料理人であるということ、彼の事だけでなく鈴や一夏たちの近況などなど、色々と話している中でやはり久しぶりに会う娘への可愛さがあるのだろう、鈴が直接手掛けた酢豚について燕青が褒め、それに鈴が気を良くしたのだ。そこまでは良い。誰だって親に褒められて嬉しくないわけがない。気を良くするのも分かるし、鈴が自分でも腕が上がったと自覚していると言うのも何らおかしくはない。

 

 問題はその後だ。気を良くしていた鈴は、本人の自覚もあるし実際そうなのだが自身の料理の腕前について少なくとも同年代相手には早々負けるつもりは無いと豪語したのだ。

重ねて言うが、鈴のその発言事態に何ら問題は無い。事実として鈴の料理の腕前は高いし、そう豪語しても良いぐらいなのだ。ただ、それをすぐそばで弾が聞いてさえいなければの話だった。

 

「へぇ、言うじゃねぇか鈴」

 

 主に言うのは鈴だが、一夏は時として武術バカだの剣術キチだのと言われている。その武術や剣術を料理に置き換えたのが弾と言えば、話は通じやすいだろうか。

勿論、弾も自分自身でまだまだな所は多いとも、自分より優れた料理人だって世には数多いとも重々承知している。ただ、先の鈴の言葉は弾もまた思っていることであり、なまじ友人としてそれなりにツルんでいただけに、彼女の口から出たその言葉は決して無視できないものだった。

 こうなれば相手は割と気が短い性質の鈴だ。事はあっという間に進む。なんだよ、なによ、と一触即発と言うか、さて如何にして白黒はっきりさせてやろうかと言う空気に即座に移行した二人に対し、何てことないように横合いから燕青がこう言ったのだ。「料理で決着をつけたらいい」と。

となると話は更に早い。厨房に戻った鈴はかくかくしかじかまるまるウマルーンと事情を伝え、半ば強引とも言えるレベルで料理対決をセッティング、二組全体としてもプチイベントとして利用してやろうという流れになり、あっという間に場が整ってしまったのである。

 

「さぁ、というわけでなんかいつの間にか始まりました。一年二組出展『二組飯店』にて急遽行われることとなった料理対決、『食戟』。司会兼審査員その1はこのオレ、理由(ワケ)あってアイドル――じゃなかった、男のIS乗りをやってます一年一組、織斑一夏がお送り致します!」

 

 なんかよく分からないけど、もうなるよーになっちゃえーという感じで司会を始めた一夏の進行で話は進むことになったらしい。ちなみにマイクは用意できなかったので、丸めた紙筒をマイクに見立てるという小学生みたいなやり方である。だって何時の間にかギャラリーができているのだ、誰かがやらなきゃならないのである。こういう時は多少なりとも目立つ立場が有効的に然様したりするもんである。

 

「さて、まずは対戦する二名の紹介。まずは勝負をふっかけた方、この二組飯店の厨房担当筆頭、凰 鈴音! 本学園では中国から専用機引っさげてやってきた代表候補生、オレはよー知らないけど業界じゃ急速に頭角を現した新鋭だとかなんとか言われて知名度もある彼女だが、凄腕の中華料理人の娘に生まれ中華料理店で育った彼女は料理の腕も代表候補生。態度のデカさに反比例したちっぱい、失敬、ちっちゃい体躯で豪快に振るわれる中華鍋から、今日も本場の味が炸裂するー!」

 

 厨房の鈴から向けられる「ぶち殺すわよアンタ!?」という視線に、「やれるもんならやってみな」と挑発的な視線で返すと、一夏はもう片方に話題を向ける。

 

「続けて勝負を吹っかけられた方の紹介! このオレ、織斑一夏と対戦者 凰 鈴音の中学時代からの友人にして自他共に認める十代屈指の料理人、五反田 弾! 本来は今日はゲストという身分の彼だが、この食戟のために舞台へと上がることを了承してくれたー! 凰 鈴音同様、幼少より実家の大衆食堂で多くの客を相手に接し、料理をふるまい続けてきた、まさに実戦で培われたオールマイティなクッキングスキルが今、ここに披露される!」

 

 さて、対戦者の紹介が終われば次は審査員というのが鉄板である。

 

「続けて今回の勝負の審査員を紹介致しましょう。審査員は計五名、内三人は対戦者双方からの指名によりまずはこのオレ、検めまして織斑一夏が務めさせて頂きます」

 

 続けて一夏が視線を向けたのは、これまた何時の間にか審査員席として設けられた長テーブルに座っている数馬だ。

 

「二人目はこちらのヒョロッちぃの。同じくオレ、そして対戦者二名の共通の友人である御手洗 数馬! というわけで、審査への意気込みを語って貰いましょう。へい、数馬」

「え~、まぁ僕はですね、自分で言うのも何なんですがそれなりに味にはうるさいと思っているので。ついでに言えば二人の料理はどっちも良く知っていますからね。今回は、ガチでやらせてもらおうと思っています」

 

 好青年さマックスな爽やかスマイルで語ってくれるが、その腹の内が真っ黒なのはここだけの秘密である。

 

「続けて三人目、凰 燕青さん! 名字から分かる通り、凰 鈴音のお父さんであり、彼女の料理の師匠とも言える方です! そのワザマエ――じゃなくて腕前は都内の某高級ホテルにて中華料理担当の筆頭を担うほど! もう片方の五反田 弾とも知った間柄ですが、今回の審査はどのように?」

「無論、娘だからと言って色眼鏡にかけるつもりは無いとも。一人の料理人として、純粋に評価をするつもりだ」

 

 実にごもっともな言葉である。続けて一夏が視線を向けるのは一人の少女と女性だ。

 

「えー、続けて紹介しますはとりあえず審査員の頭数揃えようって段になって、ぶっちゃけるともうこの場から希望者募れば良いよねってことで聞いてみたら名乗り出てくれた二人です。まずは一人目、本校一年三組所属、クラス代表を務めているアメリカン・ガール、スーザン・グレー! さて、アメリカと言えばやたらスケールのデカいステーキやハンバーガーのイメージですが、そんなお国育ちの彼女が本格的な中華にどんな評価を下すのかは、ちょっと見物です。というわけで、グレー。何か一言」

「オーケー、任せて。とにかく、どっちもしっかり味わって審査するわ。あと、頑張って目立つようにしたいわね。何せリアルタイムじゃガチで三年ぶり、話数にして54話ぶりに貰えた出番だから! よろしく頼むわね、ゴリムラくん!」

「ハイィイイイ! そこ、ちょっとそういうメタいこと言うのは止めよ―ね。これそういう話じゃないから。銀○とかじゃないから。いや、確かに最近の空気はそんな感じのギャグパートばっかりな気もするけどさ、一応もっとまじめな感じだからね、この作品。ちゅーかまた名前間違ってるしさー! ゴリってなにゴリって!? ゴリラ!? なに、オレって何時の間にか大江戸の治安維持組織の局長と親戚か何かになってたの!? いや、嫌いじゃないけどさー、あのストーカーゴリラと同類は勘弁してよー。せめてトシでしょー。あーでも待って、最近だと佐々木のサブちゃんもかっこよかったお」

 

 まぁでも最近、織斑君のキャラがネタ色強めになってるよねーというのは周囲にいた他の生徒たちが一様に思っていることであったりする。

 

「えー、気を取り直して五人目です。今度は教師からの参加です。設備管理を主にされています、榊原 菜月先生! 希望者審査員の定員は二名でそれをやや上回る希望がありましたが、中でも彼女が特に熱心に希望を出していました。その熱意を汲んでの審査員参加となったわけですが、先生。何か一言どうぞ」

「……先日、お見合いに失敗しました」

 

 いきなりぶち込まれたヘビーな話題に一夏も「お、おぅ……」としか言えず、一気に周囲の空気が重くなり、辺りが沈黙に包まれる。

 

「それ以前から、お見合いも、合コンも、何度かやってきました。けど、結果は振るわないんです。また今度、別のお仕事をやっている友人が合コンを組んでくれたけど、正直今のままじゃ自信がありません……」

 

 ただただ沈黙。

 

「そう。だからこそ、この勝負を間近で見ることで得る必要があるんです」

「え、えーっと、何を?」

「よりレベルの高い料理のスキルを、次こそは確実にキめるための女子力が……! 『料理の凄くデキる女』という名誉が、私には必要なんです……!」

 

 榊原はグッと拳を握りしめながら切実なる思いを口にした。

 

「もうね、後が無いのッ……!!」

 

 

 周囲一帯、完全にお通夜モード突入である。場に居合わせた誰も、老若男女問わず榊原から目を逸らしながら気まずげな表情を浮かべる。一夏もコメントに困るように閉じた口元をモニョモニョと動かしながらこめかみをピクつかせているし、厨房で睨みあっていた弾と鈴も何とも言えない空気になっている。程なくしてそこかしこからひそひそと囁くような話し声が出て来るも、何とも言えない雰囲気が漂っている。

 

(榊原先生、また失敗してたんだ……)

(美人だし優しいし、普通に良い人だと思うけどねー)

(聞いた話じゃ仲良くなっても相手の男がいつも変なのばっかりだって)

(我が家の娘も、もうすぐあれくらいだからな。娘にはせめて良い相手を見つけられるように手を貸すべきか……)

(高圧的に威張り散らす女も増えてきてる時世だから良い女性だとは思うが、なんと哀れな……)

(ちくわ大明神)

(いや、まだ希望が潰えたと決まったわけではないでしょう)

(誰だ今の?)

 

「え、え~、榊原先生にはこれからきっと良縁があると信じて、それではいよいよ対戦者の二人には調理に入って貰いましょう!」

 

 もうホントどーすんだよこれマジで、などと思い切りぶん投げたい気分ではあるが、流れは進めなければならない。でないと話も進まない。

 

「ルールは簡単! 料理のお題は『中華』! これより両名にはそれぞれ中華料理を一品作って貰い、それをオレ含む五人が試食し、審査します! なお、他のオーディエンスの方々も食べられるくらいの量は作っておけと予め伝えてありますので、皆さんご安心を」

 

 そこで一夏は言葉を切り、弾と鈴に視線を向ける。二人とも準備が完全に整っていることを確認すると、それではと前置きをして一夏は宣言する。

 

「食戟、開始ィッ!!」

 

 銅鑼が勢いよく叩き鳴らされ、弾と鈴による中華一番対決は幕を開けた。

 

 

 

「……ねぇ、いつのまにその銅鑼あったの?」

「なんかいつの間にか用意してあった」

 

 

 

 

 弾と鈴、共に手早く材料を揃えると一気に調理に取り掛かる。どんなメニューを作るのか、予め用意されている材料を用いなければならないだけに自然と絞られているからというのもあるが、それでもその内容を見れば大抵の者は気付くだろう。

 

「鈴はまぁ予想通りだけど酢豚、弾は豆腐を用意したってことは麻婆豆腐だね。どっちも二人の得意な中華だ。大人はどう思います?」

「そりゃあ純粋に楽しみだよ。鈴はあれからどれだけ成長したかが楽しみだし、弾くんも料理人として期待できる逸材だったからね。どっちの料理も待ち遠しいなぁ」

 

 数馬が二人の作る料理を見抜き、燕青は素直にそれを心待ちにする。二人の調理を見ながら、ふむと一夏は顎に手を添える。

 

「弾の麻婆豆腐は、まぁ色々香辛料をぶっこむのは分かるけど、鈴はもしかしてさっき食べた酢豚とは味付けを変えてくるのか? なんか手順が明らかに増えてる気がするんだが……」

「多分だが、弾くんが作る麻婆豆腐に対抗してのことだろうね。どのようなアプローチかは食べてのお楽しみにするとして、確実に比較されるわけだからそこを踏まえた味付けにするんだろう」

 

 燕青の指摘に一夏もなぁるほどぉ……と感心するように頷く。ついでに別の方を目を向けてみれば――

 

「良い、スーザン。シミュレートよ、シミュレート。パパも言ってたわ、何かをするならまずはイメージを固めるのが大事だって。ここで今度こそ目立ってキャラを立てるのよ、そうすれば私だって、あわよくば準レギュラー入りも夢じゃないわ……! 最近出番の少ない山田先生あたりに成り代わって……」

「お料理スキル……お料理ナンバー1……ミス・合コン……この際専業主夫志望でも良いかしら、イケてる男をこの手に……」

 

 ――ブツクサ何か言っている方には目は向けていない。見てないったら見てない。

 

 

 そんな会話をしている内にも調理は進んでいく。酢豚も麻婆豆腐も元々店のメニューとして設定されているので、材料の下ごしらえなども殆ど済んでいる。仕上がりまでに時間はさほど掛からない。

 

「ヘイお待ちッ!」

 

 先に仕上げたのは弾だった。人数分の皿に出来上がった麻婆豆腐を盛り付けると手際よく給仕(サーブ)していく。審査担当の五人に配り終えると、今度は別の皿を用意してオーディエンスの希望者にも配り始めていく。

 

「え~、先に仕上がったのは五反田 弾。品は麻婆豆腐であり、もう見るからに辛そうなのは伝わってきます」

 

 一応は司会進行なのでそんな解説をするも、一夏の意識はすっかり目の前の料理に向かっている。熱心な辛党というわけではないのだが、やはり中華、というか四川料理は辛くてナンボというのが持論でもあるため、この見るからに辛そうな麻婆豆腐には期待せずにはいられない。見れば他の者も、それこそ審査員もオーディエンスも一様に何かを期待するような眼差しを麻婆豆腐へと向けている。

 

「では……」

『いただきます』

 

 そうしてレンゲで一掬い、熱々なのを僅かに吐息で冷まして口に入れる。

 

「ッッ!?」

 

 口に入れた瞬間、一夏の、否、食べた者たちの目が一様に見開かれる。

 

「フォオオオオオオオオ!!! キタキタキタァアアアアアア!!!」

 

 舌を突き刺し焼くような強烈な辛味、まさに四川料理の神髄ここに在りと言わんばかりだ。だが単に辛いだけではない。加えられたひき肉から出たもの、絶妙に織り込まれた調味料、材料のそれぞれから出た旨みが混然一体となって味覚への波状攻撃を仕掛けてくる。

 

「う~む、見事ッ! まさかこの年でこれほどまでに麻と辣を使いこなすとは……! 彼の料理を味わうのは久しぶりだが、想像を超える成長ぶりだ!」

 

 この場で確実に、最も中華に精通していると言っても過言では無い燕青の評価もひたすらに褒め称えるものだ。食堂のそこかしこからも、弾の麻婆豆腐を食べたオーディエンスの辛さへの悲鳴と続けざまに押し寄せてくる旨みへの感嘆が止むことは無い。

中にはこの辛さに耐え切る者もいるが、そうした者はやはり一心不乱にレンゲを動かし続けている。神父とおぼしきカソック姿の長身の男性や、おそらくは生徒の身内だろう学外から来たとおぼしき天使のごとき美少女の姿が特に印象的だ。

 

「止まらない、それなりに美味い物は食べ慣れてる僕でも手が止まらない!」

「クソゥ! この辛さが、旨みが、止まらねぇんだよ! どんどん押し寄せて来やがって、もっともっと欲しくなっちまう!」

 

 男三人の食べる手は止まらない。それどころか、食べるほどに体の内側から熱気が湧き出てくる。

 

(この熱さ、あぁ、失敗の許されない料理に挑む時のあの昂ぶりと同じだ!)

(そう、少しだって油断の許されない戦いと同じ! あの言いようのない込み上げてくるものと一緒!)

(あぁ、常にクールであれが信条の僕ですら、この熱さは抑えきれない! 恥も外聞もかなぐり捨てて雄叫びを上げたくなる!)

 

 そう、これぞまさにこう形容すべきだ。

 

『燃えよドラ○ン!!』<ホゥワッチャー!!

 

 気が付けば一夏、数馬、燕青の三人は着ていた服を脱ぎ捨て、上半身を外気に晒しながら拳法家のごときポーズを構えていた。

 

「な、審査員の男三人が纏めてはだけた!?」

「いや、この味の衝撃はそれだけの威力があるわ……!」

「部屋で一人でこれを食べたら、ぶっちゃけ私だって脱ぎたくなるわよ、汗凄いもん」

「ていうか、織斑君やっぱイイ体してるわね……」<ジュルリ

 

 そして反応はこれだけに留まらない。

 

(なにこれ、止まらない! 止まらないのぉ!)

 

 あまりの辛さに目の端に僅かな涙を浮かべながらも、スーザンはただ無我夢中でレンゲを動かしていた。

あれほど衆目を一身に集めるリアクションをしようと決めていたのに、そんな決意は一口食べた瞬間から思考からすっかり吹き飛ばされていた。今の彼女は心も体も襲い掛かる辛さと旨みに翻弄されるだけだ。

 

(あぁ、ダメ、止まらない! 私が全部さらけ出されそうになっちゃう!)

 

 怒涛の如き辛さは止むことのない銃声となってスーザンの脳裏をかき乱す。辛さによる刺激の一回一回、銃声が鳴る一回一回にスーザンの装いは弾け飛び、その奥に秘められるありのままの彼女が曝け出される。

このままではマズイとスーザン自身も分かっている。ただ自分が乱されるだけではない、明らかに辛さによる衝撃が蓄積されている。そしてその蓄積も無限の容量を持つわけでは無い。遠からず限界を迎え、その瞬間に特大の一撃が彼女を見舞うだろう。分かっている、分かっているのだ。だがそれでもやめられない、止まらない。

 

「くぅううううううう!!!」

 

 気が付けば最後の一口を残すばかりだ。もはや何も考えられないままに彼女は麻婆豆腐を乗せたレンゲを口元に運んでいる。今や彼女を守るものは何もない。それらはすべてはじけ飛んでいる。理性は痺れつくし、ただむき出しの本能という裸身を残すのみだ。

 

 そうして最後の一口を頬張り――

 

(もう、ダメェエエエエエエエエエエエエエ!!)

 

 特大の一撃を心臓に撃ちこまれた。イメージの向こう側でHAHAHA! と得意げな笑みを浮かべているテキサスガンマンの白い歯がキラメていてる。

 

 全てが終わり、徐々に辛さも引いてくる。だがスーザンはグッタリと背もたれに身を預けるとただ茫然と天を仰ぎみる。

きっちりと食レポをするつもりだった。どれだけ美味しくても負けないつもりだった。けど、辛さには勝てなかったよ……

 彼女に残るのは際限なく引き出された熱による高揚感のみだった。

 

 一方もう一人はと言えば――

 

(あぁ、ダメ、ダメ、そんなに激しくしちゃイヤーーー!!)

 

 榊原菜月、御年26歳。彼女も彼女で当初の思惑など彼方の果てだ。

先のスーザン同様に彼女もまた辛さと旨みの怒涛の連撃に心身を翻弄されていた。一口食べるごとに繰り返される、強烈な辛さが今まで出会って来た男との無念の結果に終わった思い出と、こうしておけば良かったという後悔を思い返させる。そして続く旨みがあの時にこうすれば良かったなどというタラレバによる甘美な妄想を膨らませる。

だがイメージはそれで留まらなかった。最初こそ交互に連続攻撃をしかけてきた辛さと旨みだが、やがてそれらは一体となって彼女の内側を蹂躙していく。それと同時に脳裏も痺れ、浮かぶイメージは理性が麻痺しきったものとなる。

 

(あぁ、そんなに激しく迫ってくるなんて……! 私、次からはこんな風に攻めてくる彼氏を求めるわ!)

 

 彼女の脳裏では今まで出会って来た、そして未だ出会ったことも無い顔も名前も知らない、無数のイケてる男たちから怒涛のもうアプローチを受けていた。肉食獣のような豪快さなのに、時に絹織物を扱うような繊細さが紛れ込む。緩急をつけた怒涛の連打に彼女の思考回路はショート寸前どころか基盤ごと吹き飛んでいる。ハートも恋の万華鏡だ。

オラオラオラオラとスタンド攻撃のようなイケメンからの猛アプローチ、というイメージの味覚への殴打に、気が付けば完食していた榊原はスーザン同様グッタリと椅子に身を預けた。

 

 滝のように汗を流し、頬を上気させ恍惚の表情を浮かべるうら若き少女と妙齢の美女、それが並んでいるともなれば何とも見応えのある絵面だろう。だが驚愕すべきは、それをたった一皿の料理が齎したということか。

 

「ハァハァ……」

「ハーハー……」

「ハッハッ……」

 

 別に舞台が急に吸血鬼の跋扈する戦闘準備がとりあえず丸太な島に移り変わったわけではない。ただ、誰もが受けた衝撃に言葉を発せずにいるだけだ。

 

「見事だったッ……!」

 

 ようやく紡がれた燕青の一言、それが食した者の総意を物語っていた。

だがそれほどの賞賛を受けてなお、弾は引き締めた表情を微塵も緩めない。未だ勝負はついていないのだ。一息つくとしたら、それは勝敗が決してからだ。

 

 

「みんな、随分とやられたみたいね」

 

 何時の間にか調理を終え、出来上がった酢豚を盛り付けた鈴が静かに言った。

 

「ま、弾の性格とか料理の得手とか、そういうのを考えりゃ多分そういう方向で来るなーとは思ったけど、正直予想以上だったわ」

「じゃーどうするよ、棄権でもするか?」

「はっ、冗談。するわけないし、アンタだってそんなの認めやしないでしょうが。きっちり勝負するわよ。――見てなさい」

 

 弾の横を通りぬけて鈴は出来上がった酢豚を一夏たちの前に置く。

 

「さぁ、あたしの特製酢豚よ。じっくり味わって頂戴」

 

 そう言うと、先ほどの弾もそうしたように他のオーディエンスたちにも酢豚を配り始める。

 

「う~ん、この仄かに香るお酢の匂い。まさしく酢豚って気になるな」

「まぁ鈴の得意料理が酢豚で、それが美味いのは重々承知しているけどね。さて、どれほどか……」

「では見せて貰うよ、鈴。お前の成長の成果を」

 

 そうして一同は酢豚に手を伸ばし始める。だがその雰囲気は先ほどの麻婆豆腐と異なりやや落ち着いたもの、ともすれば大人しすぎるくらいだ。

 

(そう、俺の麻婆豆腐の辛さはその場限りじゃねぇ)

 

 決して後に残り続けてキツイというものではない。だが一口頬張る度に舌を貫いていったあの衝撃は、料理としての強烈な印象を食べた者に与える。そして再び欲するのだ、その辛さと旨みの激流に翻弄されることを。

生半可な料理ではこの衝撃を打ち消すことはできない。例え客観評価で美味いと言えるものでも、美味いだけだ。食べた者の心を揺さぶることは叶わない。無論、鈴の料理がその程度のものだとは弾も思ってはいない。そういった点では彼も鈴をきっちりと評価している。だが同時に、自身の実力への自負ゆえに早々打ち破られることもないと思っている。さて、どう展開が転ぶか。弾はじっと事の推移を見守る。その目は瞳を鋭く光らせており、時に一夏が浮かべるソレと同等のものとなっていた。

 

『いただきます』

 

 最初の一口を頬張ったのは五人ともほぼ同時。そして口に入れた瞬間に五人の動きが一度止まった。

 

『……』

 

 僅かに沈黙が走ったものの、すぐに食べる手を動かし始める。当然、先ほどの麻婆豆腐のような辛さによる悲鳴やら歓喜やらは無いが、それでも一心不乱に食べ続けるのは変わらない。

 

「いったい、なんだこれは……」

 

 最初に感想らしき言葉を発したのは数馬だ。だが、彼も未だに言葉を選びあぐねている様子が伺える。

 

「美味い、間違いなく美味い。けど、それだけじゃない。なんだ? 舌から全身に染み渡る感じだ。いや、けど弱くは無い。むしろ力強く包み込んできてる……!」

「肉、野菜、タレ、バランスが悔しいくらいに完璧じゃねぇか。感じる、感じるぞ。自然の恵みがそのまま塊になって押し込んできやがる……!」

「これは、俺が教えたことだけじゃないな、鈴音。そうか、母さんの教えも取り込んでるな。懐かしい感じがするよ」

「そっかー、これって凰さんがお父さんから教わった味付けなんだー。あぁ~落ち着くなぁ。なんか故郷(アメリカ)のダディが作ってくれる料理思い出しちゃった」

「思えば私、しばらく実家に帰っていなかったわね。お見合いだの結婚だの言われるのは困るけど、たまには帰って孝行しようかしら……」

 

 大地の恵みを余さず受けた材料たち、それを活かしきった酢豚の味はまさしく大地の祝福のごとき暖かさと抱擁感を食べた者に与えていた。先の麻婆豆腐の辛さ、その激烈な攻めによる力ずくの屈服とは違う、自分から五体を委ね寝そべりたくなるような充実感だ。

 

「豚肉から染み出る旨みと歯ごたえのある野菜の食感、そして材料の甘味とタレの酸味と塩気が一体となって織りなすンンハァアアアアモニィイイイイ!! 食材の一つ一つが楽器となって演奏するゥゥォオォオオゥケストゥラッ!! この華やかさはまさに第九、歓喜の歌ッッ! トレッッ、ビアァアアアアアン!!」

 

 何やら感極まったのか、ホモだのホストに貢ぐ金持ち女だのと言われる財閥御曹司の変態みたいなオーバーな表現をする数馬。その隣に座る燕青は対照的に落ち着き払った様子で、しかし一口一口を余すこと無く味わうかのようにじっくりと食べ進めている。

 

(もうキャラ立てとかそんなのどうでも良いわ。ずっとこの暖かさに浸っていたい……)

(オラオラ系な彼氏も良いけど、疲れてる時にそっと抱きしめてくれるような癒し系彼氏も良いわね……)

 

 女二人も、恥も外聞も放り投げた赤裸々な本音が胸の内から溢れ出る。せめてもの救いはそれを直接声に出していないことか。そして――

 

(あ~落ち着く。心がフワフワするんじゃ~)

 

 一夏、彼もまたこの多幸感に身を浸らせていた。大地の恵みという雄大さと温かさに包まれながらも天を昇るような心地だ。やがてその意識は遥かなる天上へと達する。そこは宇宙、宇宙飛行士じゃないけどオゾンより上でも問題ない。但し書きを添えるとしたら、別に体が金色に光っても居ないし、バイクに乗っても居ない。やがて、眼下の蒼き星の影より別の新たな影が現れる。

 

(鈴……)

 

 見慣れた少女の顔だ。だが、その表情にはいつもの勝気な様子は無く、全てを受け入れるような母のごとき慈愛が浮かんでいる。そう、それは鈴の酢豚の味そのものだ。あの味は食べた者に須らく与えられる。そして誰もが、その味による抱擁を受けることを許されるのだ。

みんなこの酢豚を食べて幸せになって。あたしが全てを抱きしめるから。そう伝えてくるような味には、鈴が女性だからこそ与えられるものがある。それは母性、人として生を受けた誰もが一度は感じる抱擁のぬくもりだ。

 

(あぁ、こいつは良い……)

 

 事実だからハッキリ言うが、鈴の体躯は少女として見てもやや細身であるし、ぶっちゃけ女性らしさという点ではやや低い点数の方だ。だがそれでも母性を与えることはできるのだと実感する。この抱擁が何よりの証、そりゃあカリスマギャルだってみりあちゃん可愛いよフヒヒとなるわけだ。

 

「そうか、鈴がオレのマ――」

「はい、いっぴーストップ。それ以上は言うとマズい」

 

 思わず言いかけた言葉を一足先に落ち着きを取り戻した数馬の手で遮られる。そこでようやく一夏も我に返ると、辺りを二度三度見回し、軽く咳払い。何でも無いよーと誤魔化す。

 

「えー、それでは、試食も一通り終わったようなので、早速審査に移りたいと思います」

 

 なにも先ほどの言葉を更に誤魔化そうというつもりではないのだが、話は進めなければならないので一夏は改めて流れを薦めようとする。

決着のつけ方は簡単。審査員五人がどちらかに票を投じる、それだけだ。そして三人以上の票を得た者の勝利となる。実にシンプルな話だ。

 

「ではまず――あ、女性審査員二人が挙手をしているので、まずは二人に言ってもらいましょう」

 

 先に手を挙げていたスーザン、そして榊原の順番でそれぞれの支持者を表明する。

 

「じゃあまずは私、スーザン・グレーからね。正直かなり悩んだけど、決めました。私は凰さんに一票!」

「私、榊原菜月も凰さんに一票を入れます!」

 

 早速投じられた二票だが、弾も鈴も表情を揺らがせない。まだ勝負が決まってはいない以上当然だ。一方、いきなりの二連続票にギャラリーからどよめきが上がる。これで鈴が早くもリーチをかけたのだ。自然、注目は三人目へと移る。

 

「では続きまして――凰 燕青さん!」

 

 一夏に促されて遠征も力強く頷く。

 

「まず最初に、鈴音。見事な酢豚だった。お前の成長を強く感じた一皿だったよ。あれだけの品を作れるということ、父親としても料理人としてもお前を誇りに思う。――だが、許せ。俺は、弾くんに一票を入れる!」

 

 予想外の展開におぉ! とどよめきが挙がる。

 

「どちらの品も見事だった! はっきり言って甲乙つけがたい! だが、よりその料理の神髄、本質を突き詰めたということ、そしてあの豪快さと荒々しさの中にもしっかりと存在する品位、そこを評価した!」

 

 その品評に鈴はただ小さく息を吐き、弾は黙って頭を軽く下げる。

 

「じゃあ次、数馬ぁ!」

「……正直、僕もかなり悩んだ。あぁ、僕の信条にはややそぐわないけど、できれば引き分けにしてやりたいさ。だが、それでも、敢えて言うならば……弾、君だ。すまない、鈴。だが、やはり僕の心はあの衝撃から抜け出せきれなかったようだ」

 

 これで票は二対二、最後の一票を持つ一夏に勝敗は委ねられる。そして一夏は、黙り込んだまま目の前にある空の二皿を見ていた。

 

「まぁ、だいたい言いたいことは言われちまったけどさ。オレも、まじで白黒決めるのは悩んだわ。数馬と同じだよ、どっちもアリにしてやりたい。あぁ、けど、そうだな。決め手になったのは、どっちに心を奪われたか、だ。それ以外は全て同格って言っても良いからな。その上でだ。……許せ、弾! オレは鈴に一票!」

 

 この瞬間に勝敗は決した。勝者は鈴、勝った彼女は安堵したように息を大きく吐くも、勝利に浮かれる様子は微塵も見せない。事実、どう転んでもおかしくない接戦だったのだ。まだ、未熟な点は数多くある。

そして惜敗を喫した弾も、一つ息を吐くと上を仰ぐ。そして勝った鈴の背中を、喝入れのためか、次は負けないという意思の表れか、あるいはそれをひっくるめた上で諸々の想いを乗せてか、背中を軽くパンと叩くと厨房を出る。そうして一夏たちの前に立って、ようやく固く引き締めていた表情を緩めた。

 

「ったく、参ったぜ。まさかこうなるなんてな」

「悪いな。ただ、次はどうなるか分からないぜ」

「そうそう、多分洋食あたりで勝負したら確実に弾が勝ってたと思うしさ」

 

 三人は互いに互いを小突き合いながらそんなことを言い合う。そして勝者として級友たちから、勝負を見守っていたオーディエンスたちから賛辞を受けている鈴の姿を見て、再び三人顔を見合わせると自然と笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「ん~、やっぱりキャラの売り方が弱かったかな?」

「お前、まだそんなこと言ってんのかよ……」

 

 相変わらず妙な事をのたまっているスーザンに一夏も苦笑いを隠せない。

 

「いやだって、本当に久しぶりなんだもん。三年ぶりだよ、三年ぶり」

「あのな、だからそういうことはできれば言うのを控えて欲しいとな……」

「良いじゃん、どうせおまけパートなんだし。何言ってもアリアリよ」

「いやホント勘弁してください」

「だいたい三年とか長過ぎでしょ。運動ならなんでもおまかせ隊だって二年ごとにキッチリ出てるじゃない」

「でんぢ○すじーさんとかクッソ懐かしいなオイ。ちゅーかよく知ってるな。あとな、あいつら五回目以降から遂に出なくなったからな。重ねて言えば、四年に一回しか登場しない警察官だっている。三年くらいならまだ大丈夫だ」

「でもあの人は時々早めに起きて出たりするでしょ。そのたびに大騒ぎだけど」

「お前本当にアメリカ人かよ?」

「こうなったらIS操縦でキャラ立てるしか無いかな。ほら、私ガンマンだし、女の子だけど。それでバシバシ撃ちまくる感じで」

「悪いがそのポジションには既にシャルロットがおるんやで」

「チクショーフランスー! このフ(自主規制)」

「どうどう、落ち着け落ち着け」

「じゃあしょうがないから、シリムラ君の名前弄りネタの方面で……」

「やめてくださいお願いします。というかそれじゃあまるでオレが尻好きの変態みたいじゃないか」

「違うの?」

「……黙秘権を行使する」

 

 

 おわりおわりおわりおわりおわりおわりおわりおしりおわりおわりおわり

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん!」

 

 周りを取り囲んでいた喧騒が一段落したところで鈴は燕青の下に駆け寄る。

 

「おう、鈴音。や、さっきは悪かったなぁ、お前に投票してやれなくて。ただ、本当に良い料理だったのは確かだぞ」

「分かってるわよ、そのくらい。それに、そういうお父さんだから安心して評価を頼めるんだから。えへへ、もっと凄いの作れるようになるからね!」

「あぁ、楽しみにしてるさ」

 

 そう言って燕青はポンと手のひらを鈴の頭に乗せ優しく撫でる。久しく感じていなかった感触、父の手のひらの大きさとその暖かさを感じて鈴はくすぐったそうにしながらも笑みをこぼす。

 

「ねぇ、お父さん。仕事は、やっぱり忙しいの?」

「そうだな。あぁ、忙しいな。だが、責任のある大役だし、それを務めさせて貰っているというのは名誉にも思っているな」

「そっか……。あのね、もしお休みとか取れたらお母さんのところに会いに行って欲しいの。お母さんも、やっぱりお父さんのことは気にしてたし、向こうの実家の人もお父さんとお母さんに苦労をかけてるって言ってたから」

 

 改めて説明するが、鈴の両親の離婚は夫婦仲の破綻ではなく、夫婦それぞれに大きな事情が同時に舞い込み、それに対応するためにやむなくという形による結果だ。事さえ落ち着けば機を見て復縁というのも十分にあるというのは凰一家共通の認識だが、それでもやはり直に顔を合わせるというのは特別な意味合いを持つ。

 

「そうだな。あぁ、そうできるように頑張ろう。それに、そうだな。母さんの方にも伝えてくれ。何だったら日本に旅行に来てくれって。そうしたらウチのホテルに泊まれば良い。ちょっと値は張るが、頑張ってサービスをしてもらえるように取り計らうからって」

「うん、言っておく」

 

 そこで鈴は腕時計を見てやや顔を顰める。そろそろ仕事に戻らねばならない時間だ。

 

「お父さん、まだ学園祭は見て回るんでしょ?」

「おう、そのつもりだよ」

「じゃあさ、あたしの方も落ち着いたら一緒に回りましょ? あとね、もう一つ私が参加するやつがあるから、それも見て欲しいの」

「そりゃ楽しみだな。よし、そうしよう」

「うん! じゃ、あたしも行って来るね!」

 

 そう言うと鈴は再び厨房の方へと向かって行く。その足取りは軽く、顔には満面の笑みが浮かんでいる。この分ならこの後も良い気分で仕事ができそうだと思いながら、鈴は改めて料理に集中しようと気合いを入れるのであった。

 

 

 

 

 




11/15
 ある意味じゃ必然とはいえ、大人を出すとなると基本オリキャラになりますね。
今回、一組に来たオッサンはまぁ多分確実にお察し頂けるかと思います。
この方、何気に作者の妄想内にある本作の未来世界じゃかなりの重要人物になってたりします。公的立場でも一夏にとっても。未だ妄想止まりですが。

 次回は、夏休み編の時にそれっぽいネタタイトルだけを書いて結局タイトルだけで終わった、っぽいものをやってみようと思います。ネタとはいえ、簡単にポイしちゃだめですね。これこそノーポイッですよ。
あぁ~^^心がポイポイするんじゃ~^^
またオリおっさんが出ますよ。あるキャラにとっての非常に重要な関係者ですが。

11/28
 今回のオリおっさん、鈴ちゃんのお父さんでした。
鈴ちゃんの家庭事情も原作とはやや異なりますが、その辺は作中でも度々明記しておりますのでご参照ください。
 というわけでやっちゃいました、食戟のダン。負けたけど、弾。
まぁ細かいところは気にしないでください。ノリと勢いだけでしか作られていませんので、今回の話は。あとは、超久しぶりに出した三組代表スーザン。正直作者自身キャラをよく覚えていなかったり……。なのでネタ担当にしました。一夏と会話させるとあら不思議、ボケ倒し空間に早変わりです。

 ちなみに鈴ちゃんパパ、名前には一応元ネタがあります。分かるかな……?
名前は結構悩みましたよ。最初は「ジンロン」と読む漢字にでもしようかと思いましたが、見つからず断念。まぁとても平和的とは言えない名前なのでむしろボツにして正解だったかもしれませんが。
 あと気になる点と言えば、ちゃんと食べた反応がそれっぽくなっているかなということです。この反応の部分ですとか、榊原先生の嘆きとか、色々ネタをぶち込んでいるので分かった方は是非感想まで!

 さて、次回はゆる~くダベる短い一幕を軽くやろうかと。そしていよいよ文化祭編の一つの目玉であるアレに突入するかと思います。そして……奴らの登場です。

 ではまた次回更新の折に。
感想ご意見、随時大募集! ドシドシカモン! マジで……

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