或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 今回は一夏ら学生組の出番はありません。
今回の主役は海堂師匠に、かねてより存在が示唆され遂に登場となったとある人物です。何となくサブタイとかから察せる方は察せると思いますが。


第五十五話:極みへと至りし二天の魔鬼

 中東。近年の歴史を学ぶ上で聞かないことは無いワードだ。あるいは義務教育か高等教育か、どちらにせよ学生生活を送る中で地理や歴史を学ぶならほぼ確実にそこに関する何かしらを学んだはずだ。

狭義の地域概念ではインド以西の西アジアとアフリカ北東部を総称する。アフガニスタンだけは含まれるかどうかは曖昧なところだが、単純に場所をイメージする上ではほぼひっくるめて良いだろう。

 さて、いずれかの国、あるいは複数の国を内包する地域を紹介するならばその特色などは色々と挙がるが、中東もその点に関しては例外ではない。例えば分かりやすいところで言えば原油だ。

アラブ首長国連邦やサウジアラビアなどが世界における原油産出の多くを占めている、なんてことは日本なら中学レベルの地理で学ぶ。それ以外にも途上国が多い、砂漠地帯だの、挙げられる特徴はある。そんな種々の挙げられる特徴の中で特に目立つワードが一つある。それは『戦争』。

 第二次世界大戦の終戦よりわずか数年後に始まった第一次を皮切りとした四度に渡る中東戦争、イラン・イラク、湾岸、イラク、現在に至るまで大規模なものは少なくなったとは言え武力衝突は途絶えてはいない。

何が原因か、それを語るとしたら更に軽く百年単位で歴史を遡らなければならないためにその辺りの事情は敢えて割愛する。だが原因の一部、中東の情勢を語る上で決して欠かせないものを一つ挙げるとしたらそれは宗教だろう。

イスラム教スンニ派、シーア派。これは多くの人が耳にしたことがあることと思われる。世界でも有数の規模を持つ宗教であるイスラム教における宗派だ。特に近年の中東での武力衝突とこれらが密接な関係を持つのは想像に難くない。特に昨今目立つのはこれらから更に派生した所謂"過激派組織"と呼ばれる集団だ。他国の人間がそれらの手の者により拉致され、痛ましい結末となったというニュースも幾度と報道された。

 

 これらの問題の完全解決は少なくとも数年程度では済まないのは確実だ。何世紀と続く宗教の、かなり根幹に近い部分で古くから在り続けた問題だ。あるいは精々が衝突が少なくなる程度で完全解決など未来永劫成りはしないのかもしれない。

だが、問題そのものの抜本的解決は望めなくとも、対処療法と言うべきだろうか。直近の問題ごとの解決は試みることができる。それを可能な用意さえできれば、あるいは力ずくというのも可能だろう。そう、例えばそうした武装勢力の一拠点を叩き潰す、あるいはそれらに拉致された人質を助け出すなどだ。とは言え、現実にそれを為そうとすれば必要とされる人材、装備の準備は相応のものとなる。故に現実的には中々に難しい方法とも言うことができる。だが、仮に実現できるとしたらどうか。勿論、長期的に見て大きな効果があるかどうかはまた別の問題となるが、ごく短期的な眼前の問題の解決という点では非常に有効と言えるかもしれない。

 某日、そんな非常識で困難な力ずくとも言える手法が中東の一地域で取られた。送り込まれた戦力はどれほどか。国連軍か、米軍か、武装勢力の台頭を良しとしない中東諸国の軍か。否である。仮に結果のみが世界に報じられたとして、その過程で何があったかを知る者は殆ど居ないだろう。報じたところで無駄だ。誰もが信じようとはしない。だがそれでも現実に起きたのである。およそ人の所業とは思えない、魔人の御業とも言うべき事態が。

 

 

 砂漠地帯の一部、そこには古い集落があった。町と言うには小さすぎ、精々が村落のレベルだろう。現代の日本人にある程度通じやすい表現を使うとしたら、やや規模の大きい住宅地と言うべきだろうか。

中東情勢などをテレビのニュースなどで見ていれば、地域や町一帯が丸ごと過激派勢力の支配下に置かれている、などということを聞いたことがあるかもしれない。ここもそんな場所の一つだ。だが、ニュースなどで聞くそうした地域との違いを挙げるとすればそれらの地域が過激派勢力の支配下にあるだけで、内部では勢力や組織外の民間人も暮らしているのに対し、この集落は完全に勢力の構成員のみしか居ないということだ。集落というよりはむしろ勢力の基地の一つと呼んでも良い。

仮にこのような場所を落とそうとすれば例え装備を固めた先進国の軍でも一苦労は確実だろう。特に人質などが収容されていると判明している場合など。それが普通だ。では、仮に普通では無い者が実行をすればどうなるか。知る者は決して多くないだろう実例が、そこには繰り広げられていた。

 

 夜の砂漠の中にあってその集落基地は非常に目立っていた。原因は一目瞭然、集落のほぼ全てから発せられる光が辺り一帯を照らしているからだ。だがそれは照明などの人口の光に因るものではない。そもそもこんな辺鄙な場所における電気などたかが知れている。

赤、朱色、橙色、幾つかの暖色系の光はある種の圧迫感を持って集落全体を包み込み、ユラユラと揺れている。それは燃え盛る炎だ。

 

『あ、あぁ……あぁああああ……』

 

 飲み込まれれば一たまりもない炎から逃げ続け、どうにかある程度の安全は確保できるだろう場所に駆け込んだ若い青年は恐怖に震えていた。この集落基地を支配する過激派武装勢力の一員でもある青年はいつも通りの一日を過ごしていた。朝に起きて日中は奉じる宗派への信仰と、それこそが正義と信じる戦いのために鍛え、そうして夜には眠りに就く。今日もそんな一日になるはずだった。

一体何時からおかしかったのか、気が付いた時には既に事態は決定的に手遅れなところまで来ていた。基地の入り口の警備をしていた者はいつの間にか息絶えていた。その第一の異変は内部には伝わらず、ようやく基地内で異常が一部の者に認識される頃には多くの同胞が他の同胞に気付かれぬまま死んでいた。そして基地内部全体に異常事態として通達され慌ただしくなり、青年も動き出した頃には既に多数の同胞が討たれ、基地のあちこちから火の手が挙がっていた。

国連軍か、米軍か、あるいは対立宗派の武装勢力か。青年の脳裏にイメージとして浮かんだ敵は精強な軍団だ。だがそれでも臆さずに戦うつもりだった。神の加護を信じ最後まで勇敢に戦う、そのつもりだった。

 この異変の原因とおぼしき存在を見つけたのは武器を手に基地内を駆けていた時だ。既に火の手は内部の建物の多くに回り大火の様相を呈している。そんな中で銃声が耳に届き、反射的にその方を向いた。

振り向いた先、やや遠かったがそこには銃を構える仲間の姿があった。彼らは一様にある方向を向き、その先には火という光源からの逆光で影としか見えないが、一人の人間がいた。遠目でも分かる背の高さやガッシリとした体格から男であるとすぐに分かった。砂漠用として見慣れた外套らしきものを羽織り、手には何か長い物を持っている。間違いなくアレはこの異変の元凶である存在だろう。そして死んだ仲間の中には鋭利な刃物でバッサリと斬られていた者もいた。ということはあの手にある長物は刃物の類だろう。

 

『死ねっ!!』

『チクショウッ!!』

 

 離れていても聞こえる怒声と共に仲間たちが一斉に銃を撃つ。だが当たっていないのか、男はまるで倒れる様を見せない。多方向から一気に放たれる銃弾、間違いなく撃ち抜かれるはずだ。だというのに全然当たっていない。

アレは正真正銘の影かナニカなのか? そんな疑問がふと湧き上がったのを認識した瞬間、更に信じられない光景が飛び込んでくる。今度は謎の男の方が動く。遠目でも追いかけるのが殆どできなかった速さで男は仲間たちに接近し、次々と手にしていた刃物で斬っていく。一撃で急所を絶たれ事切れたのか、倒れた仲間はそれきりピクリとも動かない。気が付けば男を囲んでいた仲間たちは全員が死んでいた。

それを目の当たりにして青年はただ震えて立ち尽くすことしかできなかった。仲間たちを殺されたことの怒りも、この基地の兵の一人としての義務感も、何もかもが頭から吹き飛んでいた。ただただ、離れたところに立つ男の存在に圧倒され、思考が真っ白になっていた。

相変わらず炎による逆光のため、男の姿は影としか認識できない。だがその首が動き、視線がこちらへ向けられたことが分かった。次の瞬間には持っていた銃を放り棄てて一目散に逃げ出していた。敵の男も仲間たちの亡骸も放り出してただ逃げ走る青年の思考は恐怖に彩られていた。

 

 この騒動の最中で死者の数は次々と累積していき、その数は基地内に存在する人間の総数に一気に迫っていた。そして、死を迎えた者達が一様に感じたのは生涯に類を見ない理不尽と恐怖だった。

ある場所では一つ、銀閃が閃くたびに一人が命を落とし、時には二、三人纏めて息絶える。散っていった彼らの宗教上ではあまり縁があるとは言えないが、まるでコミックに出てくるテンプレな死神の持つ鎌だ。振るわれる度に無慈悲に命を奪い去っていき、こちらが何をしようとまるで意味を為さない。ただ無抵抗に命を刈り取られていく。

ほぼ同じ刻に別のある場所では打撃音や破砕音が絶え間なく鳴っていた。次々と基地の戦闘員たちが頭蓋を、頸椎を、脊柱を砕かれ、あるいは内臓を一気に潰されて、時にはその場に倒れ、時には吹っ飛ばされ壁に激突し、いずれにせよ一瞬で命を奪われていく。無数の重火器、あるいは刃物や鈍器などの武器を前に繰り広げられる殺戮劇はただでさえ信じられない光景だ。何せそれを行っているのはたった一人の人間。更に信じられないのは、それがその人物の四肢によってのみ為されていることだ。

 

 

 

『あ、悪魔だ……悪魔がやってきた……』

 

 ガチガチと歯を鳴らす程に震えながら青年は恐怖に押し潰される。何時の間にか基地内のどこからも銃声や人の声は聞こえなくなり、耳に入ってくるのは炎が燃え盛る音と、燃え散った建物が時折崩れる音だけになっていた。

そんな環境音しか聞こえない、ある種の静寂の中で青年は蹲っていた場所から動こうとする。だが動き出そうとしたその瞬間に再び固まる。チラリと炎の明かりによって地面に人影が映し出され、それがこちらの方に向かっていることに気付いたからだ。同時にもう一つのことに気付く。影が伸びている場所、青年が隠れている場所の近くは基地の、元となった集落の言わばメインストリートのようなものであり、そこは入り口まで一直線に続いている。

仮に影の主がこのまま歩き続ければ、そのまま入り口まで達し基地の外へと出ることになるだろう。どうかそうなって欲しいと、生涯でも全霊を掛けたと言えるほどに強く祈る。そうして遂に彼らは青年の視界に入ってきた。

一人は先ほども見た男だ。片手には仲間たちを斬ってきただろう刃物が収まっているらしい鞘が握られている。それが極東の島国に古くから伝わる武器であり、世界的にも"カタナ"の呼び方で通っているものであることを彼は知らない。

もう一人、刃物の男に並んで歩く男が居る。背丈は刃物の男より少し低い程度だが十分な長身だ。おそらくアレもまた元凶の一人。そして奇怪なのはその恰好。砂漠の中というのに企業家のごとくキッチリと素人目でも仕立てが良いと分かるスーツを着ており、まるで武装をしている様子が無い。もう一人は刃物だけで仲間を殺していた。ではあちらは丸腰で仲間を殺しまわったのか、そんな恐怖交じりの疑念が湧き上がる。

そして元凶の二人の後に続くように、また別の男が二人歩いてくる。死体が積まれ、業火があちこちを嘗め回すという惨状の中でそれを為した張本人ゆえか悠然と歩く先の二人と違い、今度の二人は程度は違えど青年同様に恐怖が心の大半にあるようで足取りはおっかなびっくりだ。共に欧米人と分かる二人に青年は覚えがある。少し前に別の場所で捕えた自称フリージャーナリストだ。しかし敵対する軍のスパイの疑惑有りという上の判断で捕えられ、この基地で拘禁されると同時にそれぞれの母国への身代金要求を行っていたはずだ。

元凶の二人の目的は人質の救出なのか、それともそれはついでで目的はこの基地の壊滅なのか、はたまた両方か。グルグルと考えが回るが、途中で全部放り出した。四人は青年の居る前を気付いていないのか素通りし、そのまま出口へと向かって歩いていく。

早く行け、早く行け、そう念じ続ける。やがて四人の背中が遠くなってきたところでようやく危機が去ったことを実感したのか、青年は安堵の息を小さく吐き出す。そして再び離れていく四人の方を見て、刃物の男の片手が動いたように見えた。

 

『え?』

 

 ドスッと何かが刺さる音、そして額に何かが当たったという衝撃を同時に感じた。そう認識した時には青年の体は既に倒れ始め、完全に地に落ちた時には既に青年の意識は永遠の闇の中にあった。

しばらくして、回ってきた炎は未だ無事だった建物を呑み込み、それもまた崩れていく。それと同時に、崩れる建物のすぐ下で事切れていた青年の体も残骸と共に炎に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのかい?」

「いや、少しな。放っておいた奴が居たが、それも片付けた。それだけだ」

「そうか」

 

 基地を出る直前、青年曰くの刃物の男もとい宗一郎はおもむろに背後の一方向に向けて持参していたクナイの一本を投げていた。その意図を隣を歩く男が問い、それに宗一郎が答えたのだ。

 

「別に生かそうが殺そうがどちらでも構わなかったがな。が、些細なものでも潰せるなら潰せというのがアイツの言い分だったからな。俺も特に拒否をする必要が無かった。故にあぁしただけだ」

「前々からそうだとは思っていたが、君はやはり美咲くんには甘いね」

「さて、どうだか。それに甘いと言えばそれはお前もだろう、煌仙(おうせん)。娘に当代の座を譲った割にはあれこれと手を焼き、妹の方にも随分と寛大と聞くが?」

「なに、父親としては当然のことだよ。私は基本的に娘にはある程度自由にさせたいと思っているからねぇ。それに、上の娘は"楯無"とは言えまだ若い、故に未熟が出てしまうところがあるのも事実。ならば手を貸してやるのが先達の務めではないかな?」

 

 "楯無"、意図的にこの言葉を使う者は世を見渡してもそうはいない。そしてそれを名前として使う者、それを指して身内と呼ぶ者は更に限られる。

彼の顔立ちは一見すれば若く見える。精々が宗一郎よりも少し年を重ねた程度だろう。パッと見の若さは先ほどから、それこそ基地を襲撃している最中ですら変えなかった微笑み交じりの穏やかな表情も相まって猶更そう見える。しかし宗一郎もまた年の割には非常に若く見える類に入る。それは彼もまた同様だ。実際のところ、彼は宗一郎よりは齢にして十は上を行く、早い話がアラフォーであり既婚者かつ高校生の娘を二人も持つ二児の父だったりする。

 更識 煌仙(おうせん)、かつては更識家十六代楯無と呼ばれた人物だ。そして彼こそが宗一郎と共に過激派宗教勢力の基地を襲撃、壊滅せしめた張本人である。宗一郎が刀を振る傍ら、無手で敵を屠り時には建物すら破壊していったのが彼だ。片や剣で、片や無手で、真実その道を極めた魔鬼とも言うべき存在がこの二人。それを知る人間は世界を見渡しても極めて限られるだろうが、事実としてここに並び立つ二人は武人として今現在の世界において頂点に並び立つ両雄である。

 

「十分に甘いと言えるがな」

 

 一応依頼された仕事とはいえ、妹弟子の頼みでもある任をきっちりこなすところを指して甘いという煌仙に、宗一郎も彼の娘たちへのスタンスを指して言い返す。

 

「それは君もだろう? 美咲くんにもそうだが、弟子にも中々らしいと聞くが?」

「……」

「……」

 

 しばし無言で互いの顔を見合う。ただそれだけで圧力を増す周囲の空気に付いていくだけでも一杯一杯の後ろの二人はただ慄くしかない。だが程なくして互いに馬鹿らしいと判断したのか、緊迫した空気をあっさりと雲散霧消させると再び歩き出し、後ろの二人にも遅れないように促す。

 

「時に宗一郎、久しぶりの実戦はどうだったかね?」

「慣らしには妥当だが、それでも物足りなさがあったのは事実だな。過激派とは言え信仰を掲げている連中だ。あるいはその信心による執念が齎す"何か"を期待してもいたが、アテが外れたようだ」

「最近は多いらしいからねぇ。信仰を謳っていても、結局はただの名目でしかなく、実態はありふれたそういう手合いというのは。しかしそうか、足りないか。では次は先進国軍の特殊部隊でも宛がおうかね?」

「それこそお前が出向きたいのではないのか?」

 

 皮肉気な視線と共に返した言葉に煌仙は確かにと肩を竦めながら頷く。

 

「否定はしないがね。友人のためとあらば一度くらいは我慢もしよう」

 

 年にしてほぼ十は離れているが、互いに道を極めた武人として、あるいは純粋に一個人としての人間的なアレコレで通じるところがあるからなのか、その年齢差を超えた友人関係に二人はある。互いに"うわばみ"であるというのも理由の一つかと問われれば否定はできないが。

 

「ま、縁が巡ってきたら考えてはやるさ。……あれか」

 

 少し先に二台の車両が停まっているのを確認する。どちらも砂やら何やらでお世辞にも良いとは言えないこの環境下においても力強い走りをすることができる車だ。そこまでたどり着けば宗一郎と煌仙の仕事は終了である。救出した人質二人を預け、自分たちは別路でまったり帰路に着くだけである。

 

『喜びたまえ、迎えの車が見えた。君ら二人とも、祖国に帰れるよ』

 

 流暢な英語で煌仙は背後の二人にそう告げる。その言葉に安堵やら諸々が一気に湧き上がったのか、二人の顔を万遍なく覆い尽くす歓喜が浮かび上がる。

 

『あぁそうそう。君たちの救出の経緯についてだが、くれぐれも我々のことは口外しないでくれたまえよ? 今後メディアの取材とか色々あるだろうが、その時には後で伝えられるだろう台本通りにやってくれたまえ。君たちを助けた立場でこのようなことは言いたくないのだが、もしものことがあれば折角君らが助かって喜んだであろう君らの家族や友人が再び悲しむことになってしまうからねぇ。いや、本当にそれは避けたいから頼むよ?』

 

 軽い口調で、それこそ世間話でもするようなフレンドリーさを以って掛けられた煌仙の言葉に二人は揃って表情を強張らせると強く何度も頷く。雰囲気は無視して、言われたことに込められた意味に気付かないほどこの二人も愚鈍では無い。せっかく拾った命なのだ。つまらないことでそれをフイにはしたくない。

 

 それから少し歩き、停まっている車の下に到着した一行は煌仙が代表として待っていた者の一人と何度か言葉を交わし、救出した二人を預けるとすぐに宗一郎と共に車に乗り込む。そうし四人をそれぞれ収容した車は互いの目的地へと向けて走り出した。

 

「さて、もうすぐこの中東ともしばしお別れだ。中々面白い場所ではあったが、やはり祖国が一番だね。帰る家、そこで待っている妻と娘。実に良いものだよ」

「どうする。日本に着いたら軽く一杯、引っ掛けていくか?」

「それは名案だ。そうしよう、是非とも」

「飲み過ぎて、帰ってまた奥方にシバかれるなよ?」

「善処はするつもりだがね、それも愛と思えば中々。君も、妻子を持てば分かるよ。まぁ早々相手に困るというのも君のことだからなさそうだが、そろそろ身を固めるつもりはないのかい? なんなら私のツテで紹介するのに」

「お前までお袋のようなことを言うのは止めろ。――ただでさえこういう稼業に戻ったばかりだ。しばらくはこのままで、弟子のことも込みで落ち着いたら考えるさ」

「まぁ、君に考えがあるならそれでもいいのだがね。だがそうだね、私の予想では何だかんだで美咲くんあたりに落ち着きそうな気がするんだよ。ほら、彼女は君の妹弟子だが同時に元カ――」

 

 それ以上は言うなと宗一郎は殺気をありありと込めた視線を送る。その凄まじさたるや、意識を煌仙のみに向けたはずが彼に留まらず車内中を満たし、特に耐性の無い運転手に途轍もない恐怖感を与えたほどだ。

そんな殺気を真っ向から浴びた当の煌仙はと言えば涼しい顔そのもの。付き合いが長いだけに彼はよく分かっていた。要するに、一種の照れ隠しのようなものだ。何だかんだで宗一郎もまだ三十と十分に若い。そういうこともあると思えば大したことは無いというものだ。

 

「ふむ、では話を変えてだ。どうかね? 君の弟子は。中々、活躍しているそうじゃないか」

「俺の弟子としてはそれなりに良い伸びとは思っているがな。が、IS絡みとなるとまだ知らんことも多い。その辺りはむしろお前の方が詳しいのではないか?」

「一応、それなりにはだがね。簪、下の方の娘なんだが、使うISの開発元が同じとかでそれなりに仲良くやっているらしい。割と気兼ねなく接することができるとも言っていたからね。いや、簪も中々変わり者な性格をしているからねぇ。そういう気の合う友人ができるというのは父親として素直に喜ばしいよ。で、君の弟子の話なのだが。どうかな? 実際のところ、彼には見込みがあるのかな? 我々の側への」

「……」

 

 軽々しく答えられる問いではないため、宗一郎もすぐには答えずに少し考える。煌仙が言う"我々"とは世界でただ二人、煌仙と宗一郎のことだ。凡そ一個人が鍛えられる領域としては世界最高峰にある千冬や美咲、その最高峰すら超える絶対的な存在の域に一夏は達することができるか否か。それを煌仙は問うていた。

 

「……見込みはある。このまま順当に育てばな。少なくとも、二十歳に達する前には俺達に並ばずとも、食い下がれる域にはなるのではないか?」

「そうか、それは結構。となると美咲くんや戦女神(ブリュンヒルデ)に比する、あるいは凌駕せしめるか……」

「成るならば成る。成らないなら成らない。それだけだろう。死んだ師の言葉だが、曰く俺がこの域に達したのは必然だと。才や歩んだ道のりによって変動する類の結果ではなく、その道を歩み始めた瞬間からここへ、この領域に達することが決まっていたと。言われて納得もしたさ。なるほど、自分で言うのも変なものだが確かにこの領域は、予めそう成る者だけが到達できる域だ。それが判明しているのが、既に結果として出ている俺とお前。我が弟子は、一夏は、あくまで可能性があるという話だ」

「それはそれで一つの才だと思うがね。だが、我らの領域は達するべき者が必然に達する域、か。中々に深いものだ。であれば美咲くんや戦女神は、それでもその定めに選ばれなかったか。こと戦女神に関しては、その可能性は弟の方にこそ委ねられた。なるほど、興味深い。いや、もしかすると二人にも可能性はある、いやあったのかもしれない。だが扉を開けなかった、それも在り得るか。であれば何かの拍子になんて可能性もある。うむ、増々興味深いものだ」

 

 依然穏やかな表情を変えぬままに煌仙は顎に手を当てて何かを思案する。それを見て宗一郎は一つ釘を刺しておくことにした。

 

「とはいえ、これは俺とあいつの師弟の問題だ。あるいは、無手の稽古のためにお前に一時的な手解きを頼むやもしれんが、あいつがどう成長していくかは流れに任せるつもりだぞ」

「あぁ、勿論だとも。むしろ君が認めさえすれば私は一夏少年に技を伝授することに躊躇いは無いとも。彼のことは"更識"としても重要な案件だ。悪いようにはしないから安心したまえよ」

 

 当然のことと言うような煌仙の態度に宗一郎は内心でどこまで本当なのやらと嘆息する。いや、実際のところ煌仙はこういうことで嘘を言うような性質では無い。そう言ったならば、一夏に対しても友好的に接するつもりだろう。

だが更識 煌仙は一国家の暗部の中枢に身を置き、本人も一個人として絶大な力を持った人間である。力は力を引き寄せる、などといった感じの台詞が何かにあったような気もするが、煌仙もその例に漏れずと言うべきか、時にはいつのまにか荒事が傍にあり、その対処をしているなどということがある。それが弟子に要らない飛び火をするのではと気になりはするのだ、これでも。だが思案しても意味が無いかもしれない。いざそうなったらなったで、あの弟子も何とかして切り抜けるだろう、そんな予感もある。

 

「全ては必定。なるべくしてなる、か」

 

 そう言うと宗一郎は僅かに姿勢を整えるとシートに深く身を預けた。夜空に浮かぶ星を見上げながらふと思う。こうして己と煌仙という武の二極が共に動き、これまで影に隠れていた浅間美咲という剣の魔鬼が一人すらも表に出ようとしている。

 

(まったく、かくも世は平穏とは程遠いということか)

 

 吐きたい溜め息を胸の内に押し留めると代わりに後頭部を一掻き、それで思考から流すことにした。

 

 

 

 

 

 




 実はこれ、多分次回に書くだろう話の冒頭部にinterludeみたいな感じで挿入しようと思っていた話なんです。ところが書いてみたらまぁ文章が増える増える。結果、丸々一話分になってしまったのでもうメンドクサイからこのまま投稿しちゃおうと思い、このような感じになりました。
 さて、原作じゃあ千冬がISに生身で挑んでましたね。OVAでそのシーンがありましたが、実に別世界な感じの人間でしたね。今回の二人はそれ以上です。もうなんか出てくる世界間違えてます。この二人の片方が出た瞬間に白兵戦は勝敗が決します。今回は二人纏めてでしたが、そうなるともう只の酷いイジメです。
 なんかもう最近、この辺開き直ってぶっ飛ぶならとことん行っちゃおうかなどと思い始めた作者でございます。どうか読者の皆々様方におかれましては、こんな作者、作品であっても今後もご愛顧のほど、心よりお願い申し上げる所存です。

 ご意見ご感想、ご質問、随時受付中です。
何かありましたらお気軽に感想までどうぞ。大歓迎です。
 それでは、次回の更新の折に。


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