或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 非常に遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
読者の皆様におかれましては、本年もより良い年となることを祈念させて頂きます。

 さて、2015年最初の更新です。修行編の続きです。でも修行やってる描写なんてほとんどありません。ご容赦下さい。むしろ修行編に託けて師弟のあれこれを書きたいだけなんです、ぶっちゃけ。


第四十八話:夏休み小話集8 修行2

「夏休み修行編 3rd ~ぶっちゃけると修行って言うほど修行シーン無いよ、マジで~」

 

「にょわー!!」

 

 別にきらりんなきゅんきゅんパワーでハピ☆ハピしているわけではない。宗一郎との稽古の最中、痛烈な一発を貰った一夏が派手にぶっ飛んだというだけのことである。師弟関係を結んで早五年、もはや見慣れ当たり前過ぎることになってしまっただけに両者ともに特に何も驚きなどはしてはいない。そして既にこの夏の修行開始から数日、既に幾度となく起きたことだ。

 

「なるほど、学生いえども今までとはまうで違う環境に放り込まれてどうなっているかと思ったが、中々面白い伸び方をしているじゃないか」

 

 一夏が吹っ飛ばされたことに関しては宗一郎も今更何も言わない。そも、今の一夏ではどう足掻いても彼から一本取るなど土台無理なこと。であれば見るべきはその過程だ。

 

「周りは女ばかりと言うが、どうして良い使い手に囲まれているようじゃないか」

「いつつ……えぇ、はい。同級生と、あと上級生にも。強い人はいますよ」

「そうか。そういえば、その手の話はまだしていなかったか。……頃合いだな。昼飯にしよう。ついでに、その辺も少し聞こうじゃないか」

 

 言って宗一郎は構えていた練習用の模擬刀を腰に差した鞘に納める。一夏も一発貰った頭をさすりつつ同じように模擬刀を鞘に納めると、軽く一礼をしていそいそと片づけを始める。

 

「一夏、道場の片づけは俺がやっておく。お前は汗を拭いて、先に昼飯の支度をしておけ」

「うす。今日はどうしますか?」

「そうだな、七輪でも出すか。勝手口の方にあるから縁側に持って行って火を着けとけ。食い物は俺が出す」

「はーい」

 

 そう言って一夏は準備のために一足先に道場を出る。残った宗一郎も片づけを進めるが、元よりそこまで片付ける程に物が散らかっているわけでも無い。使った道具を手早く元の場所に仕舞い、ササッとモップを掛ければ終わりだ。

 

(剣の方は静動それぞれの典型的な使い手が相手と言ったところか。妙に変わった反応をするところもあったが――いや、千冬や美咲も以前に似たような反射をしたことがあったな。となるとISを用いたことの影響か。まぁ特段目くじらを立てるものではないし、上手く取り込めば相手の虚を突くのにも使えるか)

 

 道場の中に一夏が置いていった彼の模擬刀、それを鞘から抜き刀身を眺めながら宗一郎は弟子の腕前を更に分析する。積み重ねた経験というのはその技に出てくるものだ。何も武芸に限った話ではない。スポーツでもそうだし、農耕や機械工作、はたまた事務仕事など。とにかく"技術"というものには共通してそういう側面がある。

そしてその分野において一流の人間であれば、その技術からそこへ至る過程を読み取ることは決して不可能なことではない。一流の技量を持つ人間は一流の見識を持つものなのである。

 

(しかし、動の相手は一人の影が濃いが、静の相手は二人は目立つな。一撃重視に、速さ重視か。相手は同じ年頃の小娘だろうが、中々良い腕をしているな。それに、長柄武器の相手も多い)

 

 仮にこの宗一郎の思考を彼が言葉にして発し、それを一夏が聞いたら彼は間違いなく「御見それしました」とそれはもう深々と頭を下げているだろう。宗一郎の分析には一分の狂いも無い。もしや見ていたのではと一夏が疑うだろうほどに的確なものだ。

 

(そういえば――)

 

 そこではたと思い出す。およそ世界で自分が知る限り唯一対等な実力と呼べる相手、少々年の離れた友人の二人の愛娘はどちらも例の学園に所属していたはずだ。確か妹の方は一夏と同学年のはずで薙刀を得意としているはず。

二人そろって暇が重なった日に連れ立ってパチスロを打ちに行って、景気良く勝った帰りにガード下の屋台で飲みながら話した内容だから若干曖昧な部分もあるが、殆ど外してはいないはずだ。

 

「ふん、こいつは中々面白いじゃないか」

 

 自分が至り、いずれは一夏にも到達させるつもりの武の最深奥。そこへ至った別の先達としていずれは紹介をし、ついでに無手の技の手解きも頼んでみようかなどと考えてはいたが、思わぬところで繋がった縁にニヤリと口の端を吊り上げる。

そのままヒュンヒュンと、決して軽くは無い金属の塊でもある模擬刀をまるで重さを感じさせない軽やかさで回し弄ぶと、ヒュッと風を切る音と共に刀身を眼前で止める。

 

「こいつも、良い感じに消耗してきたな……」

 

 長く使っている模擬刀は手入れは怠っていないが、それでも隠し切れない損耗が刀身の随所に見られる。それは良い。それもまた修練という積み重ねの証だ。しかしそれとはまた別で問題もある。

 

「さて、このままで行ってあいつの刀は持つのやら」

 

 一夏が現代の男子高校生としては珍しい点の一つとして、完全に彼個人の所有物である刃引きをしていない本物の日本刀を持っていることがある。依然シャルロットに突きつけたアレのことだ。

実家に刀がある――などというのは決して珍しいことではないが、それはあくまでその家の所有物と言うべきだろう。一夏の場合、諸々の手続きは殆ど宗一郎が代行したものの、完全に彼個人の所有物としてあるのだ。

 そして宗一郎が気になるのはその刀の、極めて単純な耐久のことだ。知人の少々偏屈な老刀匠の作であり、宗一郎が件の翁より譲り受けた数本のうちの一本が今の一夏の愛刀なわけだが、決して悪いものではない。刃引き云々美術的価値云々を抜かして機能面で見れば一般的水準より上の物と言っても良い。だが、この修行の初めに改めて知った弟子の気質、そしてその立場故に予想されるこれから。それを考えると必ずしも事足りるとは言い切れないのが宗一郎の本音だ。

 

(そろそろ、頃合いでもあるからな)

 

 この後の昼食の時にでも一夏には話す心算だが、今回の修行で一夏には一つ段階を踏破してもらう予定だ。あるいはその際に暁として一振り、新たな刀を渡すか。

実のところ、仮に新たなものを渡すとしてその目星はつけてある。そこで宗一郎が意識を向けるのは道場の裏手にある倉庫だ。彼の趣味が多分に入った結果、ちょっとした蔵のような作りになっている倉庫、その最奥には収められている物の中で最も丁寧に、そして最も厳重に保管がされている物がある。

 それは二振りの刀だ。例の翁の渾身の作、所謂"真打"と"影打"の関係では無く強いて言うならば兄弟、あるいは双子の刀だ。その片割れ、それが一夏に譲り渡す一振りの候補でもある。

 

「いや、あいつの手に渡るべきならば自然とそうなるか」

 

 物が物だけに宗一郎もそれなりには慎重になる。だがすぐに考えても詮無いことだと首を横に振る。運命論者を気取るつもりはないが、物事成るように成るというのは世の中意外にあるもので、特に武道というものに浸っていると特に実感することがある。

軽々しく臨むつもりもないが、かといって身構えすぎもしない。それが彼の出した結論だ。

 離れた所から自分を呼ぶ弟子の声を聞いた宗一郎は一言だけ返事を返すと、再び手にしていた刀を鞘に納め元の場所に戻し道場を後にした。

 

 

 

 

 

「燃えろや燃えろ~笑いが止まらん()()()~って、これじゃキチガイ犯罪集団の幹部のオッサンみたいじゃん」

 

 パタパタと団扇で七輪の火を煽りつつ一夏は即興で作ったフレーズに一人突っ込みを入れる。

あのマンガ面白かったなー、電子ド○ッグとか何それヤベェって思ったなー、そういや数馬がやろうと思えば似たようなの作るのは可能だよとか言ってたなー何それコワイなどと独り言を呟きながら一夏は淡々と七輪の火力を高めていく。

 

「待たせたな」

 

 そう言いながら家の奥から宗一郎がやってくる。手には七輪で焼くための具材を乗せた皿がある。

 

「肉に野菜に、まぁありきたりなものだ。別に普通に台所で焼いても良いが、たまにはこういうのもアリだろう」

 

 宗一郎は割と雰囲気を楽しむ気質が強い。それは弟子の一夏も影響されて持っている性分である。

 

「もうちょい時期が遅かったら秋刀魚もアリでしたね」

「あぁ、そりゃ良い。少し待ってろ、飯を持ってくる。先に適当に焼いといてくれ」

「うぃーっす」

 

 言われて一夏は網の上に肉や野菜を置いていく。程なくして炊飯器に炊いてあったものを幾らか移したおひつと二人分の茶碗や箸を持って宗一郎が戻ってきた。

 

「ほれ」

 

 茶碗に白米を盛り、さぁ食べ始めようとしたところで宗一郎が飲料の缶を一夏に手渡す。

 

「お、良いっすねー」

 

 渡されたのはノンアルコールビールだ。ぶっちゃけ一夏は本物もイケる口だが、まさか真昼間からやるわけにもいかない。午後も修行の予定はあるのだ。

 

『乾杯』

 

 カンッと音を立てて手に持った缶を打ち合わせる。そしてゴクリと喉を鳴らしながら一口を飲む。

 

「時々一人でやるのだがな。悪いもんじゃないだろう?」

 

 縁側で七輪を使って肉や魚、貝類などを焼きながら白米を食べ、ノンアルとはいえビールを飲む。夏の陽気も相まって成るほど確かに良いものだと一夏も師の言葉に同意するように頷く。平たく言えば夏場にやるような缶ビールのCMのようなシチュエーションだ。

 

「う~ん、肉も野菜も旨い」

 

 焼けたものを宗一郎と共に次々に取っては頬張りながら一夏は味に唸る。

 

「貰い物も多いがな。まったく、気の良い年寄りばかりだから助かる。食費も決して馬鹿にはならん。浮かせられるなら浮かせるものだ」

 

 宗一郎はこの田舎町にあって数の少ない若い男性だ。その上ガタイも良いものだから力仕事も難なくこなし、本人もそういう必要があれば積極的に駆り出て地域への貢献を惜しまないために住民からは概ね好意的に受け入れられている。そうしたこともあってか、町で第一次産業に従事する者などはよく彼に収穫物のお裾分けをしている。今回二人が食べている肉や野菜もそうした経緯で宗一郎の下に渡ってきたものだ。

 

「さて、一夏。まぁ食いながらで構わん。そのまま聞け」

「なんです?」

「今後の方針、というやつだ」

 

 その言葉に一瞬、一夏の箸を動かす手が止まる。だがすぐに元通りに動かし始め食事を続ける。しかしその目は鋭い光を宿しながら宗一郎から視線を離さずにいた。

 

「幸運、そう言うべきなのだろう。お前は才に恵まれた良い弟子だ。俺も教え甲斐があるし、事実としてその年で既に奥伝の一部すらも会得している」

 

 一夏と同じように、宗一郎も食べる手を止めないままに話を続ける。

 

「だが、さすがにそこまで急ぐこともないだろうとも考えていてな。伝承をほぼ完了するにしても二十歳頃かと考えていたのだが……気が変わった。少々ペースを早めることとしよう」

「具体的には?」

「まだ伝えていないものも含め一気に叩き込んでいく。その時点で可能か否かはさておき、知識として技とその理合も伝えていこう。その上での俺の目算だが、そうだな。17だ。順当に行けばお前が17になる頃には極伝まで達する見込みだ」

「そいつはまた、皆伝超えますか……」

 

 師の口から語られる今後の構想、その結果に一夏は思わず口元をひくつかせる。

比較的耳に慣れた言葉に"免許皆伝"というものがある。この中の皆伝とは伝位、早い話がその道において技などを習得した段階を示す言葉の一部であり、皆伝はその字面の通り"道"における全てを伝えられたという証である。流派によっては異なる呼び方をすることもあるが、一般的にはこの皆伝の下に奥伝、中伝、初伝などがあるのだが、これらの仔細はあえて割愛するものとする。

 そして宗一郎が一夏に語った極伝、それは皆伝の更に上位にある。皆伝が流派の伝書などに記されている全てを示すなら極伝はそこにすら記されない秘中の秘、家伝中の家伝、流派における最高機密すら伝えられたことの証でもある。

しかしながら一夏と宗一郎、二人が扱う剣の流派は実のところ皆伝にあたる技までしかない。そこに漕ぎ着けるだけでも相当だが、では宗一郎は何を持って極伝と言っているのか。

 

「単純な流派の後継者じゃない。文字通り、俺の全てを教えてだ。断言しよう、それらを全て納め極めたならば、お前は間違いなく俺と同じ領域まで上がってくることになるぞ」

 

 流派の奥義だけでなく、"海堂 宗一郎"という一人の武人がその類稀なる才で持って作り上げた、言うなれば彼のオリジナル、我流とも言うべき技の全て。それらを極伝として伝えると、彼は言っているのだ。

 

「はい、師匠。質問良いですか」

 

 ビシリとまるで授業中の生徒のように片手を挙げて一夏は質問の許可を求める。挙げられた左手には茶碗が握られたままであり、どうにも締まらない光景だがあえて宗一郎は気にしないことにした。

 

「なんだ」

「技を教えてくれるとかその辺は一旦置いといて、実際どうやるんですか? 知っての通り、普段のオレは海の上ですよ?」

「なに、案ずるな。抜かりはない」

 

 修行のペースを早め、密度を高めてくれるのは構わない。だが普段IS学園に居て頻繁にこちらに来るわけにも行かない身の上でどうやって伝授を行うのか。そう問うた一夏に宗一郎は何だそんなことかと言うように鼻を鳴らす。

 

「こんなこともあろうかとな。前々より伝書の再編や動きの映像での記録を行っていたんだよ。それを使うと良い。いやはや、時代の進歩とは便利なものだ、実に」

「流石です、師匠! 略してさすししょ!」

「なんだそれは。いや、実際のところ伝書の方もだいぶ年月を経てかなり傷んだりもしていてな。百年以上前のものなどザラだから当然と言えばそうだが、これで何かあっても後々困るからな。そのための措置だ。それが、たまたま功を奏したというだけに過ぎん」

「またまた謙遜謙遜」

 

 箸を進めながら一夏は宗一郎を褒めちぎる。それに気を良くするように宗一郎も微笑を浮かべてはいるが、その内心はおよそ笑顔とは程遠いものだった。

 

(だが、現実問題としてこいつならば十分に可能だろう。心技体、どれも元より十分に備わってはいるがここへ来て心が急激に強まっている)

 

 脳裏で巡らせる思考、その素振りを欠片も表に出すことは無いままに宗一郎は思案を続ける。

 

(今更、こいつに穏やかな先を望むのは難しい。ならば艱難だろうと切り抜けられるようにと教えを授けるつもりだったが、あるいはそれこそが更なる波乱の呼び水に成り得るやもしれん。厄介を乗り切るための技がまた更に呼び込む。あって欲しくは無いが、可能性としてはあり得る。嫌な連鎖だ)

 

 少し前に妹弟子から手渡された殺人許可証――悪魔のパスポートとも言うべきソレを思い浮かべる。思えば、それを一度手放したのはそうした厄介ごとの連鎖を疎んじてでもあったはずだ。

 

(だが、それがこいつの宿命となるのならば俺のやることも自然決まってくるか)

 

 己も腹を括り弟子の宿業に付き合うべきなのだろう。その一端でもある技を伝えた者としての責任と、何よりも彼の師である故に。

 

(まったく、何が当代最高峰の武人だ。所詮は腕っぷしが強いだけの一人の人間でしかないというに)

 

 あるいはこれより弟子が相対するのは世界となるかもしれない。世界、たった二文字で表される、しかしあまりに巨大なソレを考えると改めて己の小ささ、細やかさを実感させられる。

 

(許せよ、一夏。俺にできるのはこのくらいだ)

 

 せめて、何に相対しようと打ち倒せるための技の伝授。結局のところ、それくらいしかできることなどない。

 

「一夏」

「はい?」

「これからの修行もそうだが、まぁ今後も何かと苦労は絶えんだろう。だが、励めよ」

「えぇ、当然っすよ」

 

 宗一郎がどのような思いとともに言ったのか、おそらく一夏はその全容を察してはいないだろう。だが、期待するような言葉に彼は弟子として力強く頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ぶっちゃけ、昼飯のところでまた飯テロかまそうかと思いました。
でも描写を細かく書くのが面倒なのでやめちゃいましたw

 とりあえず言えるのはワンサマーも師匠も大概にイレギュラーってことで。
才能、実力、成長速度、その他諸々。ぶっちゃけ師匠がIS乗ったらなんもかんも終わる。千冬でも勝てない勝てない。どこぞのオーガの誕生よろしく、世界の強さのランクが軒並み一つ下がります。

 今回、珍しく後書きで書くことがそんなに思いつかないのでこの辺で。
皆様、また次回更新の折に。それでは。


WARNING!!
 次回あたり、またはっちゃけたネタ回になる可能性高し

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