或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 いよいよ夏休み編のクライマックス、一夏の修行編!――の前に、ちょっとだけ。
一夏と千冬の姉弟二人の短い話を挟みます。


第四十六話:夏休み小話集6

「 interlude ~修行前の一幕~」

 

「よし、準備完了っと」

 

 家の玄関先に着替えなどを詰め込んだ泊りがけ用の荷物を整えた物を置いた一夏は一段落するように軽く息を吐く。

夏休みも既に過半が過ぎ去り、そろそろ休暇の終了と新学期の幕開けが見えてきた頃合いにあって、一夏はこの夏休み最後の大事に臨もうとしていた。

泊りがけの帰宅は夏休み中に既に数度行ったが、今回ばかりは違う。一泊二泊などではなく、軽く一週間は超える外部への宿泊だ。その行先を心得ている千冬は諸々の点において余計な心配は不要と分かっているが、手続きというものはそうはいかない。

他の生徒なら、それこそ候補生の立場にある者たちも含めて、まだマシと呼べるくらいに書類書類アンド書類の怒涛のサインラッシュを潜り抜け、ようやく一夏は数日間以上に渡る外泊の申請を終えていた。

 本来であればそこまで煩雑な手続きを経てまで眺めの外泊をしようなどとは思わない。そもそも基本的には家大好き派を自負する一夏は基本的に外泊を面倒とするタイプだ。

だが今回は事情が違う。今回の外出の目的は、おおよそ一夏の価値観に照らし合わせて言えばあらゆることにおいて優先されて然るべきと言えるものだ。

 

「久しぶりに稽古つけてもらえるんだからな。楽しみだよ」

 

 出向く先は彼是数年は通い続けている師の邸宅。そこで泊まり込みで数日間、みっちり修行を付けて貰うというわけだ。

弟子入りして久しく、既にある程度以上のレベルにも達しているため、ここしばらくずっとそうであったように一人での自主稽古もできるにはできるが、やはり師に見て貰った方が良いに決まっている。

改めて纏めた荷物を確認し、不備が無いことを確認すると一夏はそのまま歩を返して居間に戻る。

 

「ん? 準備は終わったのか」

 

 そんな言葉で彼を迎えたのは千冬だ。普段はIS学園の教師の中心的な存在として学園に留まっていることが殆どの彼女だが、一夏に比べても頻度は格段に劣るとはいえ、時々はこうして家に帰って寛いでいる。

そして帰ったら必ずそうしているように、ダイニングテーブルとは別の居間のガラステーブルの前に座りソファを背もたれ代わりにしている彼女は幾つかの簡単なつまみと共に酒精を楽しんでいた。

 

「別に止めやしないけどさ、あまり飲み過ぎるなよ? 後に響くと辛いぞ」

「その辺は心得ているさ。それに、明日も丸一日休みで家に居るつもりだからな。多少残っても、寝ていられる時間はあるよ」

 

 そうかいと一夏は苦笑する。言った通り、止めるつもりは本当に欠片も無いのだ。

今の千冬は学園で見せる姿とはまるで違う、心底リラックスした何もない一時を寛ぐ年相応の女性といった感じだ。仮に学園の生徒が今の千冬を見ればまず驚くだろう。

だが、一夏に言わせればむしろ今の千冬こそが千冬本来の素の姿であり、学園での姿はいわゆる世間一般における「世界最強のIS乗り 織斑千冬」という評価に基づき求められている振る舞いを外向けとして振舞っているようなものだ。

千冬本人に言わせればそれも行って当然のことと言うだろうが、まるで負担になっていないというわけじゃない。人前では決して見せないだろうが、曲がりなりにも生まれたその瞬間から彼女の弟をやっているわけではない。その辺りの機微は十分に察することができる。

故に、千冬が家に居る間はどのように寛ごうと特に何も言わずに容認する、それが一夏の家におけるスタンスとなっている。ただし、だからと言って炊事洗濯などのスキルが年の割に残念過ぎることに関しては流石に一言物申したいと思っているのも事実である。

 

「しかし、どのくらいになるだろうな。お前が宗一郎の下に弟子入りしてから」

「ほぼ五年、かな。小5になるかどうかってトコで箒が越して行って、そのしばらく後だったから」

「そうか。いや、本当に柳韻先生には世話になったものだ」

 

 一夏が師である海堂宗一郎と出会ったのは偶然ではない。その間に仲介として、当時の織斑姉弟の剣道の師であった篠ノ之 柳韻(りゅういん)、箒と束の実父があった。

当時の段階でその若さに対して破格とも言える実力を有していた千冬は、当時の柳韻に「もはや教えること無し」と一人前の太鼓判を押されていた。だが、同時に当時齢十を数えるかどうかという一夏はそうではなかった。

姉共々にその内の才覚を認めていたために、柳韻としては可能な限り適切な指導の下でその才を育て続けたいと考えていた。しかし、愛娘の一人のある種の暴走とも言える行動によりそれも叶わなくなったため、転居しても未だコンタクトを取れる内にかつて知己としての関係を持った宗一郎を新たな師として紹介したのだ。

そうして一夏は宗一郎と出会い、宗一郎もまた一夏を見初めたために弟子入りを認め、今日に至るというわけである。

 

「まぁ師匠には当然だけどね。確かに、柳韻先生にも本当に世話になったよ。ある種、剣士としてのオレの生みの親みたいなものだし。育ての親とはまた違った意味で特別だよ」

「フッ、一応お前に剣を勧めたのは私なんだがな?」

「親を名乗れるような年齢じゃ無かったろ。それに、オレにとっちゃどこまで行こうが姉さんは姉さんだよ。姉と弟、それだけだ。剣士がどーたらだの、IS乗りとしてこうだの、そんなの全部ソレの前には些細なことだよ」

「それもそうだな」

 

 小さく微笑を浮かべて千冬はクイと杯を傾ける。

一夏は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すとコップに注ぎ、千冬の真向かいに座る。コップと一緒に出した箸も手には握られており、自分も相伴に預かろうとつまみの一つに伸ばす。

 

「ま、色々あったけどね。けど、振り返ってみれば至った今はそう悪いもんじゃないとも思うよ」

「それは、IS学園のこともか?」

「勿論。少なくとも、悪いところじゃないさ」

「そうか」

 

 それからまたしばし無言が続き、飲み物を飲み、箸を動かす音だけが室内に響く。

 

「なぁ、一夏」

「ん? なに?」

 

 千冬の言葉に一夏は箸を動かしたまま応じる。

 

「ISを、白式を手にした時の言葉を覚えているか?」

「白式を? それって、入学して一週間そこらの時だっけ?」

「そうだ。あの時、オルコットとの試合の後に聞いただろう。お前は、何か為したいことは無いのかと」

「あぁ、そういえばあったねそんなこと」

 

 こうして思い返すと入学直後のセシリアとの試合も随分懐かしく感じる。あるいはそれだけISに携わる今の生活に慣れ親しんだということだろうか。初めの内はどうなることかと思ったが、存外慣れるものなんだなと思わず苦笑する。

 

「別に無理に答えろとは言わんさ。ただ、あれからそこそこ経っているからな。何か、思いついたりはしたか?」

「そうなぁ、やりたいことね」

 

 しばし考えるように一夏は宙を仰ぐ。そして再び千冬に向き直ると改めて口を開く。

 

「ま、無いってわけじゃないけどね」

「ほぅ。ということはあるのか? どら、一つ聞かせてみろ」

「別にそこまで具体的ってわけでも無いさ。ただ、オレの武にしろ、このISにしろ、どっちも『力』ってやつだ。折角なんだから使いたいわけだけど、それで何するかだよ。ま、当たり障りないところで世の中のために、って感じかね。まぁ実際、オレの力で世の中のために何かできるってなら、それは理由にしちゃ上々だと思うけどね」

「そうか」

 

 心なしか千冬の声は穏やかなものだった。

 

「何と言うべきか、一夏。お前も変わったな」

「変わった?」

「あぁ。特に臨海学校の後からな。生徒の連中がよく言っていたよ。少しばかり穏やかになったとな」

「あー、それね」

 

 千冬の語る境目、臨海学校の時のことを思い出して一夏は納得するように頷く。

 

「まぁ、自分でも自覚はあるかな。福音に一発思い切りぶちかまされて、ちょっとばかり考えが変わってね。あんまり、気負わなくても良いかなーって思ってさ」

「なるほどな」

「まぁ、だからと言って三年前のことを忘れたわけでも無いけどね」

 

 三年前、それを口に出した瞬間に千冬の表情が目に見えて固くなる。

 

「一夏。何度も言うが、あれはお前ばかりに非があるわけじゃない。むしろお前は擁護されて当然だ。だから――」

 

 千冬としては一夏に必要以上に心的な負担をかけまいとするために言ったつもりなのだろう。それは一夏も分かっている。分かってはいるが、それでも一夏はその言葉を途中で遮る。

 

「そいつもひっくるめてだよ。忘れるつもりもないし、引きずられるつもりもない。全部オレのことなんだから、きっちり受け入れて前を進むだけさ。だからまぁ、姉さんもあまり気にし過ぎないでくれ。オレは、そこまでヤワじゃないよ」

「そうか。お前も成長しているということか」

「そういうこと。なんだよ、今夜は随分と素直じゃないか」

「おおかた酒が入っているからだろう。新学期が始まったらこうはいかんぞ。ビシバシ、しごいてやるからな」

「そりゃ怖い」

 

 そう言って肩を竦めながら一夏は立ち上がると、空になったコップと箸を以ってキッチンの方へと向かう。

 

「オレは一足先に休ませて貰うよ。もういっぺん言っとくけど、止めやしないけど程々にしとけよ?」

「分かっているさ」

 

 さてどうだかと思い苦笑しながら一夏は歯を磨くために洗面所に向かう、どうせあの分だと、まだしばらくは飲んでいるだろう。そうして寝る前の身支度を整えると再び一夏は居間に向かう。

 

「じゃ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

 そして今の扉を閉めると一夏は二階にある自室へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「ま、世のため人のためは事実なんだけどね」

 

 電気も消した闇に包まれた部屋で一夏はカーテンを開けて夜空を見上げながら呟く。

 

「そのために必要なら、やるしかないんだろうね」

 

 みんな平和で仲良く、理想はそれだが所詮理想は理想。現実には有り得ない。誰かが幸福になろうとすれば、必ずその足元で倒れ踏み台になる誰かが居る。時として幸福へと昇る者、踏まれる者の比率も上下するが、そういう風になっていることは確実だ。

今の自分の立場を見てもそうだ。男でISが使える、それだけの理由で自分はIS学園に入学した。だがその時、同時に名も知らない誰かから、入学の枠を一つ理不尽に奪い取ってもいるということだ。例えるならそういうことである。

 それでも、より大勢の人に幸福にと願うならば、より世のためにと思うならば、確実に切り捨てなければならないものも出てくる。そして幸か不幸か、一般的な善悪基準で見れば着られる側はかいつまんで言えば悪党だ。かつて、一夏が手に掛けた五人のように。

仮にあの五人が健在だったらどうなっていただろうか。どこかのテロ組織かどうかは知らないが、きっとあの時から今に至るまでに自分以外のごく普通に暮らしている人間に不幸を与えていた。だが、三年前に彼らはその命を絶たれた。結果として、彼らの手により不幸を被るだろう人々は救われたわけだ。あの五人の、たった五人の犠牲によって。

言ってしまえば、三年前の事件は今の自分にとっての重要な起点とも言える。あの時、あの場所での自分の選択、行動こそが為そうとすることの本質だ。そしてそれを為すためには、何より力が不可欠だ。

 

「そうだな。これが、オレの武の道だよ」

 

 立場も立場だ。相応の振る舞い、成果は求められる。上等、ならば為すのみ。

改めて師に語ろう。一つ、見つけられたかもしれない己の武の在り様を。世のため、人のため、ひいては能動的平和のため、討つべきを討つ。

 

 己の心を再認した一夏はその瞳に夜空に輝く月を映す。静謐な輝き同様に、その眼差しは冷たい色を帯びていた。

 

 

 

 

 




 福音戦以降、一夏が穏やかな傾向になったと感じた方。間違ってはいません。えぇ、間違ってはいませんとも。ただ、同時にこんな具合にもなっているというだけです。
普段は穏やかだけど、必要な時には冷然とした態度になる。作者が考えるカッコいい敵のボス像の一つです。アレ? おかしいな、こいつ主人公のはずだよね?

 ……さて、気を取り直しまして、次回から修行編です。
でも多分そう何話分もかけてみっちりととはやらないでしょう。真面目有りギャグ有りで、作者なりの平常運転でいかせて頂こうと思います。

 それでは、次回の更新の折に。
感想、ご意見は随時受け付けております。
前回、師匠と美咲さんだけの話はやっぱ需要無かったのですかね?
感想全然無かったというね……

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