予定としては次回あたりに福音事件発生を持っていければと思っています。えぇ、それだけ聞けば三巻は早く終わると思うでしょう。自分もそう思っていました。
ただ、思いついた構想を練っていたらまーた妙な長さになりそうな予感がヒシヒシと……
なお、今回のお話はシリアスパート、ノーマルパート、ギャグパート、シリアスパートの4パートでお送りします。
「フッ!」
鋭く吐き出された呼気と共に両手で握る竹刀が縦に振り抜かれる。既に部活の終了時間を過ぎてはいる時刻だが、箒は一人道場に残って素振りを続けていた。
だがこの居残り練習が技術的修練を目的としたものかと言えばそうでもない。むしろ落ち着かない心を鎮め、自分自身を見つめなおすための精神的修養の方がより適しているだろう。
「はぁ……」
不意に竹刀を振る手を止め、切っ先をゆっくりと床に下ろす。長時間の運動を行ってきた両腕を休ませながら、箒は静かに意識を思考の内側へと埋没させていく。
(私は、どうすれば良いんだろう…)
IS学園に入学して早三か月となろうかというこの頃、ここ最近の箒の胸中は常に曇り模様を呈していた。その原因が何なのかは既に理解している。再会を果たした幼馴染、一夏と、何より自分自身だ。
幼少の頃に抱いた思慕が学園での再会によって再燃し、自分への異性的な意識など露とも示さない幼馴染をどうにかして自分の想いを成就させようと今まであれこれとやってきた。だが、そんなある意味ではまっすぐと言える思いも先日ついに綻びを見せ始めた。
待ち望んだ一対一の尋常なる勝負の舞台、そこで彼が見せた闘争への狂気的な昂ぶり。敗北の直前にそれを真っ向から受けた瞬間からだ。今までまっすぐを貫いてきたはずの想いに揺らぎを感じ始めたのは。
抱いてきた思慕は紛れもなく本物だ。それは胸を張って断言できる。だが今、それを揺るがしかねない程の疑念が彼女の中で渦巻いている。
それをどう言い表せば良いのか、疑念を抱いてから既にそこそこの日数が経つが、未だそれに適した言葉を見つけることはできない。それほどに言い表しがたいモヤモヤとしたものだ。
あえて、その断片を取り出して何とか言葉で形を与えるとすれば、それは幼馴染である彼への疑念だ。いや、この場合は疑うというよりも純粋に分からない、彼が何を思っているのか、何をしようとしているのか、彼への理解ができないという類のものだろう。
勿論これは渦巻く疑心の総体から見れば氷山の一角程度だ。他にも言い表しがたい、釈然としないことなど幾らでもある。だが、こうして断片的にとは言え一部として言い表せるとしたら、おそらくそれが全体の中でも重要な意味合いを持っているということなのかもしれない。
(あるいは、あいつと同じレベルへと行けたなら……)
織斑一夏という人間を構成する
そして素の実力もそうだが、箒と一夏、この二人だけに限定して比較するのであればISの戦闘能力もまた同様だ。過日の一騎打ちでは一撃撃ちこめたとはいえ、それも偶然に偶然が重なっただけであり、それでいて薄皮一枚削った程度のものでしかない。その後に為すすべなく一方的に打ち伏されたのを思い返せば、否応なしに差は認識させられる。
生身での同年代と遥かに隔絶した実力、そしてISでの着実に進歩を、それもかなりの速さでしている実力、二つの実力から弾き出される総合的な彼の力は、ざっくばらんな言い方をしてしまえば相当なものだ。
持って生まれたものの恩恵もあるだろうが、そこに至るまでの努力も相当だろう。あるいは、それだけの実力に自分も至れば、何か分かるかもしれない。だがそれは生半なことではない。なにしろ彼は今現在も修練に励み続けているのだ。自分が今まで以上に励んだとしても元々あいていた距離を亀かかたつむりの歩み程度の極めて遅々とした速さでしか追いすがるだけかもしれない。
いや、あるいはそもそも距離を縮めることなど土台無理な話でこれ以上のひらきができるのを防ぐのが関の山という可能性だってある。
鍛練を行うことに関して否はどこにもない。だが、その目標とする点を考えるとどうしても気が重くなってしまう。
(せめてISだけでもなんとかなれば……)
素の実力差については正直どうしようもない節がある。だがISでとなると話は変わってくる。確かにISでの実力も現時点ではかなりの差があるが、まだ追いすがる希望は見出せる。少なくとも決死の一撃を薄皮一枚分削る程度には掠めさせることができたのだから。
そしてIS戦における最大のファクターとは「IS」本体に他ならない。一夏の今のISでの実力はその専用機である白式の恩恵によるところも多い。専用の調整を施された新鋭機を駆る一夏に対して、自分が扱うことができるISは未だ他の多くの級友達と同じ、学園側から貸し出される訓練機だ。基本スペックは当然として、得意とする分野への特化性など多くの点で専用機とは差がある。
せめて自分も自分に合った高い性能を持つ専用機さえあれば、あるいはISに限定されるが一夏に匹敵することができるのでは。そんな考えが広がっていく。
(えぇい! 何を考えている、私は!)
だがすぐに首を横に振って箒は自分に喝を入れなおす。自分の未熟を棚に上げて道具の利便性に頼るというのは良しとできることではない。それは勿論、良いISが使えるのであればそれは願っても無い話だが、そればかりに縋るということはしてはならない。
だが振り払いたかったのはそれだけではない。IS、そして専用機。それらのワードを思い浮かべたのと同時に脳裏にチラついた一つの人影、本当に振り払いたかったのはむしろそちらの方だったのだろう。
(私は、本当に何をしたいのだろうか)
振り払った考えの代わりに脳裏を巡り始めたのはそんな迷いに似た考えだった。一夏への想いに対する疑念が僅かではあるが湧いてからこれというもの、箒は自分自身というものも分からなくなりつつあった。
今の自分が何をしたいのか。自分にとって本当の意味での望みと言えるものは何なのか、「これだ」と言えるものを見いだせない。先ほどの自主練、その切っ掛けでもあり自主練の最中にも纏わりついて離れなかった釈然としないような感覚はきっとこれが原因なのだろう。
突如として道場内に電子音が鳴り響く。それが自分の携帯電話の着信音であるとすぐに分かった箒は一度袖で額の汗を拭うと、壁際に置いておいた荷物の下に歩み寄り着信音を発している携帯を取り出して発信者の名前を確認する。
「ッッ!!」
画面に示された発信者を見た瞬間に箒は息を呑む。ただ簡素に一文字の感じで「姉」とだけそこにはあった。
これが普通の少女であれば特別な意味などありはしない。単に身内から電話がきたというだけの話になる。だが箒の場合は違う。箒の姉、それはISの開発者にして唯一のコア製造者、希代の大天才と称される篠ノ之束以外に他ならない。
手の中で震え、着信音を鳴らし続ける携帯を見ながら箒は固唾を飲んだ。着信がかかる直前の考えが引き戻されるように脳裏に浮かび上がってくる。
思わず通話を切りそうになる。発信者、姉への長年に渡るわだかまりのようなものも理由としてはあるが、何より直感的に嫌な予感を感じ取ったのだ。
「……」
着信が止む気配は一向に無い。おそらくこのまま通話ボタンを押さなければこの振動と電子音は止むことがないだろう。止める方法は二つ、このまま通話を切るか、あるいは通話に出るかだ。
二つに一つの選択を箒は瞑目して考える。時間にして数秒のことだったが、そこまでに箒が巡らせた思考の密度は彼女の体感時間をそれ以上と感じさせた。
「はぁー……」
自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。そして、ゆっくりと着信ボタンを押した。
「あー、よく寝た寝た」
空調の効いたバスから降りて夏の日照りと暑さに身を晒しながら、一夏はあくびを噛み殺しつつ首を回して肩の骨をポキポキと鳴らす。
早朝、IS学園と本土を結ぶ海上モノレール、その本土側の駅――例のショッピングモールと直結している一夏も御用達の駅である――のロータリーから貸し切りの大型バスに乗り込み揺られること数時間。一夏らIS学園一年生全員は目的地である臨海学校の宿泊先の旅館前へとやってきた。
「織斑くん、よく寝てたね」
半眼のジト目で一夏を見ながらそう声を掛けるのは一夏のすぐ後にバスから降りてきた谷本癒子だ。厳正なるくじ引きの結果、バスにおいて一夏の隣の席に座ることになった彼女は道中に多少なりとも期待を抱いていたのだが、そんなことを我が道まっしぐらを貫く一夏が気にするはずもなく、バスに乗り込み席に着くなり早々に「寝る」の一言と共に寝息を立て始めたのだ。
そんな彼の姿に近くの生徒、そして状況を知った千冬は揃ってコメントに困っているような顔を浮かべ、同時に「あぁ……」とどこか納得するようなため息も吐き出したのだが、それを彼が知る由は無かった。
「ま、ここ最近練習に根詰めてたからな。動きようのない時間がしばらく続くなら、寝て英気を養うのが吉だよ」
癒子の言葉に一夏は自分が寝ていた理由を答える。これでいっそ何も言わない程にぶっきらぼうならまだ楽なのだが、こうやって言葉を掛ければ何だかんだで律儀に返答をするのだから扱いに困るというのが癒子の本音だ。
固い表情をしていることが多いからとっつきにくいかと思えば、意外と対応は真面目だったりする。実はこのあたりのギャップを狙っているのではと勘ぐるくらいだ。
(地味にみんなの中でポイント上げてるんだけど、気づいてないんだろうなぁ。いや、気づいていても平気でスルーしそうなのよねぇ)
非常にざっくばらんな分かりやすい女子的表現を使うのであれば、「織斑くんって結構イイよねー」なんて意見の持ち主が増えつつあるのだが、何よりも自分の実力向上を第一としているのが傍目に見ても非常に分かりやすい彼のことだ。元々そういう意思を持っている生徒たちにしても目立つほどそういう言葉を表立たせているわけでもないので、気づいていないことは確定的に明らかだろう。
癒子自身は一夏のことを良きクラスメイト程度と認識しているが、そうやって客観的な立場に立てるからこそ色々と分かってしまい額を押さえたくなったりするのだ。
(これ、本気で惚れる子とか居たら大変だろうなぁ。……あ、篠ノ之さんが居たか。……ガンバ)
既に一夏への好意を持っていると周囲の多くに、少なくとも一組のほぼ全員に知られている箒に癒子は心の中でエールを送る。
そして丁度ほぼ全ての生徒がそれぞれのバスから降りてきた頃合いになっており、千冬の号令と共に列を作って旅館前に一同が整列する。
千冬からの諸注意、宿泊する旅館の女将からの挨拶、そして再度千冬からの指示や注意を受けて列は解散。生徒たちは各々割り当てられた部屋へ向かい、そのまま自由時間を満喫する運びとなった。
「やれやれ、小娘どもは随分とはしゃいでいるようだな」
「初日は食事以外は丸一日自由行動ですからね。折角海に来ているわけですし、やっぱりそういう年頃なんですよ」
旅館内の廊下を歩きながら千冬と真耶は言葉を交わす。生徒たちを自由行動のための解散とするなり、翌日より行われる実機訓練のための各種準備に追われていた二人だったが、ここで二人の仕事に一区切りがついたため、軽い休息と荷解きなどを兼ねてそれぞれの部屋に向かう途中であった。
一組の担任副担任である二人だが、宿に割り当てられている部屋は別々となっている。本来であれば二人は同じ部屋になっていたのだろうが、千冬の側にそうすることができない事情があったのだ。
「さてと、着替えでも出しておくことにしようか」
並んで歩く二人が先に辿り付いたのは千冬に割り当てられた部屋だった。
「あ、良かったら荷物の整理とか手伝いますよ」
少し離れた別の部屋に泊まることになっている真耶はこのまま一旦千冬と別れても良いのだが、人が良い彼女は手伝いを自ら申し出る。
「あぁ、別に大丈夫だろう。多分、アイツが勝手にやっているかもしれん」
「確かに、織斑くんならそういうのやってそうですよね。補習の時にちょっと色々なことを話したんですけど、家でのこととかも話してくれましたよ」
「あいつは……。何か変なことは言ってないだろうな」
「そんなことありませんでしたよ。織斑先生、お家の方を結構留守にしてるじゃないですか。だから自分が家の管理をしなきゃいけないからって掃除や洗濯とか料理とかしてるって。しっかりしてますよねぇ、織斑くん」
「はは、そこまで立派なやつじゃあないのだがな」
「いやいや、胸を張って自慢にして良い弟さんだと思いますよ?」
部屋の入口で話す二人の話題に挙がっている一夏、彼こそが千冬と真耶の部屋が別々になっている理由である。仔細は至極単純なものであり、千冬の部屋は一夏と千冬の姉弟で寝泊まりするものであり、また教員用の部屋は二人用でもあるというのが実情である。
当初は学園の寮と同じように一夏のみを一人部屋にという意見があったのだが、学園と比べてのセキュリティ面における不安や、もっと単純な問題として活気盛んな他の生徒たちがむやみやたらに一夏の部屋に押し掛けたりするのを防いだりすることを目的として、姉であり教員でもある千冬と同室にすることが決まっていたのだ。
「さて、アイツはどうしているやら」
「今頃はみんなと一緒に外に飛び出しているんじゃないですか?」
そんな言葉を交わしながら千冬は部屋に入り、部屋の玄関スペースと室内を隔てる襖をあける。そして――
「くー……すぅ……くかー」
部屋の真ん中でTシャツにハーフパンツという軽装に身を包みながら横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている一夏の姿が二人の視界に飛び込んできた。
『……』
揃って二人は無言になる。真耶は若干困ったような苦笑いを浮かべているのに対し、千冬は冷え切った眼差しを向けている。
「……」
「織斑先生?」
無言で一夏の下に歩み寄っていく千冬に真耶が首を傾げる。そして一夏のすぐ傍らに立った千冬はスッと右足を後ろに振り上げる。
「ちょっ!」
千冬が何をしようとしているのか気付いた真耶は思わず制止の声を上げようとする。だが、その矢先に視界に飛び込んできた光景に言葉の続きを失った。
振り上げられた千冬の足が勢いを乗せて振り抜かれ、一夏の胴に蹴りとして叩き込まれそうになった直前、それまで完全に寝入っていたはずの一夏の目がパチリと開いたかと思うと、千冬から離れるように身を横たえたまま体を転がして蹴りをかわす。
そのまま両手で畳を叩くと、その反動を利用してほぼ横たわっていた状態から一気に後方宙返りへと繋ぎ、スタリと殆ど音を立てないまま着地しスッと立ち上がって背筋を伸ばす。
流れるような一連の所作に真耶は思わず言葉を失って見入り半ば呆然としていたが、それを姉弟の二人が気にかけている様子は無かった。
「あのさ、いきなりキックは流石にどうかと思うのよ、俺」
「なぁに、そうやってかわせるんだから別に構わんだろう。――そんなことはどうでも良い。お前、何をやっている」
「何って、見て分からないのかよ。昼寝だよ昼寝。この畳、中々寝心地が良いね。そういうわけだから少し体を休めようと思ってね。あれだ、安息日ってやつよ」
「何が安息日だ馬鹿者。普段休みなど知ったことかと言わんばかりに、それこそこっちの気遣いも無視して修練に励んでいるどの口が言う」
「いやいや、普段のはあれだよ。俺なりに修行スケジュールはしっかり管理しているから、それに余計な口出しは無用ってことで。今もそうさ。休んで良いと思ったから休んでるだけで」
「だが外に出て跳ねまわるくらいは余裕なのだろう?」
「そりゃモチロン」
もはや慣れた仕種である額に手を当てながらのため息を千冬は吐き出す。割と自分本位かつ我の強い性格をしている弟だとは思っていたが、こういう時でも変わらない一貫した姿勢は思わず呆れを覚えてしまう。
「まったく、せっかくの機会なのだから少しは外に出て他の連中と騒いだりしたらどうだ? 確かにお前を私と同室にしたのは他の連中の余計な干渉を抑えるためだが、お前とこの臨海学校を楽しみたいと思う連中はそれなりに居るんだ。少しはそのあたりの気持ちを汲んでやれ」
「えーめんどくさーい」
「そこは少しでも前向きに考える所だバカモノ」
あからさまに面倒くさそうな声を上げる一夏に千冬は再び呆れるようなため息を吐く。
「とにかく、少しは外に顔を出してこい。今頃どいつもこいつも海ではしゃいでいる頃合いだ。女子の水着が見放題だぞ、役得とは思わんか? ん?」
「いや別に」
「……」
少し趣向を変えて色香をベースにおいて促してみるものの、やはり一夏の反応は淡白だった。そんな弟の姿に千冬は別の意味で額を抑えたくなる。
昔から色沙汰というものにさしたる興味を示すことは殆ど無かったが、そうしたことへの関心が特に高まるだろう十代半ばという年頃になってもこれでは少々マズいのではないだろうか。流石に同性になんたらという特異な性癖は持ち合わせていないだろうが、やはり気がかりにはしてしまう。
「はぁ……」
両手を腰に当てて再び嘆息、そして今度は別の方向からアプローチを掛けてみる。
「まぁ休養を取りたいというお前の気持ちは分からんでもない。そもそも今は『自由』時間だ。確かに、お前が何をしようが自由だ。あぁ、確かにそうだろうさ。
とは言え、同時に今は集団行動の只中でもある。その中にあってある程度周囲がお前に求める行動というのもあってな。それが、他の連中と少しははしゃぐということだ。別にそれに全力を傾けろとは言わんさ。ただ、集団という中で上手くやっていくために、少しは周りに合わせろということだ」
「一応、普段からクラスのみんなとは上手くやっているつもりなんだけどねぇ」
「それは重畳。ならば今もそうしてもらおうか」
そこで一夏はしまったというように小さく舌を打つ。対する千冬はしてやったりと言うようにニヤリと得意げな笑みを浮かべている。
「あの、織斑先生」
そこで未だ部屋の入口付近で立ったままだった真耶が千冬に声を掛ける。何事かと後ろを振り返った千冬は、真耶の隣に一人の女生徒が居ることに気付く。
「何だ、更識か。どうした、何か用か?」
この臨海学校に来ている者の中で更識という苗字の持ち主は一人しかない。四組のクラス代表、更識簪。その彼女が千冬と一夏の部屋を訪れていた。
部屋の奥の方に居た一夏も予想していない訪問者に一体どうしたのかと首を伸ばして様子を伺っている。
「織斑くん、借りに来ました」
用件を尋ねてくる千冬に簪は簡素な言葉を返す。その内容に千冬、そして一夏に真耶も軽い驚きを表情に顕わとする。
「なになに、俺に用だと?」
部屋の奥から入口まで歩きながら確認する一夏に簪は頷いて肯定の返事とする。
「ほぅ、誰かしらこいつを誘いに来るとは思ったが、まさか更識とはな。これは意外だ」
心底、本当に意外だと言うように千冬が呟き、それに同意するように真耶も頷く。
元々簪がこのような状況で活発的な行動を取るような生徒ではないと認識していた上に、一夏を誘いに来るというオマケ付きだ。
先ほど千冬が呟いたように、遊びたい盛りの女子の誰かしらが一夏を誘いに来るだろうとは予測していたのだが、これは本当に二人にも予想外だったのだ。
「別に、織斑くんくらいしか思いつかなかったので。多分他のみんなじゃ誘ってもあまり乗ってはくれないだろうし」
「へぇ、俺だけねぇ」
簪の言葉に一夏の目が僅かに細まる。言葉通りなら、簪が誘おうとしていることはここに来ている面々の中では一夏と簪の二人くらいしかやろうとしないことということになる。それが何なのか、一夏は気になっていた。
「で、俺と何をしようって言うんだよ」
「うん、これ」
言って簪が肩に掛けていた小さめのバッグから取り出したのは一つの携帯ゲーム機だ。一夏も、弾や数馬と遊ぶ機会が多々あった関係で持っており、最近では人気シリーズの新作が出て話題にもなっている二つ折りにできるハードだ。
「一狩り行かない? 自販機とか売店がある丁度いい休憩スペースがあったんだ。そこでどう?」
「よし乗った」
即答だった。ダッシュで部屋の奥に引き返し、同様に鞄から持ち込んだゲーム機を取り出す。
「よし行くか」
「じゃあこっち」
「お前ら外に出んか外にっ!!」
そそくさとゲームを抱えて部屋を出ようとした二人をたまらず千冬が怒鳴りつけたのはある意味で必然であったのかもしれない。
「結局、俺は姉の特に理由のない強引さによって外へ行くことが決定してしまったでござる」
「誰に言ってるの」
「さぁ? 強いて言えば、次元が一つばかり上の世界に向けて?」
「電波乙」
誰に向けるでもなく発せられた一夏の言葉への簪の問い、そしてその返答を簪はばっさりと切り捨てる。
「で、どうするの? 本当に海に行くの?」
「水着とか着替え一式押し付けられて、その上でばっくれたらまた後でうるさいからな。まぁ海も良いトレーニングスペースだ。要するに行けば良いんだ。そこで何をしようが俺の好きさ」
「君って本当に我が強いよね。なんかお姉ちゃんみたい」
「あの会長殿に?」
廊下を歩きながら二人は言葉を交わす。簪に、自分の姉に似ていると言われた一夏は首を傾ける。言葉を交わした回数は片手で数える程度しかない。だが、その少ない経験を思い出し、分析し、どうしてもそうとは思えないのだ。
「確かにウチのお姉ちゃんは、一見すれば不真面目だしチャランポランだし時々テンションおかしいけど、あれでかなりしたたかだから。ぬらりくらりと上手く自分にとってベターな方向へ事を転がそうとする」
そこで簪は一度言葉を切って一夏の方に顔を向ける。
「前に言ったよね、ウチはちょっと特殊な家だって。お姉ちゃんはその現当主。一応、先代のお父さんがサポートについているけど、実際に一族の中でトップクラスの権力を持っているのは確か。そんな立場、ただのチャランポランに勤まると思う?」
「つまり、あのニコニコと浮かべた笑顔は張り付けた仮面ってことか」
「そうとも言えるけど、同時にアレもお姉ちゃんの素顔だから。――これは、本当に善意の忠告。君と言う世界で唯一の存在だからこそ、あえて言っておくよ。妹だからこう言うっていうのもあるけど、別にお姉ちゃんは悪人ってわけじゃないし、多分君の敵でもない。けど、お姉ちゃんを相手にするなら気は抜かない方が良いよ」
「さもなければ、良いように利用されるってか?」
「そうだね、それも間違いじゃない。間違いじゃないんだけど、その、むしろあのチャランポランぶりに振り回されてストレスがマッハになる方が」
「あ、そっちの方向ね」
本当にしょうがない姉でごめんなさいと項垂れる簪に一夏は気にするなと励ましの言葉を掛ける。
「本当に面倒な姉でごめんね」
「良いさ、そういうキャラだと思えばまだやり様はある」
「キャラ、か……」
一夏の言葉に何か思う所あるのか、簪は顎に手を当てる。その仕種が気になった一夏はどうかしたのかと尋ねる。
「あ、うん。そのキャラって言うのがね。そうだね、確かにお姉ちゃんのキャラはあのチャランポランだよ。けど、キャラなんて所詮は
「ほぉ」
「けど、それって割とよくあることなんだよね。君だってそうじゃないのかな? 少なくとも、普段とISで試合やってる時は結構違うって話はよく聞くよ?」
「言われて見れば……」
思い当たる節は多々あるため否定はできない。特に試合など技を揮う時とそうでない時はその辺りの差が顕著だ。戦いに臨む時は自然と思考が冷えて、研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。それが表に出ているのであれば、確かにキャラが変わっていると言えるのだろう。
「ところで、君から見て私はどういうキャラなのかな?」
「は? 何を藪から棒に」
「良いから」
質問の意図を図りかねる一夏だが、質問自体はそこまで難しい内容ではないためとりあえず思ったままに答えることにする。
「そう、だな。まず第一に大人しい。根暗ってわけじゃないけど、いつも冷静って感じかな。後は、そうだなぁ。勤勉とか、堅実とか。まぁ相対的に静かな印象か」
「ふーん。だいたいみんなと一緒なんだね」
「というか、それしか無いと思うけど……」
「けど、所詮は被り物に過ぎないんだよね。確かにそれも本当の私なんだけど。私だって、その気になれば別の人間を演じることだってできる」
「それは、つまりキャラを変えるってことか?」
「そう。なんだったらここで少し実演してみせようか?」
「え? あ、おう」
歩いている廊下は旅館の庭の一角に繋がっており、敷き詰められた白砂が陽光を照り返して廊下を照らしている。一歩、簪は庭の方に近づくとそこでクルリと振り返って陽光を背に一夏を見据える。
「選んで、キャラのパターン」
「え? パターンなんてあるの?」
「勿論。色んな状況に対応できるように」
「あ、そうなの。で、どんなのがあんの?」
「とりあえず『和風部活アイドル女子高生』とか『人神様系現代っ娘』とか『超毒舌子供体系日舞少女』とか『ホワホワ系超能力探偵少女』とか『現役ユニットアイドル兼カードファイター』とかあるけど」
「何そのレパートリーおかしいだろ常識的に考えて。どんなチョイスだよ」
「色々な状況に対応できるようにだよ。織斑くん、世の中には色んなニーズがあるんだよ」
「絶対そのニーズはごく限られた範囲だと思うんだが。つーか字面だけでもキャラが濃すぎて逆に不自然だぞ」
「細かいことは気にしない。じゃ、選んで」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
いきなり明後日の方向にぶっ飛んでいるようなタイプのキャラを持ち出されて、その中からどれか選べと言われても返答に困ってしまう。
「えーと、それじゃあ『和風部活アイドル女子高生』で」
「なるほど、それが君の性癖なんだ。君は和服や浴衣萌えでアイドルオタクと」
「チゲェよ!?」
あんまりな簪の言葉に思わず一夏は声を荒げて突っ込む。だがそんな一夏の抗議の声などスルリと受け流して簪は眼鏡を外す。
「これ、ちょっと持ってて」
「え、眼鏡外して良いのか?」
「それ、度が入ってないから。ちょっと邪魔になるから持ってて」
「お、おう」
「ありがと。じゃ、やるよ」
眼鏡を一夏に手渡した簪は数歩下がって一夏と距離を離す。そしてコホンと軽く咳払いをし、スゥと息を吸った。そして――
「みんなーー!! 今日はありがとーー!! 私の愛情一杯込めた矢で! みんなのハートを撃ち抜くよーー!! ラブアローシュート!!」
見たことのないキラキラとした笑顔と共にノリノリの動きでアイドルのMCっぽい口上を言い上げた。右手でマイクを握っている形を取り、矢を射るという言葉を示しているのか、左手を伸ばし人差し指で真正面を一直線に指しているあたり芸が細かい。
そしてもはや元の面影も何もない変貌ぶりを見せた簪を目の当たりにした一夏はと言えば――
「なぁにこれぇ……」
ドン引きだった。呆然と口は半開きになっており、信じられないものを見たと言うように目はパシパシと瞬きを繰り返している。
「ふぅ……。どう?」
あくまで一瞬の演技を終えた簪は眼鏡を回収しつつ一夏に感想を求める。だが、完全に呆然としている一夏は何も言えないまま口をパクパクと動かすだけだった。
「ゴメン、何と言うかこう……色々と衝撃的すぎてコメントに困る」
「なるほど。アイドルを演じる私の魅力が詰まった愛の矢にハートを射抜かれた、と」
「人の言葉を原型留めないレベルに曲解するのは止めてくれないかな、マジで」
「だって君の反応が面白いんだもん」
「理由がヒデェ!?」
面白いから、ただそれだけでこうまで人を振り回す簪の言動に思わず一夏は天を仰ぐ。そこではたと気が付いた。
先ほど、彼女は言っていた。彼女の姉である更識楯無は気を抜けばこっちがひどく振り回されると。それはつまり今現在のような状況なのではないだろうか。
「お前、案外姉と良く似てるんじゃねぇの? 向こうのことは良く知らんが」
「またまた冗談を。私はあそこまでチャランポランじゃないよ。立派な更識家随一の良心なんだから」
「うっそだー」
当人は否定しているが、その実際の所は定かではない。あるいは彼女自身が姉に似ていると意識していてこのような振る舞いを取っているのか、それとも本当に自覚が無いのか、一夏には分からない。
ただこのやり取りは一夏にとっても得る物があった。それが何時になるかは分からないが、仮に彼女の姉である更識楯無が本格的に自分と接点を作ろうとしてきたら――いや、話に聞く彼女のお家事情から考えればいずれ確実にあってもおかしくない。今までのようなちょっとした会話程度では済まないレベルでのアプローチがだ。とにかくそのような場合になったら、振り回されないように警戒しつつツッコミを入れる用意をしておくべきだろう。
「まったく、前々から思ってたけど、なんかお前と絡んでいるとどうにも疲れるな」
「そうかな。私は結構面白いと思っているけど。それに、案外これからも機会はあるかもしれない」
「その心は?」
問う一夏に対して簪は一夏の右腕を指差す。そこにあるのは待機形態の白式だ。そして同時に簪は自身の左手を自分の前に掲げる。その中指には指輪型の待機形態となっている打鉄弐式がある。
「私と君のISは同じ倉持製。その繋がり。これは噂なんだけど、今倉持では打鉄の後継になる新型の汎用機の開発を考えているみたい。そしてそのプロジェクトの要になるデータ元が――」
「俺の白式、そしてお前の弐式か」
「そう。だから、案外二人揃って倉持に呼び出されたりなんてこともあるかもしれない」
「あぁ、そりゃあとても道中疲れそうだな」
明らかな皮肉を込めた一夏の言葉だったが、それを簪は小さな笑いで受け流す。
「で、ちょっと話を戻すけど、本当に海に行くの?」
「あぁ、流石にな」
「そう」
「お前はどうするんだ」
「さぁ? けど気分次第で海に行くかもしれない」
「そうか、なら俺は先に――」
言って一歩踏み出そうとした一夏だが、そこで何かに気付いたかのようにピクリと肩を動かすと足を止める。
「どうしたの?」
「いや……なんだ、どうにも忘れ物をしたらしい。ちょっと取ってくるよ」
「そう、じゃあ私はこれで」
それだけ言って先を歩いていく簪の背を一夏は見送る。そして簪の姿が完全に見えなくなり、気配が注意しなければ分からない程に希薄になるほど遠ざかったと判断した所でようやく一夏も動き出す。
「さて……」
首を横に動かして白砂が敷かれた中庭に視線を向ける。その眼差しは先ほどまで簪と会話していた時とは異なり、冷めきった硬質な光を宿している。
少し視線を動かして、客が庭に出られるようにと旅館が置いたのだろう、小さな下駄箱とそこに収められているサンダルを見つける。下駄箱に歩み寄った一夏はサンダルを取り出すと、それを履いて中庭に出る。そして数歩前に進むと、誰もいないはずの虚空に向けて声を張る。
「もう周りには誰も居ない。そろそろ出ても良いんじゃないのか?」
傍から見れば独り言を言っているようにしか見えないだろう。だがその声に対する応答はあった。
「やぁやぁやぁ! ひっさしぶりだねー、いっくーん!」
底抜けの能天気さを感じさせる声が一夏の頭上に浴びせかけられる。小さくため息を吐くと一夏は後ろを振り返って視線を上に向け、自分が出てきた旅館の屋根の上を見る。
そこには一人の女性が立っていた。まるで童話の登場人物のような水玉模様の生地でできたワンピースを着こみ、腰には背中の方で大きな蝶結びをしたリボンが巻かれている。リボンによってウェストが絞られているためにその上にある胸部が強調され、明らかに平均的と言えるサイズを遥かに凌駕した大きさを際立たせている。そしてなぜか頭に付けているウサミミ。
スタイル抜群の美人が童話をモデルにした幼児のような恰好をしているとしか言えない、どう見ても変わり者と呼んで良い女性に一夏は見覚えがあり過ぎた。というよりも、一夏自身甚だ不本意とは思っているが、何気に昔の知己だったりするのだ。
「相も変わらずぶっとんだ衣装をしているようで、束さん」
呆れたような声で一夏が話しかけた女性の名は篠ノ之束。同級生にして古馴染みである箒の幼馴染にして、ISという存在の生みの親でもある女性だった。
「フッフッフー、この束さんは世の凡俗の流行りなどに流されたりはしないのだよ。いつでもどこでも我が道まっしぐら! それが束さん流なのだよー!!」
「あぁ、そう」
心底どうでも良いと言うように適当な返事をすると、一夏はポケットから携帯を取り出してカメラ機能を起動する。そして屋根の上に立つ束の姿をパシャリと撮る。そのまま一夏の視線は携帯の画面に向けられ、束の方を見ようともせず片手でポチポチと携帯を弄りながら彼は口を開く。
「まぁアンタの恰好なんてどうでも良いのだけど、一つ」
「ん? 何かな?」
「スカートの中、見えてる」
「にゃ?」
人がフリーズするとはどういうことなのか、その正しい見本はまさしくコレと言うように束の動きが止まる。表情も固まり、瞼も瞬きをすることなく開かれたままだ。
数秒後、ある程度の復帰を果たした束は自分の状態を確認する。彼女が身に纏っているワンピース、腰から下のスカート部分はフリフリ感を出すためにやや短めとなっている。さらに生地の下に仕込んだ針金によって若干外側へ開くような形ともなっている。
そして一夏と束の立ち位置。先ほどから一切変わっておらず、建物の屋根の上、その淵の部分に立ったままの束と、その眼下に立つ一夏。そう、よくよく考えてみると一夏のポジションからは自分のスカートの中が丸見えなのではないか。
ようやく状況を理解してきた束に、一夏は追い打ちの一言を告げる。
「それにしても、服はガキっぽいくせに下着は黒のレースとか。なんか狙い過ぎて逆に引きますよ」
言って、鼻でフッと笑った。それこそ語尾に(笑)とかついていてもまるで違和感のない嘲笑だった。
「にゃ、にゃ、にゃ~~~!!!!?」
完全にパニックを起こした束はあたふたとしながらも両手でスカートを抑えて下から見えないように隠そうとする。だが、そうこうしている内に足を滑らせた束は言葉にならない悲鳴を上げながら屋根の上から落下、そして地面に思いきり尻餅をつくことになる。
「いったーーーい!!」
そりゃあ2メートル以上ある高さから尻で落ちれば痛いだろうと、文字通り他人事であるため一夏は冷静に内心でのツッコミを入れる。
「うぅ、イタタタ……って! いっくん! 今写真撮ってたよねぇ!?」
「エー、ナンノコトカナー?」
痛む尻を擦りながら立ち上がった束の指摘に、一夏はわざとらしい棒読みですっ呆ける。だが絶対にそうだと抗議の声を張り上げる束に面倒くさくなった一夏は適当な返事でそれを認めつつ画像データを消去した画面を束に見せることで黙らせる。それを見て束も一応は納得をしたが、実はこの時点で既に手遅れだったりする。
一夏が束のスクープショットを撮った後も続けていた携帯の操作、それは親友である数馬へのメールだった。そしてそのメールには、撮ったばかりの写真を添えつけていたのだ。
以下、二人の間で交わされたメールのやり取りの一部を抜粋する。なお、会話は一夏、数馬の順で交互に行われるものとする。
『篠ノ之束のパンチラ撮ったどー!(写真付き)』
『ナイスだお!』←この時点で直ちにUSBなどの外部メモリに保存済み
『つーか良い大人がこのフリフリはないわーww マジでウケるww』
『言ってやるな。本人はそれが良いと思っているんだプークスクスww』
『もうアレだな。この調子で言ったらアラサーになって婚期がーって焦るんだよ。今24歳居ない歴イコールだから、このまま六年経ったら篠ノ之束(30)独身って呼んでやるww』
『もう独身(30)で良くね?ww』
『ww』
『つーかいつものスレに上げたら早速大反響なんだけどww』
『え? それは流石にマズくね? あの人一応世界中が血眼で探してる人なんだけど……』
『それがさー、スレの人が揃いも揃っておっかけて捕まえられるわけないからパンツhshsしてる方が建設的だって言ってんのよww』
『何その紳士の集い』
『紳士は紳士でもHENTAIという名の紳士です(キリッ』
『やーい、このヘンターイ、ニートー、ストーカー、変質者ー』
『俺の親友がこんなに毒舌すぎるわけがない』
このようにバカ丸出しの会話である。ちなみに後日の話ではあるが、自身のパンチラ写真がネット中に拡散していることを知った束は自身の隠れ家にてパニックに陥って散々に喚き散らした挙句、半日布団にもぐりこむことになるのだが、それはまた別の話である。
「はぁ。で、一体全体こんな所に何の用で? 曲がりなりにもアンタ、早々表を歩ける立場じゃないでしょうに」
直前まで友人とメールでしていた会話からは想像もつかない程に冷めた声で一夏は束に来訪の目的を問う。
ISという存在の開発者、そして世界に存在する絶対数が限られているISコアの唯一の製造可能な人物である束の足取りは世界中の組織、それこそ合法非合法問わず様々な組織が追っている。
その悉くを煙に巻いているのだから束のそのあたりの能力は確かなのだろうが、だからと言ってこんな昼日中の人が多くいる場所を堂々と出歩けるわけでもない。
「そうだねー。確かに束さんも普段だったらこんな所には来ないんだけどねー。けど今回はとってもとっても特別なのだよ」
「特別?」
目を細める一夏に束は面白そうに人差し指を口元に当てながらフフフと笑う。
「ねぇいっくん。明日は何月何日?」
「……確か、七月七日の七夕だが……オイ待て。アンタ一体何をたくらんでいる」
低く唸るように問う一夏に束は更に笑みを深めながら答える。
「企むだなんて人聞きが悪いなぁ。明日はとってもお目出度い日なんだよ? だったらこの束さんもちゃんとお祝いしなきゃでしょ?」
「確かに、アンタにとってはそうだろうが……」
翌日である七月七日は世間一般では七夕と称され、それにちなんだ各種イベントがあちこちで見受けられる日であるのだが、ごく一部の人間にとってはまた別の意味を持っている。
七月七日、それは今より数えること十六年前に篠ノ之箒がこの世に生を受けた日でもあるのだ。他者への興味、共感というものが限りなくゼロに近いほどに希薄であり、凡そ大多数とのコミュニケーション能力というものにおいてもはや壊滅的とも言える、一種の破綻者である束にとって箒は正しく唯一無二と言える存在だ。
一夏と千冬の織斑姉弟、そして実妹の箒。最後に直接顔を合わせたのがまだ齢が一桁を数える頃であったためにやや印象という曖昧なものに頼る部分もあるが、一夏の記憶にある限り束がまともなコミュニケーションを取ろうとしていたのはこの三人だけだ。中でも唯一の親友と言っていた千冬、そして血を分けた実妹である箒への思い入れようは並ではなかった。
間違いなく篠ノ之束とコミュニケーションを取れ、なおかつその人物性というものを把握しているという意味では世界を見渡しても五指に入るだろうと自負している一夏だが、それでも束にとって殊更の特別だった二人に比して見ればランクが僅かながら下がる。
だがだからこそ、冷静に篠ノ之束という人間を客観的に見ることができ、それゆえに警戒であった。
「何だよ、誕生日だから箒にプレゼントフォーユーとでも洒落込もうってか?」
「お、あったりー! さっすがいっくん! いやー、私の事をよく分かっていて嬉しいよ」
当てずっぽうに言ってみた推測だが、まさかのドンピシャリだったことに一夏は目を細める。
「何を、くれてやるつもりだ? ちなみにこれは俺の私見だが、変に豪華にするよりもむしろ簡素ながら日本的美というやつを感じさせるような一品があいつの好みに合致するとは思っているが」
「ノンノンノン。この束さんがたった一人の妹のために用意したプレゼントがそんなチャチなものなわけがないでしょー? じ、つ、は、何と――おぉっとっと、メンゴメンゴ。これはいっくんでも教えられないんだよねぇ。まぁとにかく、明日を楽しみにしていてよ、絶対驚くからさ。うんうん、箒ちゃんだけじゃなくていっくんもびっくりする顔が目に浮かぶなぁ」
「俺は姉貴がストレスで胃のあたり抑える絵が思い浮かぶけどな」
「んっふっふ~、ダイジョーブ! ちーちゃんだってきっと認めてくれるはずだよ。じゃじゃ! 束さんは明日の素敵奇跡なビッグイベントに向けての準備があるから! まったねー!」
一方的に捲し立てるようにそう言うと、束はあっという間にその場から走り去ってしまう。追いかける気にもなれない一夏は黙ってその背を見送り続ける。やがて完全に見えなくなるが、依然として彼の顔からは固い表情が消えずに残っていた。
「さて、どうすべきかねこれは」
ISという存在、ひいてはそこに関連する業界を陰ながら完全に牛耳っている、間違いなく現在世界でも特に影響力のある人間の一人の唐突な来訪、普通に考えれば千冬を筆頭とした教員に知らせておくべきだろう。
世界中の捜索の手をすり抜け続けて早数年になろうかという存在が現れたということを即座に信じる者は少ないだろうが、そこは「受け入れよ」と言うしかない。思いつく限りすぐに信じるとすれば千冬くらいか。
「この臨海学校、少しばかり荒れるかもな……」
どうすべきかはまだ決まっていない。だが、どうしてもそう思わずにはいられなかった。それが、篠ノ之束という存在なのだ。
「……行くか」
この場で立ち止まって考えていても仕方がないと判断した一夏は再び歩き出す。元々向かう予定だったビーチへ向かう彼の眼差しは、しかし細められ鋭い光を宿したままであった。
簪ちゃんはIS学園のネタ担当!!
失礼しました。
とりあえずノッケから悩みモード入ってる箒さん。大丈夫だ、安心しろ。この三巻編が終わるころには正統派な主人公タイプのキャラにして……やれると良いなぁ。とりあえずデータで保存しといたシンフォギア見とくか(フラグ
基本的に自由行動が可能な状況下での一夏は非常にフリーダム、というより我が道まっしぐらです。
これで弾や数馬が居れば彼らとつるむので、彼ら経由である程度行動をコントロールできるのですが、その二人がいない以上はどうにもなりません。
そして簪ちゃん。前にも書きましたが、公式でサブカルに傾倒しているキャラというのは非常に扱いやすくて助かります。こういうネタ振りに使えるので。さて、簪が提示した仮面としてのキャラ作り、その元ネタ。まぁ分かる人は分かるでしょう。エ、ナカノヒト? ナンノコトヤラー。
これだけ簪を出しているのですから、楯無さんももっと出してやりたいですね。夏休み編あたりからちょっと早めに本格的に絡ませようかな。あぁ、一夏の師匠も出番少し出さなきゃ。間違いなく影が薄くなっている。
そしていよいよ本格登場の束ですよ。とりあえず基本方針として、性格面などでのキャラは原作と大きく変えないということで。というか、特にそうする必要もなかったので。ただまぁ、微妙に抜けているところはあるかもしれませんね。だから一夏にパンチラ写真を激写されるのですよ。
なお、束の下着については各自脳内補完ということで。なに、黒のレース下着でググればすぐに出てくるでしょう。実際どうだかは知りませんが。
束の言うプレゼントがなんなのかは、言うまでもありませんね。アレです。それ以外の何でもありません。
ひとまず今回はここまででしょうか。なるべく早く次回を書きたいですね。
ただ、アイマスP,ラブライバー、ハンター、AC傭兵ときてさらに提督という肩書まで加わった自分がどれだけ時間を取れるか……
では皆様、また次回にて。
なお、この作品の一夏は若干ムッツリな所があります☆