夕日の茜色が差し込む食堂の一角で席に腰掛ける影がある。単純に放課後から夕食までの間を生徒が食堂で何かしらで時間をつぶしているというだけのありふれた光景なのだが、それもそこに居る顔ぶれによっては『ただの』と形容することはできなくなる。
おそらくはこの学園でも特に多くに知られているだろう唯一の男子生徒である織斑一夏を始めとして一学年に在籍する専用機持ち、あるいは比較的彼に近しい者がその場には揃っていた。
織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。間違いなくその大半が現状のIS学園における『顔』となりうることができる面子だ。
通常、それだけの面々が一同に会していれば周囲は何かしらのざわめきの一つでも上がるものだが、この場ではそうした周囲の反応というものは一切ない。勿論、元々食堂に居る人の数がそれほど多いわけではないというのもあるが、別の理由としてすでにこの状態がさして特別ではないということも絡んでくる。
つまるところ、ごく自然な光景になってしまっているのだ。何しろこの五人の内四人は同じクラスに在籍している。別に他の生徒たちとの交流が無いわけでもなく、むしろ同じくらいに専用機持ち、候補生でない級友達との交流もあるこの面々だが、なんだかんだでそれなりに近しい立場にあれば自然と会話を交わすことも多くなり、いつの間にかこうして集っていてもよくある光景の一つと捉えられるようになっていたのだ。
「はぁ……」
「……」
鈴があえて大仰にしたかのように大きなため息を吐いて項垂れる。その隣に座るセシリアもどこか複雑そうな表情で視線を俯かせている。
その様子をシャルロットは苦笑いを、箒とラウラはどこか当惑気味に、一夏は特に何とも思っていないように平坦な、各々の表情を浮かべながら見ている。
「完敗、ね」
「不本意ですが、見事にやられましたわねぇ」
本当に不本意極まりないと言った風の二人の言葉にラウラの肩がビクリと震えた。そんな彼女に助け船を出すかのように横から声を掛けたのは意外にも一夏だった。
「気にするなボーデヴィッヒ。お前は自分がやるべきことをやっただけだ。何も、気に病む必要はないさ」
「う、うむ。その、すまない……」
話は少々時間を巻き戻すところから始まる。いよいよ以って全体トーナメントが近づいてきたこの頃、他の大勢の生徒たちと同じように専用機持ち達もその準備に本腰を入れ始めていた。例として挙げるのであれば、一夏の倉持技研での白式の調整だろう。
することは異なれど、自分の準備をしなければならないのは彼に限った話ではない。来たる試合に備え鈴とセシリアが行動を共にしたのもこれが理由だった。
アリーナの一角を借りての模擬戦闘。何だかんだで試合の練習には試合が一番なのだ。勿論、基本的な技能の反復などを疎かにするわけではないが、より手っ取り早くという点を求めるならこれが丁度いいのだ。そもそもとして両者とも修めるべき基本は修めてある身だ。一夏のように経験でのハンデがあるならばひたすら基本の反復に努めるのもアリだが、そこまでする必要がない以上は手合せを行うことに二人とも否は無かった。
そういう点では現状の一学年に専用機を持った候補生が複数居るというのは幸運と言える。彼女ら自身得意げに吹聴する気も無いが、やはり他の大勢の者達との間には厳然たる差が生まれている。種々の巡り会わせの帰結とも言えるし、それも現時点でのことでありこれから先どうなるかは分からないが、それでも今の時点では相手とするにはいささか不十分なのだ。
こんな風に前置きをしてみたが、結局のところ事実はトーナメントに向けての調整として鈴とセシリアの二人が模擬試合をしようとしていたということだ。していた、という表現になったのは実際にあったことがその予定通りではなく別の形になったからである。
相応の相手を求めているという点ではラウラも一緒だった。だが、中々そうした機会に巡り合えなかった彼女はせめて平素通りの基本練習を行おうとアリーナの一つを訪れ、そこで模擬試合を行おうと鈴とセシリアの二人に出くわしたのだ。
「正直あたし、ちょっと油断してたわ。何よあれ、試合やる前と試合じゃ別人じゃない」
「しかも演技じゃなくて素というのがまた厄介ですわね。ボーデヴィッヒさん、あれは絶対武器になりますわよ」
「そ、そうなのか? 私はいつも通りなのだが」
模擬試合をしようとしていた二人に声を掛けたラウラは、二人しか見た者は居ないが曰くおっかなびっくりしている兎のようだと言う。加えてもらっても良いかと尋ねる態度はどこかぎこちなく、明らかに緊張しているのが分かる程だった。
だが、申し出た内容は鈴とセシリアの二人に対してラウラ一人の二対一という挑戦的とも言える内容だった。流石に無理があるのではないかという心配と、それでやれると言われたことで刺激された意地やら何やらで最初は鈴もセシリアも乗り気ではなかったが、そこばかりは明らかな自信を持って大丈夫と答えたラウラにそれならばと承諾。
かくして候補生同士の二対一戦という珍しいマッチメイクが為されたのだが、結果は先に鈴とセシリアが語った通りである。
「確かに私も凄い腕前とは思ったが、そんなにあるのか? その、ギャップが?」
箒が聞く。試合それ自体は他の多くの者達と同様に話を聞きつけた当事者以外の三人も見ていた。だがそれも途中からのことであり、始まる前を知らないだけに三人が見たのは見事な技術で以って鈴とセシリアをあしらうラウラの戦いぶりだった。
「いや箒。あれ見て戸惑わないやつなんていないわよ。なんていうか、ちっこい兎がいきなり猟犬になったようなもんよ。あれは、まぁビックリするって」
負けたことへの悔しさもあるが、それ以上にラウラが見せたギャップへの苦笑いが勝ったような何とも言えない表情で鈴は首を竦める。
「まぁギャップ云々はこの際どうでも良い。俺としては、良いものが見れたよ。トーナメントの時の、参考になりそうだ」
「そういえば織斑くん、すごいガッツリと試合見てたもんね」
「まぁな。相手の観察、武術家の基本だろう」
「そこでIS乗りって出ないあたりがアンタらしいわね、まったく」
「ふん」
鼻を鳴らして一夏は席を立ちあがる。そのままどこかに行ったかと思うと、数分後にまた戻ってきた。ただし、先ほどと違うのはその手に握られているものがあることだろうか。
「ほれ、ボーデヴィッヒ」
そう言って一夏は持っていたものをラウラの前に置く。何かと思って全員が覗きこむが、それは何の変哲もない一個のプリンとプラスチックの使い捨てスプーンだった。
「これは、なんだ?」
「なに。さっきも言っただろう? 良いものを見せてもらったと。そのちょっとした礼と、ついでに二人相手に勝ったご褒美だ。俺の奢りだ。遠慮せず食え」
「良いのか?」
「良いぞ」
それならと貰うことに否は無いラウラは素直にカップの蓋をあけてスプーンでプリンを一口頬張る。その瞬間、確かにその顔に紛れもない笑顔が浮かんだのを四人とも見逃さなかった。
「こうして見る分には本当に可愛げのある子なんだけどねぇ。まぁドイツの新型の性能の高さは聞いてたけど、本当に半端無かったわ」
「装備の相性ではわたくしは五分ですが、凰さんは完全に封殺されていましたものね」
「言わないでよ。まぁ後で報告書なりを送っとくとしようかしらね。さすがにそれで何もしない程、うちの国も馬鹿じゃあないでしょ。セシリア、あんたは?」
「わたくしの場合はさっきも言ったように武装の面ではまだ大丈夫なのですが、本当に未熟さを痛感させられましたわね。織斑さんとの試合もそうでしたが、この学園での生活も思ったよりは刺激が強いですわ」
「良いことじゃないか、オルコット。刺激があるってのは大事さ。俺も日々新しい刺激を求めているからな。てなわけでオルコット、そんな日々の刺激をゲットするために是非武術をやりたまえ」
「なにアンタは人の道を捻じ曲げようとしてんのよ」
「お誘いはありがたいですが、どちらかと言うとわたくし、コチラの方が好みですの」
セシリアに武道への勧誘をしかける一夏に対して鈴がツッコミをいれ、セシリアはと言うと親指と人差し指でピストルを象り、
そしてプリンを食べることに夢中だったラウラが話を聞いていなかったのか何事かと尋ね、その口元についたプリンの欠片に気付いた全員が笑い声を上げる。
何よりも自分を武人と定めた少年、その血縁ゆえに不条理に身を置かれた少女、貴人たる矜持を胸に誇りと共に生きる淑女、生来の気質の強さを頼りに自分を磨いてきた少女、世界の冷たさを知りながらもそれでも笑顔を浮かべる少女、そうあれかしと育てられながらもそれでも純真さを失わずにいる少女。
五人が五人とも決して世間一般の同年代の少年少女たちと同じであるとは言えない身だ。だが、それでもそうした者達と同じところは確かにある。今ここには、その一端が確かに表れていた。
四人と別れた一夏は一度部屋に戻るために量の廊下を歩いていた。あの後、特に何をするでもなくなんとなしの惰性を帯びたままその場に居座っていた四人だが、携帯電話で何某かに呼び出されたらしい箒が場を辞すと同時にそれなら自分もという形でいつの間にかお開きとなっていたのだ。
夕食までまだしばらくは時間がある。良い具合に腹を空かせるために少しばかり筋トレでもしておこうかと思いながら階段に差し掛かった時だ。
「あら?」
「む?」
予想外の人物と出くわした。制服の胸元に着けられた二年生であることを示す色のリボンと、右手に握られた扇子。こうして間近で見るのは二度目だが忘れようもない。
「あんたは――」
そう。あのクラス対抗戦の日の夜に屋上で言葉を交わしたIS学園生徒会長。名を――
「更識……カオナシ!」
瞬間、ドッと目の前の少女がずっこけた。
「何でそうなるのよ! 私別に悪食じゃないし、あそこまで口数少なかったりしないわよ! 楯無だってば!」
「いや冗談冗談。威勢の良いツッコミをどうもありがとう」
一夏の振りの内容を知っているのか的確に突っ込みを入れてきた楯無に一夏は礼を言う。何だかんだで、自分が振ったボケにきちんとツッコミを返してもらえるのはありがたいのだ。
「まったく、いきなりご挨拶ね。名前を間違えられるのって私も結構ショックなのよ? 織町八夏くん?」
「いやあんただって間違ってるだろ! しかもちょっとずつ微妙に! マチじゃねぇしムラだし! あと夏が七つばかり多い!」
「いやぁ、意気の良いツッコミありがとうね。お姉さん、嬉しいなぁ」
先ほどのお返しのつもりなのか、今度は一夏の名前を敢えて間違える楯無に一夏がツッコミを入れてそれを楯無が軽く受け流す。ともあれ、これでおあいこと双方とも理解しているのか、それ以上何かを言ったりはしない。
「つーかあんた、何やってんの? ここ、一年の寮だけど」
「あぁそれ? ちょっと簪ちゃんに会いにね。軽くお茶してたの」
「あぁ、あいつね」
何せ一度はISで武を交えた間柄だ。簪のことも一夏は当然知っている。そういうことなら十分に有り得るだろうと思う。せっかく同じ場所に居るのだ。姉妹で語らっても何も悪いことはあるまい。むしろ大いに推奨されて良いだろう。
「結構じゃないか。仲良きことは何とやらか」
「フフッ、ありがとね。けど、それを言ったら君だって同じようなものじゃないかしら?」
「ハッ、余所は余所。うちはうちだ。俺と姉貴がツラ突きつけあって茶を飲みながら笑って話す? まぁごくまれに有り得るが、基本ねぇよ。このあたり意外にクールなのが俺ら姉弟なんでね」
「ふ~ん。まぁあんまりどうこうは言わないけど、せっかくなんだからそういうのも良いんじゃない? 何か、あるってこともあるかもしれないし」
「……」
後の一言が何か含みを持つように僅かにトーンが下がったものだったのを一夏は鋭敏に察知していた。ではその含みとは何か。考えて、何となくあたりをつける。
「まぁ確かにお互い立場が立場だし、もしかしたら和やかにお茶なんてこともできなくなることもあるかもしれんわな」
「でしょう? なら猶更よ」
「だがな、そうなったらなっただ。姉貴だってそのあたり弁えている。なったらなったで、きっちり受け入れるだろうよ。そしてそれは、俺もだ」
「あのねぇ、話を振った私が言うのもなんだけど、その考え方はちょっとマズイんじゃないの?」
「重々承知はしているさ。けど、そういう気性なんだから仕方がない」
何せ一度目と鼻の先まで迫った『死』を実感しているのだ。果たしてこれが万人に共通するのかあるいは自分を含むような極少数例なのかは知らないが、一度そういうものを経験すると存外に神経が図太くなるものらしい。
「まぁ忠告は肝に銘じとくとするさ。いや、俺だってそのくらいは弁えている」
たった一度の経験だが、それでも得られたものは多かった。確かに『死』という事象への図太さじみた乾いた諦観を持つようにはなったものの、同時に一度きりの人生というものの重さも心底感じたのも事実だ。
「だから、そうだな。あんたの言う通り、今度姉貴の所にでも行ってみようか」
命は、死は重いのだ。ならばこそ人は、それを知った自分は真摯に生きねばならないだろう。だからこそ三年前の事件以降にはより深く武に傾倒してきたのだが、言われた通りに折角機会に恵まれているのだからもう少し姉と語らうのも良いかもしれない。
考えてみればごく当たり前のことなのだが、それを今更ながらに考えた自分に一夏は軽い驚きを感じる。どうも本当に自分はどっぷりと武に心身共に浸っていたらしい。だが反省も後悔もしない。むしろ胸を張る自信だってある。
「うんうん、そうしなさいな。姉の立場からすればね、下の子は可愛がりたいのよ。私なんて簪ちゃんと話せなくなったらって考えたら……ゾッとするわね」
大仰に身を震わせるような仕種をする楯無に一夏は鼻を鳴らす。
「まぁ随分と妹のことを猫可愛がりしてるじゃないか」
「ふっ、もちろんよ。その気になれば簪ちゃんとにゃんにゃんする妄想だけでご飯三杯はいけちゃうわ!」
「へ、へー……」
いきなり飛び出した変態性の高い暴露に思わずこめかみが引きつる。そして直感的にこの場はさっさと立ち去った方が良いと思った。
過日の屋上での会話でまず厄介だと感じた。この上なかなかに高度なレベルの、下手したらごく一部に限定してあの数馬並みの変態具合もあるとしたら、絶対に面倒くさいことは確実だ。
「あー、じゃあ俺行くんで。夕飯前のトレーニングがしたいんで」
「あら、そう? もしかして引き留めちゃったかしら? それならごめんね」
「あぁいや。別に気にしてないし」
「そう。なら良いんだけど。――トレーニングって一人でするの?」
「え? あぁまぁ大体いつも。まぁ他の連中はどうだか知らないけど、基本的には俺は一人でトレーニングする派だから。というか一緒にやれる相手もいないし。あぁそういえば、最近は他の専用機組も結構誰かとツルんでなんてってのを聞いてるな」
「ふ~ん」
一夏の言葉に頷きながら楯無は手を顎に添えると一夏の顔をマジマジと見つめる。その、明らかに何かを考えているような表情に一夏は小さく眉根を寄せた。
「な、なにか?」
「いや、これでも私は生徒会長。だからこの学園の生徒の誰よりもこの学園のことを知っているべきと私は思っているし、そうあるようにしているわ。だから実の所君が結構一人で練習したりしているってのも人伝で聞いたりで知ってるんだけど……君って、ボッチ?」
「な、ななななな、ぬぁにをいきなり!?」
いくらなんでもあんまりだと思った。確かに一人で行動することが多いし、それを好んでいるのも否定はしない。しかしだからと言って、ボッチはあんまりだと思った。いや、確かに言われてみればそう取れるような言い方だった気もするが。それにしてもである。
「お、俺がボッチだと? 失敬な。俺だって人並みの交友関係くらいはあるわ。第一俺はクラス代表だぞ。そもそもその時点でボチなどなりようも……いやでも俺割と単独行動派だよな。いや待て舐めるなよ、この学園に来る前だってな、それなりに……」
言いつつ一夏は指を折ってIS学園入学以前で比較的親しい部類に入れられる人間を数えていく。弾、数馬は当然だ。弾の妹である蘭もそれなりに親しいと言える。
「待てよ、弾、数馬、蘭に鈴や箒もか。あと高校の前なら桐生、斎央に丸富士もだな。あとは新月……あれ?」
十人も数えない内に止まった指に一夏はこめかみをピクリと動かして首を傾げる。そして今度は携帯を取り出してアドレス帳の登録を確認する。
「ダチだから師匠や姉貴は一応除外で、ひぃ、ふぅ、みぃ……そういや何気にオルコットとかのアドレスも知らんかったな。確かクラスのメーリスは登録してたけど……あれ、全然アド知らん……」
携帯を操作する一夏の声が徐々に小さくなっていく。ちょうど今の一夏は楯無に背を向けて携帯を操作しているのだが、その後頭部にダラダラと冷や汗が流れているような錯覚をいつの間にか楯無は抱いていた。
あれ、おかしいな、俺ってこんなに知り合い少なかったっけ。そんな独り言を呟きながらポチポチと携帯を弄っている一夏の背に楯無はそっと歩み寄る。そしてポンと、その肩に手を乗せた。
「なに?」
「えっと、その、頑張ってね?」
「大きなお世話だよチクショウ!」
その後、どこか生暖かい眼差しを向けてきた楯無の下を一夏は早々に立ち去った。そうして部屋に戻った今、元々するつもりだったトレーニングであるダンベル上げをしながら一夏は己に言い聞かせるように呟いていた。
「あぁそうだ。俺は断じてボッチなどではぬぁい! ちゃんと友達だっているし、コミュ力だってあるさ。やるのが面倒だけで。
いやさ確かにそう見えるって言われたらそうかもしれないし。いや違う違う。そもそもとしてぼっちという言い方自体がおかしい。というよりも誰かと一緒にいて当たり前という考え自体がおかしいんだよ。
そもそも誰かと居たとしてどうにかなることなんて存外たかが知れてるし、逆説的に一人でもどうとでもなることなんて意外にあるもんだ。そもそも俺だって大体のことは一人でこなしてるし、待て待てここは考え方を変えよう。
そもそもどうしてあぁまでツルみたがる。オーケー、俺。記憶を整理だ。手近な所で中学は……類は友を呼ぶだったなぁ。いや、俺も似たようなもんだったけど。マテ? 往々にして集団作ってる時限定で騒いでた連中はだいたい程度が知れてたな。あとは単に仲良いだけか。
つまりこれはこういうことだ。自分を高めれば高める程に集団に拘る必要はないということだ。最低限の社交性は必須として、それ以外は意外に何とかなる。ソースは俺。良いさ、あの会長の言う通り、ぼっちとでも何とでも呼べばいい。だが俺はただのボッチじゃない。そう、俺は訓練されたボッチだ。うむ、やはり俺の青春はまちがっていない。Q.E.D」
グイッとダンベルを持ち上げながら一夏は己に言い聞かせるように頷く。そうとも、自分の在り方は何一つとして間違ってはいない。ならば、今まで通りに振舞っても何一つ問題ないということだ。
「よし、これでこの問題は解決だな」
自分の中での『織斑一夏、実はボッチ疑惑』に決着をつけるとすぐに思考からそのことを切り捨てる。
別にいつまでも記憶していた所で何か益があるようなことでもない。解決したならば、早々に捨て去って他のことを考える方が建設的というものだろう。
「さ、て、と……」
一度持っていたダンベルを床に下して一夏は体をほぐすように大きく背を伸ばす。そのリラックスした所作とは裏腹に、目は細められ鋭い光を宿している。
「ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン。なるほど、確かに数馬の言っていた通りだったな」
親友である御手洗数馬に頼んだ情報取集、あくまで良い情報が得られたら御の字程度の感覚だったが、つくづくもって友の有能さを思い知った。
『ラウラ・ボーデヴィッヒとシュバルツェア・レーゲン。このコンビはドイツ国内の業界人の間じゃそれなり以上に有名らしい』
そんな前置きから数馬の言葉は始まった。
『なんかプライベートに引っかかりそうな情報も入ってきたけど、どうせ気にしないだろうから敢えて省くよ。
まず第一に彼女の所属はドイツ軍内にあるIS運用に特化した部隊らしい。その部隊とやらはISが広がり始めた割と早い段階から作られたらしくてね。ヨーロッパの中じゃ特にIS使うことに長けているらしい。
部隊自体は例えば後方で指示やサポート出したりする部門に分かれてたりとかするらしいけど、件の彼女はその中にある実働部隊、つまりは何かあったらすぐにIS乗って飛んでいくのが仕事な連中の頭張ってるらしいよ。ちなみに階級は中尉だって。まぁもっとも、実際には先任の人とかが居て、そっちがだいぶ頑張ってるらしいけど』
『けどね、曲がりなりにもそんな荒事専門の所のヘッドなわけだから、腕前は間違いなくピカイチらしい。情報くれた人が言うには、戦績は殆ど負け無しで負けたにしてもその相手はそう納得できるくらいのベテランの腕利きだとか。
で、素の腕前もさることながら更に厄介にさせているのが専用機って言うシュヴァルツェア・レーゲン。何でも、ヨーロッパで今の所発表されている第三世代だっけ? そのISの中じゃ性能は随一だそうな』
その性能の高さは一夏も直接目の当たりにしたことで実感した。一見すれば現状一夏が知るどの専用機よりも重厚な装甲に覆われているレーゲンは鈍重そうな機体に見える。だが、実際の動きはそんな印象とは真逆であり、乗り手の腕前もあるのだろうが鈴とセシリアの二人を相手取って翻弄する程にキレのあるものだった。
数馬曰く、欠点らしい欠点を上げるとすれば性能が高いせいでコストが他の国のISに比べてだいぶ割高であったり、整備性に難があったり、一部の内部パーツなどは『ドイツ製のフェラーリ部品』などと揶揄されるほどに繊細だったり、なまじ性能が高いだけに乗り手を選ぶなどがあるらしいが、裏を返せばそれらをクリアすれば非常に強力な機体になることは確実だとか。
もっとも欠点なんてものはイギリスやイタリアのものにだって色々あるからどっこいどっこいで、欠点でどっこいだからその分性能の高さが何だかんだで目立っているとのことらしい。
『あとは、そのISを第三世代たらしめているとかいう新型の装備があるらしいけど、さすがにそこまでは分からなかったね。まぁ相手側の事情ってのもあるし、そこらへんは流石に汲んでやらなきゃだから勘弁して欲しい』
そのあたりは一夏とて理解できる。そしてその点に関しても既に一夏はクリア済みだった。
確かにラウラの実力は見事の一言に尽きるものだったが、それでも手札を隠したまま二人の専用機持ちを下せるほどではなかったらしい。試合中、その装備を使っている場面を幾度も見た。
AIC、アクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼ばれる特殊な力場発生装備がラウラの切り札だった。
その能力は発生した力場に触れたものの動きをその場で止めるというもの。一度捕まったが最後、攻撃を攻撃たらしめる要である運動エネルギーを根こそぎ奪われるため、下手に楯などで防ぐよりもよほど防御面に優れた代物だ。
そして仮にISそのものごと捕まればどうなるか。あの右肩の大型カノンでただ削り切られるだけだろう。
その他にもいくつかの情報の伝達を以って数馬からの報告は終わった。そうして事前に得ることのできた情報と、実際に見て得た情報、これらを合わせることで一夏の中では明確な戦いのビジョンが構築されつつあった。
(確かに奴は強い。実際に見てもそれは間違いなく断言できる。どんな戦い方をしてもソツなくこなせる。間違いなく、一年の中じゃ十分トップ争いができてその上で勝ち抜く可能性はあるだろう。まぁ、それはさせんがな)
机に歩み寄った一夏はそのまま椅子に腰掛ける。そして備え付けの棚から一枚の無地のコピー用紙を取り出し、同時に引き出しから鉛筆を一本取り出す。
(一番注意すべきはやはりAIC。近づかなきゃダメージを与えられない以上、あれを食らう可能性は俺がダントツだ。となると、食らわずにAICだけは徹底的に回避すべきだろう)
紙の中心に一つの点を打つ。それをラウラが駆るレーゲンと見立てて、実際に描く図に起こすことでAICへの対策を考えようとしていた。
ぶつくさと呟きながら時に円を、時に直線を、時に数字や文字を次々と書き込んでいく。どこまでも無機質に淡々とした瞳は、おそらく既に一か月以上を同じ学び舎で過ごした一夏の級友らの誰もが見たことがないだろう。
一人でいる時だからこそ本人も知らない内に発露する彼の冷徹さ、その一端が発露している証だった。
そして集中しすぎて危うく夕食に遅れそうになったのはまた別の話である。
「というわけで、今度のトーナメントに関しての大まかな概要が纏まった。諸君ら一年は少々特殊な状況となっているため、上級生と比べて若干変則的な運行をすることになる。これから配布するプリントをよく読み、各自しっかりと準備をしておけ」
とある終業前のSHRでそんな前置きをしてから千冬がクラス全員にプリントを配布した。内容は全体トーナメントにおける種々の情報だ。
日程、運行の仕方、準備や注意をしておくこと。プリントと言っても何枚かのそれを束ねてちょっとした冊子にしたものであるため、実際には行事などにおけるしおりに近いだろう。
「では、これで今日は終了だ」
そう言い残して千冬が教室を去り、また放課後がやってくる。千冬が教室を出るとほぼ同時に湧き上がった喧騒をBGMにしながら一夏は冊子をパラパラとめくる。
「やっほー、一夏。ちょっと邪魔するわよー」
そんなことを言いながら隣の教室からやってきたのだろう鈴が一夏の下に寄ってくる。ちょうど入れ替わるような形でラウラが教室を出て行ったが、大方千冬に何か用でもあるのだろう。
「ん? どうした鈴」
「いやさ、あんたはトーナメントどうすんのかなって。ペアでやるじゃん?」
「あぁ、そういえばそうだったな。まぁ確かにペアで纏めてやれば時間の短縮にもなるか」
「あぁうん。そうなんだけど、あたしが言いたいのは別でさ。あたしら専用機組のことよ」
「……それか」
今回のトーナメントにおいて一年生のみ限定的な特別措置が取られた。それは専用機持ちのみ別枠でトーナメントを行うというものだ。
現時点で一年生における専用機持ちは六名。一夏を除いて全員が各国の候補生という例年と見比べても異例の状況下にあった。そしてその専用機持ちは全員が全員、他の生徒たちとは明確に一線を画した実力を備えている。
別段他の生徒たちに混じって専用機持ちがトーナメントに出場することは構わないし、その上で優勝をしても構わない。というより、むしろしなければおかしいという話になる。だが、今年度の一年生に関しては少々人数が多かった。
この専用機持ちが揃って他の面々に混じることにより十全な結果を残せない生徒が増えるのを防ぐためのが、今回の措置だ。それらを総括すると以下のようになる。
・各専用機持ちは他の生徒同様にペアを組んで別枠でのトーナメントを行う。
・ただし人数の都合上、専用機持ちトーナメントは参加を四組、内二組は専用機持ちと希望者、あるいは専用機持ちが選出した一般生徒のペアとして四組のペアによる二回戦制トーナメントにする。
・専用機持ちのトーナメントに参加した生徒には成績における特別点を考慮する。
・専用機持ちの部を勝ち抜いた組はそのままシード枠として一般生徒のトーナメントに参加。ただしその際に専用機ペアには制限を設ける。
・なお、各ペアは全員各々で作ること。また一般生徒については期日までに決まらない場合は機械抽選によるランダムでペアを決定する。
「まぁ、落としどころとしてはこんなもんかね。やっぱなるだけ公平性を出そうとすればこうするよなぁ」
「わたくし達専用機持ちには勝利が求められている。しかし、さりとて他の皆さんの活躍の機会を減らすわけにもいかない。そうですわね、妥当なところですわね」
「んで一夏。あんたは誰と組むつもりなのよ」
鈴の問いかけに一夏はフムと顎に手を持っていく。そして目の前の
「まずボーデヴィッヒは俺が戦いたいから除外で、となるとお前ら三人の誰かだよな。さて、誰にしたものか」
「わたくし個人としてはまたあなたと手合せ願いたいところですが、組むというのであればそれも面白そうですわね」
「あたしも同感かしらね。もういっそ運任せでも良いんじゃない? ほら、カードに名前書いてそこから選ぶとか」
「続きはウェブでってか。馬鹿言え。俺の勝ち負けに関わることだぞ。早々適当に決められんわ」
「まぁそこらへんは僕たちもだよね」
とりあえずこの場に四人居るのだからそれで二組作ってしまえば良い。だがどうせ組むならより勝ち星を狙いやすいペアの方が良いというのが人情というもの。誰が誰と組もうとするのか。四人は談笑を交えながら時折視線を奔らせ牽制し合う。
「よし、決めた。おいデュノア。俺と
「ごめんパス。凄く疑わしさ満載なんだもん。なんていうか、詐欺くさいんだよね」
「うぉい!?」
「いや冗談冗談。別に良いよ? となると、凰さんとオルコットさんでもペアができるけど、二人は良いかな?」
確認するようにシャルロットが鈴とセシリアに水を向けるが、二人は何ら問題ないというように鷹揚に頷く。
「別に構いませんわ。そうなるというのなら、その流れに従いましょう」
「丁度いいわね。セシリア、お互い一夏に負けた者同士よ。シャルロットは巻き添えで悪いけど、今度はボコにしてやりましょう」
「乗らせて頂きますわ。というわけですので織斑さん。今度のトーナメントはお覚悟下さいまし?」
「とのことだがデュノア。コレどう思うよ?」
「いや、挑戦されてるの織斑くんだよね?」
「あ? 俺はいつでもオールオッケーさ。その上で勝たせてもらうだけだよ。今更良いか悪いかなんて聞くのは愚問ってやつだ。で、さっき鈴も言ったがとばっちり受ける形のお前的にはどうなのよ?」
「まぁ僕もおおむね同じかなぁ。やっぱり負けたら満足できないし、そこはやっぱり勝たせて貰いたいよねぇ」
「とまぁこんなわけで、こっちも勝ちに行かせてもらうんでな。試合当日は首洗って待ってろ」
これを以って専用機持ちトーナメントのペア二組が決定した。極めて場当たり的とも言えるが、元々当事者たちでどうにかしろという沙汰が下っていることだ。それを咎めるものは誰もいない。
「……なぁ。ところで俺、何か忘れているような気がするんだよ」
「は? 一体何よ?」
「いや、このペア決めに関わることだとは思うんだけど、とにかく何か忘れているような気がするんだよな。こう、何か用意する時に出しとかなきゃいけないのを忘れているような……」
「はぁ、今のに関わってる、ねぇ」
はて一体何かと一夏は腕を組み首を傾げる。普段だったらさっさとどうでも良いと切り捨てているのだが、なぜだか今回はそういう気にならなかった。
「はてな……」
「ねぇねぇおりむー」
唸る一夏に横から声を掛けられる。「おりむー」などという一夏の人生十五年と数か月の人生でも初めてなあだ名で呼んできたのは同じクラスの布仏本音だった。その彼女が声を掛けながらチョンチョンと一夏の腕を突いていた。
「む? どうしたよ布仏」
「あのね、さっきのペアのことなんだけどね~。かんちゃん、四組の簪ちゃんは良いの~?」
「……あ」
言われてしばし間を置いて、そこで一夏は初めて思い出したと言うように呆けた声を上げた。
そうだ。専用機持ちと言えばもう一人居たではないかと。更識簪、四組のクラス代表で現状唯一の一夏を負かした彼女だ。いや、鈴やセシリアが一夏にそうであったように、一夏もまた彼女への雪辱をという気持ちはある。だがそれとは別にペアの候補としても何も問題は無い。
無いはずなのだが、こうして指摘されるまで完全に忘れていた。
「あ~、まぁもうペア決めちまったからどうにもならんが、完全に忘れてたわ……」
いや失念失念と小さく笑う一夏の制服の腰のあたりからから電子音が鳴る。何事かと集まった視線に、メールだと言いながら一夏は制服のポケットから携帯を取り出してメールを確認しようとする。
「なんだこりゃ?」
受信したメールは知らないアドレスからのものだった。だがその件名の欄には『更識簪』とだけ記されている。つまりこれは簪からのメールなのだろうか。
「というか仮に更識だとして、どうやって俺のアドレスを……」
教えた覚えはないがと疑問に思うが、別にこの学内に一夏のアドレスを知らない者しか居ないというわけでもない。それなりの行動力があれば一夏を介さずして知ることくらいはできるだろう。
何はともあれとりあえずは中身を見てみようとメールを開いた。
『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
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「あ、あばばば……」
ズラリと並んだ「許さない」という単語。その不気味さに一夏は思わず顔を引きつらせる。後ろ、あるいは横から覗き込んだ鈴、セシリア、シャルロットも盛大に引いている。ただ本音だけが、「うわ~、簪ちゃん張り切ってるね~」と呑気そうな反応を示している。
一体何個許さないとあるのだろうかと数えるのも馬鹿らしい程の許さないの連続をひたすら下スクロールで読み飛ばす。ようやく許さない連打が終わり空白が現れた。
「ん? これまだ下があるのか?」
だがメールにはまだ続きがあるらしく、空白からしばらくスクロールができるらしい。一体何があるのかとそのまま今度は真っ白な画面を下にスクロールしていく。そしてようやく終わりに達した時、現れたのはごく簡素な一言だった。
『さよなら』
(ナ、ナナナナナ、ナイスボオォォォォォォォォォウトッッッ!!?)
そう。忘れもしない。数馬が散々に語ってくれたとある作品の視聴者はおろかスタッフからも満場一致のクズ認定された主人公の男のとある凄惨な末路と、それに伴う諸々のあれこれを。まさしく以ってこのメールはアレと一緒だ。
「酷い……」
「フォウ!?」
背後からの声に思わず飛び上がる。いくらメールの衝撃が大きかったとは言え、背後に近づかれたことを察せなかった己の未熟さを内心で叱咤しつつ、この時の一夏は割と真面目にビビっていた。
「あ、更識」
「酷い、酷いよ織斑くん。私のこと、忘れるなんて」
「あ~悪い」
ヨヨヨとあからさますぎる泣き真似をする簪に遠い目をしつつ、元々彼女のことを忘れていた自分に非があるのだからと、一夏は素直に詫びの言葉を言う。
「酷い。君の中では私はそんなに軽かったんだね。あの対抗戦の日、二人であんなに燃え上がったのに。織斑くん、あんなに激しかったのに私、すっごく痛かったのに」
「誤解を招くようなこと言うなや!? 燃えてたのは爆発したミサイルとかだろ! あとお前も何だかんだで強烈だった――というか! むしろ最終的には俺の方がボコされて痛かった!」
「大丈夫だよ、織斑くん。私はそういうプレイだってイケ――」
「イケなくて良い! えぇい! この間あの会長と話しても思ったけど、お前も大概おかしいな! あれか、更識姉妹は揃って変態か!」
「お姉ちゃんがどこかおかしいのは同意するけど、私まで一緒にされるのは不本意」
「いや、割と真面目にお前の方が重症だからな」
自分は姉に比べてまともだと言う簪に思わず一夏は突っ込む。
「まぁとりあえず君はどうでも良い。ペア、できたんでしょ? さっき聞いてた。本音、私と組んで」
「おっけ~だよ~」
「これで三組目決定。じゃ、私は戻るから。バイバイ」
それが本来の要件であり、それを達した以上はもはやこの場には無用となったのか、そのまま簪は自分の教室へと戻っていく。
「な、なんつー奴だ……」
散々場を引っ掻き回すようなことをしながらさも何事も無かったかのように平然と立ち去っていく簪の背を見ながら、一夏はそう呟かずにはいられなかった。そして、それに同意するかのように周囲も無言で肯定の頷きをしていた。
「で、出遅れた……」
夕刻、寮の一角でラウラは己の不覚に打ち震えていた。放課後になってすぐに幾つかの質問があったために千冬の下へと行っていた。そこには敬愛する師と二人の時間を過ごしたいという極めて個人的感情もあったのだが、この際はあえて気にしない。
無論、その間にもラウラの脳裏には確かに専用機持ちの部におけるペアのことも確かにあった。だが、期日まではまだ時間があるためそう急くこともないだろうと思っていたのだ。
そのまま千冬との話を終えてしばらく自分の用事をこなして寮に戻った所で知らされたのが、既に四組中三組が決まっているということだ。専用機持ち同士の二組は既に決まっているため、残るはラウラと一般生徒の誰かによるペアだけだと。
別に誰と組もうが全力で試合に挑むという気概には微塵の揺らぎも無いが、それでもやはり組むならばより腕の立つ者をというのは彼女も考えている。ゆえに同室のシャルロットあたりでも誘おうかと思っていたのだが、結果はこの現状である。
「く、私としたことが何たる不覚……! いやまだだ、まだ終わりではない。そも彼我の戦力比が勝敗に直結するわけではない。そうだ、ドイツ軍人は狼狽えないっ」
自分を鼓舞するように言い聞かせグッと拳を握る。そうと決まればさっそく相方探しだ。だが思い立ったは良いものの誰を相手にしようかと考えればまたそれはそれで悩みどころである。
誰と組んでもやることは変わらないとはいえ、それが相手を適当に決めるとイコールではない。やはり組むならばそれなりに実力を持ち、なおかつ自分と相性の良いものが良いだろう。そのくらいの要求はしても叱責は受けまい。
「さて、どうしたものやら……」
むんむんと唸りながらラウラは廊下を歩く。とりあえずは考えがてら飲み物でも買おうかと思った。喉を潤せば少しはいい案の一つでも浮かぶかもしれない。
「む、ボーデヴィッヒか?」
「お前は、篠ノ之箒……」
寮の自販機コーナーに着いたラウラはそこに居た先客と出くわした。練習上がりなのだろう、道着に片手には竹刀という出で立ちの箒がそこに居た。
「なんだ、お前も飲み物か?」
「あ、あぁ。そうだが、お前は練習か何かか?」
「あぁ。今度のトーナメントに向けて先輩に少し稽古をつけてもらっていてな。IS以外にも色々だが、タメにはなっているよ」
「そうか。それは良い心がけだ」
箒がかのIS開発者、希代の大天才である篠ノ之束の実妹であるということはラウラはとうに聞き及んでいる。だが所詮は血縁があるというだけのことであり、その評かは本人を見るまではしても意味がないというのがラウラの持論だった。
あの篠ノ之束の妹、と言ってしまえば箒はどうしても見劣りしてしまう。その肩書きと比してはどうしても凡庸に見える。だが、それは篠ノ之束が異常なだけだ。少なくとも、こうして積極的に向上に努めようとする姿勢はラウラは嫌いではないし、評価に値するものであった。
「ところで、ボーデッヴィッヒは今まで何を?」
「いや、少々教官の、織斑先生の所に用が。その後に少し私用をこなしていたのだが、どうにも不覚を打ってしまったらしい」
「不覚?」
「あぁ。実は――」
そこでラウラは自分のペア決めにおける出遅れと、その結果を箒に話す。
「なるほど……」
「私の不覚が招いたこととはいえ、やはり簡単にいくとは思えなくてな。誰か良い相手はいないかと、考えていたのだ」
「そうか……」
ラウラの言葉に箒はどこか考え込むような素振りを見せる。それが気にならないわけでもなかったが、とりあえずは元々の要件を果たそうとラウラは自販機に近寄る。そして適当なスポーツドリンクを選び、取り出し口に落ちてきたボトルを取ろうとした時、その背に箒の声が掛けられた。
「ボーデヴィッヒ、そのペアの相手だが、お前さえ良ければ私が組ませてもらっても良いだろうか?」
「お前が?」
その意外な申し出はラウラにとって予想外のものだった。だが、予想外だからと言って半端な対応をしていいほど軽い申し出でもない。
「その、心遣いは嬉しい。だが、良いのか? 二人ペア四組の内、専用機持ちでない者の枠は二人のみ。それ以外は全て専用機持ちで、あの織斑一夏以外は全員が各国の候補生だ。あえて言わせてもらうが、お前には少々厳しいのではないか?」
「あぁ。それは百も承知だ。だが、そのリスクを冒す価値はあると私は思っている」
「……聞かせて欲しい。何が根拠だ」
「詳しくは言えないが、私は今度のトーナメントで一夏よりも上位にいきたいのだ。いや、もっと端的に言えば一夏と戦って勝ちたい。だが、これは一夏に言われて気付いたのだが、やはり普通に考えれば難しい。そもそも戦えるかも分からない」
「それは、まぁそうだな。最悪、決勝までいかねば戦えないということも十分に有り得るし、そこまでの過程は決して楽ではないだろう」
「あぁ。私も自主的に訓練はしているが、その、それはとにかく一夏を相手に考えたものであって。単純に勝ち進むとなるとやはり厳しいのだ。だが、そちらの部に参加するとなると話は違ってくる」
「確かに、単純確率なら奴とぶつかる可能性は大きいな」
「そうだ。だからボーデヴィッヒさえ良ければ私をお前の相方にしてほしい」
ラウラは考える。別に組むこと自体は吝かではない。自分からという意思があるのであればそれは尊重すべきことだ。少なくとも嫌々ながらの者と組むよりは遥かにマシだ。実力面は不安こそあるが、この問題に初めから付きまとっていることだ。今更どうこう言うつもりは無い。ただ一つ、問題があるとすればその目的くらいか。
「一つ、前提に問題がある」
「なんだ?」
「お前は織斑一夏と戦い、そして勝ちたいがゆえに私とのペアを希望するのだったな?」
「そうだ」
「あいにくだが、奴に関しては私も直接戦い、そして勝ちたいと考えているのだ。奴が二人いるならまだしも、一人しかいないのであれば分け合いというわけにもいかない」
「む……」
「聞こう。何故お前は奴に勝ちたい?」
「それは……一夏に私を認めさせるためだ。その、色々とな」
自分とは逆だとラウラは思った。自分はむしろ、自分が認められるかどうか確かめたいからこそという思いが強い。誰よりも敬愛する師が、誰よりも気にかけている彼が本当にそれに値するのかを。他の誰でもない、自分が納得したいからこそだ。
「私は、奴の強さを見たい。それで奴を認められるか確かめたい。それが理由だが、さてどうしたものか……」
折角の申し出だ。できることならばこのまま無下に終わらせたくはない。だが、そのためには互いの目的の衝突がネックとなる。どこか上手い落としどころはないかとラウラは考える。
「一つ、思いついたのだが」
「む、何だ?」
「あぁ。これはあくまで仮にだが。私とお前のペアが一夏の組と当たったとする。一夏の相手はデュノアと聞いているが」
「あぁ、そうだが」
「そうか。それでだな、身勝手な申し出であることは百も承知だが、その際は私と一夏で一対一の状況を作ってほしい。つまり、ボーデヴィッヒにはデュノアを抑えて欲しい」
「それだけを聞くとお前にだけ利があるようだが、何が根拠になっている?」
「はっきり言って私は今の時点でお前の勝てるとは思えない。つまり、私の実力はお前より下というわけだ」
「それは、まぁ事実だな」
「ではその私が一夏に勝ったとする。となるとそれは間接的にお前の方が上だと証明されるのではないか? 仮に、いやそんなことはないようにしたいが、私が一夏に敗れたとしてもお前は希望通り一夏と戦える」
「なるほど。少しイメージとは違うが、概ね私の目的には合致しているな」
一理あるとラウラは箒の案に理解を示す。
「だが、そのために私にもう一人の抑え込みを頼むか。中々どうして、人を振り回してくれるな」
「そこは認めるしかない私の未熟ゆえだ。それとも、お前はデュノアを抑える自信がないのか?」
「言ってくれる」
挑発とも取れる箒の言葉に面白いことを聞いたと言うようにラウラは小さく笑った。
「私をなめるなよ、篠ノ之箒。一世代前の機体とたかだか一介の候補生ごとき、私とレーゲンが抑えられない道理はない。別段、二人掛かりでも何ら問題はないくらいだ。事実、私はそれを為したからな」
ラウラが言っているのは先日の鈴、セシリアとラウラが行った二対一のことだ。あれは箒も見ていた。
「こちらこそ、甘く見ないでほしい。デュノアは任せてしまうが、一夏は私が倒す。お前の一夏への判定にかかる手間を私が省いてやる」
「面白い。――良いだろう、お前の提案、受けた。当日、働きを期待しているぞ」
「望むところだ」
「では――」
そうしてラウラはスッと右手を差し出した。僅かな間それを見つめ、その意図を理解した箒はその右手を同じく右手で強く握り返した。
ここに、全校トーナメント第一学年専用機持ちの部における第四組目のペアが結成される運びとなった。
そして再び日にちは流れ、ついに大舞台の日がやってくる。
とりあえずは次回でようやくトーナメントです。やっと二巻の終わりが見えてきた。
あぁもう、もっと簡潔にまとめたいのに書いてるうちにどんどん色々書いてしまう。我ながら困ったものです。
一応業務連絡と言いますか、とりあえずこのトーナメントの話が落ち着くまでは楯無ルートはちょっとお休みとします。いや、こちらでの設定を一部あっちに流用しようと思っていまして。先にこっちの方で出しておこうと思うゆえにです。
とりあえず箒は三巻終盤あたりから本番ですかねぇ。