まぁ自分が話を書く上でよくあることなのですが、相変わらず話の進みが遅い。
一応ここの小説情報でも確認できるように、一話平均一万と五千チョイくらいの文字数で書いていますが、一話一話を見ると話ごとの展開の進みというのはあんまり早くないなぁと。もっとサクサク進めたいのは本音なのですが、書いてるとついつい……
今回は主に一夏パートと箒パートに分かれてます。どちらもトーナメントに向けての自分なりの準備という感じですね。
日曜日、この曜日は基本的に一夏にとって諸手を挙げて歓迎できる日だ。否、休日である日曜日は基本的に誰もが歓迎して然るべきだろう。それこそ、バイトだの休日出勤だのと無縁の学生ならば尚更だ。もっとも、その学生にしても部活のハードな練習が控えているとなればまた話は別であるが。
基本的に一夏は部活動に所属しないがモットーである。持ち前の身体能力は同年代の者達と比べても群を抜いている域にあるため、仮に運動部などに所属すればたちどころにどの部だろうがエースの座を掻っ攫う自信がある。
だが、それはしない。特に部活というものが明瞭となる中学などそうだったが、それに時間を割くなら鍛練に回した方が効率的だと思っているからだ。体育の時間などで足の速さだとか何かしらの競技をすればプレーについての何やらで部に勧誘されたこともあったが、どれも丁重に断っていた。
そんなわけで一夏にとって日曜日は思う存分に鍛練ができるという素晴らしい曜日であるのだが、それも毎週毎週というわけではない。何かしらの用事が入ってそう思うように行動ができないこともある。この日も、そんな自分の好きなようにとはいかない日曜日であった。
姉と共に学園を出たのは午前九時のこと。別に姉弟揃って水入らずというわけではない。思い返して見れば二人でどこかに純粋に享楽目的で出かけたことなど殆ど無かったと思いつつも、二人は公共の交通機関を用いて目的地へと移動する。
場所は車であれば片道でも五時間以上、新幹線でも二、三時間は必要とする本州中央部付近の郊外である。だが、時代と共に技術も進歩した現在、新幹線よりも速いリニアモータートレインなるものが存在し、実際に着いたのは一時間と少々程度であった。
駅より更にタクシーに乗ること三十分ほど、ようやく二人は目的地である倉持技研の技術開発専門の施設に到着した。
「へぇ、中々どうして小奇麗な建物だこと」
受付で名前と要件を告げるとすぐさま二人は丁重な態度と共に応接室とおぼしき小部屋に案内された。そこで出されたコーヒーを啜りながら一夏は感心したように言った。
「荒い使い方をされることも多いが、ISは内部部品などは精密機械と呼んで良いものが多いからな。必然、そうしたものを扱う施設はそれなりに清潔性を求められる」
「あぁ確かに。集積回路の向上だとかは埃一つさえ許さない徹底ぶりだとかって中学の社会でやったっけな」
「別にISや精密機器に限った話ではないが、物作りの場ではやはり清潔性はあるに越したことはないな」
「ん~、理屈じゃ筋は通ってるけどさ、俺としては小汚い作業場とかも嫌いじゃないぜ? 前に師匠に連れられて師匠の知り合いっていう刀工さんの工場にお邪魔したことがあるけど、お世辞にも綺麗とは言えなかったけどさ、俺はそういうちょっと煤汚れだとかそういうので汚れた雰囲気が良いなって思ったよ」
「ふむ。それは単に『汚れ』などとして区別できるものではないな。私もその意見には同感だが、そこへ私見を付け加えさせてもらうとお前が良いと言ったのは汚れではあるが、同時に一種の『味』に転じたものだろう。年月や連綿と受け継がれてきたものの証だからこそ、輝いて見える。ジーンズのヴィンテージ物というのか? 趣としてはアレが近いだろう」
「あぁ、なるほど。そりゃ納得だ。さすが姉貴」
「ふっ、伊達に年長者をやっているわけではないのでな」
「なるほど。食った年の功というわけか。さすが――っとぉ」
無言で振るわれた拳骨をかわしながらその手首を掴んで動きを止めた一夏に千冬はあからさまな舌打ちをする。それを見て一夏は得意そうな笑みを顔に浮かべる。
「果たしてその減らず口に呆れるべきなのか、それとも純粋に腕前の向上を褒めるべきなのか、一体どちらをすればいいのだろうな?」
「そりゃあ勿論後者でしょ。褒めた方が伸びが早いってよく言うじゃないの」
「何事にも例外というものは付き物だぞ。お前などその例外の極致ではないか」
いつのまにか両の手で作っていた拳骨を一夏に振り下ろそうとする千冬と、それを両手で抑え込もうとする一夏の図が出来上がっている。一進一退、進む気配の感じられない攻防が応接室で繰り広げられていた。
「つーかよ姉貴、思えば今日学園出てからまともに会話したのってこれが初めてじゃないの?」
「あぁ、そういえばそうだった、な! 何せお前ときたら移動中終始だんまりだったろう」
「そりゃお互い様、だっと! で、やっとまともに口きいたと思ったら何この状況?」
「お前が原因だお前が」
「いや、姉貴がすぐに手を出さなきゃいい話でしょ。何のためにその口はついてるんだ、っと」
互いに眉間に皺を寄せながら互いの動きを封じようとする。こめかみには小さく血管が浮かび、二の腕は小刻みに震えている。
「口だと? そんなの決まっている。日々の糧を摂取し、どこぞの愚弟に説教をかますためだ」
「あいにく説教なら師匠で間に合ってるよっと。ついでに師匠の方が姉貴より年上だし。あんま大人ぶりすぎるなよ? 老けが進むぞ?」
「ふぅんっ!」
「ぬぅんっ!」
唐突に膂力を増した千冬の腕を一夏も更に力を振り絞ることで抑え込む。今更のこととはいえ、モデルをやっても一流でいけそうな細見のどこにこれだけの力が備わっているのか、昔からの疑問がますます強まっていく。
「ぬぬぬ……」
「ふんぬっ……」
ギチギチと手が人体を握りしめるにしてはいささか物騒な音が千冬の二の腕から響き始める。手の甲に浮かんだ血管から、今の一夏は相当な力を手に込めていることが伺える。だが、それだけの妨害を受けてなお千冬はジリジリと拳を一夏に近づけていく。
コンコン
そんな音と共にノックの音が響き渡る。それからの二人の行動は一瞬だった。ノックが鳴ってからドアのノブが回されて開くまでの数秒にも満たない間に、組み合っていた腕を離すと同時にやや荒れていた着衣を整えながら呼吸も平静そのものに整えてさも何も無かったかのように澄ました顔でソファに座りなおす。仮にこの場に第三者が、具体的には二人をよく知る箒や鈴、真耶あたりがいれば確実に苦笑いを浮かべていただろう体裁を整える早業であった。
「お待たせして申し訳ありません。少々打ち合わせが長引きまして」
そんな詫びの言葉と共に部屋に入ってきたのはクラス対抗戦で一夏のセコンドを務めた川崎だった。スーツの上に白衣を着こみ、脇に資料を挟んだクリップボードを抱えている。その後に続くようにして男女一人ずつ、二人の職員が部屋に入ってくる。
「お久しぶりです、織斑さん。先日の試合はお疲れ様でした。改めて、お見事な手並みでしたと言わせて下さい」
「いえいえ、そんなことはないですよ。結局一敗をしてしまった。まだまだ未熟だと痛感させられましたよ。それに、あれだけの試合をこなせたのもスタッフの皆さんの助力があったからです」
再開の挨拶と共に先の試合への賛辞を贈る川崎に、一夏も謙遜したような言葉を返す。浮かべる笑顔は爽やかな好青年そのものであり、先ほどまでのやり取りがやりとりだっただけにそれを横目で見ていた千冬は口元だけを苦笑いの形にしていた。
「さて、お待たせしてしまって早々に申し訳ないのですが、早速本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、是非にお願いします。いや、正直俺もちょっと楽しみでして」
「それは良かった。ではこちらを。お二人の分はありますので」
言いながら川崎はクリップボードに挟んでいた資料を一夏と千冬に手渡す。幾枚かのレポート用紙をホチキスで留めることで纏めたそれを捲りながら中身を読んでいる一夏に川崎の声が掛かる。
「本日ご足労頂いたのは先日お話した通り、一度こちらで白式の総点検、および幾つかのパーツの交換を行いたいからです。パーツの交換についてはそちらの資料にもありますが、こちらでも記録させて頂いた織斑さんの試合データ、戦術などを基により機体を適した形に整えるものです」
「川崎さん。具体的には何が当てはまるんですか?」
「そうですね。織斑さんの場合、特に四肢のアクチュエータの稼働が多く、また徒手空拳による格闘も多いですね。ですので、それに合わせてアクチュエータ部のパーツをより精密な動きができるものにしたり、あるいは損耗が少なく済むもの変えたります。また、腕部のパーツなどはより格闘戦に適したものに交換するなどでしょうか。
あとはそうですね。先日のことなのですが、政府機関との連携研究の下で開発していた機体制御の新システムがようやく実装段階に入ったので――」
「是非乗っけましょうそうしましょう。えぇ、実装段階ってことはちゃんと動かしてデータ取らなきゃなんでしょう? 俺がやりますとも。大事なことなんだから早くやらなきゃですよね。いつやるのかって? 今でしょ!」
「……と、仰られるだろうとは想定していましたので、そちらも込みで色々と調整をしていこうと思っています」
「流石川崎さん。俺の考えなぞお見通しでしたか」
「技術屋は単に作れば良いだけではないので。ニーズに、あるいは顧客の要求するものを先読みして必要な時にすぐに提供できるようにするのもまた責務だと思っていますので」
「見事なお手並み、恐れ入ります」
「恐縮です」
そうして一夏と川崎は視線を交わすと互いにニヤリと笑う。何やら妙な所でシンパシーを感じ合っている二人に川崎に着いてきた職員二人は苦笑いを浮かべ、千冬は吐き出したいため息をこらえるようにこめかみをひくつかせていた。
「では早速移動ということでよろしいでしょうか? 移動先で白式の調整と、それに関しての詳細な説明をさせて頂くという形で」
「分かりました。そういうことなら早速移動しましょう。川崎さん、よろしくお願いします」
そうして一同立ち上がって部屋を出る。そして白式の調整のため、施設内の移動を開始するのであった。
このようにして一夏が千冬の付添いの下、倉持技研の施設に白式の調整に行っているのとほぼ同時刻、晴天に照らされたIS学園ISアリーナの内の一つ、その一角に箒の姿はあった。ISスーツこそ纏っているが、それだけである。そして、その隣には訓練用の打鉄を装備した沖田司の姿がある。
「悪いね篠ノ之ちゃん。打鉄、二つしか借りれなくてさ。悪いけど私と交代になっちゃうけど、良いかな?」
「あ、いえ全然大丈夫です。むしろ、その、すみません。大事なお時間を頂いて……」
「良いって良いって。別にそこまで不自由はしてないし、たまにはいつもと違った面子でやるのも面白そうだしね。何せ普段は初音としかやってないから」
「それなら良いのですが、その斉藤先輩はどこに?」
「ん? まだ準備してるんじゃないかな? まぁもうちょっと待って――お、噂をすればってやつだね」
今いる位置から直線距離でも軽く百メートル単位で離れた場所にあるピットに視線を向けながら司は初音が準備を終えてやってきたことを箒に告げる。
そこからはすぐだった。加速して一気に二人の方までの距離を詰めると初音は手慣れた様子で制動、空中での静止をやってのける。それは一言、見事と言える手並みそのものであり思わず箒は感嘆のため息を漏らした。だが、すぐにその感嘆は失せて頭の上に疑問符を浮かべる。
「あの、斉藤先輩。それは……打鉄ですよね?」
そう聞いてしまったのも致し方なしというべきか。初音が纏っているISは箒も初めて見るものだった。おそらくは打鉄で間違いない。だが、箒の記憶にある打鉄とはだいぶ見た目が違っている。
基本的なパーツの構成は同じだが、特に腕部と脚部のパーツについては通常の打鉄が持つ丸みを帯びたラインではなく流れるような流線型、そして打鉄の中でも特に目立つ腰部のロングスカート状のパーツも太ももの中ほどまでの長さになっている。
防御に主眼を置いている打鉄にしてはいささか守りに危うさを感じ、どちらかと言えば一夏の白式に近い趣をその打鉄からは感じ取った。ただ、白式と決定的に異なるのはかのISとはまるで対照的な黒に染め抜かれていることだろう。
「そっかぁ、こりゃあ篠ノ之ちゃんにはちょっとしたサプライズかな。きっちり見とくと良いよ。一年の内からコレを拝めるなんてそうそうないんだから」
常日頃通り寡黙な態度を崩さない初音に代わって司が率先して初音の纏う打鉄についての説明を始める。
「さて篠ノ之ちゃん。突然だけど、この学園に配備されているISは何機でしょう? あ、専用機は除いてね」
「え、それは、三十ですよね」
「そう。まぁ諸々の事情で一時的に前後したりはするけど、基本はそう。その三十を教師から生徒までみんなで仲良く使っていくわけ。で、当然だけど各機体にはナンバーが割り振られているんだ。今、初音が乗っているのはその中でもちょっと特別なやつでね。一番から三十番までの内、たった九機しかない一番から九番までの機体、この学園では『シングルナンバー』って言われてるやつなんだよ」
「シングル、ナンバー……」
まだ説明は始まったばかりだ。だがそれだけでも、今初音が纏っている打鉄がただの打鉄ではないと分かる。その実感が、箒に黒の打鉄をまじまじと見つめさせる。
そんな箒の様子を微笑ましそうに見ながら司は説明を続ける。
「元々シングルナンバーは二年生からある整備課の実機調整練習や、この学園のもう一つの側面であるIS戦術研究施設のために優先的に使用されるようにって感じの代物なんだけどね。
なんかその過程で色々されたせいか、打鉄とラファールしかないのに色々なタイプの機体ができちゃって。で、せっかくだから生徒にも使わせてみようと、時折生徒の練習に回されるんだよ。それにシングルナンバーはそれぞれで調整のタイプが全然違う。だから経験できるISのパターンも増えるって点でも、重宝されてるね。
まぁもっとも、一年にはまず回らないし、二年以降にしても成績優秀者じゃないと回してもらえる資格はないんだけどね。ちなみに初音はこんな無愛想なナリでも成績は優秀だから。それこそ、実機の近接戦じゃ全学年ひっくるめても上位にあるからね。あぁ、そういえば最近例の彼もその近接だけなら上位リストに入りそうだったっけ」
無愛想と評されたことに不満そうな視線を初音が向けるが、どこ吹く風と言うように司は受け流して説明を続ける。
「今、初音が乗っているのはシングルナンバー七番機。打鉄ベースでタイプは、そうだね。あの織斑君のISに近いかな。ただ、彼のほど速くはないね。その分、ちょっと攻撃力に回してる。例えばマニピュレータの出力だとか、直接ぶっ叩く時に強くやれるようにって感じかな。
一応射撃もできなくはないんだけどねぇ。初音も然り、時々使う私もそうだけど、これに乗る子は大体近接に傾倒してるようなのだから、もう寄って斬るしかしないよね。まぁその分、メインの剣も企業からテストで回されてきた新型だとかを優先的にのっけて貰えるんだけど。確か今は倉持の高周波振動刀だっけ。織斑君のも似たようなのだって聞いてるけど」
「なるほど。あの、沖田先輩。
「別に大したことじゃないよ。ISの使用申請する時に『何番使いたい』って書けばいいだけ。それで都合が合うなら、回してもらえる。
あぁちなみにシングルナンバーの使用資格だけどね、二年になってからその旨を申請するだけだよ。まぁ先生に聞けば手っ取り早いけど。それで座学実技両方の成績とかを先生が判断して、何番が使えるって通知する」
「シングルナンバー全部が使えるのではないのですか?」
「もちろんだよ。シングルの中には変則的な射撃戦だとかに特化してるのもある。初音や私の場合、そんなのに乗ってもただの打鉄に乗るより下手すれば弱くなるからね。本人のスタイルとかも含めて、先生たちが審査してくれるの。
さっきも言ったけど、今の時点の一年生でシングルを知っている子は殆どいない。けどそれも二学期とかその辺になればどんどん増えてく。授業で先生が話したりするからね。だから、今の段階で生で見れた篠ノ之ちゃんは幸運だよ。今から頑張れば、二年になってすぐにってのもありうるよ」
「……はい」
腕を組み、口を真一文字に閉じながら瞑目して司の話が終わるのを待っている初音。その身を覆っている黒の打鉄を見ながら箒は頷いた。あるいは、これを使えるだけの生徒になり、その上でこれを使えば、一夏の完全な打倒も叶うのではないか。
「まぁでも何だかんだで一番良いのは国の候補生、更には専用機持っちゃうことなんだけどね~。ねぇ初音、私らも結構良い線いけるんじゃない?」
「さぁ。縁があれば、機会も回ってくる。肩書きは所詮肩書き。私は、それよりも私の実力の方が大事」
「求道者だねぇ、相変わらず。知ってる、篠ノ之ちゃん? 初音ってさ、まぁ近接なら腕が立つことやこの七番を結構多めに回してもらったりしてるから面白いあだ名がついてるんだよ。
見なよ、この鉄面皮。しかも肩書きどうでも良いとか言う何その一昔前の求道者ソウル。そういうのが原因で『
「は、はぁ……。あの、えっと、強そうで良いんじゃないですか?」
どうと言われても何を言えばいいのか分からない箒は適当な言葉で何とか流すことにする。ケラケラと笑い声を挙げている司を射抜く初音の視線がどんどん鋭くなっていっているのだが、果たして司が気づいているのか実に怪しい。
「あとはアレだね。ほら、この七番って普通の打鉄よりちょっとスマートだから、割と甲冑そのままに見えなくもないでしょ? で、色も黒だからあの白騎士になぞらえて『黒騎士』だとか」
「流石にアレは私も言い過ぎだとは思う」
小さく吐き捨てるように初音は自分のあだ名への不満を漏らす。
「まぁまぁ良いじゃん初音。あだ名っていうより二つ名だよむしろコレ。そんだけ初音の実力をみんなが認めてくれてるってことなんだから」
「それはそっちの判断。私はまだ納得してない」
その言い方は一夏にとてもそっくりだと箒は思った。間違いなく周囲よりも高い実力を持っていて自負もある。だが欠片も満足することなくあくまで実力の探求をするその姿勢。思えば入学してまもなくの立ち合いの直後から一夏と初音の二人がすぐに打ち解けたのはこの辺りで当人達も知らない内に気が合っていたからだろうか。
「けど、あだ名云々はもっと別にある。一番困るのはあいつ」
「あぁ、彼女ね。うん、まぁ、仕方ないんじゃないかなぁ?」
その時の初音の顔は箒も初めて見る、苦々しげなものだった。事情を知っているのだろう初音が同意しながらも諌め、何のことか分かっていない箒の方を向いて顔を寄せると小声で説明する。
「あのね、同じ二年なんだけど一人だけ、初音のあだ名絡みでからかってくる子がいるの。まぁその子にしてみれば悪意の欠片も無い、本当にスキンシップのつもりなんだろうけど、知っての通り初音はああいう性格でしょ? だから、ね。反りが合わないっていうか、初音が一方的に嫌がってるだけなんだけども」
「そんな人、いるんですか?」
そこまで長い付き合いであるわけではないが、こうして稽古をつけてもらったりしている中で初音の、そして司の人となりというものは箒もそこそこ分かってきている。故に、その初音をからかい倒すことができる人間というのが箒には信じられなかった。
「まぁ、そういうのができちゃう度胸と、腕っぷしもあるからねぇ。何せその子――」
言葉の最中だった。
「初音ちゃーん! 司ちゃーん! ヤッホー!」
そんな底抜けの明るさを感じさせる声がアリーナに響いた。直後、初音は忌々しそうに眉を歪めると盛大に舌打ちをして、司はあちゃーと言いながら額に手を当てた。
「噂をすればなんとやら、かねぇ」
「……」
どこか呆れたような調子で呟く司と、眉根に皺をつくりあからさまに不機嫌を発散している初音。一体誰なのか、その箒の疑問はすぐに氷解することとなった。
「いやぁ奇遇奇遇。二人とも訓練?」
そんな言葉と共にその場に降りてきたのは水色のISだった。初音が纏っている打鉄七番も装甲が多いとは言えないが、このISはそれに輪をかけて少ない。手と足、それと申し訳程度の腰部の装甲くらいしか装甲として目立つ部分は無い。
これを見て打鉄やラファールと言うような蒙昧はこの学園にはいない。それは例え一年生の箒でも然りだ。必然、それが専用機であることを悟らせる。
「更識楯無。私らと同じ二年で生徒会長、つまり生徒最強ね。ほら、この間の対抗戦で織斑君が負けたって子がいたでしょ? 彼女の姉だよ」
「あぁ……」
司の耳打ちに箒は納得したように声を漏らす。それと同時に楯無の姿を知っていることを思い出す。確かあの対抗戦の後の食事会で、一夏を倒した四組の代表と共に食堂の一角に居たはずだ。少々視界に入った程度であるため中々思い出せなかったが、司の言葉という外部からの刺激でそのことを明瞭に思い出す。
「あら、新顔もいるのね。珍しいじゃない、普段なら二人っきりでやってるのに。何か心境の変化でもあったかな? かな?」
「大したことじゃない。ただ、後輩に稽古をつけているだけ。……邪魔だからどこかに行って。でなくば、私が追い出す」
「いやん、初音ちゃんコワーイ。一年二年って同じクラスのよしみじゃないの」
「私にしてみればただの悪縁」
「あ~んもう、初音ちゃんのいけず~」
心底鬱陶しいと思っているような態度の初音に楯無はしなを作りながら抗議の声を上げるが、傍から見ればどう見てもおちょくっているようにしか見えない。なるほど、これでは確かに嫌がるはずだと箒は何となく初音の心情を理解していた。
「でも、本当に珍しいわね。初音ちゃんが誰かにものを教えるなんて」
そう言いながら楯無は素早く箒に近寄ると満面の笑みと共に手を差し出す。
「篠ノ之箒ちゃんだったかしら? 私は更識楯無、この学園の生徒会長で初音ちゃんと司ちゃんのマブダチよ。よろしくね?」
「誰が」
「別に私はどっちでも良いんだけどねぇ」
「は、はぁ。よろしく、お願いします」
マブダチという楯無の言葉に二者二様の反応を返す初音と司、そして何より初対面にも関わらず一気に距離を縮めてくるような楯無に困惑しながらも箒は差し出された手を握り返す。
ISを展開しているため金属の装甲に覆われているが、それでも不思議と柔らかさを感じるような繊細な力加減で楯無も箒の手を握り返す。
「……楯無、そろそろ失せろ。あなたはあなたの用事でここに来た。私たちはたまたま場所が同じなだけ。やることは違う。なら、もう私たちのところに居る意味は無い」
「ん~、そうねぇ。まぁ確かに、最初はちょっと調整したISの具合を見るつもりだったんだけど、ちょっと予定を変えちゃうわ。初音ちゃんがどんなことを教えるのか気になっちゃって」
「それを教える義理はない」
「そんなこと言わないでよ~。なんだかんだで私もボッチは嫌なの。だからお願い。一緒に居させて~」
胸の前で手を組みながら上目使いで懇願する楯無に、初音は心底面倒と言わんばかりにため息を吐く。
「あの、斉藤先輩。折角ですから――」
箒は初音と楯無の関係を殆ど知らない。ゆえに普段の二人のやり取りがどんなものかは分からないが、流石に面識も殆どない上級生とはいえ一方的に拒絶されている様子を見かねたのか、初音に折角だからと進言しようとするも、初音はそれを断固とした口調で一蹴する。
「甘い、篠ノ之。こいつはこうやって人を誑かして弄繰り回す。軽く無碍にするくらいが、上手くやっていくのに丁度いい」
「もう、初音ちゃんの意地悪。私のハートは柔らかで繊細なのよ?」
「モース硬度10な上に脱毛剤も裸足で逃げ出す剛毛の心臓の間違いじゃない」
「ぶー、初音ちゃんのイジワルー」
二人のやり取りは見慣れているのか、司はまたかと言いたげな呆れ交じりの苦笑を浮かべている。状況についていき切れていない箒はただ当惑するだけだ。
「ね、良いでしょ? というか、私だってたまにはイケイケゴーゴーするわよ? 初音ちゃんがどういっても、今回は私も混ざります」
「……はぁ」
仕方ないと言うようなため息だった。初音も承諾してくれたのか、その期待に楯無が目に小さな輝きを灯す。
「分かった。これ以上、言ってもどうしようもないみたいだし――」
本当に心の底から面倒と思っているような言い草だ。やっていられないと言うように首をゆっくりと横に振りながら、ダラリと垂れ下げていた右腕が腰まで持ち上がり――
「力ずくだ」
同時に風を切る音と金属同士の激突音が響き渡った。
「なっ!」
「あ~あ、こうなっちゃうか」
驚きの声は箒の、やはりかと納得するような声は司のものだ。おそらくは格納されていたものだろう展開した武器を、初音は一切の容赦なく楯無に振るっていた。そして楯無は不意の一撃であったにも関わらず初音同様に武装のランスを展開してその柄で受け止めていた。
「ちょっとちょっと初音ちゃ~ん! いきなりそれはおっかないわよ~」
「涼しい顔で受け止めておいてよく言う……。篠ノ之、悪いけど下がって」
「え、斉藤先輩?」
「ちょっとこの腐れ生徒会長を潰す。危ないから観客席に下がってて」
「ゴメンね、箒ちゃん。どうもこのまま何もなしに収まりがつくってのは無さそうなのよねぇ。少し時間もらっちゃうわね?」
「いや、あの……」
「篠ノ之ちゃん。まぁ色々びっくりする気持ちは分かるけど、気にしない方が良いよ。これがこの二人のいつもみたいなものだから。うん、観客席に戻って今日はちょっと上級生のバトルの見学と洒落込もうか」
未だ困惑気味の箒の背を司が押す。そのままアリーナと観客席を隔てる通用口前まで来ると司がパネルを操作して分厚い隔壁を開く。
「あの、沖田先輩。その、一体何が……」
「あぁうん、まぁあの二人なりのスキンシップだと思ってよ。初音、アレで結構気が短いところがあってね。普段はそうも見えないし、実際そうなんだけど楯無ちゃんが絡むと、ねぇ?
で、二人とも腕っぷしはあるからISか生身かはさておいてよくバトっちゃうのよ」
「はぁ……」
「まぁさっきも言ったけど、ちょっと今日は趣向を変えて見取り稽古ってことで。楯無ちゃんね、そりゃ生徒会長で生徒最強だけど、実際のレベルはすごいのよ? 聞いた話じゃ学園入学前からすっごい実力があって有名らしくて、ロシアの方に出向研修だか何かしてね。
これは割と最近の話らしいだけど、一線からの引退を発表したロシアの代表さんの後釜が中々決まらないもんだから、そのまま代理的だけど実質今のロシアの代表格に収まってついでに専用機も貰ったと。あ、あのISがその専用機ね」
「それってつまり……」
「うん。昔あったISの国際大会だっけ? あれに参加していたIS乗り達のレベル、文字通り世界の第一線を張れる実力ってことだね」
「それは……いやでも待って下さい。それだと斉藤先輩は」
「まぁ、それなりの勝負はすると思うよ? けどぶっちゃけ勝てないだろうねぇ。総合力だと完全に楯無ちゃんの方が上だし」
あっさりと親友の勝ち目が限りなく薄いと司は言い放った。厳然たる事実としての実力差が存在してしまっているのだ。ならば、どのように言い取り繕っても仕方がない。
「強いて言うなら、クロスレンジのガチンコなら初音も相当だからそこだけで行けばちょっとだけは目があるかもしれない。まぁそのあたりの事情は当人たちが一番よく分かっているから、篠ノ之ちゃんはそこまで気にしなくて良いよ」
「……分かりました」
色々と言いたいこと、聞きたいことはある。だが、実際に司の言う通り当人たちの問題なのだろう。自分がまるで与り知らぬことである以上、あまりとやかく言えることはないのだろう。
「ま、適当に一暴れすれば二人とも落ちつくだろうからさ。それまで観客席でのんびり見物してなよ。あ、そっちの用具室にインカムがあるから、それ使えば私と通信できるよ。一応、私もアリーナに残って二人の様子を監視するつもりだから。何かあったら何時でも話してきて良いよ。聞きたいこととかあったらじゃんじゃん言ってね」
「は、はい」
「じゃ、また後でね~」
そう言ってにこやかに手を振りながら司は打鉄を飛翔させてアリーナへと舞い戻る。背後で大重量の隔壁が閉じる音を聞きながら、言われた通りに通路わきにある用具室からインカムを拝借して、階段を上り観客席へと躍り出た。それとほぼ同時に、初音と楯無の激突の開始を告げる轟音が鳴り、アリーナの地面がえぐられ大きな土煙が上がった。
「いや~、すいません川崎さん。昼飯までごちそうになって」
「いえ、元々織斑さんは我々のお客様という立場ですので。このくらいはむしろ当然です」
昼時、一夏は川崎と共に訪れた施設内にある社員食堂で昼食を馳走になっていた。なんでも頼んで良いとは言われたものの、流石に一番値が張るものを頼むのは少々気が引けたので全体的に真ん中ちょっとのグレードである焼きサバ定食を頼んだ。
ちなみにこの場にいるのは一夏と川崎の二人のみだ。午前中は白式のメンテナンスもかねて交換するパーツなどの案を詰めていたのだが、昼食もかねて一度話を切り上げた際に別の職員たちからの開発に関しての千冬の意見を欲しいという申し出によって、千冬は一時的に別の場所にいる。
「この後の予定ですが、メンテナンスに引き続く形でパーツの交換でよろしいですか?」
「はい。確か手と装甲の一部、それにスラスターのパーツと中のプログラムでしたよね。まぁ、そのあたりは本当にさっぱりなんでおまかせします」
いっそ誇らしげと言わんばかりに胸を張りながら一夏は丸投げを宣言する。
「もちろん、全力は尽くさせて頂きます。いや、正直言いますとこちらとしてもパーツを実機で扱えるというのは好都合でして。今回新たに交換する手のパーツですが、これは我々としても中々の自信作でして。指を始めとして要所要所に特殊カーボンを採用することで、そのまま武器となるようになっています」
自社の製品を誇らしげに語りながら川崎が食すのはアジのフライ定食である。ちなみに一夏のサバもそうであるが、ここの食堂の魚類は毎朝責任者自ら河岸に出向いて仕入れているのが自慢らしい。
「指がそのまま武器ってことは、殴るとか貫手だとかがより効果を発揮すると?」
「えぇ。構造上、貫手のように指をそろえればそのまま指先が剣先になるようなものですから。一応性能試験で10センチ以上の鉄板を貫いたのも確認済みです」
「へぇ、そりゃ凄い」
「物が物ですから戦闘用のイメージが強いですが、私としてはそれ以外の用途も十分にあると思っているのですよ。例えば災害時の障害物の撤去や破砕で、場所が狭いために大型の機械を使用できない時などですね。何もISに載せずとも、活用法はあるわけですので」
「まぁ、用途が多いってのはそれだけ需要確保できるってことですからねぇ」
ふと一夏は想像する。シチュエーションは問わない。とにかく限定された閉所に閉じ込められた自分が白式を展開し、その手でザックザックと掘り進めながら脱出する姿を。さながらモグラのようだと思ってしまう。
「ていうか川崎さん。その特殊カーボンでしたっけ? 武器に使えるってことは堅さとかも相当なんでしょう? それを装甲とかに使ったりは……」
「疑問はもっともです。ただ、やはり装甲と武器では構成のコンセプトなどにも違いがありますから。無論メリットがある使い方というものもありますが、一概にそれにすれば良いというわけにもいかないのですよ。それに、カーボンの方は少々値が張りまして」
「世知辛い話っすね」
「えぇ、本当に世の中というのは中々に無情なもので」
何をするにもまず必要なのは金。とにかく金。何より金。そんなシビアな現実に二人は年の差を超えたシンパシーを感じながらガックリと首を落とす。
「あ~、それで川崎さん。ちょっと話を白式の方に戻すんですけど、やっぱり銃器の類は詰めないんですかね? いや、俺も
「それについてですが、少々申し上げにくいことなのですがね。今回の白式に施す改修は、より近接機としての方向を突き詰めるようなものでして。とくにシステム周りがちょっと。搭載自体は可能なんですが、微妙にかみ合わない部分が出てくるんですよ」
「へぇ、それってFCSと機体の動きがうまく合致しないとか、そんな感じですか?」
「一例ではありますね。より具体的に説明するとなると専門的な話が多くなるのですが、良いですか?」
それに一夏はきっぱりと首を横に振った。
「いや、良いです。まぁ、その辺は技術者さんたちの領分ってことで。俺はただ、作ってくれたものを駆って勝つだけです」
「すみません。えぇ、今更な話ですが、男性とかそういうのを抜きにして我々は織斑さんに期待をしていますので。是非頼って下さい。私個人としても、それは望むところです」
「えぇ、それが必要な時は。……そういえば川崎さんって、どうしてISの技術者を?」
「元々理系で工学畑な学生だったのですが、ちょうど修士を卒業したあたりでISが現れましてね。端的に言えば、一目ぼれとでも言うのでしょうか。とにかく関わって新しいものを作ってみたい。そんな思いで飛び込んだんですよ。
幸いというべきか、IS自体が新しいもの過ぎてキャリアなど関係なしに関わる者がみんなゼロに近い状態からの同時スタートみたいな形になったので、当時は若造だった私もチャンスに恵まれまして。おかげで、今があるようなものですよ」
「へぇ。でもそれってチャンスをいい感じに掴めたってことですよね? それって凄いことだと思いますよ」
「いえいえ。本当に、色々な幸運に恵まれただけですよ。それに、私程度の運など、織斑さんに比べれば遥かに見劣りするものです。いや、実を言えば少々羨ましくもある。私は技術畑ですが、やはりISを動かしてみたいという気持ちは無きにしもあらずですから」
「はは……。いや、幸運っちゃ幸運なんでしょうね。ただまぁ、俺個人としちゃ本当に俺で良いのかとも思ったりしますよ」
「何を仰る。少なくともIS乗りとしての織斑さんは紛れもない逸材であるというのが白式関係メンバーの共通見解です。いや、だからこそあなた以上の――」
「まぁ単純実力だとか腕前のセンスだとか、そういうのだけ見ればそうなんでしょうけどね。果たして俺という人間は、また違うんじゃないかと思うんですよ」
「と、言いますと?」
「まぁ早い話、俺がそこまで高尚な人間ってわけじゃないってことっすよ。ガキの頃から好きなことを自分が目一杯楽しむことしかやってなくて、姉貴をメインに色々振り回してきて。三つ子の魂百までじゃないけど、この年になってもそんな気質が抜けてないもんでして。
俺の周りのIS乗り、専用機を持ってるような連中はどいつもこいつもまぁ立派なんですよ。家のため国のため周りのためって、滅私奉公って言うんですか? 程度の差やニュアンスの違いはあっても大体そんな感じで。けど俺は違う。周りとか、あんまり考えない性質ですから。とりあえず自分が思いきり楽しめれば良いって具合」
自分が良ければそれで良し。一夏の語ることを要約すればそうなる。ゆえに彼は、そんな自分の人間性が他者、もっと具体的に言えば帰属する国家などのために奉仕するべき立場ではないかと考えるIS乗りに相応しくないのではと思っているのだ。
「別にそれでも構わないのではないのでしょうか?」
「はへ?」
あまりにもあっさりとした川崎の言葉に一夏は思わず呆ける。
「別に難しく考える必要もないと思いますよ。織斑さんが自分で良い思いをしたいから、というのでしたらそのままでも良いのではないでしょうか? それこそが織斑さんのモチベーションに繋がるのなら、それが一番だと思います。変に考えて立ち止まっても、仕方がないと思いますけどね。私自身、元々自分のためにこの業界に入ったようなものですし」
「……まぁ変に考えるのも嫌なんで、確かに俺は俺だからって納得させてたトコもありますけど、やっぱり問題ないものですかね?」
「えぇ勿論です。織斑さんがISに乗ることの何に心地よさを見出しているかは私は存じません。ですが、それを追及することには何らおかしな所はありませんよ。
ただそれでも、やはり周りとかが気になるのでしたら、そうですね。共有してはどうでしょう?」
「共有?」
「はい。何事も楽しみというのはやはり他者と共有すると良いものですからね。私も、同好の士とあれこれと議論に華を咲かせている時など良い気分になれるものでして。どうでしょう、そういうのは?」
「それは……」
考える。一夏の思うISを駆ることによる楽しみとはただ「戦う」という点に尽きる。無論、技術の向上を図っての練習なども悪くはないが、それも結局はそこに行きつく。
自分が強くなることが好きだから鍛練に励み、それを奮いたいから戦う。そしてまた更なる刺激を求めて――その繰り返しだ。実力をつけることもそれを行使して戦うこともただの手段、過程に過ぎない。その先には何かしらの結果がある。
無論、一夏も一夏なりに結果というものを重んじているが、やはりその過程こそを珠玉の楽しみとしているかと問われれば否と言えない。
仮にそれを一夏の楽しみとして川崎の理論を適用するならば、それは己も互いも全力で心行くまで武を交わすということ。
「あぁ、そりゃ……良いっすね」
悪くはない。この世界に存在するIS乗りとIS、その各々がどのような思いを持ってそう在るのかは一夏の与り知ることではない。ただ仮に祈り叶うのであれば、細かい理屈は抜きだ。その全てで、思いきり心から戦ってみたい。各々が世界という巨峰に挑戦するかのようにだ。
別に何も悪くはないだろう。果たしあうのはそれを望む者同士。特段他者に迷惑をかけるわけではない。なるほど、考えれば実に悪くない。
「えぇ、本当にそうなれば良いんですけどね」
だが所詮は子供の絵空事、ふと夢想する物語のようなことだ。そこまで世界は自分に都合良くはありはしまい。ならば、せめてIS乗りとしての自分はそこまで重く考えなくとも良いという確信への安堵を噛みしめつつ、一夏は苦笑を浮かべるのであった。
「そういえば織斑さん。先に説明したシステムですが、大丈夫ですか? 難しいと思うのでしたら搭載は見送って今回はパーツの交換だけという形に留めても良いのですが」
「いえ、貰った資料も端から端までじっくり読ませて貰いましたけどね、何とかいけそうですよ。俺なりに噛み砕いて考えてみたんですけど、ありゃ俺向きだ。ていうか川崎さん。はっきり言いますけどアレ、使い手かなり選びますよ? 多分ですけど、ギュインギュイン回せる人間なんて相当限られるんじゃないんですかね?」
「やっぱりそう思いますか? いや正直、我々もなんで作ったのだろうという節が少々……」
「それマズくないっすか?」
「いやその、企画会議もなぜか妙に全員テンションがおかしくて。実は私もちょっと。一番ノリノリだったのは篝火所長ですし。正直、前日の休みにその会議に参加していたメンバーも含めて篝火所長個人のロボット物コレクションを見ていたのも……。いやそれでも、中々よくできたとは思うのですよ」
「反省はしてる、けど後悔はしていないってやつっすか」
「まぁ有り体に言ってそうなりますね」
「ていうか所長がそんな会議でハイテンションって良いんですか?」
「それが罷り通っちゃうのが
あぁ、きっとその所長はさぞや面倒くさくて皆苦労してるんだろうなぁと一夏は悟る。自分こそ割と当たり前に人を振り回していることなぞ自覚せず、完全に棚上げしながらそんなことを思っていた。
そうして昼食を終えた二人は別行動をしていた千冬やスタッフ達と合流。そしていよいよ以って白式の改修へと移った。
数時間にも及ぶ作業、白式が少しずつではあるが姿に変化が現れてく様を一夏は川崎の説明を受けながらじっくりと見つめていた。
ただの人のソレを金属で模しただけの手は、その内に秘めた鋭利な刃を顕わにするだけで触れることそれ自体が相手を危める毒手へと変わる。
白式という機体がそのコンセプトである高機動機である要、スラスターはより強力な瞬間出力を持つ物へと内部部品を中心として交換される。
装甲はより空力抵抗を軽減させるためにシェイプアップを図り、その外観をより細見へと変貌させた。
そして、それまで機体の基本性能という点のみであった故に正式には第三世代『相当』に留まっていた白式は、一つの牙を与えられたことで真の意味で第三世代へと昇華する。
「へぇ、中々どうしてこりゃあ……」
既に空に夕日の茜色がうっすらと射した頃、施設内の一角で予定されていたほぼ全ての工程を終えた白式が調整台に鎮座する様を見ながら感嘆のため息を一夏は漏らす。
調整も兼ねて磨かれた装甲は新品同様の輝きを放っている。ある種の清廉さを放ちながら台座に鎮座するその光景は、周囲が無機質な鋼材やケーブルに囲まれながらも、まるでRPGに出てくる伝説の武器のようにも思えてくる。
「また随分と様変わりをしたものだ」
「織斑さんのご希望、並びにこちらでデータを纏めた結果としての織斑さんに適したスタイル、双方を適用した結果です。おそらくは、以前以上に馴染むかと」
全体的に細見になったことでより甲冑然とした佇まいを見せた白式に呆れるようなコメントをした千冬に、川崎はこれがベターだと応じる。
「色々とパーツを作っておいて正解でしたよ。こういう時に、使える物が多いというのは実にありがたい。所長の発案ですが、このあたりはさすがに慧眼と言わざるを得ませんね」
「あぁ、奴か。まぁ、IS学園の教師として生徒への協力に尽くしてくれたことは素直に謝意を告げよう。今日はいないようだが、よければ伝えて頂きたい」
「もちろんです。篝火所長も、あなたからのお礼の言伝とあれば喜ぶでしょう。さて、織斑さん。いかがですか?」
「お見事な手前、それしか言えませんね。本当に、ありがとうございます」
「いえいえ、当然のことです。あぁそれと、これは装甲の交換の際に少々余裕ができたからなのですが、格納装備で一丁二丁程度でしたら銃器の搭載も可能です。必要だと思ったら使用して下さい。ご用命があればこちらからも提供させて頂きます」
「お、マジっすか」
「はい。ただ、基本的に近接特化というスタンスに変わりは無いので、仮に搭載したとしてもそこまで劇的な変化があるというわけではないのですが」
「いや、戦術に幅が出るってだけでも十分ですよ。そうですね、ちょっと学園に戻ったら練習してみようかな……」
そして一夏は再び白式に目を向ける。調整前と比較してやや細見になった各部の装甲は、同時に鋭利さも目立つようになった。その攻撃的な様は一夏の感性とピッタリ合うものである。
装いを新たにした白式と共に躍り出る戦舞台。それを夢想し、知らず口元には三日月形の笑みが浮かび上がっていた。
時をほぼ同じくしてIS学園の寮の一室。備え付けられたシャワールームで箒は訓練の汗を流していた。
「ふぅ……」
全身が洗い流される心地よさに身を任せながら、箒は訓練の時のことを思い出していた。
司と交代で打鉄に乗りながらのIS訓練も確かにタメになった。上級生の経験則に基づく指導は司や初音が単純な腕前だけでなくそうした方面でも優れていたのが幸運だったのだろう、授業のものとは違った感覚ながらも確かな実感を与えてくれた。
だがそれ以上に鮮烈に記憶に残ったのは、やはり初音と更識生徒会長の一騎打ちだろう。
先のクラス代表戦で見た専用機持ち同士、代表候補生同士の戦いを彷彿とさせるほどに苛烈で、そしで不思議と目を惹かれるものだった。
両者共に見事な空中機動、特に生徒会長にあっては流石世界最高達の領域にあると言われるだけあり、もはやただただ「凄い」という言葉しか出ないものであった。
だがそれで初音が見劣りするかと問われればそうでもない。キレのある鋭角での方向転換、瞬間的な加速や制動、瞬時加速まで行使しての吶喊、近接戦を行う上で見本とすべき動きがそこにはあった。
近接戦は間合いを詰め、武器を当ててこそだ。その間合いを詰めてからの剣戟は、一夏も相当だ。司が評して曰く初音でも余裕で勝ちは取れない、現時点ですら勝つには本気と全力を出す必要があると言わしめたくらいだ。だが、そこに至るまでの一連の動き、それは確実に初音の方が上であると断言できる。
動きだけでなく攻撃もまた見物だった。専用機の特性として「水」を操る生徒会長の攻撃はまさしく変幻自在。水であるが故に如何様にも形を超えるあの攻め手を前にしたら、生半可な者など何もできずただ踊らされながら蹂躙されるだろう。
対する初音はただひたすらに愚直だった。七番の特徴として腕につけられたPIC制御装置を用いて剣先に力場を発生、あえて不安定化させる反発を衝撃として攻撃に転じることで刺突の威力を底上げし、ただそれで一撃を見舞う。アリーナの地面をまるでとろけたバターのような柔らかさを錯覚させるほど容易くえぐる一撃は、その威力の苛烈さを自然イメージさせる。
ISによる刃物の攻撃を仮に人が受けたとする。致命には変わりないが、精々が大きすぎる刀傷を作るくらいだろう。だが、アレは違う。ISに比して遥かに脆弱な人の身で受ければそれが終焉。木端微塵に砕け散り、人生という舞台に否応なく即座に幕を引かれるだろう。
何もかもが激烈。結果として生徒会長の勝利で終わり、満足したらしい生徒会長が去った後の箒を交えての訓練で、どこか熱に浮かされたような感覚があったのはそんな試合を見たからだろうか。
だが一つ、断言できることがある。すなわち、今日の経験は紛れもなく箒にとって大きな糧となったことだ。
「……よし」
シャワーを止めて箒は小さく握りこぶしを作る。今日の感覚、興奮を忘れてはならない。あれは間違いなく自分にプラスだ。ならば十全に活かす。そして勝つのだ、一夏に。静かに、しかし心の内では確かな熱を発しながら、箒は決意を新たにした。
それより約二日の後のことであった。
「……」
「……っ」
IS学園が学生寮の一室、例外的に一人用としての使用が為されている一夏の部屋では物々しい空気が満ちていた。
部屋それ自体は他と何ら変わることはない。一律して、同じ設計での建築となっている。ならばそこに満ちる空気の色を決めるのは、その中に居る人間だ。つまり、この物々しい空気は今現在部屋に居る者によって作り上げられているということに他ならない。
確かに部屋の空気は物々しい。だが、余人が今の一夏の部屋を見ればその空気を感じるよりも早くただならない事態を察するだろう。
やや青ざめた微動だにせず表情で立ちすくすシャルロット・デュノア、そしてその首に鞘より抜き放った日本刀、その刃を宛がっている織斑一夏。日頃の明るさとはかけ離れた光景が、そこにはあった。
そういえば八巻、購入しました。色々と新しく分かったこともあったので、そのほんのごく一部を今回の話に組み込んでみました。
今回の話では箒パートで独自の要素を色々出しましたね。自分が思うに、学園が保有している機体は整備課にとっても重要な教材だと思うのですよ。ですから、より色々な扱い方を学ぶためにちょっと変わり種な仕様の機体を用意していてもおかしくはないのではと思っての、シングルナンバーです。他にもどこぞのガチタンみたいな超重装甲火力型だとか、精密射撃型とかいろんなアセンがあると思って下さい。
一夏の方では白式の改造がメインです。基本的はちょっと装甲削って防御を落とした分を速さと攻撃に回したという感じです。指先ブレードはちょっとしたアクセントということで。モデルにしたのは……まぁそこそこ有名なのできっとお分かり頂けると信じましょう。
あと謎の新システム。これはトーナメントあたりでお披露目としたいですね。
そして最後のワンシーン。次回でやっと原作におけるシャル問題に突入です。そして次回の内に手早く片付けます。えぇ、原作より軽口な感じです。原作のアレをまともに片づけようとすれば、冗談抜きで作者の手におえかねないので……
原作の新イラスト、何だかんだで一番気に入ったのは楯無さんでした。可愛いっつーか綺麗?
あとはISのデザインもだいぶ変わりましたね。最初のカラーページに解説とかあるのが嬉しい。レーゲン、ずいぶんとゴツくなったものだ……