今回から加わる二人についても、例によってと言うべきでしょうか。結構な改変をしています。特に片方については原作から思いっきり変えましたし。読者の皆様におかれましては、どうか寛大なお心で受け止めて頂きたいと願う所存です。
一歩、歩くたびに靴底と床の金属がぶつかる甲高い音が響く。周りを鉄に囲まれた一本道をただひたすらに歩き続ける。鼻につく錆臭さはとうに慣れてしまった。
不意に目の前に影が躍り出た。それは黒服に身を包んだ男だ。いや、横合いから出てきたとか、そのような表現は正しくない。まるで初めからそこにいたかのように、居て当然というようにそこに存在していた。
だが、そんな細かいことに意識を割くことはしなかった。ただ一つ、目の前の男が自分に敵意を向けていること。それだけが重要だ。
相手から漏れた殺気に思考より速く体が反応する。一息に内に距離を詰めると、腰に伸ばした手で刀の柄を握る。腰を切って抜刀、鞘の中で加速を終えた刀身は抜き放たれると同時に最高速で男に迫り真正面から逆袈裟に斬り裂く。
当然の帰結として、男は切り口より大量の血を噴き出しながら倒れる。そのままあたりに己の血を広げ流しながら事切れる。
これで何人目か、とっくに数えるのを止めた。場所はきっと、三年前のあの場所あたりだろう。周りを鉄に囲まれているというのが実によく似ている。
倒れた男を一瞥もせずにまたいで超える。また一体、ただの肉塊ができあがった。何もない一本道を延々と歩いている。
歩く最中でいかなるからくりか出てくる敵、その悉くを仕留める。ある者は先ほどのように斬り伏せた。ある者は組みつき、一息に頸椎をへし折った。ある者は渾身の一撃で頭蓋を砕いた。方法は異なるが、いずれにせよ結果は同じだった。
道は、周りを囲む鉄以外にも床を浸しかねない程に流れる血でむせ返るような臭いを漂わせている。だが、慣れてしまったために気になることはない。
ただただ、作業のように同じことを繰り返しながら歩き続ける。そして一つ、また一つと作業を進める度に、死が積み重なっていく。
そんなことをどれだけ繰り返したか分からない。その内に、道は不意に途切れる。目の前に鉄の壁が広がり、そこから先に進むことができない。
カチャリと、背後で何かが動くような音がした。淡々と作業を続けていた疲労からか、やや緩慢な動作で後ろを振り向く。そして、黒い塊が視界に入る。
自分に向けられた塊の先には穴がある。塊のカラーリングであるソレよりも更に黒く、空虚な穴だ。広さは数センチにも満たず、奥行き自体も十五センチあるかどうかのちっぽけな穴だが、まるで底なしのように思えるのはそれが銃口という『死』を齎すものだからだろうか。
ピタリと額に向けられた銃口を無表情で見つめる。銃口よりわずかに奥の方にある引き金がゆっくりと引かれる。
撃鉄が落とされ装填された弾丸の火薬に火をつける。一瞬の爆発によって弾丸はその身に旋条痕を刻みながら銃身を通り、そして銃口から飛び出して一直線に向かって来る。
飛び出した弾丸が額に達し、皮膚を破り頭蓋を砕き抜き、そして脳髄を貫通するまで一秒もかからない。その刹那を更に寸刻みにした六徳、あるいは清浄の時の中で静かに思った。
なんだ、これで終いかと。
そして放たれた弾丸は額に達し――
「はぁっ!?」
掛布団を跳ね飛ばしながら一夏は飛び跳ねるように起き上がった。そのまま荒い息を吐きながら静かに自分の状況を把握する。
別に特別なことは何もない。場所はIS学園一年生寮の自室、そのベッドの上。
「夢、か……」
なんてことはない。今の自分は日々の始まりとして幾度となく行ってきた寝起きの状態だ。別に何もおかしいことはない。
ただ、強いていつもと違う点を挙げるとすれば、ロクでもない夢によって叩き起こされ、とても静かとは言い難い寝起きとなったことと、その時刻が平素より三十分ばかり早いことくらいか。
「ったく、一体全体なんだってんだ、あの夢は。イカれてるにも程があるだろう」
自分の夢なのだから、その中で動いていたのは紛れもない自分だ。ならば、その中でただひたすらに一つの事象を積み上げて、そしてあのような結末に至ったのもまた、自分に他ならない。
「またずいぶんと、エキセントリックな夢だったもんだ……」
夢の内容など忘れるのが大半だが、今回に限って言えば割としっかり記憶に残っている。内容はお世辞にも良いと言えるものでないことは確実だが。
「……」
小さくため息を吐く。これを幸いと呼んでいいかどうか分からないが、普段より三十分ばかり早く目が覚めてしまった。
このまま二度寝をしようという気もしないし――そもそも完全に意識が覚醒してしまっている――少しばかりまったりとした朝を過ごすのも悪くはない。
モゾモゾと動いてベッドから這い出る。空調を効かせてあるため、室内の温度は快適の一言に尽きるのがありがたい。
軽く背筋を伸ばしながら窓際によると、閉めていたカーテンを勢いよく開ける。だが、それで日差しが室内に差し込むかと言えば否だ。何せ現在の時刻は午前四時半。まだ日も完全に登っているとはいえない。
夕方とはまた趣きの異なる薄闇に彩られた空を見ながら、窓を開ける。室内の換気のためであるが、それ以外にも朝の空気を味わうという楽しみも兼ねている。
ただ、今朝ばかりはいつものように気分よくとはいかないだろう。何せ、あんな夢を見た後だ。
「確か数馬が言ってたっけ……」
夢はその当人の願望を示すこともある、と。仮にその理屈でいくのであれば、それすなわち自分の願望とは――
「馬鹿馬鹿しい。どうにかしているにも程がある」
あんなことを積み重ねて、その果てにあのような終わりを迎える。それが自分の望みだというのか。全くもって馬鹿馬鹿しい。ナンセンスにも程がある。
「あ~、最近派手にやりあうこと多かったしなぁ……」
ISを装着した上でという補足はつくものの、ここ一か月そこらの間で存分に技を奮う機会が多かったのは事実だ。いや、技を奮うというよりは戦いという行為に身を浸すというのが正しいかもしれない。それで少しばかり心が昂ったのだろうか。
なにせ師に弟子入りして剣に武術にと学んで早数年とは言うものの、学んだそれを存分に使っての果し合いなど殆ど無かったに等しい。
師との組手は、そもそもまた別にカテゴライズされるものであるし、二年ほど前に町のチンピラ相手にやっていたのは、完全な実験だ。一体どこの世界に実験台のモルモット相手に本気の果し合い気分で臨む奴がいるというのか。
「参ったな、ったく。まぁ、またしばらくすればいつも通りになるか……」
とりあえずは時間の経過にまとめて委ねるしかないだろう。なにせ見る夢の内容の選り好みなどできるわけがない。
「しかし、もう三年か……」
開けたままの窓に背を向けて歩きながら一夏は呟く。部屋のクローゼットから着替えを出し、早朝トレーニングの準備をしながら一夏は意識を己の内へと向けて過去を振り返る。
「ま、初めての海外旅行にしては刺激的に過ぎる思い出になったけどなぁ……」
せっかくの姉の晴れ舞台を間近で見物してやろうかと思ったが、それより遥かに刺激的かつエキセントリックで、そして姉弟の心に紛れもない影を落とすような思い出土産ができてしまった。
今も姉は当時のことについて責任を感じている節がある。はっきり言って二人でどっこいどっこいだ。二人揃って非とされるべきところはある。
「けど、忘れろってのも土台無理な話だしな……」
トレーニング用の黒いジャージを着こみながら困ったように言う。何せ忘れようがないくらいに重大な事態にまで発展してしまったのだから。
おそらく、姉はこのことについて吹っ切れるということはないだろう。自分も、割り切ってはいるもののそれ相応に重く受け止めてはいるつもりだ。ならばこそ、そんな動かしようのない過去ではなく先を見据えるべきだろう。
ジャージの上着を翻しながら着る。二度とあの時のような無様は晒せない。晒すよりも早く、事態を始末できるだけの実力が必要となる。
「ぬんっ」
己に喝を入れるかのように正拳突きを虚空に向けて打つ。その拳が空気を打つ音は、まるで込められた執念が具現したかのような重さを伴っていた。
「チョリーッス」
間の抜けた声でのあいさつと共に一夏が教室に入る。既に早朝の二時間近くにも及ぶトレーニングによって一夏は心身ともに完全に覚醒した状態にある。教室に入るにしても、声こそ間抜けているが寝ぼけ眼を擦りながら登校するということはありえない。
「ん?」
教室に入ってまず真っ先に一夏が感じたのは違和感だ。男一匹などという奇々怪々な立場とは言え、一か月も経てば自分も周囲もそれなりに慣れる。こうして軽い挨拶をしながら教室に入れば、一人二人くらいは同様に挨拶を返すが、今朝についてはそれがない。
そして教室全体の雰囲気もおかしい。異様なほどに気配の空白が目立つ。原因はすぐに分かった。教室の後方に集中しているのだ。
一夏とセシリアの試合の日程が決まった時、クラス対抗戦の開催日が決まった時、双方であのような光景は見られた。理由は単純で、その胸を伝えるプリントなどが教室後方に掲示されるからだ。
そうした情報と今の状況を照らし合わせれば、また何か新しい掲示が、それもクラスの大半の注目を集めるようなものがあるということだろう。
中央列最前にある自分の机に荷物を放るように置くと、一夏も一体何の掲示があるのか確認するために教室の後方に向かう。その途中、一人自分の机に座りながら黙々と授業の準備を進めている箒をチラリと一瞥するが、すぐに視線を外す。
「はいよー、ちょっと俺にも見せてくれよっと」
そんな風に声を掛ければ自然と通り道を空けてくれるのはこのクラスの美徳というやつだろうか。
「なになに? あぁ、全体トーナメントね」
学年別全体トーナメント。凡そ考え得る限り、IS学園における一年間の行事の中でも特に規模の大きなものだ。
その内容は至ってシンプルそのものであり、各学年ごとで全生徒参加のトーナメント形式のIS戦を行うというものだ。ただし、二年三年については技術科として分けられている一クラスの生徒は試合への参加はせず、機体整備などのスタッフとして駆り出されるのだが、現状一夏らには関係の無い話だ。
今のところ掲示されている内容は開催とその日どりの旨だけだが、追々これにルールなど色々と追加されるのだろう。
「一週間がかりでやるとか、スッゲェよなぁ。祭りが一週間続くようなもんだろ、コレ」
学校行事など一夏に言わせれば何であれ祭のようなものだ。限られた学園内のISをほぼフル稼働させて大半の生徒が参加するトーナメントを開催するのだ。その期間も長くなるのは必然と言うのは分かるが、それでも唸らずにはいられない。
「勝ち続ければなおさらだもんねー。織斑君、やっぱり勝つ気満々?」
隣にいた鏡ナギが聞いてくる。愚問としか言いようがない。元より、勝負というものにおいて望むものはただ一つだけだ。
「当たり前だ。それ以外、何を狙うって言うんだ。ていうか、鏡にしても他の皆にしてもそうさ。やるなら、優勝狙えよ」
そうはさせないけど、という一言は胸の内に閉まっておく。このクラスの内の何人が自分と戦うことになるのかは分からない。だが、やる以上は相手にも相応の気概を持ってもらいたいというのが一夏の本音である。
「フ、フフ……。勿論ですとも、えぇそうですとも。今度こそ、きっちり勝たせて頂きますわよ」
後ろの方で不穏な気配を漂わせながらセシリアが闘志を燃やしているが、あえてあまり気にしないことにする。火の粉がこちらに飛んでこないのであれば、勝手に燃えていれば良い。
「あ、そういえば織斑くん。この間、なんかスーツ着てる人と歩いてたよね? あれなんだったの?」
「あぁあれか? いや、俺の白式作った会社の人なんだけどさ、この間の対抗戦あったろ? その時にISに記録されたデータの回収だとか、念のための点検だとか、そんなんだよ。まぁちょっとした保険サービスみたいなもんだよな。
あとは、ちょっと今後のこととかのオハナシってやつだな」
「今後のこと?」
「そう。まぁ早い話、ISのカスタマイズとか調整だよ。武装積むのはカッツカツだけど、例えば補助の設定弄るとか、パーツを一部交換するとか、そんなの。それに……いやこれはいっか。まぁとにかく、また今度来るってさ。その時に色々大掛かりにやるらしいぜ。多分、トーナメントの時の白式はこの間とはまた違う感じになってるだろうな」
「それって、私たちの勝ち目がもっと低くなるってこと?」
苦笑いを伴ったそんなコメントに、一夏も苦笑を禁じ得ない。
大変だとは思うが、その上で頑張れとしか言うことはできなかった。
(そして……)
チラリと、再び箒に視線を向ける。彼女もこちらを伺っていたらしいが、一夏と目が合ったことに気付くとすぐに逸らす。
目を逸らす寸前、その眉間に皺が寄ったのを一夏は見逃さなかった。どうにもご機嫌が斜めのようらしい。
(まったく、仕掛けてきたのはそっちだろうに。はてさて、どこまでやれるのかね、あいつは)
そんなことを考えている内に自然と口元が緩む。なんだかんだで、この展開を楽しんでいる自分がいることに気付くと、そのことに対してますます苦笑をしてしまう。
視線を箒の方に向けたまま笑みを浮かべ続けていたからか、その姿に気付いた者が首を傾げるのもある意味当然と言えることだろう。
「ねぇねぇおりむー。しののんの方見てたけど、どうかしたの~?」
そんな間延びした声と共に尋ねてきた布仏本音の言葉に、一夏はそこで自分が少し箒を注視し過ぎていたことに気付く。
人が集まっているこの状況だ。普通に話しかけるだけの声量でも周囲の面々の耳に入るには十分である。一夏が誰かを、それも旧知である箒を注視していた。それだけのことに興味津々というように一斉に一夏の返答に耳を傾け始める。
「いやお前ら、がっつき過ぎだって……」
その様子に一夏は軽く引くが、考えてみれば仕方のないことかと軽く嘆息する。
「別に大したことじゃあないよ。ただちょっと、箒と賭けをしただけさ。そう、賭けをね……」
クックッと含み笑いをしながら答える一夏に周囲は首を傾げるが、別に大したことではないと言って一夏はそれ以上言おうとはしなかった。
一度掲示を見た以上、もうこの場に留まる意味はない。踵を返して一夏は自分の席に向かう。
(さて、あいつが一体どこまでやれるのか。まぁ見物ではあるよな)
思い出すのは数日前の夜のこと。既に新たな部屋割りの下、一人部屋を満喫していた一夏の下に箒が訪ねてきた。
『話がある』
その言葉と共に箒が語ったのは、近く行われる学年別トーナメント、つまり先ほど掲示がされていた行事のことだった。
『次のトーナメント、私が優勝したら……。一夏、私と、私と……付き合ってもらう!!』
部屋の中というのが幸いした。これが廊下で誰かに聞かれようものなら、言葉が言葉だ。確実に騒ぎになっていた。そのくらいを予見するくらいは一夏にもできた。
そのあたりを分かっているのかと一夏はため息を吐いたが、言っても察するかどうか怪しいのであえて糾さずにいた。
『正直いきなりで話が見えないんだけど、なにか? 台詞から察するに、今度のトーナメントでお前が優勝したら、付き合う……それってつまりそういうことか?』
『他にどのような意味がある』
『あー、えー、えぇ~』
どういうことなのコレ、ていうか付き合えとかマジかよなにそれつまり箒は俺にそうだといやいやマジかよ俺にどうしろっての。
正直なところ、どうすれば良いか本気で困ったというのが一夏の本音であった。というより、今この時に初めて一夏は箒が自分に向ける感情を知ったのだ。
『どうなんだ。いや、何が何でもそうしてもらうぞ』
『はぁ……』
好意を向けてくれることはありがたいし悪い気はしなった。だが、一夏にとって箒はあくまで付き合いが少し長いだけの友人の一人という認識であり、そうした感情を抱く相手ではなかった。実際問題、この世に生を受けて早十五年と幾月、そうした感情を特定の異性に抱いたことがないのがこの織斑一夏という人間だが。
しかし、それ以上に一夏には聞き捨てならない言葉が箒の発言の中にあった。
『優勝、優勝ねぇ。箒、本気か? 本気で言っているのなら、その提案は却下だ。初めから成功なんざしねぇよ』
思ったより口から出た言葉の口調は冷たいものだった。だが、そのことは一夏にとってさして気になることではなかった。
『ど、どういうことだ!?』
一夏の返答は予想外のものだったのだろう。箒が狼狽えるが、それを冷めた眼差しで見つめながら一夏は言葉を続けた。
『色々とまぁあるけど、多分問題はこれに尽きるな。箒、お前は優勝と言ったな? できるのか?』
『そ、それは……!』
言われて初めて自分が為そうとしていることの意味に気付いたのか、箒は言葉に詰まった。追い打ちをかけるつもりがあったわけではないが、あえて言葉にして事実を告げた。
『オルコット、鈴、更識、そして俺。四人だ。四人の専用機持ちが居て、その内三人は代表候補性。お前とは知識、経験、腕前が明らかに違う。俺は候補生じゃないし、三人に比べりゃ知識も経験も無い。だが、実力だけなら張り合えるだけはあると自負している。
それだけじゃない。三組の代表のグレー。やつだって確かにこの間の対抗戦じゃ全敗だったけど、それでも他の大勢の皆に比べりゃリードしてるとこはある。そしてそうした連中除いた一年の他全員。
なぁ箒。本気でその全員に、お前以外の一年全てに勝つ自信があるのか? いやあったとしてもそうはさせない。何故なら、優勝はこの俺が頂くつもりだからな』
『ん、なぁっ……』
箒もその言葉には絶句せざるを得なかった。自分が勝つつもりだから初めから勝ち目がない。一夏はそう言い切ったのだ。
『ふざけるなっ! 私がどんな思いで言ったと……! ずっと、思っていたと……!』
食い縛った歯の間からそんな押し殺した声が漏れた。握る拳が震えていたのは、それでも一夏の言ったことが否定できない事実であると心のどこかで自覚しているからだろうか。
だが、その様を見て一夏は困ったように後頭部を掻いた。言ったこと自体は割と本気で考えていたことなのだが、それでこのような反応をされてはこちらも対応の仕方に困るというもの。
このまま帰すのもそれはそれで後味が悪い。ならば、せめて双方に納得できる妥協点を模索するのが得策ではないか。そう考えた。
『ふむ』
後々になってからも、一夏自身この時に思いついた案は中々よくできたものだと言えるものだった。
『なら箒、少し妥協しよう。条件を変えるというのはどうだ?』
『どういう、意味だ?』
『別に優勝なんざしなくて良い。だが、仮に俺と当たったなら、この俺を倒してみせろ。でなきゃ、俺より上位に食い込んでみせろ。これが第一』
人差し指を立てながらの一夏の言葉を箒は静かに聞いていた。
『そして第二だ。これが一番肝心だな。全力を見せてみろ。お前の本気、全て、今まで積み重ねてきた武人の、剣士の何もかも。全部で俺の心を奪ってみせろ。そもそも惚れなきゃ俺は誰かと付き合うなんざしないからな』
『それは……』
妙に回りくどい言い方をしているような気がしなくもなかったが、一夏の言葉を要約するのであれば『付き合いたかったら惚れさせろ』ということに尽きた。
『やってみせろ。魅せろ箒――俺をモノにしたいんだろうが』
低い声だったが、同時に重さがあった。その言葉に打ちのめされたように、そして水を掛けられたように箒はハッとする表情を見せた。
『望むところだ。見ていろ、一夏』
『加減無用だ。楽しませろ』
そんなやり取りがあったのが三日ほど前の夜。それからと言えば、特に何事があるわけでもなく平穏に時は進んでいる。
果たして自分に挑むまでに至り、そして自分に勝つために箒がどこまで自分を高められるのか。そしてその時の自分と彼女の果し合いがどのようなものになるのか。考えると中々どうして心が湧くような気分になる。
まるで未知の強者というのも悪くないが、こうして考えてみると知己の人物が強くなっていく様を見て、そして自分自身で相手をするというのも良いものではないかと思う。
(まぁ、俺はいつも通りにやるだけだ。俺自身も白式も、万全に整えて勝ちを取りに行くだけ)
その中で、箒とも戦う機会があったのであれば存分に果たしあうだけだ。その結果として自分が箒に心奪われるようなことがあれば、まぁ希望に沿ってやっても良いだろう。
(あーけどなー、考えると俺の中のハードルって結構高くね?)
今まで形はどうであれ人が戦う様というのは、それこそテレビでやるようなボクシングだとかプロレス、柔道の五輪などもひっくるめて色々と見てきたが、どれも心から惹かれるというのはまるで無かった。
どうしてかと思えば、原因などはっきりしている。あまりにも、師の姿が強く焼きつきすぎているのだ。
(まぁあれかな。こう、実力的にはまるで及ばんでも、迸る若さと青春でガッツな感じでガンバー! って感じで一つ頑張ってもらうしかないな箒にはうん)
完全に他人事のように心の内で箒に適当なエールを送りながら一夏は鞄から教科書を取り出す。そして今日も今日とていつも通りの日常が――
「今日は皆さんに転校生を紹介します。二名、新しい仲間がこのクラスに増えますよー」
百と飛んで七度くらいひん曲がった感じで始まるのであった。
「シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。みなさん、よろしくお願いします!」
金髪を首の後ろで束ねた少女、シャルロットが挨拶をする。顔に浮かべた満面の笑みは極めて友好的な印象を見る者に与え、自然とクラスのあちこちから自己紹介に対しての拍手があがり、程なくしてそれはクラス全員による歓迎の拍手へと変わった。
一夏もまた、最前列の席でパチパチと拍手をする一人であった。もっとも、その拍手にはさほど勢いがあるとはいえず、周りの流れに合わせて適当にやっているという雰囲気だが。
別に転校生の挨拶などあまり気にならない。気になるとすれば、転校生がこのIS学園に転校してきたという事実そのものだ。
IS学園への途中編入というのは相当に難しい。入試自体もかなりの狭き門であるが、編入はそれに輪をかけている。
一夏が鈴から聞いた限りでは、まず第一に国家から推薦を受け、そして学園側に編入試験の受験許可に出してもらわなければならない。この国から推薦を受けるというだけでも大事だし、その後の学園側の許可もそれなりだ。
編入試験自体は内容的に通常受験のそれと変わりない。筆記試験もあれば、母国の施設などで行う実技審査もある。無論、難易度はこちらの方が上である。そこへ更に面接などが加わる。
一夏が鈴より聞き及んだのはこの辺のおおまかなところである。鈴としては更に詳細を話そうとしたのだが、それは一夏自身が「もういい」と断っている。理由は単純で、とにかく至極面倒くさいということが分かれば十分で、そんな細かいところまで聞く気が起きなかったからである。
なんにせよ、今日からクラスに加わる二人はその至極面倒くさいのを潜り抜けてこの場に居るのだ。ならば、相応の能力を持っていることは疑いの余地もない。学力や人間性、そして実力。小奇麗な表現をするのであれば花が咲くと言うのだろう。そんな笑顔を浮かべているシャルロット・デュノアがその内にどれだけの実力を秘めているのか。一夏が気にするのはその一点に尽きる。
そしてもう一人。
「……」
無言で教室全体を見渡すような視線の少女に目を向ける。腰まで届く長い銀髪と、明らかに医療用のソレとは異なる黒の眼帯が印象的な小柄な少女だ。
隣に立つシャルロットと比べても明らかに小さいことが分かり、一見すれば小学生に見えないこともない。だが、その見た目に反して纏う雰囲気は硬質だ。シャルロットを花、ヒマワリあたりと例えるならば銀髪の彼女は氷だろうか。
「あの、ボーデヴィッヒさん?」
中々口を開こうとしない少女に真耶が声を掛ける。そこで一夏含めクラスの一同は彼女の名が『ボーデヴィッヒ』であると知る。おそらくは姓だろう。
「ボーデヴィッヒ、自己紹介だ。とりあえずは名乗れ」
教卓の前に立つ真耶と、転校生二人をちょうど左右挟み込むような形で教室角の入り口脇に立っていた千冬がボーデヴィッヒに声を掛ける。
「ヤ、ヤー!」
千冬の言葉に反射的とも言える反応を示すと、慌てた様子でドイツ語での返事と共に敬礼を千冬に返す。
自分ではなくクラスの方を向けと嘆息混じりの言葉に諭され、またしてもあたふたとした様子でボーデヴィッヒは改めてクラス一同を見る。
「ラ、ラウリャ・ボーデヴィッヒだ!」
噛んだ。
何とも言えない沈黙がクラスを覆う。一夏は見逃さなかった。千冬の頬の筋肉が笑いをこらえるかのようにピクピクと引きつっているのを。正直、それを見て良かったと思う。見ていなければ、自分がそうしていただろうと思ったからだ。
「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」
努めて何事も無かったかのように言い直したラウラに対して指摘をする者はいなかった。流石にさっきのアレを蒸し返すのはあまりに酷だと、一同が暗黙の内に了承していた。
「えーっと、デュノアさんはフランスの、ボーデヴィッヒさんはドイツの、候補生だそうです。ボーデヴィッヒさんはドイツ軍のIS専門部隊にも所属していて、二人とも優秀な能力を持っているので皆さんにとっては先達ということになりますね。
ですが、この学園での生活ということに関しては皆さんが先達です。お互いに色々なことで助け合って、仲良くしていって下さいね」
そんな真耶の言葉に揃ってハイと返事を返す。そして改めて二人を歓迎する拍手が沸き起こる。そんな最中、ふと一夏とラウラの目が合った。
「……」
無言でラウラが一夏の方に歩み寄り、机を挟み一夏の前に立つ。その一連の動きに従い、拍手も自然と収まる。
「……」
「……」
一夏とラウラが無言で視線を交わす。互いに静かな眼差しだが、そこには僅かだが緊張感がある。それに感化されてか、自然と沈黙が広がる。
「お前が織斑一夏か」
「いかにも」
「私はお前を見極めたい。お前が、教官の弟であるというお前がどのような人間か」
「なんだ、姉貴の弟子かい。それはそれは……」
それだけのやり取りをして再び二人は無言になる。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。そんな些細な音ですら、静寂に包まれた今の教室ではよく響く。
「よっこらせと」
そんな声と共に一夏が静かに椅子から立ち上がる。先にアクションを開始した一夏に誰もが息をのみ、特に一夏の周囲の生徒に至ってはあからさまに体を強張らせる。
「ふむ……」
立ち上がった一夏は何をするというわけでもなく、静かにラウラを見る。身長差ゆえに見下ろす形になるのは物の道理だ。
不意に、一夏の手が動いた。静かに持ち上げられる右手はラウラの頭へと向かっていく。一体何をするのかと周囲が緊張の面持ちになるが、それに反して当の二人は涼しい顔をしている。別に手の動きに敵意や害意があるわけではない。ラウラも、静かに事を見守る。
ポスッ
そんな効果音が聞こえそうな感じで一夏の右掌がラウラの頭頂部に置かれる。何が目的なのか理解しかねているラウラは怪訝そうな顔になる。
そのまま一夏は高さをラウラの頭頂部からずらさずに右手を自分の胸に引き寄せる。だいたい一夏の胸の真ん中あたりで手と胸が接触した。
そこへきてようやく、一同は一夏の行動の意味を理解した。彼は、自分とラウラの身長差を測っていたのだ。
あまりに予想外の行動にラウラだけでなく、誰もが疑問の表情を顔に浮かべる。ラウラも一夏の行動の意図を理解し、そして同じように疑問を浮かべている。
一体何がしたかったのか。その意図を聞こうとしたラウラは一夏の顔を見上げ、見下ろす一夏と視線が交差する。そして――
「ふっ」
勝ち誇ったように一夏が鼻で笑った。一夏は同年代の男子と比較しても大柄の部類に入る。百七十後半の背丈に鍛練の証拠である筋肉は、体格だけならもう何歳かは年上に見えるくらいだ。
対するラウラは、先述したように同年代の女子と比べても更に小柄。結果としてこの二人の体格差は、文字通り大人と子供のソレであり、一夏が得意そうにしたのもそこからである。無駄なくらいにニヤリとした表情が、どうにも見ていてイラツくものを感じさせる顔だった。
「むぅっ」
やはりと言うか、ラウラは明らかに不満そうな様子を顔に出す。だが、僅かに頬を膨らませた膨れっ面に、更に何とかして身長差を縮めようと努力しているのか爪先立ちで背伸びをする様子は、どうにも迫力というものに欠けており、むしろ幼子の微笑ましさしか感じない。
「あーほらほら。悪かったなぁ。機嫌直せよ、な?」
とか何とか言いながら頭を撫でる一夏に、ラウラは更に頬を膨らませてムームーと唸る。それを見てますます一夏は笑みを――どう見てもからかう気満々だが――を深める。ラウラの様子を面白がっているのはもはや明らかだった。
もっとも、実際に微笑ましい様子なのは事実であり、成り行きを見守っていた教室の面々もいつのまにか緊張を解き、やはりラウラの様子をどこか微笑ましげに見ている。千冬も、どこか呆れながらも小さく笑みを口元に浮かべている。
「ふ、ふんっ! 良いか! 私はお前なんかに負けないからな!」
「おぅおぅ、威勢が良いねぇ。頑張れよ、
「むぅ~っ!」
ラウラ本人は怒っているつもりなのだろうが、はっきり言って子供がむくれているようにしか見えないため、一夏もカッカッと笑いながらポンポンとラウラの頭を軽く叩く。そしてラウラはますますむくれる。見事なまでに意味のないスパイラルができあがりつつあった。
「あー、時間の無駄だ。デュノア、ボーデヴィッヒ、さっさと空いてる席に着け。おい馬鹿筆頭、お前もさっさと座れ。でなくば穴掘って埋まってろ。あぁ、デュノアとボーデヴィッヒは最後に何か一言あるのならば、言っても構わん」
そろそろ事の収拾をつけるべきと判断した千冬がそんな声を掛ける。「へーい」と気の抜けた返事と共に一夏は素早く椅子に座り、千冬の言葉に従ってラウラも素早く動く。
「えーっと、僕は特にないですね。みなさん、今日からよろしくお願いします」
そう言ってシャルロットは教室後方の二つある空席の一つに向かっていく。
(一人称が『僕』ねぇ。数馬あたりだったら良い反応するんだろうなぁ)
そんな取り留めもないことを考えながら一夏は、再度教室の前方に立ったラウラに視線を向ける。先ほどとは一転、ラウラの表情からは子供っぽさが鳴りを潜め、自己紹介前の硬質さが漂っていた。
「仔細は省くが、私は以前母国で教官、織斑先生の教えを受けたことがある」
その言葉にクラス中がどよめくような反応をする。そんな中で一夏は特に何の反応も示さなかった。
このクラスの内の何人が知っているかは知らないが、千冬が一時期ドイツでIS操縦の教官職に就いていたことは知っていたし、先ほどのラウラの千冬への教官という言葉から、彼女が当時の千冬の教え子であることは想像に難くなかった。
「私にとって教官の教え、教えを受けたことそれ自体は、私のIS乗りとしての誇りであり根幹だと思っている。そして今、このクラスに居るお前たちは同じように教官の教えを受けている。
このクラスの大半は
そしてラウラもまたシャルロットと同じように自分の席に向かおうとする。
ラウラが一夏のすぐ脇を通り抜けた直後、隣の生徒が一夏に小声で声を掛けてきた。
「ねぇねぇ織斑君。あんなにからかっちゃって大丈夫なの? 彼女、ちょっと怖そうだよ?」
「別に平気さ。あの時のあいつの反応は割と素だった。多分、ありゃ本質的には結構素直なんだろうな。ただ、それをちょっと軍人気質で背伸びさせてるようなもんさ。それに、弄ると実に面白い」
ククッと小さく笑いながら答える一夏の言葉に邪気はない。本当に、ラウラを面白くて可愛げがあると評している言葉だった。
そのまま視線を後ろに向けてラウラの背を追った一夏は――
「あうっ」
そんな声と共に床に躓いて転んだラウラの姿を目の当たりにした。
『……』
再び沈黙が教室中に広がる。先ほどの噛みに比べてやや重苦しいのはおそらく気のせいではないだろう。
「……こ、この程度どうと言うこと……。ド、ドイツ軍人は狼狽えない……!」
むくりと起き上がったラウラは自分に言い聞かせるように言うが、その声は微妙に震えていた。
なんとなくであるが、一組におけるラウラ・ボーデヴィッヒという少女への認識が固まった瞬間でもあった。
(ま、またこれから少し騒がしくなるってことかな)
そんなことを思いつつ一夏は小さく鼻を鳴らすのであった。
この日の授業はISの実機を用いての授業から始まる。一限と二限を通して行うこの授業は一組と二組の生徒が合同となって行う。
今日の内容は基本的な移動操作の確認が主となる。二クラスの専用機持ちは計五人。この五名を除いた一組二組の生徒全員を出席番号順に五つのグループに分けて専用機持ちをリーダーとしてのグループを作る。
そして教員の――今日に関しては千冬と真耶がメインである――指示を指標としてリーダーである専用機持ちがそれぞれ自分の担当するグループの生徒を見ていくという方針だ。
なお、この出席番号順はグループ分けをする時点で素早く一夏が千冬に進言したものである。千冬もこの進言をすぐに受諾。自由に組ませたところで誰か一人に人が集中して時間がかかることになるだろうということを、姉弟揃って事前に見抜いていた結果である。
「さぁて、手早く始めるとするか。タイムイズマネー、修行において時間とは非常に重要な要素だ」
そんなことを言いながら一夏は自分の周りに集まったグループメンバーを見回す。一夏のグループに入れたことに何かしらの期待をしているのか、明るい顔をしている者が殆どだ。それを見て一夏は苦笑をせずにはいられなかった。
「どしたの、織斑君?」
「あぁ、相川。いやさ、俺のトコに来るのがそこまで良いもんなのかとね。ぶっちゃけ、本気で上手くなりたいなら俺よりも他の四人のトコが良いんじゃないかと思ってさ」
何せ自分を除くこの場の四人の専用機持ちはすべからく国家より選出された候補生。各々の国で名実ともにIS乗りのエリートの一角として選ばれた人間だ。自分のように、半ば鳴り物入りのような形で専用機を持つことになった人間とは違う。
「まぁ良いさ。任された以上は真面目にやらせてもらう。早いな、ボーデヴィッヒやデュノアなんかもう始めてやがる……。ほら、全員整列! 急げぃ!」
声を張り上げて一夏は自分を囲むように立っていた面々を一列に並ばせる。そして各グループに貸し出された練習用の打鉄の横に立つと、その装甲を拳で軽く叩きながら言う。
「これから並んだ順にこいつに乗り込んでもらう。やることは単純。まずは少し歩く。次に軽くジョギング程度で走る。そしたら少しだけ浮いて軽く走らせてみろ。やりかたは機体にマニュアルがあるらしいから、それを見ろ。てなわけで、一番手相川ぁ! レッツゴー!」
「あ、了解!」
一夏に指示を受けた相川清香が急ぎ足で打鉄に駆け寄り乗り込む。そこから動き出すまでの間にも一夏の言葉は続く。
「良いか、降りるときは屈んで降りろ。でなきゃ次のやつが乗れないからな。忘れたやつはデコピン一発だ。良いな!」
一同揃って首を縦に振る。そこでメンバーの一人が恐る恐るといった様子で手を挙げながら言った。
「あの、ISがいきなり変に動いたりしたらどうすれば良いのかな」
「あぁ、それなら――」
同時に一夏の体を一瞬光が包む。次の瞬間には光は消え去り、そこには白式を展開した一夏の姿があった。
「まぁそんなことも早々無いだろうが、その時は俺が止めるよ。なぁに安心しろ。周りに迷惑かかる前に俺が武力鎮あ――確実に止めてやる」
今何かものすごく物騒な単語が聞こえたような気がしたのだが、気のせいなのだろうか。それはグループの誰もが首を傾げながら思ったことである。既に打鉄に乗り込んでいる清香など、微妙に引きつった顔をしている。
「まぁ、こういうコトに関しちゃIS以外も含めて俺はお前らよりも経験はずっとある。そこから言わせてもらうとな、多少痛みを伴った方が覚えは早い。痛みは、同時に体に叩き込まれ刻まれる証だ。あぁ、だから今の内に言っとくぞ。俺は手取り足取りなんてしない。そうさな、ちっとは痛いの我慢しろ。そして感じるんだ。『あぁ、自分は今――上達している』と」
『……』
段々と言葉に熱がこもっていく一夏の様子にますます沈黙が深まる。
(もしかしなくても織斑君ってあれ? やられて覚えろとかそういうハードな体育会系?)
(あれだよね、どっかのゲーム的に言うなら死んで操作を覚えろとかそういうの?)
(……ゴメン、今になって思うと織斑君ってそういうタイプだわ)
(あれ、絶対自分にも他人にも厳しいってやつよね)
そんなことを考える彼女らに、一夏はゆらりとした動作で視線を向ける。クックと小さく笑っているのが微妙に怖い。
「まぁとりあえずアレだ。俺も頑張るからみんなも頑張れ。それでみんなはとりあえず――」
ゴグリと一夏のグループ全員が唾を飲み込んだ。
「覚悟だけしといてね?」
この時、彼女らは一夏の目から不気味に光る怪光線を幻視したと言う。そして思った。もしかしたら外れくじ引いたかもしれないと。
だが、そんな彼女らの予想に反して移動の練習は思いのほか平和に進んだ。確かに動きのそこかしこにぎこちなさのある者も少なからず居たが、それでも精々が軽く指摘を受ける程度で致命的なミスをする者もいない。
気が付けば最後の一人が浮遊移動をもう少しで終えるというところまで来ていた。
「まぁ、こんだけできれば上等か。この分なら誰がどうこうしなくても勝手に上手くなるな」
そんな呟きを耳で拾い上げた少女らは静かな歓喜に身を震わせた。ひとまずの安全は確保されたと。だが、その歓喜は直後に粉微塵に粉砕されることとなる。
「よし、このまま刀使った練習いくか」
『なん、だと……』
思わず絶句する少女らを尻目に、一夏は白式の通信を使って離れた場所で他のグループを見ている千冬のインカムに繋げる。
『どうした、織斑』
「あぁ先生。こっちのグループは一通り移動の動きを見ましたがね、全員及第点はイケるラインだと思うんですよ。ですので、ちょっとブレード使って細かいこととかやらせてもらっても良いですかね?」
『ふむ、良いだろう。ただし、その前にもう一度確認をしておけ。それと、使うなら近接装備だけだ。飛び道具は流石に許可できん。当然ながら、安全への配慮を最優先にしろ。良いな?』
「はい了解」
『結構。では精々小娘どもをしごいてやれ』
「アイアイマム」
通信を終えた一夏は小さく口元に笑みを浮かべた。だが、その様はグループの少女らにとって、まるで悪魔が口を三日月形に開きながら笑っているようにしか見えなかった。
「じゃあ、もう一度軽く流してみよっか?」
『は、はい……』
そして再び清香から打鉄に乗り込んで移動練習を行う。一人、また一人と終えていくたびに彼女らの緊張は高まっていく。そして最後の一人が打鉄から降りると同時に、一夏は口を開く。
「さぁ諸君、今から楽しい楽しい撃剣練習だ」
(それは君だけだよ!!)
できるなら声を大にして突っ込みたかったが、できなかった。できようはずもない。
「ねぇみんな、こうなったら覚悟決めようよ。ていうか、考え方変えない?」
一人の言葉に、それはどういう意味かという疑問の視線が集まる。ちなみにこの時一夏は必要なものを白式装備の上で格納庫に取りに行っているため、この場には居ない。
「ぶっちゃけ織斑君のブレードの使い方が凄いのは分かってるし、それに教えて貰うのは私たちにとってもラッキーって思えば……良いんじゃないかな?」
「なんで自信なさげなのよ……」
「あぁもうこうなったらヤケだわ。とことんやってやろうじゃないの」
「主よ、どうか我らを守りたまえ下さい」
どこか悲壮感を漂わせながらも覚悟を決めつつある面々。そんな彼女らのもとに、必要なものを持ってきた一夏が戻ってくる。
「よーしお待たせ。とりあえず、これ使うぞ」
そう言って一夏は格納庫から持ってきた日本刀型の近接用ブレードと西洋のロングソードを模した近接用ブレードの二本を地面に突き立てる。
「やることは至って単純。打鉄に乗ったら、この二本のうちの好きな方を使え。自分に向いていると思うやつな。途中で変えてみるのもアリだ。
なぁに安心しろ。動きの基礎の基礎くらいは教えてやる。でもって、ただひたすらに俺の剣を防ぎ続けろ。まぁ慣れれば、近接戦でならそれなりに戦えるようにはなるぜ。さて、じゃあさっそく一人目行こうか。相川」
一夏に促されて清香が打鉄に再び乗り込む。その表情は固かったが、どこか覚悟のようなものを決めた目をしていた。
「織斑君」
「ん?」
「よろしく、お願いします」
「あぁ、任せろ」
そして地面に突き立つ二本の内、日本刀型ブレードを手にした清香は一夏の前に立つと見よう見真似の正眼を取る。
「もう少し背筋を伸ばせ。それと、変に力むな。まったく力を入れないのも問題だけど、力みと脱力のバランスが肝要だからな」
冷静に指摘しながら一夏もまた白式の武装である蒼月を展開し、刃を振り上げたような八相の構えを取る。
「じゃあ、始めようか。精々体に叩き込め」
その言葉と共に一夏は一息の内に清香との距離を詰め、ここに織斑グループの撃剣訓練が幕を上げた。
「脇が甘い! んなザマじゃ剣弾かれて直撃くらうぞ!」
「打たれる度に後ろに下がるな! 腰が引けてる! それじゃあ守りも攻めもできない!」
「遅い! これが
「怖がるのは良い! だが逃げるな! 恐怖を飼いならせ! 危険を察知するセンサーにしろ!」
「隙ありと見たら斬りに来い! いっそ死にやがれの精神で斬りに来い!」
「何があっても相手の気迫に呑まれるな! そうなったら後は負け一直線だ! まず第一に気合いの勝負があるんだからな!」
別に拡声器を使っているわけでもないのに、広いアリーナに一夏の怒号はよく響いた。
恐怖に歯を鳴らしながらも、それでも自分を高めるためと果敢に一夏の剣に立ち向かう少女達と、その意思をくみ取ってなお押しつぶさんばかりの気迫と攻めを加える一夏の姿は、いつの間にか他の者達すべての注目を集めていた。
勿論、よそのグループに見とれて自分たちの動きを疎かにするような者はいなかったが、それでも熱の入り様という点で現状一夏らが最もであるのは明らかだった。
『……』
その様子を無言で、そして真剣な眼差しで見つめる者達が居た。セシリア・オルコット以下一夏を除くこの場にいる四人の専用機持ち候補生である。
セシリアも鈴も、転校したてのシャルロットもラウラも、今現在このアリーナでもっとも苛烈だろう練習を行っている一夏らの姿を、真剣な面持ちで見ていた。
一夏の姿に同じく各々のグループを預かる専用機持ちとして思うところがあったのだろう。改めて自分が受け持つ同級生たちに向き直ると、一層気を引き締めた上でより上を目指すための、次の指示を下し始める。
そうして、自然とアリーナ全体の活気が高まっていく。その一部始終を見ていた千冬と真耶の教師二人は、顔を見合わせて互いに小さく笑みを浮かべるのであった。
なお余談ではあるが、授業の終了時刻が迫ったために練習を終えた段階での織斑グループの面々を一夏が評して曰く、『さすがに候補生とか相手はきついだろうけど、それ以外の連中相手ならまぁ近接で勝てるかは知らないが負けはしないだけの下地はそこそこできたし、このままちゃんと高められれば良い線いける』と、自分が受け持った者達の呑みこみの早さにそこそこ満足げにしていた。
その評を受けて面々は、短い時間の中で少しではあるが結果が出たことに安堵すると同時に、まだこれから授業が他にもあるにも関わらず、息も絶え絶えの様相を呈していた。そして一夏はと言えば、この程度なら余裕なのは当然と言わんばかりに涼しい顔をしており、『こいつ本当に人間なのか?』と信じられないような視線を向けられるのだが、余談なので特に関係はなかったりする。
というわけで、シャルの男装について取っ払いました。それに合わせて彼女を取り巻くアレコレについても手を加える方針です。別にまるで違うようにするとかそういうのじゃないです。ただ、原作での彼女が抱える問題って冷静に考えると、処理するのがとてつもなく厄介な問題なんですよね。だからまぁ、手抜きなんて言われてしまったらそれまでなのですが、その辺について扱いやすくするというか、あまり大事にならない程度のものにしようかと思っています。多分、えらくあっさりした片の付き方になるのではと予想したり。
ラウラについても原作よりだいぶマイルドですね。ドイツでの千冬の接し方がどうだったのか、その辺も後々で描けたらと思っています。
ちなみに、本作でのラウラは「お堅い軍人さんとして振る舞うよう頑張っているけど、実際はちょっと天然入った見た目相応の幼さがあって、割と簡単に素が出るから結構みんなに可愛がられるポジ」をイメージしています。え? 長い? すみません。
ところで、前回の話で数馬くんを盛大に弄った結果、なんとなく彼についてこのままに放っておくのは勿体ないなぁと思ったりしました。また本編中でも出したいと思ったり。
一夏が「俺の愛は破壊の情」とか言い出さないように気をつけねばww
……ラウラ弄ったんだしクラリッサも弄っていいのかも……
ラウラを中距離型にしてクラを近距離にすれば釣り合い取れる。高速機動型なんてのもありだな……
戦乙女……雷速……剣舞……瑞沢さんだし……いえ、なんでもないですハイ。