或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

13 / 89
更新が遅れまして申し訳ありません。
いや、リアルが割とマジで忙しかったものですから。大学の期末も近くありますし。
いやぁ、にじファン時代に連日更新とかしてた頃が懐かしいですね。

今回でクラス対抗戦は終了です。
読者の皆様におかれましては、お楽しみいただければ幸いと存じます。
そして、感想が頂けるともっとウルトラハッピーと存じます。


第十三話 武と智の競り合い

 既にクラス対抗ISリーグの午後の部が始まってからそれなり以上の時間が経った。

 午後の部のスタートとなる第四試合、続く第五試合は既に終わった。

 第四試合の凰鈴音対更識簪。一国の候補生同士というこのマッチングは、純粋な乗り手のレベルという点から特に高い注目を集めていた一戦であった。

 

 結果は更識簪の勝利。

 アサルトライフルなどの軽火器を複数、細やかに操り相手のペースを崩そうとする簪に対して鈴音が取った戦法は、ひたすら攻勢に徹することだった。

 勢いの強さで押して相手の妨害を無意味なものとする。総合的に安定した機体スペックと衝撃砲という不可視の攻撃による牽制が可能な甲龍、そして凰鈴音という少女の気性が組み合わさったからこその戦法だろう。

 だが押し切ることは叶わなかった。

 素人所見でしかないと分かってはいるものの、一夏の見立てでは両者の操縦者としての技量はほぼ互角。勝敗を分けたとすれば、多彩な武装を操る簪の巧さと、あとはやはり同じ候補生であっても経験が物を言ったのだろう。

 

 続くスーザン・グレーと鈴の試合は予想通りというべきか、鈴の勝利。

 自分がそうしたように、余裕を持っての勝利となっている。全敗を喫したことになるスーザンには悪いが、ある意味では必然と呼べる帰結だろう。彼女に関しては今後次第ということになる。

 

 そうして残る一夏と簪の試合のみを残した時点で、すでにある程度の順位というものは固まっていた。

 一勝のみの鈴が三位に、全敗のスーザンが最下位の四位に決まった。そして、最後の試合で一位と二位が決する。

 

 IS学園の中でも特に優秀な者の代名詞と呼べる候補生。

 そしてその候補生を既に二度も下した唯一の男子生徒にしてダークホースでもあるルーキー。

 もはや順位など関係なしに、この二人が競い合ってどちらが勝つのか、観客はただそれのみに注目していた。

 

 

 そして始まる最終試合。既にうっすらとした夕日の茜が空に浮かび上がってきた頃のことである。

 

 火薬が炸裂する音と共にアリーナの地面に弾痕が穿たれていく。

 次々と穿たれていく弾痕は線を描くように連なっている。巻き上がる土煙と共に描かれていく線の先には常に一つの影が存在していた。

 

 身を守るシールドを削ろうとする銃弾から己を逃がそうとしているのは白式を纏う一夏だった。

 現在一年生の中に存在する四機の専用機の中でも機動性に抜きん出た性能を持つ白式に、簪操る打鉄弐式の手に握られたアサルトライフルの弾丸はろくに当たらずにいた。

 照準が補足し、発砲のために引き金を引くとほぼ同時に振り切るように白式が宙を飛ぶからだ。

 

「へぇ……。速いね」

 

 ろくに弾が当たらないこともまるで意に介していないように平坦な声で簪が呟く。

 試合の間、試合を行う両者のISは会場全体への放送用、緊急時の連絡用などの必要性から管制室と相手方ISとの間に最低でも音声による通信を繋げることになっている。

 そのため、先ほどの簪の呟きも一夏の耳にはっきりと入ってきていた。

 

「はっ、余裕だな」

 

 地面スレスレを滑るように飛びながら一夏は体を半回転、スラスターの噴射口が進行方向に対して真横を向く形になった所で強く吹かす。

 直進している最中に真横へと強く押されたと形容すべきベクトルで力を加えられた白式は進行方向を急激に変える。

 さすがに完全とはいかずとも非常に直角に近い高速の方向転換を行ったことで強いGが白式に、乗り手である一夏の体にかかる。

 体を強く圧迫する感覚に僅かに眉をしかめるが、この程度は織り込み済みだ。それに耐えられない程ではない。

 ISにはGによる体への負担を軽減する機構が備わっている。この機構も働かせる度合いは、範囲こそ有限ではあるもののある程度調節ができる。

 そして白式について言えば、数日前から倉持の技術者の助力の下で行った調整の際の彼ら曰く、他のISよりも軽減の度合いが低いとのことだ。

 メリットで言えば機体内部のコンピュータの処理リソースの増加に伴って、他の機構の処理が円滑に行われること。デメリットはGなどの負荷が強く体にかかるくらいだ。

 

 方向転換は一度に留まらない。二度、三度とスラスターを瞬間的に強く、地につけた足で地面を蹴るような感覚で吹かす。

 吹かすのは基本的に左右両方ではなく、片方ずつだ。それだけでも十分に加速はできるし片方だけということで機体の機動を揺らして相手の狙いを妨げられる。両方で吹かすよりエネルギーの消費が少なくて済むのもある。

 右へ左へと動くたびに体に強い圧迫感が襲い掛かるが、伊達に何年も鍛え続けてきたわけではない。

 身体的なスペックならば同年代最高峰であるという自負はある。特に耐久力に関しては稽古で、幼少期には姉の竹刀と躾の拳骨で、ここ数年では師の訓練用模擬刀と鉄拳で相当以上にあるとも思っている。

 

(ハッハッハ、武術家ナメんじゃねーぞ、っとぉ!)

 

 それなりに振り回しているつもりではあるが、簪は執拗に自分を狙ってきている。つい先ほども背筋に流れる電流とも錯覚するような直感に反射的に従って動いてみれば、自分のすぐ近くの地面に弾痕が穿たれたところだ。

 やはり経験の差からくるものは大きいと改めて思い知らされる。簪の打鉄弐式は自分に追いつこうと確実についてきている。

 打鉄弐式が通常の打鉄に比べると機動性に優れていると見て取ったが、それでも白式との機動力の差がそれなりに大きいため、未だ距離は保たれているが、この状況はむしろ自分にとってまずい。

 

 それまでの試合の流れを見るに、簪も近接戦を行わないわけではない。現に鈴との試合では薙刀を模したとおぼしき武装を使っていた。

 だが、その本領はおそらく中・遠距離戦だろう。そして決め手になるのは、今は展開していないが、ミサイルポッドから放たれる多数のミサイルだ。

 先のスーザン、鈴の両者ともそれで止めを刺されていた。

 

(この状況、あるいは既に彼奴の術中にあると見ていいかもしれない。このまま距離を離したままだと、俺も連中の二の舞だ)

 

 今までこそ射撃を回避するために距離を離していたが、それもそろそろ止めて仕掛けた方が良いかもしれない。

 試合前に付け焼刃程度でしかないが、頭に叩き込んだ知識によるならば、ISでミサイル兵装を運用する場合、ミサイルの方に自動的に敵を探し出すシステムがあるならまだしも、そうでない場合は戦闘機などに搭載されているものと同様に、相手を確実にロックしてから放たれる。

 このあたりは射撃兵装と大差はない。だが違いがあるとすれば、一発分のロックに銃器より時間がかかること。目標の数の多寡に関わらず、一度に多数のミサイルを放つ場合は更に時間を要すること。

 あるいは、今こうしている時にもそのロックは着々と進んでいるかもしれない。

 

(まずいな)

 

 思えばこのスタイリッシュでエクストリームな追いかけっこは試合開始直後からだった。

 もしかしたらどこからか術中に嵌っているなどという考えは甘すぎたのかもしれない。

 今もピットに控えている川崎の言葉によれば、打鉄弐式に搭載されているミサイルは、それこそ弾幕を張れるくらいの多量だと言う。

 初めから簪がミサイルの狙いをつけるためにわざと追いかける振りをして時間を稼いでいたとするのならば、一夏も流石に苦い表情を浮かべる。

 

(こりゃ本当に被弾覚悟で開幕直後から攻勢に出りゃ良かったか)

 

 相手を警戒してやや受け身に回った己の失策だ。

 だがそれを悔いている暇は無い。試合が始まったその瞬間から既に簪の策に捕らわれ始めていたとして、このままズルズルと続ければ状況は更に悪化するかもしれない。

 そうなる前に決める。速力に優れる白式の機動性で多少の無茶をしてでも距離を詰める。そして間合いに捉えて斬り捨てる。

 体の向きを反転させて視界に簪を捉える。構えられたアサルトライフルの銃口が自分に狙いを定めていた。

 見切った射線上に蒼月の刃を置く。直後に衝撃が蒼月を通して腕に伝わってきた。

 未だに自身と機体は動き続けている。体を反転させる前に動きそのままであるため、今は後ろ向きに水平移動をしている状態だ。

 そして一夏は移動はそのままにして機体を下げる。足裏が地面に触れると同時に強く蹴り、跳躍で再度上空へと向かった。

 

 

 

 

 

 

(来る)

 

 声には出さず胸の内で、まるで自分など関係ない他人事のように簪は呟いた。

 先ほどまで自分でもそうと分かるほどにしつこく射撃で狙い、それを一夏は回避し続けていたわけだが、ここへきて動きが変わった。

 こちらに向けていた背を返し、距離は離れているが真正面から向き合う形になった。

 やることは変わりはしないので、ごく普通にFCSのロックに従ってアサルトライフルを撃ったが、手にしていた刀によってあっさりと弾丸は弾かれた。

 別に今更驚きはしない。そうやってくるだろうということも、彼女にはとっくに織り込み済みだった。

 

 跳躍から大きく宙に飛び上がった一夏はそのまま簪の方へと向かってくる。勿論真正面からというわけではないが、それまでとは異なり明確に簪との間合いを詰めようとしている動きだ。

 

 火薬の炸裂音が連続で響く。両手に握った二丁のアサルトライフルを交互に、結果としてほぼ間隙の無い連続射撃が一夏に襲い掛かるが、どれも回避されるか手に持った刀で弾かれる。

 その姿に、試合が始まって初めて簪は「嫌そうな」顔を作る。

 

(これだから……)

 

 打鉄弐式のスラスターを吹かして距離を開けようとする。

 チラリと視線を移す。自分のみに見える打鉄弐式の機体コンディションなどを始めとした各種情報が表示されるモニターには、ある工程の完了具合が示されている。

 それは打鉄弐式の最大火力とも言える兵装である、多連装ミサイルのロックオン。一夏の白式とは別の、倉持における打鉄弐式の開発チームと共に作り上げたこの兵装を完全に活かすためのロックオンシステムだ。

 当然ではあるが、開発した側には簪のISに搭載し、そのデータを得ることで更に利潤へと繋げようとする思惑もあるのだが、今は関係ない。

 ロックオンさえ完了すればほぼ王手をかけた状態に持って行ける。だが、今しばらく時間が必要だ。

 自分で必要なデータを打ち込めれば手っ取り早いのだが、そんなあからさまな行動を相手が許してくれるわけではない。

 だからこそあえて作業はIS任せにして、自分は適当な射撃で時間を稼いでおこうとしたのだが、あの動きを見るにおそらく見破られている。

 

(本当に、これだから……)

 

 相手の側にも倉持の技術者がバックでついている。自身の機体の情報がある程度漏れるのは当たり前と考えていいだろう。

 だが、そこからこちらの手を見抜くのはまた話が別だ。何がそれを為したのか? 経験? いや、相手のIS乗りとしての経歴を考えればあまり当てにはならない。

 となれば、持って生まれたセンスのようなものだろう。それで見抜かれたのなら、まだこちらも甘かったということだ。

 

 それだけではない。今も続く射撃と、その回避あるいは防御からの間合い詰めへの繋ぎ。その動きにしたって、既に他の同級生よりもだいぶ上のものだ。

 勿論、本人の努力だとかそういうものもあるのだろう。だが、それでも習熟への期間が早い。となるとその要因など、『才能』だとか『センス』だとかの言葉でしか言い表しようがない。

 

 『才能』や『センス』、そういう言葉を考えて、考えたのは自分であるはずなのに簪は嫌気がさす。

 努力はしているのだろう。というか、して当たり前だ。それに関しては何も言わない。

 行う努力を、更に持ち前の才能だとかセンスが押し上げる。それもある意味その者に与えられた幸運のようなものだ。別に否定をするつもりはないが、少しは文句くらい言っても良いだろう。

 

 一夏の手に握られる蒼月の刃が振るわれ、再び弾丸を斬り弾く。

 

 あの姿を見ていると、自分にとってはとても身近な、一人の人物が思い起こされる。

 別に嫌ってはない。なにしろ血を分けた()だ。むしろ大事さえ思っている。

 だがそれはまた別として、目の前の相手同様に、努力は当たり前だが、その努力によって更に際立っている彼女の才能やセンスには、色々思うところがある。

 あれだけ才覚を見せつけておきながら、あくまで『自分は凡人』と言い張るのだ。そりゃ、一言物申したくもなる。

 

 早い話、簪が感じているのは『こいつもかコノヤロウ』という類の呆れであった。

 

 とにかく、こちらの布陣が整うまでは下手に距離を詰められるわけにはいかない。

 簪の打鉄は総合的に『安定性』というものに比率を置いている。だがあの白式は別だ。

 その様はかつて打鉄以前に倉持の名を高めた『暮桜』、この学園の教師であり相手の実姉である織斑千冬のかつての愛機を彷彿とさせる。

 その在り方は、対ISの突破力特化。下手に接近を許せば、力ずくでこちらが押し破られる可能性もある。

 なまじ日本の候補生として日本のISに触れる機会が多かっただけに、特に近接戦闘用に開発された武装の威力の高さはよく知っている。

 直接見たことも受けたこともないが、一組教師である織斑千冬の現役時代の切り札である零落白夜などその最たるもの。

 現在各国で広く用いられているところで有名どころを上げるならば、フランスはデュノア社開発のパイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』に、日本の高周波振動刀機構だろう。

 

 既に一夏のISの装備に関しての情報は入手している。それのみを基本装備としている日本刀型武装『蒼月』は、高周波振動に加えて強い熱量によって基本威力を更に上げた代物だ。

 さすがにかの零落白夜ほどではないが、直撃を受けた時のダメージは刀剣型武装の中でも現状頂点を競いうるものだ。

 右手に持っていたアサルトライフルを一度格納する。続けて量子展開によって呼び出したのは薙刀だ。

 冗談でもなんでもなく、まさしく薙刀だ。『夢現(ゆめうつつ)』という名称が付けられているこの装備は刃の部分に白式の蒼月同様に超振動機構を搭載している。

 その極めて長い柄を片手で軽やかに回しながら簪は左手のアサルトライフルを撃ち続ける。

 

 一夏が不意に簪の視界から外れた。すぐにその後を追う。動かした視線の向かう先は上方。一度上空に上がってから急降下攻撃を仕掛けるつもりかと身構える。先の凰鈴音戦で彼はそれを止めとしていた。

 

「うっ!?」

 

 思わず呻いた。視線を上げた直後、一瞬視界を焼かれた。焼かれた、というのは比喩表現ではあるが、まさしくぴったりなものだった。

 

(しまったっ、逆光っ……!)

 

 射撃の基本は相手を常にその目に捉えることだ。だが、その基本に徹したことが仇となった。

 地表を照らす日光、その光源である太陽はそのまま見ようとするにはあまりに眩しすぎる。まるで絶対的な格の差というものを突き付けられているかのようにだ。

 それはISに乗っている時であっても例外ではない。もちろん、すぐさまにハイパーセンサーが過剰な光量を感知して眩しさを大きく抑えた状態で簪の目に出力する。

 それによって眩しさに目を焼かれる心配はなくなったが、未だ最初に目を焼かれた時の刺激が視界を蝕み、太陽の光は視界を白く染めている。

 

 光の中心、太陽の真ん中に黒い点が見えた。一体何なのか、考える内にその影は大きさを増し、正体をあらわにする。

 それは、持ちうる攻撃力の全てを叩きつけんと刃を輝かせた蒼月を構える一夏の姿だった。

 

(そういうことっ……!)

 

 太陽を背にして相手の視界の自由を狭めた上で上空から攻撃を加える。戦闘機に限らず、それこそアニメにおけるロボット同士や例えば空を飛ぶ魔法使いや超能力者など、空中戦におけるセオリーの一つだ。そしてこのセオリーは当然ながらISの戦いにおいても効果を発揮する。

 あまりにもシンプルな手にやられたことに己を叱咤したいが、悔いている間は無い。何せ今も一夏はその距離を一気に縮めてきていて――

 

「きぇいっ!!」

 

「くっ!!」

 

 ギャリギャリという金属同士が擦り合う甲高い不協和音と共に二つの刃が激突する。

 だがそのまま競り合いとはいかなかった。確かに視界はまだ僅かに不自由が続くが、それ以外の感覚には微塵たりとも支障は存在しない。

 刃同士の接触とほぼ同時に、スラスターを反転させて強く吹かしこむ。当然の帰結として機体は後方へと飛んでいく。

 それで良い。接触によって相手側の速度は大きく削られた。それを上回る速さで後退すれば、必然的に両者の距離は開かれる。

「あっ! あんにゃろう逃げやがった!」と言わんばかりの表情を一夏がしているのが見えるが、あいにく相手の攻め手に付き合う義理は微塵たりともない。故事に曰く三十六計だ。

 

「逃がさんっ!」

 

 一夏が追って来る。当然の反応だろう。特に驚きはしない。すぐ背後に地面が迫っているのを感じると同時に、今度は通常通りにスラスターをやや弱く吹かして軽い減速とする。

 そのまま姿勢を整えて足が地に着くと同時に、再びスラスターを吹かして再度後方へと移動する。

 

「賢しいっ!」

 

 目的とした着地点より簪が退いたことに悪態をつきながら一夏も同じようにして着地する。

 着地と同時に大きく姿勢を屈めて、さながら地面にはりつくような着地をした一夏は蒼月の切っ先を地面に突き刺す。

 そのまま握った柄を振り抜き、二人の間に土煙を上げる。

 

「何を……」

 

 呟いた直後に目を見開く。土煙による褐色の幕を突き破って蒼月の切っ先を突き出した一夏が高速で向かって来る。文字通り一息の間に距離を詰めるその速さは、間違いなく瞬時加速によるものだ。

 反射的に夢現を縦に向けて構えていた。直後、再び耳障りな金属音と共に蒼月の刃と夢現の長大な柄がこすれ合う。

 蒼月の刃を覆っていた青白色の輝きは既に無かった。直撃が見込めないと分かった時点で余計なエネルギーの消費を抑えるために発動を切ったのだろう。あの距離を詰めて接触するまでの一瞬でそこまで見切って判断したのは素直に大したものだと思う。

 瞬時加速によって齎された速度というのは早々に無くなるものではない。少なくとも、得物同士が擦れた程度ではろくな減速を見込めない。

 一夏は殆ど速さを緩めずに簪の脇を通り過ぎようとする。すれ違いざま、一瞬だけ目があった。不意を突いただろう一撃がかわされたはずなのに、彼の目には明らかな笑みがあった。

 

「ぐぅっ!?」

 

 何事かと考えるまもなく体に衝撃が走った。夢現を構えたことにより、真正面に体の側面を向けるような半身の姿勢を取っていたのだが、その側面に鈍い痛みと共に衝撃が襲い掛かってきたのだ。

 思わず瞑りそうになった目を無理やりこじ開けながら衝撃の元を確認する。夢現の柄を握る左腕、そこに曲げられた一夏の膝が突き刺さるように叩きつけられていた。

 

「こっ、のっ……」

 

 ミシミシと骨を軋ませるような蹴り、その重さを実感し、そして留めきれなかった衝撃によって更に後方へと吹っ飛ばされながら簪は食い縛った歯の間から微かに悪態染みた声を漏らす。

 賢しいのはどっちだと言いたかったが、よく考えてみれば彼のメインウェポンは剣だけではない。その四肢それ自体もまた、簪の見立てでは生身であっても人を殺めるのは容易いほどに研ぎ澄まされているはずだ。

 それを失念していた自分のミスとしか言いようがないだろう。

 

 ようやくまともに叩き込めた一撃、それを皮切りにして一気に自分の流れに持ち込みたいのだろう。一夏が追撃を仕掛けてくる。

 上等だ。ならばそのまま、こちらのペースに巻き込み返してやるのみ。

 再度の接近から上段の斬りおろしによって迫る刃を、今度は夢現の刃で受ける。接触点を支点とするようにクルリと柄を回して一夏の側面から柄による打撃で攻め込む。

 薙刀のような長柄の武器は、このように柄を打棒のように扱うことができる点が長所の一つだ。確かに小柄な武器に比べれば全体的な取り回し安さでは後塵を拝するだろうが、それでも上手く扱えば十分に追いつける。

 それに、その長さを利用して相手を迂闊に寄せ付けない打撃の結界を築くことも可能だ。もっとも、そうした所で彼にどこまで通じるかは定かではないが。

 

 重い風切り音と共に夢現の刃が白式のシールドを切り裂こうとし、長柄が打棒のごとく打ち据えようとしてくる。

 上段から刃が迫ったと思えば下段から打撃が襲い掛かってくる。簪の薙刀捌きの手並みは見事の一言に尽きるものであり、それまで射撃を中心とした中・遠距離での彼女の戦いをメインに見てきた観客達の一部には感心するような呟きを漏らす者もいる。

 だが、対する一夏も負けてはいない。否、見る者が見れば簪の攻撃が一夏へ与える影響は微々たる者だと分かる。

 確かに一見すれば簪の連続攻撃に対して一夏が守勢に回っているように見える。いや、事実としてはそうだが、問題は一夏の守り方だ。

 ジリジリと、少しずつではあるが得物同士の接触するポイントが一夏から遠ざかっている。

 一夏の持つ防御の間合い、そこから先には僅かたりとも侵攻を許さず、逆にその守りの結界の範囲を押し広げている。

 

 ――『制空圏』 

 

 簪の脳裏に、自分と姉に武芸の手ほどきをしてくれた父の言葉がよぎった。

 あくまでも概念的な表現であり、実際には自身の保有する間合いの非常に高度なレベルでの把握であるが、これを会得している者とそうでない者では実力に大きな開きがあると言う。

 

 一度後方に飛び退き、夢現の柄を右手だけで持つと空いた左手にアサルトライフルを顕現させる。そのまま銃口を真正面に向ける。この距離はさほど離れていない。狙いを精緻に定める必要もなく当てるのは可能だ。

 発砲音とほぼ同時、実際には一瞬遅れる形で金属音が響く。放った弾丸は蒼月の刃に弾かれた。そのまま一夏は一息の内に距離を詰めて蒼月を振るった。

 切り裂かれたのは打鉄弐式のシールドではなく手にしていたアサルトライフルだった。中ほどから真っ二つにされた銃を見て簪は反射的にそれを投げ捨てる。視界の端で爆発するアサルトライフルの残骸と、その爆音を意識の片隅で認識しながら再び夢現の柄を両手で握りなおすと、目の前に迫った一夏の上段斬りを受け止める。

 

「なかなかやるわな。だが、それもここまでだ……!」

 

「どうかな……!」

 

 グイと剣を押し込みながら物理的に、そして精神的にも圧迫をかけてくる一夏に、簪もまた強い闘志を込めて言葉を返す。

 

「はっ! テメェの薙刀捌きで、どこまでついてこれる!」

 

 力ずくで簪の薙刀を押し飛ばし刃の接触を離すと、そのまま一夏は追撃にかかる。

 言葉は荒々しいが、太刀捌きはその真逆だ。先手からそのまま流れを完全に奪おうとする一夏の攻撃を前に守勢に回る簪の、守りの中の小さな隙を正確に突き、こじ開けてそのまま防御を突き崩そうとしてくる。

 

(打鉄、まだっ!?)

 

 少しずつ押されている証拠か、圧力を増してくる剣戟に対して防御で徹しながら簪は打鉄のシステムを確認する。

 そうして確認した結果はあと少し、あと少しなのだ。それで準備はほぼ整う。

 肩の部分のシールドが僅かに切られ、モニターが示す残量の数値が小さく減少する。損傷を気に掛ける暇はない。下手に意識を守りから逸らせば、そこから生じた綻びを一気に突かれ崩されると分かっているからだ。

 機体の操作、送り込まれてくる情報の処理、何より自分を押している攻撃への対処、それらが思考をフル回転させて脳裏が焼けつくような錯覚すら抱かせる。

 だが、そんな中でも常に冷静を保つ思考の冷えた一部分がある。その中で簪は、己の中での一夏の脅威判定が上がっているのを感じた。

 

 確かに、特にあらゆる面で自分よりも秀でた能力を示す姉への劣等感などを持っているのは事実だが、それでも決して半端な腕前はしていないと自負は持っている。

 だが、その腕前を持ってしても押し込んでくる一夏の剣腕、これが単に元々鍛えていたのをISに流用しただけというのだから、素直に驚嘆を禁じ得ない。

 本来の実力を発揮できるだろう生身ならばどれほどか。あるいはこの学園の生徒では姉くらいしかまともな相手はいないのではと思う。

 そしてもう一つ、専用機を所有することでIS乗りとしてほぼ最初からISそれ自体を用いての訓練に恵まれた状況にあるとはいえ、一か月そこらで代表候補を二人も下し、そして自分からも勝利をもぎ取らんとしている成長度合い。

 むしろ剣腕などよりそっちの方が簪にとっては空恐ろしく感じる。

 

(けど……)

 

 まだ勝機はある。確かに相手の実力は十分に脅威足りうる。だが、負けるつもりなど毛頭ない。

 相手が自分の腕を頼りにしているならば、その頼りを十全に発揮できなくすれば良いだけだ。そのために工夫をすればいい。

 元来、人はそういう生き物だ。だからこそ、人類はこの地上においてもっとも栄えた種になったのだから。

 

「悪いけど、そろそろ付き合うのも飽きた……!」

 

「ぬ?」

 

 夢現ごと上から叩き斬ろうと力を込めてくる一夏に、両手で長柄を握りながらこらえる簪が言い放つ。

 意図の読み切れない言葉に一夏も頭の中で疑問符を浮かべたのだろう。その瞬間に僅か、本当に僅かだが押し込まれる力が緩んだ。

 

「っっ!」

 

 反射的にスラスターを吹かして下から蒼月を弾き飛ばそうとする。

 一夏も、不用意に力を緩めてしまった己の不手際に苛立つように舌打ちをしながらも、弾き飛ばされた勢いで姿勢を崩されては敵わないため自分から剣を引く。

 ここにきてようやく斬撃の嵐から解放された簪はそのままスラスターを反転、瞬時加速を発動する。

 相手もまた瞬時加速を、それも後ろ向きに飛ぶという形で使ったことに一夏が僅かに目を見開くのが見えた。

 あいにくだが瞬時加速を使えるのは彼だけではない。それにこの程度、ちょっとした工夫の域を出ないくらいのものだ。

 

「準備完了……」

 

 その言葉は確かに一夏の耳に届いた。

 

「何をするつもりだ」

 

 構えは解かずに警戒を維持したまま一夏は問う。その姿に、簪はこの一日で行った全ての試合を通して初めての笑みを浮かべた。

 

「言った通り。準備ができただけ。あなたを倒す準備が」

 

 言いながら簪は手早く幾つかのデータを纏めると、それを転送する。送り先は、一夏の白式だ。

 突然送りつけられてきたデータに何かと一夏は訝しむが、その内容を見て驚きに目を見開いた。

 

「こいつは……」

 

 表情だけでなく、声にも緊迫感を乗せる一夏の姿に簪の笑みが深まる。

 

「そう、それが私の切り札。そして、あなたに敗北を与えるもの」

 

 その名を『山嵐』

 打鉄弐式のソフトウェア各種において最も開発が難航し、そして切り札たる性能を有することになったマルチロックオン・システムによって6機×8門のミサイルポッドより最大48発の独立稼働を行う誘導ミサイルを発射する機構だ。

 そしてこの48発とはあくまで一度(・・)に打てるミサイルの総数であり、機体に格納されている実際の弾数はその更に上を行く。

 送られてきたデータにはそうした簡単な概要と、そのロックオンシステムが全ての工程を終了し、完全に一夏を捉えたということを伝えていた。

 それが示すのは、後は簪が機体にミサイルの発射を命じるだけで最大して48発の、その各々が独立した軌道を取りながら一夏に向かって来るということだ。

 

「君は凄い。腕も立つし、上達も早い。私は素直に君を称える。けど――勝ちまではあげられない」

 

 自分に肝を冷やさせた一夏に紛れもない賛辞を送りながらも、簪は言う。静かだが断固とした意思を秘めた口調に、一夏は眉根に寄せた皺を深くする。

 

「計48発、そしてその更に上を行く残弾。これならば君でも、捌くことはできない」

 

「言ってくれるじゃないか。いいさ、やってみろよ」

 

 今から距離を詰めようとしても無意味だ。既にミサイルの雨あられまで引き金一つのところまで迫っていることは重々承知している。

 もはやミサイルの発射は避けようがない状況であり、その上で一夏が勝利を掴もうとするのであれば、それは飛来するミサイルを捌き、時にはあえて受け、撃ち終わるまで耐え抜いて起死回生の一撃を叩き込むしかない。

 そして、その耐え抜くということ自体が最大の関門となっている。

 

 望むところだと思う。その程度、できなくては話になりはしない。

 十年前の白騎士事件の折、かのIS『白騎士』とその乗り手はただ一人と一機だけで相対する時の中国海軍と戦った。

 IS業界の始まりを告げる事件であると同時に、ISが為した最初の逸話として既に広く知られているかの事件の中での白騎士の武勇伝には、艦船や戦闘機といった兵器群から放たれた数多の撃墜ミサイルを華麗にかわし、斬り捨て無為に帰したというものがある。

 自分の力量くらいは弁えている。今の自分ではどう足掻いた所で、これから迫りくるだろう無数のミサイルをかわすということなど無理だ。

 だが、鍛えてきた剣腕で斬り伏せることは? 試す価値は大いにある。あの白騎士に、その乗り手である彼女(・・)にできたことだ。ならば、自分にできないという道理など存在しない。

 仮にそんな道理があったとして、それならば無茶を貫き道理をこじ開けるまでのことだ。

 

「かかってこい」

 

 闘志を内にて凝縮し、あえて多くの言葉とせずに簡素な一言で意思を告げる。

 たった数文字から成る一言だが、その内に秘められた静かな、しかし凝縮され強大な密度を誇る闘志を感じ取ったのか、簪は右手を前にかざす。

 

「いくよ。これが私の、私の打鉄弐式の最大の攻撃。名づけるならば――『更識サーカス』!!」

 

 思考によるトリガーが引かれた。同時に打鉄弐式の背部のスラスターの一部が大きくスライドする。

 スライドした中から現れたのは複数のミサイル発射口。そこから、一気に数多のミサイル群が放たれた。

 

「ハッ……」

 

 目を見開き一夏は小さく笑う。離れていても分かるミサイルの推進剤の噴射音がひっきりなしに耳を叩く。簪を中心として、一気にミサイルの軌跡を示す白煙の筋が広がっていった。

 ギシリと小さく鋼の軋む音を鳴らしながら一夏は蒼月の柄を握りなおす。もう後には引けない。結末は二つに一つ。やるかやられるかだ。

 

 視線を左斜め後方の上空に向ける。他のミサイルに先んじて背後に回り込み、後方上空から一夏に迫ってきていた一機に狙いを定める。

 スラスターを吹かし真っ向から向かう。彼我の距離は瞬く間に縮んでいき一息の内にミサイルは一夏の眼前まで迫る。

 

 擦れ違いざまに一閃。白式という高速型のISの加速と乗り手である一夏自身の剣腕が加わった一閃は、相対者として同じくISを駆っていた簪でさえ『閃いた』としか見て取れなかった程に早いものだった。

 そして更に離れた場所から見守っていた観衆の目には一様に、構えられていた一夏の剣がいつの間にか振り抜いた形になっていたという風にしか映らなかった。

 それは斬られたミサイル自身も同じだったのか。すれ違い、数メートルほど一夏が遠ざかってから思い出したかのように中心から真っ二つに分かれる。鮮やかな断面から内部の構造が見えたのもほんの一瞬。もはや残骸となったミサイルは爆発四散する。

 

 そして斬った一夏はと言えば、そのまま留まるということはせずに流れるように次の行動に移る。

 背後から四発のミサイル。上空から三発。どこに視線を動かしても取り囲むようにミサイルが迫ってきている。

 

「っ!」

 

 IS乗りとして初めて経験する高密度の弾幕だが、それに臆するような心のブレは感じない。感じる暇がない。

 視界にミサイルを収めながら一夏は目を見開き続け、できうる限りの集中を引き出す。思考が加速していくような錯覚すら抱く。急激な脳の激しい活動によってか、前頭葉のあたりにジンジンとした熱さえ感じる。もちろん、それすらも錯覚かもしれない。

 そう意図したわけではない。だが、いつのまにか一夏の目には迫りくるミサイル一機一機のこれから通るであろう軌跡が映っているような気がした。

 もちろん、実際に空にそんな軌跡が描かれているわけではない。目という感覚器から受け取った映像を処理する脳が勝手に付け加えたようなものだ。

 だがそれでも十分過ぎた。目に映る軌跡、その中に一点だけ穴を見つけた。反射的にそこに飛び込む。

 迫り、一夏を取り込んだまま収束しようとしていた鋼の檻から一夏が抜け出した直後に、見出した活路は閉じた。目標を失ったミサイル群は、数発は止まらぬ勢いによって同士討ちという結果に終わる。

 偶然の采配によってか同士討ちを免れた残りが向きを変えて揃って一夏を再度狙う。

 

「えぇい! しつこいッッ!!」

 

 包囲網を抜け出した先でまた二機ほどミサイルを斬り伏せた一夏が怒気を込めた声で怒鳴る。その左腕の装甲には僅かな黒ずみがあり、一夏を中心とするように幾ばくかの煙が上がっている。

 回避も撃墜も不可能の一発だった。となるともはや受ける以外の選択肢は残っていない。そのことを理解すると同時に一夏は左腕を盾にしていた。

 直撃の瞬間に、金属の塊が叩きつけられたことと爆発による強い衝撃が左腕を襲ったが、その程度は十分に耐えられるものだ。それよりもシールドを消費したことが痛い。それでも、腕を盾にせず胴に直撃受けていたよりかはまだマシというものだった。

 

「このっ!」

 

 背後から迫ってきた数発を体を捻ることで何とかやり過ごす。最初と同じように擦れ違い様に一刀をお見舞いする。

 今度は数本を纏めて、中ほどから真っ二つに断ち切ってやった。

 

「あ」

 

 斬ってから己の間抜けに気付いた。最初と違い、今度は数本纏めてだ。しかも高速ですれ違ったというわけでもないため、ミサイルはすぐ近くで爆発する。当然ながら、その威力は数本纏めてという前提に相応しいものになる。

 

「ぐおぉお!!」

 

 すぐ近くで発生した火球の衝撃と熱に思わず顔を庇うように腕を交差させる。

 そのまま衝撃によって下方に押し飛ばされた一夏の背に、今度は下から突き上げるような衝撃が走る。それがまた別のミサイルによるものだと気付いた時には、すぐ傍までまた別のミサイルが迫っていた。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 もはや言葉の体裁を為していない雄叫びと共に一夏は蒼月を振るう。切り裂かれたミサイルが爆発し、熱波が一夏を包み込む。

 今度はどこを庇うような素振りすら見せずに、そのまま次のミサイルに狙いを定める。そして再び一閃が閃く。

 

 

 

 獅子奮迅という表現がピタリと当てはまるような立ち回りだった。

 休む間もなく振るわれる刀は次々とミサイルを斬り裂いていった。その光景は、斬られたミサイルを当てることを目的として簪でさえ、思わず見事と思うほど。

 あるいは彼が更に高次にある剣腕を、IS乗りとしての技量を持っていたら全てのミサイルは斬り裂かれ無為に帰していたかもしれない。

 だが、今の彼にはそのどちらも足りていなかった。斬り裂くこともかわすことも叶わないミサイルが一発、また一発と一夏と白式を削っていく。

 ひるむ様子を微塵たりとも見せず、闘志を振るい立てる雄叫びと共にただひたすらミサイルを切り払っていく一夏だが、時が進むに連れて機体への損耗が目に見える形となって表れていった。

 

 いつの間にかアリーナに響くのは一夏の雄叫びとミサイルの爆発音だけになっていた。

 誰もが皆、固唾を飲んでこの剣と兵器の激突の行く末を見守っていた。

 

 肩に当たったミサイルが爆発し、シールドでも僅かに遮断しきれなかった熱波が顔の皮膚に焼くような熱を伝える。

 そこに気を向けている暇はない。目の前に迫りつつあった一機に手を伸ばす。指を開き、横から鷲掴みにする。

 その程度で止まるほどミサイルの推力は弱くない。一夏の腕を跳ねさせながら、五指の拘束から逃れようと暴れる。

 一夏も端から掴んで止めきれるなどとは思っていない。掴んで、この次だ。

 

「ぬぇああああああ!!」

 

 全身を大きく捻って強引にミサイルの向きを変える。その先にはまた別のミサイルが迫ってきている。

 掴んでいた手を離す。一夏の手による拘束から解き放たれたミサイルはそのまま直進し、向かってきたミサイルと衝突して爆発する。

 

「がっ!!」

 

 だが、また背後から迫ってきていたミサイルの直撃を受ける。今度は受けた場所が悪かった。

 背中ではあるが、やや首の方に近い。衝撃が背筋を通り首に伝播し、脳を揺さぶる。

 一瞬意識を手放しかけるが、歯を食いしばってこらえる。そして未だ揺れ続ける視界のまま、次に向かって来るミサイルを斬り裂かんと蒼月の柄を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのか分からない。既に時を数えるという感覚が一夏の思考から失せていた。

 何も聞こえない。あれほどやかましかったミサイルの噴射音も、爆発音も、試合のさなかに止むことの無かった観衆の声も、一切合切聞こえない。

 どうしてここまで静かになったのかは一夏には分からなかった。理解をするための思考が回らない。

 

 いつの間にか地上に降りていた。鋼の足が地面を踏みしめている。視界がガクンと傾いた。膝が崩れ落ちそうになっていると判断するより早く、反射的に蒼月の切っ先を地面に突き立てて杖としていた。

 柄を握る腕に力を込めて体を支える。まだ、まだだ。まだ斬っていないものがある。それを斬るまでは倒れない。いや、たとえ斬ったとしても、戦場(いくさば)で倒れてなどやるものか。

 

 残りのシールドエネルギーが雀の涙ほどの量まで減り、機体のあちこちにとても軽微とは言えない損傷を負いながらも、それでも数多のミサイルの集中攻撃を耐え抜いたことに彼は気付いていない。土と汗が混じった汚れがこびり付き、乱れ顔に張り付く髪の毛を鬱陶しく思いながらも前だけを見る。

 それが十二分に称えられるべき戦果であることにも気づいていない。いや、例え自分の為したことを明確に理解していたとしても、それを彼は誇りとしなかっただろう。

 彼にとっては『勝利』の二文字を得られなければ、彼自身がその過程を是とできないのだから。

 

 ガチャリと背後で音がした。何かと思って振り向くより早く、白式のハイパーセンサーが映像を送り込んでくる。

 眼鏡の奥に冷めた視線を湛えながら、簪がアサルトライフルの銃口を突きつけていた。

 

「チェック・メイト」

 

 それは簪の勝利宣言だった。まだ完全に試合は終わっていない。だが、誰の目にも彼女の勝利は明らかだった。

 ただ一度、引き金を引けばそれで決するのだ。そして今の一夏は既に満足に戦える状態にない。

 

「これで……終わりだと思うな……」

 

 返答は一発の銃声だった。

 アサルトライフルより放たれた弾丸は一夏の後頭部に迫り、白式のシールドに阻まれる。阻まれた弾丸が弾き飛ばされると同時に白式のシールドエネルギーは尽き、一夏の体はその場に倒れ込んだ。

 その一部始終を見届け、簪は静かに空いた手で拳を握る。そして天高く突き上げた。

 

 試合終了を告げるブザーが鳴り、場内アナウンスが簪の勝利を告げる。そして、観客席から割れんばかりの歓声が溢れ出した。

 

 

 

 ――IS学園第一学年クラス対抗ISリーグ戦、これにて全日程終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が遅れた理由としては、単純に時間が取れなかったのもあるのですが、一夏対簪をどんなふうにしようかと悩んでいたのもあります。
その結果がこれです。書く前、書いているさなか、書き終わった後、いつでも自分の技量不足を痛感しました。頭使った戦いとか本当に書きにくい。

とりあえずは次回の更新を持ちまして原作一巻の終了としたいと思います。
そのあとに凄く短くて、そしてネタに走りまくっているようなインターバルな話を挟んで、二巻に突入と考えています。
二巻についてもあの子とかあの子とか、色々変えようと思っています。

それでは皆様、また次回の更新の折にて。




……感想来るように神棚に祈っとこ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。