咲-Saki- The disaster case file   作:所在彰

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第四話 『合宿』

 

「おー、これが合宿所っすか。思ってたより立派だなぁ」

 

「大きな大会や休みがある時は、一杯になるしのう」

 

「へぇ……じゃあ、私たちは幸運だじぇ!」

 

「ですね。よく捻じ込めましたね、部長」

 

「まぁね。これでも学生議会長だし?」

 

「…………それって、職権乱用じゃ」

 

「宮永、捨て置け。コイツは不正をしない。……人としての誠実さに欠け、他人から見れば悪辣な行いかもしれない、というのは否定できないが」

 

「はーい、正論しか言わない奴の戯言は放っておいて、入るわよー」

 

 

 嵐の言葉をばっさりと切って捨て、久は一歩先に出る。だが、引きつった笑みを見る限り、彼の言葉は真実をついていたらしい。

 その様子に一同は溜息と同情の視線を嵐に寄せたが、当の本人は気にした様子もなく後に続いた。

 

 清澄高校付近から出ているバスを乗り継いで数時間、合宿所は山を分け入った先にポツンと存在していた。

 清澄は数年前、ある運動部が連続で全国大会に出場した。だが、数名の天才たちが周囲の実力を押し上げた結果だったのか、後援会まで設立された栄光は既に過去のものとなっている。

 その名残りが、この合宿所であった。学校側が厳しい維持費を捻出していたのは、それぞれの部長や生徒議会の強い要望があったからである。

 潰れた旅館を改装した合宿所は温泉も引かれており、生徒たちに強い人気を博していた。夏直前の急な合宿で利用できたのは幸運であったのか、久の手腕であったのか。

 

 

 二日前、『roof-top』で行われた対局は、当然のように藤田に軍配が上がった。

 嵐の代走以後、和は驚異的な勢いで追い上げを見せたものの、藤田もまた隠していた実力を発揮し、最終的にただの一度もトップから転落することはなかった。

 和は自身の問題点を正しく認識し、咲は自身の浮ついた気持ちを粉砕された。

 

 だが、問題だったのは藤田の口から、ある人物の名が語られたことか。

 

 インターハイは一万人以上の高校生が参加する夏の祭典。

 県での予選を突破し、全国への切符を奪い合う以上、各県で強豪校と呼ばれる高校は多数存在している。

 

 長野においては真っ先に名前が上がるのは二校。

 

 まず一つは風越女子。六年連続インターハイ出場という輝かしい記録を残し、80名以上の部員を擁する名門校。

 麻雀部には監督を招き、その力の入れようも、清澄とは比較にならない高校である。

 

 もう一つは、龍門渕高校。

 二年前まで然したる成績も記録も残していない、よくある麻雀部の一つであったが、去年でその評価は一変した。

 団体戦に出場した5人全員が一年であり、風越を下して全国出場を果たした後も、猛威を振るった新進気鋭の高校。

 

 特に凄まじかったのは、大将を務めた天江(あまえ) (ころも)であり、また藤田の口から語られた少女の名前。

 

 

『天江 衣には勝てない』

 

 

 その一言が、藤田の結論であり、二人の実力を推し量った上で見えた未来。

 

 

 ―――だが、それが和に火をつけた。

 

 

 優等生ではあるが、同時に勝気な彼女のこと、勝てないと言われて、敗北すると決めつけられて引き下がるはずもない。

 結果、和の強い要望で合宿を行う運びとなった。

 

 しかし、藤田と久には繋がりがあった。事実を知る嵐とまこの目には、効果的であったし、必要だったと認めてもいたが、随分な茶番にしか映っていなかった。

 もっとも、和も、全てに気づいていたわけではなかったが、久の思惑をある程度見抜いた上で乗っている節がある。

 久は夢のために一芝居を打ち、和は嵌められた上で実力の向上を願った。互いにとって益があるのであれば、責める謂れも、怒る理由もなかったのだろう。

 

 

「うぉぉ、広いなぁ。ここ、二人で使うんスか」

 

「女子と同じ部屋で寝るのも問題だろう。それとも、狭い部屋で俺と二人きりの状況が良かったのか?」

 

「それ、答えようによっては誤解を招くじゃないですか! やめてくださいよ!」

 

「そうか、それは良かった。そのような性癖は持ち合わせていないからな」

 

 

 京太郎と嵐が合宿所の管理人に案内されたのは、十畳以上の大部屋。

 運動部の人間が十人以上も寝れる代わりに、寝ること以外に何もできない家具や小物が何もない部屋だった。

 

 

「取り敢えず、私物を置いて女子の部屋に行くぞ。ここでは何もすることがない」

 

「うっす…………しっかし荷物多いなぁ」

 

「文化部だから――――とは言っても、これは流石に……」

 

 

 二人が見下ろしたのは、二つの巨大なリュックサック。

 過酷な訓練を行う自衛隊員でも、ここまで露骨な大荷物を背負うことはないのではないと思ってしまうほどの大きさだ。

 

 中身を知っているのか、それとも背負った時の重さに辟易したのか、少なくとも京太郎の顔は暗い。

 女所帯の黒二点。力仕事を任されるのは仕方ないとは考えられたが、素直に受け入れられるかは別問題のようだった。

 

 嵐はそれ以上何も言わず、京太郎は四苦八苦しながらも何とか背負い、大部屋を後にした。

 

 合宿所の内部は旅館を面影を残しながら、あくまでも学業の一環としての部活動を目的としているためか、質素かつ簡素な作りで遊びや個人の趣味など反映されていない。

 そういった雰囲気も、初老を超えて還暦に手を掛けようとしている管理人夫婦のおかげだろう。

 建物自体の古さは仕方ないにしても、埃一つない清潔さは管理が行き届いている証拠だ。利用する側として、これ以上嬉しいことはない。

 

 

「入っていいか?」 

 

「いいわよー」

 

 

 しっかりと扉の前で入室の確認を取り、扉を開ける。

 女子の使用する部屋は、大部屋に比すれば半分程度の大きさ。五人で使うのに調度いい、あるいは少しだけ狭い部屋だった。

 

 古い型のテレビとエアコン。小型の冷蔵庫。漆塗りの茶びつと中身。窓辺には座卓と座椅子。

 豪華ではなかったが過ごし易いようにという配慮なのか、旅館時代の調度品をそのまま使っているらしい。

 

 京太郎はそのままその場に腰を下ろして大きく息を吐き、嵐は立ったまま久の指示を待つ。

 

 

「京ちゃん、お疲れ様」

 

「……ああ。ほんと、疲れた」

 

「うむ、褒めてつかわす!」

 

「お前は褒める以前に、バスん中で延々と絡んできたのを謝ってくれませんかねぇ?!」

 

「確かに、他の乗客がいなかったからいいですけど……」

 

 

 アレはちょっと、と和が続ける。

 部室での部員同士のふざけ合いならば、とやかく言うほど口五月蠅くない彼女であったが、時と場合は選んでほしいとジト目で二人を睨む。

 

 その様子に京太郎はさっと目を逸らし、優希は露骨に口笛を吹いて誤魔化した。どうやら二人とも自覚はあったようだ。

 まあまあ、と割って入る咲と苦笑して眺めるまこ。相変わらず静観を決め込む嵐。

 

 全員を満足げに見つめながら、合宿の開始を告げる部長の言葉が発せられる。

 

 

「じゃあ、着いて早々だけど――――まずは温泉よね!」

 

 

 彼女らしいとは言えばらしい、何とも緊張感のない、気の抜けた開始の合図であった。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ふー、さっぱりしたぁ。…………あれ、先輩?」

 

「ああ、もう出たのか。もっとゆっくり入っても良かったんだぞ」

 

 

 聞いていたよりもずっと立派な温泉を堪能した京太郎は浴衣に着替え、一足先に女子の部屋を訪れた。

 

 中で待っていたのは制服から私服へと着替えた嵐だった。

 ベージュのチノパンに、グラデーションの入った青い長袖のTシャツ。

 洒落ている、流行を先取りしているなどとはお世辞にも言えない格好であったが、落ち着いた雰囲気の嵐にはよく似合っていた。

 

 

「先輩、風呂入んないんスか?」

 

「…………ああ、人前で肌を晒すのに抵抗があってな。風呂には一人で入る主義なんだ。それに、あまり生活のリズムを崩すのも、な」

 

「はあ、そういうもんですか」

 

 

 京太郎は後半の言い分には理解できたが、前半の言い分には共感できなかったのか、生返事を返した。

 なにせ同性同士だ。何も隠すことなどないだろう。自分の身体に気に入らない点があったとしても、それはそれで話のタネになる。

 

 ただ、嵐の様子は恥ずかしい、嫌い、という精神的、生理的な反応ではなく、少しだけ悩むような素振りがあった。

 

 昔、何かあったのかな、とは思いつつも口には出さない。

 聞いてみれば、単なる事実として全てを答えてくれるだろう。だが、下手に突くと、とんでもなく重い過去が顔を出しそうで怖かった。 

 何せ、自分の留年を何の感慨もなく事実として明かすような人間だ。ポロリと顔を出した過去が、自分では受け止められない可能性もある。

 下手な反応を見せて、相手を傷つけたくもない。気にならない、と言えば嘘になるが、まだ知らない嵐の過去を聞き、受け止めるだけの覚悟と時間が欲しかった。

 

 

「―――て、先輩、卓の調整もできるんですか?」

 

「ああ、部室の自動卓の調整は俺がやっているからな。流石に故障はどうにもならないが。雀荘のアルバイトをしているんだ、これくらいはできるさ」

 

 

 合宿所の備品なのだろう型落ちの全自動卓は、既に部屋へと運び込まれていた。

 

 電源を入れたまま卓の天板を外し、内部の機構に問題がないかを点検している。

 洗牌を行う中央の回転筒、牌を運ぶベルトコンベア、点数表示盤の配線。一つ一つが問題なく動くか確認し、更に故障の原因となる汚れまで落としていく。

 

 皆が風呂に入った直後から始めていたのか、京太郎が部屋に入ってから僅か数分で点検は終わった。

 

 

「各種問題なし。故障も当分先だな、少なくとも合宿中に壊れることはあるまい」

 

「お疲れ様です。今度、調整の仕方も教えてくださいよ」

 

「部員としての責任や、雑用係の使命感でもなく、須賀個人が望むのならそうしよう」

 

「勿論、俺個人の意思ですよ。でも、先輩がそれを言いますかね?」

 

 

 そうか? と嵐は首を傾げた。

 

 京太郎の目から見れば、部活で一番自分の時間を削り、貢献しているのは嵐だった。

 久やまこも、自分の知らない所で何か努力をしている可能性もあったが、その二人ですら彼の献身と努力は否定できないだろう。

 しかし、当人にとって何ら不思議なことでもなく、自然な行いなのは反応を見れば分かった。

 それ以上の追及は何となく躊躇われた。本人が気が付いていないからこそ、本人にとって自然な行いだからこそ、眩しく映るものなんだ、と。

 

 

「そう言えば、お前は牌山を積めるか?」

 

「いや、やったことないっす。家に麻雀牌もないし、部室のは自動卓だからなぁ」

 

「そうか。……じゃあ練習でもしておくか。実際に積むことなんて自動卓が簡単に手に入るようになった今はありえんだろうが、嗜みの一つだしな」

 

 

 女子が戻ってくるまでの時間潰しとして、牌山積みの練習をする。

 

 17枚の牌を二列に並べ、どちらか一列の端を両手の小指で抑え、そのまま重ねる。

 説明するのも、理解するのも簡単だが、これがなかなか難しい。力が強すぎても弱すぎても、持ち上げた牌列は脆くも崩れ去る。

 牌の扱いに慣れない京太郎には難業らしく、持ち上げては壊し、壊しては並べ、並べては持ち上げ、また壊すを繰り返していた。 

 

 

「お、……ほっ! って、あぁ! まーた崩れちまった」

 

「……………………どうかしたのか?」

 

「へ?」

 

 

 唐突な嵐の問いに虚を突かれた京太郎は可笑しな声を上げた。

 

 

「はぁ、それはどういう……」

 

「いや、単なる俺の思い込みかもしれないのだが……」

 

 

 嵐は自身の顎に手を当て、深く考えてから口を開いた。

 

 

「お前は会ってからの短期間で如実に腕を上げた」

 

「いや、それは先輩の教え方が巧いからで……」

 

「それは違う。確かに、俺が人にものを教えるのは巧い可能性もあるが、教えられる側にその気がなければ何の意味もないことだ」

 

 

 どんな高名な監督であったとしても、教え子にやる気がなければ意味がない。

 殊更、基礎固め、基礎練習ともなれば、ひたすら同じ教えを反復する必要がある。それがもっとも効率のいい練習法だ。

 身体的のものであれば思考を介さずに完璧な連動が咄嗟にでも可能なよう、徹底して身体――筋肉、神経、脳に覚えさせる。

 精神、思考法であれば、ある特定の場面で意識することなく教えられた思考が淀みなく行えるよう、徹底して脳に覚えさせる。

 

 それをスムーズに進めるのが、当人の興味関心と集中力だ。

 得手不得手、才能の有無はあったとしても、一つの分野の上達において必要不可欠なもの。これだけは、どんな人間にも共通して言えることだろう。

 

 

「以前、お前に麻雀の才能はないと言ったが、それはあくまで直接的なものだ。麻雀に使える才能がない、と言った訳ではない」

 

「………………?」

 

「例えば、原村を思い出してみろ」

 

 

 原村 和は実に頭の出来がいい。学年でも――いや、清澄でもトップクラスの秀才だ。

 “頭が良い”と呼ばれる人間でも様々な種類の人間がいる。

 単に勉強ができるだけの人間もいれば、頭の回転も速い人間もいるし、人付き合いが巧く、人の心の反応に聡い人間もまた“頭がいい”と呼ばれる。

 

 

「特に、原村の計算能力は驚異的だ。麻雀に限定せずとも、暗算の速さで勝てる人間はそうそういないだろうよ。それを考えれば麻雀でも使える才能と言うべきだ」

 

「んー、まあ確かにそうですね。優希や咲なんかは、もろに麻雀に限定した才能ですし」

 

「東場での速攻、槓材を引っ張ってくる強運。確率の偏りと言えばそれまでだが、無視できる数字じゃない」

 

「和なんて全否定するでしょうけどね」

 

「それも才能の一つだな。自分の考えを押し通す、左へ右へと揺れない思考。誰もが持ちえるわけじゃない。……お前の場合は、そのひた向きさと素直さだ」

 

「いや、そんなの誰でも……」

 

「誰でもは、持ちえない」

 

 

 人に教えを請わないのではなく、請えない人間もいる。

 自分の気持ちに素直にならないのではなく、なれない人間もいる。

 僅かなの気の持ちようでさえ、それもまた才能であると嵐は肯定した。

 

 そう言われても京太郎としては困惑するばかりだった。

 彼にとって自分よりも巧い人間に教えて貰うのならば、教えを素直に受け入れるのは当然のこと。何よりも麻雀はやっていて面白い、ひた向きになるのも普通こと。そんなことを言われてもピンと来ない。

 

 それこそが何より秀でている証明だ。

 才ある者にとって当然のことが、才無き者には当然ではないのだから。

 

 

「前置きが長くなったが、そのひた向きさと素直さに根差した集中力がお前にはあった。それがお前の実力を押し上げたはずだが……今は集中力に欠いている」

 

「……………………」

 

「はっきり言って、牌山を積むくらい、普段のお前なら形だけでも可能になっていたはずだ」

 

 

 何があった、と問いかけるように深い黒の瞳が向けられる。

 目付きそれ自体は責めるように鋭いが、瞳に映る光は春の日差しのように穏やかだった。

 

 

「………………あー」

 

「なんだ、言い難いことか?」

 

「いや、そうじゃなくて、なんていうか……」

 

 

 ガリガリと頭を掻きながら、京太郎は次の言葉を探していた。

 嵐の言うように口にし難いことではなく、京太郎自身も言葉にできない、心に芽生えていた正体不明の“何か”。それを嵐にも分かるように、必死になって言葉として組み立てていく。

 

 どれほどの時間をかけたのか。

 嵐は根気よく待ち、京太郎は考え抜いた末に一つの言葉を口にした。

 

 

「誤解するかもしれませんけど――――なんか、咲が気になって」

 

「…………どういう意味だ?」

 

 

 勿論、京太郎が言っているのは少なくとも恋愛沙汰ではない。

 

 

「アイツ、なんか最近、可笑しくないですか……?」

 

「そう言われてもな、俺は付き合いが浅い以上、何も言えない。入部してから明るくなったのは認めるが」

 

 

 京太郎が感じていたのは、何か可笑しい、とそれ以上の言葉にできない些細な違和感。

 

 嵐の言うように明るくなった、というのは認めよう。

 自分以外の人間にも心を開いているのは、友人として嬉しく思う。そこに京太郎が疑うようなこと、咲が偽るようなことはない筈だ。

 

 だが、彼女の笑顔の裏に、京太郎は言葉にできない何かを感じ取っているのは確かだった。

 

 

「……………………」

 

「勘違いかもしれないですけど。なんか、俺じゃ分からないもの抱え込んじまってるのかな、と」

 

 

 初めの内は、友人の少なかった幼馴染を気にかけておきながら、自分以外の親しい友人ができて醜い嫉妬でも抱いているのかと思った。

 だが、感情の紐を辿っていけば、行き着いたのは嫉妬ではなく不安であり、京太郎自身も困惑している。

 

 少なくとも、今の咲は満たされているはずだ。

 新たな友人を作り、嫌っていた麻雀を楽しめるようになり、色々と便宜を図ってくれる先輩たちも手に入れた。

 かつてのように本の活字を追うだけの学生生活よりも、よほど健全で、よほど青春を謳歌している。

 

 それを何故、不安に思う必要があるのか。

 

 

「…………………………………………その点について、俺から言えることは何もない」

 

「お、おう」

 

 

 たっぷりと溜めに溜めての言葉に、京太郎を思いっきり肩透かしを喰らった。

 

 自分とは見えているものが違う者。

 人の見えていない、目を逸らしている部分を的確に言い当てる嵐ならば、あるいは自分の抱えている不安の源泉が何なのかを教えてくれるのでは、という期待もあった。

 

 そこではたと気が付く。

 嵐は分からない、とは言わず、言えることはない、と口にすることを拒絶した。それはつまり――

 

 

「だが、そうだな。素直に聞いてみるのも、そっとしておくのもお前次第だ」

 

「いや、不用意に突いていいものかという話で……」

 

「お前がそう考えるのであれば、触れない方がいいだろう。もっとも、お前の不安は一切解消されないが」

 

 

 明確な答えも、どう行動すべきかも示さず、冷たく突き放すかのような言葉だった。

 

 思えば、嵐という人間は、口は出すが手は出さない。当人の問題であるのならば、当人の意思に全てを委ねている。

 人を信じているのか、それとも他人に興味がないのか。どう考えても前者だろ、と京太郎は考える。

 そうでもなければ、他人の様子の違いなど気にも留めないし、何よりも一人でいるはずだ。

 

 そんな人間が口すら出さないのは、自身で気付き、考えることが最も効果的であり、利益がある、ということなのだろう。

 

 

「それで、どうする……?」

 

「…………保留で。いきなり踏み込んでいく度胸もないし、かと言って見て見ぬ振りをするのも違う気がするし」

 

 

 このままでは不安だ。

 不安だが、あくまでも自分の勘のようなもので、咲には意味が分からず迷惑なものに過ぎないかもしれない。

 考えれば考えるほど思い当たる節もなく、意味もなければ価値もない妄想なのでは、と別の意味で不安になっていく。

 

 

「俺から言えることは、宮永はお前を信頼しているということだけだ。それがどういった信頼であるのか、よく考えるべきだろう」

 

「…………はあ」

 

「……いや、これは俺自身の目から見えたものに過ぎないな。話半分で胸に留めておいてくれ」

 

 

 嵐の言葉は京太郎にとって難解で、何となく崇高なだけで為にならない言葉にしか聞こず、生返事を返すしかなかった。

 

 世に残る名言も、発言者の背景や過去を知らねば、本来の意味が見えてこないように。

 嵐の視点で見えているものが見えぬ京太郎には、言葉に込められた意味を理解できよう筈もない。

 

 それでも真摯に受け止め、考える。

 

 嵐に麻雀の基礎を教わってから身に着けた癖だ。

 どの牌を切れば一番受入れが広いのか。相手が切った牌に、どのような意図と意味が込められているのか。

 それを考えることが重要だと教えられた。当たっているかどうかは問題ではない。正答率は、その思考作業を熟した分だけ増していくからだ。

 

 

「そうっすね、色々考えてみます。和ほど頭は良くないし、優希ほど大胆じゃないですけど、咲ほど臆病でもないんで」

 

「どのような長所も短所になりうるらしいからな。何事も時と場合によりけりだ」

 

「あー、先輩とか人の頼みを断らなすぎてアレなとこありますもんね」

 

「そうか。……そう、か…………やはり、そうなのか」

 

「あれ?! また地雷踏みました、俺ぇッ!?」

 

「いや、以前、久にも言われたのでな。改善した方がいいのか、しかし……」

 

 

 渓谷のような皺を眉間に寄せ、深く思い悩む嵐に京太郎は苦笑するしかなかった。

 そういったところもまた日之輪 嵐という男の魅力なのだ、と本人は気づいておらず、京太郎は勝手だと分かっていても思わずにはいられない。

 

 

(咲に、それとなく探ってみるか。昔から、そうだったしな)

 

 

 少なくとも中学時代はそうだった。

 もうお互いにそれほど幼くないが、成長しきったと言えるほど大人でもない。

 情けは人の為ならず。友人が困った時に手を貸したい、自分が困っていたのなら手を貸してほしい。理由はそれだけ。

 持ちつ持たれつの関係で今まで過ごしてきた。引っ込み思案の幼馴染が何か悩みを抱えているのなら、その重荷を肩代わりできずとも、支えてやるのが友人というものだろう。

 

 

(俺も大会に出るし、合宿の終わりまでには、どうするか身の振り方を決めなくちゃな)

 

 

 新たに一つの方針を定め、再び牌山積みに専念する。

 気の持ちようは集中力に関係するのか、女子たちが戻ってくるまでの間に、京太郎は人並みに牌山を積めるようになっていた。

 

 




という感じで京太郎回の前半でした。
作中、主人公の影響をもっとも受けているのは京太郎なので麻雀も人格も成長しています。咲の様子に違和感を抱いたのはそのせいです。
おもち大好きっぷりは変わってないですけどね、性癖だから!

では、ご指摘、ご感想、お待ちしております!

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