咲-Saki- The disaster case file   作:所在彰

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※7月27日 誤字脱字、修正しました。


第二話 『助言』

「――原村か。お疲れ」

 

「日之輪先輩、お疲れ様です」

 

 

 今日は運よくアルバイトもなく、他人に面倒事を押し付けられることはなかったのか、早々に部室へ向かった嵐を迎えたのは和だった。

 

 和は全自動卓の前に立ち、牌を動かして何事か研究している。

 優希にせよ、京太郎にせよ、咲にせよ、一年組には見られない麻雀に対する一際強い熱意と真摯な姿勢に関心しながら、鞄をそっと置く。

 物は大事に扱うように育てられたのか、和の邪魔をしては悪いと考えているのか、嵐の動作には音一つなかった。

 

 

(……――ん?)

 

 

 さて、今日は京太郎に何を教えるべきか、とプランを考えていると、ふと可笑しな光景が目に飛び込んでくる。

 

 それは和の行動だった。

 嵐はてっきり過去の牌譜を再現して研究しているものと思い込んでいたが、実情は違っていた。

 彼女は卓のスイッチを押し、山を作ると自ら開き、その上で四人分の手を進めている。

 

 時間が余り、自分一人しかいないのなら、こうした行為も珍しくはない。

 ただ、山を開く意味がない。どうせやるのなら、実戦に近い形式でやった方がまだマシだろう。

 

 その行動を疑問に思いながらも、やがて答えに辿り着き、和に声をかけた。

 

 

「それ、やっていて楽しいか?」

 

「え? …………楽しくは、ないです。でも――」

 

「宮永の±0が気になる。いや、悔しいか」

 

「…………ッ!」

 

 

 嵐の急所にナイフを突き立てるような容赦のない言葉に、和は端正な顔を歪ませた。

 

 咲が初めて麻雀部にゲストとして招かれた後、そして入部に至るまでの間、二人は久の思惑と計らいでもう一度対局していた。

 結果は同じく咲の±0、更には25000の持ち点を1000点スタートすると思い込み、±0を実現することでトップに立たれた。

 その時の和の心境は如何ばかりか。現状の様子を見れば、語るまでもない。

 

 

「気持ちは分からないでもないが、一度の負けを引きずっても意味はないぞ」

 

「それは、分かって、いるつもりです…………」

 

 

 嵐の言い分は、和が誰よりも理解できていただろう。

 デジタルは全体を通して高い勝率を目指すもの。一度の対局で敗北したとしても、自分の打ち筋のどこに期待値を下げる要因があったのかを探るべきだ。

 そういう点に関して、和の行為に意味はない。少なくとも彼女の麻雀を高める要素は何一つないと言っても過言ではない。

 

 だが、それを和自身がよく理解しているのは、嵐の目からすれば明らかだった。

 これは理屈の問題ではない。感情の問題だ、通常の計算式には当てはまらず、割りきれぬもの。

 

 その全てを理解した上で嵐は――――

 

 

「ふむ。なんと言えばいいのか。…………原村、お前は心が狭いな。俺には真似できん狭量さだ」

 

「はい――――…………え? きょっ!?」

 

 

 ――――悪意なく最大級の地雷を踏み抜いた。

 

 この場に京太郎がいれば凍りつき、優希はタコスを取りこぼし、咲は読んでいた本に顔を埋め、まこの眼鏡は何もしないままに叩き割れ、久は助走のついたニードロップ・バットを脇腹に叩き込んだに違いない。

 

 

「――――ふ、ふふ。そう、ですか。きょうりょう、ですか。こころがせまい、です、か」

 

「どうした原村、急に威勢が悪くなっているぞ。俺はまた何か、いらぬ真似をしたのか?」

 

「は、はい。……あ、いえ、そうではなくて。すみません、ちょっと混乱しています。少し時間をください」

 

 

 嵐の言葉は的を射ていた。和自身も感じていたことだ。

 咲が入部してからというもの、一年組の間にはギクシャクとした空気が漂っていた。如何なる感情によるものであれ、和が咲を強く意識していたからに他ならない。

 元々人の気持ちを察することに長けた京太郎は言うまでもなく、無邪気な優希ですら、その空気を何とかしようと奮闘していたほどだ。

 和も、無意識ながら感じていたのだろう。嵐の指摘に、物凄い勢いで両肩が下がっていた。

 

 その様に嵐は、またやってしまった、と眉間に寄った皺を揉み解す。

 こうなれば女子は泣きだし、男子は殴りかかってくる勢いで怒鳴り声をあげる。嵐は何が悪かったのか分からないまま反省することしかできない。

 

 その点に今回はマシな方だった。和が未熟な精神ながらも、芯の通った強さを持った人間であったからだ。 

 

 

「…………少しだけ落ち着きました」

 

「原村、その、なんだ……」

 

「いえ、多分、日之輪先輩の言ったことは正しかったと思います。もうちょっとオブラートに包んでくれた方がすんなり受け入れられたと思いますが」

 

「そう、か。そう言ってくれると、此方も非常に助かる」

 

 

 和の言葉にほっと胸を撫で下ろし、二人は椅子に腰掛けた。

 

 

「確かに、私も狭量だったかもしれません。部の空気まで悪くしてしまって……でも」

 

「ああ、それは別段、構わんよ。お前の気持ちは、誰でも理解できるだろう。分からないのは宮永だけだ。それも仕方のないことだとは思うが」

 

「どういう意味ですか?」

 

「うん、こう、お前に理解できるか分からんが、宮永は初心者なんだよ」

 

 

 和は嵐の宣言通り、全く理解できていない、きょとんとした顔をした。

 当然だろう。咲の腕は他の追随を許さない。そうでもなければ毎回±0などという真似が実現するわけがない。

 

 それでも初心者だと言い切った。

 理由は簡単。咲が今まで経験した麻雀と和の経験してきた麻雀は全くの別物だからだ。

 

 ――宮永 咲にとっての麻雀は、ただ痛みに耐えるだけの、より己の腕を高めていくものだった。

 

 ――原村 和にとっての麻雀は、己が楽しむために、より己の腕を高めていくものだった。

 

 だからこそ、咲は初心者なのだ。少なくとも、和の――いや、多くの学生たちが楽しみ、涙してきた麻雀(たたかい)においては。

 だからこそ、咲には分からない。それが非礼に当るものなのだ、と。相手を傷つける行為なんだ、と。

 

 

「宮永だけが悪いとも言い切れんがな。アイツの麻雀をそういう方向に決定づけたのは、間違いなく家族麻雀だ。彼女の両親にどのような意図があったのか分からない以上、否定はできないが、苦言を呈したい」

 

「……そうですね。見方を変えれば、確かに宮永さんも被害者です」

 

「まあ、その当人も被害者のまま加害者になっているわけだが。少なくとも、原村を傷つけたという点においてはな」

 

「でも、宮永さんの気持ちも考えずに……」 

 

「いや、お前の言い分は極めて正しい。負けて悔しい、手を抜かれて許せないという当然の感情だよ」

 

「きょ、狭量と言っておいてですか……」

 

「ん? 俺としては感心して、褒めたつもりだったんだが」

 

「褒め……っ!?」

 

 

 嵐にとっては、狭量という言葉は褒めていたつもりらしい。

 

 狭量とは受け入れる心の狭いことを指す。

 だが、彼に言わせれば、それはより多くのものが心を占めているということ。和の場合は、麻雀に当たる。

 視野狭窄を起こしてしまうほどの深い専心は、人として正しいかはいざ知らず、誇りに思ってもいいほどに重いものだ。

 それこそが和の強さの源泉であると、受け取っていた。

 

 嵐自身、麻雀への思いが和に劣っているつもりはなかった。

 いや、そもそも思いは比べるべきものではないと考えている。最終的に勝敗は決まるが、その思いは決して秤では計れるものでないのだから。

 

 

「…………はあ、そこまで言われると感心し通しと言えばいいのか、何というか」

 

「そう言われてもな。あくまで俺の主観だ、参考程度に留めておいてくれ」

 

「では、日之輪先輩は今のままでもいい、と? 私も、宮永さんも」

 

「ああ、いいんじゃないのか。そういうこともあるだろう。お前たちの為にならないと判断すれば、言葉で粛々と諭すまでだ」

 

 

 それが、嵐の自ら定めた部活における役割であるらしい。

 過去の経験からか、自身の見識によるものなのか、和の言葉を、それでもいいと断言する。

 

 反発しあうことで深まる絆もあることを知っている。傷つけ嫌いあい、最終的に離れてしまうとしても、人として何ら可笑しくはないと肯定している。

 

 

「――――が、もう少し様子を見てくれると助かるな。折角、団体戦に出られるんだ。お前や宮永に抜けられると戦力ダウン以前に出場もできん」

 

「流石に、そこまでは――――いえ、考えていたかもしれません。でも、そこまで言われたら、後輩として応えないわけにはいきませんね」

 

 

 和にしてみれば、自分の考えを否定されたかと思ったら、何時の間にやら肯定されていた。意味が分からず、笑ってしまっても仕方がない。

 自身の醜いと感じた部分は矯正していくべき、と彼女は思っていたが、嵐はその目を逸らしたくなる部分の根底には。人として当然の感情が、譲れぬ誇りがあることを認めていた。

 

 どのような事柄であれ、自身が認められれば誰とて嬉しい上、心から安堵するものだ。

 やや短絡的とも取れなくはないが、少なくとも和にとって、いいものであったことは間違いない。

 

 

「あー、日之輪先輩がのどちゃんを口説いてるじぇっ!!」

 

「――ぬぅわにぃ?!」

 

「――えぇっ!?」

 

 

 その時、部室の扉を開けて入ってきたのは残りの一年組だった。

 中でも優希は、話し込んでいる和と嵐の姿を見つけると、その場の勢いで口を開いたようだった。 

 

 が、自身の予想していなかった言葉を発せられれば誰でも愕然とするもの、京太郎と咲の驚き様も仕方のないことだろう。

 

 

「いえ、どう見ても違います」

 

「馬鹿を言うな、片岡。…………しかし、何ということだ。最近では、女子に話しかけるだけで口説くに値する行為とは」

 

「先輩も、優希の冗談を真に受けないでください!」

 

 

 揃って優希の言葉を否定しつつも、嵐は口説いているように見えたのか、と驚いていた。

 他人の視点で物事を考えるのは重要であるが、彼の場合は行き過ぎだ。和も天然さに呆れとも怒りとも取れる表情で声を荒げる。

 

 

「まさか冗談だったとは…………まあ、いいか。面子も揃ったし、特打ちでもしようか」

 

「あ、俺はネト麻の方がいいですかね」

 

「いや、折角だからお前が入れ。俺は牌譜を取りたい。京太郎の指導も、そろそろ次の段階に移りたいしな」

 

「私としては、そろそろ先輩と打ってみたいのです。部内で打っていないのは、日之輪先輩だけですし」

 

「あー、確かに見たことないな。それでいいのか、日之輪先輩」

 

 

 確かに、嵐に打ってみたいという気持ちがなかったわけではない。

 久もまこもそうだが、一年の女子もいずれ劣らぬ実力者。どのような結果になるとしても、自らの性能を高める点においてに、これ以上の美味しい相手は存在していない。

 

 しかし、自らのしたいことを優先して、自らの役割を放棄できなかった。

 

 今、嵐にとって最も優先すべき行動は、部内で一段劣った京太郎の実力を引き上げること。

 

 彼もまた大会に出ることを決めている。

 それが和や優希の選択に流されたものであったのは否めないが、この世の多くの人間は周囲に流されて生きている。特段、責めるようなものではない。

 憂慮していたのは、大会に流されるように出場し、流されるまま終わってしまう可能性。

 

 大会は、部内での特打ちや仲間内での楽しんで行う麻雀とは、また趣が違う。

 一局に込められる熱意が、一打に込められる苦悩は、遥かに重いものとして個人の双肩に圧し掛かる。 

 勝つにせよ、負けるにせよ、大会出場という経験は必ず、京太郎にとって成長の糧になる。必ず、意味のあるものとなるだろう。

 だからこそ、その一打にどんな意図が込められていたのか分からぬレベルで参加するのは折角の経験を溝に捨てるようなものだ。

 

 久は三年であり、夢を叶えるチャンスは今年限り。同じく嵐も二年とはいえ留年している以上、大会に出場できるかは来年に発表される大会規約によるため、最後のチャンスである可能性も十二分に存在している。

 

 だが、京太郎には先がある。嵐が卒業した後、男子の柱にならねばならない。

 

 嵐の見立てでは、京太郎はその重責を背負うに足る男だった。

 煌めくような才能はない。決してプロになれるような素養は生まれ持っていない。

 プロは才能と努力の二つの柱がなければ成り立たない。だが、高校大会はそのレベルを要求されない。努力だけでも十分に戦うことが可能だ。

 

 何よりも、彼は人の気持ちを察し、他人を気に掛ける余裕がある。

 実力がどこに着地するか、嵐はあえて能力面に関しての想像を避けた。いらぬ想像は京太郎への指導に当たり、多くの選択肢を奪いかねないからだ。

 それら実力面の話を差し引いても、精神的な要になると踏んでいた。

 天才は煌めく才をもって集団全体の能力を引き上げる。凡才はその弛まぬ努力と献身によって、周囲の心を支えるものだ。

 

 

 「…………いや、済まないが、今日は研究をしたい気分なんだ。俺は後ろで見ているとしよう」

 

 

 その全てを飲み込み、嵐は椅子から立ち上がった。

 

 付き合いの浅い優希と咲は、残念そうにするだけだったが、僅かなりとはいえ、嵐の内面に触れた京太郎と和は違和感を覚えているようだった。

 

 

(気分じゃないからって、頼みを断る人じゃないと思うんだけど……)

 

(先輩にも、何か考えがあるようですけど、何を考えているかまでは流石に分かりませんね)

 

 

 ハッキリ言って、嵐は京太郎に何の期待もしていない。

 正確には誰にも期待していない。付き合いの長い久にせよ、まこにせよ、そこに変わりはない。

 決して自分以外の人間を信じていないのではなく、人間的な暖かみから嵐は他人へ期待を拒んでいた。その理由は、まだ誰も知る者はいない。

 ともかく、今までの考えは、あくまで可能性の一つとして考慮しているに過ぎなかった。

 

 久ならば部全体の利益を見越し、そういった方向へ京太郎を成長させていったかもしれない。

 だが嵐が尊重するのは個人の意思。京太郎自身が望まなければ、方向性を決定づける真似はしない。

 

 

「時間は有限だ。大会までもうそれほど時間は残っていない。早く始めるといい」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「…………今日は帰ります」

 

「――――…………」

 

「…………ッ」

 

「あ、私も一緒に……」

 

 

 何度目かの対局が終わると和は椅子から立ち上がり、部室を後にしようとした。

 その際、嵐に一瞬だけ視線を飛ばしたが、申し訳なさそうに逸らすのみで、そのまま部室を後にする。

 

 

「待て、宮永」

 

「え? は、はい。日之輪先輩、あの、なにか……?」

 

「あまり口を挟みたくはないのだが…………そうだな、時に自身の全力をぶつけることや、感情を露わにするということも必要な行いだぞ?」

 

「えっと、それはどういう……?」

 

「理解できないのなら、それでも構わない。ほら、早く原村を追うといい。貴重な機会を逃すことになる」

 

 

 嵐はそれきり口を閉ざし、咲は彼の言葉を理解できないまま和を追いかけて行った。

 

 

「あー、またラスかぁ…………ん? んん?」

 

「どうかしたのか、京太郎?」

 

「いや、なんつーか…………あー」

 

 

 自身の至らなさを痛感していた京太郎は、崩さずに残っていたそれぞれの手牌と捨て牌を見て一つの疑念を抱いた。

 そのまま優希の問い掛けに言葉を濁しながら嵐を見たが、首を振るだけで何も言わない。

 

 

(こりゃあ、和も怒るわ)

 

 

 最終局(オーラス)、咲は国士聴牌から{⑤}をツモ切り、優希の跳満に振り込んだ。

 だが前順、京太郎は{⑨}を切っている。{⑨}は物の見事に咲の当たり牌だったにも関わらず、またしても咲は和了りを放棄したのである。

 

 

「んー? まあいいじぇ、タコス食ーべよっと」

 

「俺、お前の能天気さがちょっと羨ましいわ」

 

「ふふふ、ようやく私の偉大さに気づいたようだな」

 

「何というポジティブシンキングッ! くれくれ、俺にも分けてけろ」

 

「はいどーぞ、あ・な・た、チュッ!」

 

「なに投げキッスしてんだ? 頭大丈夫か?」

 

「そっちこそ急に素に戻るなー!」

 

 

 があ、と猫のような勢いで京太郎に飛び掛かる優希であったが、悲しいかな、その体格差ゆえに飼い猫が主人にじゃれついているようにしか見えない。

 暫くするとスキンシップに満足したのか、タコスが恋しくなったのか、珍しく自分からお茶を入れようと離れていった。

 

 そのタイミングで京太郎は嵐の隣に移動した。

 

 

「先輩、さっきの対局なんすけど」

 

(おおむ)ね、お前の考えている通りだろうな」

 

「はー、アイツ……やっぱり、はっきり言ってやった方がいいんですかね」

 

「色々と間違った優しさを発揮しているが、……それはお前の役割ではないな」

 

 

 暗に京太郎の実力から咲を諭すのは無理、とも受け取れた。

 京太郎も初心者脱却を急務としている身、誰かに姿勢を正せと言える立場にないことは理解していたのだろう。悔しげに口元を歪ませる。 

 しかし、嵐の視線を追って、それも間違っていたことに気がついた。

 

 彼の視線は何処までも優しげで、二人の出て行った扉を見続けていた。

 

 

「ああ、和に任せるんスね」

 

「まあ、俺やお前が言うよりも、効果があると思ってな」

 

 

 原村 和は自他に対して厳しいが、同時に人を認められることも、人の言葉を受け入れることもできる少女である。

 事実として、和は部室を出ていく直前、視線を送ってきた。

 もし、ただただ自分の考えのみが正しいと信じて生きている人間ならば、嵐の言葉は彼女には届かない。

 視線を送ってきた理由は、あれだけ言っておきながら、まだ自分自身の感情を巧く整理できない不甲斐なさによるものだろう。

 

 彼の言葉の多くは他者に届かない。大抵が、怒りと共に吐き捨てられてしまう。

 なればこそ、僅かであっても和の心に、その言葉が届いているのであれば、嵐にとっては報われたも同然だ。彼の顔には涼やかな喜びが、笑みとして刻まれている。

 

 

「卓が割れてしまったな……折角だ。時間もあるし、俺の実戦譜から捨て牌読みをやってみるか。片岡、お前も付き合え」

 

「――へ? いや、あの、私そういうのは得意じゃないしー…………」

 

「得意ではない分野を切り捨て、得意な分野を伸ばすというやり様も理解はできる。お前の東場での爆発力・速攻は大したものだが、その利点を台無しにするほど南場での失速が酷過ぎる。もう一度、基礎からやり直せ」

 

「……ぐふ、私はもうダメだ」

 

「相変わらず容赦ねー! 優希、大丈夫か! 傷は深いぞ! ひっでぇ、こんなに胸が抉れてやがる!!」

 

「いや、元々洗濯板のように薄かったが」

 

「「トドメ刺してキターーーーッ!!」」

 

 

 二人にとって嵐の言葉は予定調和だったのか、ひとしきり絶叫すると同時にけらけらと笑い出す。ちょっとしたショートコントのつもりらしい。

 

 呆れた様子でコントを眺めながら、この部室も随分と賑やかになったな、と感慨を浸る。

 二年前は、想像もできなかった。一年前は、よもやと光が見えてきた。そして今年、この部室は人の発する暖かな光で満ちている。

 

 頂点を目指す集団にしては、微温湯(ぬるまゆ)に使っているかのような環境。

 それでも部活動という点に関しては健全だ。まだまだ彼らは多くの選択肢があり、取捨選択を迫られる以前の状態。たった一つを極めるには早すぎる。

 多くの経験を熟し、多くの出会いと別れを体験し、多くの知識を蓄積させる時期。その結果として一つの選択(けつろん)へと至る。

 

 

(ならば、こういうのも決して無駄にはならないか。…………原村と宮永の方は、何かと対照的だからな。一度、本音でぶつかり合った方が良い結果に転ぶだろう)

 

 

 結果だけを語るのならば、嵐の見識はまたも真実を射ぬいていた。

 

 この日を境に、和と咲は急速に心の距離を縮めていく。

 一体、二人で何を話し合ったのか。それは嵐も知るところではない。あるいは、いつものように多くを見抜いた上で見守っていたのか。

 それこそ、語るまでもない。語ってしまえば、花を愛でながら摘み取るような、野暮な真似でしかないだろう。 

 




この作品の京太郎は、主人公の影響で原作よりも人間的にも雀士的にも成長していきます。
ある意味で重要なコメディリリーフでもあるので、忘れないで上げてくださいね!

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