IS学園VS学園都市   作:零番隊

30 / 33
第28話 神の右席

突如現れたその男は一人でプライベーティアと戦っていた。

 

正体不明の男の攻撃によって撃墜された戦闘機。それを見て男を危険な存在だと認識したのか、プライベーティアは無数の砲撃を男に向かって放つ。人間一人を殺す攻撃としては明らかに過剰だ。

 

それに対して男は身の丈以上の大きさを持つ巨大な大剣を片手で振り上げる。その剣は人間が扱うにはあまりに巨大で、明らかに人間が扱えるものではない。ISが扱うための武器のように見える。

 

だが男はそんなことは関係ないとばかりに大剣を振りおろした。

 

「―――っっ!!」

 

離れた位置で見ていた楯無たちは思わず息を飲んだ。

 

空を切ったかのように見えたその大剣は、その空間の大気ごと無数の砲撃を吹き飛ばしたのだ。

 

そのあまりの出来事に楯無は呆然としてしまう。

 

「……なによこれ。滅茶苦茶すぎる」

 

死闘を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の楯無も混乱が収まらない。プライベーティアに追い詰められていた自分たちを誰かが助けてくれた。それはわかる。だが人物は一体何者なのか。

 

学園都市は楯無にとって常識が通じない相手。だからこそ楯無自身も常識を捨て、非常識な事態であろうと冷静になろうと努めていた。

 

だが目の前の光景は楯無のそんな思いを一瞬で打ち砕いた。

 

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ! う、動くなぁぁぁっ! 近づくなっ!集落の人間を殺すぞ! それ以上近づけばこの集落の人間全員殺してや―――」

 

狩る側のつもりが狩られる側に回ってしまったプライベーティアの男が情けない叫びを上げるが、続く言葉は爆音によって掻き消された。

 

男の剣の軌道を追うように数十トンの水の塊が装甲車を叩き潰す。ヘリから放たれた無数のミサイルは、それを上回る数の氷の槍が迎撃し、ヘリが紙切れの様に貫かれていく。だがそれ以上に驚きなのは。

 

「動きが全く見えない。音速で動いているとでもいうの?」

 

男の姿が消えたと思った次の瞬間には、轟音と共に衝撃波がプライベーティアを叩き潰した。

 

ありえない。それはあまりに異質で異常な怪物だった。

 

気付いた時には既に戦闘は終わっていた。いや、これはもう戦いとは呼べないだろう。

 

プライベーティアの姿はどこにもない。あるのは破壊され尽くした戦闘機や戦車の残骸が黒煙を上げて燃えているだけだった。

 

「浜面くん。あの人って超能力者なの?」

 

楯無は自分と同じように呆然と戦闘に見入っていた浜面へと声をかける。

 

「いや。違うと思う。能力者は一人につき一つの能力しか持っていないはずだ」

 

楯無の言葉に浜面は考え込む。

 

今まで浜面は『不可思議な現象=超能力』と考えていた。学園都市では何か不思議なことが起こっても、そういう能力なんだろうという納得の仕方をしていた。だが男の起こした現象は明らかに能力では説明できない。

 

(体内の水分を操って身体能力を上げているのか?無理があるよな……)

 

能力では説明できない。ならば一体何なのか。

 

(あの力。LEVEL5クラス。いや、それ以上かも……)

 

浜面もよく知るLEVEL5の一人『麦野沈利』。彼女でもプライベーティアの精鋭機相手でも勝てただろうが、この男はおそらくそれ以上の存在だ。

 

もちろん浜面は男の力がどこまでのものか知らないし、他のLEVEL5に関しても大して知らないので一概には分からないが。

 

(まさか、学園都市の能力とは違う。通常の物理法則を超越できる『何か』が存在するってのか?)

 

楯無も正体不明の力を持つ男の力量を思い出す。

 

楯無も万全の状態ならプライベーティア相手に負けはしない。それでもここまで理不尽な戦いは不可能だ。おそらく世界最強と謳われる織斑千冬『ブリュンヒルデ』であっても不可能だろう。

 

(本当に人間なのかしら……)

 

楯無がそう思ったそのときだった。

 

「ひとまずは、といった所であるか。元々プライベーティアは使い捨て。腐っても大国なら人員などいくらでも補充されるであろう」

 

(―――っ!いつのまに!?)

 

いつ現れたのか全く分からなかった。先ほどまでプライベーティアと戦闘を行っていた場所からはかなりの距離があったはずなのに、男は息一つ乱さずそこにいた。

 

「危ないところを助けてくれてありがとうございます。おかげで命拾いしたわ」

 

「ああ。本当にありがとう」

 

なんとか落ち着きを取り戻した楯無と浜面が男に話しかける。

 

「失礼ですが、貴方は何者なのでしょうか?」

 

「『神の右席』後方のアックア。傭兵崩れのごろつきである」

 

楯無の問いにアックアと名乗る男はそう告げるが、その名が何を意味するのかは魔術に疎い楯無と浜面にはわからない。

 

(神の右席?聞いたことがないわね。アックアって名前にも聞き覚えはない。それに後方?二つ名みたいなものかしら)

 

「なあ。さっきプライベーティアを圧倒した力。能力じゃないよな。一体何なんだ?」

 

「魔術、と言っても分からんか」

 

「「魔術??」」

 

あまりに予想外の言葉に楯無と浜面は同時に言葉を発した。

 

男が物理法則を超越した力を持っているのは明らかだ。だが魔術ときた。浜面達の中で魔術のイメージはゲームに出てくるような物しか思い浮かばない。杖を持って呪文を長々と呟くイメージと、目の前の男のイメージが一致しない。正直宇宙から来たエイリアンだと言われた方がまだ納得できる。

 

「魔術の詳しい説明は省くが、要は学園都市の能力とは異なる異能という程度の認識で構わん」

 

「は、はあ。それで、神の右席でしたっけ。それは一体何なのでしょうか?」

 

「ローマ正教の暗部組織。神を超える存在となることを目的とした組織である」

 

この事は知るべき者以外が知れば即刻始末されるローマ正教の機密事項なのだが、戦争中の今となっては誰が知ってしまっても始末する余裕はローマ正教にはない。どっちにしろ最早知られても構わないのだろう。

 

(え、えーっと……?)

 

だが、そもそも楯無たちには全く理解不能だった。

 

(ふざけている雰囲気は全くない。まさか本気で言っているのかしら……)

 

普段の楯無がこんな話を聞けば、相手を憐れむか鼻で笑うか、IS学園であればにっこり笑って悪ふざけに付き合っていたかもしれないが、当然今はそんな時ではない。

 

楯無はアックアも学園都市と同様に自分の常識が通じない相手であるとは理解していた。しているつもりだった。だが、いくらなんでも魔術や、挙句の果てに神なんて言われていきなり受け入れられるかと言われれば無理である。

 

「あんたは何が目的でこんな所に?」

 

浜面もアックアの言葉を理解できたわけではなかったが、とりあえず能力とは違う力を持っていることだけは理解した。

 

アックアが何者であれ、凄まじい力を持つ存在。出来れば味方にしたかった。

 

「私の目的は騒乱の元凶を討つことだ」

 

「元凶って、戦争のか?」

 

「そうだ。この戦争はそれぞれの思想や目的を持って行われたものだが、引き金を引いたのはそいつだ。奴を倒した所で今更戦争は止められんが、奴を放置すれば世界そのものが危険にさらされるであろう」

 

「……何者なんだそいつ?」

 

「右方のフィアンマ。私と同じ神の右席の一人だ」

 

「……ということは、そいつも貴方と同じくらい強いのかしら?」

 

「いや。今の奴は神の右席の力の他に禁書目録の10万3千冊を備えている。もしこのままフィアンマが神上へと至れば奴一人の力で惑星そのものを滅ぼすことも可能であろうな。奴はその力で世界を救う気なようだが、ろくな結果になるとは思えん。そうなる前に奴を止める必要がある」

 

あまりにスケールの違う話に浜面も楯無も言葉も出なかった。話の次元は違いすぎる。それぞれの大切な人を助けに来ただけなのに、まさか世界崩壊の危機を聞かされるとは思えなかった。

 

楯無はフィアンマや世界の危機のことは一旦頭の片隅に追いやり、改めてアックアを観察する。

 

バランスを欠いた人の身を越えた大きさの大剣。斬ることのみを追求した日本刀のような武器とは真逆。あまりに機能を詰め込みすぎた結果。このような異形な形として現れたような奇妙な大剣だった。

 

楯無は頭の中でアックアとの戦闘をシュミレートしてみる。自分のISを駆使して戦った場合、果たしてどうすれば勝てるのか。だが何度やっても結果は見るも無残な敗北だった。

 

(そもそも何がどうなっているのかさっぱり分からないのよね。それでも今の私じゃ手も足も出ないことは理解できる。こんな非常識な魔術師なんて存在が他にもいるっていうの?フィアンマって奴のことを抜きにしても本当に世界が危ないんじゃないかしら……)

 

楯無は頭痛を堪えるように頭を振るう。

 

浜面はアックアの言葉の半分も理解できたか怪しかったが、それでも頭に引っかかる部分があった。

 

(神の右席。神に至るねぇ。それって学園都市の目的と同じじゃなかったか?)

 

学園都市の人間なら誰でも話くらいは聞いたことがあるはずだ。学園都市における能力開発の究極の目的。LEVEL5のその先。

 

人間では世界の真理は理解できないが、人間を超越した存在となれば神様の答えに到達することができる。超能力はその過程で生まれた副産物に過ぎない。

 

『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』

 

それが学園都市の真の目的と言われている。単なる偶然かもしれないが、その思想はどこか『神の右席』と似ている気がした。

 

(まあこんなの数ある都市伝説の一つでしかないし。実際そんな話を信じている奴なんてほとんどいないだろうし。似たような話があってもおかしくはないか)

 

魔術に神の右席。まだまだ分からないことだらけだが、今は少しずつでも前に進んで行くしかない。とりあえずこれからの事を話そうとしたその時だった。

 

最初に気付いたのはアックアだった。地平線から何かが向かってきていた。

 

「戦闘機の群れがこちらに近づいているようであるな」

 

「またプライベーティアの増援かしら?」

 

「いや、おそらく学園都市であろうな。兵器の種類が明らかに違う」

 

遠くて分かりにくいが、双眼鏡で見ればプライベーティアの武装とはテクノロジーの根幹が明らかに違うのが分かるだろう。

 

戦闘機や戦車だけでなく、駆動鎧に身を包んだ歩兵の姿もあった。

 

「どうやらこの場を占拠しに来たようであるな。どうする。蹴散らすことも出来るが」

 

「いや。この集落を守るってだけならこのまま抵抗しない方がいい。ここは一旦占拠されるだろうけど、奴らならここを防備できる。プライベーティアの軍勢が来たって対処できる。下手に俺たちが暴れてもこの集落の状況は好転しない」

 

いつまでもこの集落を守っている訳にはいかないなら、後は学園都市に任せた方がいいだろうと浜面は判断した。学園都市も一筋縄ではいかない。学園都市から逃げてきた浜面はそのことをよく知っている。だがロシア軍やプライベーティアの侵略から守る防波堤としては機能するだろう。浜面としても自分たちを助けてくれた集落の人々を見捨てたくはなかった。いささか希望的観測が混ざっているが、これが一番の選択だと思う。

アックアは頷くと、浜面の意見を認めたようだ。

 

「ありがとう。いつか礼は返させてもらうぜ」

 

 

 

浜面達はアックアと別れると集落へと戻った。ベットの上には滝壺がぐったりとした姿で横たわっている。

 

「大丈夫か滝壺」

 

「はまづらこそ、無事でよかった」

 

「悪い。どうやらまた面倒なことになっちまったらしい」

 

浜面は学園都市の軍勢が迫っていることを簡単に説明した。

 

「……エリザリーナ独立同盟国」

 

「何だって?」

 

「ロシア国内は、学園都市に制圧されつつある。このままじゃ、どこへ逃げても逃げられない。でも、国境の外に出てしまえば、学園都市は攻め込む口実を失う」

 

「なるほど。確かに安全を確保する、という意味では有効ね」

 

楯無は滝壺の言いたいことを理解したが、納得はしていない様子だ。

 

そもそもロシアから出てしまえば、危険を犯してまでロシアに来た意味がなくなってしまう。

 

楯無は学園都市に攫われた妹を探すため、そして浜面は学園都市との交渉材料を見つける為に、どうしてもロシアで手がかりを探す必要があるのだ。だが、今の状態では命がいくつあっても足りないことも分かっている。

 

楯無は僅かに思案した様子で扇をバサッと口元に当てる。

 

「確かこの近くにロシアの軍事基地があったはずよね。危険だけど私はそこを探ってみるわ。さっきのロシア兵の人が言ってた荷物とやらがあれば学園都市との交渉材料にもなるかもしれないしね」

 

学園都市が狙っていた『荷物』。それが何か分かれば状況を好転させる可能性も0ではない。今はとにかく少しでも学園都市と戦える手掛かりが欲しかった。

 

「なら俺たちも一緒に!」

 

「いざというとき、貴方たちは自分の身を守れないでしょう。滝壺ちゃんを危険にさらす気なの?」

 

「―――っっ」

 

そう言われてしまえば浜面には返す言葉もない。

 

「浜面達は先にエリザリーナ独立同盟国に向かって。後でそこで合流しましょう」

 

「……分かった。死ぬなよ、楯無」

 

「貴方もね」

 

楯無と浜面は一旦分かれ、別々の道を歩き出す。

 

浜面と滝壺はエリザリーナ独立同盟国へ。

楯無はロシア軍事基地へ。

 

だが今の楯無はまだ知らない。

 

その先には最強の能力者が存在しているということに。

 

 

 

 

そして場所は変わり。

 

「ちょっとどういうことですの!一夏さんがロシアに向かったって!」

 

「お、落ち着いてセシリア。ここ病院だよ」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

学園都市第七学区の病院では、女性の叫び声が響いていた。

 

「私も納得いかないな」

 

「どういうことか説明してもらおうか」

 

箒とラウラも瞳にどこか怒りの炎を宿らせていた。

 

「ですから!現在調査中だと申し上げておりますの!貴方たちは大人しくしていてくださいな」

 

風紀委員白井黒子が箒たちを抑え込んでいるが、互いに一歩も引く様子はない。

 

(やっぱりこうなってしまったね……)

 

カエル顔の医者が窓のないビルの方を眺めながら考える。

 

IS操縦者たちは全員ISを取り上げられたにも関わらず、既に破壊されているという理由で白式だけは回収せず、直ったISを持った一夏はクラスメイトにも学園都市にも邪魔されることなくロシアに向けて飛んでいきましたとさ。陰謀を疑わない方が無理のある話だ。

 

それを分かっていてISを直した自分も自分だが、最終的に選んだのは一夏自身だ。ならばカエル顔の医者に一切の後悔はなかった。

 

そして、そんな彼の元に一夏の保護者である織斑千冬が面会を申し込んできた。

 

どうやらカエル顔の医者の睡眠は当分先になりそうであった。

 

 

 

 

織斑一夏。彼はロシアに着いて早々最悪の展開を迎えていた。一夏の目の前にいる赤を基調にした服装の男。ISを纏っている訳でもないのに異様な重圧を放つ存在。

 

その男がこの世界規模の戦争の黒幕であることを、一夏はまだ知らなかった。

 




突然のボス戦!一夏の運命はいかに……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。